Limelight:六月の花嫁アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 フリー
難度 やや難
報酬 なし
参加人数 15人
サポート 1人
期間 05/31〜06/03

●本文

●Limelight(ライムライト)
 1)石灰光。ライム(石灰)片を酸水素炎で熱して、強い白色光を生じさせる装置。19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた。
 2)名声。または、評判。

●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
 隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
 看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
 扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
 地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
 その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。
 フロアには、控えめなボリュームでオールディーズが流れている。

「バタバタして、遅くなっちまったなぁ」
 脚立に座り、オーナーの佐伯 炎(さえき・えん)は壁に二枚の写真パネルを掛けた。
 それぞれ、四月と五月に開催したライブの写真である。これで、地下一階フロアの壁を飾る写真は、七枚となった。
「で。呼んだからには、次のライブの話‥‥かな?」
 位置調整を指示していた音楽プロデューサーの川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が、脚立を片付ける友人の背中に問いを投げる。
「ん。梅雨の時期になる前に、ちっとばかしって考えてな。雨になると、移動や搬入の大変になるし」
「プラン自体は、まだなんだね。それなら‥‥」
 言葉を切って考え込む素振りの川沢へ、首を傾げる佐伯。
「ナンぞ、そっちからプランでもあるか」
「うん。毛色の変わったところで、ファッション的な趣向のライブも、面白いかもしれないなって」
「ふむ‥‥まぁ、最近はツラとセンスのいいヤツも、多いからなぁ」
 煙草を取り出しながら、かつてのミュージシャンはからからと笑う。
「それに丁度、六月に入るし。女性とか、そういうのも好きうじゃないかな‥‥てね」
「六月‥‥て、ナンだっけ?」
 呟きながら煙草に火を点ける佐伯に、川沢は自分で珈琲を煎れながら答えた。
「ジューン・ブライド‥‥六月に結婚する花嫁は、幸せになるって話だよ」

 そして、『Limelight』でのライブ出演者募集が告知された。
 今回のテーマは、『六月の花嫁』。歌やステージの趣向はもちろん、できれば衣装にもテーマを踏まえて欲しいとの事だ。
 無論、出演者ではなく観客としてライブを訪れる事も、歓迎である。

●今回の参加者

 fa0085 一二三四(20歳・♀・小鳥)
 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0259 クク・ルドゥ(20歳・♀・小鳥)
 fa0476 月舘 茨(25歳・♀・虎)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1796 セーヴァ・アレクセイ(20歳・♂・小鳥)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2161 棗逢歌(21歳・♂・猫)
 fa2228 当摩 晶(19歳・♀・狼)
 fa2521 明星静香(21歳・♀・蝙蝠)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)
 fa2837 明石 丹(26歳・♂・狼)
 fa2925 陽守 由良(24歳・♂・蝙蝠)
 fa3461 美日郷 司(27歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

