GRADUATION−ソツギョウアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
2.5万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
03/24〜03/27
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●本文
●日本列島、全国的に卒業のシーズンです。
「有り体に言えば、卒業ライブですよ。といっても、『卒業』をテーマとしただけなんですけどね。ミュージシャン達に学生服やセーラー服を着てもらうとかもないですし」
壮年に近い番組プロデューサーの話を聞きながら、音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は薄いコーヒーを啜った。
「そちらも、お抱えの『卵』がいるようですし‥‥ほら、お知り合いのライブハウスで演奏会をやってるとか」
「あの子達は、事務所とは関係ありませんけどね。純粋に音楽が好きで、あそこへ出入りしてくれているだけで」
へぇという顔をする番組プロデューサー。その辺の詳しい所は、あまり興味がなさそうだ。まぁ、彼的には演奏者の個人的データよりも、番組の成功と視聴率の方が肝要なのだろう。そういう点では、川沢もテレビ局の事情なぞ正直知った事ではない。
ただ、仕事がアイベックス経由なのだから、仕方ない。
「テーマは『卒業』。ノーギャラリーのスタジオ収録ですね」
「ええ。組数にも寄りますが、1組当たりの枠はだいたい10分程度。それ以上は編集されると考えて下さい」
「判りました。その旨を添えて、ミュージシャン達に連絡しておきましょう」
●リプレイ本文
●WWB内スタジオ
「おはようございます」
挨拶を交わし、WWBのスタッフ達が忙しく立ち動いている。
「こ、怖くない、怖くない‥‥」
スタジオの隅っこで、月見里 神楽(fa2122)は小さく『呪文』を唱えていた。
「神楽さん、緊張中?」
「にゃぅ」
突然に真横から声をかけられて、ぴこんとスコティッシュフォールドの折れ曲がりぎみの耳が飛び上がる。覗き込む様に身を屈めた仁和 環(fa0597)が、笑顔を見せた。
「『Limelight』で演奏するんだって考えれば、大丈夫。見知った顔もいるし」
環は神楽の隣に腰を落とし、待機するメンバー達を示した。小田切レオン(fa1102)が、聖 海音(fa1646)と歓談している。最近なんとなく、親密な二人だ。
そんな環は、最近なんだか隅っこが落ち着く。
「‥‥二人とも、どうして並んで隅っこにいるの?」
今日、一緒にユニットを組む七瀬・瀬名(fa1609)から不思議そうに聞かれ、神楽と環は揃って笑顔を返した。
やがて三人の男がスタジオ入りすると、場の空気が張り詰めた。
番組プロデユーサーとディレクターは、スタッフの元へ。そして音楽プロデューサーは、演奏者達へ歩み寄る。神楽は不安げに身を竦めた。細い肩を軽く叩いてから、何かを覚悟するように環は立つ。硬化する空気に、瀬名は柔らかい表情で神楽へ微笑んで、彼女の手を取った。
他のメンバーも集まり、自然と出来た円陣に川沢一二三が『結果』を告げる。
「各演奏の時間を、2分削ります。それで、時間を作ってもらう事になりました。リハの時間も十分取れませんし、本番の撮り直しは三回まで。それが時間的限度です。
以上の条件で−−できますか?」
