ヴェネチア海戦勃発!?ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
0.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/06〜05/08
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●本文
●La Voga Longa
『ヴォガ・ロンガ。
それは、イタリア語の「船を漕ぐ=VOGARE」と「長い=LONGA」が組み合わさった言葉。
その組み合わせの示す通り、約30kmを漕ぐボートレースである。
ゴンドラ漕ぎの資格が必要なレガッタと違い、16歳以上であれば老若男女を問わず参加自由。漕ぎ手や船の種類も特殊なものをおいては問わず、ゴンドラを数人で漕いだり、一人や二人漕ぎのカヌーで参戦するなど、その参加方法も様々である。
今年で第32回を数えるヴォガ・ロンガは、6月4日AM9:00にイタリアはヴェネチア、サン・マルコ広場をスタートする――』
「本来なら、参加料金13ユーロを払って参加するんだとよ」
「でも‥‥これだとレースの日付って、6月4日ですよね」
中年男のマネージャーから受け取った資料に、ハテと首を傾げるイルマタル・アールト。
「ああ。だから、二枚目」
ヴォガ・ロンガの説明が書かれた一枚目のコピー用紙をめくると、次の紙には『仕事内容』が書かれていた。
「芸能人ボートレース‥‥」
「まぁ、余興って奴だな。本物は一般人からの参加者が8000人近く集まるって話で、混雑するんだとさ。それで観光宣伝も含めて、ヴォガ・ロンガと同じ約30kmのコースを楽しんでもらおうって企画番組らしい。何せ、場所はイタリアだからな。このヘルシンキより、ずーっと暖かいぜ」
言ってこいと言わんばかりのマネージャーに、18歳の少女は緑の瞳を上目遣いにして打ち明ける。
「‥‥私、泳げません‥‥たぶん。手漕ぎの小舟くらいなら、漕げますが。あと、人が多いのもちょっと‥‥」
「泳げなくても、舟を漕げりゃあ十分十分。海に落ちなきゃ、大丈夫だって。人の数にしたって、ヴォガ・ロンガの本番じゃあねぇから大した事ねぇさ。海の波にも人波にも、存分に揉まれてこい」
けらけらと笑いながら、相手は彼女のプラチナブロンドをぐしゃぐしゃにした。
●リプレイ本文
●下見
−−水の都ヴェネチアのボートレース、ヴォガ・ロンガ。ヴェネチアに着いた一行は、早速大型ボートを借りてコースの下見へ繰り出しました−−。
穏やかな海に波を立てつつ、大型ボートがラグーナを走る。
サン・マルコ広場から陸に沿って南東へ進み、『ベニスに死す』の舞台リド島を眺めながら、サンテレナ島を回ってベネチアの東側に出る。そこから北上してレ・ヴィニョーレ島の西側を通り、サンテラズモ島を陸ぞいに北西へ。ヴェネチアンレースで有名なブラーノ島の外側を折り返した先が、中間地点の15〜16km。
今度は、ヴェネチアンガラスの島ムラーノへ向かってラグーナを南西へ突っ切り。ムラーノ島を二分する運河を横切って、墓地の島サン・ミケーレを左手に見つつ、ヴェネチアへと戻る。北西のカナレッジョ運河から街へ入り、カナル・グランデに合流。街を縦断するS字カーブを描きつつ、ゴールのサン・マルコ広場へ到達する。
それが、ヴォガ・ロンガのコースだった。
「楽しかったーっ。もっと乗っていたかったよね!」
遊覧の間、ずっと舳先に陣取って歓声を上げていたクク・ルドゥ(fa0259)が、危なっかしく船から桟橋へと飛び移った。彼女の声が若干ガラガラ気味なのは、はしゃぎ過ぎた為ではなく地声である。
「あのルートは、ヴァポレットも通る。その気になれば、好きなだけ見れるぞ」
のんびりと走る水上路線バスを示しながら、深城 和哉(fa0800)が桟橋に上がった。
「ええ。ゴンドラも、ボートほど早く漕げないでしょうし」
