Black Invitation Vヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 9.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/28〜07/02

●本文

●第五のカード
 ポストには、様々な請求書やダイレクトメールに混じって、一通の封書が入っていた。
 白い封筒には、流れるような美しい文字で宛名が綴られている。
 差出人を確かめるべく封書の裏を見れば、そこにも黒いインクで一文があった。
『the World Entertainments Association German branch』
 −−WEA、すなわち世界芸能協会。

 白い封筒の封を切ると、中は対照的な黒いカード。
 カードを開けば、そこにはタイピングされた金色の文字が、不穏な文を刻んでいた。

●籠中への招待状
 親愛なる諸君、御機嫌は如何かな。
 さて、くどい前置きは置こう。
 君は大規模な『撮影』が行われる事を−−そしてその『出演者』を密かに募っている事を、知っているかね。
 舞台は、ドイツのケルン。
 戦火で損なわれた古き敬虔な祈りと、災いを逃れんが故に見出された、愚かな皮肉の場。
 その上で、如何なる言質が隠されたか‥‥窺い知る事できれば、僥倖であろう?

 2千年を経た皇帝妃の懐で、如何なる供宴の舞台が繰り広げるか。
 演出も脚本も諸君次第‥‥楽しい『舞台』を期待しているよ。

 さぁ‥‥宴に赴く、用意と覚悟はあるかね?
                           −−from Nirgends





















●潮流
「あの‥‥よく意味が判りませんけど、コレ。私、ドイツに行った事もないですし‥‥撮影とか書いてますけど、撮る側も撮られる側も、さっぱりですし」
 彼女宛の『黒い招待状』から顔を上げ、「行かないとダメですか」と不安げにイルマタル・アールトはマネージャーに問うた。
「ん〜‥‥まぁ、とりあえず何事も経験ってな。ほら、とっとと準備しねぇと、遅れっぞ」
 中年男は無責任に笑って、18歳の少女を放り出す。それから暫く思案顔で唸って部屋を歩き回った末に、受話器を取り上げた。
「あ、俺だが‥‥なぁ、アノ件の話だが。ああ、例の変なのが届いたんだが‥‥早くねぇか?」
 相槌を打ち、相手の話を聞いていたマネージャーは、やがて放り投げるように受話器を置く。そして憂鬱そうに、ガシガシと髪を乱暴に掻いた。

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa1137 ジーン(24歳・♂・狼)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2670 群青・青磁(40歳・♂・狼)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa4040 蕪木薫(29歳・♀・熊)

