永劫回帰交響曲 第1番bヨーロッパ
| 種類 | ショート |
|---|---|
| 担当 | 風華弓弦 |
| 芸能 | 2Lv以上 |
| 獣人 | 2Lv以上 |
| 難度 | やや難 |
| 報酬 | 4.3万円 |
| 参加人数 | 8人 |
| サポート | 0人 |
| 期間 | 03/26〜03/31 |
●本文
●モーツァルト・コンペの結果クラシックが流れる部屋で、一人の男が倒れていた。
辺りには散乱した本やコピー用紙。テーブルには飲みかけたソフトドリンクと、チョコレートバーが転がっている。
「なんてこった‥‥」
惨状に足を踏み入れた同居人は、信じられないというように頭を左右に振った。それからまた部屋の中を見回して、散乱した本を避けながら、彼は注意深く床に足を下ろた。
そして、おもむろに倒れている男を引き摺り起し。
「仕事の途中で、寝るなーーーーっ！」
「‥‥ん？」
頬に板目の痕をつけたフィルゲン・バッハが、眠そうな顔で目を開ける。
「いや。資料でモーツァルトを聞いていると、実によく‥‥眠れ‥‥」
「だから、寝るなと言っておろうがっ！」
また、アッチの世界へ行きかける相方の首根っこを掴まえて、レオン・ローズはガクガクとフィルゲンを揺さぶった。
「えぇと‥‥まず第一回は、モーツァルトの死去から辿ってみようと思うんだ」
まだ眠い目を擦りながら、フィルゲンはガサガサと資料を漁る。
「1791年、ウィーン。前年のスランプ−−注文された曲を最後まで仕上げる事ができない事もあったが、それを抜け出した年に、彼は『皇帝ティートの慈悲』と『魔笛』を書き上げる。プラハで『皇帝ティートの慈悲』を演じた後、プラハ行きの前に匿名で依頼を受けた『レクイエム』の作曲に入る。おそらく10月半ばから作曲に取り掛かり、プラハ滞在中から崩していた体調が11月に悪化し、12月5日に『レクイエム』が未完成のまま生涯を終える。
これが、通説のベースライン」
そして、がしがしとフィルゲンは寝癖のついた髪を掻いた。
「2006年。主人公は深夜にピアノの音を聞く。起き出してピアノ部屋を覗くと、部屋では知らない女がピアノを弾いては、一心不乱に楽譜を引いている。
主人公は、僕らの側と物語の側を繋ぐ架け橋で、部屋の扉を開けた時点で1791年に引っ張られてるんだ。でも、この時点で主人公はソレを把握していない。
知らない女は、言うんだ。「この曲を完成しないと、愛した人が主の身元へ赴く事ができない」って。でもそれは決して完成しない。だって、彼女は彼ではないから。
知らない女や、死んだ男の妻との紆余曲折を聞いて、主人公は気づくんだ。
未完成は、未完成である事に意味がある。
未完成レイクイエムが未完成である事によって、モーツァルトが『神童』ではなく、『少し人より早回しされた人生を送っただけで、それ以外は不器用な人であった』と告げられたんだと気付く。
それによって、『人としてのモーツァルトの物語の扉』が初めて開いてーー主人公は2006年に一時、帰還する。
−−ここまでが、第一回のプロット。紆余曲折の部分は、役者が揃ってからでないと組めない部分がある‥‥から‥‥」
「ふむ‥‥って、ホンを書き上げる前に、寝るなと言っておろーがーっ！」
●スタッフへの指示覚え書き
『メイク・衣装・小道具』
メイクについては、役者の外見年齢を誤魔化す必要もあるため、要注意。
衣装は、主に貸衣装を使用。
消え物の菓子類については、スポンサーより提供アリ。
『大道具』
現地の施設を借用するため、大掛かりなセット組は不要。
ただし、現地の施設保全に要注意。
『撮影班』
2006年と1791年の画像風潮に留意。
『特殊画像処理』
特殊加工はCGによって付与となる。細かい作業が多いので、作業量に注意する事。
『その他雑務』
臨機応変に頑張って下さい。
●参考：キャスト表
『2006年の登場人物：獣化なし』
物語の進行役であり主人公である少年、または少女。成年でも可。一人または二人。
『1791年の登場人物：半獣化必須』
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。35歳。人より少し『人生の時計』の回転が早かっただけの、運の悪い男。
アントニオ・サリエリ。41歳。男装の麗人。
コンスタンツェ・ヴェーバー。29歳。モーツァルトの妻。
『舞台（撮影現場）』
