Limelight:梅花歌宴アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/04〜03/06
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●本文
●春の気配
ひらりと一片、花びらが舞った。
買い物袋を提げた佐伯 炎(さえき・えん)が足を止めて上を見やれば、暖かい陽の光の下で白や桃、紅色の小さな花が綻んでいる。
「‥‥梅か」
それを暫し眺めた後、佐伯は再びやや足早に歩き始めた。
「花見? 桜はまだ早いだろう」
かかってきた携帯に、川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は怪訝そうに言葉を返す。
『いや梅だよ、梅。桜の花見は、人が多過ぎるしな』
電話の相手は、暢気に返事をする。
『今年の梅は、ちょっと開花が遅れてるって話だしな。たまには穴蔵から、羽根を伸ばすのもいいモンだろ? それに、刺激とインスピレーションは大事ってな』
楽しげな受話器越しの声に、川沢は頭をおさえた。休憩所の椅子に座って足を組み、自動販売機の表示を見るともなしに眺める。
「お互い穴蔵暮らしは否定しない。けど、そこで何故、私に連絡してくるんだ。そっちで客に告知するとか、バイトメンバーで懇親会に行くとか、すればいいだろうに」
『んー。それも考えたんだが、人間ばっかもツマンねぇからな』
「佐伯の場合は、それ以外にも理由があるだろ」
『‥‥そうだな。若い連中見ンのも、面白いからな』
少し間があった後の答えに、川沢は苦笑する。
「それで、メンバーの制限とかは特にないんだね。うん‥‥判った。じゃあ、告知をしておくよ」
用件を終えて携帯を畳むと、川沢は窓の外に目を向ける。
暖かい日差しが、街を照らしていた。
●リプレイ本文
●井の頭公園
10人乗りのワンボックス車が警告音と共に後進し、停車する。
スライド式ドアを開け、乗客達は外へと出ると背伸びをした。
陽光は穏やかで、先日まで汚濁と死臭に満ちた閉塞空間にいた篠田裕貴(fa0441)が、ほっとした表情を見せる。
その手に提げるのも、命を搾取する刃ではなく、弁当が入った袋。
振り返れば鳥羽京一郎(fa0443)が、やはり開放された空間を満喫していた。
「足元、気をつけろ」
「子供ではありません。大丈夫です」
そう言いつつも、高岑 轡水(fa1202)が差し出す手を取って、藤川 静十郎(fa0201)は着物の裾を乱すことなく車から降りた。
「静十郎様は、物腰が緩やかですね‥‥私も見習いませんと」
和装の聖 海音(fa1646)が、ほぅと感嘆の息をつく。今日は轡水や静十郎、仁和 環(fa0597)も和服姿だ。
「いいえ。私ども女形も、あなた方のような女性の立居振舞いを手本としております。まだまだ未熟者ですので、精進の日々ですが」
「お上手ですね。ありがとうございます」
静十郎の自戒の言葉にも、微笑む海音。どこか和やかな空気が漂う‥‥が。
「暢気に話してると、日が暮れるわよ」
当摩 晶(fa2228)の一言で、それもあえなく一撃粉砕。
「相変わらずだな、晶さん」
彼女と同じ音楽ユニット『蜜月』に参加している環は、苦笑しきり。
「いつもこうなのか?」
2m程の楽器ケースを助手席から引っ張り出した遠坂 唯澄(fa2584)が、環に聞く。
「ああ‥‥」
「いいえ、手加減してるわよ。初対面だし」
晶は環へと、ふっと斜めに視線を投げ。
「彼女とこれなくて、残念だったわね」
「晶‥‥さん‥‥それ、は‥‥」
晶が放った言葉の矢が、環のグラス・ハートに容赦なく突き刺さった。
「そこ、真っ白になってないで、行くぞ」
禁煙煙草を咥えた佐伯 炎が、車に施錠しながら促す。
