古書に埋もれてヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 0.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/21〜03/25

●本文

●WEAは、こんなお仕事もやったりします。
「‥‥図書館の、蔵書整理ですか」
「違う違う。とある好事家のじーさんがおっ死んで、遺族から図書館へ遺産の『本』を寄贈すると連絡があったんだとよ。で、その状態チェックと搬送を手伝ってほしいんだとさ」
 マネージャーの説明に、イルマタル・アールトは小首を傾げる。
「変わった仕事なんですね。こんな仕事、どこから拾ってくるんでしょう」
「どうせ、上の方のお偉いさん達だろうよ。アレさ。普通の人間に任せて、万が一があったら困るって訳だな」
「確かにそうですね。何もないのが、一番です‥‥」
 苦笑で答える少女に、うむと中年の男は頷いた。
「じゃあ、頑張ってな。仕事先は、デンマークだから。なに、NWなんて、ナンかに憑かない限り、怖くねぇってな」
 そう励ますと、マネージャーは仕事の資料をイルマタルに渡した。

 好事家より寄贈された書籍は、約5000冊。これらは現在、デンマークのシルケボーにある倉庫で、一時的に保管されている。
 これを目録と合わせて選別し、状態ごとに分別して梱包した後に、オーフス市立図書館へと輸送する事となる。
 今回の作業には、表立ってWEAが直接関わる訳ではない。要らぬ詮索を避ける為にも、現地では芸能人である事を伏せての作業となる。
 最重要事項は、『人間』を始めとする他生物に『本』を触れさせぬ事。
 個人の蔵書であるため危険性は低いが、情報生命体の潜伏が否定できない事、また作業中に情報生命体の潜伏を防ぐ為である−−。

●今回の参加者

 fa0051 高邑静流(21歳・♂・小鳥)
 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0357 ロイス・アルセーヌ(26歳・♂・一角獣)
 fa0708 重杖 狼(44歳・♂・蛇)
 fa0800 深城 和哉(30歳・♂・蛇)
 fa1119 コンドル・魔樹(23歳・♀・鷹)
 fa1565 ニライ・カナイ(22歳・♀・猫)
 fa1733 ウルフェッド(49歳・♂・トカゲ)

●リプレイ本文

●『迷宮』へようこそ
 倉庫の管理者から借りた鍵を、鍵穴に入れて回す。
 力を込めれば、重い音を立てて鋼鉄の扉がゆっくりとスライドした。
 中は暗く、よく見えない。ただ差し込んだ光の帯の部分だけ、舞い上がる埃か砂がちらちらと白く漂う。
 全員が入った事を確認すると、ごぉんと沈んだ音を響かせて、再び扉が閉じられた。
 僅かな間があって、ポツポツと人工の光が点灯する。
 低い唸りを上げて、不織布で通風口をシールドされた排気扇のモーターが回り始めた。
 照らし出された無機質な空間に並ぶのは、鉄製の小型コンテナが3つ。
 ストッパーを外してコンテナを開け放つと、紙と糊とインクとカビの匂いが広がった。