オーストリア、ウィーン。
●リプレイ本文
●準備はAdagioでオーストリアの首都ウィーン。
3月も残すところ一週間足らずともなれば、風も柔らかく日差しも暖かい。
ウィーンの中心部を囲むリング（環状道路）の外にある住宅街の一角では、朝からアメージング・フィルム・ワークスのスタッフや現地バイトによって、撮影の準備が着々と進められていた。
「撮影現場って、こんな風になってたんだね」
『舞台裏』へと足を踏み入れた雪樹（fa1279）は、興味深げに『セット』を見回した。設定は1791年。そこに漂う空気まで再現しようと、人々が忙しく立ち動いている。
「ここで、あんなシーンやこんなシーンが撮影されるんですね」
御子神沙耶（fa3255）の頭の中では、早くもフィルムが回っているらしい−−どんなシーンかは不明だが。
チェリストの雪樹と、雅楽師の沙耶。本来なら『表舞台』の側なのだが、『モーツァルト』という偉人の名が持つ引力によって、今回は裏方仕事を手伝う事となっていた。
打ち合わせに備えて待つ雪樹と沙耶。その背後で、ごぃんと奇妙な音がして、互いに顔を見合わせる。
おもむろに振り返れば、大きな鞄をしっかりと抱えた女性が、廊下に座り込んで目を回していた。
「すいませーん。何か行き倒れてるんだけどーっ」
様子を窺うより先に、スタッフへと声をかける雪樹。
「行き倒れ‥‥って、うわっ、シャノー！？」
くったりしたシャノー・アヴェリン（fa1412）の姿に、雑用担当の小塚透也（fa1797）が、慌てて駆け寄ってきた。
現場へくる途中に何事かあったかと周囲に注意を払いつつ、透也はシャノーを助け起こそうと抱いた鞄に手をかける‥‥が、細い腕ががっしと握って放さない。
代わりに何より雄弁に、生理現象が状況を物語った。
ぐぅぅ〜‥‥。
「‥‥お腹が空いて、ノビた‥‥ってトコかしら」
何事かと様子を見に来た味鋺味美（fa1774）が、ぶ厚いレンズを支える黒い蔓を押さえて苦笑する。
「今日のケータリング‥‥きてたかな？」
尋ねる高邑静流（fa0051）に、黒い遮光カーテンを抱えた月舘 茨（fa0476）が首を左右に振った。
「まだだね。仕方ないなぁ、ちょっと場所を借りて何か作って‥‥」
言いかけて、茨は言葉に詰まった。
目が合ってしまったのだ−−期待に満ちた眼差しを向ける、ツートップに。
「ばら君のカイザーシュルマンは、美味であったからな」
「僕は、あんまり頂けなかったなぁ」
何故か並んでちんまり椅子に座っているレオン・ローズとフィルゲン・バッハに、軽く眩暈を覚える茨。
「二人とも、いつの間に腹ぺこキャラになったんだい‥‥」
それでも仕方がないという風に、茨は厨房を借りに行く。
最低限ではあるが、アゴ（食費）アシ（移動費）マクラ（宿泊費）込み。さらにこういった、突発性食事と三時のお茶。ささやかながらも『高優遇』の仕事に、ファウスト＝ソリュード（fa1527）は心の内で喜びを噛み締めた。
（「人の下での仕事とはいえ、『アタリ』かもな。特に、メシには事かかんし」）
何故なら彼の財布にもまた、寒い隙間風が吹いていたからである‥‥季節は春になろうというのに。
「ありがとう‥‥ございます‥‥。つい、衝動買いを‥‥してしまい‥‥」
原動力を補給すると、シャノーはマイペースな口調で礼を述べた。行き倒れの原因は件の鞄で、中身は業務用カメラだという。懐具合は寂しい事になっているが、彼女の表情は明るい。
「うむ、良くある事だ。次の給料日までの一ヶ月、パンの耳と仲良くなるのも楽しいぞ」
「良くあるのね‥‥」
監督の反応に、味美はとりあえず苦笑で答えた。
「で、代理役者フィルゲンは、今回は何もやんないのかい？」
意味深にからかう茨へ、フィルゲンはため息を一つ吐く。
「後が大変だから、激しく遠慮したい。妹よ」
げんなりとした返答に、茨はカラカラと声を上げて笑った。
●Vivaceな人々
「コルセットって、やっぱり着けた方がいいかしら」
届けられた衣装の痛みを確認しながら、思案顔の味美が茨に相談を持ちかけた。
「あんまりきつく締めると苦しくて演技も辛くなるし、適度でいいんじゃないかな」
答える茨は、アクセサリや小物の類に不足や異常がないかチェックに余念がない。
「ウィッグはどうします？ 確か‥‥当時は男性も女性も、白い髪のカツラを付けていたんですよね」
「宮廷みたいな公の場ではね。晩年の話だし、極端に『毛色』が違う役者もいないし。沙耶、そっちの方はどう？」
