世界祝祭奇祭探訪録 8ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/03〜06/05

●本文

●花咲く谷
 ブルガリア共和国は乳製品や一部ワインが有名ではあるが、実はバラ香油の産地として、世界のシェア8割を占め、バラは『ブルガリアの金』とも称される。
 ブルガリアのほぼ真ん中、バルカン山脈とスレドナ・ゴラ山脈に挟まれた一帯は、温暖で乾燥した気候がバラの栽培に適し、『バラの谷』と呼ばれるほど盛んである。
 普通に花屋で売る観賞用のバラよりも一回り小ぶりの花は、5月中旬から6月上旬が収穫期。太陽が昇り、花弁が開く前が一番香りの良いバラが採れる時間帯で、大人も子供も総出でバラの花を摘む。
 このバラ摘みのシーズンを締め括るのが、収穫祭『バラの谷の祭』なのだ。
 バラの谷の祭は名前の通り、バラの谷に位置するカルロヴォやパヴェル・バニャでも行われるが、特にカザンラクの祭はヨーロッパ中から観光客が訪れる程に有名である。
 収穫祭では大人も子供も華やかな民族衣装で着飾り、楽器を奏で、唄って踊る。そして最終日には早朝からバラ畑へと繰り出し、残されたバラを摘むのだ。

●『バラの谷の祭』
 お馴染みのスタッフが、取材希望者達へ番組資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で七つの祭を紹介し、今回の『バラの谷の祭』が第八回となる。
「今回の滞在先は、ブルガリアのカザンラクです。滞在期間は6月3日から6月5日までの3日と、いつもより短めです。祭の期間自体は、6月2日〜4日。クライマックスは最終日4日の朝から行われる、バラ摘みです。馬車に揺られてバラ畑まで行って、残っているバラを摘むとか。他にも、期間中はカザンラクの町中にはフォークダンスのステージが立って、近隣の国からフォークダンス・グループが演技を披露しにきたり、移動遊園地が開かれたりするそうです」
 いつもと変わらぬ口調で、担当者は資料を順番に捲っていく。
「滞在先のアーレン家は、谷でバラ栽培をされている若い御夫婦です。結婚されてまだ2年程で、子供はいらっしゃらないんだとか」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「少々忙しい日程ですが、どうぞ良い旅を」

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0201 藤川 静十郎(20歳・♂・一角獣)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1202 高岑 轡水(27歳・♂・蛇)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2627 ラルス(20歳・♂・蝙蝠)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●バラの香りの町
 ブルガリアの首都ソフィアより、バルカン山脈とスレドナ・ゴラ山脈の間を走る列車に揺られて3時間以上。
 昼前に着いた駅にはプラットフォームもなく、乗客達は腰ほどの高さの列車から地面へ降りる。
「‥‥手を貸すか?」
 一番最初に降車し、他のメンバーの荷物を降ろしたCardinal(fa2010)が他の同行者−−主に着物姿の三人を見上げた。
「大丈夫です。一応、梯子もありますから」
 謹んで辞退した御堂 葵(fa2141)が、扉の下の三段ほどの小さい梯子を指差す。申し訳程度の代物なのだが、ないよりはマシだろう。
「ただ、待ってもらうのも申し訳ないので、最後に降ります。お先にどうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
 先を譲る葵に、スーツ姿のエルヴィア(fa0095)は銀の長い髪をふわりと翻し、難なくアスファルトへ降り立った。
 続いて羽曳野ハツ子(fa1032)がぽんと外へ飛び出し、躊躇う少女に振り返る。
「セシルさん、思い切って飛んじゃえば大丈夫よ〜」
「はい! 葵、お先にですっ」
 ぴょこんと緩やかなウェーブの髪を揺らして会釈をし、セシル・ファーレ(fa3728)がスカートの裾を気にしながら、思い切って空へ足を踏み出した。
「お二人も‥‥」
「いや。手間取っていては、見切り発車もされかねないからな」
 声をかけるも逆に高岑 轡水(fa1202)に促され、葵は注意深く小さな梯子を足で探りながら降りる。
 彼女を待ってから、轡水は着物の裾を捲り上げてひらと飛び降り、残る藤川 静十郎(fa0201)へ手を差し伸べた。僅かの間、轡水の手と表情を見比べた末、静十郎は手を借りる。
「この分では‥‥帰りが大変そうですね」
 列車から降りるだけでもひと騒動の一行を、荷物の番をしながらラルス(fa2627)が眺めていた。

