Limelight:本日無礼講アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
5.5万円
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参加人数 |
15人
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サポート |
2人
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期間 |
05/17〜05/19
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●本文
●告知
その日、一つの告知が各プロダクションに届いた。
発信元は、ライブハウス『Limelight』のオーナー佐伯 炎(さえき・えん)。
内容は「休業日に宴席を設けるので、遊びにこないか」というもの。川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が帰国するため、少し遅い誕生祝を開くという−−。
●帰国
「迎えに来る必要はないって言ったのに」
苦笑する友人に、佐伯は心外だという風に片眉を上げておどけた表情を作ってみせる。
「たまたま、こっち方向に用があっただけだよ」
「で、奇しくも土産の匂いをかぎつけたという訳だね」
差し出された手に、川沢は持っていたビニール製の手提げ袋を渡した。表面に英字の広告が描かれた透明の袋は、ずしりと重い。
「ウイスキーと紅茶。あと、湖水地方のジンジャーブレッド。これは半年もつって話だから、買い置いた。オーソドックスな土産だけど、観光するほどの暇はなくてね」
「いや。気を遣わせて、すまんなぁ。で、どうだった。向こうは」
旅の感想を聞く佐伯を促すよう、歩きながら川沢は口を開いた。
「収穫は、まぁね。残念だったのは、仕事外で接する機会が少なかった事かな‥‥向こうのミュージシャンとも、もう少し砕けて話せる機会があれば良かったんだけど」
「仕事だから、その辺は仕方ないだろ」
「まぁ、そうなんだけど。機会があれば、オフにゆっくりしたいね」
「オフで海外旅行か‥‥そうだな。のんびりと、行ってみたいもんだ。で、時差ボケはきそうか?」
「着陸前に起きたところだから、まだ少し眠い」
「じきに夜だから、寝るなよ。寝たら、時差ボケが長引くからな」
空調の効いたターミナルを出れば、5月半ばの午後の日差しが突き刺さる様に眩しい。
川沢は手を翳して目を細め、湿度と気温の高い空を見やる。
「日本は、暑いね」
溜め息混じりの気だるげな感想にからからと笑い、佐伯は駐車場の車へと歩き始めた。
●リプレイ本文
●用意は周到に
「えーっと、卵に牛乳、生クリームと‥‥」
「苺は、これで足りるかしら」
「すいません。あたし、今の間に表通りのお花屋さんへ行ってきます!」
「雑貨の連中から、メールだ。バケツに折り紙、その他は確保完了したらしい」
「お肉、こちらの籠に入れておきますね」
「あ。誰だよ、こっそりお菓子の袋を隠して入れてるのは〜」
スーパーの商品を物色する賑やかな一行に、居合わせた一般客が驚いて振り返ったりしている。
普段着姿とはいえ、10人近い目立つ顔ぶれが揃えば仕方のない事だろう。ただ買い物姿が普通だったのか、驚きの方が先に立ったのか、幸いにも一般人からの『突撃』や『写メール攻撃』にも見舞われず。大量の買い物で店員を軽いパニックに陥らせた程度の『被害』を残して、買い物を終えた者達は外へ出た。
「あの‥‥よろしいんですか?」
「ああ、構うな」
躊躇いながら、聖 海音(fa1646)は鳥羽京一郎(fa0443)へ袋を渡す。彼は海音の分だけでなく、一二三四(fa0085)からも買い物袋を預かっていた。
「裕貴、持つぞ」
答えを待たず、京一郎は篠田裕貴(fa0441)の手からもスーパーの袋を奪う。
「ちょっと‥‥何で、俺の分まで持つんだよ」
