モーツァルト・コンペヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや難
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/10〜03/14
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●本文
●アメージング・フィルム・ワークス
イギリスのロンドン郊外、テムズ川の畔に立つ煉瓦造りの建物。
一見すると倉庫のようなその建物の中身は、『アメージング・フィルム・ワークス』という小さな映像製作会社である。
CGを使った画像加工に力を注ぎ、CM制作の他、最近ではWWBに『幻想寓話』なるファンタジー趣向の強いドラマを提供している。が、まだまだ名実伴わない若い会社であった。
だが『幻想寓話』の影響か、ひょんな事から大き目の仕事が転がり込んできたのが半月ばかり前。
そして担当する事になったのは、双方28歳という若手の部類に入る監督と脚本家のコンビ。
そこまではすんなりと話が運んだものの、その先が難航していた。
●モーツァルト・コンペ
「例えば、『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは女だった』とか、『実はナンかが憑いていた』とか」
「『女性だった』という切り口は、過去の作品にもあったけどね‥‥あとはモーツァルトの切り口だけでなくサリエリの側からや、コンスタンツェのサイドから‥‥という方法もありだけどね」
AFWのミーティングルームで、頭をつき合わせて相談中なのは、件の監督レオン・ローズと脚本家フィルゲン・バッハ。
いま二人が取り掛かっているのは『モーツァルト生誕250年記念』にちなんで、モーツァルトを題材としたドラマだ。
話を持ってきたオーストリアの菓子メーカー、即ちスポンサーからの条件は『オーソドックスな人物史ではなく、独自のドラマを』をいう注文を付けられている。
ちなみに当の菓子メーカーの方は、当時の飾り菓子を復刻して売るのだという。250年を記念して、あらゆるラベルにモーツァルトの肖像画が描かれているのを考えると、やはり一大イベントなのだろう。
それはさて置き。
二人の打ち合わせは、奇抜な趣向やあらぬ方面にまで話が飛び交うものの、未だ方向性すら明確ではなかった。
「このままでは、埒が明かないと思うけどね‥‥」
プランを書き出していたフィルゲンは、ボールペンの頭の方でカリカリと頭を掻く。腕組みをして、レオンもまた唸った。
「ふむ‥‥ならば、役者候補の諸氏の意見も吸い上げてみるかね。最終的には、それらを纏めて脚本に仕立て上げてもらう事になるがな、フィルゲン君」
「僕は構わないよ。ここで二人で煮詰まっても、しょうがないしね‥‥ソッチ方面に一言ありそうな人も、思いつくし」
「ならば、上申しておこう。希望があれば、現地視察を交えるかもしれんしな」
立ち上がるレオンに、フィルゲンが眼を瞬かせる。
「現地に行っちゃうと、仕事のプラン立てよりも、遊びに思考が行かないかい?」
「‥‥大丈夫であろう。九割方、希望的観測だが」
「率先して遊びに行く本人が、よく言うよ」
「なにーっ! 私は仕事中に遊ぶ事なぞ‥‥息抜きはするが」
かくして、各方面にドラマ『モーツァルト(仮題)』のシナリオ作りのための企画コンペの告知が打たれた。
海外視察をするかどうかは、置いて。
●リプレイ本文
●ここは中欧『塩の城』
世界は、塩の如き白い帳に覆われていた−−雪である。
「正直に言おう‥‥ロンドンより南なのに、ロンドンより寒い」
「内陸だから、当然だって」
白い息を吐きながら言い合うレオン・ローズとフィルゲン・バッハを、羽曳野ハツ子(fa1032)が楽しそうに眺める。
「相変わらずねぇ、あの二人」
「そうですね」
彼女に同意しながら、小塚さえ(fa1715)がくすりと笑った。
「ニライさんより『二人共面白い人物だ』と伺ってはおりましたが‥‥成る程。彼女から『宜しく伝えてくれ』との事でしたよ」
「うん。俺も、伝言を頼まれたぜ」
