Limelight:Play Voice3アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
4人
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期間 |
06/17〜06/22
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●本文
●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。
メインフロアには、控えめなボリュームでオールディーズが流れる。
「4月からこっち、忙しかったから‥‥そろそろ、ボイス・トレーニングの方も再開しようと思ってね」
立ち上る湯気を吹き、音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)はいつもの熱くて濃いブラックコーヒーを傾ける。クロスを片手に、オーナーの佐伯 炎(さえき・えん)はふむと考え込んだ。
「2月以来か‥‥ちぃと、間が開いちまったな」
「うん。それで、店の予定の方が大丈夫なら、また構わないかな」
確認する川沢に、佐伯はカウンターを拭く手を止めて暫し予定を思い返す。
「そうだな‥‥特にアマチュアのライブがある訳でもねぇし、何かライブが入ってる訳でもないし、大丈夫だろう」
「なら、助かるよ」
安堵したように一息ついて、川沢はまたコーヒーカップを口へ運んだ。
数日後、ボイス・レッスンの希望者を募る告知がプロダクションへと渡る。
参加に関しては、「意欲があれば、業界ジャンルは問わず。レッスン料の代わりに、ライブハウスでのバイトが条件」というものであった−−。
●リプレイ本文
●うたうたい達のラプソディー
「へぇ‥‥ここが、『Limelight』なんだね」
初めてメインフロアに立った悠奈(fa2726)が、興味深げに辺りを見回した。
光量を上げたライトがフロアを明るく照らし、逆にステージ部分の照明は落とされている。
「この程度のハコ、珍しいモンでもなかろうに」
禁煙煙草を咥えた佐伯 炎へ、悠奈はにっこりと笑顔をみせた。
「兄と姉から聞いていたので、来てみたいなって」
「なるほど‥‥見た名前だと思ったけど、星野さん達の妹さんか」
携帯を畳みつつ階段を降りてきた川沢一二三へ、悠奈が勢いよく頭を下げた。
「はい、悠奈と言います! お世話になります、宜しくお願いしますっ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。発声にはリラックスも大事だから、気楽にしていていいよ」
「そして馴染んじゃった人も、多いよね」
厨房の業務用冷蔵庫へ、『土産』を入れた篠田裕貴(fa0441)が戻ってくる。
「まぁ、下手すっとバイトより手際がいいのもいるしな」
バーカウンターを拭く佐伯に、シド・リンドブルム(fa0186)が「そうですね」と同意する。
「居心地、いいんでしょうか」
「ただ、場所の空気を作るのは空間の『作り』だけじゃないからね」
スツールに腰を下ろした川沢は目を細めて天井のライトを見上げ、それから足音に気付いて階段へと視線を移し。
「おはようございますっ。あ、悠奈さん!」
軽快な足取りで駆け下りてきた愛瀬りな(fa0244)が、友達の姿を見つけて嬉しそうに両手を振った。
「あ、お久しぶりですーっ!」
りなへ駆け寄った悠奈が、飛びつくように抱きつく。
「りなちゃんと一緒にレッスンなんて、嬉しいよ〜っ」
「あたしもですよぅ!」
手を取り合って喜ぶ二人を、佐伯はカウンターに肘をついて眺め。
「なんだ。実は生き別れの姉妹で、感動の再会か?」
「「違います」」
