Limelight:地の天の川アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/17〜07/19
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●本文
●名残の火照
「そろそろ‥‥終わりなんだよな。今年のシーズンも」
友人の微妙な物言いに、音楽プロデューサーの川沢一二三(かわさわ・ひふみ)はカレンダーへ目をやった。
一年も既に半分を越え、左肩に「7」の文字が書かれた月単位の予定表も、既に半分近くが過ぎようとしている。
「ああ、蛍か」
思い当たったような川沢に、『Limelight』のオーナー佐伯 炎(さえき・えん)は重々しく頷く。
「でも、私は行けそうにないな‥‥少しばかり、忙しくて」
「仕事か」
「ん。ありがたい話だけどね」
嘆息して、川沢は熱いいつもの珈琲を傾けた。
契約があるのでそれ以上は川沢も説明しないが、先日レコーディングを終えたオムニバスCDに関する業務がまだ残っている。それに、それ以外の仕事も。
佐伯の方も必要以上は問わず、やれやれと頭を掻く。
「ああ。ありがたいが、残念だな」
「だけど、別に仕事は私一人の問題だからね。炎が行く分には、問題ないだろう? たまには‥‥息抜きもいいんじゃないかな」
「他の連中も連れてか?」
新しい煙草を引っ張り出して咥える佐伯へ、川沢はちちと指を振った。
「本格的に夏が来て忙しくなる前に、リフレッシュを、ね。いい仕事をするには、いい休養も取らないと。曲作り然り、歌に演奏も然り」
「そういう本人は、どうだか」
煙草に火を点ける友人に、川沢は返事もせずただ珈琲を飲む。
「‥‥ま、いいか」
ぼやく様に、佐伯は煙を吐いた。
そして、各プロダクションへと連絡が届く。
都心から離れた田舎へと、蛍を見物しにいくだけという旅行。
宿泊先は、田舎暮らし体験にと宿泊施設に再利用されている古民家で、料理や風呂焚きは自分達で行うものだ。
なお、蛍は古民家のすぐ近くにある小川で見る事ができるという。
●リプレイ本文
●一路、田舎へ
曇り空の下、畑の中をワンボックス車が車体を揺らして走っていた。
対向車のこない農道を爆走し、坂道をよたよたと登り、空き地に入ればつんのめる様に停車する。
エンジンが止まってスライド式のドアが開けば、若干憔悴気味の『乗客』達が外へ出てきた。
「なんだか、着く前から疲れましたね」
「涼しくなって、ちょうどいいのう」
少し青ざめたシド・リンドブルム(fa0186)の後から、冬織(fa2993)が凝った肩を回しながら続く。
「リラ、ほら」
気遣って差し伸べられた藤野羽月(fa0079)の手を取りながら、藤野リラ(fa0073)は微笑んで『運転手』へフォローをした。
「でも、楽しかったですよ。遊園地のアトラクションみたいな感じで」
「何のアトラクションかは、言わないんですね‥‥」
豊城 胡都(fa2778)が、ごくごく小さな声で突っ込む。その彼の行く手に、両手を広げて立ち塞がる影が一つ。
「ふっふっふ‥‥胡都と一緒の旅行ー♪ 遠慮なく、お兄チャンに甘えてイイからね!」
兄としての威厳と尊敬を取り返すべく、弟へとアプローチを試みる嶺雅(fa1514)であったが。
「そういえば、いたんですね」
「えっ?」
「あまり、関わらないで下さい。暑苦しいので」
「えぇぇーっ!?」
ショックを受ける兄を置いて、胡都は自分の荷物を担ぐ。かさ張る割りに軽い鞄の中身は、言うまでもない。
「今日の静香のペーパードライバーっぷりは、ぜひとも逢歌に報告しないとね」
荷物を渡しながら微笑む篠田裕貴(fa0441)に、運転席から降りた明星静香(fa2521)はふっと嘆息した。
「無事に着いたんだから、許してよ。免許を取ってから、ハンドルを握る機会なんてなかったんだもの‥‥それに、お守りを持ってるから大丈夫だって言ったでしょ」