菓子や魔法瓶の包みと茣蓙を両手で抱え、皆より少し遅れて静十郎が歩き出そうとすれば、ひょいと横合いからそれらを取り上げられた。
「戒、そんな大荷物を一人で抱えてどうする。俺に貸せ」
「轡水さん、ちょっと」
軽々と荷を取り上げた相手に静十郎が追いすがるも、返ってくるのは微笑みばかり。
「躓いて転んだりしたら、お前の綺麗な肌が傷つくだろう‥‥そんな事があっては、何より俺が困るからな」
言葉の後ろ半分は、耳元への囁きで。
ぽっと上気して、静十郎の頬が朱に染まる。
「この程度の荷物で、躓いたり怪我なんてしませんっ!」
轡水へ抗議をしてみるが、荷物は返ってくる気配もなく。
「過保護すぎです‥‥轡水さん」
狡いと前を行く背中に独り言ちて、静十郎は後を追った。
木々の間から見える井の頭池では、ボート遊びが立てる波に陽光が煌く。
梅の木々の傍に茣蓙を敷いて、川沢一二三が一行を待っていた。
●梅花の下で
簡単な自己紹介を交わすと、早速『宴会』の仕度が始まる。
追加の茣蓙を敷き、裕貴と海音が持参した弁当の中身を披露した。
「日本の祖母に「日本のお弁当には必ず卵焼きが入る」って聞いたんで、卵焼きだろ。それに、しっかり下味をつけた鶏の唐揚げに、野菜も各種。あと、ご飯が良いのかサンドイッチが良いのか悩んだけど、紫の混ぜご飯で作ったおにぎりにしたよ」
「私の方は、ちらし寿司を作ってきました。他には、青じそと梅肉を使った和風サラダに菜の花を使ったかき揚げ、お豆腐を使った和風味のハンバーグ等々。お口に合うといいですが」
「気合が入ってるね、二人とも」
手の込んだ出来栄えに、川沢が感心する。佐伯も「うむ」と頷き。
「いつでも嫁にいけるな」
「嫁には、行きませんっ」
反射的に否定しつつ、何故か赤くなる裕貴。その隣で、やはり何故かしたり顔の京一郎。
「そう‥‥もう、嫁に『行った後』なのね」
二人を観察していた晶が問題発言を放ち、一部の空気を瞬間凍結させた。一方で、全く動じない者もいる。
「これからも、仲良くな」
意味深長な轡水の微笑に、「勿論だ」と余裕の表情で京一郎が返した。
「えーっと、デザートには桜餅を。梅を観に来てるのに桜餅ってどうかと思ったんだけど、中々梅を使ったお菓子って思いつかなかったんだよね」
復帰した裕貴が別の箱を開ければ、塩漬けの葉の渋い緑と薄い紅色が美しい長命寺桜餅が並んでいる。
「あ、紅白の梅を模した練りきりを作って参りました。手製ですので、お恥ずかしいですが‥‥」
海音の飾り箱に、裕貴はぽんと手を打った、
「そうか、練りきりがあったっけ。とても繊細で綺麗だね」
「俺もターキッシュ・ディライトを持ってきた。話の種にと思ってな」
京一郎が取り出す袋には、色とりどりで、粉砂糖をまぶしたいびつなサイコロ状の菓子。
−−別名、『蛇がイブの誘惑に使った林檎』とも言われるらしいが。
「茶類とジュースは、クーラーから適当に取っていいぞ。酒はこっち。承知だろうが、未成年の晶は飲酒厳禁な。あと、車だから俺も飲まんぞ」
段取りをつけた佐伯は、場が落ち着くのを待って音頭をとる。
「さて、始めるか。まずは、酔狂な企画に足を運んでくれた礼を。幸い、今日は晴れたしな。顔を会わせる機会の少ない同士もいるようだし、しばしの歓談を楽しんでくれ」
そして、梅の下で乾杯の声があがった。
●花の宴・歌の宴
梅の香に混じり、緩やかに優しく深い弦の音が広がっていく。
バイオリン属の中で、最も大形で最低音の楽器−−コントラバスの音色を聴く者達は、唯澄の演奏にじっと耳を傾けている。
時には、弓でしなやかに。また、指で直接弦を弾くピッチカートで軽快にと、彼女は巨大な弦楽器を自在に操っていた。
「‥‥こんな感じなんだが」
