Black Invitationヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/06〜11/09

●本文

●その日、届いたモノは‥‥
 ポストには、各種請求書やダイレクトメールに混じって一通の封書が入っていた。
 白い封筒には、流れるような美しい文字で宛名が綴られている。
 差出人を確かめるべく封書の裏を見れば、そこにも黒いインクで一文があった。
『the World Entertainments Association German branch』
 −−WEA、すなわち世界芸能協会。

 白い封筒の封を切ると、中は対照的な黒いカード。
 カードを開けば、そこにはタイピングされた金ぴかの文字が不穏な文を刻んでいた。

●凶宴への招待状
 親愛なる諸君、御機嫌は如何かな。
 さて、くどい前置きは飛ばして本題だが、君をあるパーティに招待したい。
 先日我々が開いたパーティで主賓が逃げてしまったので、その仕切り直しといったところだ。
 場所はドイツのハンブルク。
 消えた場所と時期から、恥ずかしがり屋の主賓はおそらく4日から開催されるDOMに顔を出すと思われる。
 そこで、ぜひとも手厚い歓待を施してやってくれ。

 ソレはかつてヒトだったモノ。微笑みとともに夢を見て語った、名前のあるモノ。そして今は、君達を陥れる捕食者だ。

 さぁ‥‥宴に赴く、用意と覚悟はあるかね?
                        −−from Nirgends

●今回の参加者

 fa0190 ベルシード(15歳・♀・狐)
 fa1028 水島 無垢(19歳・♀・狼)
 fa1089 ダン・クルーガー(29歳・♂・狼)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa1641 上月 真琴(20歳・♀・狼)
 fa1723 大神 月斗(25歳・♂・狼)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)

●リプレイ本文

●下準備
『‥‥判りました。では、臨時パフォーマンスの許可、閉園後の練習場所としてのスペースの確保、閉園後のスタッフ退去。以上をDOM事務局へ要請しておきます。あと、ターゲットとの接触があれば一報を下さい。事後処理については、こちらが』
「それはありがたい。よろしく頼む」
『確保したスペースが判明次第、連絡します。連絡はどちらに』
 電話をかけるダン・クルーガー(fa1089)は、対応するWEA女性係員へ自分の携帯番号を教えた。
「よかったら、食事の誘いの電話でもいいが?」
 受話器の向こうで、係員がくすりと笑う。
『気を取られていると、足元をすくわれますよ』
「違いない」
 電話が終わりそうな気配に、思案顔の小塚透也(fa1797)がダンを突付く。
「なぁ、ドゥギー。主賓が逃げたと判るって事は、外見にある程度の目星がついてるって事かな?」
「ふむ‥‥聞いてみるか?」
 ダンは透也の言葉を通訳して告げると、少しの間あって係員が答えた。
『外見に目星が‥‥というより、見つけたモノを逃がしてしまったという報告がきています。ですので、既に他へ感染した可能性もありますね。ハンブルクも大都市ですから、変死体は珍しくないですし』
「なるほど。ちょっと待ってくれ」
 そして今度は透也に要約を伝える。残念そうに、透也は頷いた。
「それじゃあ、連絡を待ってる。ありがとう」

 電話を切って二人が仲間達の元へ行くと、テーブルには既に暖かい食事が並んでいた。時間は夕食時。他のテーブルには、ジョッキを片手に陽気に語る人々。
「仕方ないとはいえビールの一杯も飲めんのは、辛い所だな」
 ソフトドリンクのグラスを見てぼやく大神 月斗(fa1723)に、Cardinal(fa2010)が重々しく首を縦に振る。
「すまないな、待たせて」
「場所は確保できた?」
 透也が席に腰を下ろせば、いち早くベルシード(fa0190)が訊ねる。エディンバラでも同じテーブルを囲んだ相手に、透也は指でOKサインを作った。
「後は向こうからの連絡待ち。さて。腹が減っては、なんとやらだ」
 ダンの視線に促されて、不安げな上月 真琴(fa1641)がナイフを取った。鏑木 司(fa1616)はジュースを一口飲み、緊張で乾いた唇を湿らせる。
「食事が終わったら携帯メールの設定と確認ですね。あと調べてみましたが、天気予報によれば数日は曇りで、肌寒い日が続くそうです」
 淡々と食事を口に運ぶ水島 無垢(fa1028)が、短く「了解です」とだけ答えた。

