Limelight:桜幻郷アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
5.5万円
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参加人数 |
15人
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サポート |
0人
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期間 |
04/08〜04/10
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●本文
●春は駆け足で
きっかけは、一通の手紙だった。
差出人は、旅館『夕凪亭』の女将。中身は旅館の桜が咲き始めたという定型の挨拶状に、旅館の案内パンフレット。毎年この時期になると届くソレは、言い換えれば単なるダイレクトメールだ。『現役時代』に一度だけメンバーと足を運んだ事があり、その時の宿帳か何かを元に機械的に送ってきているのだろう。
テーブルの上に封書を放り出して、椅子の背にもたれる。
「桜‥‥か」
呟いて、見るともなく天井を眺めた。
暫くそうして呆けていた末。身を起こして封書を再び手にとると、川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は空いた手で受話器を掴んだ。
『予約を取ったから、温泉に行くよ。休みだろう、店』
「ちょっと待て。お前、電話してきて、いきなりそれは何だっ!?」
突然の宣告に、『Limelight』オーナー佐伯 炎(さえき・えん)は素っ頓狂な声を上げる。若いバイト達が何事かと視線を向けるのに気付き、佐伯は身振りで何でもない事を示しながら、事務所の外へ移動した。
『息抜きだよ。と言っても忙しいだろうし、一泊しかしないけどね。参加者の方は、こっちで声をかけておくから』
「珍しく能動的だな」
−−あの満開の桜に思いを馳せれば、同時に僅かな感傷がチリチリと胸の奥を焼くというのに。
電話の向こうでは、笑う気配がした。
『桜絡みで、少し仕事の話もきているしね。それに‥‥』
続く言葉を、佐伯は紫煙を吐いて待つ。
『炎をいじる機会を失するのは、惜しいし』
「ソッチの方が大事かよっ!」
がっくりと打ちひしがれた様に、佐伯は脱力した。
『そろそろ、その桜嫌いも治した方がいいと思んだけどね‥‥もしもし。もしもーし?』
●旅館『夕凪亭』案内
『お部屋から海が望める温泉旅館です。お部屋は全て和室となっていますので、ご家族揃って御寛ぎいただけます。
温泉の泉質は弱アルカリ性単純温泉で、無色無臭。疲労、ストレス解消、神経痛、筋肉痛、冷え性など一般的な温泉の効能が期待できます。
大浴場は木造りの男湯と女湯、石造りの混浴露天がございます。露天入浴の際はタオル持込可となっておりますので、女性の方も安心して入浴いただけます。
どの湯からも、春の時期には当旅館自慢の桜を楽しめ−−』
●リプレイ本文
●旅の風景
休憩場所は田園地帯の真ん中で、車から降りた聖 海音(fa1646)は光に目を細め、手で影を作った。
青空の下、田を埋めた蓮華が紅紫の小さな花をあちこちで咲かせている。
少し向こうのあぜ道には黄色い菜の花が並び、遠くに見える民家を薄桃の桜が霞のように覆っていた。
ひらひらと白い蝶が舞う中、佐伯 炎がベス(fa0877)に蓮華の蜜の吸い方を教えている。
「どう、調子は」
気遣って尋ねる月舘 茨(fa0476)へ、海音は笑顔で「大丈夫です」と答えた。今の海音はキャミソールとジャケットにジーンズと、初のタンデムシートに備えた服装だ。バイクに乗るのも存外に体力を使う行為で、疲れたら佐伯の車で休憩し、楽になればバイクへ移動を繰り返す。