メンバー達の間に緊張が走る。番組構成は分刻み秒刻みで、何かを加えるには何かを削らなければならない。即ち、個々の放映時間2分を失って、それを『望んだ事』に注ぎ込むか、否か。
「‥‥やるよ」
仲間と顔を見合わせて、まず明石 丹(fa2837)が答えた。続いてレオンが口を開く。
「チャンスを作ってくれたんなら、応えねぇとな」
妻の藤野リラ(fa0073)としっかり手を繋いだ藤野羽月(fa0079)が無言で頷き、環は頭を下げる。
それぞれの返答を受けて、川沢はふっと雰囲気を緩めた。
「では、仕事に取り掛かりましょう。カメラの向こうで、オーディエンスが待っています」
スタジオ内の空気が、息を吹き返して動き出す。
楽屋へ戻る前に、文月 舵(fa2899)は川沢に声をかけた。
「川沢さん、先日はお世話になりました。佐伯さんにも宜しゅうお伝え下さい」
「こちらこそ、いい『音』を有難う。佐伯にも伝えておくよ」
丁寧に挨拶をする舵に倣って、陽守 由良(fa2925)も軽く会釈をする。
「前会った時はちゃんと挨拶できなかったからな‥‥『アドリバティレイア』の陽守由良だ。今回はフルメンバーでの参加じゃねぇが宜しく頼む‥‥みます、川沢‥‥さん」
慣れない言葉遣いに苦戦する由良に、舵が手を叩いて褒めた。
「ようできました、由良ちゃん」
「挨拶は、舵に任せた方がいい気がしてきた」
褒められて微妙な顔をする由良に、丹がくすりと笑う。
「今日はムードメーカーがいないけど、皆で一緒に頑張ろうね」
「宜しゅうね、男前のお二人さん。ほな、WWBの皆さんにも、ご挨拶してきます。御縁があっての事やから大切にしたいし、一言あると気持ちええもんですし」
もう一度川沢へ会釈をしてから、三人は番組スタッフの元へ向かった。
「ところで、瀬名さん‥‥ソレは、付けたまま収録するのかな」
川沢は少し困ったように、瀬名の両手−−右手の棘つきナックルと左手の篭手を指差す。瀬名の頬が朱に染まった。
●Take 1
中央左右の三方向と、クレーンに一台。トータル四台のカメラに見つめられ、海音は緊張した表情をみせる。
「スタジオ収録でいつもと勝手は違うけど、自然体でいこうぜ。ほら、いつものバーだと思って」
言いながら、アップライトピアノのキーをポンポンと叩くレオンは、黒を基調としたフォーマルウェアを着崩している。最低限の放送レベルをクリアするため、半獣化しての演奏だ。その為、ゆったりしたキャスケットで耳を誤魔化している。
彼と同様に、黒がベースのシックなドレスを纏った海音が微笑んだ。
「はい、小田切様」
二人のユニット名は『Etherea(エセリア)』。演ずる曲は『next to you.』。
セットの大型モニターに映し出された桜の映像を背景に、ミディアム・テンポで緩やかなピアノのイントロが滑り出す。
目を伏せて春風をイメージした旋律を聴き、海音はマイクスタンドに手を添える。
「 始まりは そう 桜降るこの季節
桜舞う校庭で キミに出逢った
ピンクの花 髪に纏わせたキミは 太陽のような笑顔をしていた
これは運命? わたし一目で恋に落ちたの まるで御伽噺のよう 」
彼女の声を受けて、レオンが言葉を繋ぐ。
半獣化した為に海音より伸びる声を、少しセーブしながら。
「 別れの日 そう 明日は卒業式
あの日出逢った君と サヨナラする日
いつも一緒に居たね 誰よりも傍で君はいつも微笑んでくれてた
まるで空気のよう 君が其処に居るのがいつの間にか当たり前になってた 」
二人の歌は、例えるなら大学の卒業式をイメージしたバラード。
子供のように無邪気に言い出せない、躊躇いをのせて。
「 ねえ こんなこと言ったら笑う?