 青草の茂る線路を渡って駅舎を出ると、町は既にお祭ムードに包まれていた。聞こえてくる音楽に誘われる様に、同じ列車に乗り合わせた観光客達は次々と町の中心部へ向かう。
「あれ‥‥お祭って、今日からだったんですか?」
 音楽と人々の行く先を気にしながらセシルが尋ねると、「ええ」と葵が頷く。
「先に聞いた話だと今日の午後に国際フォークダンス・フェスティバル、明日がバラ摘みだったかと」
 その言葉にエルヴィアも驚いた様に目を瞬かせて、苦笑いを浮かべた。
「あら‥‥私も勘違いしていたわ。バラ摘みの機会を逃すところだったわね」
「では、最終日に余裕があれば、トラキア遺跡見物ですね‥‥かえって観光客も減っているかもしれません」
 それはそれで好都合と言うラルスに、他の者も同意する。
「とりあえず今は、アーレンさん達と合流しないと‥‥どこかしら」
 つま先立ってハツ子が駅前の道路を見回した。一行の中で一番長身であるCardinalが視線を巡らせれば、路肩に止まる一台の荷馬車が目に入る。
「‥‥あれじゃないか?」
 御者席には手綱を握る男性。その隣で人の流れを窺っていた若い女性が、異邦者達を見つけて手を振った。

●民族舞踊
 馬車に揺られて到着したアーレン家は、カザンラクの郊外にあった。周囲は緑豊かな草原で、山から吹く風には甘いバラの香りが漂っている。
「遠いところを、ようこそ。長旅で疲れたでしょ。遠慮なく、どんどん食べてね」
 着いた一行が荷を解いて身軽になる間に、人懐っこい笑顔のアーレン夫人が手料理を準備していた。
 冷製ヨーグルトスープのタラトールやひき肉と野菜を重ね焼きにヨーグルト入りのパン生地を乗せたムサカ、焼きチーズパイのバニーツァ。そして、パンにはローズジャムが添えられている。
「夜はお祭の露天で食べちゃうだろうから、腕をふるってみた」らしい。
「フォークダンスの大会って、もうやってるんですか?」
 駅前の光景が気になっていたのか。食事の合間を縫って心配そうに聞くセシルに、夫人は微笑んだ。
「食べてからでも間に合うから、安心してね。今日は地元の舞踏団の他に、ルーマニアやグルジア、トルコの民族舞踊団の踊りがあるのよ」
「あの‥‥私は、できるだけ家の事のお手伝いの方をさせて頂きたいのですが‥‥よろしいでしょうか?」
 葵の申し出に、夫妻は顔を見合わせる。
「バラ祭は収穫の祭ですし、遠慮なく楽しんでもらっていいんですよ。お手伝いしてもらうなんて、遠くから来た方に申し訳ない」
「お心遣い、感謝します。でもお世話になる礼もしたいですし、地元の方の話も伺いたくて。もしお邪魔なら、無理は申しませんが」
 彼女の説明に、大人しそうなアーレン氏が納得した様子を見せた。
「いいえ、有難い事ですよ」
 礼を述べる主人は、ブルガリアワインのボトルを手にする。
「よければ、ワインもどうですか。こちらの方も」
「いや、俺は結構‥‥」
 主の勧めに、轡水は首を振って辞退する。が、逆に主は楽しげにグラスへブルガリアワインを注ぎ、困惑する轡水に静十郎が意味ありげに微笑んだ。
「‥‥知っていたな」
「いいえ、私は知りません」
 素知らぬ顔で食事を進める静十郎を、何事かを算段するように轡水が見やる。
「そうか‥‥折角だから、戒も飲んではどうだ?」
「遠慮しておきます。カメラの前ですし」
 つぃと、静十郎はそっぽを向いた。