●だって、オンナノコですから。
 その日の『Limelight』事務所は、いつもと少々空気が違っていた。
「えーっとね。私はこの、シンプルな感じので動きやすくて‥‥コレくらいの丈で‥‥」
 身振り手振りを交えて説明するクク・ルドゥ(fa0259)に、当摩 晶(fa2228)もリクエストを加える。
「私も、動きやすさ重視で‥‥変態から身を守らないとね」
「変態って‥‥」
 あははー。と笑うククに、月舘 茨(fa0476)は深く問わずに『注文』を書き留めた。
「そっちの方は、決まったかい?」
 問われた愛瀬りな(fa0244)は、慌ててぱらぱらと参考用の衣装カタログをめくる。
「すいません、つい綺麗で見とれちゃって‥‥」
「いいよ、ゆっくりで。その手のカタログは、ほいほい見れるモンでもないしね」
「はい。みんな一斉にウェディングドレス‥‥きっと素敵でしょうね」
 気遣いに微笑んで、りなは再び熱心にページを見始めた。モデルとしても女性としても、興味が尽きないのだろう。
「で、海音はタキシードでいいのかい?」
 カタログを手に取らず、りなやクク達の様子を見守っていた聖 海音(fa1646)が、緩やかに黒い髪を揺らして頷いた。
「シンプルなものでしたら後はお任せしますので、手配の方をよろしくお願いします。神楽さんは、決まりましたか?」
「うん。神楽は、こんな感じの淡い紫色のワンピースでお願いします。あと、リボンも。あやめのイメージだよ」
「あやめだね、了解」
 月見里 神楽(fa2122)が指差す写真を確認し、茨は彼女の言葉もメモに書く。
「あとは‥‥と。決まったかい、胡都?」
 打ち合わせが始まってから、豊城 胡都(fa2778)はずっと口を閉ざしたままだった。この場で唯一の男性なのだから、それはそれで当然といえば当然なのかもしれないが。
「決まらないなら、こっちで決めるよ。こんなのとかさ」
 茨が示した写真に、胡都の表情が強張る。
「それは‥‥ちょっと‥‥」
「じゃあ、観念してどんなのがいいか、決めなよ」
 深々と嘆息した末に、彼はぽつぽつと希望を伝え始めた。

 各人からのリクエストを纏めた後は、採寸に入る。
 ‥‥勿論、その場に胡都は入れないが。
「災難だったな。お前のとこのリーダーなら、張り切って引き受けそうなモンだが」
 笑いながらも一応は慰めの言葉をかけつつ、佐伯 炎がアイスココアをテーブルへ置いた。
「逢歌さんは、別です」
 がっくりと肩を落とす胡都は冷たいグラスに手を添え、それから何かを思いついたように佐伯をじっと見上げる。
「‥‥佐伯さん」
「ん?」
「お願いが、あるんですけど」
 改まり、少し緊張気味で訴える胡都は、真剣な目をしていた‥‥例えば、おやつを強請る時の様な。

「それじゃ、後はお楽しみで。最後の曲の衣装もね」
 軽く手を振って、準備の為に茨は一足先に店を出る。
 ‥‥一件増えた『オーダー』を受け取って。
「楽しみですね、明日」
「うん。りなさんとか晶さんとか、衣装映えしそうだよね」
「そして、海音さんのお菓子にも期待!です」
 目を輝かせるりなに、海音は照れた様に微笑む。
「それでは、腕によりをかけなければいけませんね」
 そんな和やかな会話をしながら、『準備』を終えた女性陣はお茶を楽しんでいた。

