Limelight:雨に別れをアジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 8万円
参加人数 12人
サポート 1人
期間 07/02〜07/05

●本文

●ライブハウス『under grass』(アンダー・グラス)
 入り口を飾るアーチ型のモチーフに、店の名前が踊っている。
 それをくぐって階段を降りれば、古びた木の扉があった。
 押し開けた先にはエントランスがあり、過去にライブを行ったアーティスト達の写真やライブのチラシ、寄せ書き等が壁一面に重ねて貼られ、雑然雑多混沌とした様相を呈している。
 更に進んでメインフロアに入れば、右手にPA&DJブース。左手に小さなバーカウンター。
 そして真正面には、ステージが広がっていた。

「閉店、ですか」
「そんな辛気臭い顔すんじゃねぇ、馬鹿。アレだ、時代の流れってヤツさ」
 音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)の言葉を、白髪頭のオーナー支倉(はせくら)は酒と煙草で潰れたしわがれ声で、他人事の様に笑う。
 年齢は既に60歳を越え、生涯の時間の約半分をこの狭い『城』で過ごしてきた支倉であったが。
「土地主がビルを潰すってんだから、しゃぁねぇだろ。この歳になって新しく店を構え直すってのも面倒だし、これを機会に隠居するさ。なに、金輪際ガキの下手っぴな演奏を聞かなくてすむと思えば、清々すらぁな」
「おっさん、相変わらず口が悪ぃな」
 ライブハウス『Limelight』のオーナー佐伯 炎(さえき・えん)が、やれやれと肩を竦める。
「うるせぇ、青二才。俺からすりゃあ、お前らなんぞケツの青いガキよ」
「そりゃあ、還暦越えたじーさんと較べりゃあな」
 繰り広げられる二人の応酬に忍び笑いつつ、川沢は懐かしくステージを見やる。その様子に気付いて、支倉は紫煙を吐いた。
「『Ask』‥‥てめぇら二人がソコに立ってから、かれこれ19年か20年ってトコか。ちったぁ、『答え』の尻尾くらい見つけたか?」
「なかなか‥‥相変わらず、じたばたしてるかな」
「そんなんだから、大成せず終わんだよ。送り出す側んなって、大丈夫か?」
 もくもくと煙草をふかしながら、支倉が訝しげに見やる。
「それは‥‥たまに、不安になるけど。もっと腕がたつプロデューサーがつけば、もっと大きなステージに立ってるんじゃないかってね。あ、コレはここだけの話で」
「ま、人を使う大将なら、どーんと構えてるこった。上のナニがちいせぇと、下のモンまで振り回されっからな」
 言葉と共にウィスキーハイボールのグラスを押しやられ、川沢は苦笑を浮かべた。
「肝に銘じます。支倉さんくらいに落ち着くのは、あと20年かかりそうだけど」
「馬鹿か、お前。俺が落ち着いてるかってんだ。そっちは笑うな、阿呆」
 二人の会話にからからと笑う佐伯の頭を、支倉は伝票クリップで引っ叩いた。

●雨に別れを唄い
 数日後、各プロダクションへライブハウス『under grass』ラスト・ライブのステージ・メンバーを募集する告知が届いた。
 閉店イベントではあるが、ライブ自体にはテーマはない。
 また閉店に伴い、備え付けのドラムスやグランドピアノ、キーボード、ターンテーブルが(レストア後に)希望者へ譲渡される。個数は各1台。譲渡先は、支倉の気分で決まるという事だ。

