恋の素描〜ノックアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
0.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/03〜11/06
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●本文
●『ノック』
降りしきる雨。
世界を覆いつくすような雨音に混じって、その音は躊躇いがちに響いた。
−−コン、コン‥‥コン。
僅か三回の、マンションのドアをノックする小さな音。
それが自分の運命を大きく変えてしまう音である事を、今の「彼」は知る由もない。
●アウトライン
『主人公イ・マンスは、バイトをしながら市内の大学校へ通う20歳の男子学生。
ヒロインのトゥ・ヒャンは26歳で、商社に勤務するOL。
ヒロインの恋人ユン・ヨンハはヒロインとは同級生であり、兵役を終えて街へ戻ってきた』
『激しい雨の夜。ヒャンが恋人の部屋と間違えてマンスの部屋の扉をノックした事から、マンスの恋は始まった。
マンスに謝罪をし、ヒャンは改めて隣室の恋人の部屋を訪れるが、ユンハは素気無く彼女の来訪を断ってしまう。閉じられたドアを前に途方に暮れるヒャンを見かねて、マンスは自分の部屋で暖をとるようにと半ば強引に誘うのだった。
気を紛らわせるためか、赤の他人だからこそか。マンスを前に、ヒャンはとつとつと自分達の事を話し始める。ヨンハとは大学校から付き合っていること。ヨンハが兵役から戻ってきたので会いにきたが、避けられている予感。
ひとしきり話すと落ち着いたのか、ヒャンはマンスへ礼を言うと、自分の家へと帰っていった。「これからは部屋を間違えないから」と、精一杯に作った微笑みをマンスの心に残して』
『その後もマンスは、ヨンハの部屋を訪ねるヒャンを何度も見かける。
明らかに男の気持ちが冷めつつある事に、彼女は気付かないのだろうか。
足取りの重い帰り道でも、ヒャンはマンスと目が合うと、微かな笑みとともに小さな手を振る』
『マンスの心の中で、次第に大きくなるヒャンの存在。
だが、マンスは翌年に兵役を控えていたのだ』
●恋のカタチ
そこまで打ち進めると、脚本のパク・キュスはキーボードを叩く指を止めた。
ノートパソコンをパタンと閉じ、小脇に抱えて立ち上がる。
同時進行で収録しているスタジオの様子をモニターで見ていたタイムキーパーが、その物音に慌てて振り返った。
「ど、どうかしましたか。脚本、書き上がったんです?」
「スタジオで、今まさに演じている役者達を、直で見るのだよ。でなければ、書き上げられん‥‥マンスの恋の行方も、ヒャンの恋の結末も」
そして結末は、役者次第−−。
●リプレイ本文
●序
「本当に、大丈夫か」
小鳥遊真白(fa1170)は不安だった。
鏡に映る自分は、どう見ても女子大生か駆け出しOLだ。
「大丈夫だから、目を閉じて」
言われた通りにすれば、慣れた手つきが彼女に『仮面』を作り上げていく。
最後に化粧筆が、そっと口紅をのせた。
「よし、上出来だ」
目を開けると、鏡の女性は別人だった。ナチュラル系のメイクだが、医者役に似合う落ち着いた柔和さがある。流石、本職だと真白は感嘆した。背後に立つ高岑 轡水(fa1202)も仕事の出来栄えに満足そうだ。と、不意に轡水は脇を見た。
「そこ、触らない!」
鋭い声が飛び、主役イ・マンスを演じるディール・ロンデベルト(fa1811)が凍りつく。金髪を隠すウィッグを、少し触っただけなのだが。
「すまん。気になって」
「折角のセットがずれるだろう」
長身の化粧師は、丁寧に黒髪を整えた。
「私、初仕事なんです。精一杯やりますのでよろしくお願いします」
日本人留学生ジウ(本田 純)役の都路帆乃香(fa1013)が、一礼する。
「おぅ。リラックスしていこーぜ!」
ニッカリと白い歯を見せ、マンスの友人ユン・シニャン役の天霧 浮谷(fa1024)がビッと親指を立てた。彼の個性でもある「無造作ヘアー」も轡水の手でワイルドさを増している。