●賑やかな楽屋入り
「おはよーございまーっす」
 ひょこと頭を下げて、棗逢歌(fa2161)が事務所に姿を現した。
 そしてまだ静かな室内に、はてと首を傾げる。
「あれ、僕ら一番乗り?」
「いや。朝から丹さんと由良さんが来ていて‥‥いまも茨さんと格闘中、かな」
 事務椅子に座って何事かをノートに書きとめていた川沢一二三が、楽屋へ続く扉を見やった。
「頑張ってるんだね」
 会話の間にひょっこり事務所内を見回したククは、数台のハンガーラックを見つけて表情を輝かせる。
「晶さん、これこれ。胡都さんのもあるよ!」
 衣装についた名札を確認しながら無邪気にククが報告し、胡都は憂鬱そうに額を手でおさえた。
「ああ、衣装合わせをしておいてほしいって。問題がありそうなら、超特急で交換するって言ってたよ」
「はーい」
「それから今日は着替えの都合で、女性六人に一番大きい楽屋一つだから」
「はいはーい」
 元気よく答えながらククは自分達の衣装を取り、晶を連れて早速楽屋へと向かう。
「‥‥女の子、だねぇ」
「年寄りっぽいですよ」
 楽しげな二人を見送って、どこか楽しげな逢歌に胡都が口を尖らせる。
「気にしない気にしない。ほら、僕らも衣装合わせしないと」
「そういえば‥‥結局、逢歌は『どっち』にしたの?」
 背後の声に、逢歌は飛び上がらんばかりに振り返り。
 川沢に会釈をして、明星静香(fa2521)が彼らへと歩み寄った。
「そりゃあ勿論、こっちだよ」
 手にした黒いタキシードを示す恋人に、静香は少しほっとした顔をして。
「逢歌の事だから、ドレスを着そうな気がしていたのだけど‥‥気のせいだったのね」
「えーっ。だってほら‥‥静香がドレスならさ‥‥」
 語尾を濁して照れる彼に、彼女はくすりと笑い。
「もし逢歌がドレス希望なら、私はタキシードにしてねって頼んでたの」
「うわっ、それも見たい‥‥見たいけど、ドレスもやっぱり‥‥っ」
 よじよじともがく逢歌の肩を、ぽんと川沢が叩いた。
「葛藤中に悪いけど、お二人さんに用があるそうだよ」
「あの‥‥」
 川沢の傍らで、躊躇いがちに神楽が二人を見上げている。
「お邪魔します‥‥なかなか会えなくて、遅くなっちゃったけど‥‥逢歌さんと静香さん、おめでとうございます」
 祝いの言葉と共に、神楽は透明なケースに飾られた紅茶の缶を二人へ差し出す。その蓋には、婚礼を意味する英字が踊っていた。
「カラフルな花びらが入ってて、透明なポットだと見た目がとっても楽しいの。色綺麗だし、匂いも良いんだよ」
 皆と一緒に飲めたらいいんだけどと、照れながらも微笑む神楽。逢歌と静香も頬を染めながら、互いに顔を見合わせて。
「ありがとう、神楽さん」
「うん、ありがとう。後で、皆と飲もうか」
 礼を言われた神楽は、嬉しそうに頷く。
「なんだか、このまま二人の結婚式を始められそうだね」
 楽しげにその様子を眺めていた川沢の一言に、一気に逢歌は湯気が出そうなほど赤くなる。
「か、川沢さんっ」
 くっくと笑う川沢を咎める逢歌を見ながら、静香は火照った頬へ手をあてた。
「六月の花嫁‥‥まだ早いかしら」
 彼女の呟きを聞きとめた神楽が、にこっと笑った。

「巽さん。これ、顔が隠れないんですけど‥‥」
「うん。だって、マリアヴェールを頼んだから」
 縁をレース刺繍で飾った白いベールを広げる胡都に、星野・巽(fa1359)は当然というように答えた。ちなみにマリアヴェールとは、聖母マリアが被っているような形のヴェールである。
「よかったな、胡都。よく似合うぞ‥‥巽の見立てなら当然か?」
『大任』を間逃れた美日郷 司(fa3461)が、嬉しそうに胡都を褒めた。
「よくありません。顔が隠せると思ったのに‥‥」
 ヴェールを深めに被ってみたり、被る方向を変えてみたり、何とかならないかと苦心する胡都だったが。
「だめだよ、ちゃんとこう付けないと、シルエットが崩れるから」
 たしなめて形を直す巽に、彼は深い溜め息をついた。それから、八つ当たれる相手が今日はいない為か、司に視線を投げて微笑む−−もっとも、目は笑ってないが。
「エスコートの役目、佐伯さんと変わってもらいましょうか?」
「それなら、巽がいい」
「ちょっと‥‥今日は大目に見ようかと思ったけど、やっぱり撫でるな抱きつくな、司ーっ」