笑いながら御堂 葵(fa2141)が続き、ラルス(fa2627)は難なく船と桟橋を跨いだ。
「そもそも、漕げるんですか? あの船を操るのは、難しそうですが」
「だから、これから練習だよ」
それすらも楽しそうに、ククが拳を上げている。
番組撮影に際して、彼ら彼女らはヴォガ・ロンガ同様のレースではなく、観光宣伝も兼ねた周遊的な形を選択した。メンバー九人のうち八人が、大型ゴンドラでコースを辿るのだ。
「クク殿は、よっぽど楽しみにしていたのだな」
船と木の板の隙間を暫く睨み、その隙間が一番狭まった時を狙って、ニライ・カナイ(fa1565)は船を下りた−−平静な表情のままで。
「でも、女性の手にマメが出来るのは忍びないですから‥‥私達男性陣が頑張りませんと」
先に安定した足場へ下りた蓮城 郁(fa0910)が、恋人へ手を差し伸べた。彼の手を取り、エスコートされるように観月紗綾(fa1108)は桟橋に立つ。
「せっかくだから、少しでも頑張りたいけどね」
「ああ、頑張ってくれ。カヌーでゴンドラを引っ張るのは、さすがに無理だからな」
激励するCardinal(fa2010)は一番推進力がありそうだが、大型ゴンドラではなく一人漕ぎのカヌーで約30kmに挑む。と言っても、ゴンドラと距離を測りながらになるが。
「楽し過ぎて、お腹空いちゃった。折角だから、大きなピザを頼んで皆で分けようよ」
率先して、ククが桟橋を走っていく。談笑する八人に混ざり、イルマタル・アールトはおっかなびっくりで陽気な街を見回していた。
●発端と練習
−−皆さんがヴェネチア見物に夢中になっている間に、ヴォガ・ロンガの歴史を簡単に紹介しましょう。
ヴェネチアでは、ゴンドリエーレなどプロのボート漕ぎしか参加できないレース、レガッタが9月に行われます。
それに対し、一般の人でも参加できるのがヴォガ・ロンガ。中世に庶民の間で始まったと言われますが、いつの間にか廃れてしまいました。その後、伝統行事復活を掲げるヴェネチア市の運動により、1975年に第1回ヴォガ・ロンガとして再開しました。
他にもこの運動で復活したイベントがあり、あの有名なカーニバルもその一つです。
さて、ゴンドラ漕ぎの練習が始まったようですが、如何なる事やら−−。
滑り止め付きの軍手を嵌め、オール一本で船を漕ぐ。
しかし、普通より少し大きな八人乗りゴンドラは、なかなか上手く進まない。
「難しい‥‥わね。結構」
オールを持つ紗綾が、額に滲んだ汗を拭う。船の縁に肘をかけて、ラルスは肩を竦めた。
「素人がいきなり、ひょいひょいと漕げる訳ありませんよ」
「あの、手伝いますね」
腰が引けながらもよたよたとイルマタルが舳先へ移動し、思わず郁が声をかける。
「大丈夫ですか?」
「下、見なければ、大丈夫ですっ。たぶん」
高い所に登る時、下を見ると怖いというのと同じ‥‥なのだろうか。
「ようやく、か」
二人がかりで漕ぐ船にニライが呟くが、ゆるゆると動く風景に和哉は少々不安を覚えた。
「‥‥一日で、回ってこれるだろうか」
「一度スピードに乗れば、漕ぎ出しより楽だと思います」
「でも、イルマさん‥‥」
「はいっ」
「それ、ボートの漕ぎ方じゃないですか?」
にっこり笑ったラルスに指摘され、オールを突き立てる様に水を掻くイルマの手が止まる。
「すいません‥‥つい、癖で」
「ドンマイですよ、イルマさん」
目に見えて凹んでいく彼女を、励ます葵。そんなやり取りに笑いながら、郁は紗綾を見上げる。
「それにしても‥‥絵葉書などで見た光景をこうして実際に目にすると、どこか心が弾んできますね」
「百聞は一見にしかず、だね。空気も違うし、迫力があって‥‥本当に『水の都』って感じ」
「うん。ゴンドラ・ウェディングとかもあるみたいだよ。いいよね〜っ」
うっとりと指を組むククに、紗綾は郁と互いに視線を交わして、顔を赤らめた。
「どうだ。そっちの調子は」