笑顔で、かつ速攻でりなと悠奈から否定される。
「川沢さんも佐伯さんも、この間振りーー!! 練習もご飯も、ヨロシクネ?」
ぶんぶんと手を振る嶺雅(fa1514)を、悠奈は見上げた。
「あ、嶺雅さん〜っ。タンバリン、頑張ってますか」
「ナンで、タンバリン‥‥」
佐伯から不思議そうに聞かれた嶺雅は、「最近、ハマッてるから」と胸を張る。後ろのラシア・エルミナール(fa1376)は「やれやれ」といった表情で。
「多めにクッキーを作っちゃったんだけど、もしかして丁度良かったのかしら」
紙袋を提げたEUREKA(fa3661)からこっそりと尋ねられ、ラシアは重々しく頷く。
「もしかしてどころか、バッチリだね。特に今日だけもう一人、胃拡張したのをレイが誘ったし」
「胃拡張、ね」
ラシアの例えに、ころころとEUREKAは笑った。
●何故か初日は騒々しく
約4ヶ月半ぶりのレッスンは、まず一人づつ『声を出す事』から始まった。
発声、声量、声質、音域、音感。
初日しか参加しない者も含めて、川沢は一人一人の声を聞く。
以前と同じく、実際に声を出す発声練習は1時間程度に抑えられ、後は数ヶ月のおさらいを兼ねて、声の出し方や腹式呼吸、声帯周りのストレッチと筋トレの方法の確認を行う。
そして頃合いを見計らって、佐伯が休憩を入れた。
ティーカップとティーポットが載ったトレイを、注意深くシドが運ぶ。
「佐伯さん。これでいいですか?」
「ああ、適当に置いて構わんぞ」
「佐伯に手伝わされてるのかい。断らないと、いいようにコキ使われるよ?」
川沢の言葉に、シドは慌てて首を横に振った。
「バイトでホール係を希望したので、少し『練習』しようと‥‥お願いしたんです」
「つーかな。俺はそんなに非道かよ」
口を尖らせる友人へ、「冗談だよ」と川沢は笑う。
二人の会話の間に、シドはEUREKAが持参したハーブティーをカップへ注いだ。
「クッキーもあるから、遠慮なくどうぞ」
EUREKAがクッキーの缶を開け、裕貴がチーズケーキを乗せた皿を持ってきた。
「俺も、ニューヨーク・チーズケーキを作ってきたよ」
「こっちのミルクレープは、俺ね。出来は、ヒロに負けてないから」
同じくケーキの皿を手に、ラリー・タウンゼントが続く。
「おやつがいっぱいなら、俺は幸せだから〜」
香草の香りと甘い香りに、椿が身を捩って喜んだ。そんな中、珍しく鳥羽京一郎が白いケーキボックスを注意深くテーブルに置いた。
「これは、俺から裕貴に。残念ながら、手作りじゃなくて悪いが」
「え? 俺に?」
不思議そうに眼を瞬かせた裕貴は、促されるまま箱に手をかける。
そっと箱の蓋を取れば、鮮やかな色彩に飾られたホールケーキが姿を現した−−もっとも、その彩りは様々な色の30本の蝋燭によるものだったが。
先日、30歳の誕生日を迎えた裕貴が果てしなく脱力したのは、言うまでもない。
「そうか、君も日本に来ていたんだね」
「ええ。川沢さんと過ごした時間が、忘れられなくて‥‥」
一月と少し前、イギリスで川沢と『仕事』をしたアイリーンは、ふっと物憂げに顔を上げ。
「‥‥な〜んて、冗談だけど。ホントは、一日でもちゃんと発声練習を受けたいって思ったの」
表情を一変させてにっこりと笑み、小さく舌を出しておどけてみせた。が。
「二人って、そういう関係だったの!?」
「どういう関係ですか」
真っ先に声を上げた嶺雅に、川沢は嘆息する。嶺雅は椿と顔を見合わせ、「それはやっぱり‥‥ねぇ」と口を濁した。
「そうだったんだ‥‥一ヶ月もいないのは、長いなって思ったら」
「人の好みに口は出さないから、安心してくれ」
裕貴に続いて、京一郎が妙に納得した素振りで。
「ん? なになに?」
いまいち、ラリーは状況が掴めずにいる。
りなと悠奈は二人で何やら盛り上がり、ラシアはEUREKAと状況を見物し、シドは呆気に取られた風だった。
