世界祝祭奇祭探訪録 6ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/17〜03/21
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●本文
●聖ヨセフの日に
スペインのカタルーニャ地方、地中海に臨むバレンシアは人口約75万人を有し、マドリッドとバルセロナに次ぐスペイン第三の都。日本でもバレンシア・オレンジの産地と知られる街は、パエリア発祥の地でもあるという。
3月の半ばになると、この街へ世界中から大勢の観光客がやってくる。
それが、『サン・ホセの火祭り』だ。
スペインは情熱的な祭りが多く、中でも三大祭りと呼ばれるのが『牛追い祭り』の別名を持つパンプロナの『サン・フェルミン祭』、セビーリャの『春祭り』、そしてバレンシアで開かれる『サン・ホセの火祭り』である。
サン・ホセとはスペイン語で、聖ヨセフをいう。
聖ヨセフはイエス・キリストの父親で、職業が大工だった事から今も大工職人達の守護聖人としてあがめられている。
大工達の間では、古くからサン・ホセの日に古い材木や木屑などを集めて大きな焚き火をする習慣があった。
ある時、張子の人形を火の中に投げ入れたのが周囲の人々に面白がられ、それをきっかけとして様々な人形を作り、火にかけるようになったのが、『サン・ホセの火祭り』の由来と言われる。
今では、一年をかけて構想を練り、人形「ファヤ」を作り上げる。毎年作られるファヤは大小とりまぜて600以上となり、街々の各広場に飾られ、コンテストも行われる。
そして、サン・ホセの夜に全てを焼き払ってしまうのだ。
この火祭りが終わると、バレンシアにも本格的な春が訪れるという。
●『サン・ホセの火祭り』
六回目となると馴染みのスタッフも慣れたもので、淡々と手際よく取材希望者達へ番組の資料を配布した。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
これまでにヨーロッパ各地で五つの祭を紹介し、今回の『サン・ホセの火祭り』が第六回となる。
「今回の滞在先は、スペインのバレンシアです。滞在期間は17日から21日までの5日。祭自体は既に12日から開催されており、終了は19日深夜となります。といっても、祭のメインとなるイベントは17日から19日に集中していますので、ご心配なく」
いつもと変わらぬ口調で、担当者は手持ちの資料をぱらぱら捲る。
「滞在先のロマン家は、フラメンコギター作りをされている一家です。家族構成は、老夫婦と20歳のお孫さん。ご両親から離れて、祖父の下でギター作りの修行中とか。
もっとも祭の期間中は、店の方とそちらでお忙しそうですが」
説明は終わりだという風に、担当者は紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「観光客も多くて大変とは思いますが、どうぞ良い旅を」
●リプレイ本文
●コスタ・デル・アサアル
スペインの首都マドリッドより高速列車に揺られる事、約3時間半。
観光客で混雑するノルド駅を出れば、石造りの建物と眩しい陽光が一行を出迎えた。目を凝らすと、人や車の行きかう通りの先で、コミカルな表情の巨大な人形が青空を指差している。
「あれがファヤね」
手をかざし、踵を上げて、背伸びしたアイリーン(fa1814)がそれを見やった。冬月透子(fa1830)もまた、彼女に倣って『住人の一年間の努力の結晶』の数々を眺める。
「ここから見えるという事は、相当に大きいんでしょうか」
「そうね」
「そっちは、何か見える?」
二人とは別の方向を見ているCardinal(fa2010)に気付いて、羽曳野ハツ子(fa1032)が声をかけた。格闘家であるネイティヴ・アメリカンの視線を辿れば、その先にはローマのコロセウムを彷彿とさせる円形建築物。
「ああ。闘牛場だ」
「闘牛、場‥‥か」
今、この場に牛獣人がいなくてよかった−−と、思わず考えてしまう小塚透也(fa1797)。だが、決して口に出してはいえない。すぐそこで、カメラが回っている。