ひとしきり技法を交えた短い演奏を終え、聴衆達から拍手を受けた唯澄は、軽く会釈をする。
「チェロはよく聞くけど、コントラバスは初めて聞いたよ」
裕貴は熱心に拍手をし、環も続いて頷く。
「ソロで聞く機会って、少ないからな」
「コントラバス奏者自体が珍しい、という目もあるようだしな。少しでも興味をもってもらえれば、私としても嬉しいな。一部のフルートやらヴァイオリンやらの奏者は、「ただ低音を出すだけ」と侮る事があるが‥‥」
「まぁ、その程度の奏者は伸びんがな」
渋そうに茶を啜る佐伯に、川沢が苦笑する。
「誰かと合わせるなら、一人で粋がってもね‥‥かといって、丸く利口に収まるのは、また違う。自分の個性を出し、相手の個性も引き出せればいいんだろうけど」
「その辺は、化粧師も変わらないかもな」
彩りよく取り分けた料理の皿を、静十郎から受け取りながら轡水。
「役者と役柄とを、化粧で繋ぐって感じとか? ちょっと違うか‥‥化粧の事は判らんが」
そう言って、佐伯が肩を竦めた。
「じゃあ、少し挑戦してみるかな」
ギターケースからアコースティックギターを取り出すと、環は調弦を始める。
試し弾く一節を聞き、ふっと溜め息をついて晶が呼吸を整えた。
「まだ、タイトルもない歌だけどね」
ゆっくりと爪弾くギターの音色に、彼女は静かに声を重ねる。
それは、少し物悲しい−−恋唄か。
「 ふと眺める 街の色は鮮やかに
暖かい色に変わっていく
色付き始める空気に 私は孤独を感じた
何故だろう‥‥
キミと居ないから
キミを感じたいからなのかな‥‥
探してみよう この気持ちが何なのか
自然に感じていたいから‥‥ 」
マイクもなくミキサーもない、あるがままの声での歌。
晶の歌に、海音は少し緊張した表情を浮かべた。
「どう、海音さんも唄う?」
拍手と共に伴奏を終えた環に問われて、彼女はこくりと頷いた。
「はい。拙い歌ですが‥‥」
にっこり笑んで、彼はコードをアルペジオに分解して綴る。
海音はすぅと、梅の香の漂う空気を吸い込んだ。
「 遠い昔 交わした約束 叶えてくれたのね
幾度わたしが果てても 目覚めるとき傍に居てくれると
共に過ごせる時間 限られているけど
こうしてあなたとまた逢えたことが嬉しい
寄り添うあなたの髪に わたしの欠片 ひとひら落ちた
やさしく香る紅梅の 小さな花びら 想いの欠片 」
曲調は、先と同じくバラード調。だが晶が独りの侘しさを思う曲なら、海音は邂逅を愛しく唄う。
そして唄い終えた後の拍手に、ほっと胸を撫で下ろした。
「やはり、作詞というのは難しいですね。今後の大きな課題です‥‥」
「いや、『春』一つにしてもやはり個性が出て、興味深いよ」
川沢から暖かい茶を受け取り、海音は礼を述べた。
余興を挟みつつ、緩やかに『宴』は進んでいく。初対面の硬さもやんわりと解け、環に三味を弾き方を習ったり、互いの仕事の話をしたりと、話にも賑やかに花が咲いていた。
そんな中、隣の席の綺麗な取り皿に、裕貴が首を傾げる。
「あれ? 京一郎、食べないのか?」
しかし京一郎は、何を今更という顔をし。
「なんだ、食べさせてくれないのか? 晶も、期待しているようだしな」
「食べさせるって‥‥晶も、変な期待をしないでほしいな」
水を向けられた晶は、心外という風な表情を返した。
「別に。単に、面白画像が見たいだけよ」
「面白画像って‥‥」
「面白なら、あそこもそうだと思うがな」
呆気に取られて言葉を告げない裕貴の腰にさりげなく手を回しながら、京一郎は顎でもう一組の『カップル』を示す。
丁度、轡水が海音や唯澄と化粧の話で盛り上がっていた。
普段から持ち歩いているらしい化粧箱を開き、海音を手本にナチュラルメイクの唯澄へ化粧の施し方を説明している。
やや離れて、平然とした顔の静十郎の脇には、何故か数本の折れた箸。
