世界へ届ける愛の歌ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや易
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報酬 |
0.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/08〜11/14
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●本文
●世界へ、愛と平和のメッセージを!
エイビー・ロード・スタジオ。
それは、かつて世界を席巻したポップスバンドが愛用したという、録音スタジオ。スタジオ前の道路、エイビー・ロードを撮影したアルバムジャケットが有名になり、当時別の名前だったスタジオもエイビー・ロード・スタジオとわざわざ改名した−−という逸話を持つ。
「今回の企画アルバムに、ぴったりのスタジオですね」
音楽プロデューサー川沢一二三は、レコード会社の担当者に頷いた。
「しかし、いいんですか。ビッグレーベルを手がけた事のない音楽プロデューサーに、顔の売れていないミュージシャン達。アイベックスとしては、ヒットは期待できませんよ」
「うちの部署はいいんです。ヒットメークは、偉い上の人達に任せるとして‥‥ただ、このアルバムを機に将来ビッグアーティストが現れたりすると、僕も嬉しいですが」
はははと笑って、担当者は熱い珈琲を啜った。
「世界平和を訴えたアーティストが好んで使用したスタジオで、クリスマス向けのチャリティアルバムをレコーディング‥‥か」
呟いて、川沢も熱くて濃いブラックコーヒーを口に運ぶ。
仕事相手達にはすこぶる不評なのだが、仕事の時にはこれが一番だった。
軽く啜っただけでカップを置いた担当者は、その間にも話を進める。
「ミュージシャンはこちらで集めます。あと記録用のスタッフを入れますが、いいですか」
「記録用?」と、怪訝そうに川沢は片眉を上げた。
「いい絵が撮れれば、CDに特典映像として入れようかと」
「なら、オールキャストのチャリティソングが一曲は必要だね」
ソレにそれぞれの一曲と特典映像を入れるとなると、CD容量はギリギリだな‥‥と、川沢は思案を巡らせた。
●リプレイ本文
●Prelude
乗用車や二階建てバスが行き交う、信号のない−−伝説的な−−横断歩道。その手前のベンチで、音楽プロデューサー川沢は一行を迎えた。
「や、待っていましたよ」
「お世話になります」
シド・リンドブルム(fa0186)が勢いよく頭を下げた。その後を「よろしく」等と口々に挨拶が続く。
白線を踏んで横断歩道を渡れば、鉄柵に囲まれた白い建物がある。車両兼用の出入口から、ガレージを横切れば、そこで三人が思わず足を止めた。入口の木製扉の上には、横断歩道のイラストとスタジオ名のロゴ。
「‥‥本当に『エイビー・ロード・スタジオ』にきたんだね」
宗像 悠(fa0132)の呟きに、七式 クロノ(fa1590)が短く「ああ」と答えた。ギター用ハードケースを持つ彼の手は、強く握った。いつも仲間達と三人で歌っていたが、今回はソロでの仕事。一人である重圧と夢に見たスタジオへの高揚感が高まる。
「年齢差、出るね」
面白そうな川沢の言葉に、足を止めた上村 望(fa0474)が気付いた。実年齢が20歳以下のメンバーは、五人とも既に八段の階段を上がっている。
「少し寂しいです」
笑って後に続く望も、実は20歳なのだが。
簡単に中を案内された一行は、最後に「仕事場」へ着いた。
調整室の大きなガラス窓から正方形のスタジオが見える。隣の扉を開ければ、フロアと調整室を繋ぐ階段。
「ここが僕らの仕事する第2スタジオ。で、記録用のスタッフは‥‥」
「はい、一です」
見回す川沢へ、小柄な一二三四(fa0085)が手を上げる。
「撮影は2スタか建物の外でお願いします。リハ中は動き回ってもいいけど、本番は固定してもらえますか」
「わかりました」
「後は、皆さん羽根とか出したままウッカリ窓に近付かない様。外から観光客が見てますので」
●Track 1
セッティングを再確認して、Tosiki(fa2105)は大きく深呼吸した。
彼の曲はシンセサイザーによるインストルメンタル。短いが、CDの第一印象を決めるものだ。
おもむろに、白い鍵盤の一つに指を落とす。
最初の音を追って、次々と音が生まれては消えていく。
それは儚く降る雪のようでもあった。
続いて、主旋律が現れる。どこか哀しげな印象を漂わせつつ旋律は広がり、やがて転調する。
音に敏感な蝙蝠ならではの、計算された繊細な一曲。
最後に次の曲へ繋がる余韻を残して、Tosikiはそっとキーを放した。
二階の調整室に目をやれば、川沢がOKのサインを出す。
でも、これで終了ではない。彼には大役が控えていた。
●Track 2
軽快な音楽がヘッドフォンから流れてくる。
(「有名でもない俺達が、世界平和を訴えるのってなかなか難しそうだけど‥‥」)
それでもシドは瞳を閉じ、抜群の音域を生かしてクリスマスのイメージを紡ぎ出し、想いを込める。
「カミサマを信じてるヒトも そうでないヒトも
一緒に祝おう 聖なる夜を
雰囲気に呑まれてみるのも 悪くないって
便乗しなくちゃ 勿体無いから」
タイトルは『Share the Happy』。
幸せを分かち合おう、と。聞いてくれる人に少しでも届くようにと。
そして、聞いてくれる人が幸せになるようにと願って、シドは歌い上げた。
●Track 3
「トップスターを目指すには、CDデビューからだよね!」
「ベス。それ、歌の台詞?」
調整室から川沢に突っ込まれて、ベス(fa0877)は慌てて首を横に振った。
やがて聞こえるアップテンポでポップなメロディに合わせて、彼女は軽やかに唄う。
「私に Merry Xmas♪
あなたに Merry Xmas?
