スロー・トラベルヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/21〜05/25

●本文

●たまには真面目に
「まぁ、アレだな。久し振りに真っ当に取り組むという事で」
「‥‥で?」
『真っ当』とかいう単語が出た時点で、既に怪訝そうな顔をしている同居人フィルゲン・バッハへ、レオン・ローズは一枚の紙をビシッと突きつけた。そこに書かれた文面に目を通すフィルゲンの表情は、引きつったり呆れたりと変化し、最後は脱力したものに落ち着く。
「ボートのレンタル契約‥‥5日も休んで、ボート遊びか」
「何を言うか。ナローボートはイギリスの文化であるぞ。それに、ここ暫く何かにつけて仕事ばかりであったからな。今度は遊ぶ、ああ遊ぶともっ」
 胸を張って宣言するレオンに、フィルゲンはやれやれと溜め息をついた。
「真面目に遊ぶのはいいんだが‥‥ナローボートって、せいぜい時速3マイルだろう。そんな暢気な船旅、大丈夫か‥‥時間きっちりが好きな人なんかは、性に合わないと思うが」
「うむ。だが、時にはのんびりと息抜きも良いと思うぞ。最近、我らの身の回りは何かと性急であったからな」
「確かに余裕がないと、イライラしがちではあるか」
 ふーっと深く息を吐き、フィルゲンは紅茶のカップを口へ運ぶ。そして一呼吸おくと、予定を変更しそうにない友人へと目をやった。
「それで、既にボートを借りたという事は、予定も組んでるんだ」
「うむ。エレスメアからスランゴスレン運河に入り、チャーク水道橋とポントカサステ水道橋を経て、スランゴスレンで折り返すという、初心者向けルートだ。10人用ボート一艘なら、操船やその他の作業は私とフィルゲン君で何とかなろう?」
「でも、大丈夫かなぁ‥‥5日間10人が一つのナローボートで暮らすのは。あの船、プライベートがあってないようなモノだし」
「その辺りは‥‥まぁ、希望者次第であるか。ゆったりめの日程であるし、一泊はスランゴスレンでホテルを取るのもいいしな。シーズンに入れば、人気コースゆえに身動きが取れんだろうし、行くなら今だぞ。んん?」
 楽しげに問い詰めるレオンに、再度フィルゲンは溜め息をついた。

●今回の参加者

 fa0227 高遠弓弦(21歳・♀・兎)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1137 ジーン(24歳・♂・狼)
 fa1169 翡翠(22歳・♂・狐)
 fa1565 ニライ・カナイ(22歳・♀・猫)
 fa1791 嘩京・流(20歳・♂・兎)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)

●リプレイ本文

●天気晴朗、波低し
 ボート会社のベースでは、停留している赤や青、緑に黄色にペイントされた船体が水の上で揺れていた。
 初めてナローボートを目にする高遠弓弦(fa0227)が、色彩に目を丸くする。
「カラフルで、玩具のボートみたいで‥‥綺麗ね、ジェイドさん」
 顔を上げた弓弦に、愛称で呼ばれた翡翠(fa1169)はにっこりと笑う。
「みんなでワイワイ船旅って、凄く楽しみだよね‥‥ほら。怖いなら、掴まって」
 差し伸べられた翡翠の手を取り、ボートと岸の数十センチの幅を弓弦が飛び越える。
「ニライ、手ぇ貸そうか?」
「大丈夫だ。何事も挑戦せねばな」
 嘩京・流(fa1791)の助けを断り、ニライ・カナイ(fa1565)は間合いを計って船へと飛び移った。無論、彼女の後ろで消沈する流に気付く様子もなく。
「が、頑張れ‥‥流さん‥‥っ!」
 握り拳で、そっと彼を応援する翡翠であった。
「えーっと‥‥それだと、移るのは難しい?」
 フィルゲンに尋ねられ、着物姿の御堂 葵(fa2141)は少し困った表情をする。飛び越える事自体は雑作もないのだが、着物の裾を乱す事にはやはり少々抵抗がある。
「いえ。裾を少したくし上げれば、何とか」
 潔く、意を決した葵であったが。
「服装を乱さずに、渡ればいいんだな」
 何事かを察したCardinal(fa2010)が、彼女をひょいと抱き上げ。
「え‥‥!?」
 難なく軽々と船へ渡り、葵を降ろす。
 突然の出来事に、船の上に立ってから葵は漸く状況を把握した。
「あの、Cardinalさん、ありがとうございます」
 頭を下げる葵に、Cardinalは長めの茶髪を左右に振る。
「礼を言われる程でもない。困窮する仲間を助けるのは、当然の事だろう」
「紳士ねぇ」
 そんな光景へ、楽しげにデジタルビデオカメラを回す羽曳野ハツ子(fa1032)。傍らで、フィルゲン・バッハは腕組みをして嘆息した。
「う〜ん、僕じゃ無理だなぁ。腕力ないし‥‥って、何っ!?」
 バンッと背中を叩かれ、フィルゲンはハツ子に振り返る。
「知らない。早く乗れば?」
 ついとそっぽを向く彼女に不思議そうな顔をしつつ、船に移るフィルゲン。
「あ‥‥カメラ持ってるし、手、いるかい?」
 ほらほらと振られる掌を見つめてから、遠慮がちにハツ子は手を伸ばした。
「予報では22日が曇り。23日はほぼ晴れで、24日が晴れに小雨がぱらつく程度。25日は曇りだそうだ」
 レオン・ローズの情報に、渡された地図をジーン(fa1137)が広げる。
「天気がいいなら、スランゴスレンでディナス・ブラン城跡まで足を延ばす余裕もありそうだな。後は、蒸気機関車や修道院跡地も見たいところだ」
 地図を辿る彼の心は、早くも現地へ飛んでいた。