微笑む藤川 静十郎(fa0201)と、続く嘩京・流(fa1791)に「彼女も忙しそうだね」とフィルゲンが苦笑する。
「静十郎君、バレンタイン・ドラマ以来ね。久し振り」
手を振るハツ子へ、静十郎は軽く会釈をした。
「今日はお連れさん、一緒じゃないの?」
「はい」
「代わりに、俺がお守り役‥‥って、イタイ。イタイから扇子で小突くな、静十郎っ」
後頭部をぐりぐりと扇子で突かれ、流が抗議する。が、素っ気なくついと余所を向いて、静十郎は扇を帯に挟む。
「俺だってニライと一緒の方がよかったのに、日本へ行っちまうしさぁ」
「あら。流君、置いていかれちゃったのね」
「‥‥ぇ〜」
ちょっと凹んだ流の肩を、慰めるようにぽむぽむと月.(fa2225)が叩く。
「前回の仕事では、本当に申し訳なかった‥‥これは詫びの品だ。二人で飲んでくれ」
謝罪と共に月は三本の一升瓶−−芋焼酎や日本酒を、フィルゲンへ渡した。
「はっちー! 久し振りー!」
人影の中から、ハツ子を見つけたアイリーン(fa1814)が大きく手を振って走ってくる。後ろからは、シャノー・アヴェリン(fa1412)がゆっくり付いてきた。
駆け寄ったアイリーンは、脚本家を見つけると軽く頭を下げる。
「えっと、はっちー‥‥じゃなくて、羽曳野さんの出ていた『幻想寓話』、拝見していました。今回は、よろしくお願いしまーす!」
「それは光栄だ。こちらこそ、よろしく」
「全員揃ったようね‥‥監督?」
和泉 姫那(fa3179)が声をかけようとするが、姿はなく。
「あら、監督は?」
「案内所みたいです」
さえが指差す先で、監督が何やらカウンターの女性と話していた。
「ちょっと目を離すと、コレだよ」
やれやれと、フィルゲンが相方を連れ戻しに向かう。
集合場所であるザルツブルク駅を一歩出れば、見えるはオーストリア、ザルツブルク州都ザルツブルク。
モーツァルトが生まれた街である。
●コンペティション−1
旧市街のホテルの議場で、ドラマのコンペティションは行われた。
進行はレオン、議事録はフィルゲンが取る形で会議は進行する。
「では、前置き抜きで話を進めさせて頂こう。
ぶっちゃけると、我々もクラシックの方面に造詣が深い訳ではない。故に、皆も業種専門を気にせず、忌憚のない意見を願いたい。またとない機会であるからな」
「じゃあ、早速いい?」
しゅたっと真っ先に、ハツ子が手を上げる。
「うむ。どうぞ」
「私が考えたのは、モーツァルトと、その周囲の人々を描いた人情味溢れる人間ドラマ。
モーツァルトを題材とした作品に多い、妬みや嫉妬、宮廷内での陰謀なんかのドロドロした部分を全てカットしちゃって、子供からお年寄りまでのんびりと楽しめるような、優しい雰囲気のドラマにするのはどうかしら。
音楽好きを除けば、気立ての良いだけの平凡な男性モーツァルト。
そんな彼を愛する、ちょっと派手好きな妻、コンスタンツェ。
モーツァルトの才能を羨みながらも、肝心なところでは力になってくれるサリエリ。
劇中の登場人物は、基本的に全て善人でお人よし。史実では悪く言われている部分も、善意の行動が空回ってしまった故の誤解。
のんびりとしたオーストリアの日常を、淡々と優しく描くような感じ。たまには揉め事なんかもあるけど、それらは音楽が全て解決してくれるの。
こういうほのぼのしたのって、こっちの人気は判らないけど‥‥」
「俺は逆に、感情の衝突を前面に出すのも面白いと思ったんだが」
ハツ子に続いて、月が彼のプランを挙げる。
「『もしも、サリエリが女性だとしたら』と、考えてみた。
自分よりも若く、才能に溢れた若者モーツァルトに心惹かれるも、その才能に嫉妬し、そんな嫉妬を覚えた自分に対して恥じ、苛立ち、嘆き、葛藤に苦しむ。
自分に無いものを持つ相手に憧れ、惹かれるが、だからこそ憎い。
愛情・憧憬・嫉妬・葛藤・狂気・殺意‥‥とても人間らしい感情。
モーツァルトは浮気性という説もあるくらいだから、ライバルでありながらお互いに惹かれあっていたという設定も面白くはないか。互いの音楽も競い合う事で、より崇高なものへと変わっていく。
彼の最期は、敢えてサリエリによる毒殺‥‥モーツァルトもサリエリの葛藤や想いを理解し、愛するが故の狂気と殺意に死を覚悟していたとしたら‥‥結末は悲劇だが、美しいと俺は思う」
