世界祝祭奇祭探訪録 9ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/21〜06/24

●本文

●冬の終わりと夏の始まり
 6月21日は、夏至である。
 北半球は一番昼間が長い日であり、ヨーロッパ北部では季節の大きな区切りでもある。
 この日より冬の極夜が夏の白夜に変わり、光の季節となるのだ。
 特に北欧ではキリスト教伝来より前から重要な祭で、この日の前夜には短い夏の到来を迎えるように、村ごとにコッコと呼ばれるかがり火が焚かれたという。

 フィンランドの夏至祭ユハンヌスは、昔ながらの素朴な風合いの祭と、自分の国への思いを再確認するという二つの意味合いを持った祭で、クリスマスにつぐ大事な行事とも言われる。
 今では、夏至祭は夏至の週の土曜日に行われ、コッコが焚かれるのはその前夜祭だ。
 この日にあわせて人々は都会から田舎へとこぞって移動して、水辺のコテージで夏至の到来を祝う。
 田舎へ帰れない人達は白樺の枝やライラックの花で家を飾り、水と緑の風景に思いを馳せる。街中でも、電車やバスが白樺の木の枝で飾り付て走り、お祝いムードに花を添える。

●『夏至祭』
「やっぱり見たいですよね、白夜」
 そんな冗談かどうかよく判らない事を言いながら、お馴染みのスタッフが取材希望者達へ番組資料を配る。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で八つの祭を紹介し、今回の『夏至祭』が第九回となる。
「今回の滞在先は、フィンランドのサーリセルカです。滞在期間は6月21日から6月24日までの4日。祭自体は6月23日に夏至前夜祭があり、24日が夏至祭だそうです」
 担当者は資料を捲り、簡単にその内容を説明して行く。
「滞在先のヴァロ家は、ご夫婦と7歳の息子さんの三人家族で、町のすぐ傍にある国立公園の巡回監視とインストラクターを兼ねられているそうです」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「どうぞ、良い旅を」

●今回の参加者

 fa0073 藤野リラ(21歳・♀・猫)
 fa0079 藤野羽月(21歳・♂・狼)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1137 ジーン(24歳・♂・狼)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa3797 四條 キリエ(26歳・♀・アライグマ)

●リプレイ本文

●夜のない町へ
 首都ヘルシンキから飛行機でイヴァロまで移動し、更にそこからバスで40分程南下すれば、原野の中にサーリセルカの小さな町が見えてくる。
 やがて、町の目抜き通りともいえるサーリセランティ通りに停車すると、バスは気の早い『帰省客』達を吐き出した。
「のどかな町ですね」
 タラップで足を止めて、藤野リラ(fa0073)は開けた視界を眺める。
「足元、気をつけて」
「あ、はい」
 うっかり風景に見とれてしまうリラに注意を促しながら、藤野羽月(fa0079)は妻の分まで荷物を受け取りに行く。
「うわぁ‥‥ホントに、何にもないんですね」
 人々に混じってバスを降りたセシル・ファーレ(fa3728)が、率直な感想を口にした。
 実際には「何もない」訳ではなく、若干の間隔を置いてスーパーや郵便局、ホテルの類が立ち並んでいる。だが高層の建築物が一切ない事に加えて、道を外れるとすぐに原野が広がっている事もあり、どこまでも空と地平が見渡せるようだった。
「ここは、町中でもオーロラ観測が出来る場所だからな」
 フィンランド人のジーン(fa1137)が、どこか懐かしげに静かな町を見回す。
「オーロラ、いいわねぇ。私はモニタ越しにしか、見れなかったけど」
 思い出す様に目を細めて、羽曳野ハツ子(fa1032)は明るい空を仰いだ。
「夏でも見れるがな」
「ホント!?」
 思わぬジーンの情報にハツ子が目を輝かせる。そんな彼女へ、御堂 葵(fa2141)がくすりと笑った。
「前夜祭は夜通し騒ぐそうですから、見れるといいですね」
「もっとも、白夜だから冬の様にはっきりと見えたりはしないからな。あと期待するなら、赤いオーロラが出ないよう祈っててくれ」
 先に釘を刺しておくジーンに、Cardinal(fa2010)が首を傾げる。
「赤いと、何か悪いのか」
「ああ、昔は凶兆だと言われていたそうだからな」
「赤いオーロラも綺麗だと思うけど、いろいろあるんだね」
 しげしげと、四條 キリエ(fa3797)も空を見上げた。