●リプレイ本文

●曇天重く
 ドイツの玄関フランクフルトから、ICE(都市間超特急)で1時間15分程度。
 ガラス張りのケルン中央駅を降りれば、雲が垂れ込めた空へと伸びる二本の塔が目立つケルン大聖堂が、すぐそこにそびえ立っている。
「うわぁ‥‥大き〜い‥‥」
 純粋な感嘆の声を上げて、セシル・ファーレ(fa3728)が塔を見上げた。
「あんまり上を向くと、リュックの熊が落ちるぞ」
 先の『仕事』で一緒になった少女へ、群青・青磁(fa2670)はそれとなく注意を促す。一方、彼の方は行き交う人々から怪しい目で見られていた。
 その理由の9割は、間違いなく狼面であると断言して間違いない。ちなみに『素顔』ではなく『覆面』なのだが、一般人から見た怪しさの程は大差ない。
 常に覆面を欠かさない−−今年の初めの方で、群青と顔を合わせて以来の小塚透也(fa1797)が浮かべた表情を思うと、ソレも相当の筋金入りらしい。暑くないのか、ムレないのか、換えはあるのかなど、『遺跡捜索』並に謎は尽きないが、彼の仕事は格闘系かと思いきや、演歌歌手だったりする。
「日本の文化って、奥深いんですね」などと素直に感銘を受けたイルマタル・アールトに、御堂 葵(fa2141)が頭を抱えたのは言うまでもない。
「なんだかとっても、『おのぼりさん』になりそうなよっかーん」
 目の前の巨大建造物と周囲の様子に、「駅近、徒歩1分」とかそんなキャッチが脳裏を過ぎった透也は、ハッと我に返り。
「いかん、言動が鉄騎に影響されているような気がする」
「‥‥あの域まで、到達するのか」
 透也の自戒(?)に、Cardinal(fa2010)が大聖堂前広場の一角を見やった。彼の視線を追いかけると、広場の片隅にあるベンチに座り、ケルンの地ビール『ケルシュ』を煽りながら妙に寛いでいる男が一人。
「昼間っから飲むなっ!」
「いやはや、素晴らしきかな観光地」
 詰め寄る透也へ、グラスを片手にせせらぎ 鉄騎(fa0027)はポンと黒い折鶴を放る。
「‥‥なんだよ、これ」
「移動中に、色んな思いと握力に任せてカードを折り曲げ製作した、ブラック折鶴だ!」
「暇に飽かせて、手がかり折ってんじゃねぇぇーっ!」
 中東でも目撃した二人のやり取りに、ジーン(fa1137)が嘆息し。
「‥‥やはり、いいコンビだな」
「ああ‥‥それにしても、随分と人の多い場所に建ってるな」
 重々しく頷いて、Cardinalが彼に同意した。それから改めて、ぐるりと大聖堂の周囲を見やる。WEAからの情報に沿って、ケルン大聖堂周辺にも多くの獣人達が足を運んでいたが、一行の到着によってその規模は極端に『縮小』された事になる。
「それで、これは何なんでしょう。こちらの招待状を頂くのは初めてなのですけど、ちょっと怪しい‥‥それでも普通の撮影のお仕事だと思ってましたよ」
 状況を把握しかねる蕪木薫(fa4040)が、彼女にも届いた『招待状』を手に小首を傾げた。
「何をする‥‥というよりも、何かが起きる‥‥方が近いかもしれんな」
 予測を口にするCardinalが、そのまま考え込む。既に過去に何度か『招待』された彼だが、手紙の意図は毎回解しかねていた。
「供宴の舞台を撮影‥‥俺達との戦いを見せてもらうという意味にも取れる。試されているような‥‥」
 語彙を濁しつつ、文面から浮かんだ印象をジーンが口にする。じっと話を聞いていた葵は、初めて目にする街を物珍しそうに眺めるイルマタルに目を細めた。
「鬼が出るか蛇が出るか‥‥ですね」

●語られぬ言葉を捜して
 誰にでも開かれた扉を経て中へ入れば、外の喧騒が嘘の様な荘厳な空間が広がっている。
 中に入った三人は立てる足音にすら注意を払いつつ、驚きと共に内部を見回した。
 長さ150m程、高さは約43mもあるゴシック様式の身廊の右手に目をやれば、バイエルン王ルートヴィヒ1世が奉納した巨大なステンドグラス『バイエルン窓』が、細やかな色模様を静かに煌かせている。東に向いた大聖堂の奥では、半円形に並んだステンドグラスが朝日を受けて輝いていた。
「写真、撮っちゃダメでしょうか」
 ほぅと感嘆の息を吐きながら、セシルは二つに結んだ髪を揺らして大人の二人へ振り返り、遠慮がちに尋ねる。
「ああ。撮影禁止でもないようだ」
 パンフレットを見ながらジーンが答えれば、少女は嬉しそうにリュックを降ろし、くまのぬいぐるみを長椅子の上にちょこんと座らせてから、デジカメを取り出した。
「あのぉ、お待たせしました」
 セシルが写真を撮る間に、カメラや集音マイクなどを担いだ四人の青年達がやってくる。怪訝な表情を浮かべたジーンは、Cardinalを見やった。
「WEAに『撮影スタッフ』を寄越してもらった。例の騒ぎで人手もなく、経験が浅いそうだが、『フリ』が出来れば十分だろう」
 青年達をちらと窺うジーンは、嫌な予感を覚えた。