「じゃ、そろそろ行こうかね」
茨に頷いて、彼女は手にしたヘルメットを被った。
「バイクのマフラーに近寄るなって。触ったら火傷すんぞ。それから、車の窓から顔出したり、手ぇ振るのは禁止な」
「ぴえ〜っ?」
「お前、アイドルなら顔も売りモンだろうが。何か飛んできたのがぶち当たって、へちゃむくれたらどーする」
ベスと佐伯の会話を微笑ましく聞き、電車組はどの辺だろうと考えながら、海音はタンデムシートに座った。
適度な電車の振動と暖かい陽気が、仄かに眠気を誘う。
ボックス席で弾む会話も、今は途絶えていた。
篠田裕貴(fa0441)は鳥羽京一郎(fa0443)の肩に、京一郎は裕貴の髪に頬を寄せ、寄り掛かり合って眠っている。向かいに座る棗逢歌(fa2161)と明星静香(fa2521)は、共に緊張して転寝どころではなく。代わりに二人を起こさぬよう、声を落とした。
「最近の二人、すっかりラブラブだよね」
「そうね‥‥少し、羨ましいかも」
静香は逡巡の末、付き合い始めたばかりの恋人へ寄りかかる。見上げた彼の表情は驚きと照れが混在していたが、すぐ腹を据えたように笑ってみせた。
初めて電車を使う藤川 静十郎(fa0201)は券売機や改札で苦戦するも、その度に高岑 轡水(fa1202)が手を貸した。車窓に流れる風景へ釘付けの恋人の髪を梳く轡水も、楽しげだ。
三組のカップルと通路を挟んで、星野 宇海(fa0379)と小鳥遊真白(fa1170)が並んで座る。反対側では一二三四(fa0085)が、桜の花弁を浮かべたゼリーをのんびり楽しんでいた。移動中にと、海音が作ったお手製ゼリーである。個々の嗜好も考慮して、京一郎にはクレーム・ブリュレが用意してあった。
「ベスさんが車で、残念だったね」
隣の川沢一二三が、先に空になった容器達を片付けながら苦笑する。二三四も過去に一度『Limelight』を訪れたが、旅行メンバーは半数以上が初対面だ。
「いえ。ベスさんも車、楽しみにしてましたから」
「二三四さん、桜茶は如何かしら? 苦手でしたら、緑茶もありますわよ」
淡く桜の香りが漂う茶を、宇海が二三四へ勧めた。真白は一足先に紙コップを傾け、味と香りを堪能している。
「桜ゼリーに桜茶。宿に着いたら桜見物と、桜尽くしだな」
満足そうな真白に宇海が笑み、二三四も香りの良い茶を口に含んだ。
タンデムのKDDX250が駐車場へ滑り込み、停車する。
シートから降り、ヘルメットを取って見回せば、ZXP400が一台止まっていた。車はなく、二人と同じく「現地集合&解散組」のLUCIFEL(fa0475)だろう。
「羽月さん、お疲れ様でした」
夫の藤野羽月(fa0079)がバイクを降りるのを待って、藤野リラ(fa0073)は声をかけた。
「リラこそ、お疲れ様。他の人達は、まだか」
「一人、着いてる方はいるようですが‥‥先に、宿へ入ってます?」
「そうだな。皆さんの御好意で、二人部屋になってるし」
定位置までバイクを押してから、二人は手を取り合って小さな温泉旅館の玄関をくぐる。
「お、御両人か。リラは今日も、麗しいな」
ロビーのソファからLUCIFELが立ち上がり、恭しく礼をする。『レディには、アプローチしなければ失礼』の信条には、既婚も未婚も関係ないらしい。
「ありがとうございます。羽月さんのお陰ですわ」
にっこりと笑って、リラは夫に腕を絡めた。
やがて、駅へ出向いた宿のマイクロバスが戻る。暫くしてから、車とバイクで移動の四人も姿を見せた。
到着した一行は、割り当てた部屋で荷を解く。
割り振りは藤野夫妻、宇海・真白・ベス・二三四の四人、海音・茨・静香の三人、川沢と佐伯、残る男六人で一部屋の、計五部屋だ。
「この顔ぶれで一部屋って、賑やかになりそうだね」
