水の花嫁と枯れた水路中東・アフリカ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3.6万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/08〜06/12
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●本文
●沙漠の村でのハプニング
沙漠では、水は金ほどに重い。
沙漠に生きる人々は様々な困難を経て、水を得るためのある一つの技法を編み出した。
それが、地下水路−−カナート、あるいはカレーズと呼ばれるものである。
地下の水源まで直線的に掘る井戸とは違い、カナートは地下水源より『横に』水路を掘る。水路には20〜30mの間隔で、地表から縦穴が掘られ、地下水路の完成した後は修理や通風の役割を果たす。
そうして掘られた地下水路は、時に数十キロに渡る事もあり、雪解け水をたたえた山の麓から遠く沙漠の村に水を届ける、人々の生命線となる。
その日、『カナートの花嫁』を取材するために、イランのキャヴィール沙漠近くにある村へ、異邦人の一行が辿り着いた。
『カナートの花嫁』とは、水路の開通を祝い、カナートに最初に水が通過する時に村の未婚の娘がその出口に立って迎えるという風習だ。これによって、村とカナートは固く結ばれる−−という意味合いがある。
カナートにも寿命があり、どんなに補修をしても年月を経れば水と共に砂礫が水路に溜まって、いずれは完全に塞いでしまう。その為に、新たに掘っていたカナートが、近いうちに開通するのだ。
だが、村へ到着した者達を待っていたのは、トラブルの一報であった。
「水路が予定日に開通するかどうか、怪しいそうです」
開口一番、現地のコーディネーターはそう告げた。
「もちろん、ちゃんと予定に合わせてイベントは準備されていたそうなんですが‥‥作業者が高齢化している影響で、どうも‥‥」
ごにょごにょと、言葉を濁すコーディネーター。
カナート掘りは職人技だ。11世紀には既に存在していたカナートは、それ掘る技術を師から弟子に伝える事によっても、維持されてきた。しかし男四人が懸命に掘っても、一日に進めるのはせいぜい2m程度。更に、落盤事故の危険もあり、近年になって後継者不足に悩まされているという。
「取材できないのも困りますし‥‥カナートが開通しないと、村の人も困りますし‥‥」
手伝いをお願いできませんかねぇと、コーディネーターは申し訳なさそうな顔をした。
●リプレイ本文
●陽の下で
6月になると沙漠に浮いた雲は消えて雨は望めず、気温も上がり続ける。
昼と夜、もしくは日干し煉瓦で出来た白灰色の家とその影という、白黒のコントラストの風景に手を翳し、嫌になるほど青い空を見上げて、須賀 直己(fa3550)が厄介そうに呻いた。
「今日も、暑くなりそうだぜ」
「こっちは、こんなもんだ。なぁ、越野」
話を振られた越野高志(fa0356)は、茶の髪を黒いスカーフで覆った美川キリコ(fa0683)に頷く。中東での暮らしに慣れた二人は、慣習に従ってそれなりの服装をしていた
「はい。雨季も終わりましたし」
「なんだ。じゃあ、このくそ暑いのが普通で、しかも延々と続くってぇのか‥‥」
がしがしと乱暴に髪を掻く直己だったが、はたと気付いて手を止める。
「やべぇな‥‥無愛想なツラしてたら、取材の時に怖がられちまうか。笑顔笑顔‥‥」
自己暗示をかけるかの如く呟く彼に、キリコと越野は顔を見合わせた。
「じゃあ、気温が低いうちに打ち合わせでもするか。何せ手伝いに行った五人分、あたし達が動かないとな」
何より久々の『本業』だしと、リポーターのキリコはぐるぐる肩を回して気合を入れる。
「俺のゴールド免許は伊達じゃない。安全運転の気構え良しっ」
ハンドルを握るせせらぎ 鉄騎(fa0027)は、気合十分であった‥‥気合だけは。
「おっしゃあ、直線! アクセル全開、フルスロットル!!」