「大聖堂は6時で、こっちは10時から開場か‥‥」
 あふと、鉄騎が一つ大きな欠伸をする。
 彼を含む五人は、ローマ・ゲルマン博物館の入り口で開場時間を待っていた。そして四人とは別に、群青が大聖堂と博物館に面した広場で待つと言い張っている。
「獣化して、一人で居りゃあ、美味そうな餌だと思って食いついてくるだろう。発見したら、トランシーバーで連絡するしな」
 自信ありげに群青が胸を張るが。
「私は、持っていませんが。誰か他に、トランシーバー持ってる人はいます?」
 葵が聞けば、群青を除く鉄騎に透也、薫が首を振り、イルマタルも続く。
「それなら、群青さんが携帯を持っていれば大丈夫ですよ!」
 帽子を被った薫がにこやかにフォローするが、群青は黙り込み。
「じゃあなっ」
「あ、逃げるなーっ。一人で行動するのは危ないって!」
 背を向けた群青を慌てて透也が捕まえようとするが、半獣化した相手に敵う筈もなく。着物姿の覆面男は人ごみを器用にすり抜け、その姿は見えなくなった。
「‥‥大丈夫でしょうか」
 心配そうにイルマタルが葵を見上げるが、彼女は苦笑を返すことしか出来ず。
 そうこうしている間に開館時間となり、博物館の入り口が開放された。

「この文中の『戦火で損なわれた古き敬虔な祈り』がケルン大聖堂で、『災いを逃れんが故に見出された』が、この博物館‥‥でしょうか」
 石像や石碑、レリーフの刻まれた柱など、ローマ時代の遺物が並ぶ館内を薫が見回しながら歩く。
「そうなんですか?」
 不思議そうに尋ねるイルマタルへ、彼女は振り返り。
「ええ、なんとなく。予想の根拠はありませんが」
「‥‥はぁ」
 暢気な答えに、少女は気の抜けた返事をした。薫の更に前を歩く透也は、博物館員の説明を聞いている。
「それで『古代ローマとゲルマンの関係について』、ですよね。ケルンはローマによるゲルマニア支配の拠点として、重要な街だったんです。出土した資料の数々が、それを物語っています。
 階段室にあるポブリキウスの墓碑は、ローマ第五軍団の一将校の墓碑記念像ですし、ローマ時代のガラス製品や装飾品も多く見つかっています。
 何より素晴らしいのは、やはりディオニソス・モザイクですが‥‥」
 館員が、前方の手摺りを示す。
 そこから下を覗き込めば、階下に数百万枚ものガラス片と、小さな石をちりばめて作られた巨大な絵図が広がっていた。
 柵で仕切られたその大きさは、横幅が約7m半、縦幅は約10m。
 モザイク画は所々破損して欠けているが、それでも赤や青の色彩は二千年近くたっても健在だった。
「大きさも凄いですが、細かいですね‥‥」
 細やかな絵図に、葵が感心して呟く。
「真ん中の枠が、ディオニソスだと言われています」
 中央の枠には、肩を組んだような二人の人物が描かれている。他にも、葡萄を収穫し、踊り、音楽を奏でる男女の姿、孔雀や虎のような生き物、ライオンや犬に乗った人物の絵もある。鴨やガチョウの様な鳥に、鉢植えの植物や果物もあしらわれていた。
「あれは‥‥パンかしら」
 薫がディオニソスの隣の枠を指差した。山羊の角を持ち、下半身も山羊の男が、一匹の山羊を連れている。
「豊穣と酒の神ディオニソスと牧神パンは、人の食卓を潤してくれる神ですからね。このモザイクは、上級市民の邸宅の食卓を飾っていたと思われます。下の階に降りて、近くで見てみますか?」
 再び館員に案内されて、一行は歩き始めた。

