世界祝祭奇祭探訪録 10ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/13〜07/16
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●本文
●ペスト禍の終焉に感謝を捧げ
かつてペストは『黒死病』と呼ばれ、その高い致死率と死に至る様−−出血斑による黒い痣が全身広がって死亡する為に恐れられた。
1576年、イタリア北東部、アドリア海に臨む港湾都市ヴェネチアもこのペストの猛威に晒される。
ペストによって、住民の1/4を失ったヴェネチアの元老院は、窮した末に神へ一つの誓いを立てた。
−−もしもこの街からペストがなくなったら、感謝の証に教会を建てましょう、と。
その後、奇しくもペスト患者が激減し、そうしてレデントーレ(救済者)教会が建てられる事となる。
1577年7月21日。ジュデッカ島に教会の最初の礎石が置かれた時、当時の総督と貴族達が工事現場に集まった。この儀式の参加者の為に船を繋げ、一本の浮き橋を作ったのが、レデントーレの祭の始まりとなる。
その後、毎年7月になると総督だけでなく、国家の高級官吏や聖職者、住民達がこぞってレデントーレの祭の期間にだけ現れる浮橋を渡って、対岸のザッテレから運河を渡った。
共和国時代には祭は3日続き、土曜は住人達の世俗的な祭、日曜には教会へと参る行列、月曜は島で住民が浮かれ騒ぐ日‥‥とされていたという。
500年を経た今はそれも様変わりし、祭は毎年7月の第3土曜と日曜のみ行われる。
土曜日の夜はみなジュデッカ運河に船を繰り出し、飲んで唄って騒いで、クライマックスを待つ。
そして夜の11時過ぎから約1時間程に渡って打ち上げられる花火を、運河の上から眺めるのだ。
さらに翌日は、レデントーレ祭のメイン・イベント「レガータ・デル・レデントーレ」というゴンドラ・レースが行われ、暑い夏の週末を熱狂的に過ごすという−−。
●『レデントーレ』
「いや、早いモンですね。フタケタの大台にのりましたよ。ミケタにのる日も、遠くないですね」
相変わらず抑揚の少ない語調で番組資料を配るお馴染みのスタッフに、取材希望者の誰もが思わず「遠い遠い」と心の中で一斉に突っ込む。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
これまでにヨーロッパ各地で九つの祭を紹介し、今回の『夏至祭』が第十回となる。
「今回の滞在先は、イタリアのヴェネチアです。滞在期間は7月13日から7月16日までの4日。祭のスケジュールは7月15日にレデントーレ前夜祭、16日がレデントーレ本祭だそうです」
担当者は資料を捲り、簡単にその内容を説明して行く。
「滞在先ですが、是非にと言うお話でカルネヴァーレでお世話になったガッティ家へ、再びお邪魔する事になります。若い夫婦と祖父という四人家族で、マスケラ作りをされている『普通の人間の家庭』です。奥さんですが、無事に子供が生まれたそうですよ。
マスケラは皆さんもご存知の、カルネヴァーレで付ける仮面ですね。シーズンは外れていますから、今は土産用と来年のイベント用の仮面を作っているそうで、そう多忙ではないとか」
一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「どうぞ、良い旅を」
●リプレイ本文
●水の都、再び
見上げた空は青く、眩しい夏の日差しが降り注いでくる。
「いい天気になりましたね〜」
いつもの如く、熊のぬいぐるみが顔を覗かせるリュックを背中に背負って、セシル・ファーレ(fa3728)が空を見上げた。
八人が降り立ったのは、ヴェネチアの玄関口サンタ・ルチア駅。
すぐ傍にはカナル・グランテが広がり、この運河はヴェネチアの中央をS字に貫く大動脈でもある。
「この天気が‥‥週末まで、続くと‥‥いいの‥‥ですが‥‥」