備え付けの急須で、裕貴が茶を入れる。
「しかも、俺以外全員一応カップルだしな。何より、逢歌に彼女ができてるとは‥‥」
やれやれと肩を竦めるLUCIFELに、逢歌がにんまりと口角を上げた。
「羨ましいかい?」
「いーや。それは即ち、レディ達に愛を語るライバルがいないって事だからな」
フッと銀色の髪をかき上げ、LUCIFELは余裕の笑みを返す。そして、窓から海を眺めた。
「俺の全てを捧げられるレディ‥‥キミは何処で、俺を待っているんだ」
LUCIFELの呼びかけに答えるのは、寄せては返す波の音のみ−−。
●夕凪亭
食事の時間とプレゼン予定以外は、厳密なスケジュールもなく。
落ち着くと、メンバー達は思い思いの時間を過ごしていた。
「二三四さん。カメラの撮り方、教えてもらえませんか」
この機会にプロの手解きを受けようと、リラがデジカメを手に尋ねる。
「おいら、教わる事はあっても教える事は初めてで‥‥それでも、いいですか?」
「はい」
戸惑う二三四へ、にこやかに即答するリラ。それならと、二三四はカメラの構え方や光源と構図の取り方を教え、記念にリラのデジカメで藤野夫妻のスナップを納めた。
写真の数々をプレビューでチェックして、リラは嬉しそうに微笑む。
「いっぱい撮れたら後でミニアルバムにして、皆さんに配りますね」
旅館には小さな庭園もあり、そこでも桜が春を謳歌していた。
花霞を見上げる静十郎が、そよぐ風に舞い落ちる花弁へ手を差し伸べる。
「初めてお会いしてから5年‥‥早いものですね」
肩越しに振り返る姿に、過去の面影が重なるのを覚えて轡水の口元が綻ぶ。掌の花の欠片を指で返して遊んだ後、静十郎はそっと還る場所へと返す。
「『恋と忠義はいずれが重い、かけて思いは量りなや』。桜と言えば千本桜‥‥私には量るまでもなく、轡水さんの方が重いですけど」
頬が染まり、声が小さくなった。そんな恋人の一挙一動に、つい轡水の悪戯心も騒ぐ。
「すまん。よく聞こえなかったが」
「二度は申しません!」
つぃとそっぽを向く静十郎の頤に指をかけ、轡水は薄紅を啄んだ。
「山桜の方も、満開が近いんですね。ほら、あちらも」
袂を押さえて、宇海が山手へ手を示した。宿の周囲も、そこここで桜が咲き誇っている。
「そのようだな」
「ま、どの花も二人には負けるが」
「あら。ありがとうございます」
LUCIFELの賞賛に、宇海は頭を下げた。一方で、真白は首を傾げる。
「こちらに付いてきて、良かったのか?」
「勿論。他の業界のコとのんびり話が出来る機会は、少ないしな」
嬉しそうなLUCIFELは、宇海と真白の少し後ろをついていく。
●宴は賑やかに
夕陽が海へと沈む頃、賑やかな宴が始まった。
一部で物々交換が行われたりもするが、春の香を集めた海の幸や山の幸に皆、舌鼓を打つ。
料理の話や化粧の話、趣味の話。四方山話を重ねれば宴もたけなわとなり、『宴会芸』も飛び出す。
「佐伯さんこれ持ってー。それから、引っ張ってね」
長い布の片方を、ベスは佐伯に手渡した。疑問の表情の男を他所に、少女は楽しそうに距離を取り。
「いい、いっくよー? あーれー、おたわむれをー!」
「‥‥って、おい!?」
佐伯に帯を持たせておいて、後はほとんど自分でくるくる回るベス。
名づけて、『悪代官と町娘ごっこ』らしい。
「ぴや〜‥‥世界が回ってるよ〜‥‥」
「お前、回り過ぎ‥‥」
「ベスさん、危ないですよーっ」
目を回し、足元が覚束ないベスを、慌てて二三四が支えた。
集めた桜の花弁を撒きながら、備え付けの浴衣姿で逢歌と茨が登場した。
『どうも〜、凡ズで〜す』
声を揃え、二人で『凡』の書き順をうねうねとなぞり、笑いを買う。
「ご挨拶は丁重に。謡う才は凡人並み。けれど心は舞台女優。
魅せます。やります。悶えさせます!