それに気付いた環が、歌舞伎役者の傍らに移動した。
「静十郎さん。その箸は‥‥」
「ええ。何故か折れるんです、箸が」
眉一つ動かさず、静十郎は淡々と答え。そしてまた、握った手の内でぱきりと箸が二つに折れた。
「あれは、面白を通り越していると思うわ」
ぼそと晶が呟き、なんとなく裕貴もその言葉に納得した。
●祝い事は賑やかに
「環さんが先月28日にお誕生日を迎えられたので、お祝いにケーキを用意しました」
宴もたけなわとなった頃。海音が白いケーキ箱を取り出す。
「どうぞ、頑張って消して下さいね」
「え‥‥」
箱から現れたケーキに、環は言葉の真意を悟った。
「28歳のお誕生日、おめでとうございます。苺チーズケーキに、28本の蝋燭を立てました」
「見事な剣山だな」
実に率直で的確な感想を、唯澄が口にする。
そのケーキは、薄紅色の円形に刺せるだけの蝋燭を刺した‥‥そんな印象の物体だ。その中央には、一輪の花を模った蝋燭。
「可愛いお花型の蝋燭も見つけたので、添えてみました。さ、環様」
にっこりと笑む海音。そこに悪意の影はない‥‥たぶん。
「後祝いでよかったね。先祝いだと、寿命が縮むそうだから」
「川沢さんまで‥‥」
がっくりと項垂れる当人を他所に、手際よく火を点け終えた佐伯がマッチを振り消した。
「早く消さないと、折角のケーキが台無しになるぞ」
「吹き消してみせるともっ、謡手の意地で!」
思案も兼ねた一つ二つの深呼吸の末、環は一気に息を吹く−−。
揺らめきながらも28の火は見事に消え、祝う拍手が起きた。
呼吸を整える環へ、静十郎が進み出る。
「おめでとうございます。お目汚し程度ではありますが、お祝いに『梅の栄』など一指し‥‥伴奏は環さんですけれど」
「え? 俺が?」
「他に誰がいると?」
当然の如く答える静十郎に、環は肩を落とした。
「 ‥‥薄紅梅の酔心 開く扇の末広や 声も豊かに四海波
しづけき御代に鴬の いつか来啼きて花の笑み‥‥ 」
品の良い舞から、屠蘇に酔った振りをしてみせ。
賑やかなご祝儀舞いを、艶やかに静十郎は踊る。
「では私も一曲、祝いの曲を」
再び弓を取り、唯澄が奏でるはバッハ作曲『主よ、人の望みの喜びよ』。
深い響きを聞きながら、「お疲れ」と礼を込めて環が静十郎へ栓を開けた冷たい缶を手渡す。
「戒、待てそれは‥‥」
見咎めた轡水が止めるものの、静十郎は喉が渇いていたのか時既に遅く。
缶をあおった静十郎は、慌てて支えようとする轡水の腕の中へ、ぱたりと落ちた。
とっさに静十郎の手から落ちかけた缶を受け止め、環がそのまま固まる。
「ごめん、轡水さん‥‥ジュースと酎ハイの缶、間違えた」
「仕方ない。皆、すまないな。戒の酔いが醒めるまで少し失礼するが、気にせず続けてくれ」
所謂『姫抱っこ』で静十郎を抱き上げた轡水へ、京一郎がひらと手を振った。
「ごゆっくり」
気を取り直した唯澄が、途絶えた演奏を再開する。
「静十郎様、大丈夫でしょうか」
まだ心配そうな海音に、「『保護者』がいるなら大丈夫だろう」と京一郎。その間にも、海音が切り分けたケーキを、裕貴が皆に配っていた。
「後で謝らないとな‥‥」
溜め息をつく環へ、川沢が微妙に含んだ笑みで答える。
「お互い、不注意だったね。ただ、今は結果オーライかもしれないけど」
折れた箸を思い出して、環は「ああ、そうか」と呟いた。それから、更にふと何かに思い当たった顔をする。
「そういえば、川沢さんと佐伯さんて歳、いくつ? 見た感じ、佐伯さんの方が上っぽいけど」
突然の質問に、川沢と佐伯は顔を見合わせた。
「何気に、こいつは食わせモンだからな‥‥俺が37で、コイツ39だぞ」
「39って‥‥俺より11コも年上!?」
呆気にとられた環に、「そんな驚かなくても」と川沢は苦笑を返した。