世界祝祭奇祭探訪録ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/11〜11/14

●本文

●プレクリスマス
「アドベント」とは、待降節や降臨節とも呼ばれる。イエス=キリストの降誕を待ち、その準備をする教会暦の期節。すなわち、プレクリスマスである。
 ウィーン市庁舎前広場で開かれるクリスマス市は中欧最大級といわれ、13世紀末より連綿と続く。ツリーの飾りやグリーティングカードを始めとする「クリスマスの必需品」を売る露店が100軒以上を並ぶだけでなく、メリーゴーランド、ポニーの乗馬、ミニ電車などが出現し、まるでテーマパークのような賑わいとなる。また特設ステージでは毎日夕方、クリスマス・キャロルのコンサートも催されるという−−。

●アドベントの魔法
「今年のウィーンクリスマス市『アドベントの魔法』は11月12日からの開始され、クリスマスの前日まで続くのですが‥‥」
 前回と同じオーディション係のスタッフが、淡々と説明しながら番組資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」現地滞在型の旅行バラエティ。前回はエディンバラでのハロウィーンを紹介し、番組の滑り出しとしては上々だったという。
「今回も、滞在期間は4日。滞在先のハイドン家は『プチポワン』というウィーン特産の伝統工芸刺繍製品を作っていまして、今回の市にも露天を出すとか。家族構成は両親と音楽学校に通う16の娘。市の前日からのホームステイとなり、市の最初の土日で忙しい露天を手伝っていただく−−と。まぁ、こんな感じです」
 スタッフが言葉を切ったところで、取材希望者の一人が挙手する。
「前回に「トラブル」があったという話を小耳に挟んだけど、今回はどうなんです」
「‥‥さて。どうでしょうね」
 あくまでも平淡な言葉を返すスタッフに、他の取材希望者からも「おいおい」「無責任じゃない」と次々に声があがる。
「残念ながら、こちらは「アレ」共のスポークスマンではありませんから‥‥ただまぁ、用心に越した事はないと思いますよ。そうでなくても、祭にトラブルは付き物ですし」
 トン。と残った資料を机の上で揃えると、スタッフはドアを指差した。
「保身を選択する方は、どうぞ。お帰りはアチラからですので」

●今回の参加者

 fa0050 フィラ・ボロゴース(26歳・♀・狼)
 fa0130 水上つばき(20歳・♀・蝙蝠)
 fa0190 ベルシード(15歳・♀・狐)
 fa1089 ダン・クルーガー(29歳・♂・狼)
 fa1613 雪白 紗綾(15歳・♀・小鳥)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)

●リプレイ本文

●音楽の都
 白と赤にペイントされた路面電車が、のんびりと走っていく。
 窓から見えるのは、オーストリアの首都ウィーンの街並み。古い音楽家達の時代から今もオペラやコンサートが日々上演される音楽の都としての一面と、ハプスブルグ家の盛衰を始めとして数々の歴史を刻んだ街である。その風景を、雪白 紗綾(fa1613)は年相応のきらきらとした表情で見つめていた。乗客達は着物姿の方が珍しいらしく、紗綾をちらちらと窺う。そんな車内にドイツ語のアナウンスが流れ、ダン・クルーガー(fa1089)が降車用の赤いボタンを押した。
「次が、市庁舎・ブルク劇場駅だ」
「降りるんですね。ありがとうございます、助かります」
 礼を言って御堂 葵(fa2141)がすっと立ち上がり、和服の紗綾に手を貸す。やがてトラムは減速し、停車した。
「割と‥‥小さい?」
 ブルク劇場の前に立ったベルシード(fa0190)は、先を見ようとその場でジャンプする。
 市庁舎公園は南北に約400m、東西に約100m。公園の真ん中、東のブルク劇場と西の市庁舎を結ぶ広場が「魔法の会場」だった。木製の小屋が軒を連ね、市庁舎側に電飾を纏った樅の木が立つ。星やベルを模ったライトも、あちこちに飾られていた。
「まぁ、ハンブルクのDOMと較べるとそうだな」
 ベルとは別件を入れて三国目の付合いになる小塚透也(fa1797)が、目を細めて天を仰ぐ。呼気で手を暖める水上つばき(fa0130)も、同じように雲の多い空を見た。
「雪、降りますでしょうか」
「降るほどの寒さではないから、無理だな。木もまだ葉が落ちてない」
 紅葉した木々をCardinal(fa2010)が指差す。サバイバルに慣れていると請合うネイティブアメリカンの彼が言うと、一段と信憑性がある。
「それは、残念だね〜」
 ちっとも残念でなさそうに笑いながら、フィラ・ボロゴース(fa0050)は横断歩道を渡る。
 朝の8時なのに、方々の小屋の前に車が止まっていた。店主達は荷物を持って小屋の間を通り、裏からそれを運び入れる。皆、最後の準備に忙しそうだ。
「やぁ、おはよう。君達が、お客さんか」
 カメラマンと通訳を従えた異邦者の一行を見て、恰幅のいい50代後半の男が呼びかけた。「お邪魔します」「よろしくお願いします」と口々に挨拶をし、それから早速ハイドン氏のワゴンから段ボール箱の運び出しを手伝い、代わりに旅行鞄を乗せてもらう。
 こうして、彼らの4日間のステイは始まった。

