御伽噺を唄おうヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
9.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
04/22〜04/26
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●本文
●グラスミアにて
時刻は夜、場所は『幻想寓話』ロケ先である、グラスミアのホテルの一室。
プレゼン用のビデオを見終わった監督レオン・ローズと脚本家フィルゲン・バッハのコンビは、資料に目を通していた。しかも珍しく、大人しく‥‥である。
「一口にファンタジックな表現にするといっても、いろいろな手法があるんだけどね。
題材やロケの様子から考えた感じだと、いろんな民族楽器でまとめて、アコースティックにする。あるいは真逆で、シンセなんかの電子楽器の音もどんどん取り入れて、デジタルっぽいながらもヒーリング・ミュージック系にするか‥‥かなぁ」
音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が挙げる提案に、レオンとフィルゲンは顔を見合わせ、揃って首を捻り、唸る。
「アコースティックとクラシックは、違うものであるのか」
「一口で言うと、似てるし違うんじゃないか?」
「‥‥ドッチだ、それは」
ごにょごにょと言い合う二人を、川沢は微妙な苦笑を浮かべながら見守った。相方の言わんとする事を察したフィルゲンが、普通に理解できる表現にして説明する。
「えーっと。つまり、クラシック題材のドラマも扱っているから、それと区別するためにも同系統の音楽になる事は避けたいんだが」
「古典をなずらわなければ、元の曲調と編曲で差別化できるけどね。歌も入るから‥‥後は、オーディション次第で」
呟いて考え込む川沢に、レオンがまだ首を傾げていた。
「まぁ、我々二人は楽曲に関して造詣が深くない。故に一任する事になろうが‥‥こちらのアーティストを使い、こちら風で構わんのか?」
「日本向けだからって日本と同じ楽曲を作ったら、私がここまで来ている意味がないし」
「‥‥む?」
「つまり、そちらのテイストを生かしつつ、日本人の耳にも入りやすくて馴染む物。って線で、考えてるんだけど」
「‥‥そうか」
「でも、あくまでも私の意見だから、制作サイドから異論があれば言ってほしいけどね」
「実際の曲を聞いてみんと、判らん事の方が多いと思うがな。口でこうこうと言われても、如何なるものかイメージが湧き辛い」
ややげんなりと、レオンは頭を掻いた。苦笑しっぱなしの川沢の反応はといえば、やはり苦笑するしかなく。
「まぁ、確かにそうだろうね。どうせ二人とも審査員になるんだから、オーディションでこれだと思った曲をピックアップしてくれればいいよ」
「そう言われると、妙に大役だよなぁ」
視線で天井を仰ぐ脚本家に、監督は大仰に頷いた。
イギリスはロンドン郊外、テムズ川の畔にあるアメージング・フィルム・ワークス。ここで、『幻想寓話』イメージソングのオーディションが開かれる事となった。
参加にあたっての注意点は二点。日本向けだという事を考慮する旨と、クラシック風にならないように−−との事である。
オーディション通過となった曲は、すぐにレコーディングが行われるという。
●リプレイ本文
●AFWにて
AFWの一角にあるミーティングルームで、八人は社員からオーディションの説明を受けていた。
「準備が出来次第、順番に案内します。終わった後は、別室で結果をお待ち下さい。それでは」
若い女性は、緊張気味に退室する。
「なんだかこう、改めて緊張しちゃうわね」
扉が閉まるのを見届けてから、アイリーン(fa1814)は年齢の近い小塚さえ(fa1715)に話しかけた。
「ええ‥‥そうですね」
気弱い表情で返ってきた答えに、アイリーンはテーブルに頬をくっつける様にして、さえの顔を覗き込む。
「どうしたの? 元気ないわね」
「あ、大丈夫です。ちゃんと元気ですよぅ。ただ、兄と‥‥喧嘩しちゃいまして。でも、普段は優しいんですよ。心配、してくれてるんだと、思います。だからオーディションも、頑張ります」
ぐっと小さな拳を握って、さえは気合を入れた。
「そうだな。競争者に奮ってもらわねば、こちらも張り合いがない」
淡々と告げるニライ・カナイ(fa1565)は、激励しているらしい。彼女と『競演』する月.(fa2225)が、やれやれと頭を振った。