「あたし、このままでいいのかな」
トゥ・ヒャン役の楊・梅花(fa0109)が、そわそわと長い灰色の髪を撫でた。
「ヒロインだし、轡水君も何も言わないし、目立っていいかもよ」
落ち着かない梅花に、ヒャンの友人でマンスの姉イ・ソルミ役である羽曳野ハツ子(fa1032)が笑む。他の者より少し場数を踏んでいる為か、彼女は落ち着いた様子だ。
その時、控室のドアが開いた。
一瞬で部屋は静かになり、皆がドアを注目する。
「話をつけた。監督も脚本家からも、変更のOKが出たよ」
入ってきたユン・ヨンハ役のディノ・ストラーダ(fa0588)が、交渉の成果を告げた。途端に「よし」「やったー!」と喜びの声があがる。
「みんな、いいドラマにしようね!」
梅花の言葉に、全員が頷いた。
●ノック〜秘密
コン‥‥コン、コン。
遠慮がちなノック。一つ深呼吸をして、ヒャンは恋人へ呼びかける。
「ヨンハ、話がしたいの」
やがてインターホンを取る気配に、ヒャンの鼓動が跳ねる。
「話す事はないと何度も言ってる。帰ってくれ!」
機械越しに答えたのは、変わらぬ冷たい拒絶の声。そして、重い宣告。
「ヒャン。お前はもう、お呼びじゃないんだよ!」
頭の中が真っ白になる。そして、自然に言葉が零れ落ちる。
「顔も見たくない‥‥の?」
縋るような呟きにも、ガチャリと乱暴にインターホンが切れ。
冷たい鉄の扉に手を当てたまま、彼女は立ち尽くした。
「ヒャンさん!」
姿を見つけて名を呼べば、マンションから出てきた女性は足を止めた。
「こんばんは。えぇと‥‥」と次の言葉が出ないマンスに、ヒャンは小さく微笑む。
「バイト帰り? お疲れ様」
「ありがとう。あの」
「何してるのよ、マンス。て、ヒャンじゃない」
彼の背後から明るい声が飛んだ。厄介な相手が来たと天を仰ぎ、はたと気付く。
「姉ちゃん、ヒャンさんと知り合い?」
振り返れば、何を今更という目で姉のソルミが見下ろしていた。
ソルミの強引な誘いで、その日ヒャンはマンス達と夕食を囲んだ。
「ね。ヨンハとはどうなのよ」
それは夕食が終わり、食後の一杯を楽しんでいた時だった。思わぬ話の展開にマンスはどきりとして、ヒャンの様子を伺う。彼女はグラスを揺らして「まぁ、ね」と曖昧に答えた。
「また子供じみた事言って、困らせてない?」
ソルミの冷やかしにも、ヒャンは寂しそうに笑う。そんな彼女の様子が辛くて、マンスは席を立った。
「姉ちゃん。時間遅いし、明日の仕事が大変だろ」
「‥‥へ?」
「ヒャンさん、送るよ」
「大丈夫よ。あたしは一人でも」
「物騒だし、女性の一人歩きは危ないだろ。何ならタクシー呼ぶから」
そう言って電話をかける弟の背中を、姉は頬杖をついて見守った。
「今日はご馳走様でした。おやすみなさい、ごめんね」
階下への見送りも断ったヒャンは、マンスの呼んだタクシーで一人帰路についた。
皿を洗いつつ落胆するマンスに、隣で食器を片付けるソルミが口を開く。
「マンス。ヒャンは駄目だからね」
一瞬、何の事か判らずに姉を見るマンス。すると彼の姉は横目で睨んで「駄目だから」と、再び釘を刺す。
彼が反論しようとした時、どんっ! と重い音が響いた。
足がふらつく。
テーブルに寄りかかった拍子に机上の小瓶が倒れ、白い錠剤が床に毀れた。
「我々にできる事は、君の時間を少し延ばすだけ‥‥もう手遅れだ」
彼の担当医である女性は悔しそうに顔を顰めて言った。「すまない」と。
「どうするかは、君が決めてくれ」
ならば、チューブに繋がれ、白い病室で全てを終えるよりは。
咳き込んで、意識を引き戻される。口を押さえた手にぬるりとした感触と、錆の匂い。
眩暈がした。世界が反転する。
何かがぶつかったが、痛みは感じない。それ以上の痛みが、既に身体を蝕んでいる。
「ヒャン‥‥」
苦痛の狭間で“会いたい”と思い、その笑顔を想う。
誰かが手を取った。現実か痛みのせいか判らないが、今は誰でもいい。
残った力で、掠れた声を絞り出す。