●平穏な日の一例
 商品の整理を終え、一行が(どう見ても7人乗りの)ワゴンでハイドン家へ着いたのは昼頃。これまた恰幅のいい夫人が、彼らの為に昼食を用意していた。
「すいませんね。来て早々に手伝わせちゃって」
 大き目の鍋でボイルされた肉や野菜を夫人は手際よく取り分け、ソースをかける。
「いつも、あんなに朝早いんですか?」
 白いナプキンを膝の上に広げながら葵が聞くと、主は「ああ」と頷く。
「朝に荷物を入れないと、他の店の車と通行人で混むんだ。さぁ、喰った喰った」
 カチャカチャとナイフやフォークの音が響く中、料理の「元」について夫人にアレコレと聞くベル。
「ターフェルシュビッツは骨付きの牛肉をじっくりコトコト煮込んだ料理で、ダイエットにもいいの。それとも、お嬢ちゃんは何かのアレルギー持ち?」
 心配そうな夫人に申し訳なくなり、ベルは料理に手をつけた。ダイエットと聞いて女性達の箸−−もとい、ナイフとフォークも一層進んだようだ。

「それじゃあ、行ってくる」
 食事を終わると、ハイドン氏は車で出かけた。今度はプチポワンを作る針子の家々を回るのだ。
「プチポワンって、作業に拡大鏡を使って縫うほど細かい刺繍なんですよね」
「あら、良くご存知ね」
 感心する夫人へ、つばきはちょっと照れ臭そうに笑う。そして夫人は自分の「作業場」へ彼らを案内した。
 部屋のテーブルには製作中のタペストリーが広げられている。完成間近のそれは、クリスマスに合わせた『受胎告知』の図柄だった。
「細かい縫い目だな」
 目が痛くなるというのが、透也の第一印象だ。そして、夫人の説明を聞いて更に気が遠くなった。「1cmあたり11〜20ステッチ(縫い目)。熟練した人でも一日に600〜800ステッチがいいところ」なのである。粗目でも3センチ平方が縫えない計算だ。
 夫人が作っているタペストリーは縦30cm横20cmだが、製作日数はほぼ一年。今は機械を使った「安物」も多いものの、手縫いで目が細かい物は高価になる。
「もしかして‥‥挑戦しろとか、言います?」
 嫌な予感がして透也が恐る恐る聞くと、夫人はにっこりと微笑む。
「大丈夫。初心者用キットがあるわよ」
「‥‥失礼。ちょっと電話が」
 ひょいと、一番後ろにいたダンが部屋を抜け出した。
「ああっ、逃げるなドゥギー。DOMで一緒に戦った仲じゃあないかーっ!」
 空しい透也の叫びが後に残される。彼の最後の心の味方Cardinalは、花や鳥の図柄を前にして真剣な顔だった。
「コヨーテや狼、亀の図柄は駄目なんだろうか‥‥」

 部屋を出たダンは、人気のないリビングで電話をかけた。滞在中にもし「騒ぎ」が起きれば、WEAに後を頼まなければならない。
「OK、ありがとう」
 幾らかのやり取りの末、オペレーターの男性に礼を言って彼は電話を切った。
「ふ〜ん。彼女かな〜?」
 冷やかしに声の主を見れば、咥え煙草で灰皿を持ったつばきが台所から出てくる。同じように、刺繍地獄から脱出したらしい。
「いや、フラレた」
「あらら、ご愁傷様。でも、慰めてやんな〜い」
 カメラがないせいか、漸く一服できたせいか、つばきは明るくからからと笑った。