取り返そうと裕貴が手を伸ばすも、京一郎は歩幅を広げて『追撃』をかわした。
「なんだ、納得がいかないのか? 姫の手助けをするのは、王子様の使命だろう?」
振り返って裕貴へ向けられた笑みは、優しく。それが逆に、裕貴の不機嫌を煽った。
「だから、俺は姫じゃなくて男なんだけど! 納得いかないんだけど、色々と!」
「そうか? だが、裕貴は俺よりずっと細いじゃないか‥‥特に腰が」
「京一郎っ!」
ムキになって袋を取り返しにくる相手から、京一郎が荷物を遠ざけてあしらう。
戯れる(?)二人を、微笑ましく海音が眺めていた。
「本当に、仲がよろしいですね‥‥お二人は」
「そうですね」
二三四は苦笑で海音に賛同する。それから彼女は、自分と同じ歳の夫婦へ目を向けた。
妻の藤野リラ(fa0073)へ軽い荷物を渡し、夫の藤野羽月(fa0079)はかさ張る袋を持ち。
「羽月さんのざる豆腐、楽しみです」
「言ってくれれば、いつでも家で作るのに」
「ええ。でも皆さんと賑やかに食べるのは、また特別ですっ」
はしゃぐリラは、視線に気付いて二三四に笑いかけた。
「明日も写真、撮るんですか?」
「はい、そのつもりです」
「二三四さんも一緒に、楽しみましょうね」
リラの言葉に、二三四はこくんと頷いた。
重い物をトランクへ積み、痛みやすい物は車内へ持ち込む。
「りなさん、助かります」
「いえ、お手伝いしか出来ませんし‥‥むしろ、お手伝いしたいですし」
頭を下げる星野・巽(fa1359)へ、買出しの為にと車を出した愛瀬りなが照れる。
荷物を積み終えると、二三四と海音が車へ乗り込んだ。荷物運びの人手として、巽と美日郷 司(fa3461)が彼女らに続く。残るメンバーは準備の分担などを相談しながら、『Limelight』へと戻った。
「とにかくぎちぎちのスケジュールより、アバウトにワイワイやった方がいいわよね‥‥」
事務所のソファに深く腰掛けた明星静香(fa2521)は、メモを片手に悩んでいた。
「大変そうだね、進行役」
メモ帳から顔を上げれば、川沢一二三がテーブルに置いた紅茶を勧める。礼と共に、静香はカップへ手を伸ばした。
「緊張するわ。彼なら‥‥上手にぱーっと盛り上げちゃうんでしょうけど」
「確かに、そんな感じだね。あれから、仲良くやってるかい‥‥と聞くのも野暮か」
淡く頬を染め、はにかみながら彼女はカップを傾ける。一息つくと、開けっ放しの事務所の扉から、賑やかな声が聞こえてきた。
「只今、戻りました」
メインフロアへ降りるメンバーから離れ、事務所へ顔を出したシド・リンドブルム(fa0186)が、二人へ軽く会釈をする。少年の後ろから、椿(fa2495)が顔を覗かせて。
「あれ、佐伯さんは?」
「下よ。先に帰ってきた人達と、一緒じゃないかしら」
「ホント? じゃあ、今の間にお菓子を物色しようかな〜」
「駄目ですよ、椿さん。準備を手伝わないと、明日のケーキが間に合いませんから」
キョロキョロと事務所内を見回す椿の手綱を、Syana(fa1533)が引く。
「うっ‥‥今日のおやつも大事だけど、明日のケーキ‥‥ケーキ‥‥っ!」
釘を刺された椿は、常人に計り知れないジレンマに陥っているらしい。
上着をハンガーにかけたTosiki(fa2105)は、鞄から白いエプロンを取り出した。
「じゃあ、早速準備を手伝ってきます、川沢師匠!」
シド達と共に元気良く事務所を出て行くTosikiを、やれやれといった風に見送る川沢。
「『師匠』でもないんだけどね‥‥」
「川沢さんは、下に行かないんですか」
「まぁ、主賓が手伝うのもな」
尋ねる豊城 胡都(fa2778)に、仁和 環(fa0597)が苦笑する。川沢はちらとブラインドで遮蔽された窓を見やり、肩を竦めた。
「佐伯にも、「下りるな」って言われてるしね。なんだかもう、気分はまな板の上の鯉だよ」
「見たら、明日のお楽しみが減るし。胡都さん、俺達も行こうか」
「お楽しみ‥‥ねぇ。それは置いて、根を詰めすぎないようにね」
「大丈夫です。皆、楽しんでますから‥‥あ、忘れるところでした」