●今回の参加者

 fa0186 シド・リンドブルム(18歳・♂・竜)
 fa0475 LUCIFEL(21歳・♂・狼)
 fa1376 ラシア・エルミナール(17歳・♀・蝙蝠)
 fa1641 上月 真琴(20歳・♀・狼)
 fa2105 Tosiki(16歳・♂・蝙蝠)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2161 棗逢歌(21歳・♂・猫)
 fa2521 明星静香(21歳・♀・蝙蝠)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa3661 EUREKA(24歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●雨の前哨戦
「おはようございます。逢歌さん、もう来てます?」
 雨雫を滴らせる傘を傘立てに入れて、豊城 胡都(fa2778)は事務所の主に軽く会釈をした。
 咥え煙草の佐伯 炎が、事務椅子を鳴らして彼を見やる。
「ああ、お前んトコの大将なら下だが‥‥外、降ってきたか」
「はい。明日も午後からは、雨みたいです」
「そうか。となると、ちぃとばかし搬入が面倒になるな」
 髪を掻いて憂鬱そうに紫煙を吐く佐伯は、まだ何か言いたげな胡都の様子に気付き。
「どした」
「実は僕、今度の7月7日が誕生日なんです」
「ほぅ‥‥七夕生まれか。ハタチになんだっけか?」
 少しはにかむような表情で、胡都はこっくりと頷いた。
「んじゃ、次きた時は堂々と、一杯飲めるって訳だ」
 楽しみにするかと笑いながら灰皿に灰を落とす佐伯へ、なおも胡都はじーっと視線で訴える。
「‥‥酒を奢れって顔でもなさそうだな」
「違います。お祝い、言って欲しいなって」
 だが、佐伯はひらりと手を振り。
「誕生日より前に祝われると、縁起が悪いってな。だから、そんなに膨れんなって。七夕過ぎた後に、ちゃんと祝ってやるから‥‥ほら、のんびりしてていいのか? 支倉のおっさんのトコまで、敵情視察に行くんだろ。あの人、口は悪いが根っこはいい人だから、何か言われてもあんまり気にするなよ」
 不承不承事務所を出る胡都の後姿を、佐伯は咥え煙草で見送った。

「真琴さん‥‥それ、塩です‥‥」
「‥‥はい!?」
「火、強くない? 焦げてる気がするんだけど」
「‥‥あーっ!」
 厨房から聞こえてくる騒ぎを聞きながら、テーブルに頬杖をついたLUCIFEL(fa0475)は少し不安げな顔をする。
「‥‥大丈夫か、あれ。といっても、手伝いに行っても、輪をかけて邪魔をするだけだろうしな。こればっかりは」
 彼の向かいに座った棗逢歌(fa2161)は、同様に微妙な表情で唸った。
「静香がいるから、大丈夫だとは思うけどね」
 厨房で女性陣が奮戦中だからこそ、フロアに残った二人はそんな会話を交わしている。
「勝負‥‥人が喰うモノじゃないモノを喰え‥‥とかにならない事を祈る。いや、彼女達が丹精込めて作った物なら、喰えないモノでも喰うが」
「僕は‥‥静香が作った物なら、何でも食べてみせるさっ」
「あー、はいはい」
 爽やかな笑顔を作る『ライバル』の惚気に適当な返事を返し、LUCIFELは再び厨房の入り口へと視線を戻した。

 その厨房では、四人の女性が菓子の下ごしらえに取り掛かっていた。
 中心人物は、折を見て作ってくる差し入れに定評がある明星静香(fa2521)。そして、今回のライブで彼女と即席ユニットを組む月見里 神楽(fa2122)と上月 真琴(fa1641)、それにソロで参加のDESPAIRER(fa2657)が手伝っている。
 ただ真琴が無自覚な料理音痴であった為に、厨房はいささか混乱していた。
「‥‥家で、食事‥‥どうしてるんでしょう‥‥」
 そんな素朴な疑問をDESPAIRERが呟くのも、当然だろう。
「すいませんっ。私、洗い物の方やっておきますっ」
「ええ、お願いするわ」
 焦げて再起不能になったモノに代わり、余分に戻しておいた寒天を静香が鍋に入れる。
 そんな慌しさの中で、神楽はしげしげと銀色の光を反射する金属製の『壁』を見上げた。
「業務用の冷蔵庫って、大きいね‥‥家の冷蔵庫とは、大違いです」
「沢山のお客さんを相手にするから、料理の材料も沢山必要なのよ」
 静香の言葉に、神楽は「なるほど!」とにっこり笑う。
 もっとも、今は店の食材以外の『私物』も少々突っ込まれているが。
 そんな厨房へ、今まで遠慮して姿を見せなかった逢歌が、ひょっこりと顔を出した。
「神楽さん。胡都さんがきたけど、行けそう?」
「はい、あの‥‥」
 神楽は他の三人の女性を見回し、彼女らは笑って頷く。
「大丈夫よ。いってらっしゃい」
「はい‥‥後は、任せて、下さい‥‥」
「神楽さんの分まで、頑張ってお手伝いしますよ」
 最後の真琴には困ったような笑みを返しつつ、神楽はぺこりと一礼した。
「それじゃあ、お願いします。すいません」
 エプロンを外しつつぱたぱたと厨房を出て行く少女を見送り、静香達はまた菓子作りに戻る。
「そういえば、神楽さんは高校で始めての期末テストですよね。勉強、どうです?」
「はい、頑張ってますっ」
 そんな胡都との会話を聞きながら、そういう時期かと少し郷愁に誘われながら。