 日が傾いた頃、ハイドン氏は下請け回りから戻ってきた。引き取ったプチポワンは額にはめれば壁掛け、あるいは台座をつけてブローチやペンダントトップ等に加工をし、商品となる。出来上がった商品の梱包を手伝い終えると、一人娘のマリアが帰宅した。オーストラリアワインの新酒が出たので、受け取ってきたという。
 その日の夜は、賑やかな晩餐となった。

●魔法の始まり
 翌日。露天の荷入れと商品の陳列のために、男三人とフィラは早朝から市庁舎公園へ向かう。残った女性陣は、マリアの薦めでフィアカー(辻馬車)を使った。
「それ、とても綺麗な織物だけど‥‥苦しくない?」
 きつく帯を締めた紗綾をマリアは興味深そうに眺める。
「マリアさんも、着てみますか?」
「無理。そんなに締めたら、ランチのデザートが食べられないわ‥‥それに、つばき!」
 急に話の矛先が向き、つばきが首を傾げる。彼女は可愛い蝙蝠模様の入ったシックな紫のドレスを着ており、紗綾とは対照的だ。
「な、何です?」
「貴女も素敵なドレスだし、二人のお姫様に挟まれた私は場違いじゃない」
 明るい笑い声を乗せ、馬車はガラガラと石畳の路地を走る。

 彼女らが合流した昼前には露天も開き、人々の行き来も増えていた。
「じゃあ、あたい達はちょっと回ってくるよ」
 軽く手を振って、フィラは男三人と店を出た。全員が店に入ると窮屈なので、四人が交代で手伝うのだ。客とのやり取りは商品を並べたカウンター越しに行い、通路での呼び込みはしない。客の邪魔になる為だった。
「挨拶はGruss Gott.『ありがとう』はDanke.『どういたしまして』がBitte.‥‥」
「葵、なんの呪文の練習中?」
 一生懸命何かを覚えている葵へ、不思議そうにベルが聞く。
「昨日教えてもらったんです。店を手伝うなら、簡単な挨拶くらい出来ないと失礼ですし」
「葵は勉強家なのね。えら〜い!」
 ぱちぱちと無邪気に拍手するマリアは、比較的すらりとして身長が高い。年下だと思われているのかしらと、葵は心の内で苦笑した。

 昼を越えると観光客や午後のティータイム「ヤウゼ」を楽しむ人が加わり、広場は急速に混雑してくる。
「これだけ人が多いと、アレも出てこないだろうね」
 だったら純粋に祭を楽しめると、フィラは嬉しそうだった。
「ああ。それに‥‥」
 言葉を切り、Cardinalが視線で何かを示した。視線の先、イルミネーションの支柱にカメラが設置されている。
「監視カメラ?」
「誰が見ているかは判らんが、中継があるなら手出しも難しいだろう」
 NWは本能的に人目を避ける。また、彼らの「変身」も見られるとまずい部類だ。
「あれに映ったら、痛み分けどころじゃあないな」
 少なくとも俺達は破滅だと、透也は呟く。中世の魔女狩りが、現代に再現される−−。
 自然と、彼らの足はカメラの死角へ向いた。
「そうそう。エディンバラの件、おそらくは地元の連中だろう、だと」
 噂で聞いたハロウィーンでの一件が気になって、ダンはWEAへ問い合わせてみたのだ。透也は黙って聞き、Cardinalが協会の見解に賛成するように頷いた。
「土地に根付いた伝説伝承の末。そういう流れの者達だと、俺も思う」
 今も昔も「芸能活動」を隠れ蓑に繋いできた、獣人の血脈。不意にその重さを感じ入り、四人は暫し口をつぐんで佇んでいた。

 夕方にはカウントダウンと共にイルミネーションにライトが点灯し、聖歌隊の子供達のクリスマスキャロルが広場に響いた。
 露天も軒沿いに電飾が灯り、店の中には明るい電球が点く。
 焼き栗のいい匂いが漂い、早くもクリスマスのオーナメントを買う人達もいる。
 店頭の商品を見ようとしても、前の人を掻き分けなければならない混雑だ。

