幻想寓話〜ビルデフラウヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
4.5万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/11〜06/16
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●本文
●夏休暇は遠く
「‥‥6月であるなぁ」
「‥‥6月だねぇ」
二人揃って、やや気抜け気味に呟いてみる。
「そろそろ、夏休暇の予定の時期ではあるが‥‥」
「今月中は無理だろ。『モーツァルト』の最終回もあるし」
恨めしそうに何かを視線で訴える監督レオン・ローズに、脚本家フィルゲン・バッハは肩を落として溜め息を一つ。
「君は、予定立てるとそっちに気を取られるだろう。だから、夏休暇の予定は『モーツァルト』の最終回が終わってから」
「毎度の事ながら思うのだが、なにか君の私に対する認識が少々かなり誤っている気がするのだが、気のせいか?」
「うん。気のせい」
あっさりと一蹴され、前後逆にして座っていた椅子の背に、しょぼんともたれるレオン。
「だが、あの撮影は今月の下旬であろう。撮影が終わった頃には、大抵の休暇先は予約で埋まっていそうではないか」
足をぶらぶらさせながら食い下がる辺り、あまり28の青年に見えなかったりするが。
「まぁ‥‥アレだ。その辺は、考えておくから」
「プランを考えるならば、是非加わりたいが。というか、参加させろ」
「‥‥やっぱり、考えるの止め」
「えぇい、薄情者めーっ!」
椅子を揺らしてガタガタならしながら抗議する同居人に、フィルゲンは再び盛大な溜め息をついた。取り付く島もないとみた監督は、こほんと咳払いをして話題を変える。
「ならば、次の『幻想寓話』だが」
「ん?」
怪訝そうに眉を顰める相方へ、レオンはにんまりと告げた。
「ロケ地は、ドイツのベルヒテスガーデンとしよう」
「‥‥じゃあ、夏休暇のプランはナシで」
「なにーっ!」
●幻想寓話〜ビルデフラウ
『長い髪の美女の妖精ビルデフラウは、ドイツの荒れ果てた荒野の丘の下に住むと言われる。
ビルデフラウには、女性しかいない。一様に愛情深く、家庭的で優しいとされるが、その呼び名が「野生の女」を意味する通り、どちらかと言えば人とは相容れない存在である。
地上に現れたビルデフラウは、常に丁寧で親切に振舞う。
特に子供には優しく、家畜の番をしている少年にパンを与えるなどするのだが、気に入った少年がいれば自分達の妖精の世界へと連れ去ってしまうのだ。
それを防ぐ方法は、一つ。
子供を連れ去ろうとする時、もし子供の親が我が子の手を掴んで離さなければ、ビルデフラウはどうする事もできない。
ただただ悲しそうに泣きながら、自分達の世界へと帰っていく。
ごく稀に、人間の男性と恋に落ちることもあるが、いずれにせよ彼女らの世界に連れて行かれた人間が、再び地上へ姿を現す事はないという−−』
「ビルデフラウ」をテーマとしたファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
俳優は人種国籍問わず。ビルデフラウ役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集。
展開によっては、更に配役の追加も可能。
ロケ地はドイツのバイエルン地方ベルヒテスガーデン。オーストリアとの国境近く、アルペン街道の東端に位置する。山に囲まれた小さな町は、ドイツでも有数の景勝地である。
●リプレイ本文
●木霊の湖
ドイツ・アルプスの山々に囲まれたベルヒテスガーデンは、ベルヒテスガーデン川に沿って細長く開けた小さな町である。
撮影を前にして、一行は何故か遊覧船に乗っていた。
「社会人って、いいですね‥‥時間とか試験とか、気にしなくていいですし」
ビルデフラウと縁ある青年ルースを演じる玖條 響(fa1276)は、美しい景色を謳歌していた。人目がなければ、文字通り竜の翼を顕わにして思いっきり伸ばしたい−−そんな感じだ。
「初めての海外だからって、はしゃぐなよ」
ルースの兄カイル役の蘇芳蒼緋(fa2044)が、『弟』に釘を刺す。子供の様に扱われて、響は椅子に座った蒼緋に探りを入れてみる。
「蘇芳さんは、海外での仕事の経験はあるんですか?」
「ああ。前に、韓国でドラマをな」
さらりと返ってきた答えに響は僅かに悔しげな顔をし、緑と青の風景に視線を戻した。