●『under grass』(アンダー・グラス)
 備え付けのビニール袋に濡れた傘を入れて、古びた木の扉を押し開ける。
 暖色系のライトの下で一番最初に目に付いたのは、貼り紙だらけの壁の中で一番『浅い層』に貼られた真新しいチラシ。
『under grass』、最後のライブの告知チラシである。
「こういう形で改めて見ると、なんだか照れくさいね」
 どこかくすぐったそうに、ラシア・エルミナール(fa1376)が自分達の名前と写真の入ったチラシを眺めた。その紙の下から、アマチュアバンドの手作りチラシや、メジャーとなったアーティストの古い寄せ書きなどが覗く。
「ずーっとこうやって貼り重ねていって、誰もそれを取らないのね」
 感心した風に、EUREKA(fa3661)が貼られた紙を一枚一枚丁寧にめくる。
「ゆーり、『宝探し』は後にしなよ」
 無邪気な年長者の仲間に声をかけて、ラシアはHIP HOP風にアレンジされたオールディズが流れる店の中へと足を踏み入れた。
 フロアの中央では若い客がリズムに酔い、周囲の席では年配者が懐かしそうに語り合っている。通路脇のブースでは、中年のDJがポリ塩化ビニル製の黒いアナログレコードをターンテーブルで操っていた。
「あ、ラシアさん」
 彼女らの姿に気付いてシド・リンドブルム(fa0186)が声をあげ、少年の隣に座っていたスモーキー巻(fa3211)も振り返る。
「阿呆、んーなトコで名前呼び合ってたら、大声でバラしてんのと同じだろーが」
 キツい煙草の匂いを漂わせつつ、白髪頭の男がカウンター内からじろりとシドを睨む。
「そうでした。すいません」
 恐縮して素直に謝るシドに肩を竦め、支倉はカウンターに座ったラシアとEUREKAの前に白い液体で満たされたタンブラーを置いた。
「‥‥まだ、何も頼んでないけど」
 ナニコレ? という風にラシアが怪訝な表情をすれば、支倉はぷかりと煙を吐き。
「未成年者は、ミルクで十分だろうが」
 何か文句あるか? と視線で返す。
 不安そうに見守るシドとEUREKAを他所に、弾かれたようにラシアはカラカラと笑い出した。
「面白いとっつあんだね」
「はっ、碌に成長しとらん小娘が、何をほざきよる」
「成長してないって、どこがさ」
 反論するようにラシアが見返せば、老オーナーは視線を彼女の顔から、下へ降ろす。その先を追った彼女は、自分の胸元を見やり。
「それ、セクハラ。というか、胸の大きさを成長の目安にすんじゃないよ」
 口を尖らせて睨み上げる彼女に、しわがれ声が呵呵と笑う。
「それじゃあ、僕はそろそろ‥‥明日の準備があるので」
 話の切れ間を見て、スモーキーがスツールを降りた。
「お疲れ様です。明日はよろしくお願いします」
 頭を下げるシドに、「こちらこそ」とスモーキーも倣い。
「では、支倉さん。お邪魔しました」
「はいよ。ま、せいぜい頑張んな。シャチホコ張って気合入れでも、てめぇらの腕は大して変わりゃあしねぇ」
 投げられた言葉に苦笑しながら、彼は扉へと足を向けた。
「‥‥リラックスしろって事かしら?」
「‥‥かな」
 EUREKAの問いに、ラシアは頬杖をついて答える。
「そういえば、Tosikiさんは一緒じゃないんですか」
 Tosiki(fa2105)−−欠けているメンバーの存在が気になったのか、二人へシドが尋ねた。
「トシ君なら、明日の『音』作りで忙しいみたいよ。いろいろと、準備するって言ってたわね」
「そうですか。楽器が色々できるって、羨ましいですね」
 ラシアを見、それからEUREKAを見て、シドはにっこりと笑う。
「おや? 三人も、コッチにきてたんだ」
 明るく声をかけられて振り返れば、逢歌が胡都と神楽、それに椿を引き連れていた。
「逢歌さん達も、ですか」
「うん。胡都さんと神楽さんは、顔出しに。僕と椿さんは、川沢さんと佐伯さんの『過去』を探りにね!」
 カウンターの三人へ、にこやかにウィンクしてみせる逢歌。
「逢歌サンがお世話になりマス。という訳で、エントランスの貼り紙、いろいろ見てもいい?」
 しゅたっと手を挙げて椿が問えば、支倉は胡散臭そうにじろりと長躯を見やる。
「そのデカイ図体が、客の邪魔をせんならな」
「えーっと、できるだけ小さくなって探すねっ」
 そして彼らのやり取りに、本来の目的を思い出したEUREKAが表情を輝かせた。
「私も協力するわ。川沢さんがどれだけ変わってないか、見てみたかったの」
 胡都と神楽へミルクを出しつつ、エントランスへ向かう三人の背中に支倉が声をかける。
「見つけるのは構わんが、千切るなよ。ガキども」
「「「はーい」」」
 揃って答えが返ってきて、暫くしてから。
「若い」だの「可愛い」だの「変わってない」だのと、賑やかな感想が聞こえてきた。

