幻想寓話〜異聞姫取物語ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 4.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/09〜07/14

●本文

●たまにはこんな御伽話
「そういえば、アジアの方では近々『タナボタ』とかいうイベントがあるそうだな」
 ふと思い出した様に、脈絡なく。コンビを組んでいる監督であり、同居人でもあるレオン・ローズが、いきなりそんな話を切り出した。
 ある意味では「いつもの事」なので、フィルゲン・バッハは読み進めている本から目を離さず、修正を入れる。
「それは‥‥『タナボタ』ではなく、『タナバタ』なんじゃないか?」
「ふむ?」
「詳しい話は、知らないけどね。日本や中国だと、『タナバタ』の夜には願い事を書いた栞を笹に結んで、それを軒先に飾っておく習慣があるそうだけど‥‥」
「つまり、腹を空かしたパンダの神様が、その夜に家の外に捧げられた笹を食べ歩き、一番美味い笹を用意した家の願い事を叶えるという訳だな!」
 何故か、無意味に力いっぱい勝手に納得するレオンへ、フィルゲンは疑わしそうに視線を投げた。
「‥‥そうなのか?」
「違うのか?」
 逆に聞き返されてフィルゲンは脱力するが、レオンは一向に構うことなく先を続ける。
「次回は『白き貴婦人』を考えていたが‥‥『モーツァルト・ドラマ』も終わった所であるし、少しばかり趣向を変えてみんか? 過去にかような提案もあった訳だしな」
 無駄に楽しそうな監督の様子に、嘆息した脚本家は読みかけの本を置いて、覚え書き用のノートを引っ張り出した。

●幻想寓話〜異聞姫取物語
『小さくも豊かな或る国に、見目麗しく心優しい姫がいた。
 姫を娶る為に、近隣三国の王子が国をかけて争おうとする。
 国が荒れ、民が苦しむのを望まない姫は、三人の王子に一つの提案をした。
「一ヶ月の間にこの国で一番不幸なお婆さんを、一番幸せにした方の元へ参りましょう」
 もちろん、笑顔と共に「三人のお国の力を使わずに」と加える事も忘れない。
 三人の王子は、当然困った。
 そもそも『この国で一番不幸なお婆さん』が、誰なのかすら判らず。
 とはいえ、ライバル達に遅れを取る訳にもいかず。
 首をふりふり、城下へと繰り出した。

 果たして、難題を果たして姫を娶る事ができるのは、どの王子であろうか−−』

 ファンタジー・ドラマ『異聞姫取物語』の出演者・撮影スタッフ募集。
 俳優は人種国籍問わず。王子役、姫役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集(配役の追加可能。また集まった役者によっては、『一人の王子に三人の姫』といった立場逆転もありうる)。
 ロケ地はドイツの南西部にあるネッカー渓谷一帯。古城街道の一部であり、中世時代の古城がホテルや観光地として、今もなお形を留めている地域である。

●今回の参加者

 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa1715 小塚さえ(16歳・♀・小鳥)
 fa2151 鷹野 瞳(18歳・♀・鷹)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa3577 ヨシュア・ルーン(14歳・♂・小鳥)
 fa3736 深森風音(22歳・♀・一角獣)
 fa3797 四條 キリエ(26歳・♀・アライグマ)
 fa3846 Rickey(20歳・♂・犬)