調子を合わせているのか、真に受けているのか。小芝居のギャラリーの反応に、川沢は肩を落とし。
「そういう冗談は、喜ぶのが多いからね。ここは」
「そのようね」
アイリーンは、無邪気にくすくすと笑う。
「さて、面白いのは判るが、喰ってる間にバイトの説明をするからな」
ひとしきり落ち着いたところで、佐伯が切り出した。
●舞台裏の攻防
「あ、レイ。結び目、緩んでる」
嶺雅を呼び止め、ラシアは黒いエプロンの紐を結び直す。
「これでOK。呼び止めて、ゴメン」
「ん。ありがと、ラシア」
周りの反応を確認しながら髪形を変え、目立つピアスを全て外し、カラーコンタクトをつけた上に伊達メガネという重装備ですっかり『変装』した嶺雅は、恋人へウィンクを投げてホールへと戻った。
結び目に結わえた鈴を、チリンチリンと鳴らしながら。
「あれで、近づいたら少しは判ると思うね」
「猫に鈴ならぬ、嶺雅に鈴。か‥‥」
こっそりとホールを覗いた裕貴は、テーブルの間を縫ってオーダーを聞く嶺雅を見守る。流れているBGMで、本人は気が付かないのかもしれない。
「『餌付け』、されないかな」
ぽつりと裕貴がこぼした。単なる大食傾向ではなく、『目を盗んで、ツマミ食いをする』という行動へウェイトが高いのか。厨房は日々、油断のならない『激戦』が展開されている。
「楽しそうですけどね、嶺雅さん」
皿を洗いながら、りなは食う側と食われる側の攻防を見守っていた。ふっと笑うラシアはドコからともなくハリセンを取り出し。
「あたしの目が黒いうちは、断じてツマミ食いさせないぜっ」
「頑張って下さい。あたしも、見張ってますから!」
そして一部始終の作戦会議を聞いたEUREKAの表情は、柔らかく綻んでいた。
「はい、次の料理も出来上がり‥‥って、ゆーり?」
料理を置いた裕貴に声をかけられ、彼女ははたと『仕事』を思い出す。
「ごめんなさい、運ぶわね」
トレイに皿を載せると、銀髪を纏め、黒のカラーコンタクトを付けたEUREKAはフロアに出る。
そうして今日も、戦いの火蓋が切って落とされるのであった。
「厨房の皆さん、なんだか仲がいいですね」
客の流れの切れ間に、悠奈がシドへ声をかけた。彼女はロングヘアのウィッグを付け、化粧でより幼い印象が強くなっている。一方、シドは長めの髪を後ろで束ねていた。
「仲がいいというか‥‥一致団結で連係プレーをしないと、お客さんの料理がピンチなんだよね」
厨房経験のあるシドは、どこか遠くへ視線を投げた。
ピークが過ぎ、落ち着いた雰囲気の中を歩く嶺雅は、バンドメンバーの様子に気がついた。
それから少し考えて、バーカウンターへ声をかける。
「佐伯さん、相談があるんだけど‥‥」
嶺雅の口調が微妙に違うのを聞き取って、佐伯は客の前からカウンターの端へと移動した。
「どうした、改まって」
「うん。ピアノ、弾いていいかなーって聞こうと思って」
「お前が?」
「違うヨ。ゆーりが弾きたそうだから。あと、ラシアも唄いたそうかな‥‥なんてネ」
腕組みして思案する佐伯は、時計をちらと確認する。時間的に急に忙しくなる事もなさそうだと判断してから、オーナーはOKを出した。
「時間も時間だし、ブルースっぽいの出来そうか? 多分、イケると思うんだがな」
「二人に聞いてみる」
そして、嶺雅はチリチリと鈴を鳴らしながら厨房に向かう。
数分後、二人の女性がステージへ上がった。
服装はユニフォームのままだが、EUREKAは緩やかにピアノを奏で、グランドピアノにもたれる様にして、髪をアップに纏めたラシアがその深みのある声を響かせる。
いつものパワフルさとは違う彼女の歌に、客達は勿論バイト中のメンバーもその声に耳を傾けた。
「いい声だよね、ラシア。ゆーりの演奏は始めて聞くけど‥‥上手いね」