●Last Live
 ライブ当日も、朝から空は重く曇っていた。
 ミュージシャン達が『under grass』へ集まり、打ち合わせを始める頃には、再びぽつぽつと雨が落ち始める。
「夜には止むといいですね。お客さん、大変だろうし」
 シドが心配そうに、時計を見やり。
「ま、ホントに雨になるとはね‥‥で、あたしとゆーりも、摘むモン持ってきたけど」
「はい、頂きます」
 ラシアの言葉に、遠慮なく胡都が手を上げた。

「今回は、ドラムなしか」
 PAのチェックをする川沢の様子を眺めながら、佐伯が呟く。ちょうど『Limelight』が休業日の為、手伝いとして足を運んでいた。
「セッティングがいらないから‥‥後は、ピアノの確認くらいかな」
「だなぁ」
 ふっと息を吐く佐伯の背後から、しわがれた声がかけられる。
「その件だが。お前『手空き』なら、ちったぁ後進の手伝いでもしやがれ」
「‥‥はぁ?」
 渋面の支倉に、佐伯は拍子抜けた返事をした。

 夕方になれば、雨にもかかわらず二種類の−−ミュージシャン目当てと、ライブハウスに別れを惜しむ客が集まってくる。
 そして開演時間より遥かに早く、狭いライブハウスは満員となった。

●シド+LUCIFEL+スモーキー〜My Partner Songs & Challenge
 静かなフロアに、生弦を弾く音が響く。
 緩やかで暖かな旋律に、その拙さもどこか懐かしさを醸し出して。
 アコースティックギターを爪弾くスモーキーが作った歌を、のびやかにシドが唄う。