舗装された道路ではなく、地に刻まれた轍の後に、土煙が舞い上がる。
後部に食料や飲料を積んだワゴン車は時折バウンドし、左に右にと尻を振り回す。
「道が悪いのか、運転者がアレなのか‥‥」
がくがくと伝わってくる振動に、ふむと考え込むジーン(fa1137)。
「まぁ‥‥少なめに見積もっても、路面よりは腕の問題でしょう」
腕組みをしたまま揺られながら、顔色一つ変えずハンマー・金剛(fa2074)が冷静に分析した。助手席の月舘 茨(fa0476)は、握り手につかまりながら呟く。
「現場に着く前に、リタイヤするのが出なきゃいいけどね」
「だから鉄騎に運転させるのは、やばい気がしたんだ‥‥」
小塚透也(fa1797)は、走馬灯のように北の大地での一件を思い出す。だが当の運転手は、アクセルがあってもブレーキがついていないらしい。
「大丈夫だ、落ち着け。何時かの俺とは違う‥‥ちゃんと勉強もしたしな。主に、ゲーセンとドリフト爆走漫画で!」
「てか、それは違うだろっ! 無意味に自信満々で言うなーっ!」
透也の絶叫を撒きながら、車はカナートの工事現場へと走った。
●地下現場
「という訳で、予定より早く無事に現場に着きました。俺様のお陰だ有難く褒めろ、褒めちぎれ」
「褒めるかっ。掘る前から、体力を無駄に消耗しただろっ!」
胸を張る鉄騎に透也がツッコミを入れ、二人のやり取りに「やれやれ」とジーンが肩を竦める。
「いいコンビだな」
「俺と鉄騎は、コンビじゃないっ」
「いやはや、若い人達は元気だのう」
到着早々からそんな漫才を繰り広げる五人を、カナート堀りの男達は温かく迎えた。六名の作業者は、日焼けした赤銅色の肌と深く刻まれた皺から、若く見積もっても50代に見える。
「遠慮なく使ってやって下さい。よろしくお願いします」
最年少の金剛が一礼する。茨はキリコに倣ってスカーフで髪を覆い、服装もほとんど肌を露出しない物を選び、言葉を謹んでいた。地元の者達の信仰にある「女性の美しさによって、男性が惑わされて堕落しない為の配慮」を踏まえた上での対応である。
「それで、カナートの方はどうなっているんだ」
地面にぽっかりと口を開いた縦穴へと、透也が目をやった。そんな穴がほぼ均等の間隔を置いて、延々と並んでいる。
「うむ。後は横穴を水源の井戸まで繋げればいいのだがな‥‥まぁ、着いたばかりだし、少し休みなさい。昼の礼拝も近い」
そうして、五人は作業者の休憩用テントへ案内された。
20mほど降りた地下の『現場』は、地上と違ってひんやりとした空気が漂っていた。
『底』に緩やかな傾斜が作られた水路の横幅は、大人の男二人が肩を並べる程もない。
「上の部分を掘ってもらって、底を儂らで掘る事になるか。掘り損なうと、埋めて戻す訳にもいかんしなぁ。後は、次の縦穴まで曲がらんように掘る事くらいか」
小柄で愛想のいい老人が、背後の『見習い』達に作業の手順を教える。誰もがカナート堀りの経験なぞなく、従って老人達が仕上げの作業を行えるだけの空間を掘り進めて行く事が、主な役割となる。
「早速、取り掛かろうか。村でも首を長くして、水を待っている事だしな」
ジーンがヘッドランプのスイッチを入れ、金剛はつるはしを手にした。
鉄騎と透也がスコップを握ってロープに結んだ籠へと掘り出した土を入れ、茨は老人達とそれを外へ引き上げる。
時間を置いて持ち場を交代しつつ、長く過酷な重労働(と一部は筋肉痛との戦い)が始まった。
●水を待つ村
「基本的に男性と女性は顔を合わさないものだから、気をつけて。間違っても、女性の部屋に入ったりしないよう」
そう直己に釘を刺し、キリコは『水の花嫁』に選ばれたマリヘフという名の少女の元へ取材に向かった。
「ばらのねーちゃん、食い物の話を聞きたがってたのにな。女性の場所に入るなって事は、台所にも入れないんじゃねーの?」
「そういう事になりますか。その辺りはキリコさんに任せて、私達はカナート絡みの話を聞きましょう。カナート掘りの現状を伝えるためにも」