軽くカヌーを慣らしてきたCardinalが、ゆっくりとオールを動かしながら声をかける。
「‥‥なるようになるだろう」
「つまり、微妙という事か」
ニライが返した玉虫色の答えに、彼は苦笑した。紗綾と代わっって、真剣な表情の葵がオールを握る。
「あまりCardinalさんがバックせずにすむよう、頑張りますので」
「ああ‥‥期待してる」
短い返答をして、Cardinalは『慣らし』の二順目に取りかかった。
ボート漕ぎの練習が終われば、それで一日が終わる訳ではなく。
女性陣はひっそりと、ある意味で『命懸けの闘い』に望んでいたのだが、それはまた、カメラの外の話。
●競技開始
−−いよいよ、待ちに待ったヴォガ・ロンガ挑戦の当日がやってきました。
朝のサン・マルコ広場からは、観光客の人達も見守っています。果たして、皆さんが無事に帰ってこれるでしょうか。
いよいよ、9時になりました。さぁ、スタートです!−−。
競技当日さながらに、空砲が鳴り響く。
河岸の観光客達の歓声が聞こえる中、まずCardinalのカヌーが音も立てずに滑り出した。
続いて、大型ゴンドラが葵の手によって、ゆっくりと動き始める。
そうして、全長約30kmに及ぶ九人のヴォガ・ロンガは始まった。
「凄いね〜‥‥筋肉痛とか大丈夫なの?」
キシキシと悲鳴を上げる身体に苦心しつつ船を漕ぐククは、リラックスしたようにオールを握る葵を見やる。
「まぁ、少し鍛えてますから」
「さすがは、葵殿だ。侮れん」
感心した風に頷くニライに、「そうでもないですよ」と苦笑いを返す葵。
ともあれ、人並み程度に身体を動かしている程度では、ゴンドラ漕ぎの練習はきつく。結果、ゴンドラの漕ぎ手の中では舞踊に武術も嗜む葵と、ラップランド育ちのイルマタルの二人だけ元気だった。
そして漕ぎ手とは別にもう二人、筋肉痛と縁のない者達がいる。
「そこの淑女達は、よく似合っていますね」
くっくとラルスが笑う。縁飾りの付いた椅子に座るドレス姿の和哉と、振袖姿の郁がにっこりと微笑み返す。
「ありがとうございます。『椿姫』‥‥原題は『道を誤った女』、でしたわね」
「くれぐれも、道を誤らないようにな‥‥深城殿、蓮城殿」
「いいえ。いい勉強になりますよ、ニライさん」
たおやかに作り上げた郁の笑みは、彼を見つめる紗綾と目が合えば、本来のそれに戻った。
「どうかしましたか、紗綾さん」
「うん‥‥郁さん、綺麗だなって。なんて言うか‥‥私も、負けないようにしなきゃ」
ナニカを心の中で誓う紗綾であった。
「‥‥で、イルマさんはフリーズ中かな。折角の景色、見逃しちゃうよ〜!」
じぃーっと女装の二人を凝視しているイルマタルに、ククはひらひらと手を振ってみる。羽根扇で口元を隠した和哉が、小首を傾げ。
「困りましたわね。そんなに怪訝そうなお顔をされては、心外ですわ」
「あ、ぅ、あの‥‥日本は、不思議な風習が‥‥あるんですね‥‥」
カクカクと弁解するイルマタルに、日本人女性達は頭を振った。
そんな様子のゴンドラを置いて、露払いの如くCardinalのカヌーは一足先へと進んでいく。
筋肉痛のメンバーも、痛みに悲鳴を上げながらも何とかオールを動かして。
停船しないように最低限のスピードだけは気をつけて、ゴンドラは水面を滑っていく。
一方のカヌーはゴンドラを待ったり、待ちかねて戻ってきたりと、空と海の間で自由を謳歌している。
追い抜いていくヴァポレットに手を振ったりしながら、行く手の遠くにブラーノ島を眺めつつ。やがて適当な場所で、一行は船を止めた。
「今日は、私と葵さんとニライさんでお弁当を作ったよ〜!」
じゃーんっ! と口で効果音をつけて、ククが船底のバスケットを取り出した。
喜ぶメンバーの一部は表情が強張っている気がするが、気のせいであろう。
「今回は食材選びから始めて包丁運び、味付けも適量を量り、火加減も付きっきりの手取り足取りで、ニライさんの料理を手伝いましたから‥‥大丈夫です。きっと」