「 部屋の片隅 年代物の
  レコードプレイヤー 今日も針を落とす

  少しばかりの ノイズとともに
  聞き慣れた曲が 部屋と心を満たす

  CDなんて 噂すらなかった
  そんな昔の 忘れ去られた 曲だけど 」

 遠くへ思いを馳せるように、ふっとシドは顔を上げて目を細め。
 その声にコーラスを添えるLUCIFELを、ライトがゆっくり浮かび上がらせる。

『 Good old sweet songs
  Always right here by my side
  迷う時は 風のように
  暗い夜は 星のように
  You led me here... All through my life 』

 光量を増した光が、南国の海の様に鮮やかな青の衣装で纏めた三人を照らし出した。
 その彼らを急かす様に、ハイハットがチッチッとリズムを刻み。
 そして、軽いテンポで作り出されるドラムワークが空気を繋げるうちに、スモーキーはギターをエレキギターに持ち換える。
 シドとLUCIFELはステージの端まで近づき、リズムに合わせて両手を打ち鳴らし、
 手拍子とドラムのリズムに電子音が加われば、SHOUTを握ったLUCIFELが次の歌へと飛び込む。

「 IdealとRealityは=(イコール)じゃないと言うが
  Startから諦めんなら生きる価値もない
  ココロの本音出して挑み続けろよ
  必ずgetするモノはあるはずだ

  オマエのHeartしかと刻めよ やれるだけやろうぜ 」

 アップテンポなフレーズに、今度はシドが呼吸を合わせる。

『 不可視な壁を突き抜け Go way! Go ahead!!
  未来を懸けぬけろ 手にした証を掲げろ
  不可視な穴を跳び越え Go way! Go ahead!!
  過去を捻じ伏せろ Glorious掴み取れ その手に 』

 LUCIFELは、拳を突き上げて歓声を呼び。
 トップバッターを終えた三人は、手を振って聴衆に応えた。

●DESPAIRER〜帚星
 フロアは暗転し、一本のライトのみがステージを照らす。
 光の輪の中で、DESPAIRERは一人憂鬱そうにアカペラで唄う。

「 あなたと二人 過ごした街を
  これから一人 今離れます
  「ずっと一緒に 生きていけるさ」
  あなたの その言葉
  嬉しいけど 私には 受け止められないよ

  ごめんね さよなら
  ありがとう 愛してる
  願い事を唱える間もなく
  流れて消えた帚星

  その煌めきを 私 忘れないから 」

 顔にかかる長い髪を、軽くかき上げ。
 いつもは陰鬱と唄う彼女だが、今日の歌には違う輝きがある。

「 最後に一度 嘘ついたこと
  どうか笑って 許してほしい
  「何があっても 守ってみせる」
  あなたの その想い
  嬉しいけど 私には 少し重すぎるの

  ごめんね さよなら
  ありがとう 愛してる
  一瞬の輝き残して
  闇夜に消えた帚星

  思い出胸に 私 生きていくから 」

 願いを託すように、宙へゆらりと手を差し伸べて。
 そうして静かにライトは絞られ、舞台は暗転する。

●『flicker』〜雨に別れを‥‥
 薄明るいステージ上方から、三本のライトが淡く三人の姿を照らす。
「Ladies & Gentlemen,是から一時のお相手はflicker。
 別れの中にも草の下に輝く光を、貴方の心にforever。
 虹を待ち‥‥『雨に別れを‥‥』」
 ダークブルーのパンツスーツを着たEUREKAのMCを待って、外の雨を思わせる音がスピーカーからザァと響いた。
 五月雨のようにEUREKAがアコースティックギターを弾けば、雨音は静かに遠のく。
 ハープシコード−−即ちチェンバロをイメージした音が微かに入り。
 黒髪を撫で付けて纏め、黒い薄手のドレスを纏ったラシアが、ゆっくりとSHOUTを掲げた。

「 Kiss in the Rain 」
「 最後の口付け‥‥ 」
「 Kiss in the Rain 」
「 触れるだけの‥‥ 」
『 冷たい感触だけ残る
  エピローグ‥‥ 』

 曲はバラード調というより、音の少ない軽いタッチの歌謡曲という感で。
 ギターの弦の周りで、チリチリと軽い電子音が鳴り。
 それとは別に金属板を叩く鍵盤楽器チュレスタを模した電子音が、ポツリポツリと雨垂れる。