「そうだな。大事な伝統、後継者不足で無くなっちまってから後悔しても遅いからな」
一軒の日干し煉瓦でできた家へと入る越野の後に、直己も続いた。
「日本って、ビルが林みたいに建ってるって本当なの?」
祭の『主役』となる少女は、瞳を輝かせて人懐っこく尋ねてくる。「美しい」という言葉を意味する名前の通り、マリヘフは掘りの深い顔立ちと大きな黒い瞳が印象的な10代後半の美しい少女だった。
無邪気な質問に笑う大人の女達もチャドルを外し、壁にもたれて寛いで座っている。チャイと冷えた果物を楽しみながら、男達の前では絶対に覗かせない素顔を見せていた。
「それで、マリヘフ。今の心境はどう」
「うん、凄く嬉しい。普通の花嫁は皆いつかなるけど、『水の花嫁』は選ばれない人の方が多いんだもの」
「そりゃあ、確かにそうだ。ちなみにどうやって選ぶか、基準みたいなのはあったりする?」
キリコの質問に、大人の女達が指折り数えて条件を並べ始めた。
「まず、結婚していない事、神の教えを日々良く守っている事、それから器量のいい事。もっとも、器量の程は男達にはわからないけどねぇ」
「何言ってんだい。本当の美人は、チャドルから見える目で判るのさ」
女達は言い合って笑うが、マリヘフのくりっとした目を思えば、あながち外れてもいないのだろう。相槌を打って笑い、彼女は次の話題を切り出した。
「それで‥‥前のカナートの『花嫁』の話も聞きたいんだが」
「確か、大分前に病気で亡くなったって‥‥だよね?」
マリヘフは首を傾げて大人達を見ると、その中でも老いた女達が頷く。
「だから、カナートが枯れたという訳ではないがね‥‥あんたは長生きおしよ」
一様に気遣う女達に、少女は照れて笑った。
「カナートも、50年前と比べると半分に減っておるそうだ」
水煙草を吸う老人は二人の男に吸い口を向けるが、越野は丁重にそれを断る。
「やはり、人手の不足ですか」
「一概にそれだけとも言えんがな。近年になって水脈を探り、事故も少なく補修も容易な井戸が持てはやされた。が、それも数年十数年もすれば枯れてしまってな。慌ててカナートが見直されたが‥‥」
水の分配を取り仕切る水長は、やれやれと首を横に振った。その様子に、直己は盛大な溜め息を吐く。
「伝統より楽な暮らしの方がいいってか? そりゃあ、もっともだぜ。俺もそう思うね。けどよ、便利な暮らし云々より、受け継がれてきたものを守ったり伝えたりの方が大事って奴がいるのも事実なんだ。そういう奴になれとは言わんさ。そりゃ、明らかに少数派だし」
「一度低い方に流れた水を戻すのは、中々に容易い事ではなくてな‥‥どれ、折角だからカナートの出口を見に行くかね」
パイプを置くと、老人は重い腰を上げて立ち上がった。
地下に作られた煉瓦造りの空間は、冷え冷えとしている。
肌寒さすら感じながら、水深の浅い地下の貯水池を直己が感心したように見回した
「これは、昔からあんのか?」
「儂の爺さんの、そのまた爺さんより年寄りさ」
「触ってもいいですか」
老人が頷くのを待って、越野は残った少ない水に手を浸す。澄んだ水はひんやりとして、外の暑さが嘘のようだ。
「アレが、古いカナートの出口じゃよ」
萎びた指が示す壁に、黒々とした口が開いている。以前はそこから水が流れ落ちていたのだろうが、今はすっかり乾いていた。視線を巡らせると、そことは別の方向の壁に、比較的新しい出口も見える。
「あれが、新しいカナートですか‥‥開通する前にこの水が枯れると、村はどうなるんですか?」
「数日は家に蓄えた水で凌げるだろうが、羊達の飲み水もなくなれば村を捨てねばならん。もとより、家一つにしても水がなくては作れんものでな。水が枯れれば村から人が消え、家は崩れて沙漠に還るだろうて」
「そんな大事な物なのに‥‥気持ちよく手伝うところからとか、せめて出来そうな事から‥‥出来りゃあいいのにな」
今ここにいるもどかしさすら覚えながら、直己は水を待つ穴を見つめた。