「この空気、夏が近いという感じではないか」
監督レオン・ローズは、無性に嬉しそうであった。お目付け役になりつつある脚本家フィルゲン・バッハは、やれやれと頭を振る。
「だから、その前に仕事だって」
「‥‥二人は、本当に仲がいいな」
今回の吟遊詩人役ニライ・カナイ(fa1565)が、不意に呟いた。
「仲がいいというか、一蓮托生というか」
嘆息するフィルゲンの視線は、果てしなく遠い。が、反対にレオンは胸を張り。
「日本流に言えば、『動悸のアレ』であるからな」
「それを言うなら、動悸息切れ眩暈」
「なにーっ!」
「相変わらずね」
二人の会話を見物していたカイルの妻エステル役エルヴィア(fa0095)が、くすくすと笑う。その息子マルセル役の鏑木 司(fa1616)は、会話の切れ間を縫って監督と脚本家に頭を下げた。
「演技はまだ慣れていないので‥‥ご指導、よろしくお願いします」
「うちも、よろしゅう頼みます。って、バッハさんはプロデューサーさんと違うかったんやね」
ビルデフラウのシュテルン役サラール(fa1335)が、フィルゲンを見上げる。
「まぁ、監督がコレだからな‥‥」
「コレとはなんだ、コレとは」
そんな賑やかな会話の間に、船はケーニヒス湖に入り、山に囲まれた湖の真ん中で停船した。
何故かトランペットを持ち出した船員に、首を傾げるニライ。
「フィルゲン殿、ここで何かあるのか?」
「うん。まぁ、聞いてて」
さして上手くはない金管楽器を、一節を吹いて間を置き。
−−その間を待っていたように、どこか遠くから澄んだトランペットが全く同じ旋律を返す。
「木霊、ね」
「綺麗な音です‥‥」
ビルデフラウのヒルデ役マリーカ・フォルケン(fa2457)が『音の正体』に気付き、ルースの恋人ゼルマ役オーレリア(fa2269)は耳を傾ける。
穏やかな湖面の上で、人と自然現象の不思議な二重奏は静かに繰り広げられた。
●昔々‥‥
「荒野を渡る風が伝えしは、古の人と妖精の物語」
深く被って顔を隠したフードから、白い髪と肌と薄紅の口唇が覗く。
「異なる世界に息づく者が縁にて出逢う時――如何様な物語が生まれるのか、お聞きになりたい? ならば私がお話しましょう」
岩に腰掛けた彼女は、膝の上に立てたリュートのような楽器『グスラ』に弓をあて、哀しみを帯びた音を弾く。
「私‥‥そう、仮に『荒野の語り部』とでもお呼び下さい。先ずは、一つ‥‥」
口元に神秘的な笑みをたたえつつ、何かを指し示すように、弓を掲げ−−。
掲げた穂で、草を打つ。
‥‥あの子がよく、そうして遊んでいたように。
掲げた穂で、草を打つ。
‥‥けれど、あの子はもう姿を見せない。もう‥‥。
「あの人‥‥」
牧童がよく牛追いに使う草の穂を手にして草地に佇む女の姿に、彼は足を止めた。
「どうした、ルース?」
数歩進んだカイルが、弟の様子に気付いて振り返る。
ルースは既に道を外れ、女の方へと歩み寄っていた。
「どうか、しましたか。何故そんなに‥‥寂しそうなんですか?」
声をかけられ、茫然と立ち尽くしていた女は首を傾けて彼を見る。
「‥‥寂しそうに、見えました? よろしければ、わたくしの話を聞いて下さいません?」
「ルース!」
咎める様に名を呼ばれ、ルースは来た方向を振り返った。彼の兄と、その傍らにゼルマの‥‥彼の恋人の姿がある。
「ごめん。兄さん達を待たせているから、今は話は‥‥どこか他の土地からこられたんですか? それとも‥‥」
問いかけて振り返るが、既に女は歩み去っていた。
「本当に‥‥あなたは少しでも困っている人には、誰にでも声をかけてしまう程、優しいんですね。あまり、心配させないで下さい」
彼の傍らへ走ってきたゼルマは、少し拗ねた様に恋人を嗜める。
「すいません、ゼルマ」
苦笑と共に謝りつつ、彼は再度草原へ視線を投げるが、女の姿は既にどこにもなかった。
「また、会いましたね」
数日後。何時ぞやの女が同じ様に草原で佇んでいるのを見つけて、ルースは再び声をかけた。
「あなた、は‥‥」
声をかけられた女は、彼をじっと見つめる。
「それで、彼女‥‥ヒルデと仲の良かった人が、突然姿を消してしまったんだって。あの人にあんな寂しそうな顔、似合わないと思うんだ‥‥」
話すルースの表情は、心ここに在らずといった感で。そんな弟に、カイルは不安を覚える。
「お前には、ゼルマがいるだろう。恋人を悲しませるような事は、してやるな」
「うん‥‥判ってる」
窓の外を見ながら、ルースは兄に答えた。
●只今勉強中?