「一人じゃ何も‥‥出来ない、アイツを‥‥」
た・の・む。と、唇が形を作った。
そして、ユン・ヨンハは26年の生涯を閉じた。
「ヨンハさん、ヨンハさん!」
血に塗れたヨンハの手を握り、マンスは必死で呼び掛ける。
こんなのフェアじゃない、と。
「ヨンハーっ!」
遠くから、救急車のサイレンが響いた。
●ノック〜交錯
そして、幾つかの朝と夜が過ぎた。
「講義、始まりますよ」
構内のベンチでぼんやりするマンスに、声をかけるジウ。
「あ、そんな時間か」
慌てて立ち上がり、走るマンス。後を追うジウは、何も彼に問えない。
「おーい、ギリギリだぜ」
教室に着けば、席取り役のシニャンが手を振った。
「すまん」
「うむ。今度、昼飯奢れ」
「えーっ」
昔からの友人同士のやり取りに、ジウはくすりと笑う。
すぐに教授がきて講義が始まったが、マンスは違和感に気付いた。隣のシニャンを軽く小突く。
「彼女、一緒じゃないのか?」
「別れたよ。あいつ、しつこくてさ」
ジウは黙って講義を聞くが、隣の会話は勝手に耳へ入ってくる。
「お前、また彼女をとっかえひっかえするつもりか?」
「それより、今度ヒャンを紹介しろよ。独り占めは狡いじゃん」
友人を咎めるマンスの口調に、ジウの心は痛む。
−−ヒャンさんって、優しくて素敵な人なんだ。うん。大人の女性って、ああいう人の事を言うんだな。それを無碍にするなんて、ヨンハって嫌なヤツだよ。
以前ヒャンの事を相談された時の、マンスの言葉を思い出す。
口に出せない言葉を胸に、ジウはノートを取り続けた。
両親も早くに亡くしたヨンハは他に身寄りもなく、遺品の処分はヒャンに任された。
空っぽの部屋で、彼女は立ち竦む。
『全く、俺がいないと何もできないなあ』
そんな言葉と笑顔の記憶が蘇る。
独りで苦しみながら、逝ってしまった人−−。
「ヒャン!」
バイトを休んで様子を見に来たマンスは、床に倒れていたヒャンに駆け寄った。
「相当、参ってるわね」
コップに水を注ぎながらソルミは呟く。どう答えていいか判らず、マンスは黙ってコップをのせたトレイを受け取った。
姉弟揃って水を持って行けば、ソファで休んでいたヒャンが申し訳ないと微笑む。
「気にしないで。それより、ちゃんと休んでないでしょ。うちの愚弟も、柄にもなく心配しちゃって」
「そうだね‥‥ごめん」
「謝らないの。はい、飲んで落ち着く」
いつもと変わらぬ友人の所作に感謝して、ヒャンはコップを受け取る。マンスはどう接していいか判らず、姉に会話を任せた。
「ね。ヨンハの荷物の整理、私も手伝っていいかしら。勿論、貴女の気持ち次第で」
水を飲み、気持ちが和らいだ所でソルミが切り出せば、彼女は「え?」と言葉を返す。マンスも思わず、姉の顔を見た。
「ヒャンがいないと課長が機嫌悪くて‥‥というのは、冗談で。知らぬ仲じゃないし。ね?」
逡巡した末に、漸くヒャンはこくりと頷いた。
「大丈夫。ちゃんと帰れるから」
階下まで付き添ったマンスに、ヒャンは礼を言う。
そして車道へ向かった時、タクシーの代わりに一台の車が止まる。
後部座席のドアが開き、マンスは我が目を疑った。
「あ、ヒャンさん? 俺、彼の友人でシニャンって言います。丁度良かった。家まで送りますよ」
「ちょっ‥‥」
「さぁさぁ、遠慮せずに」
呆気に取られるマンスを他所に、シニャンは言葉巧みにヒャンを車へ乗せる。そしてドアを閉める瞬間、振り返った友人はニヤリと口の端を上げた。それは彼が見た事のない、友人の裏側の哂いだった。
「お前、なんで!」
断ち切るようにドアが閉じ、急発進する車。
残されたマンスは、茫然と見送るしかなかった。
「どういう事だ。説明しろよ!」
数日後のキャンパス。やっと現れたシニャンをマンスは問い詰めた。
「なんだよ。あの後、ちゃんと家まで送ったんだぜ」
「シニャン!」
「あー、なら、言っといてやるがな」薄い笑いを浮かべて、シニャンはマンスを斜に見る。「お前、もうすぐ兵役に行くんだろ。だから彼女は諦めな」