みんなに Merry Xmas!
全てが Happyに なれるといいなっ」
聞いた人が元気なればいいなと唄えば、ベスの想いと一緒に身体も弾む。
「はい。踊らなくていいから、もう一回いってみよー」
「ぴぇぇ〜っ」
●Interlude 1
「さて、君達二人には断っておく事があります」
熱くて濃いブラックコーヒーを前に、川沢は一つ咳払いをした。対極な二人−−ベスとクロノは、緊張した面持ちで言葉を待つ。
「企画モノとはいえ、このCDはアイベックスから出ます。アイベックスといえば‥‥判るよね」
「ぴ?」
「本来の路線から離れろって事だな」
ベスは小首を傾げるが、クロノは意図を解した。業界にも縄張りがある。アイベックスからロックやアイドル音楽そのものは出せない‥‥と、川沢は言いたいのだ。
「承知している。折り合いをつけるのも、仕事のうちだ」
「よかった。折角ですし、カットはしたくなくてね」
ほっとして珈琲を啜ると、川沢は「ありがとう」と礼を述べた。
●Track 4
細い指がピアノの上を滑る。冬月透子(fa1830)が奏でるのは、夢を追って先に行った人へメッセージ。
それは取り残された切なさではなく、追いかけていく希望と勇気の歌。
「翼がないからどこへも行けない
ずっとそう思っていた
違うと気づかせてくれたのは君だよ
翼がなくてもどこへでも行ける
海も空も越えて世界中どこへでも
そしていつか君の元へたどり着くよ」
明るい曲調は次第にテンポを落としていき、最後に澄んだ音が、残った。
●Track 5
次の音のバトンを受け継いだのは、望。スローテンポのラブソングは、クリスマスの待合せに遅れた男が、寒空の下で待っていた恋人に手を引かれてパーティーへ向かう、ある意味で透子と対照的な情景。
「僕の手を引く 君の手が冷たくて
僕が君を呼び止め 君が僕に振り返る
どうか その手を暖めさせて
待たせたお詫びだよと 両手を取った
君はどこか 恥ずかしそうに
俯いて僕に 馬鹿と言った
馬鹿でもでもいいさ 君のためなら
そう言ったら 君は顔を上げて
微笑んでまた 馬鹿と言った」
(「伝説のスタジオで、愛と平和を歌う。この素晴らしい機会を、神様に感謝しないといけませんね」)
胸の奥に灯る暖かい感情が、歌声にも表れる。
最後にバイオリンのフレーズが、恋人達を見送った。
●Track 6
ビィンと、ギターの電子音が響く。
ピックを使わずアルペジオから始まるミディアムテンポのバラードは、仲間から託された曲だ。クロノは静かに唄う‥‥背中越しに恋人へ語りかけるように。そして序盤から中盤に抑えた情熱を、サビの盛り上がりへ持っていく。
「あの日の手も温もりを 今夜もう一度確かめ合おう
この胸にときめきくれた君へ
言葉じゃ伝わらない想いは かさねた唇で伝えて
雪降る聖夜を 君と朝まで」
身動き一つせずじっとラブソングに耳を傾けていた川沢は、何度かのリテイクの後に笑顔でOKを出した。
緊張を解き、バックを演じた臨時バンドメンバーに礼を言い、彼は思う。
いつか、揃ってこの『聖地』に到達しよう。そして、今度は自分達の本当の歌を唄うのだ−−。
●Track 7
静かなスタジオに流れるのは、爪弾くスチール弦が零す音と、悠の掠れた声と、打ち込まれたデータを刻むリズムマシン。前曲のクロノが一度アップさせたリズムを、アコースティックポップのバラード『BRAND NEW DAY』がぐっとスローダウンさせる。
「ずっと 何もないと嘆いていたけれど
今は そうじゃないと言えるはず
隣に 誰かの吐息を感じながら
そっと 真新しい朝の光を指でなぞる
今はただ 静かにそうしながら
昨日までの 自分を抱きしめる」
ソロ曲のラストであるラブソングを、ゆっくりしっとりと悠の独特のハスキーボイスで見事に歌い上げた。