「言わば、『滅びの美学』のようなものか」
ふむと考え込む仕草のレオンに、月は続ける。
「男女間の恋愛が絡めば、ドラマとしては面白いかもしれないと思ったわけだが‥‥やり過ぎると内容が内容なだけに、ドロドロになりそうなのが問題だな」
「まず‥‥私は歌舞伎役者です。少々毛色が違うと思われるかもしれませんが、役者の一端を担う者として、力を尽くしたいと存じます」
丁寧に頭を下げる静十郎に、「いや」とレオンが首を振った。
「是非とも、積極的な意見を頂きたい。日本の古典芸能も、興味深いのでな」
「では、遠慮なく。
私の案は月さんと同じく『サリエリは女性である』という着眼ですが、スポンサー的にはモーツァルトを悪印象づける事は宜しくないでしょう。
色に浮名を流した事でも有名なようですが、『アマデウス』という名が「神に愛されし者」という意味に重点を置いて、彼を『全てに愛された人物』とした位置づけで考えてみました。
その上で『サリエリは女性であり、全ての言動は愛ゆえ』というのは如何でしょうか。
悪説を支持する訳ではなく、真実の行動全てを。
歌舞伎には『実は正体は〜』という作品も多いものですから、ついこの様な思考に至った訳ですが」
「そういえば、静十郎さんと同じような事を兄が言ってました。『モーツァルトはミューズに愛され過ぎた音楽家』だって‥‥」
ぽつりと呟いてから、さえは場の視線が自分に集まっているのに気付き、慌てた。
「あの、その‥‥チェリストなんですけど。その兄は」
そうして、次はさえが自分のプランを話し始める。
「アンデルセンの『絵のない絵本』って、ありますよね。月がお話をしてくれる‥‥あんな風に、ミューズから見たモーツァルトとか面白いかなと思うんです。
モーツァルトの曲を、演奏するのに苦しんでる人を見かねて‥‥或いは、モーツァルトの末の息子でも良いかもしれません。父の思い出が無いことを寂しがる様を見かねて、ミューズのお使いだった妖精が、曲にまつわる彼の話を聞かせるとか。
回毎にテーマとなる楽曲を決めて、伝えていくんです。モーツァルトの楽曲は多いから無理でしょうか? でも可愛い小品とかもありますよね?」
遠慮がちに笑む少女に、静十郎が「それもいいですね」と賛同する。
「シリーズ構成としては、必ずしも連続した内容でなくオムニバス形式でも宜しいのではないかと思い、毎回1つの楽曲をテーマにドラマを構成しては如何かと。
此方の知識は受け売りですが、彼の歌曲には「孤独」「希望に」「満足」等、面白い作品がありますし、有名処でない楽曲に光を当ててみるのも一案でしょうね」
●休息時間
会議でも、お茶の時間は欠かさない。
それが監督と脚本家の方針らしく、議場は暫しの休憩時間を挟んでいた。
本日の『おやつ』は、緑茶と和三盆の春干菓子。静十郎が日本から持参した物である。
「必需品とお聞きしましたので‥‥どうぞ」
「おぉ、グリーンティだな。こう、ぐるぐるとカップを回しながら飲むのが、日本の作法であったか?」
「違います」
速攻で静十郎に否定され、しょげるレオン。
他にも、スポンサーからリンツ地方のトルテ『リンツァートルテ』が差し入れされていた。今日も好まれるトルテで、シナモンやナッツの芳ばしい香りが漂っている。
「今も、こうして受け継がれているお菓子もあるのね」
嬉しそうに、姫那が取り皿へとカットされたトルテを分けた。
暖かいカップを両手で包むさえが、残念そうに窓の外を見やる。そこには、今日も白い風景が広がっている。
「公園でデニッシュペストリーを食べてみたかったんですが、この寒さだと風邪をひきますね」
「そうね。仕事の機会まで、おあずけかしら‥‥一緒に仕事ができるといいわね」
ハツ子の笑顔に、さえも微笑を返した。
●コンペティション−2
「オペラ『魔笛』を、ドラマ化するのはどうかしら? 彼の作品を紹介するのも、モーツァルトのドラマに入るかなと思ったの」
アイリーンは、また別の切り口を提案する。
「正統派のタミーノ王子とパミーナ王女の恋愛劇や、個性的な「鳥刺し」のパパゲーノ、試練を面倒くさがる場面で「女の子を紹介してやるから」なんて言われて、やる気になっちゃうところなんて、とても200年も前の演出なんて思えないわ。