「さえの歌が聞けないのは残念だが、お互い最善を尽くすとしよう」
「はいっ」
「お話し中、失礼します。よろしければ、お茶は如何でしょう」
柔らかな微笑みと共に、藤野リラ(fa0073)がカップを差し出す。
「すまない。ありがとう」
紅茶が香るカップを受け取るニライ。リラの夫、藤野羽月(fa0079)もマリーカ・フォルケン(fa2457)とラム・クレイグ(fa3060)へ、紅茶を持っていく。
「紅茶はリラックス効果があるからな。待ち時間が、一番緊張するだろ」
「すいません、ありがとうございます。はい、マリーカさん」
ラムは二つのカップの片方を、先日の歌劇舞台での共演者へ手渡した。礼を述べて、マリーカは漂う香りに目を細める。
「うん、いい香り‥‥さすが英国ね」
「ええ。美味しいです」
笑顔のラムにつられて、マリーカも表情を和らげた。
場の空気が一息ついたところで扉が開き、案内役の女性社員が一番手の名を呼んだ。
●Entry 1
「小塚さえです。よろしくお願いします」
淡いライトの光が降り注ぎ、スタンドマイクや椅子が用意されたステージ。その真ん中で、さえはオオルリの翼を少し広げ、膝を曲げて軽く会釈をした。
本来は試写室であろう部屋の観客席には、審査員らしき五人の男女が座っている。その中に、馴染みの二人と見覚えのある人物がいた。
「この『eternal story』は、精霊とか妖精達が呼びかける声をイメージして‥‥ノスタルジックな感じの曲にしてみました」
曲を紹介し、さえの準備が整ったところで、スタッフが録音された音源を流す。
カツカツと四拍の合図を聞き。
フィドルの弦と少女らしい未成熟の声が、揃って滑り出した。
兄が演奏する軽快に弾むアップテンポなメロディに合わせ、妹は陽光に透き通るような声で唄う。
「 コバルトブルーの闇の中 白い迷宮の奥深く
眠る私を見つけ出して
ガラスの山を越えて 水晶の門を抜けたら
お伽話が目を覚ます
浅い眠りの中 僕を呼んでる声が聞こえる
朝と夜を越えた向こう 古のサーガの響き
現在と過去の交差点 流れる時の牢獄の中
繋がれた鎖打ち壊して
金色に輝く火の鳥 追いかけてたどり着いたら 」
アイリッシュフィドル奏法のバイオリンの音が、歯切れよく消え。
唄い終えたさえは再度、聴衆へ会釈をした。
●Entry 2
「二番、アイリーン。当たって砕けろの精神で、頑張るわ」
さえの次にオーディション会場へと立ったアイリーンは、スタンドからマイクを抜き取り、明るくいつもの調子で自己紹介をする。
「曲の方は、ヨーロッパの雰囲気と日本の人の耳に馴染みやすいかなって事で、少し変わった音源を使ってみたの。タイトルは、『Fantasy allegory』」
静寂が降りた空間に、澄んだ金属製の音が弾いた。
回された螺子の終わりの方のように、ゆっくりとオルゴールが鳴る。
それを追いかけてピアノとベースギターにドラムの音が、オルゴールの響きを消さぬように加わり。
計算されたバランスのDTMに、最後のパーツとして彼女は自分の歌声をのせる。
「 いつからだろうね
その扉を開けなくなったのは
部屋でごろりと横になり
見上げた天井が知らない場所みたい
思い切り胸をそらして
逆さまになった部屋で見つけた扉
そっとノブに触れてみたら
懐かしいキミの声が聞こえたよ
キミと一緒なら見つけられるよね
扉の向こうにある幻想の欠片たち
空に海に漂うBlue allegory
青く澄んだ欠片たち
山に森に佇むGleen allegory
緑に芽吹く欠片たち
たくさんの欠片とキミが居れば
きっと明日も強く歩いていけるよ 」
半獣化して漸くプロとして聞けるレベルの歌声であったが、アイリーンはリズムにスウィングしながら、持ち前の元気さを込めて唄い上げた。
●Entry 3
「三番のクレイグです」
黒のパンツスーツに身を包んでグレーのタイを締め、背に蝙蝠の翼を畳んだラムが挨拶をする。
「新しい始まりの予感と、運命は自分達で切り開いていくというイメージで、『扉』を作りました」
そうして、録音された音楽が流れ出す。
その出だしは、奇しくもアイリーンと同じくオルゴールの素朴な音。
だがゆったりと弾ける音の雫は、電子ドラムとエレキギターの勢いに切り替わり。
セットしたキーボードを弾きながら、ラムは彼女の世界の扉を開く。
「 広がるfantasy
いつもとは違う不思議が始まる
零れ落ちるmelody
僕の上に降り注ぐよ
Is this a destiny?