「はい。羽ペンにインク壷、五線紙。他の消耗品系も、全て揃っています」
出来るだけ当時の物に似せた品々を前に、沙耶がリストと照らし合わせた結果を告げた。
「なら、後は味美が仕上げるだけだね」
「任せてよ」
茨にウィンクする味美。『舞台』を飾る小道具類も、使用感を出すために『ひと手間』加えて、より雰囲気に馴染ませなければならない。
味美が作業に取り掛かるのを見て、茨は衣装の最終確認をした。
「モーツァルトが黒、コンスタンツェが赤、サリエリが青‥‥で、冒頭は白、と。これで一揃いOKかな。沙耶、間違わないよう役ごとにまとめといてくれるかな」
「わかりました」
積極的に、沙耶は諸々の雑用を手伝う。本当は少しでも『音楽的な知識』を得たい所ではあるが、それも中々に難しそうだ。
ただBGM代わりに、役者の練習するピアノの音がひっきりなしに聞こえてくる。
四苦八苦しながらの演奏を聞きながら、沙耶は衣装を丁寧に整理した。
「当時のピアノって、ウィーン式とイギリス式があったんだな」
しみじみと、透也が呟いた。『身内』に演奏家はいても、楽器の歴史自体に触れる機会は少ない。
ウィーン式とイギリス式では弦へのアプローチの仕方に違いがあり、現在のピアノは全てイギリス式だ。ウィーン式は軽やかな音、イギリス式は重厚な音。自分の『耳』で違いを知るには、ウィーン式しか触れる機会のなかったモーツァルトと、イギリス式を愛用したベートーベンを聞き比べると良いとも言われる。
それは置いて。
当時のピアノを調達しに出かけていた透也と雪樹は、結果としてチェンバロを持ち帰るに留まった。件の復刻楽器は少なく、テレビドラマの小道具程度では回せない‥‥という残念な理由によって。
透也と共に渉外にあたった雪樹は、一つの素朴な疑問を抱いていた。
すなわち「モーツァルトが何故、開発されて間もないピアノに夢中になったのか」である。
それも、チェンバロを借り受けた事でおのずから氷解した。
チェンバロは、音の強弱の調整が困難なのだ。また、鍵盤から指を離すと、その音はふっつりと途絶える。
対するピアノは音の強弱が加えられる上に、共鳴ペダルによって音の響きが留まる。
「新しい表現方法に、創作意欲がかき立てられたのかな‥‥モーツァルトは」
200年以上も昔の偉人に語りかけ、雪樹は黒鍵と白鍵が反転した鍵盤を軽く叩く。
金属のような、軽く‥‥奥行きの薄い単調な音が、設置された部屋に弾けた。
●撮影班はAllegroチックに
「うーん‥‥なんだか、こう。ものすごい、人間の人間らしい面が出てる、寂寥感とか‥‥なんていうのかな、静けさと、その中に人の想いが様々に交錯するドラマになりそうだね。
これなら、そうだなぁ‥‥下手に効果音とかBGMとかは、使わない方がいいかもね」
ホンを片手に、ブツブツと呟く静流。そして、はたと何かを思い付いたように、顔を上げる。
「2006年と1791年の画像対比だけど、2006年側の映像の輪郭を、すこぅしだけシャープにしてみるっていうのはどうかな」
彼の視線の先では、ファウストがレオンに『時代の切り替え』の演出案を提案していた。静流のプランに、ふむとレオンは唸る。
「悪くないが、テレビドラマ用であるからな。少々、浮いて見えるやもしれん」
「じゃあ、『影』で演出するのは？ 2006年は影の描写を控えて明るい画像。逆に1791年は物の影を多くして‥‥ドン・ジョヴァンニに魔笛、レクイエム、何て時代っすからねー。ま、やや不気味な位で良いんじゃないんすか。視聴者が見難いのは論外っすけど」
「こちらも、常にレースカーテンあたりを引いて‥‥とは、考えていたが‥‥」
そこで言葉を切り、レオンはギギッと首を90度ばかり回した。
「視線で訴えるのは、止めんか？ こう、呪詛でもかけられている気がするのだが」
「‥‥1971年の画像は‥‥2006年と比べて、ソフトな感じは‥‥どうでしょう‥‥」
監督の訴えは、シャノーには聞こえなかったらしい。彼女は淡々と、レンズ越しに『世界』を覗く者からの意見を述べる。
「1971年は‥‥華やかではあるものの‥‥楽都に相応しい‥‥格調の高さと‥‥クラシカルな雰囲気を前面に‥‥。現代の方は‥‥普通に自然の明るさで‥‥といった感じです‥‥。
余りに‥‥目立った対比をつける必要は‥‥無い‥‥かと」
「なるほど。根本から特殊加工の作業量を減らすのも、手だね。画面もナチュラルになるし」