環に続いて事務所を出ようとした胡都は、足を止めて振り返り、姿勢を正す。
「川沢さん、お帰りなさい。お祝いの言葉は、また明日に」
「はい。ただいま」
答える川沢へ嬉しそうに笑んで、胡都は退室した。そこへ、箱を持ったベスがぱたぱたと階段を下りてくる。
「環さーん。コレ、持ってきたよーっ!」
「待ってたよー、ありがとう」
箱を受け取る環に、怪訝な視線を向ける胡都。
「新しいキノコの栽培セットですか」
「胡都さん、ドコからそんな発想が‥‥っ!」
打ちひしがれている環に、ベスは「ぴよ?」と首を傾げる。
「環さん、キノコ栽培が趣味?」
「違う‥‥と断言できないけど、断言したい」
ますます不可解な答えに少女は不思議そうな顔をしつつ、もう一つの用件を思い出す。
「ぴ! あんまり時間がないんだった‥‥川沢さ〜ん!」
事務所へ駆け込むベスを見送って、二人が階段を下りようとすると、今度は下からりながやってくる。
「あ、タイムリミットか」
声をかける環に、りなは申し訳なさそうに頷いた。
「はい。あまり手伝えなくて、すいません」
「心配しないで下さい。その分、環さんが頑張りますから」
「えっ!」
「頑張って下さい、環さん!」
「えぇっ!?」
胡都に振られ、りなから『ガッツポォズ』で応援された環は、階段の手摺りに涙滴で『のの字』を書いた。
ベスは祝いの言葉と、近況を告げ。
りなもまた、祝う言葉と共に白いマーガレットの花束を手渡して。
翌日の仕事に備えて仲良く店を出る二人の『アイドル』を、川沢は激励して見送る。
そして営業の支障にならぬよう、『共謀者』達も夕方前に家路へついた。
●企て事
翌日。早い者は昼前から、『Limelight』を訪れていた。
注意深く『仕上げ』の作業をしていると、ぴったりと真横にくっついてくる者がいる。
狭いのかと移動すれば、相手はまたついてくる。
そうして場所を変える事、数回。
「どうして、くっついてくるんですか」
咎めるような巽の口調も意に介さず、司は平然と口を開く。
「手伝うなら、見本がいるだろう」
「さっき教えたじゃないですか」
「忘れた」
即答されて、巽は眩暈を覚えた。
そんな厨房の様子を、入り口からこっそり伺う者が約一名。
「リラさん、味見するものある?」
こっそり聞く椿に、リラは手元の切りそろえた具材を見回し。
「今はまだ、ありませんね‥‥お昼を過ぎれば、いろいろと形になりますけど」
「え〜っ」
がっくりと椿は肩を落とした。そんな彼の肩を、とんとんとごっつい手が叩き。
「そんなに腹が減ったのか」
「うん! ‥‥って佐伯サン、いたの!?」
振り返った椿は、背後に立っていた佐伯 炎の姿を認めて慄く。
「ああ、いるがどうした?」
「う‥‥ううん。ナンでもナイヨー」
棒読みの椿に、佐伯は一つ嘆息し。
「お前の腹には大した足しにならんだろうが、サンドイッチでも食うか?」
「え、ホント!?」
食べ物の名前が出た途端、椿はキラキラと目を輝かせた。友人に代わって、Syanaが佐伯へ頭を下げる。
「すいません‥‥お気を遣わせて」
「構わんさ。昼を作る手を煩わせるのも悪いしな。多目には作ってあるが、喰い尽くさんように見張ってもらえるか?」
ひらと手を振る佐伯に、Syanaは笑顔で了解の意を伝えた。
「すいません。遅くなりました」
大きな風呂敷包みをそっと両手で持ちながら、海音がメインフロアへ現れた。その姿を見て、裕貴が荷物を受け取りに駆け寄る。
「どう、上手く焼けた? 海音なら、大丈夫だと思うけど」
「はい。きっと裕貴様には及びませんけれども‥‥」
「そんな事ないよ。海音のお菓子、美味しいから。旅行の時の桜ゼリーは綺麗だったし、クレームブリュレも美味しかったって、京一郎が言ってた」
賛辞を受けて、海音は嬉しそうな笑顔をみせる。
「ありがとうございます。あと他に、クッキーと残った料理のお持ち帰り用タッパも、準備して参りました」
「相変わらず、気が利くな。だが、残らないと思うぞ」
