世界祝祭奇祭探訪録 7ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/28〜05/01

●本文

●魔女と春呼び祭
 ドイツを代表する詩人であり、劇作家や小説家など様々な顔を持つゲーテの代表作、戯曲『ファウスト』。
『ヴァルプルギスの夜』は悪魔や魔女、邪精達の饗宴としてその第一部に登場し、その名を広く知られる事となった、ドイツのハルツ地方の季節祭である。
 由来には諸説あり、『大昔にゲルマンの神々がハルツ山地の最高峰ブロッケン山へと雪を分けて登り、山頂に集まって冬の魔を追い払う神聖な儀式を行った』説や、『産婦を魔女から守る聖人ヴァルプルガの祝日のひとつが5月1日であり、それを起源とする』説などがある。が、祭の始まりと同じくはっきりしておらず、宗教による見解の違いによって、様々な伝説が入り混じったのだろうと推測されている。
 かつての祭は盛大な焚き火を熾し、魔女を模した人形を棒に縛って火あぶりにしたり、人々が手にした自作の魔女の人形を火にくべる事が慣例であった。しかし、その風潮も近年になって廃れ、『雪だるま』と称する人形を燃やす形に変わったり、焚き火を囲む事自体も少なくなっている。
 現在、ハルツ地方の40以上ある市町村で開催されている『ヴァルプルギスの夜』は、魔女や悪魔に扮した仮装パレードがメインとなり、30日の夜から1日の朝まで夜通し飲んで騒ぐという。

●『ヴァルプルギスの夜』
「ま。形が変わっただけで、乱痴気騒ぎの祭に変わりないと思うんですけどね。個人的には」
 そんな冗談なのか皮肉なのか判らない事を言いながら、お馴染みのスタッフは手際よく取材希望者達へ番組資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で六つの祭を紹介し、今回の『ヴァルプルギスの夜』が第七回となる。
「今回の滞在先は、ドイツのハルツ地方ヴェルニゲローデです。滞在期間は4月28日から5月1日までの4日」
 いつもと変わらぬ口調で、担当者は資料を順番に捲っていく。
「滞在先のボレル家は、自宅で小さなカフェを開かれている一家です。家族構成は両親と18歳になる息子クルト君、14歳の娘レアさんという構成の、人間の四人家族です。
 元々、この町からブロッケン山へ登るのは人気コースですし、この時期はあちこちから観光客も来るそうなので、それなりに混雑するとか。あと、祭のイベント自体は町中に留まるとかで、夜中に山へ登ったりはしないそうです。危ないですしね」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「では、どうぞ良い旅を」

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0357 ロイス・アルセーヌ(26歳・♂・一角獣)
 fa0800 深城 和哉(30歳・♂・蛇)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2627 ラルス(20歳・♂・蝙蝠)
 fa3572 春乃(22歳・♀・鴉)

●リプレイ本文

●色彩の町
 ベルリンより、乗換えを挟みながら列車に揺られて約3時間。
 赤茶色の屋根のヴェルニゲローデ駅を出れば、駅前広場には青空が広がっていた。
「いいお天気です」
 手を翳して、御堂 葵(fa2141)が空を見上げる。午後の気温は14度を越えた辺りだが、日差しのおかげで暖かく感じられた。
「予報だと、30日まで快晴が続くとか。まるで、示し合せたようですね」
 言いながら、ラルス(fa2627)は駅前ロータリーを見回す。駅は町の外れに位置する為、徒歩でなら中心地まで約10分程歩かなければならない。現在位置と方向を把握していると、比較的近い距離から汽車の警笛が聞こえた。
「お。あれが、ハルツ狭軌鉄道駅か」
 音がした方向、オレンジに近い茶色の屋根の駅舎を小塚透也(fa1797)が示す。
「ブロッケン山山頂まで、蒸気機関車が走っているそうだ。もっとも、乗るのは老人と子供が主らしいが」
 事前に調べてきたらしいCardinal(fa2010)の説明に、ロイス・アルセーヌ(fa0357)が首を傾げた。
「どうして、お年寄りと子供なんでしょう」
「普通は、ブロッケン山まで歩くそうよ。汽車で片道2〜3時間だって話だから、いいハイキング・コースなんでしょう」
 こちらも下調べ済のエルヴィア(fa0095)が、彼の疑問に答える。
「ブロッケン山‥‥」
 ぼそりと呟いて考え込む春乃(fa3572)に、「聞いた覚えはないか?」と深城 和哉(fa0800)。
「ブロッケンの妖怪‥‥ブロッケン現象で有名な場所だ。一年のうち平均260日は霧が出て、うち100日は1日中霧に覆われるそうだ」
 山の名を冠された現象は、光を背にして立つ人の影が霧の壁に映るもので、それが「影の巨人」だとして気味悪がられた逸話もある。旧東西ドイツに跨る山はレーダー施設などがある為に一般人は踏み込めなかったが、東西ドイツ統一後は自由な立ち入りが許されていた。
「是非、登ってみたいものだ」
「そうね。できれば、30日の夜に」
 Cardinalに続いて、エルヴィアも興味深げに駅を眺めている。
「その前にボレルさんのお宅へ、ですね」
「だな。まず、ブライテ通りへ出て‥‥と」
 慣れた様子で葵と透也が地図と案内板を確認し、一行は石畳の歩道を歩き始めた。

