Limelight:W−DAYアジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
|
担当 |
風華弓弦
|
芸能 |
2Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
なし
|
参加人数 |
12人
|
サポート |
0人
|
期間 |
03/13〜03/15
|
●本文
●Limelight(ライムライト)
1)石灰光。ライム(石灰)片を酸水素炎で熱して、強い白色光を生じさせる装置。19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた。
2)名声。または、評判。
●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。
事務所の窓から見える階下のフロアは、照明もBGMも消されて、今は静寂が居座っている。
「ほら、この間の分」
音楽プロデキューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は、油紙に包まれた大きなA3サイズ程パネルを二枚、応接用のテーブルの上に置いた。
「ああ、すまんな。ありがたく、飾らせてもらうよ」
礼を言いつつオーナーの佐伯 炎(さえき・えん)が紙を剥がせば、モノクロのパネル写真が姿を現す。先日の『LOVERS GIG』と『マスカレード・ライブ』を撮ったものだ。
そして、次のライブがライブハウスの足跡としては、四歩目となる。
「で、やるんだろう? 公言していたようだし」
「‥‥だなぁ」
「なんだ。乗り気じゃあなかったのか?」
「いや、アテられるのかぁ‥‥ってな」
苦笑しながら、佐伯は煙草を咥える。「お互い様だ」と軽くその肩を叩き、川沢はコートを取った。
「ん? 珈琲くらい飲んでいきゃあいいのに」
「いや。3月だし、年度末だろう。何かと雑務が多くてね‥‥また今度、ゆっくり飲みにくるよ」
「そうか。じゃあ、気をつけてな」
友人に見送られ、川沢は事務所を出た。
かくして、『Limelight』のホワイトデイ・ライブ出演者募集が告知される。
前回と同様に前日からセッティングを開始し、ライブは14日の夕方に行われる。
もちろん、演奏者が独り身かカップルであるかは問われない。また、演奏者としてではなく、観客としての来店も歓迎するという。
●リプレイ本文
●白い日がくる
「今日は寒いな‥‥これで雪が降ったら、ホワイト・ホワイトデーか?」
暖まりきっていないフロアで、オーナーの佐伯 炎は備え付けのドラムセットを解体していた。傍らでは、音楽プロデューサーの川沢一二三が、それを手伝っている。
「予報では、降るまでいかないらしいけどね」
「そうか。しかし、付き合わせちまって、悪いな」
「演奏者の手を煩わせる訳にも、いかないんだろ。で、これは上のフロア行きでいいのかな?」
「ああ、下だと邪魔になるからな。ま、自分達の商売道具だから、組むのは自分達でやらせるが」
「そうだね。その辺は、今も昔も変わらず‥‥か」
答えつつ、タムを抱えて川沢は階段を上がる。それを見送ってから、佐伯は時計を見やった。
「早い奴らは、そろそろくるか‥‥」
「おはようございまーす!」
明るい少女達の挨拶が、フロアに響く。
「やぁ、早いね」
丁度タムを運んできた川沢へ、両手に荷物を持った月見里 神楽(fa2122)がぴょこんと会釈をした。
「うん。千春さんのお手伝いをしようかなって」
振り返った先にいる富士川・千春(fa0847)は、やや眠そうに目を擦っている。