「 Good−bye in the Rain 」
「 雨音が掻き消す‥‥ 」
「 Good−bye in the Rain 」
「 別れの言葉‥‥ 」
『 聞こえないフリして
  俯く‥‥ 』

 そんな層の薄い空間を、ラシアの落ち着いた声が埋めていた。
 だが、受けるTosikiの声は未だ厚みがなく。
 必然的に、ラシアも本来の声をセーブして唄う。

『 Rainbow after the Rain 』
「 また会える? 」
『 Rainbow after the Rain 』
「 いつか また‥‥ 」
『 願い掛け 期待して
  手を振る‥‥ 』

『 Kiss in the Rain
  Good−bye in the Rain
  Rainbow after the Rain 』

 ゆったりと唄い終えて、ステージは闇へと沈み。
 遅れて拍手が起きるが、『flicker』としては素人目にも判るほど、どこかアンバランスだった。
 たが、角度を変えて見えたものもまた、新しい『前進』の足がかりとなるだろう。

●『虹橋』〜青空のかけら
 マーチ風に刻むドラムワークに合わせ、揃いの青いレインコートを着て長靴を履いた四人が、足並みを揃えて現れた。
 四人は手にしたカラフルな雨傘を次々にポンッと広げてくるりと回し、ステージの両脇に置く。
 そして、それぞれのポジションへと散って。
 小柄な神楽が弾くグランドピアノの音が、滑り出す。

「 黄昏れる雨音続く 溜め息が窓に映る日
  ユウウツに見上げた空 青い鳥羽ばたいていた 」

 真琴の声が途切れると、静香のベースギターと逢歌のエレキギターが加わり。
 息の合った二種の音で、曲は明るく弾み出す。

「 天から零れ落ちた 青空のかけら
  道求め迷子になっても 進み続ける
  涙の雨が輝き始め 太陽が照らす
  曇り空に広がる虹色 自分だけの道

  歩き出すよ 青空目指し
  太陽のような 希望かかえて 」

 三人の演奏に後押しされるように、真琴は懸命に唄う。

「 雨上がり紫陽花の庭 右足が跳ね上げた雫
  楽しげに横切る影 水溜まり青い鳥映した

  天からふわり舞い降りた 青空のかけら
  道の先探し出したよ 掛け替えない友
  涙の雨もう降りはしない 澄み渡る空
  見えるかい? かかる虹色 君だけの道 」

「 歩き出すよ 青空目指し
  太陽のような 未来の世界に 」

 そして、最後は晴れやかに演奏を締めて。
 聴衆の歓声に応えて手を振りながら、神楽と真琴はステージを降りた。

●『蜜月』〜rude the rainbow
 ステージに残った逢歌と静香は、それぞれのギターを置くと、揃ってレインコートを脱ぎ捨て。
 空色の青い布が、ひらりと宙を舞った。
 白い地に昇龍を刺繍したチャイナドレスの静香に対して、逢歌もまた豪奢な白いドレスに身を包んでいる。
 そして、神楽と入れ替わりにスーツ姿の胡都がピアノの前に座るのを待って、逢歌がいつもの前口上を切り出した。
「今宵僕らは旅に出る 癒えた翼で再び空へ
 だから、消え行く暖かな巣のために
 心よりのUn dernier mot d’amourを送ろう!!」
 胡都のピアノと逢歌のアコースティックギター、そして静香のベースがスローテンポなスウィングを奏で。
 注意深く胡都が、スタンドマイクに声を吹き込む。

「 クラミツハは雨を降らす。
  花蕾香る六月の午後
  街も人も世界も等しく濡らす降り止まぬ雨の下で
  今日は戦場の安息日

  幼き日々の夢に焦がれて
  蝋の翼で空を目指す
  変わっていく自分と
  変われない悪い部分と
  鏡の前の擦り切れていく自分に気づかないフリして
  駆け抜けていく毎日です 」