 石畳の道を進むと、町の中心部へ近付くに従って木組みの家々が増えてくる。
 やがて辿り着いた店の入り口には、チェック柄の服に三角帽子をかぶった人形がほうきを手に立っていた。子供程の大きさの人形は、鷲鼻で歯も抜けた皺くちゃの老婆の顔をしている。
 どこの店先にも置かれている、魔女人形だ。
「お、来たな。さぁ、遠慮なく入った」
 店内にいた壮年の男が一行を見つけると、喜色を顕わにして手招きをした。

 20時にカフェを閉店した後、ボレル家の夕食は賑やかなものとなった。
 ボレル氏は飲める者にはビールやワインを勧め、夫人は趣向を凝らした料理をテーブルに並べていく。
「‥‥これは、何でしょう」
 皿にゴロンと盛られた物体を、不思議そうにロイスがつつく。透也がその物体にナイフとフォークを差し込み、柔らかい肉を器用に切り取った。
「えーっと、アイスバインだっけ?」
「良くご存知ね。豚の足を何時間も煮込んだものなの」
 愛想の良い夫人の説明に、作曲家は再び皿に視線を落とす。
「‥‥足、ですか」
「沖縄にも、豚足料理ってありますね」
 懐かしく日本の空気を思い出しながら、葵はホワイトソースがけの肉団子ケーニヒスベルガー・クロプセを口に運んだ。
「ホワイトアスパラもどうぞ。丁度、旬に入って美味しいわよ」
 日本で見るより太くて柔らかい白アスパラのバター添えを、夫人はテーブルに加える。
「アイスバインとかの作り方、後で教えてもらえないか?」
 透也のリクエストに、夫人は笑顔でOKした。

●人と魔女
 カフェのテーブルと椅子、パラソルを路上へ用意して10時の開店を迎えると、すぐに遅い朝食や列車待ちの客が入ってくる。
「本格的に混んでくる前に、広場とか見に行ってみる?」
「いいんですか?」
 申し訳なさげに尋ねるロイスに「ええ」と笑い、夫人は案内役に子供達を呼んだ。