 隅から隅まで歩いても20分とかからない町の外れに、目的の家はあった。
「わー、日本の人がいるーっ」「すっげーっ」
 到着早々、何故かそんな少年達の歓声で迎えられる。
「こら、ユホっ。お客様に失礼でしょう!」
 母親の一喝に、少年達は笑い声をあげて逃げていく。ヴァロ夫人は呆れ顔でそれを見送ってから、客人達に笑顔を向けた。
「ごめんなさいね、騒々しくて。冬場は特に、日本からの観光客も多いんだけど‥‥なかなか身近に接する機会がないから、珍しがっちゃって」
「いえ、こちらは構いませんので‥‥お世話になります」
 葵は軽く頭を下げ、キリエはまだ開いた窓から遠巻きに覗き込んでいる子供達に気付く。
「Paivaa!」
 彼女がフィンランド語で呼びかけて手を振ると、少年達は顔を見合わせ、照れくさそうに引っ込んだ。
「今日は、ゆっくり休んでね。夕暮れを過ぎても明るいから、慣れないと眠り辛いかもしれないけれど‥‥」
 八人を家の中へ案内しながら、夫人はあれこれと『白夜の期間に眠るコツ』を伝授する。
 やがてヴァロ氏が帰宅する時間となっても、空は夕暮れを迎えず。
 太陽は地平の彼方へ去ることなく、原野を照らし続けていた。

●ウルホ・ケッコネン国立公園
「冬になると、この辺りはスキー場になるんだ」
 中年のヴァロ氏の説明を聞きながら、ちょっとした丘陵に挟まれた谷を川の流れに沿って歩いていく。
 森‥‥といっても南方の様に木々は密集しておらず、白樺の下でコケモモや黒スグリといったベリー類が生い茂っている。
「秋には、キノコやベリー取りでまた賑わう」
「そして夏は、ハイキングかしら?」
 ハツ子の問いに、ヴァロ氏は大きく頷く。
「それに釣りだな。いま歩いているコースでは禁止されているが、少し離れればマウンテンバイクのコースもあるし、湖でカヌーやゴムボートを楽しむ事もできる」
 休憩中のハイカーを見つけると、案内役は声をかけて軽く手を振った。道ですれ違う人達には「hei!」と一声かけるのが、トレッキングの礼儀だ。
 歩き始めて3km半を越えたところで、ジーンが一行から離れる。
「それじゃ、俺はパロッパ山の方を回ってくる」
「ああ、気をつけて」
 セシルがやや心配そうに、一人離れていく背中を見送った。
「迷わないでしょうか」
「コースには標識も立っているから、大丈夫。それでも帰りが遅ければ、僕らの出番だ」
 笑いながら、ヴァロ氏は歩き慣れない者達のペースで進んだ。