 その日、彼らは早々に各自の部屋へ引き上げた。
 明日からの戦いに備えるために。

●DOM
 真ん中に「DOM」と電飾で飾られた看板は、道路を跨いで立っていた。
 約3.3kmの通りは長方形に近い歪なループを描き、露天やアトラクションが並ぶ。アトラクションはジェットコースターや観覧車、回転式ブランコなど『移動遊園地』の名に恥じないものばかり。しかも、全て組み立て式だという。
 人々の歓声に背を向けて、スーツ姿の月斗はサングラス越しに周囲を観察する。昼間なので、いるのは主に観光客だ。夜になれば、地元の人間も加わっての混雑となる。
 人の流れに任せて歩けば、前からプラカードを掲げた奇妙な風体の男が近づいて来た。背中には一対の鷹の翼を背負い、鳥の足でのしのしと歩く。プラカードには『期間限定! ライカンスロープ・パフォーマンスチーム、大天幕で特別公演中!』と、ドイツ語で書いてあるらしい。
 視線も合わせず、男とすれ違う。
「宣伝係も、辛いよな〜」
 すれ違いざまの透也の呟きに、月斗は心の中で(「頑張ってくれ」)とエールを送った。

 露天の間は、人が一人か二人通れる程度の幅しかない。一方、道路は広くて遮蔽物もなく、営業時間終了後は走り回る事も容易だろう。
 そんな事を確認しつつ、無垢は「パーティのメイン会場」となる大天幕に着いた。
 そこがWEAの用意した場所。DOMの中央に位置し、簡単な入り口の封鎖ができ、数本の鉄柱で支えた高い天井のテントが人目を遮り、椅子や机を排除すれば広い。多少の難はあるが、何処に人の目があるか知れない外と比べればマシだ。
 いまは公演時間らしい。本来ビアホール用のテントの中で、軽業を披露する仲間達の姿がちらちら見えた。空中で回転しながら軽やかに跳ねる狐のベルに、竜の姿で日本古来の曲芸を披露する司。太い鎖を引き千切るかと思わせて、片手でぷちぷちと鋼の輪っかを外していく獅子男のCardinal。
 人々は口々に「よく出来た着ぐるみだ」「ライカンスロープとはよく言ったものだ」などと、笑いながら感心する。
 本当の事など、何一つ気付かずに。

 日が落ちると、大人たちに混じってお菓子を頬張る少年や帽子を被った少女がパフォーマンスを見に来た。グループや親子連れはアトラクションに興じ、疲れると仲間の演技を見ながら一杯飲んで、また別のアトラクションへと去っていく。
 それは、平和そのものの風景だ。
(「でも気を許してはなりませんよね」)と、真琴は欠伸を噛み殺す。

 閉園後、彼らは三班に分かれて更に警戒を続けた。
 ダンとカーディナルの二人組がDOMの中央で実質上の囮となる。残り六人を月斗・真琴・透也の三人と、司・ベル・無垢の三人と割り振って、二班でそれぞれ両翼を見張る。

 だがその日、『主賓』に繋がる怪しい動きは何もなかった。

●パーティの始まり
 彼らの前にソレが姿を見せたのは、「公演」を始めて2日目の深夜。
 日付が9日に変わった頃だった。

 キスに余念がないカップルや、酔っ払いの男が時々行き過ぎる。
 酔っ払いはともかくカップルの様子は、11歳の司には気恥ずかしい。視線を合わせられずに息を潜めてやり過ごし、そっと後ろを振り返って遠ざかる後姿に安堵した。気まずそうに視線を戻し、隣のベルに声をかける。
「もし狙われるならパフォーマンスに出た僕達か、ダンさんとカーディナルさんの班でしょうか」
「そうだね。出るなら出るで、パッパと出ないかな」
 ベルは退屈そうに歩き、前を歩く無垢は話しかけても反応が少ない。
 時おり緩やかに風が吹く。曇っているせいもあって、派手な電飾の消えた通りは街灯だけでは薄暗く感じる。
 不意に、司の上にふわりと落ちてきたものがあった。
 一瞬びくりと身を竦めるが、何かと思えば小さな帽子。
 樹に引っかかっていた物が、風で落ちたのかと見上げれば。