●リプレイ本文

●名の意味
 太陽が照りつける中、ネッカー川の川面を遊覧船が滑っていく。
「風が、気持ちいいです」
 船の舳先の方に立ち、王子ヨシュア役のヨシュア・ルーン(fa3577)が無邪気に髪を風に遊ばせていた。
「身を乗り出して、落ちないようにな」
 彼の従者イザックを演じる鷹野 瞳(fa2151)が、役さながらに苦笑でヨシュアを見守っている。
「このネッカーという名はケルト語に由来し、『荒れた川』を意味するそうだ」
「ケルトといえば、イギリス方面だと思っていたよ」
 レオン・ローズの説明を聞きながら、三人の王子に『難題』を出すアデーレ姫役の深森風音(fa3736)が、日差しを遮る様に手を翳す。
「更に、ドイツにはニッカーっていう男の水棲妖精がいるけどね。ケンタウロスのような、半人半馬の」
 それが起源というわけではないけどと、フィルゲン・バッハが付け加えた。
「そういえば、オーデンヴァルトってこの辺だっけ?」
 今回の吟遊詩人役の四條 キリエ(fa3797)がフィルゲンに尋ねれば、彼は首を横に振った。
「南下すると、黒森に近いよ。あの一帯は、ライン川とマイン川に挟まれてて‥‥」
 フィルゲンは地理を説明するが、日本人のキリエにはピンとこない。
「オーディン‥‥北欧神話と関係あるのかな」
 小首を傾げるのは、若干18歳にして老婆と王妃、二つの難役に挑む月居ヤエル(fa2680)。
「由来は、諸説あるね。後は『ニーベルングの歌』で、ジークフリートが討たれた場所として有名かな」
「ニーベルングの歌?」
 更に疑問の表情のヤエルに、レオンが腕組みをする。
「ワーグナーの『ニーベルングの指輪』の元となった、叙事詩であるな」
 ぽむと、第二の王子リヒャルト役のRickey(fa3846)が手を打った。
「聞いた事があるよ。『ワルキューレの騎行』とか、有名だよね」
「もっとも『歌』自体も、複数の伝承を組み合わたものだけど」
 言いながら、フィルゲンは緑へ視線を移す。
 緑の断崖には幾つかの古城が建っていた。史跡やホテルとして開放された物もあれば、今も個人所有の城もある。
「ほんと多いっすね、城」
 第三の王子ディンを演じる伝ノ助(fa0430)が、フィルゲンの傍らで風景を眺めている。
「こういった城は、水上運輸の関税徴収を用途としていたからね」
「つまり、通行料でやすか」
 テスト期間からの開放感か。晴れやかな表情で、姫の侍女フィオナ役の小塚さえ(fa1715)がスカートの裾を翻し、レオンとフィルゲンへ駆け寄った。
「ところで‥‥すっごく暑いけど、日本の夏も綺麗で楽しいですよ。できたら遊びに来て下さい! なぁ〜んて、二人ともお忙しいから無理ですよね。でも、海とか本当に楽しいんですよ」
「日本か。出来れば、一度行ってみたいものだな」
 割と真剣にレオンが悩むのを見て、伝ノ助が聞いてみる。
「行きたい場所って、やっぱりアキバとかでやすか?」
「東京もいいけど、京都とか‥‥特に太秦に行きたいかな」
「うむ。日本のハリウッドであるな! あとは、ゴショーにデカブツに‥‥」
「ダイブツだって」
「それから日本の海の名物といえば、ウミオンナか!?」
「なんだよ、そのウミボウズの仲間っぽいの」
「相変わらずっすね。二人とも」
 監督と脚本家のやり取りに、伝ノ助はさえと顔を見合わせて笑った。

●昔々、ある処に
「話が聞きたいのかい? それなら『蒼玉の紡ぎ手』が一つ、とっておきの話をしてあげるよ」
 青い外套の裾が、木々の間で翻る。
「これは、ネッカーの流れにたゆたいし物語。求婚者たる三人の王子へ、姫君が出した『一番不幸な老婆探し』のお話さ」
 履きこなされた革のブーツが、繁った下草を散らし。
 その靴底が、乾いた土を踏む。
 青い外套の裾を翻し、その後姿が歩く先には。
 凝った豪奢な衣装を纏った三人の青年が、肩をそびやかし、馬の歩を進ませている。
 行く手には、一つの小さな城が青空を背に佇んでいた。

「アデーレ姫。ご機嫌、如何ですか」
 最も年若い王子ヨシュアが、丁寧に挨拶をし。
「今日こそ、お答えをいただけるのでしょうね」
 逆に最も年長の王子ディンが、にっこりと微笑み。
「こうして呼び立てて、何も答えない訳もないだろう。だが、返答如何によっては‥‥」
 二人の間ほどの年の王子リヒャルトが、不遜な態度で問う。
「リヒャルト王子。そうなれば我が国が黙ってはいない事、忘れなく」
 ヨシュアの後方に控えた従者イザックが、頭を垂れたまま低い声で、主に代わって警告した。
「ほぅ。そちらの国では、従者如きが大層な口を叩くのだな」
 一瞥すら投げず交わされる牽制に、ディンは嘆かわしげに肩を落とす。
「ここが如何なる場か、お忘れですか。それに万が一、そちらの二国が事を構えるとなれば‥‥」
「そうですね。三国が争うとなれば、狭間にあるこの国のささやかな平穏も、塵芥の如く散らされてしまうでしょう‥‥ですから、私の願いを聞いていただけません?」
 一同が囲むテーブルの、一番奥に座る白いドレス姿のアデーレが、意味ありげな微笑みを浮かべ。
 三人の王子は、その言葉の先を待つ。
「この国で『一番不幸なお婆さん』を、一番幸せにした方の元へ参りましょう‥‥ただし、お国の力を使う事なく」
「そのような事か。雑作もない」
 真っ先に、リヒャルトが席を立ち。
「その優しい心に応えられるよう、力を尽くしてみます」
 穏やかな物腰で、ディンが席を立ち。
「では早速、城下へ行ってきます」
 ぴょこんと、ヨシュアが席を立った。