 その後も演奏者達は次々とライブハウスを訪れ、会話に花を咲かせながら衣装合わせにいそしむ。
「女性はやっぱり、こういうものに憧れるんだな‥‥」
 ひとしきりの『ラッシュ状態』を見送ったセーヴァ・アレクセイ(fa1796)は、何となく妹の事を思い出し‥‥浮かんだ想像を振り払うように、頭を振った。
「どうした、気分でも悪いか?」
「いや、ちょっと‥‥それより、曲の方だけど」
 話を戻すセーヴァに、禁煙煙草を咥えた佐伯は進行表に目をやる。二人は賑やかな事務所から移動して、メインフロアで打ち合わせをしていた。
「カウンター以外は机も椅子も取っ払うから、実際には合間に何かいちいち挟んでってのは、逆に流れを崩すと思うんだよな」
「でもそれだと、着替えや準備が間に合わないんじゃ?」
「ああ。だから、最初にビシッと締めてだな‥‥」
「佐伯さーん‥‥ああ、取り込み中か」
 青いリボン飾りの付いた階段を降りてきた陽守 由良(fa2925)に、佐伯は顔を上げた。その後から、明石 丹(fa2837)が続く。
「どうした、『生花教室』は終わったか?」
「生花じゃねぇっつーの」
 声をかけた佐伯に、由良が肩を竦めてスツールに座った。二人のやり取りに笑いながら、丹は奥への入り口を指差す。
「佐伯さん、厨房借りていい?」
「もしかしてお前ら、昼飯まだか。じゃあ、なんか見繕ってやるから座っとけ」
 カウンターをコツコツと叩いて丹を促し、佐伯は厨房へ向かった。

 スツールに座った一二三四(fa0085)は、両手の親指と人差し指で作ったファインダー越しにライブリハーサルを見学していた。
「今日のライブは‥‥撮りがいがありそうですね。皆さん、衣装も凝ってるようですし‥‥」
「まぁな。で、嬢ちゃんは今回は『客』か」
 カウンターに肘をつき、同じくリハを見ながら尋ねる佐伯へ彼女は頷く。
「『こちら側』の方が、性分みたいです」
「そうか。そりゃあ、仕方ねぇな」
 佐伯はそれ以上は何も言わず、風下に移動して煙草へ火を点ける。
 二三四は再び視線を戻し、耳に馴染んだメロディを口ずさみながら、ステージを眺めていた。

●ジューンブライド・ライブ開演
 扱うテーマの為か、フロアを埋める聴衆は友人達と来た風の女性やカップルが多い。
 いつもの様にフロアを照らすライトが絞られていくと、会話がざわめきへと形を変え、やがてそれも潮が引くように遠のいていく。
 誰もが息を飲んで待つ、期待と緊張の瞬間。
 そこへ、セーヴァは足を踏み出した。
 立て掛けられたチェロを手にして、用意された椅子に腰掛け。
 そして、静寂に深い音が沁みこんで行く。
 奏でるは、レーガー作曲『ロマンス ト長調』をアレンジしたもの。
 聴衆が聞き慣れぬクラシカルな演奏に耳を傾けている間に、黒いローブを纏った逢歌がステージに立つ。
 そして淡い紫のドレス姿の神楽が、青紫と白のアイリスの花を盛った籠を手に現れ。
 白いタキシード姿の『花婿』と、その腕に手をかけた清楚なウェディングドレスの『花嫁』が続く。
 白いドレスと頭上で輝くティアラがライトを反射し、粛々とした空気に女性客から感嘆の吐息が漏れる。
 二人を先導した神楽は、髪を飾るリボンを揺らしてピアノへ移動し、花籠を傍らの小さなテーブルに置く。
 セーヴァが静かに前奏曲を弾き終えると、柔らかなステージの明かりがすっと落ちた。

●『Iris−イリス』〜Wedding with IRIS
 切り出したのは、ピアノの音。
 それにアコースティックギターの弦が追従する。
 曲調は、少し軽快な鍵盤楽器の低音がリズムを保つバラード調。
 そして4本のライトが一斉に、ステージの上の四人を照らし出した。
 わっとあがる歓声を聞きながら、身体でリズムを取りつつ、『花嫁』りなは祈りを−−あるいはブーケを捧げるように、両手でマイクを握る。

「 貴方に出会えただけで幸せだったのに
  これからの日々も共に過ごせる
  プロポーズ 笑顔で頷いたあの日はrainyday
  でも今日は違う 貴方と私 空見上げ微笑み合う 」