裕貴の手から更に箱を受け取った京一郎が、フロアの一角へ視線を投げた。そこには、折り紙を切ったり張ったりしている環やSyanaに混じり、「味見」と称してリラから貰ったお握りを頬張る椿の姿がある。
「やっぱり、残らないんでしょうか‥‥あ。あと、それからですね‥‥」
くすくすと笑いながら、海音はある『提案』を打ち明けた。
その後も、着々と準備は進められ。
準備がほぼ整った頃、佐伯は電話で川沢を呼び出した。
●祝宴無礼講
カラフルな折り紙で作られた鎖が、あちこちに渡され。
紙の鎖からは何故か鯉のぼりがぶら下がり、カウンターには盆栽が置いてあったりする。
壁にはポップな字で『かわさわさん、おたんじょうびおめでとう』と、全文ひらがなで書かれた横断幕が吊るされていた。
テーブルには、Syanaが用意した卓上の小さな祝いの花輪が置かれ。混ぜ御飯のお握りや手巻き寿司といったご飯系から、天ぷらに唐揚げ等の揚げ物、煮物、手製の豆腐に湯葉など、様々な和食メニューが並ぶ。
その中で、様々なデコレートがされた三段積みのケーキが、ひときわ異彩を放っていた。クリームとフルーツで彩られた『山』の頂上には、裕貴が作った狼を模した小さな砂糖菓子が君臨する。
ソレに蝋燭が刺さっていない事に安堵しながらも、川沢は暫し呆気に取られていた。
「凄いね‥‥それ以上は、コメントに困るけど」
「お誕生会っていえば、やっぱ飾りつけはコレかと」
「川沢サン、ついでに新聞紙の兜被る?」
満足そうな環に、椿が新聞紙で折った兜をぱたぱたと振った。ちなみに盆栽や鯉のぼりは椿の発案で、5月5日が川沢の誕生日だから‥‥という理由らしい。
賑やかな場へ、こほんと一つ、マイクを通した咳払いが響いた。
「あー、あー。只今マイクのテスト中。はい、主賓は観念して座ってね」
笑いがおきる中、司会役の静香はマイクを取って立ち上がった。
パンツスーツの彼女は、襟元の蝶ネクタイ−−普通のサイズより数倍大きなソレを、軽く引っ張って整える。
「さて、川沢さんの帰国と少し遅い誕生祝を兼ねたパーティを始めるにあたって、まずご本人から挨拶をお願いするわね」
「いきなりだね‥‥えーっと」
席を立った川沢は、テーブルを囲む15人の『若手』達を見回した。
「まず、ありがとうございますと、礼を言わせて下さい。多忙の中、このような趣向を凝らした宴の席にして頂き、感謝の言葉も尽きません‥‥まぁ、堅苦しい長口上は腹の足しにもならないので、この辺で。表舞台で君達がいい仕事が出来るよう、頑張ります」
席に着く主賓に、列席者達は拍手をする。それが収まるのを待って、静香は次の『ターゲット』に話を向けた。
「はい。それじゃ、次は主催の佐伯さん」
「‥‥俺もか?」
「ええ」
突然の指名に、首謀者は唸って頭を掻き。
「そうだな。今日は無礼講って事で、気兼ねせずに楽しんでくれ。でもって、川沢は『仕事スイッチ』を入れるなよ。お前は仕事が絡むと、堅苦しいからな」
釘を刺されて、川沢は苦笑した。そこへ「しつもーん」と、手を挙げる者がいる。
「佐伯さん、ブレイコーってナニ? 美味しい?」
「食べ物じゃないですよ‥‥椿さん」
椿の隣に座るSyanaは、痛む頭をおさえた。
「では、皆さんお待ちかね。本日のメインイベントー! 」
静香のコールに、ノートパソコンを立ち上げて待機していたTosikiが、ソフトのライブラリからBGMを選択して鳴らす。
海音が静々と持ってきたのは、ショートケーキ。
ただ、デコレートが一般的なモノとは一線を画している。
平らな白い台座を埋め尽くして屹立するのは、色とりどりの蝋燭‥‥その数、きっちり40本。
現れた『剣山』に、当然ながらある者は絶句し、ある者は笑い転げ。
「あんなに沢山の蝋燭‥‥大丈夫でしょうか」
シドは心配顔で呟き、ファインダー越しの光景に二三四も固唾を飲む。
「‥‥全部に火をつけたら、火災報知器とか鳴りそうですね」
「そこを心配するのか」
リラの言葉に、羽月が小さく笑う。その間にも、次々と蝋燭に火が点けられ。
「さぁ、どうぞ。早くしないと、折角のケーキが大変な事になるので!」
静香が煽り、海音は微笑み、面白そうに、或いは心配そうに一同は小さな炎の大きな群れ見守る。