 郷愁を纏って唄い出した歌は、メロディアスなものに変化し。

「 「たら・れば」話に華を咲かせて
  悪態ばかりで、勇気もない
  そんな未来から逃げ出したくて
  戦い抜いたけど
  「僕は正しかったのだろうか?」
  答えが出せないまま今日も歩む。 」

 ドラムの振動が加わって、加速していく。

「 クラミツハは雨を降らす。
  新緑香る六月の午後
  天の泪のこぼれる雲間から
  優しく通る、天使の梯子

  答えは今も出せないけれど
  雨宿りはできたから 」

 そうして、胡都と逢歌は拙いながらも声を合わせ。

『 剣を取り、戦士は再び立ち上がる
  蝋の翼は失ったけれど
  雨の後の未来が知りたくて
  幼き夢に見た空の
  天気は何時も雨のち虹
  天には大きな弓が起つ 』

『叙事詩』を演じ上げた三人を、拍手と歓声が包み込んだ。

●宴の終わり
 ステージの上から引き上げたミュージシャン達を、歓声と手拍子が呼び戻す。
 12人のメンバーのうち、8人がステージへ上がり。
 アンコールに応えて譜面もない即興曲を、歌詞もなく唄う。
 神楽のピアノに、EUREKAがバイオリンを合わせ、スモーキーはアコースティックギターを奏でて、静香がベースを添える。
 LUCIFELはステージ前に出て観客を煽り、シドと胡都もそれぞれマイクを手に、両翼へと声をかけ。
 逢歌は静香に寄り添い、交代でマイクを向け‥‥あるいは、声を重ね。

『under grass』最後のライブを、明るい歌声が締め括った。

●継がれる思いは
「お疲れ様でしたーっ!」
 明るく逢歌が音頭を取って、グラスが掲げられ、打ち合わされた。
「で、お前ら、こんなモンが欲しいのか」
 表面に『under grass』のロゴがプリントされた、未使用の菱形のコルクコースターを支倉がテーブルに広げると、あちこちから希望の手が上がる。
「できれば、支倉オーナーのサインもしてもらえますか? あと、川沢さんと佐伯さんも‥‥家宝にしますので!」
 コースターとサインペンを手に、勢い込んで頼むTosiki。
「そんな、ちゃちぃ家宝があるか。阿呆」
「俺にとっては、十分家宝になりますって」
 粘るTosikiに不機嫌そうにしながらも、支倉は仕方なくペンを取り、意外に達筆な字で名を綴る。
「もうちっと、いい『家宝』が残せる身分になりやがれ」
「そうそう。後世、君のサインや、直筆譜面に物凄い価値がつくような、ね」
 投げやるように支倉からコースターを回された川沢が、笑いながらペンを走らせた。
「そうなれたら‥‥いや、そうなるように頑張りますっ」
 居住まいを正すTosikiに、「気合入れすぎんなよ」と苦笑しつつ、佐伯は乱雑な字を書き。
 戻ってきたコースターを手に、Tosikiは子供のように目を輝かせた。
「で、だ。楽器の方は、誰が希望してんだ」
 支倉の問いに答えて、四人の手が挙がる。
「僕は、できればピアノを貰いたいです」
 申し出る胡都に、DESPAIRERがおずおずと続く。
「私は、キーボードを‥‥今は、まだ、うまく、弾けませんけど‥‥練習して、きっと、弾けるように、なりますから‥‥」
「神楽はピアノ‥‥も欲しいけど、やっぱりドラムセットがいいです」
「私もドラム希望で‥‥打楽器って馴染みがないけど」
 値踏みするように、支倉が神楽とEUREKAを見比べた。
「ドラムが希望者二人か‥‥両手、出してみろ。二人とも」
 ある意味で対照的な二人は顔を見合わせると、掌を上にして手を差し出す。
 腕組みをして四つの手を暫しじっと睨んだ末に、支倉は神楽の手をパンと叩いた。
「ぅ‥‥痛い」
「タコが出来るくらい叩いてんなら、皮張りにメンテもできるな」
「え? はい」
 叩かれた手をさすりながら、神楽は目を瞬かせ、こくりと頷く。
「まだ現役のモンが、飾り物になるのも忍びねぇからな」
 支倉の言わんとする事を察して、EUREKAもまた首を縦に振る。
「そうね‥‥残念だけど」
 譲り受ける事になった本人は、まだ話の流れがわからず、きょとんと首を傾げていた。