 落ち着いて歩くヴェルニゲローデは、玩具の町を思わせた。
 白い壁と赤茶の屋根を基本として、赤や黄色の家に青い屋根が並ぶ。鮮やかな色彩の中を、オレンジの幌の観光馬車や黄色いミニ観光列車が走っていた。
「あれは、山の上の城まで走ってるんだよ」
 少女が指差す先には、建物の間から遠く石造りの城が見える。
「領主の伯爵が建てたんだって」
「1120年あたりに建立され、その後の三十年戦争で荒廃し、何度も改装された末に19世紀になってヴェルニゲローデ侯爵が現在の形にしました」
 はしゃぐ妹に対してしっかりした兄のクルトが、歴史的建造物の説明をする。
 兄妹の案内でエルヴィアとロイス、葵、ラルスの四人は小さな町を歩いていた。
「今は博物館として一般公開もされていますので、中も見れますが」
「いえ。あまり遅くなると、残った人達に怒られますからね」
 ラルスが首を横に振ると、少年は頷いて案内を再開する。
 間もなく六人は、祭の準備が進められているマルクト広場へと出た。そう広くない広場のあちこちに、屋台用のテントが置かれている。
「あの尖った屋根の建物が市庁舎で、この町のシンボルです」
 案内役が示したのは、木造りでオレンジの壁の建物。正面入り口を固める二本のエルカー塔の屋根は槍の如く天へと伸び、真ん中に時計付の屋根がどっしりと建っている。
 近付けば外壁にはキリスト教の聖人を始め、演技中の大道芸人や手品師の木彫りの像が並んでいた。
「可愛らしい建物ですね」
「でしょ。クリスマス市のマグの図柄も市庁舎で‥‥あ、クリスマス市もこの広場でやるんだよ」
 葵の感想に、レアは無邪気に両手を広げて広場へ駆ける。デジカメを構えたロイスが、準備中の人々の姿にシャッターを切った。
「ヴァルプルギスのお祭も、ここでやるんですよね」
「うん。あと、ニコライ広場の魔女の像のトコとか」
「ちなみに町の人にとって、祭って‥‥どうなのかしら」
 エルヴィアに問われて、レアは首を傾げた。
「1日は祝日ですから、朝まで飲んで騒いで酔い潰れて。大人はそんな感じで‥‥後は、大事な観光収入かな。ゴスラーは数日かけて騒ぎますけど、それも最近の事ですし。
 魔女人形が土産物になったのも、近年だって‥‥昔の魔女が見たら、どう思うでしょう」
 クルトが眺める先には、土産物屋の店頭に吊るされた魔女人形が並んでいる。
「そうね‥‥少なくとも」
 静かに口を開くエルヴィアは、自分へと視線を移した相手を見やり、ウィンクを一つ。
「燃やされない時代になって良かったって、思ってるんじゃないかしら」
 おどけた風の彼女の言葉に、少年は破顔した。
「ねぇ。ところで、エルヴィアさんも葵さんも、あとロイスさんなんて男の人なのに髪がすっごく綺麗なんだけど。やっぱり芸能人の人って高くて特別なシャンプーとかリンスとか、使ってるの?」
 茶色くウェーブした髪に指を絡ませながら、熱心にレアが聞いてくる。
 年頃の女の子の疑問に四人は顔を見合わせ、笑った。

 昼も過ぎれば町には観光客が増え、カフェも忙しくなる。
 町の散策から戻ってきたメンバーを加え、来訪者達は宿の礼にと忙しく働いた。

●ヴァルプルギスの夜
 祭本番の30日。
 マルクト広場には飲食の屋台が立ち、人で溢れていた。
 メインイベントは夜だが、昼の間には魔女や悪魔に扮した子供達の『仮装行列』が行われる。
 広場に面したホテルからは、観光客達が顔を覗かせていた。
「ブロッケン山へ行ってくる」
 予定を告げるCardinalに、一様に驚いたメンバーだったが。
「ああ。レッドはそういうのに、アレだもんな」
 短くない付き合いの透也は、そう納得し。
「ちょうど良かった。私も行こうと思っていたの‥‥魔除けのハーブを持ってね」
 連れが出来て、魔女に仮装したエルヴィアは安堵の様子をみせる。
「そうだ‥‥『げーじつかんけい』、意思さえあれば割と何とかなるものだぞ?」
 ひと月ほど前にドラマに出たCardinalが、透也へ激励らしき言葉をかけた。
 SL駅へ向かう二人を見送る中、何故か眉根を寄せて考え込む春乃。
「魔除けのハーブ‥‥探したらあるだろうか」
「ハーブがいるんですか?」
 ラルスが聞けば、こくりと黒髪を揺らして春乃は頷く。
「魔除けのハーブがないと、魔女や悪魔の饗宴に捕まって来年まで自由の身になれないって、エルヴィアが言っていた」
「ああ。それなら、大丈夫ですよ」
「‥‥?」
「悪魔なんて、あちこちにいますからね」
 疑問の表情で見上げる彼女に、ラルスは目を細めてにっこりと笑った。

「それで、Cardinalさんはやっぱり祭を見に?」
 仮装した観光客で混雑する車両で、並んで座った相手にエルヴィアが話を振った。
「俺は、ちょっとした『挨拶』だ」
「そう。お知り合いでも?」
「いいや‥‥だが何処の地でも、然るべき場所に精霊は居ようからな」
「アニミズムね‥‥ええと、要するに自然界に存在する精霊への信仰ってところ」
 聞き慣れぬ言葉に怪訝な表情をする男へ、彼女は簡単に意味を述べる。
「こちらでは、そんな風に言うのか」
 どこか感心した風にCardinal。
「だがここで正装して精霊の踊りを踊ったら、故郷の長老から怒られそうだな。波長は合うような気がするのだが‥‥」
「‥‥踊るの?」
 エルヴィアは、2m近い身長で筋骨逞しい目の前の相手から想像しようとし‥‥断念した。
「‥‥そんな、可笑しいものではないんだが」
「ごめんなさい。でも、ちょっと見てみたいわね。私は」
 傷付いたような顔のCardinalにエルヴィアは謝り、正直な意見を告げる。
 そんな会話を乗せながら、汽車は煙を吐いて木々の間や村を抜けて走っていく。

