Limelight:Joy Noise 1アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
2人
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期間 |
04/19〜04/24
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●本文
●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並ぶ。
事務所で一人、オーナーの佐伯 炎(さえき・えん)は紫煙を燻らせていた。
灰皿へ、灰をはじき落とす。そして、紫煙混じりに佐伯は呟いた。
「『リクエスト』に応えようにも‥‥弾き方やら何やらは、俺が教えられるモンでもないしなぁ」
ぼやいてみるが、答えはどこからも返らず。友人である音楽プロデューサーの川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は、ここしばらく店に顔を出していない。それもその筈、数日前に仕事でイギリスへと飛び、現在も向こうに滞在中だった。
それはさて置き−−佐伯にも、元々『そういう考え』がない訳ではない。
川沢が若手ミュージシャンの音楽勘や発声を気にしていた時、彼も演奏技術や音の捉え方に疑問を抱いた。歌手の『口パク』同様、演奏者にもオケに合わせて弾くフリをする『当て振り』というやり方はあるが、人気が出てくると誤魔化しも辛いだろうし、彼自身『当て振り』は嫌いである。
「‥‥これを機会に、ちぃとばかし『遊んで』みるか」
更なる思案の末に、佐伯はイギリスの友人へとメールを出した。
そして、プロダクションに連絡が届く。
それは「騒音でとやかく言われない場所を一週間ほど開放するから、いつでも好きに楽器を触りに来い」という内容であった。
●リプレイ本文
●Jiefang District
−−いつでも好きに。
その告知通り、演奏者達は空いた時間を融通し、『Limelight』へ足を運んでいた。
全員が揃ってそれぞれの好きに練習をしても、ただの騒音の塊になりかねないため、佐伯 炎は傾向によって練習場所を3箇所へ分ける。
すなわち、ドラムやピアノなど動かせないものは、メインフロアでの練習。
電源不要で落ち着いて集中したい者は、個々に楽屋で。
そして初級者達は、事務所で和やかに扱い慣れない楽器へ挑戦していた。
「指が痛くなってきたわ」
基礎のコードを教わり、アコースティックギターを弾いていた富士川・千春(fa0847)は、指板を押さえていた左手の指先を撫でる。
「うん。案外、力が要るもんだね」
向かいのソファで同じコードを練習するシド・リンドブルム(fa0186)も、やはり左手を気にしていた。
「最初はな。アコギはスチール弦だし、テンションも強いし」
二人にギターの弾き方を教える仁和 環(fa0597)は、椅子の背にもたれ、首を巡らせて事務机の佐伯に声をかける。
「佐伯さん。これ、何張ってる?」
「ライトゲージだが、まだ硬いか」
電卓を叩きながらの答えに、環は「いや」と返した。
「後は、手が慣れるだけだなぁ」
「慣れたらどうなるの?」
尋ねる千春に、環は自分の手を広げてみせる。
「最初は指先が柔らかいせいで弦が痛いけど、そのうち皮膚が硬化するんだ。そうなれば、痛くなくなる」
「ペンだことか、そんな感じだな。つっても、一日二日で硬くなるもんでもないが。手、休めて休憩するか? バイトの打ち合わせもあるしな」
ひと段落した帳簿を閉じ、佐伯は席を立った。階下が窺える窓に目をやれば、月見里 神楽(fa2122)が尻尾を揺らしながら、豊城 胡都(fa2778)のフルートに聞き入っている姿が見えた。
●初日は忙しく
「裕貴は、今日は一人か。恋人が居ない様だが如何した?」
「言っとくけど、日々一緒に居る訳じゃないよ。ナンか、誤解してない?」
陸 琢磨(fa0760)に冷やかされた篠田裕貴(fa0441)は、頬を膨らませる。
「ホットミルクと紅茶と珈琲と、どれがいいですか」
皆の間を回っていた神楽が、遠坂 唯澄(fa2584)にも飲み物の好みを聞く。屈託なくじーっと見上げてくる少女に、唯澄は少し迷い。
「じゃあ、紅茶で」
「はい!」
元気よく答えると、神楽は『オーダー』を佐伯に伝えに戻る。
「どうかした?」
どこか微妙な唯澄の表情に、先月の梅の宴で同席した裕貴が首を傾げた。
「いや‥‥年下の者には、気後れされる事が多くてな」
「そっか。唯澄、凛々しい感じが強いからね」