「あ、そーだ。昨日、川沢さんと佐伯さんの写真探してて‥‥見つけたんだ」
 嬉しそうに『成果』を報告する逢歌が、携帯を開いて保存した画像を静香に見せる。
「ほら、『現役時代』の」
 液晶画面を覗き込んだ静香は、10年以上の前の写真に思わずくすくすと笑い出した。
「川沢さん、あんまり変わってないわね。でも、佐伯さん‥‥」
「待て、お前。いつの間に、そんなモン仕入れた」
 不穏な気配を察して、佐伯が逢歌に詰め寄る。
「え? エントランスに貼ってあっただけだよ」
「‥‥まだ残ってるんだ」
 驚いたような川沢に、支倉が当然だと言う顔で煙草をふかす。
「でも佐伯さん、なんでこの写真こんな不機嫌そうに‥‥ガン飛ばして‥‥」
「どれどれ?」
 改めて笑い出す逢歌に、LUCIFELが面白そうに携帯を見に移動し。
「あら、こっちもあるわよ」
 にっこりと笑んで、EUREKAもスリム型の携帯を取り出した。
「何枚、てか何人撮ったんだ! 消しとけ、お前らっ!」
 だが、誰も佐伯の主張に耳を貸さず。
「それ、転送して下さい」
「私もー」
 話のネタにと、コピー希望の声が上がっていたりする。
「電子情報って、侮れないよね‥‥」
 しみじみと呟く川沢に、佐伯は盛大な溜め息をついて肩を落とした。
「ところで‥‥二人の『古巣』みたいだし、折角だから一曲リクエストしたいんだけど」
 ラシアが川沢へと話を切り出せば、シドは賛同するように頷く。
「『Ask』‥‥でしたっけ。是非、聞かせていただきたいです」
「はーい。川沢さん、前にリクエストして良いって言ったよね? 川沢さん達が演奏する時って、いつも神楽がいない時か、帰った後だもん」
 拗ねた様に神楽がねだり、他の面々も興味津々といった顔をしていた。

「で、なんでこうなるかね」
 ピアノの前に座る佐伯に、アコースティックギターを提げた川沢が苦笑する。
「さぁ‥‥まぁ、何かの礎になればいいんだけど」
 準備が整うと、一つ、深く呼吸して。
 まずピアノの低音部が、重く鋭く響いた。
 リズム楽器の如く連続して叩きつける低音と、語る様な抑揚の高音を佐伯が作り出し。
 対する川沢はピックを使って、アコースティックギターを短く軽く刻み。
 その狭間へ、すとんと声が入ってくる。

「 例えば僕らは ピアノの黒鍵と白鍵のようなもので
  同じカラーには成れず 同じ音にも鳴れない
  音を重ねるほどに不協和音もあるけど でもね
  君がいて僕がいて それで音楽が始まる 」

 柔らかな声は、高音になると振り絞るように唄い。
「川沢ぁな。音域も大して広くないし、ナリに似てファルセットが細せぇんだよ。佐伯も、下手に上手く弾こうとすると下手になりやがる」
 唸る様な呟きにスモーキーが支倉の様子を窺えば、30年近く様々な演奏を聞いていた老オーナーは渋い表情で皺を刻みつつ、目を細め。
 演奏を終えた『Ask』は、彼らの後から続き‥‥先へ行こうとする者達に、一礼した。

「お先に失礼します。お疲れ様でした」
 いつもの様に、打ち上げを途中で抜ける神楽が、一同へぴょこんと頭を下げ。
「遅せぇんだから、気をつけて送ってやれよ」
 支倉に言われ、車のキーを手にした佐伯は「はいはい」とひらひら手を振る。
 古い木製の扉を開けて、外へ出れば。

 −−雨は既に止んでいた。