「かなり古い本も混じってるみたいですね。匂いの方は、作業をしていればある程度消えるでしょう」
 古物独特の臭気に、ロイス・アルセーヌ(fa0357)が口元をハンカチで隠す。『とにかく積んだ』という感の強い本の数々に、白い絹糸のような長い髪を手で押さえ、中を覗き込んだエルヴィア(fa0095)の表情が輝いた。
「こうして見ていると、『宝の山』ね」
「有象無象も混じってそうだがな。選別が大変だ」
 言葉とは裏腹に、楽しそうな深城 和哉(fa0800)がコンテナの扉を固定する。
「で、キミのその格好は‥‥」
「無論、作業の為だが」
 疑問形にすらならなかった和哉の台詞に、ニライ・カナイ(fa1565)は何か疑問でもあるかと言う表情を返す。
 白い髪を三角巾で覆い、服の上には白い割烹着を纏い、普段は炊事や水仕事などしないだろう(その理由を、和哉は身をもって知った)白い手に、何故か不釣合いなハリセンを握っている。
「作業に、ソレがいるのか‥‥」
「ああ。小動物が侵入した際、音で脅かして追い払う」
 ハリセンに手を添えて、当然と答えるニライ。微妙に不穏である。その『音』を出す際は、もちろん『然るべき使い方』をするのだろう。
「コード、これでいいですか?」
 電灯を点けたイルマタル・アールトが、ロイスへ電源の延長コードを差し出した。
「はい、大丈夫です。ありがとう」
 ロイスは荷物からB5のノートパソコンとアダプターを取り出し、用意されたテーブルで作業の準備を始める。照合すべき目録も、事前にエルヴィアが作業しやすいようにジャンル分けしていた。
「分類の方法については、エルヴィアさんですね」
「ええ。問い合わせたら「デンマーク十進分類法で」という話だったから、今回はそれに従って作業するわ」
 エルヴィアは予め用意した『一覧表』を取り出して、作業者達に配る。
「じゅっ‥‥しん?」
 紙を渡されながら、聞き慣れぬ言葉にイルマタルは首を傾げた。
「『十進分類法』よ。図書分類方法の一つで、本を大きなカテゴリごとに‥‥宗教・神学の2類、地理・伝記・歴史の9類みたいな感じに分類して、その後で9類なら歴史、世界史、伝記などと小さなグループに分けていくやり方なの。後の作業がスムーズになるし、梱包や輸送で混ざる事もないわ」
「へぇ‥‥詳しいんですね」
 少女の純粋な賞賛に、エルヴィアは少し照れたように笑う。
「本好きが高じちゃってね。さ、量も多いし作業を始めるわよ」

 五人が作業する間、倉庫の外ではトランポとして巨大な10tトラックが横付けされていた。
「大きいねぇ‥‥」
 目を細めた高邑静流(fa0051)が、のんびりと呟く。その隣でコンドル・魔樹(fa1119)も腕組みをし、車を見分していた。
「まぁ、大きいに越した事はないだろう。一気に運ぶってんだから」
「お嬢ちゃん達、ご満足いただけたかい?」
「お嬢‥‥」
 運転手の男に声をかけられて、静流は眼をぱちぱちと瞬かせる。それから周りを見て、「お嬢ちゃん達」に自分が含まれているのに気が付いた。
「俺は、お嬢ちゃんじゃないって‥‥」
 しかし彼が状況を把握している間に、運転手は重杖 狼(fa0708)やウルフェッド(fa1733)にコンテナの操作を教えている。
「あんまり、気にするな」
 苦笑するコンドルと静流の身長は、あまり変わらない。女性プロレスラーは燃える様な赤毛に明確な曲線美が人目を引く。その隣に、ほっそりとした体つきと長い髪の静流が並んでいると、彼も女性に見えたのだろう。
「では、搬送準備が終わったら連絡する」
「おぅ、よろしくな」
 ウルフェッドが運転手から鍵を受け取り、トラックは彼らに引き渡された。次に会う時は、搬送の日だ。
「じゃあ、こっちも仕事にとりかかるか」
 ウルフェッドの車から、重杖がおもむろに殺虫剤を取り出す。