 白手袋をつけた手を、りなは海音へ差し伸べ。
 いつもの女性らしさを抑えたメイクに、艶やかな髪を後ろで一つにまとめた『花婿』海音が、彼女の跡を継ぐ。
 いつもは中音域から高音域の歌声をセーブして、出来る限りの低音で。

「 雨上がりのsunnyday
  水たまりに映るのは 青い空に浮かぶ七色
  それは虹のバージンロード 未来へと続く道
  君と僕が歩む道 」

 鳴る鐘の如く、ピアノが高らかに鳴り響く。
 りなと海音は視線を合わせて、呼吸を合わせ。

『 白い妖精舞い降りた 花束抱え微笑むよ 』

 二人の歌声に、神楽もコーラスで花を添え。
 逢歌のギターが、彩りを添える。

『 「あなたを守ろう」 隣立ち
  差し出す騎士の手 取りました

  近くで遠くで鐘響く 抱えられたアイリスが
  嬉しそうに揺れていた 』

 柔らかく歌い上げた二人は手を繋ぎ、降り注ぐライトへ掲げた。
 さながら婚礼の参列者へも祝福が降るよう、虹を呼ぶ様に。

●『アドリバティレイア』〜ビスタ
「華やかだね‥‥こういうライブの中で、本当に結婚式とかやってみたいなぁ」
 舞台の脇から『Iris』のステージを見ながら、丹が呟いた。
「結婚式‥‥か」
 ふむと何か悪戯を思いついた表情で由良が考え込む。だが本人はそれに気付く様子もなく、歓声と拍手を背に戻ってくる四人を迎えていた。
「次はアドバの番だね。二人のステージ、楽しみにしてるから!」
 飛び跳ねんばかりにはしゃぐククへ、丹と由良は軽く手を振る。

 上着を燕尾服のウエストから下を切り取ったようなスペンサージャケットにアレンジした黒いタキシード姿の丹と、首からファーを垂らしたブルーグレーのタキシードをルーズに着こなした由良は、それぞれ白い花束を手にして暗いステージに立つ。
 二人はピアノの前に置かれた花籠に、手にしたカスミソウと白い薔薇の小さな花束を差し込んだ。
 自分達の手で作ると二人が決め、朝から苦心の末に作り上げたそれは、決して上手くはなかったが。
 花束を差した籠から二人が離れ、由良がパチンと指を鳴らすと、斜め下より一本のライトが花を照らし。
 背面の白いスクリーンに、ブーケを手にした『花嫁』のシルエットを浮かび上がった。
 作品の『完成』に拍手が起きる中、丹は胸ポケットに差し込んだハンカチを取り出す。
「サムシングフォーから幸せの『青』を贈るよ」
 ふわりとハンカチを振ると、そこに包んだ青い花弁がひらひらと『花の花嫁』へ舞い落ちた。
 そして、いつもの様にピアノの前でスタンバイしている由良が、曲の紹介を始めるのだが。
「ところで、今回のテーマにちなんで‥‥丹サンに一つ聞きたい事があるんだが。例の彼女さんとの式は、いつ予定なのかな?」
「由良‥‥っ!」
 ベースの準備をする丹が赤くなり、聴衆−−特に女性客の間で『彼女と結婚』という言葉にざわめきが走る。
「ウソウソ。皆、心配した?」
 冗談めかした明るい口調で、由良は微妙な空気を払拭しようと試み。
 断ち切るように、強く明るいピアノの音を弾ませた。
 動揺を隠すように丹もベースで後に続き、平静を取り戻そうと軽く深呼吸してから、歌に入る。