気をつけ、礼、着席!!」
逢歌の号令と共に畳へ正座をし、傍らに置いたギターと三味線をそれぞれ手にした。
奏でる調べは、ポップで可愛らしく。
顎を引いて小首を傾げてみたり、目をぱちぱちさせたりと、微妙な可愛さをアピールする。全て、正座したままで。
『 虹色に輝くシャボン玉 春風に乗ってふわりふわふわ
桜色優しい花の欠片 春風に舞ってひらりひらひら
たとえ最後の一つが壊れても
最後の一片が見えなくなっても
僕達の心は壊れずに 空を飛んでいく 』
微妙な音の外し加減もまた、愛嬌か。
声を揃えた出だしの後は、茨が囃して逢歌が唄う。
「 街角で見かけた子供達を真似て
ふとシャボン玉を作ってみたよ
僕の想いをぷうっと吹き込めば
春色の街を反射しながら どんどん大きくなっていく
幾つも幾つも無邪気にふくらませ
ドキドキと 暖かな風に花弁と一緒に乗せたら
ゆっくりと飛んでいく想いの珠達
屋根を越え 空を渡り キミの家まで届くかな
「僕の想いは届きましたか?」
電話をかけて尋ねてみようか
けど声だけじゃ満足できそうにないから
自転車のペダルこぎ シャボン玉追いかけ
直接キミの笑顔に会いに行こう! 」
そして二人、呼吸を合わせて最初のフレーズを繰り返し。
あくまでも可愛らしく、そして正座のままで。
『 明日はキミも一緒に シャボン玉を飛ばそう 』
ジャンジャンと、弦を鳴らして曲を締め。
最後は大仰に三つ指をついて礼をし、どこまでも笑いを取って座を下がる。
次に、宇海と静香の即席ユニット『Xinger』が、優しい曲を披露した。
「 お酒もって集まって 今日は昼から無礼講
お花よりもお弁当 持ち寄ったら宴会さ
ここに来てくれた大好きなあなた
勇気出し隣すわって見つめる
すぐ側で 」
リズムを取りつつギターで弾き語る静香に、宇海が手拍子とコーラスを添える。
『 話したい 触れたいな あなたに 』
「 こんな時くらいしか 側にはとてもいられないよ 」
『 話したい 触れたいな あなたに 』
「 話しかけてお願いてよ 私に気づいて欲しいよ 」
『 私は 』「 あなたに好きになってもらいたい 」
『 私は 』「 臆病 話しかけるのもできない
蕾のまま枯れてゆく
気弱な私をせめて見守っていて 」
『 話したい 触れたいな あなたに 』
「 少しでも気に留めて 見つめて側で笑っていて 」
『 話したい 触れたいな あなたに 』
「 花が舞うこの季節 近くにいるだけでいいから 」
女性らしい感性の曲に、皆拍手を送った。
明日の『本番』へ向けて呼吸を確かめた二人は、にっこりと笑んで頷く。
入れ替わりで再び茨が三味線を打ち。静々と、静十郎が進み出た。
まだまだ拙い三味と長唄が謡うは、『京鹿子娘道成寺』。
衣装も化粧もないが、彼の面立ちは白拍子と成り。
乱拍子から急の舞を艶やかに踊る。
千変万化な踊りの一片をみせる若い『和乃屋』を、袂に手を入れて腕を組む轡水が満足そうに見ていた。
「お付き合いを始められた明星様と棗様に、祝福の歌をお送りします。お二人とも、お幸せに」
海音の祝辞に、逢歌と静香は顔を見合わせて照れた。
そんな初々しい二人に微笑んで、海音はアカペラでゆったりした歌声を披露する。
「 ふわり色づく恋の花
淡く優しく輝いて
開いた花に 祝福の歌を 」
「はーい! あたしもお祝いに、唄うね!」
マラカスを挙げて、ベスがぴょんと立ち上がった。
持ってきた2個のマラカスのうち一つを、二三四に貸して。
二人で左右にステップを刻み、シャカシャカとリズムを取り、ベスは明るい声で唄い出す。
「 春が来た二人を 桜もほら 祝福してる♪
手を繋ぐ二人を 見てるとほら 暖かくなる♪
ごめんね 驚いたかな?