「半獣化‥‥は、ダメだろうね」
ぼやく川沢は深呼吸をして、蝋燭を吹き消した−−さすがに一息では吹き消しきらず、間に息継ぎを挟んだが。
「誕生日、おめでとうございます」
笑顔で拍手をする巽に倣って、司も無愛想な表情のままで両手を打つ。
「ふけまして、おめでとう‥‥だな」
持参したシャンパンのコルク栓を外し、グラスへ注ぎながらにやりと笑む京一郎。グラスを受け取った川沢は、苦笑と共に肩を竦める。
「いずれ、君も通る道だよ」
一方、『大役』を終えたケーキを、じっと胡都が見つめていた。
「‥‥蝋燭、少し時間を置いた方がいいんでしょうか」
「あの本数だから、まだ熱いかもね。食べたいなら、こっちを切ろうか?」
裕貴がナイフを取って指差した三層のケーキに、胡都の目が輝く。
「ケーキカット‥‥やらせて下さい」
「はいはい、俺もやりたーい!」
胡都に続いて、ブンブンと手を振りながら椿が主張した。
賑やかなケーキカットの後、要望にあわせて裕貴がケーキを切り分けていく。狼の砂糖菓子は勿論、川沢用に切ったケーキの上に乗せる。
「一番下の8号は俺が作ったプレーンなスポンジ。真ん中の6号が、海音のコーヒー風味。一番上、5号サイズはココア風味のスポンジ。これは巽が作ったんだ」
ちなみに、8号サイズは直径が約24cm、6号が約18cmで5号が約15cmとなる。単純計算で、約30人前後の分量だ。それに剣山と化したショートケーキを加えると、相当な人数分なのだが。
「ケーキはデザートかな。三人三様三つの味で、楽しみだよね〜っ!」
今日は思う様食べても怒られないとみたか、椿が幸せそうに口を動かしている。
ケーキ以外にも御飯物が並んでいるのだが、京一郎の予想通り、残るかどうか雲行きは怪しげだった。
「あの‥‥味、どうですか?」
恐る恐る訊ねるシドに、川沢は笑顔を返す。
「うん、どれもとても美味しい。久し振りに『日本の味』が堪能できて、嬉しいよ。気を遣ってもらって、申し訳ない位だね」
「いえ。喜んでもらえて、よかったです」
ほっと安堵するのはシドだけではなく、リラや二三四や、料理に携わった者達も同様で。
「イギリスでは、日本食は召し上がらなかったんです?」
小首を傾げる海音に、川沢は頷きながら玉子焼きを取り皿に分ける。
「今は海外の日本料理店も多いけど、やっぱり土地の風土や風味っていうのがあるからね。日本の味は、日本でないと」
「イギリスでは言葉をかけて頂き、感謝している」
思い出して、羽月が礼を述べ。
「そうそう。川沢さん、これ」
二人の会話を聞いていた環が、持ってきていた紙袋から箱を取り出す。
「差出人は、開けてのお楽しみ‥‥らしいよ。中は、俺も知らないから」
そして環は、それなりの大きさと重さの箱を川沢へ手渡した。
ケースよりエレキギターを取り出し、銀色に塗装されたボディトップをするりと撫でる。
ネックへ口唇を寄せる司に、巽が怪訝そうな表情を浮かべた。
「何を‥‥?」
「ちょっとした、『儀式』だ」
その返事に、ますます奇妙な表情をする巽だったが。
「たつみ!?」
「『TATUMI』、だ。いい名前だろう」
エレキに付けられた名を聞いて、唖然とする巽。そして彼とは正反対に、どことなく嬉しそうにエレキに指を滑らせる司。
「それ‥‥誰がつけたーっ!!」
巽の剣幕もどこ吹く風で、幼馴染がしらっと答えた。
「巽の姉さん」
卒倒しかけて、巽はテーブルに突っ伏した。
宴席の一角での、そんなやり取り。
「それでは有志一同より、お祝いの歌を。題して、『Happy Birthday five−seven−five』。音合わせはしたけど、歌詞は本番までの秘密にしてたんで、中身はどうなってるか判りません!」
静香の紹介に、環が三味線をベベンと鳴らす。そこへ、Tosikiが手を挙げた。
「将来『定番ソング』として、CDとか販売したいよね。帯には、『歌詞は、地方や世代で様々なバリエーションが生まれるコトを歓迎する』ってプリントして」
「ソレ‥‥誰が作って、誰が売るんだ」