 ボート会社の係員からレクチャーを受けると、緑の屋根に船の側面が赤というクリスマスカラーな色彩のボートは緩やかに水面を滑り出した。

●難関様々
 微かな風を受ける船の行く手には、空を映した青い運河と、両岸の木々が作る緑のトンネルが広がっている。
「左に曲がる時は右、右には曲がる時は左。すれ違いは右側通行‥‥と」
 教えられた事を反復しながら、左手でスロットル、右手はティラー(舵棒)を操作し、流は船を操っていた。操船中は立ちっぱなしなので、鉄製の手すりに軽く座って身体を落ちつける。
「ダブル3つは流さんとニライさん、翡翠さんと弓弦さん、葵さんと私で使うわね」
「床で寝るのは、駄目か」
 ハツ子がベット割りを確認し、目の前の二段ベットの長さを目測するCardinalは思案顔で唸る。残念ながら寝袋などは持参しておらず、また踏まれる危険もある為、彼は下段に落ち着く事となった。その上がジーンの寝床となり、もう一つの二段ベットはレオンとフィルゲンで使用する。
「で、食事当番は?」
 操船する彼の足元、階段を数段下りた船内での会話に、恐る恐る流が問いかけた。
「こんな感じになったぞ」
 書き出した紙を、ニライが流へ見せる。
「翡翠と弓弦、レオン。Cardinalとジーン、フィルゲン。でもって、残りの四人か‥‥よかった」
 ほっと安堵の息をつく流に、葵が重々しく頷いた。どうやらニライ単独の料理による『危機』は、回避したらしい。
「逆ハーレムで嬉しいのか、流殿」
「違っ‥‥!」
 真面目顔で勘違い中のニライに、流はティラーを握る手を滑らせそうになった。

 行く手を、鋼鉄の扉が塞いでいる。
 やがて門はゆっくりと動き、開いた隙間から水が流れ始めた。
 Cardinalは水門を開け閉めする押し棒バランス・ビームにもたれ、流が上から船のメンバーに手を振る。
 一箇所のロック(水門)通過にかかる時間は、約10〜20分。その間に、翡翠と弓弦達女性陣はフィルゲンを連れ、食料を買いに出ていた。
 ロック自体は、大人一人でも操作出来るように設計されている、だが、船に残る者達に応援され、陸と船の間で他愛もない会話に興じながら行う作業は賑やかで。
 ロック係が内と外の水位差0を確認すると、ジーンは船をゆっくりと前進させた。
 船が通り過ぎた後は門を元通りに閉め、レオンが操作鍵ロック・キーを抜く。
 ロックから少し離れた位置で買出しメンバーが戻るのを待って、再び船は動き出した。