 川から離れて更に3kmほど歩けば、湿地の畔にあるサーメ人の小屋コタを模した休憩所に到着する。
 小屋には同様にハイキングを楽しむ人々が休憩していて、一行もここで昼食を取る事となった。
「晴れてよかったですね」
 水筒のカップに茶を注いで、リラは羽月へ手渡す。
「そうだな。ありがとう」
 羽月は受け取った茶を一口飲んで、しみじみと息を吐いた。
 昼食は、葵とキリエが握ったおにぎりと、リラが作ったフィンランド料理のカラクッコだ。固焼きパンの中に小魚やポークを詰めたカラクッコは、サーリセルカより南、フィンランド東部の伝統料理である。ジーンが希望し、夫人からリラが教わって焼く直前にまで仕上げ、夫人が一晩付きっきりで焼き上げたものだ。
 その為、ハイキングには夫人も息子のユホも同行はせず、二人は一行を明るく見送った。
「一緒にこれなかったのは、残念ですね」
 手伝いのつもりなのか、邪魔をしているのか−−騒ぎながら米の塊をこねていた少年を思い出して、葵は小さく呟く。そんな彼女へ、カラクッコを齧りながらハツ子が笑った。
「今頃、おにぎりを頬張ってるわよ。ユホ君のお昼の分も、握っておいたんでしょ」
「はい。気に入ってくれると、いいんですけど」
「あと、どのくらい歩くんだ」
 いち早く昼食を片付けたCardinalが、ヴァロ氏に聞く。
「イーサキッパー山を越える予定だから、3時間くらいか。山といっても、この近辺の山は標高450mくらいの小さな山が多いが」
「じゃあ、俺は少し周囲を『観察』してから戻っても、構わないか?」
「あ、私もスケッチしながらのんびり戻りたいな」
 折角持ってきたしと、キリエは手にしたスケッチブックをぽんと叩いた。
「バラバラで、大丈夫ですか」
 心配そうにセシルが小首を傾げるが、キリエは携帯を振ってみせる。
「判らなかったら、来た道戻るし‥‥携帯の電波も入ってるし。大丈夫だよ」
 昼食を済ませて休憩所を出る一行を、Cardinalとキリエは見送った。

 山の中腹から流れてくる川に沿って作られた緩やかな道を歩き、ルートは穏やかな風景が広がる谷間を抜けて、木作りの階段を登る事しばし。
 急にアカマツの林が途切れると、後はイーサキッパーの山頂までが一望できる。
「ウルホ・ケッコネンっていうのは、フィンランドの第八代大統領の名前でな。26年間も大統領を務めたんだ。彼が引退した翌年の1983年に、この一帯の森林や湖沼の保護を目的に国立公園が指定されて、記念に名前が付けられた。元大統領はしばしばここを訪れては、クロスカントリー・スキーを楽しんだそうだ」
「へぇ‥‥って、あれ‥‥?」
 ヴァロ氏の説明に相槌を打って歩くハツ子は、山頂への道にたむろする『先客』達に目を見張る。
「こんな所に、トナカイ?」
「放牧している群れだ。町中にも出るが、今は人が多いからここにいるんだろう」
 近付く一行にも構わず先客達は暢気に草を食み、立派な角を持った一頭が顔を上げて周囲を見回していた。
 石積みの山が築かれた山頂に辿り着けば、遮る物のない360度の眺望が広がる。
 その光景を眺めながら、葵は一つ深呼吸をした。
「日本の山とはまた違って、雄大な風景ですね」
 沸き立つ雲が原野に影を落とし、のろのろと流れていく。来た道を振り返れば、人の姿にも構わず『食事』を続けるカモシカの群れ。
 ぎゅっと手を握ってくるリラに、羽月が呟く。
「凄く、空との距離が近くに感じるな‥‥」
 一行は暫くその場に佇み、流れる時と同様にゆったりと変わっていく風景を見守っていた。

●夏を迎える篝火
 サーリセルカの西側−−ウルホ・ケッコネン国立公園の反対側にある湖には、何艘ものボートが浮かんでいた。
 湖岸では、フィドルや小型のアコーディオンにフィンランドの民族楽器カンテレを加えてポルカが奏でられ、あちこちでフォークダンスが始まっている。
 静かな町と広大な原野を思えば、どこから集まってきたのかと思う程だ。
 湖畔に面して作られたコッコは、薪を横に積み重ねて囲いを作り、その真ん中にはコタの骨組みの様に長い薪が立てて置かれている。
 ヴァロ氏に案内された者達は、コッコのすぐ近くに陣取っていた。
「あれの隙間から、中に火を入れるんだよ」
 白いシャツに細い縦縞のベストを着たユホが背を精一杯伸ばし、指差して『旅行者』達に説明する。父親も少年と同様の服装をしていた。
 一方、夫人は白いシャツに黒いベスト、そして縦縞のスカートに白いエプロンを付けている。夫人に倣う様に、女性達も民族衣装を身に纏う。女性五人のうち四人はバンダナのような物を渡されたが、リラだけは白いレース飾りを受け取った。
「これは、何か意味があるの?」
 見比べるハツ子に、夫人はにっこりと笑んで頷く。
「ええ。夫がある人は、こっちの白いレース飾り。まだ結婚していない人は、その頭飾りをつけるのよ」
「つまり、男性が結婚相手を探すのが楽って事だね」
 あっけらかんとキリエが笑い、セシルは少し顔を赤らめる。
「どこの収穫祭も、昔から神様に感謝してお祝いをする場であり、男性と女性が知り合う場‥‥日本もヨーロッパも、その辺りはあまり変わらないようですね」
 葵の言葉を、夫人は興味深げに聞いていた−−。
 周りで踊ったり、歓談する人々に目をやれば、ヴァロ家と同じ民族衣装に身を包んだ人も多く、またちらほらと別の地方の衣装も見えた。