「‥‥怖いの間違いではないか? よく、そう言われるが」
「そうかな?」
「裕貴は怖い相手が傍にいるせいで、慣れてるんだろう」
琢磨に言われ、僅かに思案した裕貴は「そういえば」と言った相手を指差す。
「‥‥俺か?」
「違う?」
「なぁに漫才やってんだ、お前ら」
会話の間を縫って、佐伯が各人が希望した飲み物をテーブルに置いた。
「佐伯さん‥‥」
「ん?」
呼び止められて振り返ると、カップを手にした胡都が、じーっと何かを目で訴えている。
「すまん。フラグ立ってねぇから判らん」
「何のゲームですか」
残念そうに嘆息し、胡都は視線の訳を告げる。
「お茶だけだと、寂しいなぁって思っただけです」
「茶受けか」
こくりと頷く彼にやれやれと肩を竦め、佐伯は厨房へ向かった。
「よかったな、胡都さん」
嬉しそうにホットケーキを突付くバンドメンバーを眺めながら、環も取り分けられた皿に手を付ける。
「はい。ところで今日は環さん、浮かれてます?」
「うん、まぁなー。今日はほら、ちゃんと彼女を紹介できるし」
「そうでしたか。彼女、ちゃんと来てくれるといいですね」
ぐさっと、見えない矢が環のグラス・ハートに突き刺さった。
「‥‥自信、ないんですか」
「ちょーっとだけ‥‥な‥‥」
果てしなく遠い目の環を他所に、佐伯はバイトの説明を始めている。
「キッチンはシドと裕貴と琢磨、バーカウンターに千春、残りメンバーがホールで、唯澄は未決。だな」
「混んできたら‥‥手伝おうか」
「ああ。義務じゃねぇから、まぁ、気が向いたらな」
考え込む唯澄に、佐伯はひらりと手を振った。段取りを説明していくオーナーに、シドがおずおずと口を開く。
「俺はバイト代、いいです。前の時に、すっぽかしちゃったし‥‥」
「じゃあ、その心意気だけ受け取っとく。前は前、今回は今回だからな」
まだ気後れした表情の少年の頭を、佐伯はガシガシと乱暴に撫でた。
「バイト経験者が多いから、胡都は判らん事があれば他の連中に聞け。千春は後で、俺とカウンターな。それから‥‥」
席を立った佐伯はカウンターまで行き、裏から包装された小ぶりの箱を手に戻ってくる。
「神楽には、入学祝。大したもんじゃぁねぇから、帰ってから開ける様に」
「えぇっ!?」
ぽんと箱を渡された神楽の目が、まん丸になった。
「あと、茨は一日だけのバイト希望だが、それだと今回はちっと給料が出せん。その代わり、次の機会にイロ付けるんで許せ」
「はいはい。一日思う存分ピアノを叩けただけでも、楽しかったしね」
「お前は、マジで鍵盤叩き過ぎ。ピアノに喧嘩売ってやるな」
ちちと指を振る佐伯に、月舘 茨はからからと笑った。
夕刻には忙しく開店の準備が整い、日が暮れる頃に開店となる。
今回はつまみ食いを敢行する不埒者がいない為か、裕貴と琢磨は厨房で落ち着いて腕を振るっていた。
バーカウンターの千春は主にソフトドリンク類を担当し、その合間にグラスのスノースタイルや飾り物の用意、氷の準備などを手伝う。未成年者では、客に合わせてアルコールや味の加減を付けるバーテンダーは難しい‥‥というのが、最たる理由だった。
客足も落ち着いてきた頃。現れた女性客に、環の表情が輝いた。
伊達眼鏡越しに視線を交わし合うと、彼はカウンターへと女性を案内し、佐伯に声をかける。
「佐伯さん。連れてこいって言っただろ。俺の彼女‥‥薫夜さん」
嬉しそうな環に紹介された真神・薫夜は、黒縁の眼鏡を外して軽く会釈をした。佐伯もそれに返礼し。
「‥‥お前、ホントに彼女いたのか」
「えぇ〜っ」
愕然とする恋人に、薫夜はくすくすと笑う。
「あ。薫夜さんの御代は、俺のバイト代から‥‥」
「なら高いお酒、入れて上げて下さい」
「胡都さん‥‥」
暖かい友情に環がメゲる間も佐伯はシェーカーを振り、カクテルグラスへ透明感のある白色を注いだ。
「こちらはサービスで‥‥ホワイト・レディです」
「あら、いいの? ありがとう」
サービスという一言に、薫夜が嬉しそうに微笑んだ。
「あの、お好みの料理があれば、リクエストしてくれれば腕を振るうよ」
いつの間にか、厨房にいる筈の裕貴が顔を覗かせ。
「良かったな、環」
琢磨が環を小突いた。
「野次馬気分は判るが、お前ら厨房放ってるとシドが大変だぞ」
「うん。すぐ戻るから」
楽しそうに佐伯へ答えながら、裕貴は琢磨と共に厨房へ帰る。
「ごめん。なんか、賑やかで」
苦笑しながら謝れば、薫夜は笑って首を横に振り。それから環は、カウンターの隅で手招きする店主に気がついた。
「今日は上がって構わんぞ。それからいい時間だし、茨に神楽を送るよう伝えてくれ」
「え?」
「この時間からは客も急に増えんし、重いオーダーも少ないからな。折角来てくれた彼女を、一人で飲ませる気か」