「流石、ですね‥‥」
調整室で悠の歌声を聞いていた透子が呟く。ギターを弾き始めた彼女にとって、クロノ、悠と続く見事な演奏を直に見る事は、とても刺激的だ。オールキャストソングを一緒に演る瞬間が、待ち遠しい。
●Interlude 2
「個々の歌詞ページは、獣化していない普段着風のショットで。あと、ジャケはみんなで半獣化とかクリスマス風のコスプレをして、集合写真風にしたいんですけど」
食事や休憩時間の合間を縫って、二三四はブックレットの企画を川沢に持ち込んでいた。初日に撮ったポラロイド写真をテーブルに広げて、彼は暫く考え込む。
「だ、ダメですか?」
「いや、一応預かっておきましょう。向こうの担当者とも相談しなきゃならないから、持ちかけてみるよ」
「ありがとうございます!」
立ち上がって深々と一礼すると、二三四は「リハの風景、撮ってきます」と元気よくスタジオに駆け戻る。
後には、手付かずの熱くて濃いブラックコーヒーが残された。
●Track 8
「ワン、ツー」
7人全員の顔を見て、悠は出だしの合図を出す。
「心に喜びがあれば 顔色を良くする。
心に憂いがあれば 気はふさぐ。
悟りのある者の心は 知識を求めるが、
愚かな者の口は 愚かさ食いあさる。
悩む者には 毎日が不吉の日であるが、
心に楽しみのある人には 毎日が宴会である」
全員で聖書の一節を見事なハーモニーで歌うと、Tosikiのキーボードがアップテンポな音楽で繋ぎ、一気に曲は軽快になる。
「おお 天にまします我らが神よ そちらから見た世界はどう?
あぁ きっと地上一杯の 素敵な恋が見えるはず」
悠とクロノのエレキギターが呼び合う。軽快に、透子のピアノが弾む。
ベスは両手のマラカスでリズムを刻み、何故か巻き込まれた二三四のフルートがさえずる。
−−折角、持ってきてるんだろ。上手い下手は気にしない。売り物にするのがコッチの仕事だし、そもそも音楽は「音を楽しむ」訳だから。
そう川沢に言われて、二三四はフロアへ放り込まれたのである。
スローダウンしたAメロからBメロは更にバラードっぽくなり、ベスとシドと望のコーラスが続く。
「傷ついて 傷つけて 手に入れたその先に
あなたの望む世界は あるの?」
Bメロが終わると、奏者達のアドリブに入る。
ワンパート毎に録音するのではなく、全て通し録りだ。
ミスればすぐNGに繋がる。だが、彼らは各々レコーディングの合間に練習に励んできた。それに、失敗してもまたやり直せばいい。
何度でも何度でも、一緒に歌い奏でる事が楽しい。何故なら皆で作り上げた曲なのだから。
歌詞を書き出したコピー紙を取り、川沢はそこに書かれた自分の名前をサインペンで消す。修正された一行目‥‥『Love song for the World 作詞作曲「世界へ届ける愛の歌」制作委員会(エイビーロード’s チルドレン)』の文字に、彼は満足そうに頷いた。
「おお 天にまします我らが神よ そちらから見た世界はどう?
あぁ きっと地上一杯の 素敵な恋が見えるはず
ここから貴方へ贈る Love song for the World!」
●Bonus track
その日、アイベックスのチャリティCD企画担当者に、一通のメールが届いた。
内容は企画を依頼した音楽プロデューサーから、「ジャケット写真に検討よろしく。撮影:一二三四」の一文と写真画像。
仮装用の白い羽根をつけたTosikiと透子とシドの三天使に、サンタ姿のベス、兎耳の悠と狼耳のクロノ、雀の翼の望が『エイビー・ロード・スタジオ』の前ではしゃいでいる。
クリスマスのコスプレパーティのようだと、担当者は思わずくすりと笑う。
そしてそれに合わせたデザインを依頼するべく、彼はメールを打ち始めた。