わたし これからもキミの傍にいたい
友達を卒業すれば これからも一緒に歩いていけるかな 」
明るいメロディのサビに重ねた海音の問いに、レオンが笑顔で答える。
「 ねえ 勇気を出して打ち明けるよ
だからこれからも一緒に歩こう
明日からは恋人として いつまでもずっと僕の隣で微笑んで 」
心に刻むよう余韻を残して、歌は終わり。二人はライトを浴びて佇んでいた。
●Take 2
次の収録は、羽月とリラ。
二人の衣装は、春をイメージして白で纏めている。そして半獣化を隠すために、お揃いで大き目の帽子を被っていた。
「卒業と同時に親元を離れて一人暮らしをする方も沢山いるんじゃないかな。
無条件の愛情を時には鬱陶しく感じて。
でも一人になって初めて気付く有難味ってあると思う。
子供はいつか親の庇護から卒業していくもの。逆もそう。
誰もが経験する「筈」の、親からの卒業、優しい世界からの旅立ちをテーマにしてみました」
アコースティックギターをストラップで提げたリラが、柔らかい声で曲を告げる。
「『aeien』‥‥『線』です」
妻のMCが終わるのを待って、羽月のキーボードが優しくもハッキリしたフレーズで幕を開ける。
それは小さな世界からの、旅立ちのバラード。
爪引くギターの音色とリラの透明感のある澄んだ歌声が、ふわりとピアノの奏でる世界へ舞い降りる。
「 いつの間に大きくなったのと
そんなこと 知らない
お出掛けはいつも パパの隣
うたた寝はいつも ママの膝
ごきげんな歌
いつも味方よと 背を押す手を
嫌ってみせたのは
旅立つ日を知らなかったから 」
サビでは視線を絡めて、声を重ねて。
『 あなたが引いてくれた 沢山の線
わたしが選んだ 一本の線
新しい誰かと 歩いてゆく線
辿る後ろ姿が ふたりに伝えたいこと 』
間奏を挟むと、入れ替わりで羽月が唄う。
かつて二人が通った道を辿る、どこかの誰かの背中を、そっと押せればいいと。
「 いつの間にか背を追い越したねと
歌う ママの声
遠くから わたしを呼ぶパパの大きな声
いつしか 寄り添えなくなっても
重なる声 重なる歌
いつでもと言う言葉に曖昧に頷いた
分かってないと知られるのが恐くて
手を 握りしめた 」
『 あなたが辿った 一本の道
懸命に引いてくれた線
違う誰かと 新しく作ってゆく
道作る姿が ふたりに伝えたいこと 』
後奏はカノンの如く。羽月の旋律の後をリラの演奏が追いかける。
メロディアスな演奏の最後は電子音が弦の音色を待ち、揃ってゴールした。
●Take 3
「今宵語る物語、私コウモリめがご案内致しましょう」
モニターの月夜を背に、タキシード姿の環が恭しく一礼する。
顔を上げれば、モノクルが鈍くライトを反射した。
「主人公は、こちらにいますシンデレラ」
白手袋の左手を上げれば、フリルの付いた豪奢な衣装の瀬名の姿。
「また舞踏会に行けなかったの? 歌が大好きなシンデレラ」
偽の猫尻尾を付けた神楽が、ぽつんと座り込んだ彼女にマイクを差し出した。
「月夜に歌っているの、仔猫は知ってるよ。今日も歌ってよ」
微笑してマイクを受け取り、勢いよく立ち上がった瀬名はオーバースカートを脱ぐ。その下から、動きやすいミニスカートが広がった。
「『Katzchen und Hieb』、『25時のシンデレラ』‥‥聞いててよ」
エスコートするように、環のアコースティックギターが響いた。
「 窓の外見上げれば 蜂蜜色の月 」
「 屋根上の猫達は 声合わせ恋の歌奏でる 」
「 遠い丘のお城では 今宵もLaLa舞踏会 」
「 いつも留守番のシンデレラ 諦め上手になっていく 」
ゆったりとしたテンポで、掛け合うように歌う瀬名と環。
そこへ鼓舞するように、神楽が弾くキーボード加わった。
「 でも このままじゃいられない
待ってるだけの私からは 今夜卒業してみせるわ
魔法使いが来る前に 1・2・3!で街へ飛び出せ
誰の力も借りずに 私だけの王子様を探しに 」
くるりとターンを踏み、瀬名の歌は元気良く駆け出す。