「はい、こっちもお待たせ」
 狭い通路を、両手に皿を持って翡翠が通る。細い船内では、テーブルは二つに分かれていた。
 メニューはメインにチキンのローストと、野菜のソテー。他にもサラダやパンの皿やワインが並び、豪華な晩餐となっている。
「それじゃ、私達の大航海に。かんぱーい!」
 料理が行き渡ったところでハツ子が立ち上がり、音頭を取ってワイングラスを掲げた。
「乾杯! 船の設備でも、ちゃんと出来るんですね」
 感心していた葵が、グラスを置いてナイフとフォークを取る。
「店でチキンが安かったから、オーブンを使ってみたの。お味、どうかしら」
 料理当番の弓弦が、少し心配そうに笑う。ちなみに、ソテーなどの付け合せは翡翠が担当し、レオンは大した事をしていなかったりするが。
「うん、美味しい! これだと、私達の時は葵ちゃん頼りになっちゃうわね」
 料理を口に運んだハツ子が、葵へウインクした。
「こうなると、俺達の番がな‥‥パブで買ってくるか」
「それ、反則だぜ」
 笑いながら流に先手を打たれたジーンは、フォークで人参を刺すCardinalを窺う。
「俺が作ると、少々辛い系になるが。魚でも釣れれば別だが、動く船の上での釣りは無理だしな」
「いっそ翡翠君と流君に操船を任せて、三人で『長期戦』にかかるか」
 視線に気付いたCardinalに続いてフィルゲンがぼそぼそと提案し、交わされる『密談』に弓弦はくすくすと笑った。

 防犯の為、前方と後方の扉を閉めて鍵をかけ、陸側のカーテンを全て閉じる。
 ベットに潜り込んだ流は、目の前で眠る相手に戸惑っていた。
「腕枕をしよう」と言い出せば、何故か逆に腕枕をされ。至近距離の目を閉じた相手を観察する現在に至る。
 しかしこの状況では眠れず、少し離れようかと身体を動かせば、青い瞳がぱっちりと開いた。
「眠れないのか?」
「すまね、起こしちまったか」
 寝ぼけているのかいないのか、ニライはたじろぐ流の背中にもう片方の手を回す。そして、軽く彼の背を叩きながら、寝かしつけるように小さく口ずさむのは、何故か『島原の子守唄』。
 唄う彼女の声に長崎の言葉と、英国にいる現状が妙にミスマッチで、忍び笑う流は結局更に眠れなくなった。

 真っ暗な空間を、ゆっくり進む。
 点した船内の明かりを、暗い壁がぼんやり反射するのが頼り。息を潜めて閉ざされた闇を進めば、やがて淡く輝く光が見えてきて。
 船首で寛ぐCardinalは、眩しい光に目を細めた。
 ナローボートの慣習として道行く人馬や水上の鳥にレオンが手を振り、葵が倣う。歓声を上げてカメラを周囲に向けるハツ子へ、フィルゲンが声をかけた。
「代わろうか? 君、映ってないだろ」
「いいわよ。好きでやってるんだから」
「心配しなくてもさ。ほら、一応僕もカメラ方面は齧ってるし」
「私がいいって言ってるから、いいのっ」
 船首の方からワイワイと聞こえてくる声に、笑いながら翡翠がティラーを握る。
「なんだかこう、和気藹々大家族って感じで楽しいね」
 それから彼は、操作スペースの反対側の柵にもたれる流を見やった。
「で、相談って?」
「二人の結婚までの経緯とか‥‥そんなんをコッソリ教えてくれねぇ? 俺さ。ニライの旦那さんになるのが野望だから、なんかアドバイス貰えたらな〜って」
 小声で告白しながら流は照れ臭そうにがしがしと髪を掻き、翡翠は妻の顔を見る。日差しの下で、弓弦は頬を朱に染めていた、
「私は‥‥あの、その‥‥ジェイドさんにお任せするわ。洗い物、手伝ってくるわね」
「俺の場合は、日本に行って、行き倒れてたところを弓弦ちゃんが拾ってくれたんだよね‥‥それから家族のように一緒に居させて貰って、今に至る」
「行き倒れ‥‥拾う弓弦も、アレだな」
 くっくと笑ってから、ふぅと流は息を吐く。
「でも‥‥それが『運命』ってヤツだったんだろうなぁ‥‥」
「うん。弓弦ちゃんは、俺の一番大切な人だよ」
 柔らかな微笑と共に、スロットルを調整する手に視線を落とす翡翠。その薬指を、翡翠で作られた四つの葉のクローバーが飾っていた。
「指輪、綺麗だな」
「ありがと。流くん、頑張れよ〜」
 ふふふと意味ありげに笑う翡翠に、流は拳を握る。
「さんきゅ、俺も頑張る」