「ビルデフラウは優しい。それは彼女らの『本質』で、人から見た結果が『優しく近づいて浚う』という事ではないかね。その点では、『人を浚う事に苦悩する』というマリーカ君のビルデフラウは非常に『人間臭い』。それではいかんのだ」
妖精を演じるマリーカとサラールに、レオンはその有り方を論じる。
「『野生の女』であるなら、最初に気に入った子供が現れなくなった理由は判らないだろうし、故に彼を連れて行く事を躊躇うべきではない。彼女らにとって、それは自然の事なのだからな」
「はーい、質問や。浚えへんかった時に嘆くシーンで、激情を表すのに獣化した表情をパッと入れるとかは、無理なん? 昔のホラー映画とかで、怖い顔が一瞬だけ入ってるやつあるやんか」
手を挙げて聞くサラールに、重々しくレオンは頷く。
「それはサブリミナルと言ってだな。映像業界では、使うべきではないとされているのだ」
「へぇ‥‥知らんかった」
「皆さん、少し休憩して、お茶は如何ですか?」
ババロアとティーカップを乗せたトレイを手に、オーレリアが尋ねる。恒例の『お茶の時間』に、この日の菓子はオレンジや苺、紅茶と彩りも様々なババロアであった。
「今日のお茶請けは、このバイエルン地方にちなんだそうですよ」
「あ、僕も手伝いますよ」
三人の傍らで話を聞いていた司が、オーレリアを手伝って皿やフォークを並べる。
かつてバイエルン王国の貴族達がこぞって褒めたという菓子を、エルヴィアはスプーンですくって一口二口と食べた。
「さっぱりとして、美味しいわね」
「私はてっきり、ザルツ・ビッセンが出てくるかと思ったが」
意外そうなニライへ、フィルゲンはおどけた風に片眉を上げる。
「ご要望なら、明日はそれにしようか?」
暢気な会話の中、響は脚本家の肩をつついた。
「フィルゲンさん。この町で観光名所とか、穴場とか教えて欲しいんですけど」
「う〜ん‥‥有名なのは、今はレストランになっているけど、昔の独裁者の別荘ケールシュタインハウスか。あと、アスレチック気分なら岩塩鉱‥‥だけど、観光かい」
「ええ。撮影が終わったら、蘇芳さんと、のんびりしたいので」
何故か名前を強調する響に、当の本人が首を傾げる。
「俺がどうかしたか?」
答える代わりに、響は蒼緋へ意味ありげににっこり笑んだ。
●時は巡り
「ルース、どうして‥‥っ!」
ただただ、恋人の名を呼びながらゼルマが泣き伏す。
『ゼルマ、貴女を嫌いになったわけじゃない‥‥今でも勿論、愛してるよ。ただ‥‥あの人に悲しい顔をさせたくないんだ』
そんな、短い書置き。
家を飛び出したカイルが見たのは、あの時の女と共に去ろうとする弟の姿。
「兄さん、ごめん。でも、決めたんだ‥‥勝手でごめん」
「何を、馬鹿な事を言ってるんだっ。こっちへ来い、ルース!」
叫んで手を伸ばしても、弟には届かず−−。
「‥‥カイル? あなた?」
優しい声とたおやかな手に、カイルははっと目を覚ます。
真っ先に視界へ飛び込んできた柔らかな妻の微笑みに、彼は安堵の息を吐いた。
「‥‥エステル」
「また、悪い夢を見たのね。大丈夫よ、私も‥‥マルセルも、ちゃんと貴方の傍にいるから‥‥」
「君、どこからきたの?」
不思議そうに聞く少年の声へ、彼女は首を巡らせた。
「遠いトコ」
少年が見たこともない黒い肌の少女は、そう答えると無邪気に笑い。
「ねぇ、パンがあるんだけど食べない? それで食べたら、遊ぼうよ」
牛が草を食む青い原を、風が吹き抜けた。
「でね。その子、シュテルンって言うんだって。肌の色とか変わってて、不思議な子なんだ」
最近できた友達の事を、息子は楽しそうに語って聞かせる。エステルは料理の傍らで相槌を打っていたが、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「それで、シュテルンは女の子なの? 最近、引っ越してきたのかしら」