だけどみんな 二人の事 お祝いしたかったの 」
「お二人が、これからの日々を幸せに過ごして欲しいと願いを込めて‥‥私達からの『贈り物』、受け取って下さい」
口上を述べた羽月が、バイオリンの弦に静かに弓を当てる。
リラのギターの音が重なり、アンサンブルに透き通る声が唄う。
「 積み重ねた 時間
積み重ねられた 時の糸
何時からか 降り積もる 想いの羽
貴方への想い 指先に託して
今 一緒に 歩き出そう
共に 幸福と言う名の王国目指して 」
思わぬ『贈り物』の数々を、隣同士に座った二人は手を重ねて聞いていた。
演奏を終えたリラは、夫がバイオリンを仕舞うのを待って、もたれかかる。
「何だか出会った頃を思い出して、楽しくなっちゃいますねぇ。羽月さんっ」
「そうだな」
妙にご機嫌な妻の様子に、少し心配になり。彼が手を添えて支えていれば、案の定くらりとリラの上体が傾いだ。
「あ、あれ? くらくらする〜」
「酒、弱いから‥‥」
足取りまで危うくなる前に、軽い身体をひょいと抱き上げる。
「先に、少し休んでくる」
「ああ。大事にな」
声をかけるLUCIFELに会釈をし、羽月は妻を連れて中座した。
用意した床で膝枕をして、手で仰いでやる。
「出来るだけ、人前で酔う姿などは見せないで欲しいな」
そう言って柔らかい髪を撫ぜても、返ってくるのは無邪気な笑顔ばかりで。
楽しげな彼女が口ずさむ歌を聞きながら、羽月は妻の為に緩やかな風を送る。
一方、宴席ではギターとアコーディオンの二重奏が繰り広げられていた。
物憂げなギターと陽気なアコーディオンが、同じ旋律を交互に辿る。
音色は時に離れ、近付き、競争するように主旋律を奪い合い。
最後は歩み寄り、足並みを揃えて幕を引く。
「今回のプランに参加してもらった、ささやかな礼」を演じた川沢と佐伯は、一同へ頭を下げた。
●深夜の混戦
「イギリス行き?」
湯煙が漂う浴場に、声が響く。
「ん。プレゼンの資料が出来上がり次第だから‥‥週の後半かな。一ヶ月近く帰れないと思う」
「遠いな。折角、四十路の祝いをしてやろうと思ったのに」
「謹んで、遠慮しておくよ」
「つまらん」
残念そうに、湯船の縁へもたれる佐伯。そこへガラリと脱衣所への扉が開き、本来聞こえてはならない筈の声が響いた。
「炎、露天で飲むぞ!」
「げ。お前、ここ男湯‥‥」
「だから、露天に行くんだよ!」
一升瓶を手に遠慮なく踏み入った茨は、佐伯の腕を掴んで引っ張っる。振り解く訳にもいかず拉致られる友人を、川沢は苦笑で見送った。
否応なく場所を露天風呂に移し、二人はコップ酒を交わす。
誘った者の礼儀としてか、先ずは茨が胸の内を打ち明けた。
「桜嫌いって聞いたから、同士だなって思ってね」
「ほぅ?」
「あたし、式直前に花見帰りの飲酒運転トラックとの事故で、相手がぽっくり逝って‥‥桜嫌いにもなるさね。花、綺麗なのに」
伏目がちに茨はグラスを傾け、そして眉根を寄せて桜を見上げる相手へ視線を投げた。
「炎は何で?」
「あ〜‥‥桜が好きだった奴が、桜の下で逝った。それだけだ」
佐伯はそこで言葉を切る。が、促す沈黙に、グラスを煽ってから先を繋げた。
「たまたま泊まったここの桜が気に入って、また来ようって約束したままな‥‥あん時は若かったし、思い知ったさ。精一杯手を広げても、一人が物理的に守れる範囲は限界がある。そっから『Limelight』が出来たんだが‥‥あいつもまだ、ここの桜はキツイだろうに」
「一二三もかい」
「割と優等生タイプだから、騙され易いが‥‥」
その時。
パカーンッ! と、飛来した手桶が佐伯の頭に直撃し、続きを遮った。
「浴衣、こっちに置いといたから」