「キッチンを借りてクッキーを作ろうと思ったの‥‥」
「皆が来る前に、言うてたさかいにな。でも千春さん、寝たらあかんよ〜」
心配そうな椎葉・千万里(fa1465)が、彼女の腕をぐいぐいと引いた。
「ん。頑張るね」
何を頑張るのかイマイチ明確ではないが、どこかほやんと笑って千春が答える。そんな会話の間に、川沢は少女らの為に事務所の扉を開けた。
「佐伯は下にいるから、適当に捕まえてやっていいよ」
「あの、川沢さん。それドラム‥‥?」
彼の後ろに置かれている物に気付いて、神楽が足を止める。
「今日は、ドラムスを持ち込んでくるメンバーがいるようだからね」
「そっか。どんな『音』の人か、ちょっと楽しみ、です」
再び解体されたドラムに目をやってから、神楽は二人の少女の後を追った。
●舞台裏は賑やかで
時間も昼を過ぎれば、ライブの出演者達の顔ぶれがほぼ揃う。
「へ〜ぇ。ここが『Limelight』なんだ」
きょろきょろと店内を見回しながら、タムを抱えて柊ラキア(fa2847)が階段を降りる。
「ラキア。余所見してると、転ぶよ」
「気をつけんだぜ。ヘッドでも痛めようもんなら、舵のヤツが‥‥」
「大丈夫だって! ちゃんと大事に運ぶから」
明石 丹(fa2837)に続いて、彼と二人でフロアタムを運ぶ陽守 由良(fa2925)にもからかう様に言われて、ラキアは注意を足元に引き戻した。
「セッティングは、自分達でできるか?」
佐伯に声をかけられて、メンバーの男三人を見守っていた文月 舵(fa2899)が向き直り、深々と頭を下げる。
「はい。お初に御目にかかります、文月舵いいます。アドリバティレイア一同、どうぞ宜しゅうおたの申します」
「ご丁寧に、どうも。まぁ、緊張せず、適当に気ぃ抜いてやってくれていいからな。勿論、手を抜く事はねぇだろうが」
「そこは、ちゃんとさせてもらいます」
にっこりと舵が微笑めば、禁煙煙草を咥えた佐伯は「よろしく」と笑いつつ、ひらひら手を振った。
店の前に止めた車へ戻る舵と入れ替わるように、篠田裕貴(fa0441)が鳥羽京一郎(fa0443)連れで現れる。
「おはようございます。外、車止まってたけど?」
「今日演奏する連中のだ。で、またお前達も大荷物だな」
アコースティックギターを持参してきた裕貴はともかく、京一郎はクーラーボックスのような箱を提げている。
「せっかくだから、打ち上げでカタルーニャ料理を披露しようと思って」
「あと、そいつに合うワインだ。バレンタインの時は客だったから、早々に帰ったからな」
「ほー。それは用意周到じゃねぇか」
いつに間にやら、嬉しそうな小田切レオン(fa1102)が彼らの話に混ざっている。もし半獣化でもしていれば、尻尾を振ってそうだ。
「中身、冷蔵庫に放り込んでおくぞ」
箱を軽く叩き、京一郎は裕貴と共に厨房のある地下二階のフロアへと向かう。
「ライブの後の打ち上げ、楽しみだぜ」
「本っ気で恒例にする気だな、お前ら」
「え? もう恒例じゃあねぇの?」
レオンの返答に、佐伯はやれやれという顔をして頭を掻いた。これもまた、毎度の事ではあるが。
「落ち着いたから、お茶にするわね。打ち合わせもあるでしょ? ホワイトデイ・ライブだし、明星堂のお饅頭よ。な〜んて、実は私の手作りなのよね。お口に合うか分からないけど」
ひと段落した事務所で手際よく茶の準備をする明星静香(fa2521)に、主に少女達が「わ〜い!」と嬉しそうな声をあげる。
「神楽も持ってきたんですよ。クッキーに、マシュマロに‥‥千春さんのクッキーも、もう焼けるね」
「そうね。見に行かなきゃ」
「おいおい。お前ら、仕事しにきたのか遊びにきたのか、どっちだ」