 すぐそこで、
 蟲の大きな複眼が彼を覗き込んでいた。

 街路樹から司の上に、どぅっ! と黒い塊が落ちる。
 ベルは驚いて飛び退り、そこへ振り返った無垢が躊躇わず蹴りを放つ。
 蹴り上げられた蟲は宙を舞い、道を外れた暗闇に消えた。
「立てますか」
 一言問うのみで、無垢は手は貸さない。だが司は頷いて、起き上がった。
 不覚を取ったと歯を食い縛る。こんな事では、お父さんに追い付けない−−。
「皆と合流します。メールは送りましたか」
 人が変わったように指示する無垢に、丁度ベルがメールの送信ボタンを押す。
「送ったよ、行こう!」
 蟲が再び灯りの下に現れる前に、三人は大天幕へと走る。

 そして、静かなDOMにメールの着信音が鳴り響く。
 旋律に違いはあれど、その音は高らかにパーティの開幕を告げていた。

●深夜の凶宴
「WEAが一度は取り逃がした相手。下手にこちらの数を見せると、また逃げ出すだろう」
 次々と集まってくる仲間へ、Cardinalがテントの中で待つよう促す。
「だがレッド。大丈夫か」
 心配そうな月斗が言わんとする所は判る。11歳と15歳。獣人とはいえ、まだまだ仔の部類だ。それでも、穏やかな巨漢は首を振って否定する。
「無垢もいる。それに、そんな柔な者達でもない」
「‥‥そうだな」
 己の中で納得をつけてテントに入る月斗を見送り、彼は人の気配がないのを確認して「変化」を開始した。

 俊敏脚足で先行したベルは、他のNWがいないか警戒する。
 背後に注意を払えば、司と無垢の後ろで硬質の節足がアスファルトを蹴る音。
 緩やかなカーブを抜ければ、その先に大きな獅子の姿が見えた。
 スピードを落とさず、三人はその脇を駆け抜ける。
 一歩足を踏み出すと、その後に続く黒い突進を豪腕が受け止めた。
 硬い爪が、ガリガリとアスファルトを引っかく。
「うおぉぉぉっ!」
 咆哮し、格闘家の獅子は渾身の力で蟲をテントへ投げ飛ばした。
「うわ‥‥さっすが。僕の細腕では無理だねー」
 思わずベルは、ヒュゥと口笛を吹いた。ちらと見て無事を確認すると、Cardinalはテントへ視線を戻す。
「これからが本番だ」
「このような夜は 血が たぎります」
 彼らの“戦場”へ足を踏み入れ、うっすらと笑みを浮かべる無垢はツナギを脱ぎ捨てた。

「真琴、今だ!」
「わかりました!」
 ダンの合図を受け、真琴は目の前の丸いスイッチを押す。
 ガラガラと騒がしい音を立てて、入り口のカーテンが動き始めた。
 完全に外が見えなくなったのを確認してから、彼女は隣のスイッチを次々にON側へ倒す。
 パッと天井のライトが点り、暗いテントに光が満ちた。
 突然の光に、蟲がたじろぐ。
 光の下で蠢くモノを見て、彼ら彼女らもぎょっとした。
 ナイトウォーカーの奇怪な姿に、ではない。
 赤いリボン‥‥白いレース‥‥愛らしいフリル‥‥それら、蟲にまとわり付く衣服の残骸に目を奪われた。
 唐突に『招待状』の文面が蘇る。

 −−ソレはかつてヒトだったモノ。
 −−微笑みとともに夢を見て語った、名前のあるモノ。

 嗚呼、漸く理解した。
 この「感染」の被害者は子供だったのだ‥‥と。
 どくんと鼓動が跳ねる。
 それは敵に対する闘争本能なのか、痛ましい被害者への声なき慟哭か。