信じたくなかった。だがあの嘲りは気のせいではなかったと、マンスは唇を噛む。
「お前と離れたら、彼女が悲しむだろ? 幸い、家を継ぐ俺は兵役免除だけどな」
からからと笑い、シニャンは学生の流れに混ざる。一人、きつく拳を握り締めるマンス。だが、拳にそっと手が触れる。
驚いて見れば、ジウが何かを決意した目でそこにいた。
「大事な話があるの。ヨンハさんの事で」
●ノック〜そして、ノック
「彼女は私の友達で、ヨンハさんの担当医だったの」
大学院食堂でジウに紹介された女性は、軽く頭を下げた。
「本来なら、部外者や本人の家族以外にしてはならないが‥‥単刀直入に話そう。ユン・ヨンハが癌だった事を、知っていたか?」
そして、目の前の女医は真実を語り始めた。
「彼は兵役満了で除隊したのではない。兵役中に癌と判って退役し、私がいる病院に回された。既に癌が身体中に転移した末期状態で」
絶句するマンスの脳裏に、あの時の光景が過ぎる。
手も着衣も部屋も赤い血に染まり、床一面に散らばった白い錠剤−−。
「化学治療やホスピスも勧めたが彼は全て断り、自宅でのケアを望んだ。やりたい事がある。と」
「何故‥‥」
目頭が熱くなる。彼は少しでも生きて、ヒャンの笑顔を見たいと思わなかったのかと。
ふと肩に添えられた暖かい手に気付き、彼は服の袖で目を擦った。
「‥‥マンス。貴方にも、時間がないと思うの」
真っ直ぐに自分を見るジウの言葉が、胸に刺さる。
「例えヨンハに頼まれても‥‥兵役後の事なんて俺は保証できやしない」
それでも。と、ジウは彼の背を押す。
「後悔してからじゃ、遅いよ。確かに先の事は判らないけど、それは先の話でしょ」
何を言いたいのか、ジウ自身も良く判らない。でも今言わなければ、自分も後悔する。そんなジウを、マンスはじっと見つめた。
「ありがと、ジウ」
あんたがいてくれて、良かった。
笑って、そう言って、彼は席を立つ。
外へ飛び出す彼の後ろ姿を見送るジウ。
「よかったのか? これで」
涙を拭いながら、ジウは友人に「うん」と微笑んだ。
近くの電話ボックスへ飛び込む。
番号を押すのももどかしい。
『もしもし?』
「あ、姉ちゃん。ヒャンさんの家の住所、教えてくれよ!」
『はぁ? なに言ってるのよ』
「いいから、頼むよ。彼女の事、決しておろそかにしないから!」
それで姉は全てを察したのだろう。やがて、市内の住所を伝えてくる。
『それからね。大事な弟の為に、お姉ちゃんから素敵なアドバイス』
「なんだよ。もう切るぞ」
『うふふ‥‥男なら、しっかりしなさい!』
電話越しのきつい激励に、マンスの耳はキーンと鳴った。
講義中に外を眺めていたシニャンは、門へ走るマンスに気がついた。
「あいつ‥‥」
舌打ちと同時に、本気だったんだなと彼は思った。
受話器を置いて、ソルミはふぅと息を吐いた。
いつの間に、こんなに弟は成長したのだろう。
それから再び受話器を取って、番号を押す。
「あ、ヒャン? うん、私。あのさ、マンスがそっちに行くけど、驚かないでね」
『え?』
「それから‥‥」
テーブルの上には、ヨンハの遺品にあった婚約指輪。
二度目の電話を終えると、ソルミは静かにそれを手に取る。
「思い出と一緒に。コレは、私の胸の内に仕舞っておくね。いいでしょ‥‥ヨンハ」
息を切らせて、マンスはマンションの一室に辿り着いた。
部屋の表札を確かめる。
大きく深呼吸すると、思い切って、力強く。
彼は、彼女の扉をノックした。
●了
「いい仕事、できたかな」
「いい仕事、だったぞ」
轡水に褒められて、ディールは照れ臭そうに頭を掻く。
撮影の終わった二人は、ホテルの部屋で飲んでいた。
テレビに映るのは、放映用のビデオ。
映る画像にNGが多かった、苦労したと振り返れば、仄かに漂う熱気の名残。
やがてドラマは終わり、彼らの名前のテロップと共にディノの歌が流れた。
『RAINY DAY 君の笑顔を忘れられなくて
RAINY DAY 想い出はすべて幻に
I LOVE YOU 今宵も踊るよ道化師のように
はじまりが歌えない俺が そこにいる−−』