「Danke Schon」
 一輪の花がモチーフの小さなブローチを買った男性客へ、葵は「Bitte」と答える。あのブローチは恋人の為だろうかと考えると、胸の辺りがほぅと暖かくなった。
「やぁ、上々の発音だね。でも、君にはもうちょっと『Lacheln』が欲しいところだ」
 ハイドン氏に言われて、葵は小首を傾げた。
「れっひぇるん‥‥?」
「スマイルさ」と笑ってみせるハイドン氏に、むぅと真剣に考える葵。
「私‥‥笑ってませんか?」
「スマイルスマイル!」
 更にベルの声援が飛ぶが、応援しているのかからかっているのか判断に困る葵であった。

 ステージが静かになったのを見計らい、つばきとフィラ、紗綾はそれぞれに顔を見合わせた。「いち、に」と呼吸を合わせ、声を紡ぎ始める。

「諸人こぞりて 迎えまつれ
 久しく待ちにし 主はきませり
 主はきませり 主は 主はきませり」

 美しいハーモニーと日本語での歌が珍しいせいか、客も周りの店主もハイドン氏も暫し手を止めて、三人のコーラスに聞き入っていた。

●ラフプレー
 アドベントの魔法は、平和に二日目を迎えた。
 朝方に少し雨が降ったがすぐに上がり、空いている時間に楽しもうとベビーカーを押す若い夫婦の姿もある。子供がヘリウムガスで膨らんだ風船を片手に、走っていく。
「そういえば‥‥ハイドンさんはアドベントの思い出とかは?」
 突然に透也が聞いたので、ハイドン氏は腕組みをしてむぅと唸った。
「‥‥父親の代にも、ここで家族ぐるみで店を出していたからな。アドベントの魔法は、楽しむよりも稼ぐのが先だった。妻も昔からの針子でな。結婚して、一緒にプチポワンの小物やバッグを作って売った。だが‥‥それも、俺の代で終わるだろう。マリアは子供に音楽を教える先生になりたいと、音楽学校へ入った」
「マリアさん、跡を継がないのか‥‥」
「それが娘の選ぶ生き方なら、そうなるだろうな」
 遠い目をして、ハイドン氏は家族連れを眺めていた。

 日曜日という事もあって、夕暮れを迎える頃には広場は初日を越える人出で埋まっている。
「うわぁっ!」
 その人込みの中で声が上がった。更に「何!?」「押すな!」とトラブルの声が続く。
「‥‥見てくる」
 ダンが店から離れ、Cardinalや透也も後に続く。
「気をつけて」と不安げなフィラや紗綾達が彼らを見送った。
 背の高いCardinalが、人を押し分けて近づいてくる何者かを見つける。
(「こんな人込みの中で、か?」)
 緊張が高まる。
 人々を逃がすにも、あまりに混雑し過ぎている。
「きたぞっ!」
 彼の警告と同時に、人垣を分けて一人の男が飛び出した。
「うわぁぁっ!」
 が、殺気立って身構える男達を見て悲鳴を上げ、慌てて元きた方へと引き返す。
「って、え?」
「‥‥おい、待て!」
 素早く男の肩を掴んで引き戻すダン。その勢いが強かったのか、男は「ぎゃっ!」とひっくり返った。胸に抱いている女物のバックは、明らかに誰かから取ったか店頭から盗んだ物だろう。
「なんだ‥‥こそ泥か」
 透也はほっと安堵し、苦笑する。格闘家二人は男を引っ張り上げて立たせ、手馴れた様子でずるずると警備員の下へ引き摺っていった。

●足取り軽く
 トラムが動き始めると、見送るハイドン家の三人はあっという間に見えなくなった。
「何もなかったねー」とベルが言い、「何もないのが一番だ」と透也は返す。
 視線を上げると、窓から天頂に太陽が見える。日本の空を照らしてきた太陽だ。
「‥‥一度、日本へ帰るかなー‥‥」
 透也がぼそりと呟くと、ダンが彼を小突いた。
「ホームシックか?」
「マリアと同じ齢の妹、思い出した」
「そうか。だが女はしたたかだぞ」
 重々しく言って、Cardinalが後尾の女性陣を示す。
「よし。時間も少しあるし、ホテルザッハーでザッハートルテを食べよう!」
「わーい」「賛成です」と次々に上がる彼女らの声に、彼らは顔を見合わせ、笑った。