 小太鼓やギターにフィドル、コンサーティナ。
 賑やかに奏でられる音を追って、仮装した人々が夜の街を歩く。
「最初はどうかと思ったんですけど、混ざってしまえば地味ですね」
 参加者達を見やって、ロイスが笑う。額の一本角も、白い毛の耳も、毛足の長い馬の尻尾も、全て彼の『自前』だ。
 周りはといえば、つば広の三角帽子と原色のウィッグをつけ、鷲鼻をつけた魔女達に、赤や緑の塗料一色で顔をペイントした悪魔達。それらが混ざった群集のカラーリングには、凄まじいものがある。赤く塗った、作り物の竜の翼を背負っている者もいた。
「これなら羽根を出し‥‥付けても、問題なかったかもしれません」
 言い直したラルスは、蝙蝠襟の付いた黒いコートを纏い、赤く短い角を頭に付ける。
「まぁ、大げさに目立たない方がいいだろう」
 そう言う和哉は、白いカツラを被ってフード付きの黒い外套を着ていた。メフィストフェレスの老紳士仮装−−という趣向だが、この人ごみの中ではいたって普通の装束に見える。
「誰か‥‥グレートヒエン役で女装をしてくれれば、面白かったのだが」
「何故、俺を見ながら言う」
 含みのある和哉の一言に、透也は悪寒を覚えた。
 そんな四人の後に、三角帽子にローブ姿でギターを抱える春乃が続く。帽子に差した鴉の黒羽根が、ゆらゆらとそよいだ。

「あんたは行かなくて、よかったのかい」
 ボレル氏に声をかけられ、魔女のローブを着た葵はテーブルを拭く手を止めた。
「はい。折角ですから‥‥それに、ここから見ているのも楽しいですし」
 テーブルの一角では、三叉鉾やホウキを壁に立てかけて、既に数人の悪魔と魔女がワインで祝杯を挙げている。店の外に目をやれば、子供達が声をあげながら走っていった。
「そうかい。ま、夜が更ければ飲み過ぎてタガの外れる連中もいるから、そこいら辺は気をつけてな」
 主の気遣いに、合気道を嗜む葵はにっこりと微笑んで会釈をした。

「さぁさぁ、飲んだ!」
 カレー粉とケチャップをたっぷりかけたカレーソーセージや、ビールのジョッキが見知らぬ人達の手を介してドンドン回ってくる。
 テントの下では魔女が『大釜』のスープをかき混ぜ、ドイツ国歌や民謡、流行歌と節操なく陽気な音楽や歌が聞こえていた。
 夜が更けても、人々は騒々しく嬌声をあげながら踊って唄って飲み。
 それは東の空が白むまで、延々と続いた。
「春乃さんを先に帰して、よかったですね‥‥」
 半獣化したままのロイスが、酔い潰れたラルスを背負い。
「くっそ〜‥‥8月に成人したら、絶対飲んで潰れる方に回ってやる」
 謎な決意を表明しながら、足取りも危なっかしい和哉に透也が肩を貸す。
「よ。にーちゃん達、帰るのかい」
 路上で寝っ転がっている男達の間で、まだジョッキを傾けている連中に手を振って。
 よたよたと四人は、春の日差しの中を帰路に着いた。

●一夜明ければ
「‥‥水、置いとく」
 頭を抑えて唸る二人のベットサイドにコップを置くと、春乃は客間を出る。
「様子、どうでした?」
 尋ねる葵に、春乃はふるりと首を振った。
「二日酔いみたいだ」
「そりゃあ、あれだけ飲めばな‥‥ロイスも飲んでたが、大丈夫か?」
「私は、薬物抵抗がありますから」
 問う透也に、始終半獣化していた男はにっこり笑う。
「あ、お帰りなさい!」
 元気な少女の声が階下で響いた。どうやら、ブロッケン山からCardinalとエルヴィアが戻ってきたのだろう。
 無事の帰還に安心した様子のロイスが、閉じたドアを見やる。
「となると、問題は帰る時間までに二人が立ち直るかどうかですね」
「私は何日か滞在したいな‥‥この町は居心地がいい」
「バイトさせてもらって、か?」
「‥‥皿洗いじゃ、駄目だろうか」
 そんな会話の合間を縫って、夫人が昼食の出来上がりを告げた。