No! it differs
扉の向こうに待つ不思議の世界
開くのは君と僕 この手で
Let’s start on journey to the distance
飛び立つwonderland
見知らぬ出来事が待ち構えてる
君が語るstory
僕の心に重なっていく
preparation complete?
扉を開けてゆこう
危険と隣り合わせの自由
翼広げて
Let’s dash out to the world 」
勢いのあるテンポのいい演奏が引く中、再びスローなオルゴールの音がカットインする。
それも余韻を残しながら、静かにフェードアウトしていった。
●Entry 4
「『aeien』です。今回は、私と羽月さんで、一曲ずつ演奏させていただきます」
半獣化した二人−−バンドでアコーディオンを身体に固定したリラと、ストラップでカットギターを提げた羽月が一礼する。
「最初の曲は『Teller』。伝承には、ある種恒久的な人の思いや営みが現れていて、『幻想寓話』でもそんな事を感じました。それを意識しつつ幻想的な雰囲気を出せればと、思っています」
「タイトルはないが、二曲目は『フロイライン』をイメージした。森の乙女、そして今と昔。昔語りを読み聞く時の気持ち。本の扉への導き手もドラマの導き手も、語り手が居る者‥‥懐かしき扉を開くのが『幻想寓話』ではないかと考えてみた」
リラに続いて、羽月が彼の作詞した曲のポイントを述べる。今回はリラの詩を羽月が、羽月の詩をリラが唄うという趣向だ。
明るく素朴な二重奏で始まる曲に、先ずは羽月が唄う。
「 明時待つ 風の中
闇に遊びし 誰の聲
常世の木の実を 山と持ち
昔語りを紐解けば 」
サビには囁くような小さな声で、リラがコーラスを重ねる。
「 二夜を繋ぎし 夢の梯
(Waters calmed down.)
二人繋ぎし 現の梯
(Winds were lulled )
詩人の聲に 耳傾けて
(shaded off ripples laughter and leaves were whispered )
遠き隣人の唄を聞かん
(though mother’s lullaby didn’t be over.)」
一曲を終えると、続いて二人は楽器を肩から下ろし、次曲の準備をする。
リレーのバトンのように羽月からヘッドセットマイクを受け取ったリラは、アップライトピアノを奏で。
一方の羽月は前奏にフルートで奏でた後、卓上のマンドリンハープを弾き−−と、忙しく二役をこなし。
「 それは遠い国の御伽噺
詩人が語る、夢物語
密やかな森の奥 棲みし乙女も 狩人も
全ての者が共に息づいた、時代の話
導く先の狭間
夢と現を繰り返し、今も率いる夢の中
遠き日々の夢物語、還らぬ日々が、今、蘇る 」
リラの澄んだ歌声を、羽月が二種類の音で彩り、二人は二曲の演奏を終えた。
●Entry 5
「月.だ。今日はニライ・カナイと組んで、やる事となる」
「私の歌が役に立てれば嬉しいが。宜しく頼む」
簡単な月の挨拶に、彼のプロダクションに所属するニライがやはり短い言葉を加えた。
「俺の曲は、『LOERELEI』と『Silky』。イメージは、言わずもがなだろう。どちらも、インストルメンタルだ」
「私は『For you』を。『幻想寓話』が皆の心の物語となるよう祈りを込めて、唄おう」
二人の準備が終われば、用意した音源が流れ始める。
まず、幕開けを告げるようにグロッケンの高く澄んだ音が一つ、響いた。
最初の一音の余韻が消えた頃、また別の音がぽつんぽつんと、二つ叩かれる。
雨垂れの様な金属音が消える寸前、月は手にしたリュートを奏で始める。
流れるような調べは、高く低く緩急をつけて、間断なく。
滔滔と流れるラインの大河をイメージした穏やかな弦の音へ、何かを知らせるかの如くグロッケンのメロディが加わる。
抑揚をつけた音の流れは、うねる様に盛り上がっていき。
かつてローレライ役を演じたニライが、高音のスキャットで唄い上げた。
演奏を終えた月は、リュートを置いてチェロを準備した席に移る。