「ぴよ? 闘牛場の牛さんって、闘牛が終わったらどうなるのかな」
「‥‥ベス‥‥」
無邪気ほど恐ろしい物はない。ベス(fa0877)の素朴な疑問に、透也が固まった。
「気性が荒すぎて戦えなかったり、マタドールの方を倒してしまった牛は、牧場に戻されて次の闘牛まで休養します。倒された牛は、肉屋行きですね」
「へぇ〜、そうなんだ」
「あの‥‥もしかして、ロマン家の方ですか?」
脇から説明を加えた相手に御堂 葵(fa2141)が問えば、人の良さそうな青年はにっこりと笑顔で返す。
「はい。ハヴィです、セニョリータ。バレンシアへ、ようこそ」
「わざわざ、迎えに来てくれたのか。大勢で世話になるが、よろしく」
神代アゲハ(fa2475)が無造作に手を差し出せば、それを握ってハヴィ青年は勢いよく上下にブンブン振った。
「いえいえ、こちらこそセニョール。人が多くて大変ですが、ぜひ『火祭り』を楽しんで下さい」
祭で浮かれた人々の間を抜けて、八人はハヴィの案内でロマン家へと向かう。
街の比較的中心部、人で埋め尽くされた街路を抜けた先が、目的の石造りの家。
「ようこそ、いらっしゃい!」
アーチ状になった入り口の硝子扉をあけると、混雑した店の奥から初老の婦人が両手を広げて、来訪者達を迎えた。
●祈りの花
夕刻近付く街を、民族衣装を纏った女や子供達が練り歩いていく。その手に持つのは、赤やピンク、白のカーネーション。
献花パレードが目指す終着点は、カテドラルの隣にある聖母マリア寺院前広場だ。
「パレードにも、参加できれば良かったんだがな」
少し残念そうなアゲハの呟きに、透也も「そうだな」と頷く。アイリーンはといえば、晴れやかなドレスの行進に目を奪われていた。
「すいません‥‥あれは街にある『信者会』ごとでやってるんですよ。女性と子供のみというのも、そこの決まり事なので」
恐縮して謝罪するハヴィに、アゲハは首を横に振る。
「仕方ないものは、仕方ない。信仰する宗教も違う訳だからな」
「でも、なんで守護聖母に捧げるんだ? 火祭りはマリアの旦那の祭だろう」
実に素朴な透也の質問に、案内役は「はい」と答える。
「元々、聖母様はバレンシアの守護聖人なんです」
「ああ、それで‥‥じゃあファヤが男の祭なら、献花パレードは女の祭ってところか」
そんな会話を交わしながら、四人はパレードに追従して人ごみを掻き分けていく。
やがて、青と白の布で作られたテント屋根と、その下にある巨大な人形が見えてきた。高さは8〜9m程あるだろうか。右手に錫と花を持ち、左手で幼子を抱き、黒髪に金色の冠を乗せた女性の像は、胴体が剥き出しの木組みだ。そこへ、数人の作業者が花を飾り付けていた。
日本人に馴染み深い表現をすれば、『菊人形』の菊がカーネーションになったと言えば判り易い。
「これが守護聖母か‥‥」
感心した風に、アゲハが像を見上げた。透也は用意した3本のカーネーションに、視線を落とす。
「花、捧げるだけなら怒られない‥‥よな」
聖母マリアと「二人の母親」へ−−積まれた祈りの花に向けて、彼は花束を投げた。
人の流れに従って、彼らはゆるゆるとその場を離れようとする。が、アイリーンはその場で足を止めた。
「ねぇ。私、暫くここで像が出来るのを見てるわ。いいでしょ」
透也とアゲハは互いに顔を見合わせて、ふむと考え込む。
「まぁ、せっかくだしな」
「ああ。じゃあ、俺も暫く残ろう」
「‥‥え?」
アゲハの申し出に、アイリーンより透也の方が驚いた顔をした。
「観光客が多いとはいえ、女の子一人を放り出していくのも危険だろう。スリや強盗も出るそうだからな」
彼の言葉に、金髪の少女は陽光を思わせる笑顔で微笑んだ。
「ありがとう、アゲハ。トーヤも」
「そうですか。授賞式は、今朝に行われていたんですね」
老職人ロマン氏の作業を見守っていた葵が、残念そうな表情を浮かべた。
数百あるファヤの中でも、「人気投票用のファヤ」というものがある。最も投票を集めた一点『インドゥルタット(赦免されたもの)』のみが、最終日で燃やされずに火祭り博物館で保存されるという。