『『両方!』』
そんな和やかな光景に、一二三四(fa0085)がシャッターを切った。
「どう。いい写真は取れそうかい?」
「あ、はい‥‥お久し振りです。川沢さん」
声をかけてきた相手へ、二三四は慌ててぺこりと頭を下げる。
「久し振り。バレンタイン・ライブの時は、わざわざありがとう」
「いいえ‥‥あの、チョコ、甘すぎませんでしたか?」
恐る恐る聞いた二三四に、シンプルなラッピングがされた小箱が差し出された。
「美味しくいただいたから、お礼をしようと思ってね。といっても、何の変哲もないノド飴だけど」
「ありがとうございます。よかった‥‥川沢さん、ロンドンでいつもあのコーヒーだったから、甘いものが苦手そうなイメージがあって」
「そうか‥‥味の『度』が過ぎなければ、大丈夫なんだけど」
苦笑しながら川沢は「配ってくるね」と、小袋が入った紙袋を示してみせる。ふと二三四は思い出したように、急いでその背中を呼び止めた。
「川沢さん! 上のフロアのパネル写真を見たんですけど‥‥写真が出来たら、パネルにして送ってもいいですか?」
「構わないのかい?」
「はい!」
元気よく答える二三四に、「楽しみにしているよ」と川沢も返す。
躊躇した後に彼女が手にした小箱の包装紙を外せば、カットグラスの透明なキャンディ・ボックスの中で、小さく淡い蜂蜜色が幾つも転がっている。
フロアに飾られた鮮やかな花が、暖かい春の空気を漂わせていた。
●ホワイトデイ・ライブ
開演時間の近づくフロアは、観客達で埋まっていく。その大半は、カップルらしき男女。
様々な会話が入り混じった声の波がさわさわと響き、張り詰めた糸の様な緊張と熱気が充満していく。
独特の空気が、ライトダウンと共に期待へと変化して。
それが頂点に達した時、奏者達が現れる。
「皆へ、春を告げにきたよ。『BIENE』です!」
千春の言葉が口火となって、歓声が上がった。
●『BIENE』〜BIENE & 子犬
重いドラムでもなく、激しい電子音でもなく。
静かに澄んだ弦の音色が、軽やかに滑り出した。
千万里の引く春風をイメージしたバイオリンに、神楽のフルートが小鳥の様に囀る。
リズムを持った旋律に合わせて、黄色いドレスを纏った二人は、演奏の合間にステップを刻み。
ターンを踏むごとに、背中の白い大き目のリボンがフワリフワリと弾んで揺れる。
二人に挟まれて、チューリップのような淡いピンクのベビードレスを着た千春が、SHOUTを握り、ライトを見上げる。
「 長い冬が明けて 朝露集めに ハネを広げよう 」
緩やかな幕開けを待っていたように、静香の奏でるエレキギターと、レオンのベースギターが加わる。
唄い慣れた演歌とは違うリズムを身体で取りながら、千春は明るい歌声を披露する。
「 アネモネは 白い夢の中だけど
春を待てず 僕は探しに飛び出すよ
甘い香りに恋焦がれる この気持ちが
あたたかい陽を浴びた 雪の下に隠れてる
甘い甘い 琥珀色のヒミツ 僕の胸には春の味
隙間から覗かせた 薄色の夜明けは これからはじまる収穫祭
色づいた小さなつぼみを 流れる朝露が
涙のようだから 一つ残らず集めてあげる
薄紅に恋焦がれるこの気持ちを
白いリボンで結ばれた ユキノシタが待っている
キラキラ 琥珀色の宝物 二人さえずる春の音 」
ぽんと千万里と神楽にスポットライトが当たり、二人がユニゾンを魅せる。
千春が花なら、演奏する二人は花の蜜を集める蜂達のイメージ。
故に、ユニットも演ずる曲も『BIENE』−−みつばち。
バイオリンとフルートの競演が終わるのを待って、再び電子音が息を吹き返し、ライトがステージを照らす。
「 甘い香りに恋焦がれる この気持ちが