 町へと下る三人の王子を、アデーレは窓から見送る。
「姫様、どうしてあのような‥‥どなたも素敵な殿方じゃないですか。特にほら、あの一番落ち着いた方とか」
 残念そうな侍女に、姫はにっこりと笑む。
「いいこと、フィオナ。三人の王子は、いずれも何不自由なく育った方々です。直に民と接し、暮らしぶりを知り、何を幸せと感じるのか‥‥その事も判らぬ方、夫にはできませんわ」
 そうして再び、姫は外へ目を向けた。

●三人三様
 さて、姫から難題を受け取けた三人の王子は、早速町へと赴いていた。

 −−不幸かどうかは、不幸そうな人に聞けばいい。
 そんな方法を思いついたヨシュアは、浮かない顔のお年寄りに片っ端から「あなた、不幸ですか?」と尋ねて回っていた。
「不幸ならば、あなたを幸福にしてさし上げます。その為に、今の不幸を隅々まで教えて下さい!」
 だが、見ず知らずの相手から「不幸を語れ」と迫られても、そう語れるものでもなく。
 稀に肩叩きなどしながら、世間話に付き合わされたりもしつつ。
「これを機に、王子がご立派になられると良いのですが‥‥」
 ヨシュアの悪戦苦闘を、物陰からこっそりとイザックが見守っていた。

 −−不幸が何か判らぬならば、『自分より不幸な人』を辿っていけばいいだろう。
 そんな事を考え付いたディンは、民と同じ服装に身をやつし、人々を訪ね歩いていた。
「貴方より不幸だと思う人は、誰ですか?」
 だが、いきなりそんな事を聞かれても、大抵の者は首を傾げ、顔を見合わせるばかり。
「家族が多くて、大変そうだ」と言われた先へ行ってみれば、「毎日が賑やかで楽しい」と返され。
「身寄りもなく、食べていく事すら厳しそうだ」と聞いた先へ向かえば、「一人静かに慎ましく暮らす事の、どこが悪い」と返され。
 ほとほと困り果てたディンが路傍の木陰に腰を下ろして休んでいると、城で見た侍女が躊躇いがちに声をかけてきた。
「あの、王子様? 少し、よろしいでしょうか」
 問うようにディンが彼女を見上げていると、フィオナは膝を折って、地面へ跪く。
「不幸って色々な形があると思いますけれど、本当に助けを必要としている人は、自分より誰が不幸か幸せかなんて、見ている余裕はないと思います。ですから、そういう方を助けて差し上げたら、きっと姫様のお心に叶うと、わたくしは思うのですけれど‥‥」
「人よりの幸も不幸も、判らない‥‥ですか。ありがとう。参考にさせてもらいましょう」
 ディンに礼を言われて、侍女は慌てて立ち上がり。
「い、いいえ。差し出がましいことを申しました、お許し下さいっ」
 勢いよく会釈をして、ぱたぱたとフィオナは道を駆けて行った。

 −−不幸であるという事は、裕福では無いという事であろう。
 そんな風に判断したリヒャルトは、みすぼらしく貧しそうな人々の元へと向かった。
 そして、貧しくも慎ましやかに暮らす人々を、値踏みするようにじろじろと見回し。
 彼の目に留まったのは、地味な色合いで質素な作りの服を着て深くフードを目深に被り、杖を突いて歩く、腰を曲がった老女の姿。
「おい、お前」
 王子が呼び止めれば、老女は左と右を見てから、ようやく自分の事だと気付く。
「これは、大層な身なりのお方‥‥このハンナに、何ぞ、御用でしょうかえ?」
 ただでさえ曲がった腰を更に曲げ、恭しく頭を下げて、老女はもごもごと口を動かした。
 老いた女性の緩慢な所作と言葉を、いらいらとリヒャルトは待ち。
「手短に聞くから、答えろ。お前は、何が欲しいんだ?」
「‥‥はて?」
「だからだなっ!」
 意味の通らない会話を数回交わして、やっと老女はリヒャルトの言わんとする事を理解したらしい。
「施しなど戴かなくとも、神様のお恵みで、事は十分に足りておりますよ」
「だが、そのような粗末な服では、雨や風も身体に堪えるだろう。曲がった腰では、碌に遠くへも行けまい」
「いいえ。この服は動きやすく、強い日差しを遮り、老体を労わってくれます。曲がった腰も、その分、小さな孫の顔を、近くで見れます」
 フードで半分顔を覆った老女は、口元に柔らかな微笑みを湛える。
「私は、今のままで、十分に幸せですよ」
 そう、老女は王子へと答えた。