湯煙の向こうで浴衣姿の川沢が悠然と笑み、ひらと手を振って立ち去る。
「な。その実、厄介な奴なんだ」
痛む頭をさすり、ぼやきながら手桶を戻しに行く佐伯に、茨はからからと笑った。
「らぶらぶ‥‥って俺達の事言うけど、逢歌だって静香とらぶらぶじゃない?」
「事実、らぶらぶだしねぇ。それに僕らは、ラブラブだって宣言しちゃうよ」
「うわ‥‥開き直った」
「逢歌、余り年長者を弄ぶな‥‥静香にない事ない事、吹き込んでやるぞ?」
「ない事ばっかりなのか、京一郎君。ああ、でもそうか。年長者の裕貴君は、姉さん女房だね」
「‥‥吹き込んでいいよ。京一郎」
「判った」
「えぇ〜っ。内容は気になるけど、ちょっと待って〜っ!」
「いいぞーっ、言ってやれーっ」
京一郎/裕貴タッグと逢歌の応酬を、笑いながらLUCIFELが観戦する。男部屋へ遊びに来た女性達は、和やかに恋愛話に花を咲かせていた。海音も最近付き合い始めた恋人がいて、今はもっぱらその話題だ。
「出逢はコンビニのバイトでした。優しくて、純粋で真っ直ぐで、青空のような方で‥‥」
はにかみながらも、彼女は嬉しそうに語る。
「今回の旅行はご一緒できなくて、本当に残念です」
「私も残念よ。いろいろ、話を聞きたかったわ」
「また今度、機会があればご一緒したいですわね」
静香と宇海に、海音は照れながらも頷く。
「宇海様も、お付き合いをされている方がいらっしゃるそうで」
「ええ。少し歳が離れておりますけど、変わりなく接していただいて‥‥素敵な人ですわ」
「そちらの方にも、是非一度お会いしたいです」
そんな会話で盛り上がる中、ガラリと襖が開いた。
「皆、まだ話してたんだね。露天、いい湯だったよ。つい長湯してさ」
濡れ髪をタオルで拭きながら、茨が促す。
「じゃあ、私達も参りましょうか」
その場に居た者達は、連れ立って風呂へと向かった。途中で準備に戻る女性達と別れ、男四人は露天へ足を運ぶ。
「裕貴は泣いた顔が可愛いぞ。泣かせられるのは、葱類とホラー映画だけというのが悔しいが」
「京一郎! 無駄な事、言わないよーに!」
「え〜。京一郎君が泣かせてんじゃないの?」
「もう、逢歌っ」
「あ? いないと思ったら、二人で先に入ったのか」
三人の漫談は放っておいて、男湯から現れた轡水と静十郎にLUCIFELが首を傾げた。
「ああ。静十郎がどうしてもと言うものだからな」
「で、湯中りでもしたか」
抱えられた静十郎を見てLUCIFELが問えば、「そんな所だ」とさらりと答える轡水。
「よっぽど‥‥馴れ初めの話とか聞かれるのが、嫌だったんだね」
何となく他人事ではない理由と結末が推察でき、小さく呟く裕貴は胸の内で十字を切った。
風呂でも湯上りの後も歓談は続いたが、睡眠不足は俳優や歌手の天敵で。
時間が深夜に及ぶ前に、一部のメンバーは明日に備えて床につく。
そして一部は、こっそりと部屋を抜け出していた。
見上げれば、桜と九夜月を過ぎた月。
「そんなに、桜が綺麗?」
「うん。それに明星さん、可愛いしスタイルもいいから、もう目の毒で」
視線を下げられないと、冗談めかして逢歌は笑う。
いや、内心は冗談どころではなく。胸を張って「平静でいられる自信が全くない!」と宣言できそうな現状。
待ち合わせたとはいえ、露天風呂に二人っきりなのだから。
とはいえ、賑やかな旅行で落ち着いて話せるチャンスは少なかろうと思い当たれば、「落ち着け」と懸命の自己暗示をかけて、恋人に目をやる。
湯に浸かっているせいか、別の理由か。頬を桜色に染めて、静香が微笑んだ。
「落ち着いたら、話をしようと思ってたんだけど‥‥あまり落ち着けなくて、ごめんよ」
「帰ってからでも、いいわよ。時間はあるから‥‥今までの事とか、これからの事とか色々と話をしよう」