「 曇りの予報にBANG!
  青空飛ぶ小鳥にキスを送る

  隣の子犬は今じゃ眠そうに微睡むおじいちゃん
  君の頭を撫でたあの頃は まだ夢でしかなかった

  踵を鳴らし背筋を伸ばして
  未来を誓って 女神様にウィンク 」

 曲はメリハリのきいたリズムから、一転して穏やかな語り口調となる。

「 両手に抱えきれない有難うで困らせてしまうかもね
  今日の涙にはベストスマイルも一緒だから

  You’re my every thing
  Ah la la la

  届く限り腕を回し抱きしめていたい
  新しいこれから 」

 後半は落ち着きを取り戻して唄いきった丹だが、『爆弾発言』のサプライズはしばらくネットやファンの間で噂として賑わう事となるだろう‥‥。

●『BLUE−M』+『蜜月』〜花−嫁ぎゆく貴女へ + Szeretlek
「ウェディングドレスって‥‥何度も着たい品だよね」
 アクセントとしてフリルや小さな花をあしらえた、シックなAラインの純白のドレスを纏い、ブーケを手にして表情を緩めていたククだが。
「一生にそんなに何回も着てたら、それはそれで問題があるんじゃねーか?」
 呵呵と笑う佐伯に「そういう意味じゃなくってっ」と両手を振り回して訴える。
「何度着たっていいんじゃない? ククさんも晶さんも可愛いし」
 手を揉んで喜ぶ黒タキシードの逢歌に対し、ビスチェタイプでスレンダーラインのドレスを着た晶は「変態が近づくと、穢れるから」と、白タキシードの巽を間に挟んで防壁にしていた。
 困ったように笑う巽だったが、彼は彼で白いショートフロックコートの礼服姿の司がこれ見よがしに銀色のエレキギターへと施す『儀式』に眩暈を覚える−−この演奏では司が担当するのは、ピアノなのだ。
「で、そこの『花嫁』はいつまで拗ねてるんだ」
 佐伯の言葉に、ちんまりと椅子に座った胡都が恨めしそうに上目遣いで見上げた。
「だって、佐伯さん褒めてくれません」
「そりゃあお前、女装して「可愛い」とか「似合ってる」とか「見違える」とかは、それはそれで失礼だろ」
「そーかなー。僕は可愛いと思うけどね」
 ウィンクする逢歌に、うんうんと頷いて賛同するクク。佐伯の差し伸べた手を取って、胡都が漸く立ち上がる。
「ほら、膨れるな。せっかくの美人が、台無しだろう」
 照れた様に俯きながら、白のチャイナドレスを纏った胡都は相手の腕に手をかけた。

 ククを逢歌がエスコートし、巽が晶と共に颯爽と現れる。その後に胡都が佐伯と続き、最後に司がポジションに着いた。
 役目を終えた佐伯はステージ裏に下がり、逢歌がライトを浴びて前に出る。
「Ladies & Gentlemen お待ちかね、甘い蜜月の時間だよ!
 今夜は、普段以上に素敵なプレゼント。
 今夜の蜜月は、あのBLUE−Mとコラボでお届け。
 僕らの甘く素敵な初夜を、心行くまでご堪能あれ!」
 歓声の中で胡都がスティックを振るい、緩やかに軽やかに三拍子で叩くドラムスの鼓動に、逢歌のギターと司のピアノが呼吸を合わせ。
 中央に立ったククが一歩前に歩み出て、巽と晶のコーラスをバックにファルセットを響かせる。

「 粉雪色の服を纏い 霞のヴェールに包まれて
  極彩色は 空に舞い踊る
  真っ白な花が蒼を彩り 虹の絨毯を貴女が歩む
  もうすぐこの手を離れゆく花よ 今暫くここに 」

 その感情の波を表すが如く、演奏は時に膨れ上がり、時に息を潜め。

「 貴女のその手を その声を その微笑みを 忘れない

  今日嫁ぎゆく貴女へ 最大級の感謝を
  世界で一番の愛を貴女へ 有り難う マイシスター

  貴女の強さを その言葉を その優しさを 忘れない

  今日嫁ぎゆく貴女へ 最大級の祝福を
  世界で一番の愛を貴女へ 幸せに マイシスター 」

 最後は、歌ではなく言葉を伝えるように呟き。
 声の後を追って、ピアノとドラムが静かに消え、少々たどたどしいギターのアドリブが後を継ぐ。
 その間にククは後ろへ下がり、代わりに進み出るのは巽と晶。