弾むように楽しげに。でも、キーが狂わないように気をつけて。
「 カボチャはスープにしちゃいましょ(スープに)
ネズミは代わりにお留守番(留守番)
歩き難い硝子の靴より(靴より)
いっそ裸足で構わない(裸足で) 」
コーラスを入れる環に寄り添ってみたり、神楽の傍へ駆け寄ったり。
動き回る瀬名を、カメラが追いかける。
「 零時の鐘も気にしない! 」
「 でも 美容の為に程々に 」
『 他人頼りのヒロインは卒業 25時のシンデレラ 』
ハモった後のフィニッシュは、短く鮮やかに。
そして三人はカメラへ−−その先の聴衆へ、頭を下げた。
●Take 4
最後の三人は、淡い若草色のスーツに白いシャツを着こなしている。アクセントのバンダナは丹が右上腕、由良は左手首に結び、舵は首に軽く巻いていた。
「この曲は、これまでと、「卒業」の後のこれからがテーマ。
卒業ってのは一応はゴールだが、そこで終わりじゃあねぇからな。
前を向いて歩いて行く−−『風がつなぐ明日』へ。俺達『アドリバティレイア』から送る」
ショルダーキーボードを手にした由良のMCに合わせ、舵のドラムが作り出すリズムが弾む。
それに丹のベースと由良の音が加わり、明るいメロディが広がった。
メインヴォーカルは丹。それを、舵と由良がコーラスで彩る。
「 何も言わなくても 手を伸ばせばそこにあったもの
フィルムの青空の下 鮮やかな笑顔がよみがえる
動き出した
さよならの応え お別れの音 風がつなぐ明日へ 」
『 握って ひらいて 踏み出して 』
一転し、すっと一歩引いて、丹は語りかけるように静かに唄い。
「 手を繋ぎ 登ることはできないけれど 」
『 背を押した 僕らもっと強くなれるはず 』
期待への鼓動を、舵が力強くバスで刻む。
そして風のように巻き起こった旋律は、追い風となるように。
「 これからの未来 出会いの歌 風がつなぐ明日へ 」
『 握って ひらいて 踏み出して−− 』
●Take 5
「 臆病なわたしから今日で卒業
あなたの元へ想い届けに今羽ばたく 」
海音の歌をイントロとして、ぶっつけ本番に近い演奏が始まった。
舵のドラムに、由良がショルダーキーボードで息を合わせる。
レオンがアコースティックギターを奏で、神楽は楽器をフルートに持ち替えている。
「 並んで同じ景色見てきた
桜散る中で、今 ありがとう 」
丹の後に、リラが続く。
演奏に加わっていない羽月は、壁にもたれて目を閉じて、愛する人の声を聴く。
「 思い出すのは 時々でいい
振り返れば 一歩は踏み出せないから 」
四番手は環。音が飛び出さないように配慮した細棹の三味を打ちながら、言葉を紡ぐ。
「 貴女と永遠誓える日まで 大地踏みしめ歩いていく
前を空を見上げ進もう 今日の俺とは毎日卒業 」
そして瀬名も加わって、全員で唄う。
未来への期待をのせたバラードを。
『 万華鏡色の想い達 誰もが皆まだ戸惑いの中
何処へ行けるか 何処まで行けるか
そんな不安 希望に替えて 今此処から GRADUATION 』
音が全て消え、OKの声がかかると、メンバーは安堵の視線を交わした。
●収録後
収録された映像は、後でライブ風に編纂される。
楽屋で帰り支度をするレオンに、海音は思い切って声をかけた。
−−臆病な自分から、勇気を出して『卒業』する為に。
「あの‥‥これからはレオン様、とお呼びしても宜しいでしょうか‥‥」
「ん?」
急に何事と言う表情を返すレオン。
「初めてお逢いした時から、惹かれていたんです。私‥‥レオン様が‥‥好きです」
言葉にしても足らない感情が、涙となって溢れ出す。
赤面する海音の顔を、レオンは膝を曲げて覗き込んだ。
「忘れてるかも知んねーけど、俺は『狼』なんだぜ? あんまし隙見せてると」
言葉を切り、彼女の額に唇で触れる。見上げる彼女へ、ウィンクを一つ。
「悪い狼に食われない様にな?」
彼の胸でぽろぽろと涙を零す海音の艶やかな黒髪を、レオンは宥める様に撫ぜた。