マリンバの刻む拍子に合わせ、大型弦楽器が描くのは明るい曲調でアップテンポなワルツ。
牧歌的で陽気な調べに、ニライは転がる様なマリンバで、不機嫌に暴れるシルキーを演じた。
そして、三曲目。
ツリーチャイムがシャラシャラと鳴り、月がアップライトピアノで優しげなワルツを弾く。
「Don’t forget the dreams of your childhood,forever‥‥」
願う様に指を組んで呟き、透明感のある歌声でニライは世界を緩やかに唄う。
「 そっと耳をすませましょう 世界が奏でる音に
それは優しい物語 あなたの幸せを祈るメッセージ
そっと瞳を開きましょう 心の扉探すように
向こう側に見えるものは 希望色の光
どこまでも繋がる世界
Over the border 境などないの
幻想の国はあなたのすぐ傍
Chase after rainbows 諦めないで
無駄なことなど ひとつもないから
世界にちりばめられた 虹色の夢の欠片
ひとつひとつ広い集め 大切なあなたへ 」
ピアノとツリーチャイムというシンプルな構成に、自身のバックコーラスを背景にして、彼女は誘いの歌を鮮やかに歌い上げた。
●Entry 6
「最後になるわね。六番、マリーカ・フォルケンよ」
緩やかにウェーブする金髪を揺らして、マリーカは微笑んだ。これまでの参加者と同じく、彼女もまた半獣化でオーディションに臨む。
「わたくしは、日本の人に馴染みのある英語よりも、グリム童話などに代表される森深い童話の世界をイメージさせる、母国語であるドイツ語で唱ってみたいと思いました」
オケを使わない彼女は自身のタイミングで呼吸を整え、キーボードへ細い指を落とす。
柔らかい電子音に、スキャットを重ね。
マリーカが母国の言葉で唄う歌は、御伽話そのものだった。
「 深き水底で、乙女は嵐の夜に出会い、助けた王子を想う。
それが叶わぬ恋と知りながら。恋に焦がれし、乙女は宝を捨てて、かの者の元へと。
されど、恋は叶わじ。恋する心を残し、乙女は泡と消え去らん 」
一つの物語を語り終えればスキャットを挟み、また次の物語へと。
弾き語る吟遊詩人の如く、マリーカは物語を紡ぎ。
最後は静かに、キーボードの音色で締め括った。
●審査結果
全員が再び揃った待合の部屋に審査員達が現れたのは、暫く時が経ってからだった。
「皆甲乙付けがたく、なかなかに難しい審査であったが‥‥」
代表者である監督レオン・ローズが、そこで大仰に一つ咳払いをして。
「選考の結果、イメージソングはアイリーン君の『Fantasy allegory』で、決定となった」
「‥‥え、私っ!?」
思いがけない指名に、本人が素っ頓狂な声を上げた。頷くレオンは、選考の理由を説明する。
「まず着眼点。つまり『幻想寓話』のイメージを捕捉しつつ、過去の題材をモチーフに用いなかった事だ。『これから先の幻想寓話』でも、使っていく事となるだろうからな。それから、曲の構成もしっかりしていた。声量不足は否めんが、そこはカバーするとの事だ」
「無論、バックコーラスとの兼ね合いは気になるだろうけど、君の自然体でいいからね」
緊張気味のアイリーンに、音楽プロデューサーの川沢一二三がフォローをする。
「えーっと、二次曲として『eternal story』も採用になった」
「本当ですか‥‥!」
脚本家フィルゲン・バッハの言葉に、さえはアイリーンと手を取り合って喜ぶ。
「これは『Fantasy allegory』と対比する形で。マリーカのアイデアも、捨て難かったんだけどね」
「『aeien』の二人はプロモの『桜貝』に及ばずであったのが、残念だった」
賑やかな場が落ち着くのを待って、川沢が参加者達を見回した。
「では、明日よりレコーディングに取り掛かろうか。仕事はこれからだからね」
「残念だったな」
帰り際。ニライの言葉に、月は「ああ」と答える。
「だが、何よりも幸福だったよ。どうやら俺は、未だローレライに惑わされたままのようだ」
首を傾げる彼女に笑みを向けて、月は大きな楽器ケースを担いだ。