「女の子だよ。遠くからきたんだって」
不意にエステルは鍋をかき混ぜる手を止めて、マルセルに振り返る。
「‥‥そう。いいこと、マルセル。その子と二人だけで、どこかへ行ってはダメよ。お父さんもお母さんも、とても心配するからね」
「‥‥また、その話?」
聞き飽きたと言いたげなマルセルに、母親は繰り返した。
「返事は?」
「はぁい」
おざなりな返事をして、息子は台所から出て行く。
その後姿を心配そうに見送り、彼女は再び料理を再開した。
鍋の様子を見ながら、夫が以前に語った言葉を思い出す。
『俺には弟がいたんだ。だが、アイツは彼女と−−ビルデフラウと共に、妖精の世界へと行ってしまった。もう二度と、こちらには戻れないのに‥‥俺は引き止める事が出来なかった』
そして、かつて弟を失った事を悔いる父親は、息子に何度も言い聞かせた。
『どんなに優しく誘われても、決して一緒に行ってはだめだ。行けばもう、戻ってくること出来ない。いいな』
−−夫に、息子の新しい友達の事を話すべきだろうか。
暫し悩んだ末に、エステルは一つ決心をした。
●何れが幸いか
「お母さんも、心配し過ぎなんだよ。僕だってもう、小さい子供じゃないんだからさ」
低い木の枝に座って、マルセルはぶらぶらと足を揺らす。
母親への不満を口にする少年へ、木の根元に座ったシュテルンが顔を上げた。
「マルセルは、うちと遊んでる方が楽しい?」
「う〜ん‥‥」
異国の少女は、微妙に即答しかねるマルセルを真っ直ぐに見つめた。
「うちと遊んでる方が楽しかったら、もっと遊ばへん?」
無邪気に笑い、シュテルンは身を翻して草原へ駆け出す。
「あ‥‥待って!」
慌ててマルセルは木から飛び降り、その後を追う。
そのまま、ちょっとした追いかけっこを繰り返して、少年と少女は無邪気に笑い合い。
「ね‥‥一緒に行こう」
不意に、シュテルンが彼へ手を差し伸べた。
「え‥‥?」
「うちと一緒に、行こう」
誘われるまま手を伸ばしかけたところで、ぐいともう片方の手を強く引かれ、マルセルはよろめく。
「離れなさい! あなたにこの子は渡さないわ!」
強く咎める声が、シュテルンを打った。
「離れてっ! 貴女も寂しいかもしれないけれども、家族を失う者はもっと辛いのよ」
不安にかられて息子の後についてきていたエステルが、彼の腕をしっかりと掴み、少女から引き離す。
「あ‥‥あ」
シュテルンの目から大粒の涙が溢れ出し。
「ああ‥‥うわあぁぁぁんっ!」
ただただ、泣きじゃくる声を残し。
黒い肌のビルデフラウは、黒いしなやかな尻尾を揺らして一目散に草原を駆け‥‥姿が揺らめき、消え失せる。
「よかった‥‥お願いだから、もう父さんや母さんを悲しませないで頂戴」
ほっとしても彼を抱いたままのエステルの背に腕を回し、マルセルはぎゅっと母にしがみ付いた。
「マルセル、無事でよかった‥‥エステルも、お前がいなければ俺はまた大事な家族を失うところだった‥‥ありがとう」
全ての事情を打ち明けた、その夜。
カイルは息子の無事を喜び、その手で妻と息子を抱きしめる。
窓の外では、少年と引き離されたビルデフラウが嘆く様に、風が寂しげに啼いていた。
「荒野を渡る風音は、妖精の嘆きか‥‥それとも、人の哀しみか」
弓を置いた『語り部』の口端が優しく微笑み、手を差出し。
「風も私も、此の地を廻る者。更なる語りを欲すならば、私と共においで下さいませ」
風が吹いてフードをあおり、『語り部』の面を顕わにする。
そして、白く長い髪が、ざぁと風に踊った。
「−−私の真なる名は、ビルデフラウ‥‥」