 そうして賑やかな時間が過ぎ。
 夜−−といってもミッドナイト・サンで明るいが−−22時近くになると、町長がおもむろに用意した松明に火を灯す。
「いよいよ、点火だよ!」
 賓客をもてなすホストの如くユホは興奮気味に解説し、リラは笑顔で少年に頷く。
 縦に組んだ薪の間に松明が差し込まれると、コッコの内側で炎が揺らめき。
 ちらちらと揺らめく炎が薪に移って大きくなると、あちこちから喜びの声が上がった。
 一度薪へ移ると炎はあっという間に成長し、白夜の空へと赤くたなびいて、煙を吹き上げる。
 少し離れた場所でもその熱気は届き、羽月は目を細めた。
「コッコは英語だと、ボンファイヤーって呼ぶそうだ」
「‥‥盆?」
 思わぬ単語に彼はヴァロ氏へ聞き返し、リラは頭の中でその言葉を探す。
「えーっと、bonfire‥‥『大きな篝火』って意味です」
「不思議ですね。違う国の、違う言葉なのに言葉が似ているって‥‥」
 一度そんな風に言われると、目の前の光景はまるで正月の『どんど焼き』の様にも似ていて、葵はしみじみと空を焦がす炎を見上げた。

「あのね。この夏至祭の夜の間に、7種類の花をそれぞれ違う場所から集めてきて花束を作って、枕の下に敷いて寝るといいのよ」
 花を摘んではしゃぐ少女達へセシルが声をかけると、そんな返事が返ってくる。
「それは‥‥何のおまじないですか?」
「うん。将来の、結婚相手が判るの!」
 きゃあきゃあと少女達は声をあげ、次の花を探しに行く。彼女らを見送るセシルの肩へ、夫人がそっと手をのせた。
「他にも、裸でそっと湖面を覗き込むと結婚相手の顔が映るとか、夏至祭の夜露を小さな瓶に一杯集めれば病気を治す事が出来るとか、夏至祭の夜には不思議な言い伝えが多いのよ」
「火を奉じて踊り、まじないに願いを託し‥‥か」
 何となく言葉を口にしたCardinalは、衰える事無く燃える炎を見やる。
 湖に集まって火を焚くというのが、コッコのセオリーなのだろう。視線を巡らせれば、遠く対岸にも同じ様に炎が赤々と立ち上っていた。

 穏やかな湖は、夏を迎える炎を水面に映している。
 その光景を眺めながら缶ビールを片手に船の縁にもたれ、ジーンは暫しの『帰郷』を楽しんだ。

 数時間経ってコッコの炎が弱まってくると、人々は三々五々と家路を辿り始める。
 家に戻り‥‥もしくは、そのまま親しい友人の元へと転がり込み、更に飲み明かす為に。
 一行もヴァロ氏の家へと戻り、更に森林の巡回監視員やエクスカーションのインストラクター仲間を加え、地平の太陽が改めて空に昇り始めるまで語り合い、踊り明かす。
 緑に覆われた庭では、夏至の白いバラ−−ユハンヌルウスが咲き誇っていた。