 そうして、古書の整理作業は始まった。

●まったり作業進行中
 まず、大量の本をエルヴィア、ニライ、イルマタルの三人が、ジャンルと保存状況によって分類する。
 分けられた本を目録と照合しながら、ロイスと和哉が本の状態をデータベース化していく。
 登録された本は静流と重杖、ウルフェッドがダンボール箱に梱包し、コンドルがトラックのコンテナへと運び込みやすいように、箱を移動させる。
 情報生命体が潜む懸念はあるものの、作業自体は全体的に和やかに−−雑談を交わす程度の余裕を持って、進んでいた。
 ニライが思いつくままに歌を口ずさみ、根を詰め過ぎない様にロイスが休憩時間を見計らう。そんな合間に和哉がエルヴィアや静流と演劇論を交わし、色々白熱してくると青い翼を顕わにした静流が、『和気穏笑』でほわほわと場を和ませた。
「んー。イルマさん、これくらいの半獣化は平気かな?」
 じーっと青い羽根を見ていたイルマタルは、不意に静流に聞かれて慌てふためく。
「すいませんっ。その、綺麗な翼だなって‥‥思って‥‥」
「ああ。平気なら、見てていいんだよ。君の事、弟の雅嵩に聞いた事があってね。ちょっと、心配してたんだ」
「弟、さん‥‥て‥‥」
「そうか。高邑に聞き覚えはあったが、雅嵩の兄弟か」
 思い出したように、和哉が手を打った。と同時に、イルマタルは何やら目に見えて消沈している。
「‥‥何かあったの?」
 全く話が見えないエルヴィアが尋ねれば、和哉はかいつまんで『状況』を説明した。
「一緒にNW絡みの『仕事』をしてな。イルマタルはサーメの人間と暮らしていたせいで、私達のような『同族』を見る機会がなかったんだ。それで少しトラブルになって、雅嵩が上手く収めてくれた」
「‥‥はい。皆さんに、大変お世話になりました」
 赤面してちょこんと座るイルマタルの背を、ぽんぽんと叩いてロイスが慰める。
「そうだったの。確かに、サーメの人達は少ないものね‥‥」
 彼女の祖国ノルウェーにも、サーメ人の村がある。それを思い起こし、エルヴィアが頷いた。和哉の話は若干脚色されているが、静流は弟の『武勇伝』を楽しそうに聞く。

 夕刻を過ぎれば一日の作業は終わり、倉庫へ鍵をかけて一行は宿へと戻る。
 河川と湖に囲まれたシケルボーの観光シーズンは、夏である。春が近いといっても観光客はまだまだ少ない。表面上はあくまでも、『倉庫整理のバイトに雇われている』形を装っている為、一行は安いユースホステルに滞在していた。

 朝になれば、早々に宿を出て『仕事場』へと向かう。
 鍵に異常がないか、侵入の形跡はないか、梱包した箱やコンテナ、整理した本はバラけていないかを全員で念入りにチェックしてから、再び一日の作業が始まる。

 手順分担が整えられている事もあって、果てしなく見えた五千冊の本の山も、依頼の最終日を迎える前に終わろうとしていた。

「地図に生物系や植物関係の辞書、古い紀行書や歴史書。この人は、旅行や歴史が好きだったんでしょうか」
 書籍の分類を見れば、おのずから集めた人物の人柄も見えてくる。さながらピアノを演奏するが如く軽やかにパソコンのキーを叩きながら、ロイスがふと呟いた。
「戯曲や童話も好きだったようね。シェークスピアの作品やアンデルセン童話などの特定の作品は特に、古い物もあるのに装丁や訳者が変わったりするたび、わざわざ揃えているわ」
 本を手にしたエルヴィアも、不思議そうに笑う。演技者であるが故に目に止まりやすいとはいえ、同じ題材の本が何冊も出てくると、やはり目立つ。
「よっぽどのマニアだったのか。逆に、宗教やオカルト、医術のようなものはほとんどないな。しかし、こんな所で昔のバイトの経験が役立つとは‥‥」
 また満タンになった箱を梱包しながら、重杖。怪しげな写本や奇怪な図式でも出てきたら、どうしたものかと密かに心配していたが、有難い事に取り越し苦労で終わるようだ。
「運ぶの、重くないですか?」
 心配そうなイルマタルに、コンドルは梱包済みの箱を軽々と担いでみせた。
「この程度なら、軽い軽い。適度に、ロウが箱に積める量を調整してるしな。
 それに、レスラーってのは駆け出しの頃、自分達でリングを設置しなきゃならないんだ。こう‥‥鉄骨組んで、板を張って。マット敷いた上にリングカバーかけて、ロープ張って。全部自分達で運んで、自分達で組み立てる。
 この位で重いって言ったら、マットの一つも運べないさ」
「‥‥さすがです。不勉強で、プロレス‥‥とか見た事ないんですけど、コンドルは強いんでしょうね」
 イルマタルの頭の中には、『力がある=強い』の図式が出来ているらしい。それが想像できて、彼女は思わず苦笑する。
「どうだろう。それに私は、ヒール‥‥えーっと、いわゆる『悪役』だからな」
「え〜っ」
 何故か、残念そうなイルマタルの声。だがコンドルは顎をしゃくって、僅かに残った本を示す。
「こら、手が止まってる。あと少しだろう」
「あ、はい。すいません」
 話に夢中になっていたイルマタルは、慌てて注意を作業へ戻した。それを確認してから、彼女は倉庫の扉へ向かう。