甘い甘い 琥珀色のヒミツ 」
そして三度、演奏はフルートとバイオリンのみとなり。
「 白いリボンのほころびから 次の季節が待っている
琥珀色の宝物 これからはじまる春の歌 」
フルートを彩るように、ビブラートを利かせていたバイオリンも、緩やかに消えて。
一呼吸置くと、神楽は四拍子から三拍子のリズムに切り替える。
「 くるくる踊る花びら 風に乗った
見上げた子犬 尻尾を振る
運ばれる花びらを追い掛け 走り出した
柔らかな芝生 蕾の付いた花壇
移り変わる風景を旅して行く
春風は気まぐれ そっと花びら降ろす
駆けてきた子犬 ひとつ吠えた
不思議に傾げられた首
サラリと肩で髪が揺れる
伸びた手が花びら拾う
ほころんだ口元 細められた眼差し
差し出された花びら
嬉しそうに子犬が鳴いた 」
軽快なワルツを、ゆったりと締め括り。
春の訪れを告げた三人の少女は、手を振って拍手に応えた。
●『Ventus』〜BLESSING
薄暗いステージの中央をライトが照らし出せば、スツールに座る裕貴がアコースティックギターを爪弾く。
白と黒のモノトーン調な服装の裕貴の隣には、黒いシャツにパンツ姿の京一郎が、SHOUTだけを手にしてスツールに腰掛けて。
スローめにギターが奏でるカントリー調のバラードに、京一郎は柔らかく唄い出す。
シンプルな生弦の音に、深みのあるテノールの歌声が重なる。
ストロークで迎えるサビには、裕貴もスタンドマイクで伸びやかなコーラスを添えて。
「 お前と出会えたことに感謝しよう
空も 大地も 風も 海も 光も
みんなが味方してるみたい そう言って笑う
本当に大自然の恵みと加護を受けたお前に
出会えたこと その幸運に‥‥ 」
光へ向けて、京一郎は『祝福』を唄う。
最後は始まりと同じように、静かなフレーズが弾けて消える。
二人を照らしていた一本のライトが絞られていく。
拍手と歓声の中、立ち上がって聴衆に一礼した京一郎は、全てが薄闇に沈む前に、裕貴へ手を差し伸べた。
その手を取り、立ち上がろうとする裕貴の肩を押さえて、彼は身を屈め。
−−聴衆には、演奏を終えて何か囁き合った様にしか見えなかっただろうが。
額に手で押さえるようにしながら、裕貴はステージを降りる京一郎の後に続いた。
−−顔が火照るのを自覚しつつ、暗くてよかったとか思いつつ。
●明星静香〜Hitman
ピンクのシャツと、クラシックなジーンズをラフに着こなし、ストラップで提げたエレキギターを携えて、静香は一人でステージへと立つ。
リズムマシンの叩き出す軽快なスピードを背景に、ヘッドセットマイクを付けた彼女は、電子音の旋律にパワフルな声を放つ。
「 あなたの唇は殺し屋のよう
僕のハートを狙ってるね
言葉も口付けも魅力的で
この胸を引き裂き虜にする
あなたが僕を見つめていても
僕はいつもあなたの唇に眼が行ってる
もうすでに虜
待ち切れやしない
さあ僕を殺しておくれ
どんな手を使ってもいいから
じらさないでね 今すぐに僕を仕留めてよ
柔らかいその唇で
すぐに殺めることができるから
あなたになら さあ僕を殺しておくれよ
温もりと旋律の罠
喜びと渇望を胸にして
待ち焦がれる さあ早く殺して欲しいよ
思い出とときめきを乗せ
幸せなまま殺されたいのさ
この思い 永遠に感じていたいのさ 」
羅列した言葉の意味とは似つかわしくない、明るくドライなメロディで。
静香はつむじ風の様に、歓声を残して軽やかにステージを去った。
●『アドリバティレイア』〜freesia
「今日、初めてのフルメンバーで、初めてこのライブハウスで唄う『アドリバティレイア』だ。よろしく!」
揃いの白いスーツで現れたメンバーに、観客は拍手で応える。