「うん‥‥なんか明星さん、余裕だね」
「そんな事ないわよ。私だって、ずっとドキドキしてたんだから」
静香も心中を打ち明けて、二人はは笑う。
互いに話したい事も多かった筈なのだが、こうして身体を寄せ合っていれば、それ以上の言葉は要らず。
逆上せないよう気遣い合いながら、肩を寄せ合い、桜と月夜を眺めていた。
●桜を謳いて
翌早朝。
朝一番に露天風呂と桜を楽しんだ宇海と真白に、仲居が朝食の支度が出来ている旨を告げた。ベスと二三四はまだ眠っているので、二人でそっと抜け出して食事へと向かう。
案内された喫茶室から見えた風景は、薄曇に覆われていた。
「昨日と比べて、冷えてますね。雨、降らなければいいんですが」
「予報では、夕方から雨‥‥と言っていたかな。おそらく、もつだろう」
会話のうちに運ばれてきた和朝食に、宇海と真白は手を合わせ、箸をつける。
二人が朝食を終える頃、三々五々と起き出してきたメンバー達も食事の席に着いた。
撮影の『本番』は、午前中のうちに始まった。
宿に人払いを頼んだ宴会場には、中央と左右の三箇所にビデオカメラが、高さを変えてセットされていた。真ん中のカメラには、高指向性の集音マイクが取り付けられている。更に二三四が照度や音の反響を測り、細かいセッティングを行っていた。固定された三台のビデオカメラは二三四と佐伯、川沢で操作する。
「応援してるから、頑張って」
「ありがとう、逢歌さん」
静香を励ます逢歌は、今回のプレゼン収録に参加しない。大事な場面では、ちゃんと『蜜月』で。それが、彼のポリシーなのだろう。
「プレゼン用の曲で申し訳ないのですけど、お二人にこの曲『ありがとう』を送ります。恋人に送る感謝の気持ち、ですわ。聞いていて下さいね」
宇海の言葉に、静香と逢歌は顔を赤らめた。昨日の宴は、まだ続いているらしい−−。
「準備が出来たら、始めるよ」
ビデオの最終確認をした川沢が、『Xinger』を呼んだ。
昨夜とは逆で、今日は宇海がボーカルを務める。
静香以外は、彼女の歌を初めて直接耳にする者ばかりで、期待感のような緊張した空気が漂う。
その中で、静香の演奏に宇海が柔らかな声を重ねた。
−−誰かにそっと、届けるように。
「 ありがとう そう言いたかったの
薄紅色に 染まる景色と 微笑む貴方に 暖かくなる
ありがとう 今は言えないけれど
思い出色の 桜並木と 微笑む貴方が 滲んでいく
大丈夫だから 安心してねと
離れた掌 あの日も花は咲き誇り 」
彼女の声域は、女声の最低音域より少し高め。
だがそれ故に、落ち着いた優しさを思わせる。
僅かに纏った切なさを脱ぎ捨て、ここより先は希望をもって唄う。
「 ありがとう そう言いたかったの
薄紅色の 花が降る空 微笑む貴方に 手を差伸べる
ありがとう もう知ってるかしら
思い出色の 花が舞う空 微笑み見上げ 歩いていこう
生まれた事も 出会えた事も
愛しているから 私の言葉を貴方がさらう 」
そして目を閉じて、ギターの後奏を聞き。
弦の調べも消えると、宇海は深くお辞儀をした。
静香が使った椅子に、今度は羽月が腰掛ける。
ビデオカメラの準備を待つ間に調弦を行い、最後にリラの表情で万全を確認する。
先の『Xinger』と同様に、今日の『aeien』は羽月のギター一本でリラが唄う。
全ての準備が整い、穏やかな旋律の滑り出す。
それに合わせて、淡い歌声が広がった。
二人の曲は、桜貝をイメージしたという『恋貝』。
「 4月の海の花筏
眠るひとひらを取り集めても かつての花には戻らないけれど
指先ほどの光を受けて旅をする
わたしの場所があなたなら いつかどこかの岸辺で
一つだったことを憶えてる?