 食事が終われば、手伝いに残る葵を除いた七人はアーレン氏の案内で、バラ公園のフォークダンス・フェスティバル会場へと足を運んだ。
 ブルガリアの地方では、まだまだ交通網が発達しておらず「バスを待つなら歩く」「同じ方向の車があれば、便乗させてもらう」というのが、地方流である。
 互いの国の事を話しながらフェスティバル会場に着けば、既に多くの観光客が集まっていた。
「凄いですね‥‥」
「周辺のチームだけでなく、他国の舞踏団も来ますから。最近は観光客も増えて、賑やかになってます」
 観光客の間を抜けて、一行は地元の人々が集まっている前列の席へ案内される。
 やがて、ステージの楽団が独特なリズムのブルガリア音楽を奏で始め、簡素な作りの小さな舞台に最初の舞踏団が軽いステップで現れた。
 白のシャツに、男の子は赤いチュニックと黒いパンツ、女の子は赤いスカートに刺繍の入ったエプロンという民族衣装を纏った総勢20人ほどの子供達は、幼いながらもステップを踏み、愛らしい踊りを披露する。
 飛んだり跳ねたり踊る子供達に、歓声が沸いた。
 最初の子供達が踊り終えると、次はもう少し年上の子供達が舞台に上がり、軽やかに踊ってみせる。
「みてみて、すっごい可愛〜いっ!」
 舞台に夢中のハツ子に、コンパクトカメラのファインダーを覗くラルスが「はいはい」と適当な相槌を打っていた。ぬいぐるみを抱いたセシルも、盛んにデジカメのシャッターを切っている。
「ここの者はみな、小さい頃から踊ってるんだな」
 ふむと感心した様に、Cardinalが腕組みをして眺めていた。
「小さい頃から踊りを覚えて、大人になっても踊るようね」
 踊りの合間にエルヴィアが舞台の脇を示せば、ダンスの準備をしている人々の中には、中年から壮年クラスのグループも見える。他にもブルガリアとは違う民族衣装の一団もいて、華やかな踊りを期待させた。

「すいません、遅くなりました」
 葵がアーレン夫人と二人で現れた時には、地元グループのダンスが一通り終了し、近隣諸国からのチームの舞踏が始まる頃だった。
「間に合ってよかったな。まだ、他国のチームの演技がある」
「ありがとうございます‥‥間に合って、よかったです」
 ほっと安堵の息をついて、葵は夫人と席に座る。
 イスラム風の衣装に、少しアラビアっぽい音楽で踊る一団があり。
 太鼓を叩いてアコーディオンを弾き、フォークダンスとは一味違う躍動的なダンスを披露する一団があり。
 フェスティバルは日が暮れて終了となるまで、賑やかに続く。
 フェスティバルが終わると、今度はバラ祭に選ばれたバラの女王のパレードが始まり、また地元舞踏団がフォークダンスを披露する。
 それが終われば、フリークライミングや移動遊園地に遊びに行き、あるいは入れ替わり立ち代わりで人々が出入りする露店でワインやビール、挽肉の炭火焼ケバブチェを楽しみ。
 カザンラクの町は、夜更けまで賑やかだった。

●早朝のバラ畑
 翌日。太陽も昇らないうちからCardinalや静十郎、葵が起き出し、朝食を準備する夫妻に代わって同行者達を起こしていた。
「轡水さん、時間です。他の方はもう起きましたよ」
 肩を揺するが、寝ている相手はうんともすんとも言わず。
「永眠なさい。この狸」
 ぼんっと、枕を投げつける静十郎。堪えきれなくなったか、轡水は肩を震わせて笑う。
「こら、人様の家の物を投げるんじゃない。それに、俺は狸ではない」
「知りません。起きないと、置いていくだけですから」
 からかう相手を残して、静十郎はすたすたと部屋を出た。

 希望者は夫人が用意した民族衣装に着替えて、軽い朝食を済ませる。
「さすがにサイズがないのよね。ベストをこれにして、後は普通のシャツとパンツで構わないかしら」
「ああ。十分だ」
 Cardinalは頷いて、刺繍の入ったベストを受け取った。腕を通した彼に、窮屈さはないかとしきりに夫人が気にする。
「一番大きいサイズなのよね‥‥どう?」
「大丈夫だ。ありがとう」
 彼の言葉に、夫人は「よかった」と笑んだ。
 外に出れば、額に花飾りをつけた馬がバラで飾った馬車に繋がれていた。
 漂う芳しい香に、「いい香りね」とエルヴィアが目を細める。
「帰る時には、もっといい香りがしますよ。行きましょうか」
 男性は馬車の周囲を歩き、バラで編んだ花冠と花の首飾りを付けた女性はゆるゆると進む馬車に揺られ。
 朝の5時になる前に、一行はバラ摘みへと向かった。