CGをふんだんに使ったアメリカ映画が劇場作品の中心になりつつある昨今に、オペラを題材にした企画を打ち上げる‥‥どうかな?」
「といっても、うちの会社もCGに頼る部分は多いけどね」
少し困ったように、フィルゲンが頭を掻いた。
「私は‥‥羽曳野、アイリーンの二人と‥‥同じプロダクションに所属しています‥‥が、カメラマンであって、役者候補ではありません‥‥その点について、お詫びしてから‥‥話を致します」
ぽそりぽそりと、シャノーが口を開く。
「スタッフ側からの‥‥見地ですが。役者の皆さんのスケジュールは‥‥割とタイトです。この際、モーツァルトをはじめ‥‥主役を誰‥‥と決定しない方が‥‥良いのではないでしょうか。シリーズ中‥‥仮に抜けた人物がいても大丈夫な様‥‥メインキャストは持ち回りで。
例えば‥‥今回はモーツァルト視点で話が語られたが‥‥次はサリエリ視点で‥‥というような具合でしょうか。
また‥‥同じ日に起きた出来事を、様々な人の視点で描くことにより‥‥徐々に話が補完。結果、物語が進んでいく‥‥という形はどうでしょう‥‥」
「いわゆる、ザッピング的な構成だね」
ペンを走らせながらのフィルゲンに、シャノーはこくんと一つ首を縦に振った。
「それなら、その手法を使ってサスペンスっぽく『モーツァルト殺害事件』なんて、どうかしら」
悪戯っぽい表情で、姫那が提案する。
「オペラ『魔笛』で門外不出の『伝授の秘儀』を取り上げた為、属していた秘密結社『フリーメーソン』に命を狙われるモーツァルト。
それに加えて妻のコンスタンツェ、同じ作曲家であるサリエリ、弟子であるフランツ・クサーヴァ・ジュスマイアー、浮気相手とされるマグダレーナ、その夫のフランツ・ホーフデーメル。
登場人物の誰もが、モーツァルト殺害の容疑をかけられてもおかしくない状態よ。
彼が殺されたシーンから始まって、「犯人は誰?」って回想シーンが展開していく感じかな。
真犯人は‥‥ここで言っちゃうと、面白くないわね」
「それはむしろ、イギリスで受けそうではあるな」
「そうなの?」
レオンの言葉に、姫那が意外そうな顔をする。
「うむ。イギリスの推理ドラマは、実に多い。もし、かの作品群が一つの世界となれば‥‥石を投げれば、犯人か被害者か目撃者か容疑者か名探偵か名警部、何れかに当たるであろうからな」
「モーツァルトは俺も好きな作曲家だし、音楽家の端くれとしての提案になるが。
−−ってもなぁ、あまりにも有名過ぎて、正直何をどう言って良いのか。サリエリとコンスタンツェ側だって色々作品あるだろ?」
最後の提案者となった流が、かりかりと銀色の髪を掻く。
「俺の立場に置き換えて‥‥実際にモーツァルトに会ってみたいと思った事ある。異説なんかふっとばすような『事実』が見たい! とか、そーゆう理由で。
だったら会いに行けばいい‥‥ってことで、タイムスリップしちまう。
ドラマなんだから、何でもアリってカンジ? こっそり時空をいじれるヤツがいて、そいつに頼んで行ってみる‥‥とか。そこで見てきた現実が、全てってカンジでさ。
んで、行ってみたはいいけど誰が本人か解らなくってさ、偶然世話になったヤツが実は本人だった。真実を知らないまま、親友になっちまった‥‥とか。
‥‥安直過ぎる?」
「いや。そういう導入は、アリだがな」
うんうんとレオンは頷きつつ。
「では、ドラマの形式についてだが‥‥」
−−そして、全てのプランが出揃う。
結果と報酬は後日という事となり、数日に渡るコンペは終わった。
別れを交わす最中、フィルゲンの袖をシャノーが引っ張る。
「ハツ子さんを、どうぞ宜しくお願い致します‥‥電話がある度、話が尽きないようですから‥‥では」
呆気に取られるハツ子やフィルゲン達に構わず、シャノーは背を向ける。
数秒のタイムラグで、ハツ子は我に返る。
「ちょっ、何バラして‥‥っ。あの、ちゃんと決まったら、連絡頂戴ね! 待ちなさいよ、シャノーっ!」
言うだけ言うと、耳まで真っ赤になった彼女は急いで密告者の後を追いかけ、慌ててアイリーンが彼女に続く。
「賑やかであるなぁ」
どうなるのやらと、レオンとフィルゲンは彼女らの背中を見送った。