遥か呼んでいた 空よりも深く
遠く待っていた 春よりも遠く 花貝
暖かくなる さくら 花が咲く 風が踊る 太陽が笑う
途方のない繰り返しの中で忘れたくなるようなそんなことを
嬉しくなる 名前を呼ぶ 振り返る あなたが笑う
間違っていない あなたなんだ
つないだ手は ぴったり合わさったから 」
春の陽だまりを思わせる暖かく、優しいメロディライン。
演奏を終わればいつもの様に、二人は互いの声と演奏を称えて微笑みを交わした。
「‥‥アカペラ、か」
ぽつりと、LUCIFELが呟いた。
スピーカーもなければ、拡声装置もない。元より「アンプラグド(=電源なし)」を言われていたのだが、彼には奏でる楽器もなく。そうなると、必然的にマイクなしでのアカペラとなる。
発声はともかく、音感に自信はない。
それでも友人を祝う思いも込めて、OKのサインを見て唄い出す。
「 桜の花が咲き乱れて 春の優しい風が歌う
一年の始まりを染める あの桜のように輝いていたい
いつまでも いつも 祈り続けよう
桜の花はいつか 地に落ち消えゆくけれど
信じていて欲しい‥‥
果てない想い 君に捧げよう
アルバムの一ページ目を飾る 君の隣の桜 」
音のズレを声の力強さで捻じ伏せて、LUCIFELは『ハルノハナ』を最後まで唄い切った。
最後の演奏に備えて、部屋の隅で出番を待っていた琴が置かれた。
轡水に教わった化粧を施し、黒地に桜の模様が入った着物を着た海音が静かに琴の前に座る。
演奏の腕が自身の歌に及ばないと知る彼女は、その背より黒い翼を顕わにした。
右手三本の指に唾をつけて爪をはめ、弦を弾いて柱の位置の最終調整する。
そして、彼女の合図を待つ撮影者達へ、準備完了の笑みを向けた。
呼吸を整え、十三本の弦の一つ一つを、緩やかに弾いていく。
流れる旋律は完全な純和風ではなく、和音を加えてアレンジした風合いで。
「 小さな真白な花
暖かな風に揺られさざめく
それは春の声 命の歌
心のかたちをした花花
気高く儚い淡桜 」
伸びやかに明るく、そよ風をイメージして彼女は唄う。
20人近いメンバーがいるにもかかわらず、静かな部屋にゆったりした歌と微かにビデオの動作音のみが聞こえるだけだった。
演奏を終えてビデオが止まると、それまで黙っていた川沢が口を開く。
「みんな、お疲れ様。それから、ありがとう」
そして四組のミュージシャン達を労う様に、広い部屋に拍手が満ちた。
帰り支度を整え、宿を出る。
藤野夫妻とLUCIFELは、来た時と同じように自分のバイクで。
佐伯の車には、天候を配慮して和装のメンバーを中心に。そして、海音は帰りも茨のタンデムシートに挑戦する心意気で。残る一行は、宿のマイクロバスへと乗り込む事となる。
佐伯の車に乗る前に、ベスは川沢にぴょこんと会釈をした。
「川沢さん、誘っていただいてありがとうございました。また呼んでもらえると嬉しいです。佐伯さんも楽しかったですか?」
「そりゃ、こっちの台詞だ。なぁ、川沢」
佐伯の言葉に、川沢は首を縦に振る。
「そうだね。皆にとって楽しい旅行だったなら、いいんだけど」
「うん、楽しかったよ! 桜も綺麗で、温泉も楽しくて、御飯も美味しくて、歌も素敵だった!」
無邪気な返事に、川沢と佐伯は顔を見合わせ、笑う。
そして、彼らは宿を後にした。
−−それぞれの内に、様々な春を抱いて。