「よし。これで終了‥‥と」
 最後の本のデータを入力して、図解の博物本を和哉はウルフェッドに手渡した。
「お疲れさん」
 声をかけたウルフェッドは、本の状況からそのまま梱包しても問題なしと判断して、分類された箱の中に加える。
 ガムテープで封をした後は、コンドルがそれを担ぎ上げてトラックへと運び、既に積み終わったダンボール箱の山へと加えた。
「最後の仕上げだ」
 そう言って、何故かニライが怪しげな『お札』を取り出し、ぺたりと箱へ貼り付け、どこか満足そうな表情をみせる。
「家内安全、でいいのかな‥‥この場合」
 札に書かれた文字を読んで、静流は少し首を傾げた。

●オーフスへ
 なだらかな丘陵地帯を、ウルフェッドが運転するモービルスパイクWが駆け抜けていく。
 それから若干の間を置いて、トラックが後を追いかける。
 ウルフェッドの愛車には、ロイスと和哉。トラックの助手席にはエルヴィアとコンドルが乗り込み、残りのメンバーはコンテナの中で本と一緒に揺られていた。
「イルマ殿の名は、叙事詩カレワラの女神と同じ名なのだな。良い名だ」
 突然のニライの言葉に、イルマタルは照れたように笑んだ。
「名前負け、してますけどね。お祖父さんも、喜んでくれます‥‥あ、でも、よくご存知ですね。カレワラの事」
「私の母が、カレリアの出なのでな」
「そうだったんですか。なら『我ら、二つの方角より来て、出会いし者』ですね」
 嬉しそうに、カレワラの序章の一節を口にするイルマタル。カレワラとは、フィンランドに古くから口承されてきた物語を集録した叙事詩である。またカレリアとは、フィンランドから占領によってロシア領となり、今は自治共和国となっている複雑な経緯を経た国だ。
「あと機会がなくて今となったが、イルマ殿には礼を言わなければならない」
「‥‥はい?」
 きょとんとするイルマタルへ、ニライは真面目な顔で軽く頭を下げる。
「先日のククサの時は、有難う。お蔭で幸せを逃がさずに済んだ」
「いえ、大した事じゃないですし‥‥ニライとナガレが幸せになれば、私も嬉しいです」
 えへへと笑う少女へ、すぃと細長い箱が差し出された。意図が判らず、イルマタルは再び表情に疑問符を浮かべる。
「ククサの礼だ。是非受け取って欲しい」
 恐縮しながらもイルマタルは箱を受け取り、開いた中身に少し困る。その手を取って、ニライは開き方と閉じ方を教えてみせた。
「これは日本の、扇子という」
「とっても素敵ですね‥‥ありがとうございます。大事にします」
 そっと、イルマタルは贈り物を胸に抱いた。

 何度かの停車やカーブを繰り返し、二時間をかけて車は目的地に着く。
 開かれたコンテナに眩い光が差し込み、中にいた者達は一様に目を細めた。
 騒がしい街の息遣いを感じながら外へ出ると、通りを挟んで公園に面した図書館が建っている。
「舞台は完成した。最後のシーンはイルマタル、君の仕事だ」
 その媒体にも情報生命体が潜り込まぬよう、注意深く作成された作業データ入りのディスクを、和哉はぽんとイルマタルへ手渡した。
「え‥‥えぇ〜っ」
 俄かに大役を言い渡された少女は、おろおろと一同の顔を見回す。
「大丈夫、渡すだけだから。あと、WEAの事は内緒でね」
 静流に励まされて、イルマタルは「行ってきます!」と落ち着きなく図書館の中へ駆け込んでいく。
「粋なセッティングね‥‥さて、仕事も無事に終わったし、ついでに故郷に顔を出してみようかしら」
 意味深に微笑むエルヴィアにも知らぬ顔をし、脚本家は火の点いていない煙草を咥えた。