四人はフリージアのコサージュを−−丹、ラキア、由良はそれぞれ赤、白、黄の花を胸ポケットに。舵は青の花をアップにした髪に−−飾っていた。
由良のMCの間に、エレキギターを提げたラキアが、ドラムの舵へと自分の白いコサージュを差し出す。
−−本当は、舵が首につけた白いファーのチョーカーに付けたいのだが、ドラムセット越しでは流石に届かない。上に、危ない。
見かねた舵が立ち上がって、彼の手から白いコサージュを受け取った。そして、代わりに自分の髪の造花を、彼の青味を帯びた黒髪へ、ちょこんと乗せる。
長くて白いファー地のマフラーを振り回して、嬉しそうなラキアは青い花を手に定位置へと戻っていき‥‥その首にぶら下げたゴーグルが、一緒に跳ねる。一方の舵は、白いフリージアの香りを楽しむ仕草をしてから、それをチョーカーに挟んだ。
そんなショートドラマ(?)を待って、グランドピアノで待機していた由良が、静かにスタンドマイクへ口を開く。
「じゃあ、この曲で今日がハッピーなヤツもアンハッピーなヤツも、皆で楽しもうぜ。『アドリバティレイア』、freesia」
ゆったりとした由良のピアノのメロディに、ラキアの明瞭なギターと舵の受け止めるようなリズムが追従する。
ベースを弾くリーダーの丹が、そっとマイクへと柔らかい声を吹き込む。
「 フリージア 白く 儚く 花開く like you
散る陰で泣く いいえ咲く 春魅惑 luck out
過ぎるにまかせて追いつけない どんなふうに伝えればいい?
君がいる(いない) 君が見える(見えない) 」
丹の歌声に、ラキアがコーラスで囁き。
不意に、息を潜めるように『音』が消えうせる。
「 やわらかく包む ヒトヒラ
問いかけない 大事な貴方へ
日溜りの中 一緒に笑えるように 」
切々と語る丹のフレーズを待って、再び『音』が蘇る。
それまでよりも、よりアップテンポで、鮮やかさを増して。
「 フリージア 赤く 強く 花開く like you
散る陰で泣く いいえ咲く 春魅惑 luck out
フリージア 白く 強く 花開く like you
咲く影で無く 光眩しく 春眩惑のtrick!! 」
もつれそうなシールドを飛び越えて−−たまに足を引っ掛けそうになりながらも、ラキアが狭いステージを駆け回る。
軽快なピアノのメロディが弾み、賑やかなギターに負けじと、ベースが唸る。
たおやかなリズムの鼓動がそれらを包み込んで、一つの即興となる。
「 LALALA
LALALA‥‥ 」
四人で唄いながら。
ラキアは頭の上で両手を打ち鳴らし。
最後には、全員が演奏の手を止めて、並んで一つの旋律を唄う。
聴き手と歌い手の境界がなくなるまで、何度でも繰り返し。
「ありがとうー!」
最後に丹が声をかけると拍手と歓声が返り、四人は手を繋いで、聴衆に深々と頭を下げた。
●小田切レオン〜約束の歌
ラストを飾るのは、静香同様にソロで唄うレオン。
先の熱気の余韻を引き摺るフロアに、調弦の音が響く。
「菓子会社の陰謀だろーが何だろーが、今日が恋人達の神聖な日である事にゃ変わりねーよな? 何? お前にゃ恋人居ないだろって? ‥‥はいはい。居ませんよ。悪ぅ御座いましたね」
珍しく、そんな冗談めいたMCを挟みながら。
何故なら、今日でないと言えない言葉があるから。
「でもな? 俺にだって、今日は一緒に過ごしたいな〜‥‥って思ってたコ位は、居るんだぜ? バレンタインの時のお返しもしたかったしな。
今日のライブに観客として観に来てくれるかも知れねぇそのコに、この曲を捧げるぜ!」
一呼吸を置いて、アコースティックギターの弦をジャラリと打ち下ろせば、フロアに拍手が響いた。