前回の雪辱を晴らすと、拳を握る葵。それでも語尾は若干、自信なさげだが。
以前ヴェネチアに来た際に、手製の料理によって同行者を全員病院送りにした当のニライは、割と涼しい顔だ。
「ドレが誰のかは判らない‥‥というか、私達にも判らん。心おきなく、選ぶがいい」
どーんと並べられたランチボックスに、固まる五人。
「あ、Cardinalさんは、ちゃんと私が作っておいたからね。単独走破だし、行ったり来たりしてるし、カロリー高めなメニューで」
船から乗り出すようにククが差し出したボックスを、Cardinalは有難く遠慮なく受け取る。
「ああ‥‥助かる。とても」
その表情に激しく安堵の色が滲んでいたのは、決して気のせいではないだろう。
そうして、とにもかくにもデンジャラスな雰囲気の中で、昼食は始まった。
「はい、紗綾さん」
フォークに刺した玉子焼きを、郁が恋人へと差し出す。嬉しそうにそれを食べると、彼女は自分のランチから手長海老の海老団子をセレクトし。
「はい‥‥あ、でも美味しそう、これ」
郁の口に入る前にUターンさせて、紗綾は自分の口へと団子を収める。
「ん。おいし〜い」
「紗綾さん、ずるいです‥‥っ」
そんな微笑ましい恋人達の一方で、『企画者』は料理を味わい、吟味していた。
「ニライさんの料理の問題点は、火加減と味加減だと思うんです」
「ふむ‥‥まぁ、ここまで至れり尽くせりで、前回と同じ結末を迎えると‥‥さすがにな」
言葉を濁すニライ。野菜多めというリクエストを踏まえてククが献立を考え、葵が手助けをしたランチは、いずれも見た目は大差なく、味の方も問題はないようで。
旬の白アスパラを齧りながら、ニライは別の意味で『無事のレース』を祈った。
食休みを終えると、再び二艘の小型の船が海を行く。
女装の二人を除いたメンバーが、交代で船を漕ぎ。時には「3.5ユーロ分まで」という謎の盟約を元に、それぞれが持ち寄った『おやつ』を検分したり。
レースの名からは程遠いが、一行はそれぞれにヴォガ・ロンガを楽しんでいた。
「蝶々夫人に、椿姫。これにカルメンが加われば、『名オペラの三大失敗』でしたのにね」
「僕は、しませんから」
和哉から言われる前に、ラルスは釘を刺しておく。オペラは詳しくない葵は、不思議そうに首を傾げた。
「三大失敗‥‥なんですか」
「そう。どの作品も今は名作ですけど、初演では大失敗をして不評を受けたんですよ」
「配役ミスとか、そういうのだな」
おやつのヴェネチア煎餅バイコリを齧りつつ、ニライ。クッキーやスコーンを持ってきた紗綾は、郁の葛菓子とも交換し、そのうちの幾つかをイルマタルにもお裾分けしていた。
「はい。イルマさんも、遠慮なく食べてね」
「この葛菓子は、日本の伝統的なお菓子なんですよ」
「凄い‥‥小さいのに、細かい模様が綺麗ですね。食べてしまうのが、惜しいです」
貴金属の細工品でも見るかのように、少女は目を丸くしていた。
「‥‥ところで、夜までにヴェネチアへ辿り着けるのか?」
ストップウォッチで時間を計りながら併走するCardinalの疑問に、ククは「ど〜かな〜」と気の抜けた返事をする。おやつ時、即ち出発から6時間を経過して、やっと半分まで来たかという状況なのだ。
「暗くなると、危ないと思うが」
「うん、そうだね‥‥でも焦らずに、のんびり行こうよ。早く終わっちゃうのも、勿体無いし。夕食にはムラーノ島で、海越しにヴェネチアを見ながら食べられるといいねぇ〜」
熱烈なるヴェネチア好きらしいククは、暢気にほへ〜と笑った。
結局、事故も迷子も落水もなく。
Cardinalの記録も、残念ながら長い航程の後半で延びず、最短の4時間内をクリアできなかったものの。
存分に船漕ぎを堪能した一行は、出発から12時間以上をかけてサン・マルコ広場へと帰着した。
−−長時間の船旅、皆さんお疲れ様でした−−。