納得する様子の静流。そこから演出者とカメラマンは更に打ち合わせを重ね、意見を出した静流は本来の『施設保全』の役目に回った。
撮影現場は、当時の面影を今なお残す住居用の建物を借用している。現在進行形で人が住める建物だ。こういった歴史ある建築物を現役で使用するのは、『ヨーロッパ気質』とも言えよう。
「ところで‥‥空撮、しても‥‥いいですか‥‥？」
「空撮か‥‥」
シャノーの質問に、レオンは腕組みをして考え込む。
ヘリによって、空から撮影するのではなく。鷹の獣人であるシャノーは、自らの翼で空からウィーンを撮影する事を希望していた。
「昼間はさすがに無理だろうけど、夜だったらいいんじゃないか。黒い服を着て目立たないようにして、時間も出来るだけ夜更けで、屋上か屋根の上から飛べば」
フィルゲンの見解に、ふむとレオンは頷いた。
「幸い、連日晴れではある。イントロとして現在の街の夜景が使えるとなれば、確かにありがたい。が、くれぐれも無茶はせぬよう。人目もあれば、『夜歩き』の目もあろう」
「‥‥わかりました‥‥」
全てのセッティングが整い、茨や味美によるメイクを施され、衣装を纏った役者が『セット』に入れば、裏方のメンバーにも緊張が高まった。最終リハーサルを終えて本番となる直前に、レオンは撮影やライティング、効果を手伝うスタッフを集める。
「役者達には伏せてはいるが、基本的に一発撮りの方向で行うので、心しておくよう。何より、最初の演技のインパクトが大事であるからな。何度もテイクを重ねると、空気が褪せる」
−−そして、撮影は始まった。
●Prestissimoの画像処理チーム
撮影が始まると、それを追いかけるように『特殊画像処理』を担当するチームが忙しくなった。
チェンバロをピアノに見立てる工夫や、『時間を越える』特殊加工。見切れてしまった物の『除去』などなど。
ネットワークを介してイギリスにあるメインサーバーと接続し、汎用できる効果があれば応用し、新たに作らなければならない効果は製作して、画像に更なる『演出』を加えていく。
『施設保全』の作業がひと段落した静流も、パソコンのキーボードを叩き、マウスを動かしていた。一日の撮影時間が終了すれば、レオンとフィルゲンも騒々しく作業に加わる。
「手伝いたくても、俺はダメだな‥‥こればっかりは」
苦笑と共に、透也が静流に恒例の『三時のお茶』を差し入れる。立ち上る紅茶とハーブを用いたスパイシーケーキの香りに、静流は目を細めた。
「妹さんの様子、見に行かないんだ」
トレイを受け取りながら静流が問えば、雑用担当者は困ったようにぽりぽりと髪を掻く。今回の配役には、透也の妹も加わっているのだ。
「だって‥‥なぁ。身内が演技してるところを見るのは照れくさいし、見られるほうも照れくさいだろ？」
そんな理由で、透也は積極的に動き回る類の用事を請け負っていた。
「『ミュージカル俳優になる』ってのは、さえの絶対に譲れない夢だ。だったら兄貴としては、黙って見守るしかないからな」
そう言って、透也は笑う。その心理は、なんとなく静流にも判るかもしれない。彼の弟もまた、ひとかどの演技者となる事が目標だ。もっとも最近は、アフリカ辺りで物騒な事をやってるらしいが。
「なんだ。兄として、妹を見守るのではないのか？ こう、柱の影から半分顔を出して、じーっと‥‥」
「違うから、それ‥‥って、監督、いつの間にっ」
思わず身を引く透也。いつの間にか、レオンが話に加わっていた。モニタの影から、じーっと見守る体勢で。
「これもまた、日本の伝統文化と思っていたが」
「違う。絶対、全然違うっ」
手を振って否定され、レオンはむーっと眉を寄せて考え込んだ。そんな二人の様子に静流は笑いながら、紅茶を口へ運ぶ。
「じゃあ、俺、他の用があるから‥‥」
調子を合わせているとキリがないと見て、透也は場を外す。そして間際に、レオンへ一礼し。
「さえを、これからもよろしく指導してやって下さい」
「言わずもがなの事。よい木は、僅かな手入れさえすれば、よりよく育つものであるからな。むしろ、木よりもその周りに手をかける方が多い故にな」
回りくどくも言わんとするところは推し量れて、去り際に兄はもう一度、頭を下げて仕事へと戻った。
撮影中はもちろん、「全ての撮影が終わったら、徹底的に掃除をする」と茨が宣言している。
雑用担当の仕事は、まだまだ終わりそうにない。