素なのか、それともボケ狙いなのか。環とTosikiの漫才(?)を割って、胡都のピアノが先陣を切る。
リズム楽器としてSyanaが鼓を打ち、司のエレキに椿君のベースが加わって。
遠慮がちに二三四がフルートを奏で、環の三味線とTosikiのキーボードが追い付く。
椿は親指に結わえたフラメンコ・カスタネットを、タンタンと振り鳴らし。
楽器を持たないリラとシド、巽の三人は、一本のマイクを前に手拍子を挟む。
ポップス調の軽いメロディに乗せ、『あいうえお作文』の要領に五七五の縛りをつけ、11人が言葉を繋ぐ。
その一番手は、まずTosiki。
「 宝物 見付けたような その瞳 」
続くは環が、撥を振りつつ。
「 んっ!? 痛たっ! 気をつけような、四十肩 」
言葉の締めに、笑顔で親指をビッと立て。
彼の後には、リラの『本音』。
「 じっと待つ ライブ参加は また駄目だ 」
茶化し訴えるその後は、二三四がそっとマイクへ向かい。
「 揺曳(ようえい)を 残すあなたの その言葉 」
それを静香が、ハード風に勢いをつけながらも綺麗に受ける。
「 歌に乗せ 届けあなたに この思い 」
Syanaは持つ鼓を打つ、手を休め。
「 びっくりちゃ ほんとに四十路 一二三さん 」
再びトンと鳴る皮の張りに、シドは身体でリズムを取りつつ。
「 生い立ちを 思い返して 笑いあう 」
勧めるように、海音は両手を宴の席へ広げ。
「 めいっぱい食べて騒いでお祝いしましょ 」
トンタタンと足も踏んで、椿が『型』を決める。
「 出逢いって 不思議いっぱい 嬉しいネ! 」
コードをずらし、司が和風の音を刻み。
「 とうとうと 紡ぐ音楽 祝い酒 」
巽が静かに、マイクスタンドへ進み出て。
「 美しく 最後のシメは 乾杯で 」
最後は揃って、声を合わせ。
『 誕生日おめでとう 一二三♪ 』
『はぁとマーク』が飛びそうな『それぞれ』の『それなりに可愛い』仕草に、祝いの言葉で締め括る。
からからと笑う佐伯に背を叩かれつつ、川沢は面白そうに−−時に困ったように歌を聞き、そして礼の拍手を送った。
調弦の音が止み、三人は視線で準備の完了を確認する。
「たいした腕ではないが、プレゼントの代わりに送ろうと思う‥‥曲は、エドワード・エルガーの『愛の挨拶』。誕生日とは関係ないが‥このパーティ企画も、佐伯氏の愛だろうと思うからな‥‥」
表情を変えぬまま挨拶を終えた司が、バイオリンを構える。
それに倣って椿はチェロに弓を当て、胡都がフルートを静かに口に寄せ。
即席のトリオは、流れるようなハーモニーを作り出す。
若い三人の演奏家達の共演を、皆思い思いに寛いで聞き入っていた。
次に、エレキギターを手にしたリラと、ショルダーキーボードを提げた羽月がステージに上がる。
「僭越ながら、私達『aeien』から川沢さんと、そして皆さんへ‥‥歌を送ります。何気ない日常、大事な人が傍に居る事がきっと最高の贈り物。ですよね」
目を合わせ、夫婦は互いに微笑した。
『Morning Call』という名の通り、賑やかに音を鳴らし、軽快な曲が始まる。
「 午前0時を過ぎればひっきりなしのcall
目覚めた枕元には溢れる程のgift
満たされた気持ちで朝を迎える
僕の小さな世界では 僕は預言者になれて
今日はきっとクリスマス
でも僕は気付いてしまった
いちばんの贈り物がどこにもないこと
誰か起こして 」
サビでは伸びやかなリラの独唱に、羽月が声を添え。
『 朝日が眩しくて 鳥が啼いてて
今日もパンはうまく焼けなくて
でも新しいジャムが美味しくて
そしてそう ドアを開けたら君がいること
つまらない夢はもう見ない
朝日が眩しくて 鳥が啼いてて
今日も髪は跳ねたい放題で
でもそれもなんかキマってて
そしてそう 君がそれを見て笑うこと
新しい朝がはじまる 』
二人はいつもの様に、息の合った演奏と歌を披露した。
●ほろ酔い気分で
「はいっ。聖海音、物真似します〜!」
袂を押さえて、海音が挙手をする。その頬は、酒精によってほんのりと桜色に染まっていた。