穏やかな旋律を奏でる神楽のピアノを伴奏に従えて、レオンは胸の内にある感情を晒すように、静かながらも切々と唄う。
「 未だ観ぬ過去 過ぎてしまった未来
君の欠片求め 彷徨う
廻る時の彼方で 歌おう 君と交わした約束の歌を‥‥ 」
終焉に向かうほど、感情が発露する如く。
「 君のくれた優しさに 柔らかな安らぎ憶え
輝く月に 君の面影を
白い吐息に想いを乗せて 歌おう 君の好きな歌を‥‥ 」
哀切の歌声が消えて、弦の音色も身を潜める。
そして、ステージは闇へと沈んだ。
後は、拍手と歓声が残るのみ。
●W−DAY
「なんだお前ら、ステージに行かないのか。まぁ、好き好きではあるがな」
「ああ。打ち上げの準備もしたいしな」
誤魔化す京一郎に、問うた佐伯は「そっちに、あんまり力を入れなくていいんだがな」と苦笑して、禁煙煙草を咥えたままフロアへ戻っていく。
そして二人だけになった楽屋で、京一郎が前触れもなく小箱を差し出した。
「裕貴、これ」
予期していない事に、裕貴は眼を瞬かせる。
「どうしたんだよ、急に」
「いいから」
短い返事に苦笑しながら裕貴は箱を受け取り、シックな包装紙を破った。
箱を開ければ、シンプルなデザインのピアスが銀色の光を反射している。
「ネックレスの礼だ。指輪はつけない主義だろ、裕貴は。気に入らなければ、無理に受け取らなくても良いがな‥‥? お前、時々俺に素っ気無いからな」
言いながら京一郎は視線を逸らし、いつになく落ち着きない素振りで彼に背中を向けた。
梅見の宴での事を気にしているのだろうかと、裕貴は僅かに苦笑して。
「お前、何にもわかってないみたいだから言っておくけど、さ」
トンと背中に寄りかかられて、京一郎は身を強張らせた。色素の薄い白い腕が後ろから彼を捕らえて、何かを決意するような少しの間があり。
「俺‥‥お前が思ってるより、お前のこと好きだからなッ!」
「裕貴‥‥」
「コッチ、見ないっ」
振り返る気配に、慌てて裕貴は相手を制止する。きっと自分は、耳まで赤くなってるだろうから。
「こういうこと言うと、京一郎は調子に乗るだろうけど‥‥でも、言葉にしないと判らない事って、あるよね」
回された腕に、京一郎は手を重ねる。
言葉のない静寂の中、フロアの歓声が潮騒のように聞こえてくる−−。
名残を惜しむ空気の中で、舵が呼吸を合わせるリズムを刻み、一斉に音がフロアを揺るがた。
「せっかく皆と一緒にお仕事できたのだから、楽しい思い出になったらいいな」
そんな神楽の提案から始まった、アンコール演奏。
千万里のバイオリンに、神楽がフルートで合わせる。
由良がキーボードに指を滑らせて、静香がエレキギターの硬質な音で返す。
レオンが声で模すパーカッションでメロディにアクセントを入れて、歌詞のない歌を思い思いのフレーズで唄う。
丹はラキアに肩を組まれて。千春は静香と交互にマイクをやり取りしながら。
歌ならぬ歌と演奏は、即興ならではの味もあり。
泡沫の時間を、観客に混じった二三四がフィルムに焼き付ける。
最後まで華やかに、ライブはエンディングを迎えた。
●春告げる花を抱いて
「かんぱ〜いっ!!」
次々と、グラスやカップが打ち鳴らされる。
客が帰ったフロアでは、賑やかに『打ち上げ』が始まっていた。
定番的な軽食や酒の肴の他に、魚貝とガーリック、トマトの煮込みのサルスエラや、サフランなしのパエリヤ、パレヤダなど、裕貴が作ったカタルーニャ料理が並ぶ。
ちなみに、それらに甲殻類は一切使われていない。京一郎が苦手な為らしい。
神楽と千万里、千春の未成年三人は、ホットミルクを飲んでいた。
「‥‥あと1cm、欲しいんです」