撮影用のカメラを携えたシャノー・アヴェリン(fa1412)が、ぼそりと呟いた。幸い予報では天気の崩れはないが、もしも激しい雨が降れば、花火もレガッタも中止される。
「晴天が続く事を祈るのみ、じゃな。それにしても、暑いでござるのう」
齢18にして時代がかった口調の七枷・伏姫(fa2830)が、細い目を更に細めて苦笑すれば。
「こんなに暑いと、冷たいものが食べたいよね」
「イタリアといえば、ジェラートだよね。あとはトッローネに、カラメッラに〜」
MICHAEL(fa2073)と紗綾(fa1851)が、揃って無邪気に浮かれている。どうやら二人は、これが『仕事』だという事をすっかり忘れているらしい。
ちなみに、ジェラートは言わずもがな。トッローネは、卵白と蜂蜜を混ぜ合わせた中に、ナッツをたっぷり加えて練り固めた柔らかいヌガーで、イタリアではクリスマスに食べるのが習慣である。カラメッラは、ケーキなどのキャラメル(カラメル)がけを示す言葉でもあるが、純粋にイタリア語ではキャンディを意味する。
−−それはさて置き。
「それで、お世話になるお宅はどこかしら」
地図と睨めっこをしているのは、観月紗綾(fa1108)。二度目のヴェネチアとはいえ、街は広い上に道と運河が入り組んでいて、ぱっと地図と番地を見ただけでは道が判らない。
ただ一人、カルネヴァーレの取材に参加した御堂 葵(fa2141)が、水上乗り合いバス−−ヴァポレットの乗り場を指差した。
ヴェネチア本島の道は、例え自転車であっても車両通行禁止で、街を移動する手段は徒歩か船となる。ただし、船の立てる波で建物の基礎が侵食被害を受けないように、個人の船よりもヴァポレットやタクシー・ボートを使う事が奨励されていた。
「あれを使えば、早いですよ。以前にお邪魔した際は、歩きで相当迷いましたので」
「迷うのもまた、楽しそうですけれど‥‥先方をお待たせするのも、悪いですしね」
今回の取材紀行で唯一の男性である蓮城 郁(fa0910)が苦笑し、観月も「そうね」と頷く。
「じゃあ、早速行きましょう!」
「勢い余って、『連れ』を落とさないよう、気をつけるでござるよ」
リュックを弾ませ、乗り場へ走って行くセシルの背中へ、伏姫が声をかけた。
「それにしても、腰の物がないと落ち着かんのでござる」
ぼやく伏姫だが、彼女が持ち歩いていた日本刀は番組の収録が終わるまでスタッフ預かりとなっている。当然の処置であった。
水上から賑やかにヴェネチアを眺め、ヴァポレットの停留所から歩く事少々。
通りと広場を通り抜けた路地に、数ヶ月前と変わらぬ佇まいの店があった。
扉を開ければ、小さな店の壁一面に様々な色と形の仮面が飾られている。
「ああ。遠いところを、いらっしゃい。葵さんは、久し振りだね」
訪れた者達を迎えたのは、若い主だった。
●ガッティ家のひと時
木で出来た小さな柵付きのベットでは、まだ生後半年にも満たない『跡取り』が大きな青い目で取り囲む者達をじっと見上げていた。
「あなたとは、初めまして、ですね」
微笑んで声をかける葵に、赤ん坊は言葉にならない声を上げる。シャノーもまた、小さな相手へ生真面目に一礼した。
「‥‥よろしく、お願い致します‥‥」
「滞在のせめてもの礼に、何か手伝える事があれば遠慮なく申して下され。その、赤子の世話なども‥‥拙者は携わった事はないが、何なりと」
畏まった伏姫が、ガッティ夫人に頭を下げている。
「抱かせてもらっても、いいですか?」
何故か目をキラキラさせて尋ねる郁に、夫人は笑顔で快諾した。
「ええ、どうぞ。首が据わっていないから、気をつけてね。腕で支えるようにして‥‥こう‥‥」
夫人のアドバイスを受けながら、郁はそっと赤ん坊を抱き上げる。
郁の腕の中でバタバタと動く小さな手足を、観月がつついて構っていた。
「えーっと、カルロ君、だっけ?」
見上げて確認すれば夫人が頷き、紗綾は出産のお祝いにと持ってきた黒兎のぬいぐるみを、子供の名前を呼びながら振ってみせた。
「可愛いなぁ‥‥」
突付く指を小さな掌でぎゅっと掴まれて、思わず観月の表情が緩む。そんな恋人の様子に、郁は目を細め。