『 伸ばせる腕は2本しかなくて
  広げた手はあまりにも小さくて
  か細い腕でつかめるものなんて
  きっとそう多くはないよ 』

 先の曲の流れのままに、ゆったりと唄い。
 そして、曲調は一転する。
 ドラムが勢いよく弾け、転がるようにピアノの旋律が流れ落ちる。
 それを聞きながら、巽がマイクを掲げ。

「 すり抜けてゆく宝石を見ない振りして
  必死に駆け抜けようとしてた
  それはきっと夢に向かって飛び出したんじゃなく
  夢にすがって逃げてただけ?
  前ばかり見つめた僕は、いつしか
  自分も君も見失いそうになってた 」

 少し音程の危なっかしい巽へ答えるように、明るく晶が言葉を繋ぐ。

「 駆け抜けてこれたのは 君がいたから
  進めたのは、この手があったから
  すり抜けた宝石たちは消えてしまったんじゃないよ
  君の足元を覆って、輝いているもの 」

 更に返礼するように、巽のパートが続き。

「 立ち止まって、久しぶりに繋いだ手はなんだか小さく感じて
  君に泣き止んでもらいたくて強く握ると余計泣かせてしまった。
  迫りくる明日に不安な夜も、届かない指に嘆く夜も
  君が傍にいてくれるだけで
  きっと僕は無敵になれる 」

 最後はククがコーラスを添えて、三人が華やかに唄う。

『 伸ばせる腕は2本だけ
  でもさ、その2本分の幸せはつかみとれるってことでしょ?
  そういって笑う純白の君だから
  僕はこの2本を精一杯使おう

  伸ばせる腕は2本だけ
  一本は未来を切り開くため
  一本は君と手を繋ぐために
  死が2人を別つまで、僕と一緒に歩かない? 』

 三種の音が賑やかに舞台を締め括れば、ククと晶は聴衆へブーケを投げる。
 歓声と拍手に手を振って応えながら、六人はステージを降りた。

●六月の花嫁
 静かになったステージに、再び大型弦楽器の優しい音色が響く。
 開演と同じく、このまま穏やかな音色で幕を引くのかと名残惜しげな客達をよそに。
 ひとしきりのメロディを終えても、弦の音は続き。
 そして再びステージへ姿を見せた歌い手達を、歓声が迎えた。
 現れたのは、白いお揃いのドレスを纏った女性アーティスト達。
 そのスカート丈はミニやミドル丈の違いはあるが、ウエストのリボンを揺らしてステージへと一列を成し。
 それから何かを請い願うように、揃って片手を遠くへ差し伸べる。
 ライトが回転し、照らし出したのは観客達の遥か後方。
 いつもは暗いVIP席の手すりにもたれ、男性アーティスト達がずらりと並ぶ。
 チェロの音を聞きながら、高みよりまず唄い始めたのは逢歌。

「 世界で一番怖いことは いつかこの手を離さないといけない事
  だからさ 願わくば死が2人を別つまで
  握っていても構わないかい? 」

 彼の言葉に彼女らは顔を見合わせて。
 間髪おかず、一本のスタンドマイクへ進み出た静香が、今日始めて力強くも優しい声を彼へと届ける。

「 側にいられる幸せを 共に歩める幸せを
  ずっとあなたと感じたい 永久(とわ)に変わらぬ絆を胸に 」

 男仲間から冷やかされつつ、逢歌はフロアへの階段を一足飛びに駆け下りた。
 観客達の歓声や伸ばす手から逃れてステージへと上がり。
 タキシード姿の彼が差し出す花束を受け取って、するりとスカートのリボンを引き抜く。
 裾がふわりと広がって瞬く間にロングドレスとなり、二人は手を取り合って、ステージの後ろへ下がった。
 そして、仲良くアコースティックギターを手にして、チェロの音色に加わる。