「えぇー。そんなん言うたら、うちはどないなるのーっ。置いてきぼりにせんといてぇ」
同い年なのに、神楽より更に数センチ『ちっこい』千万里が訴える。
そして神楽は、二人の会話をくつくつと笑いながら面白そうに聞く佐伯を見咎めた。
「あぁっ。佐伯さん、笑っちゃ駄目ですっ。これでも春からは高校生。ちっこいのも成長してるのです!」
「そうか。そりゃあ、おめでとーさん」
ごつい手でがしがしと乱暴に頭を撫でられ、神楽は思わず首を竦めた。
「そっか。じゃあ、まだまだ背も伸びるわよ」
千春の言葉に、『春』を迎える二人は顔を見合わせて、「えへへ」と笑い合う。
「頑張ろうね、千万里さん」
「うん。うちも神楽さんに追い付けるよう、頑張って牛乳飲むわ」
「あと、夜更かしも背が伸びなくなるらしいぞ。ほら、そろそろ時間だろ」
佐伯に言われて時計を見れば、時計の針が10時を過ぎようとしていた。
「‥‥羨ましいわぁ」
「だよね」
「私も帰るよ。皆で一緒に帰ろう」
残念そうな二人を、千春が明るく誘う。元気を取り戻して、神楽が頷いた。
「うん! あ、佐伯さん。りなさんとベスさんが贈ってくれたお花、少しもらっていっていいかな?」
「構わんぞ。折角だから、家でも飾っとけ」
「うちも、もろていい?」
「ここで飾っとくよりいいだろうからな」
花を分けるついでに送ってやろうと言って、佐伯は席を立つ。
「写真、できたら皆さんに送りますね」
声をかける二三四に、三人は嬉しそうに手を振った。それを見て、ひょいとレオンが賑やかな輪から抜け出す。
「約束があるから、俺もとっとと退散するぜ。あと、バレンタインのお返しって、何あげりゃいいんだ? 飴とかクッキーとかか?」
「‥‥ほぅ」
どこか意味深な目で、京一郎がレオンを見やった。彼の隣でも、裕貴が興味深そうな視線を送っている。
「ま、いいか。じゃあな!」
急いで退散するレオンの背中に、静香が「頑張ってね!」と声をかけた。
「あっちもこっちも、春やねぇ」
ソフトドリンクを飲みながら、舵が呟く。彼女の様子に笑いながら、丹が小さな包みを取り出した。
「舵にも、お礼」
「あら。気ぃつこうてもうて、ありがとう」
「マコ兄、俺にはーっ」
「はいはい。ラキの分も由良の分もあるよ」
それぞれの好みをチョイスしたクッキーの小箱を、丹が手渡す。
「そういや、俺は何も用意してこなかったな‥‥どうだ、舵。ピアノ弾きたそうだったし、チョコのお返しに連弾しねぇか?」
突然の由良からの誘いに、舵が眼を瞬かせた。
「うちと? また、珍しい」
「今日は特別だ。たまには、良いんじゃねーかと思ってな」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
丹が念のために川沢に目をやれば、音楽プロでキューサーは席を外している友人の代わりに頷いて、OKを出す。
椅子を並べて始まる演奏に、二三四が持ってきていたケースをぎゅっと握る。
「‥‥あとで一曲、吹くかい?」
川沢に声をかけられて、二三四は苦笑いを浮かべた。
「でも、おいらあまり‥‥曲も知りませんし」
「じゃあ、伴奏しようか。佐伯がいないのは、残念だけど」
「え? 川沢さん、弾くんですか?」
驚いた風の彼女に、川沢は「ああ」と答える。
「パネルのお礼って事で」
舵と由良が演奏を終えるとミュージシャン達が拍手を送った。
そして、二三四と川沢が入れ替わりでステージに上がる。
川沢がジャジーにアレンジして叩き出したサビのフレーズに頷き、メインのフレーズを二三四がフルートでなぞる。
二人が奏でるその曲の、最後のフレーズはこう終わる。
−−ここから貴方へ贈る Love song for the World−−。