●スランゴスレン
 午前の光が差す山間に緑野は遠く開け、見下ろせば木々の間をディー川が流れる。
 ポントカサステ水道橋は、その手前にあったチャーク水道橋よりも短いが15m高く、先の水道橋にあった運河側の柵もない。
 空中散歩と言えば聞こえはいいが、下を見れば目が回りそうで。ゆるゆると水道橋を越えれば、スランゴスレンまでもう少しだった。

「やはり、陸はいいな」
 船体の前後にあるロープを地面の杭に巻きつけて係留作業を終えたCardinalに、ニライは「漕がずに進むだけでも楽だ」と真顔で告げる。
「お‥‥いいタイミングだな。蒸気機関車だ」
 眼下のディー川沿いに走る保存鉄道を、ジーンが指差した。
「ホントだ! 現役で走ってるんだね〜」
 目を輝かせ、翡翠も煙を上げて去る汽車を見送る。逆に北へ振り返れば、頂上に朽ちた城跡を持つ標高300mの小さな山が見えた。
「では、今日はここのホテルに一泊するとして、後は自由行動であるな。貴重品など、忘れぬように」
 各人にレオンがホテルの案内を渡し、一行は一時解散となった。

 村から頂上にあるディナス・ブラン城へ到るには、1時間ほど急な山道を登る。
 眼下に広がるウェールズの眺望に、訪れた他の観光客達も伝説と英雄と理想郷の追憶にふけっていた。
「ここが、彼の理想郷という説もあるそうだな」
 散策していたニライは、同行するフィルゲンに話を振る。
「うん。伝承面ではアヴァロン説以外にも、「聖杯が隠されていた」だの「金の琴が眠っていて、銀の眼を持つ白い犬を連れた少年だけが発見できる」だのと、様々に謡われてるなぁ」
「ほぅ」とニライは『解説』に耳を傾ける。
「元は、鉄器時代の砦跡らしい。そこへ当時の土地の権力者が、石造りの城を建てたのが1230年代。でも、プランタジネット朝第5代イングランド王エドワード1世の軍に攻められ落城し、16世紀頃に城は完全に放棄された‥‥だったかな。その辺り、エディンバラ城やスターリング城に経緯がよく似てる。もっとも、政治や戦略拠点的には向こうの方が重要だから、ここのように遺棄はされなかったけど」
 語る経緯の通り、かつての城は名残を留める石積みの壁が緑の丘にぽつぽつと立つのみ。
「フィルゲン殿は‥‥」
 言いかけて少し置くニライに、草原へ腰を下ろした彼は首を傾げる。
「脚本には様々な人物が登場し、中には己が未経験の事象を語る者もあろう? そんな時、貴方は何を思って書く?」
「う〜ん‥‥割とその辺、意識した事はないからなぁ。ただ、本や映画はよく見るかな。あと、想像力‥‥というか妄想力? 例えばここが妖精の丘で、いきなりクー・シーが飛び出してきたらどうしよう、とか。そんな事は、よくレオンと話したりする」
 また少し空白の時間が流れ、ニライは再び口を開いた。
「歌が好きで歌い続けてきたが、恋愛感情が理解出来ないまま恋を歌う事は‥‥どうなのだろうな‥‥。最近色々悩む」
「恋かぁ‥‥恋は、空気のようなものだから」
「空気?」
「形もなく香りもなく。あると恩恵を忘れるけれど、ないと生死に関わる」
 隠喩めいた言葉に、ニライは唸って考え込む。
 そんな二人の様子を、朽ちた石壁の影から窺う者達がいた。
「なに話してるんだろうな」
「ウサ耳出して聞いてよ、ウサ耳」
「無理言うな。人のいる所で出せるかっ」
 小声で言い合いながら、流とハツ子は離れた二人を見守る。

 残された石の窓枠から、ジーンは薄い草の緑と濃い梢の緑が織り成す風景を覗く。数百年の昔にも、誰かがこうして彼と同じように緑に満ちた野を見下ろしたのだろう。崩れかけた石積み一つとっても自然とそこにある訳ではなく、遥か昔の人々が運んで積み上げ、そして城の盛衰を見守ってきたものだ。
 視線を戻したジーンは、人懐っこい笑みを向ける翡翠に気がついた。
「生きた証って感じだよね。作った人はもういないのに、作り出された物は時間を越えて継がれていく」
 翡翠と寄り添う弓弦の金と銀の髪を、優しく風が揺らす。眺めるジーンの口の端に、小さい笑みが浮かんだ。
「ああ‥‥そうだな」
 見上げる空の遠くには、鳥の声。

 静かな村でのひと時を終えると、一行は穏やかな帰路を辿った。