「儂らのファヤでないのは、惜しいがなぁ」
言いながら、ロマン氏はクラビヘロ(ヘッド)にヤスリ掛けを施す。
工房には様々な工具の他に、加工前の木の板や、緩やかなカーブを描いて切り出されたタパ(表面板)、クラビヘロが繋げられたディアパソン(指板)が並べられていた。
それらのパーツを、透子とベスが揃って覗き込んでいる。
「あまり顔を近付けん様。乾燥中じゃ」
「すいません」
促され、慌てて透子が身を引いた。
14時から16時まではシエスタの時間で、店は閉店となる。16時からは献花パレードがある為に、客足も引いていた。夕食は午後9時から11時が一般的で、日本とはかなり時間の感覚が違う。
「ハツ子さんとCardinalさん達は、そろそろ‥‥でしょうか」
ふと、透子は時計へ目をやった。いま、ロマン家に残っているのは彼女ら三人のみ。後の五人は、レポートを兼ねて街に出ている。
窓の外からは、爆竹と音楽と歓声が聞こえていた。
●真実の瞬間
場内の時計が17時を指すと、最上階に座る主催者長が、開始の合図である白いハンカチを取り出した。
それを待っていたように、吹奏楽団が厳かな音楽を奏で始める。
満員六千人の歓声を受け、二騎のアルグアシリージョ(騎馬先導役)に導かれて、三つのチームが並んで入場してきた。
先頭を歩くのは、主役であるマタドール(闘牛士)。その後にバンデリジェロ(銛撃ち士)が三人と、馬に乗ったピカドール(槍方)が二人続く。最後は、ピカドールの馬の世話をする馬丁達だ。
「マタドールの衣装も凄いけど、この歓声も凄いわね」
周囲の熱気に圧倒されながらハツ子が声をかければ、Cardinalは視線を闘牛場の乾いた砂に固定したまま「ああ」と返す。
切れた雲の間から陽光が射し込み、神聖な戦いの場に長い影を刻んでいた。
二人が観戦に来ているのは、『火祭り闘牛』だ。『サン・ホセの火祭り』期間中、開催されるイベントの一つである。
スペインの国技とも言える闘牛には、厳密なる手順が存在する。
この日に殺される為、人に接触させず、ほぼ野性の状態で4年以上育てられた立派な体躯のトロ(牡牛)が、まず登場する。
次に現れたマタドールは、ピンクのマント、カポーテでトロに対峙し、相手の癖や力量を探る。
次にマタドールと交代で、防具を付けた馬に乗ったピカドールが闘牛場の外周を馬で回りながら、突進するトロに槍を打つ。
更に、三人のバンデリジェロが、長さ70cm程の二本の銛をトロに突き立てた。
彼らの役割は、トロの力を削ぎ、同時に首を下げさせる事だ。
準備が終わると再びマタドールが現れ、帽子を高く掲げて主催者長へ闘牛の死を捧げる挨拶を行う。
そして赤い布ムレタを翻し、正面からトロと向き合った。
その背より大量の血を滴らせながら、突進してくるトロをかわす技パセが披露される。パセの際、マタドールはトロがどれほど近くを横切ろうと、ぴくりとも足を動かさない。その身へ危険が迫る程に、パセへの評価が高くなるのだ。
ムレタが翻る度に、「オーレ!」と観客達が合唱を送る。
流れるようなパセの連続技の末に、マタドールは観客席に向けて剣を振り上げた。それに応えて、観客からひときわ大きい歓声が飛ぶ。
やがて『その時』を悟ったマタドールは真剣を取り、トロと三度対峙する。
血を失って足取りが危うくなるトロをムレタで誘い、その突進に合わせてマタドールは鮮やかな身のこなしで、剣を急所へ突き立てた。
高い評価を得るには、この『真実の瞬間』に至る過程を、一度か二度で成し遂げなければならない。剣を通す事が出来ず、何度も刺すことは激しく非難される行為だという。
急所から心臓を貫かれたトロは、やがてガクリとひざを折り、力尽きる。
死んだ牛は馬に引き摺られて退場となり、これで一つの闘牛が終了となる。
この間、約20分。
「ちょっと気の毒ね‥‥牛」
「そう、だな‥‥」
先日、スイスで生まれて数日の仔牛達を見た二人の気分は、(ハツ子は直接、CardinalはVTRの違いはあれど)少々微妙だ。
「でも今のマタドール君は、ちっとハンサムだったわね」