「紗綾さんと私の子供も‥‥きっと、可愛いと思いますよ」
「か、郁さんっ。余計な突っ込みはいいからっ」
「あら、プロポーズ?」
真っ赤になる観月に、夫人はころころと笑った。
「あ、あの。マスケラの工房の方も、見学させてもらっていいかな? 見たいって言ってたよね、郁さん」
急いで彼女は話題を切り替え、照れる観月にも郁は楽しげで。
そんなやり取りを、セシルがデジカメに納め‥‥シャノーもまた、愛用のERNSTマイスターのファインダーを覗き込んで、シャッターを切った。
「さーや! 折角きたんだから、街に出ようよ。甘いモノ、食べた〜いっ!」
待ちかねたのか、すっかり観光気分のMICHAELが友人を呼ぶ。まだまだ、『花より団子』なのだろう。
「ごめんなさい。行ってくるねっ」
兎のぬいぐるみを夫人に渡し、紗綾は手を振りながら部屋を出て行く。
−−この後、紗綾とMICHAELは迷路の様なヴェネチアの街で散々迷子になる‥‥のだが、それはまたカメラのフレーム外の出来事であった。
マスケラ工房では、一人の老人が粘土をこねていた。
「お義父さん。日本の方が、また遊びに来てくれましたよ」
夫人と店番を交代したガッティ氏が声をかければ、老職人は作業の手を止めて、皺の刻まれた顔を上げた。
「よく来たな。まぁ‥‥何も、面白みもない所だが」
「いいえ。前回は、ゆっくり拝見できませんでしたので‥‥よろしければ、今回は絵付けなどに挑戦しててみたいのですが」
葵が申し出れば、ガッティ老は棚に並んだ石膏の型を顎でしゃくって示す。
「ああ。どれでも、好きな型を選ぶといい」
「いろんな型があるんですね‥‥」
並んだ『顔』を眺めるセシルが、棚に沿って動かした視線を止めた。
「あの‥‥『本物』が、並んでるんですけど」
「シャノーさん、型に混ざらなくても」
くすくすと葵が笑えば、無表情で石膏の隣に並んでいたシャノーはやや考え込み。
「いえ‥‥こう、マスケラ気分を‥‥味わおうかと‥‥」
割と真面目な顔で答える。
「そうそう、お土産を持ってきました。日本でも、昔からこういうお面がありまして‥‥古典芸能では木彫りだったり、あと子供向けは人気キャラクターを模したプラスチックのお面が多いですけれど」
郁が紙張りの狐面を差し出せば、老職人は興味深げにそれを受け取った。
「ほぅ‥‥面白い造りだな。面に細かい凹凸を作らず、絵付けで動物の顔の特徴を出しているのか」
職人らしい目で面を裏表に返して調べるガッティ老に、郁はにっこりと笑む。
「はい。デザインの趣きは違えど、国を越えて同じ文化や心があると言うのは、嬉しい事ですね」
「こうして並べると、東洋と西洋の感性の違いが明確で、面白いもんだね」
彫りのハッキリしたマスケラと、緩やかなカーブで構成された狐面を、ガッティ氏がしげしげと見比べた。それから、マスケラ作りに挑戦する一同に小首を傾げる。
「そういえば、君達はレデントーレ教会には行かないのかい?」
「はい。夜の花火と、ゴンドラレースの方を観戦しようかと」
セシルの返事に、若い主は少し奇妙な表情をした。
●レデントーレ前夜祭
土曜日になると、レデントーレの期間にだけザッテレとジュデッカ島を繋ぐ船の浮き橋が現れる。
陽はまだ高いものの、一行は夕刻にはガッティ家の人々とボートでジュデッカ運河に繰り出していた。
時間が過ぎるほどに、運河の上に船が集まってくる為である。
ヨットやゴンドラ、小型ボートなど集った様々な船を、セシルはきょろきょろと見回していた。
「色々な船が、いっぱいです!」
「元々、夜にボートで運河に繰り出すのは、貴族にとって夏の暑い日にはお決まりの、涼を取る方法だったそうだよ」
カッディ氏の説明に、セシルは感慨深げに船縁へもたれる。
「じゃあ昔の貴族は、セシル達と同じようにこうしていたんですね」
「お嬢様、夕食の用意ができましたわよ」
冗談めかして、夫人が声をかけた。