「 同じ道・同じ時間 愛しい貴女と一緒に歩みたい
  どうかこの手を受け取ってくれませんか? 」

 次に言葉を投げたのは、胡都。
 照れたように頬を染めて、りなが彼の言葉を受け取る。

「 これからも 一生貴方に寄り添います
  離さないでね?
  あたしも 離さないから 」

 薄い紫のドレスがひらりと舞って、ドラムスに座る胡都の傍らで、りなはその演奏を見守る。
 ちらと隣の巽を見てから、司は言葉を切り出した。

「 俺と一緒に暮らして欲しい 弦が音色に寄り添うように 」

 無邪気に笑って、ククはさえずる様に唄う。

「 貴方と一緒に歩めるなんて 何よりも嬉しい 」

 司を見送った巽が、その後に続く。

「 『愛してる』 百万回の言葉と一緒に君に誓うよ
  世界で一番君が大切だから 」

 先程のタキシード姿とは打って変わって、ビスチェタイプのドレスを纏い、髪を結い上げた海音が柔らかく微笑んだ。

「 ありがとう
  ずっと欲しかったその言葉をくれた貴方に 生涯愛を捧げます 」

 残った男二人は互いに顔を見合わせ、そして丹が先にマイクを握る。

「 パターン通りで悪いけれど 幸せになりませんか? 」

 彼に続いて、由良も言葉を重ねる。

「 ただ傍にいてくれ 大切にするから 」

 唯一丈の短いドレスのままの神楽が、愛らしくにっこり笑んで両手を二人へ差し伸べる。

「 この世界にただ一つ あなたを彩る花になりましょう 」

 そして、チェロの独奏で始まった曲は、ベースとピアノとバイオリンを加えて。
 優しいバラードで、一夜の宴は幕を閉じた。

●打ち上げ
「実は、ひっそりケーキを3種類準備して来ました。人参・南瓜・ほうれん草の野菜を使ったヘルシーケーキです」
「本当ですか?」
「うわ〜っ、綺麗です!」
 海音が披露した美しい三色のケーキに、『一仕事』終えた者達が次々と喜びの声をあげる。
「神楽さんには、お土産用に包んで参りましたわ」
 いつものように22時という時間制限のある神楽へ、海音は小さな箱を手渡す。小さな花は、嬉しそうにぱっと輝いた。
「ありがとうございます! お兄さんやお姉さん、とっても似合っていたよね。神楽が本当に花嫁さんになるのは、もっと先だろうなぁ」
「そんな事ないです。神楽さんは可愛いですし、すぐですよ」
 りながいつもの様に拳を小さく握って力説する。
 そんな賑やかな打ち上げの様子も、二三四は愛用のカメラに収める。
「ライブの時の写真も、出来上がったら焼き増しして皆さんに送りますね」
「うん。楽しみにしてる〜!」
「ククさん、フォークを振り回しちゃ危ないです‥‥」

 盛り上がるメンバーを眺めながら、肩の荷が下りたようにふぅと茨は息を吐いた。
「準備にメイクに着付けと、色々お疲れさんだったな」
 カウンターにストレートグラスと、ミネラルウォーターのチェイサーが置かれる。
 飲むかという風にウィスキーの瓶を見せた佐伯が、ストレートグラスに琥珀色の液体を注いだ。
「遣り甲斐があったけどね。どたばたするけど、こういう方が性に合ってるわ‥‥あ、ダブルにしとくれよ」
「カパカパ飲むなよ」
 佐伯は笑いながら、容積の半分以上が満たされたグラスを茨へ押しやる。彼女はウィスキーを一口飲むと、水を煽って一息ついた。
「ジューン・ブライドは‥‥四月馬鹿に式挙げようとしたあたしには、縁のない浪漫だね。炎はドレス着せたかった人とか居なかったの? 桜の人とか‥‥ってのは、あたしの邪推かい?」
「ああ、邪推邪推」
 からからと笑いながら、佐伯はボトルの栓を締める。
 はぐらかす相手に苦笑いを浮かべ、賑やかな打ち上げを眺めながら、茨は更にグラスを傾けた。