「だって、ラシアとゆーりだもん」
裕貴に答えながら、厨房の入り口でバンドメンバーのセッションを見守る嶺雅であったが。
意図しているのかしていないのか、手がひょいと動いて唐揚げを摘み、口に放り込み。
「‥‥って、嶺雅っ」
「あ、ゴメン。手が勝手に」
見咎めた裕貴に、彼は手をヒラヒラ振って誤魔化した。
その後、嶺雅が『ハリセン』による制裁を受けたかどうかは謎である。
●一歩、上へ
短いレッスン期間が終わる頃、話は自然と今後の練習や課題へと移っていく。
「川沢さん、弾き語りのコツとかある? 如何しても、どっちかに意識が偏っちゃって」
「コツか‥‥君は歌を唄いながら、料理は出来るかい?」
話を切り出した裕貴は逆に川沢から問い返され、疑問の表情を浮かべる。
「身体が覚えれば、後は容易いよ。ピアノにしてもギターにしても、まず譜面やコードを弾きこなし、曲を暗譜する事‥‥かな」
「まず、楽器自体を使いこなさないと、ダメって事だね」
裕貴は指板を押さえる左手へ、視線を落とした。周りを見て、少し遠慮がちにシドが手をあげる。
「音感を鍛えるには、ピアノの音に合わせて発声するといいって聞いた事があるんですけど‥‥家にピアノがないので、身近にあるもので音感のトレーニングが出来ませんか」
「それなら、CDで聞いた曲を耳コピーするのがいいかな。ピアノに限らず、ギターでもリコーダーでもハーモニカでもできるからね。『音を聞き、聞いた音を確かめる』というのが大事だよ」
「判りました」
頷きながら、シドはメモに書き留める。
「皆さん、やっぱりさすがね‥‥私、ずっと楽器ばかり弾いて歌のレッスンは全く経験がなかったから‥‥」
期間中、それぞれの声に熱心に耳を傾けていたEUREKAが、溜め息にも似た息を吐く。
「そんな事、ないですよ。あたしも最近になって、ようやくこう‥‥少しは唄えるようになったかなって、そんな感じですよっ。でも技術よりもまず、楽しく唄う事が大事だって、教えてもらいましたし」
握り拳と微笑みで、りながEUREKAを励ます。彼女に続いて、シドもこくんと頷いた。
「俺も、音の取り方はまだまだです‥‥楽器も音感を養うのにいいからって、最近ギターを少し覚え始めたばかりで」
「音程や声の伸びは、私も不安。なんだか、自分の声が軽いかなーって思う事もあるもん」
悠奈もまた、心の内を打ち明ける。
「アイドルだとやっぱり、歌い方とか違うんですか?」
心配そうに尋ねるりなに、川沢は「そうだね」と少し考え込む。
「例えば『アイドル歌手』の歌い方は、曲の作りや声、歌い方、所作によって、本人の魅力をよりクローズアップさせる感じかな。例えば女性ならキュートに、男性ならカッコよく‥‥勿論、実力派の歌手並に歌えるアイドルも、いるけどね」
「なんて言うか‥‥実力も、基礎があった上で、ホントの実力だしねぇ」
どう助言しようかと表現に困りながら、ラシアが髪をかき上げる。嶺雅は自信満々でビッと親指を立て。
「千里の道も、一歩からってネ!」
「レイ、それ違わない?」
「えェ!?」
ラシアに突っ込まれて、うろたえる嶺雅。
「ま、そうだな。本人の『声』さえ出来てりゃあ、ぶっちゃけジャンルもスタンスもスタイルも、大して関係ねぇからな」
煙が流れないよう、風下の隅で煙草をふかしていた佐伯が、横槍を入れた。何事かを思案する様に、川沢はちらと佐伯を見やった。
「そこまで到達できれば、歌い手としては一流かな」
「一流、ね‥‥」
肘をつき、組んだ手の上に顎をのせたラシアが何気なく視線を泳がせれば、目が合った嶺雅はあっけらかんとした笑顔をみせた。
「この数日は楽しかったし、今度は是非ライブで参加してみたいわ」
微笑むEUREKAの申し出に、佐伯は軽く会釈を返す。
「そりゃあ、ありがたいこった。楽しみに待ってるからな」