「あれに聖遺物が入ってるんですか? 綺麗ですね」
 中央祭壇の奥にある金色の箱を前に、セシルがジーンに聞いている。
 現存するヨーロッパ最古の記念十字架。宝石で彩られたマリア像。大小さまざまな祭壇。沢山の柱に飾られた聖人像。
 それらを細部まで鑑賞していると、一日が軽く過ぎてしまう。
「深夜撮影の件、許可が下りましたよ」
 観光客で混雑する中、撮影スタッフの青年達が意気揚々と戻ってきた。
「大聖堂周辺に許可も出てましたし‥‥ただ、何かあったら補償で済まないほど大変だからって、釘は刺されましたが」
「夜の大聖堂か‥‥神秘的だよな。そうだ、尖塔からの日没を撮りませんか。観光客も帰ってますし、きっといい絵になると思うんですよ」
『テレビ番組の撮影』とあって、青年達は熱心にいろいろと『仕事』へのプランを提案してくる。
「ああ‥‥そうだな。尖塔も、確認しておいた方がいいな」
 思案を巡らせながら、Cardinalが答え。
「尖塔?」
「教会の南塔だ。109m上の展望台まで、登る事が出来る」
 首を捻るセシルへ、ジーンが上を指差す。
「ライン川やケルンの街並みが、一望できるんです。絶景ですよ」
「あ、見たいです!」
 飛び上がって主張する少女に、スタッフ達は笑顔をみせた。
「じゃあ、照明とラフ持ちは下で待ってます。あの階段、めちゃくちゃ狭いので」

●不達
「それで、誰がいなくなったって? スタッフ?」
 携帯で大聖堂のメンバーとやり取りしている透也を、他のメンバーが不安げに見守っていた。
「あの、セイジを‥‥探しに行かないと」
 服の袖をイルマタルに引っ張られ、葵は困惑した表情を浮かべる。
「今は、これ以上バラバラにならない方が懸命だろうよ」
「率先してはぐれる張本人が言ってもなぁ。とにかく、出よう」
 話を終えた透也が、携帯を折り畳む。そして、まだ人の残っている博物館から外へと仲間を促した。前を行く背中へ、薫は小声で問う。
「向こうで、何かあったんですか?」
「WEAに人手を頼んでたらしいんだが、それがいなくなったそうだ。機材を置いたまま、全員」
 沈黙が、五人の間に降りた。

 重々しい音を立てて、扉が開いた。
 暗い南側の翼廊に現れた者達に、三人は安堵の息をつく。
「無事だったんですね!」
 喜んで駆け寄ってくるセシルへ、葵や薫は微笑んでみせた。
「‥‥で?」
 短い言葉で、鉄騎が状況説明を求める。
 高い天井や柱を仰いでいたジーンとCardinalは、首を横に振った。
「尖塔を見に行っている間に、ここで待機していた二人が消えて、探しに行った二人も戻ってこない。機材は置きっぱなしで、ホテルや家にも帰っていない」
 Cardinalの説明に、博物館にいた者達は顔を見合わせる。
「疑うのは良くないとは思いますが、実は良からぬ方だった‥‥という事は、ありませんか?」
 薫の意見に、Cardinalは首を横に振る。
「問い合わせたが、四人とも俺達同様にWEAと関わりがある者だし、素性も偽りはなかった」
「NWが出たとしても、二人ともが同時に‥‥とは、考えにくい。少なくとも、どちらか一人は助けを求める事ができると思うんだが」
 機材を見やりながら、ジーンが呻いた。
 葵は透也と顔を見合わせ、それからきつく手を握って身を竦めているイルマタルへと視線を移し。
「確かに、単体で現れる事が多いですが‥‥二体が同時に現れた例も過去にあります」
「‥‥そうか」
 暗い聖堂の、いたる所にできた影にジーンは目をやる。差し込む外の照明が、柱に佇む聖者達を静かに浮かび上がらせていた。
「アオイ‥‥」
 訴える様に名前を呼ばれて、葵はイルマタルの髪を撫でる。
「そうですね。いなくなった方も問題ですが‥‥今は、群青さんを探しに行きましょう。行方不明者を、五人に増やしたくありません」
「そうだな」
 Cardinalも同意し、一行は大聖堂を出た。

 −−その後、期間いっぱいまで消えた四人の青年の捜索とNWの痕跡探しに重点を置いたものの、手がかりは何も得られなかった。
 無論、暗号の有無も−−『招待状』の言わんとする物も含めて−−いわずもがな、である。