 −−そして今は、君達を陥れる捕食者だ。

「危ない、避けろ!」
 月斗の声に、透也は我に返った。
 大顎を広げて突進する蟲。反射的に手にしたアウトドアナイフを構えるが、蟲は大顎で刃を噛み砕く。
 そう。コレはもう、人間ではないのだ。
「透也!」
 俊敏脚足で駆け寄ったダンが、NWへ体当たりする。弾き飛ばされた蟲は、不満そうにガチガチと顎を鳴らした。
「すまん、ドゥギー」
 謝る透也へ、ダンがニッと笑う。
「気を取られてると、死ぬぞ」
 透也から離れたNWは、完全獣化を終えた三人の人狼が輪を作って囲んでいた。
 蟲が無垢へ向かって行けば、ぱっと近寄った真琴が硬い殻に爪を立てる。大顎を鳴らして振り返ると真琴は素早く離れ、月斗が足の付け根など動きを封じる場所を狙って噛み付く。
 透也は深く深呼吸をした。幸い、三人が蟲を右往左往させているので、死角はない。
(「冷静にならなきゃな‥‥俺がこのチームの『目』なんだ」)
 意識を凝らす。数十倍に達した動体視力で、素早い人狼達の動きも遅く感じる。やがて鷹の目は、鈍く光る宝石を捕らえた。
「コアは、顎の下だ」
「厄介な位置だな」
 ちっと舌打ちするダンへ、竜となった司が進み出た。
「僕が、やります」
「あ、僕も僕もー」
 手を上げながら、ぴょんぴょんと狐姿のベルが跳ねる。当初の打ち合わせでは獣化自体に躊躇いを見せていた司だったが、「できるか」と問われれば力強く頷いた。
「波光神息、いきます!」
 ばさりと大きく一度翼を打って宣言し、司は大きく息を吸い込む。
 続いてベルが、飛操火玉で次々と小さな火を作り始める。
 意図を解して、ぱっと無垢と真琴は散開する。蟲の注意を引いていた月斗が、そのまま司へと走った。
 俊敏脚足で月斗が大きく跳躍すれば、蟲は少年の真正面にいる。
 司は溜めていた息を、一気に吐く。
 淡い光を帯びて放たれたエネルギーの波動は、容赦なくNWを襲った。
 ギィギィと外骨格を軋ませてもがくNWへ、ベルの操る12個の火の玉が一つになって突っ込んだ。
 炎はNWの殻を焼き、かつて人間の名残だった証も全て焼き尽くす‥‥。
 ダンとCardinalが地を蹴った。
 逃げようとのたうつ蟲をダンが押さえつけ、Cardinalは大顎をかいくぐって喉笛近くに喰らい付き、噛み砕き、噛み千切る。
 ぶんと頭をひと振りすると、ヒビの入ったコアが宙に舞った。
 それは、ナイトウォーカーの生命そのもの。
 ひらりと、無垢が宙へ飛ぶ。
「お楽しみは 終わりです。−−残念 でしたね」
 鋭い狼の牙によって、コアは音もなく砕け散った。

●朝の光
 辺りが明るくなる前に、ダンから連絡を受けたWEAスタッフが「事後処理」にきた。消臭を兼ねて、白い消毒薬を散布している。
 コアが消滅した後、蟲は本来あるべき姿に戻った−−腐りかけた子供の死体に。
 彼らが遭遇した時から、感染者は既に死んでいたのだ。
 やりきれない思いで、透也は「事後処理」を見守った。

 ようやく寒さを感じて、司は白い息を両手に吹きかけた。
 そこへ、ぬっとマグカップが差し出される。
「飲んどけ。冷えると風邪をひくぞ」
 サングラスで表情は伺えないが、月斗が寄越したのは暖かいグリューヴァインだった。
 司が受け取ると、今度はベルにマグを渡しに行く。
「ドコからくすねてきたんだか」
 ダンが冷やかすと、「金はちゃんと置いてある」と月斗は反論する。
「よく 受身を取りました。あそこで脳震盪でも起こしていたら 面倒な事になっていました」
 傍らの呟きに顔を上げれば、無垢がテントを見据えている。
 司は少し、胸を張る事を許された気がした。
 小さな魂へ鎮魂を願う真琴の穏やかな歌声と共に、グリューヴァインと無垢の言葉は少年の心に柔らかく染みる。

 雲間を裂いて、一条の朝の光が差し込んだ。