「物真似って‥‥海音さんが?」
お互いの恋の話に興じていた静香が、突然の行動に驚きながらも彼女を見上げる。
「はい。では」
壁際まで真っ直ぐ歩くと、彼女はまず茸を模したぬいぐるみを数個床に並べた。その真ん中で膝を抱えて座って、のの字を書いて項垂れる。
「環ポジション、完全再現‥‥です」
「うわぁーっ! 再現しなくていいからーっ!」
上目遣いの海音の一言に酒を吹き出しかけ、慌てて止めに行く環。
「二三四さん。記念に撮ってあげて」
「はいっ」
静香に言われて、二三四は海音と環の姿にシャッターを切った。それからウケているテーブルの様子もまた、カメラに納める。
「食べたり撮ったり、忙しいな」
頬杖を付き、佐伯が感心した風に彼女を眺めていた。
「皆さんの普段の表情が見れて、おいらも楽しいです。あの、写真‥‥出来たらまたパネルにして、持ってきていいですか?」
「だってよ。飾るか?」
佐伯が見やると、川沢は肩を落とし。
「それはちょっと‥‥気持ちは有難いけど、見逃してほしいところだね。内々の、更に内緒って事で」
「弱ってるトコを公開されるのは、嫌だとさ」
「そういう意味じゃなく‥‥」
打ち解けた会話を聞きながら、二三四は鞄からそっと平らな小箱を取り出した。
「川沢さん、おいらも誕生日のプレゼントを持ってきたんです。知らなかったとはいえ、遅れてしまって申し訳ないんですけど‥‥改めて、誕生日おめでとうございます」
遠慮がちに差し出された箱を、川沢は軽く頭を下げて受け取る。
箱の中身は、青を基調としたシンプルな柄のハンカチ。彼女が迷った末、「長く使ってもらえるように」と選んだ品であった。
「ありがとう。気を遣わせてしまって、すまないね」
「いいえ‥‥それから、前の仕事の時のお話なんですけど。そういう方面の仕事でおいらが出来るものがあれば、是非やりたいです。クリスマスCDの時も、楽しかったですし」
今度は、二三四が深々と一礼をした。
料理の品数が減ってきた頃、テーブルには新たにデザート類が追加されていた。
苺にオレンジ、キウイと黄桃を使った巽の四種フルーツのタルトレットに、裕貴の作ったバケツ焼きプリン、胡都が要求した駄菓子系と、選り取り見取りだ。
「京一郎は、どれにする?」
「裕貴と同じでいいぞ」
今は三種に切り分けられたデコレーションケーキのうち、裕貴は一番下の『大物』の一角を皿に取る。食べる彼の様子を伺う視線に気付いて、京一郎は裕貴を見やった。
「一番下は、確か裕貴が作ったんだったな。焼きプリントいい、美味いぞ。流石、俺の嫁だ」
「嫁じゃないって」
ついと他所を向き、ケーキを食べる裕貴。
「ああ、裕貴。頬にクリームが付いているぞ?」
「え?」
身を乗り出した京一郎に頬を舐めとられ、硬直すること数秒。
「わーッ、人前で何やらかすんだよ、この変態狼ッ!!」
「これくらいで照れるな。何時もやっているだろう、これくらい。甘くて美味いぞ? ケーキもお前も」
逃げる恋人の細腰を抱く京一郎。いや、正確には裕貴は男性なので細腰ではないが、『嫁』らしいのでそう表現しておく。
「こらこら、ここで襲うな。公開生ナントカって趣味なら、アレだが」
一応、佐伯が注意を入れるが、耳に届いているのかは果てしなく不明。馬に蹴られるのも嫌なので−−この場合、馬ではなく狼か竜に蹴られるのだろう等と考えつつ、見るに見かねる状況と成るまでは自己責任として、放っておく事にした佐伯であった。
‥‥先達を見習っているのか、それとも感化されたのか。司が巽にやたらとくっついて、似たような状況になっていたりもするが。
賑やかな会話が交わされる中、静香は時計を確認し、マイクを取った。
「さて、宴もまだまだ名残惜しいけど、片付けもあるからそろそろお開きにしないとね。料理やケーキは持ち帰れる程、残ってるのかしら?」
「残ってませーん。むしろ、残ってたら俺が食べマース!」
手を挙げて答える椿に、笑い声が起き。
「皆さん、お疲れ様。今日は本当に、ありがとうございました」
締めの言葉と共に、司会と出席者達を互いに慰労する拍手がフロアに響いた。