夕食には鴨のローストと煮込んだいんげん豆、白身魚のマリネに白ワインといった、レデントーレ定番の伝統料理が並べられた。もちろん、飲酒年齢に達していない者にはミネラルウォーターやフレッシュジュースが用意されている。
「船の上で皆で食事っていうのも、楽しいよね」
紗綾が料理に舌鼓を打ち、カメラを回す手を休めたシャノーはナイフとフォークを黙々と動かしている。
「どうせなら、皆で食べた方が楽しくない?」
船の舳先に向かうMICHAELを、慌てて紗綾が遮った。
「ミカ、邪魔しちゃ邪魔しちゃだめだよ〜っ」
「え、なんでよぅ?」
「だって、ほら‥‥折角、恋人同士二人っきりなのに」
我が事のように、よじよじと紗綾は照れる。その舳先では郁と観月が寄り添って、風景と食事を楽しんでいた。
時計の針が、9時を指す頃。
漸くヴェネチアを照らし続けた太陽が西へと沈めば、運河を埋め尽くした船に、次々と光が点り始めた。
船上の人々は唄い騒ぎ、その空気につられた紗綾とMICHAELがその喉と演奏の腕を披露すれば、周りの船からも拍手が飛んでくる。ひと時を楽しむ人々の間には、観光客も地元の住民も関係ないらしい。
やがて深夜の11時を過ぎれば、人々が待ちかねた大輪が夜空に開いた。
「日本では、花火が上がった時には「たまや」「かぎや」と声をかけるものでござる」
「そうなんだ。えーっと、玉屋さんと鍵屋さん?」
伏姫のアドバイスに、デジカメを手にしたセシルが首を傾げて考えている。
その間にも空気を震わせて、花火が一つ二つと頭上に上がった。
レデントーレの花火は遠くから眺めるものではなく、真下から見上げて楽しむものなのだ。
大きな音に驚いて目を丸くしているカルロを、白地に扇の絵を描いたマスケラを手にした葵があやしていた。
「ほら。いないいない、ばぁ〜」
「子供をあやすのも、どこか似ているのね」
それもまた新たな発見ねと、夫人は葵へ楽しげに笑う。
一方、船の舳先では。
「火の粉と灰と、気をつけてね」
気遣う観月に、郁は「はい」と答えて自分のシャツを広げ、二人はその下で肩を寄せ合う。
音と共に光の粒がぱっと散る様は、日本の花火のように光の糸が線を引く派手さはなく。同時に打ち上がる数も、打ち上げられる花火の総数自体も遠く及ばない。
しかし、光が空に広がるたびに船の上からは歓声が上がり、人々は約1時間ほどの光のショーを楽しんでいた。
●海上の道
翌日曜日の午前中には、人々がこぞってレデントーレ教会のミサへと向かっていた。
アカデミア橋を越えてきた人々の服装は様々で、正装や逆にラフにシャツとジーンズ姿の人もいる。だが、みな変わらず浮き橋でジュデッカ運河を渡って、対岸の建物−−茶系の家々に囲まれ、白い壁と赤茶の屋根に三つの塔が突き出した一身廊の教会へと向かっていた。
「海に面して開かれた教会と、それに向かって海の上を歩く人々‥‥不思議な光景でござるな」
海の浮き橋に立ち、感心した風の伏姫は何故か「人目がなければ、水上を走れるか試してみたいでござる」と割と真顔で明かしていた‥‥無論、船など使わず『特撮』の忍者の様に自分の足で、らしい。『水面浮立』などの獣人能力を有していれば別だが、そうでない彼女では結果は明々白々だ。
ヴェネチアの運河はいずれも水深は3mかそれ以上あり、生活用水も排水される為に、『沈んだ場合』は衛生面での問題が大きかったりする−−。
人々が祈りを済ませた午後には、ゴンドラレース『レガータ・デル・レデントーレ』が開催された。
設置されたスピーカーからイタリア語の実況が流れる中、赤や青、橙などにカラーリングされたゴンドラが水面を滑る。
自由参加のレースではなくチーム制である為、残念ながらヴォガ・ロンガのように一般人がゴンドラを漕ぐ事は出来ない。だが、昨夜と同じくボートの上からレースを観戦する事は可能で、誰もがゴンドラを追い、船の上から声を上げて手を振る。
「これでは‥‥どちらが、レースをしてるか‥‥判らないです‥‥」
カメラを回すシャノーが呟き、海を渡る涼風を受けながら、女性達はころころと明るい笑い声を響かせた。