口ごもる相手へ、とっとと行けと佐伯は手を振った。
「お先に失礼します。明日も、よろしくお願いします」
「また飲もうね、炎」
神楽は頭を下げ、茨は手を振って、階段を上がっていく。
カウンターでは、友人が腕を振るった料理を環が薫夜と一緒に楽しみ、彼女は彼の為に小さな歌を送った。慌ただしい厨房もオーダーストップがかかれば後片付けがメインとなる。
賑やかな初日は、緩やかに過ぎていった。
●課題曲
ぽつりぽつりと、爪引いていた弦の音が消えた。
バラード風の曲を弾き終えた琢磨は、聞き手の反応を窺う。
「なんつーかこう‥‥一口で言えば、ギターが歌ってない。まだ、鳴らしてる段階だ」
「また、判りにくい表現だな」
佐伯の感想に、琢磨は唸った。禁煙煙草を咥えた佐伯は、肩を竦めて椅子から立ち上がる。
「歌だって、そうだろ。やたら情感を込めてムーディに唄っても、ソレが滑ってたらカラオケの一人芝居と変わらん。じゃ、俺は他の連中の様子も見てくるから」
軽く手を振り、佐伯は楽屋を出た。残った琢磨はまた一人、最初のフレーズからメロディを辿り始める。
「こっちは進んでるか?」
裏手からステージに入ってきた佐伯に、演奏者達は手を止めた。
「神楽と胡都、環は大分こなれてきたけど、俺達はまだまだ」
苦笑する裕貴に、佐伯は腕組みをし。
「まぁ、アコギに手が慣れたら、エレキなんかは軽く感じるんだがな」
「そうなの?」
見上げる千春に、咥え煙草の男は頷く。
「じゃあ、エレアコは?」
「アレは硬めだな。おまけにピックアップのせいで、アコギより重い。ま、そんなじゃじゃ馬を馴らすのも、楽しいが」
「そっか。じゃじゃ馬なのね」
目標としている楽器の評価に、千春はまだ痛む指先へ視線を落とした。
「そもそも、ギターの形は女性のボディラインを象ってるって話もある」
「女性なんだ‥‥」
どこか複雑な表情で、シドは膝の上のギターを見やる。
「まぁ、それは置いてだ。上手く合わせられそうか?」
佐伯の問いに、唯澄が「ああ」と答えた。
「まだ各個のアレンジパートを調整している段階だが、最終日にはちゃんとあなたに聞かせられるものをやる」
「んじゃ、楽しみにしてるさ」
「本当は、『Love song for the World』をやりたかったけどね」
少し残念そうな千春の呟きに、佐伯は困った顔で髪を掻く。
「あれは耳コピには難しいし、スコアもねぇしな。知ってる川沢も、いまイギリスに行っちまってるし」
「イギリスに‥‥」
「どんな曲をやるにせよ、まず今やってる曲をクリアしないとな。頑張れよ」
激励し、佐伯は階段を登っていく。その姿が消えてから、おぼつかない演奏が再開された。
「あ、おはようございます」
地下一階のフロアへ駆け降りた神楽は、丁度下から上がってきた佐伯と鉢合わせて、ぺこりとお辞儀をした。
「ガッコ、終わったか。環境が変わったばっかりだし、あんまり無理はするな」
「大丈夫です。楽器の練習が思いっきり出来るなんて、嬉し過ぎますから。ありがとうございます」
笑顔で礼を言う少女に、佐伯はひらひらと手を振り。
「ああ。礼なら、鏡ン中の相手に言ってくれ」
「‥‥鏡?」
謎の返事に、神楽は首を傾げた。
そして、最終日。
佐伯を聴衆として、練習の成果を発表する時が来た。
彼ら彼女らが選んだ課題曲は、『キラキラ星』。
皮切りは、神楽が例題のようにピアノで奏でる主旋律。
続いてシドと裕貴、千春、琢磨がそれぞれに分担するパートを奏で、アコースティックギターの四重奏。
ギターの旋律が終わると、唯澄がゆったりと短調でコントラバスを弾く。
どこか哀しげで深いメロディがフロアの隅々にまで沁み渡り。
余韻を待って、環のギターと胡都のドラムが入れ替わる。
テンポも音階もポップス調にアレンジし、先の演奏者達が奏でたメロディをなぞらえて、終わる。
まだまだ『客』に聞かせるに至らないレベルの演奏ではあったが、それでも佐伯は約一週間の健闘を称えて拍手をし。八人は演奏しきった満足感と、自分の技術の不満足を確認しつつ、練習の期間を終えた。
「環さん、それ手伝います」
環の両手を塞ぐ三つのギターケースのうち一つを、胡都が預かる。
「ありがとう、胡都さん。それじゃ、佐伯さん。また遊ぶ方でも仕事でも、待ってるよ」
「美人の彼女にも、ヨロシクな」
佐伯に言われ、相変わらず照れた様な表情を返す環。
「ありがとうございました。また練習できる機会を、楽しみにしています」
「あと、あれだな。ボイトレの方も、川沢が帰ったらな」
「はい」
笑顔で返事をする少年に続いて、他の参加者達も順番に礼を述べ。
八人は、『Limelight』を後にした。