それはそれ、これはこれ−−なのだろう。パセの度に、人々に負けじとハツ子は声を上げていた。
「しかし‥‥格闘家として、一度は牛と戦ってみたかったがな。無論、ピカドールやバンデリジェロ抜きで」
残念ながら闘牛に『リハーサル』はなく、牛達は全てこの日の為だけに、人に慣れさせずに育てられる。当然、闘牛との『勝負』をしたいというCardinalの願いは叶えられず、彼の嘆息にハツ子が苦笑いをした。
「実現しても、無理だったと思うわよ」
「‥‥そうか?」
若干憤慨したような獅子の格闘家へ、パンダ女優が鷹揚に首を縦に振ってみせる。
「だって、きっと牛の方が先にCardinal君を怖がって、逃げるから」
割と真剣な彼女の目に、Cardinalは肩を竦めてみせた。
●春を呼ぶ炎
八人は、18日一杯と19日の午前中を主にロマン家の手伝いや工房の見学に費やし、19日の夜にはロマン家の人々と揃って祭のメイン・イベントへと繰り出した。
街路はイルミネーションで彩られ、一行はブニュエロという揚げ菓子とチョコラテを手に、賑やかに街を歩く。
ファヤは木の枠組みに紙粘土を貼り付けて作り上げた、言わば「張り子人形」で、ロマン家の祖父と孫が製作に加わった物は、愛嬌のある女性を模っていた。
「なんだか、雛人形を思い出しました」
「雛人形?」
葵の一言に、アイリーンが首を傾げる。
「ええ。雛祭りは、人形に厄を移して祓うという祭事が始まったと聞きます。あのファヤも、今では作った人々の願いを受けた物なんでしょう。
国境を越えても、人々の思うところにそう違いはない‥‥そう、言える気がして」
「確かに、日本の祭を思い出しますね。沢山の人が見物にきて、こんな大きな作り物が並んで‥‥屋台があって。私は最初、『どんと焼き』のようなものかと思っていたんですよ」
告白する透子は、くすくす笑う。「確かにね」と、ハツ子も声をあげて笑った。
「さぁ、火をつける順番がくるわ」
ロマン夫人に促されて、八人はそれぞれ人の形をした形代をファヤの足元に添えた−−葵の提案である。ただ、Cardinalだけは独自に作り上げた人形を置く。
「レッド‥‥また、いつの間にそんな物を作って‥‥」
決して上手い出来ではないが、彼の『作るという意思』に慄く透也。気がついたら、親友に彼女が出来ていた。そんな感じの取り残され感が、ちょっとかなり寂しい。
「精神集中にいいぞ」
「‥‥マジか」
思わず透也は、我が耳を疑った。
そんな会話の間にも、ファヤにガソリンがまかれ、爆竹が置かれる。周りで消防隊員達が見守る中で、着飾った女性−−火祭りの女王ファジャーの一人が、火を放った。
ぼっと音を立てて、真っ赤な火炎が燃え上がる。
激しい爆竹の音が鳴り響き、歓声と拍手が起きた。
「ぴえ〜‥‥すごい! すごーい!」
高さ5m程のファヤが炎を吹き上げ、包まれる。暖かい光を受けながら、ベスがはしゃいでいる。
「豪快だな」
照り返しを受けるアゲハが目を細め、暖を取るようにアイリーンは細い手をかざしている。
「一晩でこれだけの物を燃やすんだから、消防隊の人達も大変ね」
振り返れば、消火ホースを抱える影の功労者達が緊張しながらもで、柔らかい表情で、炎を見守っていた。
●祭の跡
火祭りの翌日は、休日である。
それまでの一週間、深夜に上がる花火と早朝の爆竹で睡眠時間を削られて、朝まで騒いだ人達が、ゆっくりと惰眠を貪る日だ。
来訪者達も例に漏れず、ロマン家の人々と共に『朝食兼昼食』を取ったのは、夕方の事だった。
「では‥‥拙い演奏だが、世話になった礼に」
その日の夜、アゲハはフラメンコギターを借りて、演奏を披露した。
クラシックギターと違い、フラメンコギターは側面部分の幅が狭く、弦も表面に近い。深みのある音ではなく、ざっくりと明快で、それでいて古びた澄んだ音がする。
奏でる音を聞くアイリーンは席を立ち、ハヴィの袖を引っ張った。
「皆で踊ろうよ。音楽は、耳だけで楽しむものじゃないんだから、ね?」
その日、ロマン家は夜も遅くまで、笑い声とギターの音色と囃す手拍子が響いていた。