●カナート掘りの誇り
「だめだ‥‥もう掘れない」
「若い男が、だらしないね。シャキっとしなよ、シャキっと」
茨が発破をかけるも、透也はすっかり疲れ果ててへたり込む。
「鍛え方がなってねぇな。ちったぁ金剛を見習えって」
汗をぬぐい、鉄騎は無言無心で土を砕く金剛を見やった。
「全て手仕事だからのう‥‥仕方あるまい。ちぃと、休むかね。その間に、儂らの分の仕上げをしておこう」
若人達の作業を見守っていた老人が、休憩を促す。
「また、後ろで撮影していてもいいですか」
手を休めて確認を取る金剛に、老人は面白そうに笑った。
「お前さんも、物好きだのう」
「俺は、カナート掘りの後は継げませんから‥‥違う形ででも、貢献したいんです」
「ああ、好きにするがいいとも」
「工事の方は、目処がつきそうなのか?」
確認するジーンに、カナート掘りを仕切る老人が首を縦に振った。
滞在四日目の朝を迎えて、漸く終わりが見えた感だ。
「神の思し召しとお前さん達のお陰で、早ければ今日、遅くとも明日には水が通るだろうな。有難い事だ」
目星をつける老人に、他の三人も安堵の息をついた。男女同席を避ける慣例に従って茨は席を外し、料理に専念している。
何事かを思案した末、ジーンは再びリーダー格の老人へ話を切り出した。
「相談というか、提案なんだが。『水の花嫁』を見に行かないか?」
「ふむん?」
予想もしていなかった話なのか、老人は疑問に近い表情を返す。
「もし、一度も目にした事もないなら尚更‥‥村が水を迎え入れる瞬間を、見て欲しいと思ったんだ。カナート掘りは新しいカナートにとって、父親の様な存在だろう。だから、『水の花嫁』を見て欲しいんだ」
「ふぅむ」
唸る様な言葉と共に、老人はまじまじとジーンの顔を窺う。
そうする事、数十秒。
やがて、老人は面白い事を聞いたとでも言う風に、呵呵と大声で笑いだした。
「何か、おかしいか?」
困惑した表情はジーンだけでなく、鉄騎や透也も顔を見合わせる。金剛は黙って話を見守っていた。
ひとしきり笑うと、老人はジーンの腕をぽんぽんと叩く。
「おぬしらの気持ちは、有難く受け取ろう。だが、儂らはカナート掘りだ。仕事を途中で投げ出して、どうして胸を張っていられよう。長く使える頑丈なカナートを掘り上げる。それが、カナート掘りの誇りだよ」
そして、老人は彼らに休むよう促した。
●『水の花嫁』
唯一の無線で連絡が入り、村は朝から慌しくなった。
賑やかに楽が奏でられ、白い衣装に鮮やかな刺繍模様の入った婚礼衣装を纏い、金の装飾品を身につけたマリヘフが、花弁や米のシャワーの中を嬉しそうに踊る。
教義によって酒を飲まない村人達は、甘いシャルバットを用意し、祝いに落とされた羊が内臓まで料理されて並べられた。
やがて村人達は地下の貯水池に集まり、固唾を飲んでその『瞬間』を見守る。
浅い水に入って花嫁と僧がカナートの出口に控え、待つ事数十分。
劇的な音もなく、迸る奔流でもなく。
ただ滔滔と流れ出した水に、村人達は歓声を上げる。
最初は砂が混じり、やがて澄んだ水を両手に受けた花嫁は、嬉しそうに微笑み、僧が井戸と村との絆を宣誓する。
水の到着に人々は浮かれて、取材の三人も否応なく踊りと宴の輪に巻き込まれた。
「一緒に村へ戻らないのか」
やや消沈して、透也が呟く。
「なぁに、カナートがある限り村は逃げやせんさ。おぬしらこそ、早く戻らねば宴が終わってしまうぞ」
一仕事終えた六人の老人達は、新しいカナートの水の流れを確認しながら戻るという。
「達者でな、じーさん達」
「元気でいておくれよ」
鉄騎と茨が別れを告げ。
「一人でもカナート堀りの後継者を志す人が現れるよう、皆さんの姿はちゃんと伝えます」
「ああ。どうか、元気で‥‥カナートを掘り続けてくれ」
ビデオカメラを回し続けた金剛が一礼し、ジーンが彼に続く。
「おぬしらも、気をつけてな」
再び鉄騎の運転で、車は荒っぽく走り出す。
それを、六人の老人達はいつまでも見送っていた。