 バラ畑は、一面の緑に覆われていた。
 香料用のバラは観賞用より花が一回り小さいせいもあるが、既に5月中旬より収穫が進んでおり、このバラ摘みで収穫を終える為だ。
「もうちょっと、ぱーっと花が見渡す限りに広がっているかと思ったわ」
 想像していたものと違う風景にハツ子は少ししょげたが、葉の間に残るピンクの花を見つけてすぐに立ち直った。
「小さくて可愛くて、いい香り‥‥」
「そうね。咲くと香りが抜けるから、咲いてしまう前に花を摘む‥‥バラにとっては、可哀想な事をするのよね。大事に摘まないと」
 そっと、小さな花に手を添えて呟くエルヴィア。
 その間にも、周囲にはバラ摘みに来た者達が集まり始めている。
「じゃあ、摘み方を教えるわ。摘んだ花は、この籠に入れてね」
 夫人から胸の高さほどに育ったバラの木から花を摘む方法を教わり、皆見よう見まねでバラを摘む。
 バラで飾った浅い籠は大して苦労もせずに摘んだ花で溢れ、その頃にはあちこちでブルガリアン・ボイスによる歌や音楽に、フォークダンスが始まる。
「不思議な歌声ですね‥‥」
 微妙な不協和音ながら、耳障りとならない独特の歌に葵は目を細め、歌に舞いの足運びを合わせて。
「それは、日本のフォークダンスですか」
 彼女の仕草に、興味深そうにアーレン氏が尋ねた。
「あ、いえ。フォークダンスというより、どちらかといえば‥‥クラシカル、でしょうか」
 説明に困る葵は、歌舞伎役者の静十郎を見やる。
「まぁ、そんな感じですね。日本の古典芸能の一つです」
「ほぅ‥‥」
「どころで、ご夫婦は‥‥どうして、バラの栽培を?」
 感心した風の主へ、葵は逆に質問を投げた。改まった問いにアーレン氏はやや笑い、葉影のバラを摘む。
「この町に住む者は、大抵バラの栽培や加工に関わっていますからね。ここの畑も、一族で面倒を見ていますから‥‥自然とそれを受け継いだ感じで」
 アーレン氏が目を細めた先では、セシルが子供達と一緒にバラの花弁をぱっと空中へ投げたり、踊ったりしている。さらにCardinalは青年達に囲まれ、何故か踊りのステップを教わったりしていた。こうしてバラの谷の人達は、小さい頃からバラと共に生きてきたのだろう。
「僕らもバラ祭で知り合って、それで付き合い始めたんです」
 フォークダンスなんか、男の子と女の子が付き合うきっかけになっているんですよと、バラ畑の主は笑った。
 二人の話の間に、静十郎は轡水の袖を引いていき。
 その後、二人の間に如何なるやり取りがあったかは、撮影カメラのフレーム外の話である。

「バラの花って、好きな花の一つなのよね‥‥これで好きな人からバラの花束でも貰えたら、言うことないんだけどね」
 花をくるくると手の中で回しながら、ハツ子が呟いた。
「代わりに、バラ製品でもお土産に買って帰ってはどうです。ブルガリアワインやヨーグルトも有名ですが、ここですとローズオイルやローズウォーター、ローズジャム、ローズソープと、いろいろあるようですよ。僕もローズオイルを買って帰ろうかと」
「ローズオイルね‥‥私も、少しでもこのバラの美しさにあやかりたいわ」
 ラルスの提案に、エルヴィアもハツ子と共に考え込む。
「ねぇ。そこでこっそり相談していないで、一緒に踊らない?」
 友人らしい女性達と話しをしていた夫人が手を振って、踊りの輪に三人を誘った。

 太陽が高くなると、誰ともなくバラを摘んだ馬車で町へと向かう。
 町へ着くと閉会の式典が開かれ、民族衣装を身に纏った人々は手を繋ぎ、肩を組んでフォークダンスを踊り、バラの谷の素朴な祭は幕を閉じた。