●その答えは
 青い外套の人影が脇に座り込んだ道を、三頭の馬がゆっくりと歩いて行く。
「さて。王子達が城へ戻ってきたようだね。結果は、どうなる事やら」
 見送る先で、三人の王子を乗せた三頭の馬は、城の門をくぐった。

「今日は、姫の頼み事の答えに参りました」
 来賓を迎える席に座るアデーレの前へ、先ずヨシュアが膝をついた。城を出た時と違い、一番年若い王子は装飾品も上等のマントや上着も失くし、シャツとズボンとブーツのみを纏っている。
 そんな彼の後ろでは、イザックが表情を殺して主を見守っていた。
「そのお姿は‥‥如何されたのでしょう」
「いいえ、どうかお尋ねにならないで下さい。人の不幸は追求していけば、キリがありません、誰が一番不幸か‥‥などと決められる、自分が恥ずかしい」
 目を潤ませ、声を震わせ、ぐすんと鼻をすすり。
「僕は、国へ帰ります」
 そして馬も人手に渡し、ヨシュアはイザックを伴って、徒歩で国へと帰っていった。

「正直、俺は特にこの国に個人的な興味はない」
 跪いたリヒャルトは、あくまでも無遠慮にアデーレへと告げた。だが、その言葉にも彼女は動じず、ただ笑みをリヒャルトへ返して続きを待つ。
「三国がこの国を挟んで睨み合うこの膠着状態で、優位に立てるなら姫との婚姻も辞さない。そう考えて、ここまでわざわざ足を運んだ。だが‥‥」
 彼は一つ、深く息を吐いてから、言葉を続けた。
「訪ね歩いた途上、老いた女と話をして‥‥俺が求める事が本当に『幸せ』な事かと、疑問に思った。俺の国の民に「幸せか」と問うて、「幸せだ」とすぐに答えが返ってくると言える自信が、今の俺にはない」
 リヒャルトは立ち上がと、その決意を口にする。。
「俺は、国へ帰る事にするよ。そして、誰に尋ねられても民が胸を張って「幸せだ」と言える国になるよう、尽力しよう」
 そして踵を返すと、リヒャルトも急ぎ足で国へと帰っていった。

「例え「自分が一番不幸だ」と言う人がいても、その不幸の大きさは人によって千差万別。いずれも不幸であり、不幸でないとも言えます」
 残った最後の王子ディンは、困った風に頭を振った。
「結局、この国で『一番不幸なお婆さん』を見つける事は出来ませんでした。ですから、今回の結婚は諦めようと思います‥‥そしてこれを糧に、不幸の見た目の大きさに囚われず、自分の国の民をより幸せにする為に働きたいと、思います」
 辞去しようとしたディンだが、ふと思い直したように足を止め。
「でも、気にはなるんですよね。『一番不幸なお婆さん』‥‥実は、誰だったのでしょう」
 尋ねるディンに、アデーレはたおやかに微笑む。
「答えなんて、ありませんわ。あなた方が仰ったとおり、不幸や幸福の価値観なんて人それぞれですわ」
 姫の答えに納得したように、ディンは頷き。
 そして、国へと帰っていった。

「やれやれ、何という事でしょう。三人の王子、全てを帰してしまうなんて」
 王子達が帰った来賓の間で。
 事の成り行きを見守っていた姫の母親は、扇で口元を隠し、やれやれと溜め息をついた。
「なんだか、私が『国で一番不幸な老婆』な気がしてきたわ」
「あら。お母様は、それほどお年を召してませんわよ」
 椅子から立ち上がると、アデーレは楽しげな表情で窓から外を見る。
「世間知らずの王子様方が自分の国に目を向けて下されば、お互いの国も豊かになりましょう‥‥それに私、この国が大好きなんですもの。結婚なんて、早いですわ」
 そして、くすりと姫君は微笑んだ。

「お姫様の本音は、王子達には内緒だよ? 幸福も不幸も決めるのは本人。一番など決められず。それはきっと、姫君自身にも解けない問題。国を愛した姫君のその後は‥‥また、別のお話」
 しーっと、人差し指を口唇に当てて。
 衣を楽しげにはためかせ、青い影は森へと消えた。