手にした怪しげな『交通安全のお札』を、ぴらぴらと振ってみせる静香。
「まぁ、事故もなく脱輪もなく。無事に着いたんだから、結果オーライだな」
助手席を降りた佐伯 炎が、ワゴンを一回りして『無事』を確認する。
佐伯が静香と運転を代わったのは、田園風景に突っ込んでからの事だった。3年のブランクを埋めるのに、人通りの極端に少ない田舎道が適当と判断しての事であったが。
「で、帰りは‥‥」
「帰りは交代ナシで! お願い、佐伯サン。運転手交代したらたら一貫の終わりで、人生お先真っ暗ダヨ!」
動揺のあまりか、若干かみつつ真剣に訴える嶺雅へ、佐伯は声をあげて笑った。
砂利道を踏んで向かった先には、山を背に瓦屋根の家が佇んでいた。
途中で寄った管理事務所で預かった鍵を使い、軋む引き戸を開ければ、土間にはひんやりとした空気が漂う。
「土壁に障子に、囲炉裏‥‥懐かしい感じだな」
「そうですね」
障子を開けて風を通す羽月を、リラも笑んで手伝う。真っ先に台所を偵察した裕貴が、部屋へ顔を出した。
「電気やガスは、普通に使えるんだね‥‥カマドもあるけど」
「田舎っつっても、ソコまで『陸の孤島』じゃあねぇからな」
食材の詰まったクーラーボックスを佐伯が板間に置くと、裕貴が礼を述べて受け取る。冬織は、持参の保冷箱からペットボトルを取り出した。
「みな、疲れたじゃろう。冷たい茶でも飲んで、一息つくかのう」
「じゃあ、コップ持って行くね」
「俺、手伝います」
シドが立ち上がり、台所の裕貴を追った。
●原風景
蛍が飛び始める夜にはまだ時間があるため、夕食まで自由行動となる。
藤野夫妻は連れ立って川へと魚釣りに、そして胡都は冬織と共に裏手の風呂釜を検分に向かった。
「で、折角こういう所にきてんのに、やってる事はウチに来てる時とあんま変わっとらんぞ‥‥お前ら」
「でもほら、空気も水も美味しいところにきたら、美味しい料理も食べたいだろうし」
苦笑する佐伯に答える裕貴は、楽しげにジャガイモの皮を剥き。米をとぎながら、静香も続いて頷いた。
「ね。その分、夜の蛍を楽しみにしているわ」
彼女の言葉に、少し心配そうなシドが窓から空を見やる。
「雨が降ると、飛ばないですよね‥‥蛍」
「そうだな。さて‥‥ちぃと、酒の肴でも採ってくるか」
玄関へ向かう佐伯を見送って、嶺雅がこっそり厨房へと近づく。
「篠田サン。お願いしたヤツ、いけた?」
声を落として聞かれ、裕貴は嶺雅へ振り返った。
「うん。出来てるけど、こっそり『味見』しないようにね」
「今日は、つまみ食いしないヨ! 胡都に怒られたくないし‥‥あ、他に俺が手伝える事あったら、遠慮なく言ってヨネ」
確認を取った嶺雅は、どこか嬉しげに『料理人』二人の働きっぷりを見物する。
「水が冷たくて、涼しいですね」
蝉時雨の下。釣り糸を垂れる羽月よりも川下で、リラは流れる水に手を浸していた。
「ああ。何だか、昔を思い出すな」
「そうですね」
夫の返事にくすりと笑い、彼女はまた適当な石を選んで積む。作られた小さな『囲い』には、通りがかった農家から貰った西瓜や数個の枇杷がぷかぷかと浮いていた。
麦わら帽子を片手でおさえる彼女の脇を、すいと小さな影が過ぎる。
「あ‥‥羽月さん、トンボですっ」
指差して報告するリラへ笑う羽月の釣竿に、微かなアタリが伝わる。
慌てて竿を引けば、水面に水飛沫と共に魚の姿がちらりと見え。
「かかった‥‥っ」
「頑張って〜!」
左右に振られる釣竿と格闘する羽月を、リラが手を振って応援した。
「ほう‥‥意外と小奇麗じゃの。残念ながら、薪割りはせずにすみそうじゃ」
積み上げられた薪や焚き付け用の柴を、冬織がチェックする。慣れた様子の後姿を、胡都がついて回っていた。
「一応は宿泊施設ですし、斧とか振り回して怪我をすると危ないからでしょう」
「昔は、子供が焚き番をしたものじゃがの」
「歳、幾つですか‥‥冬織さん」
怪しげに尋ねる胡都に、冬織は破顔し。
「女性に歳は聞かぬが、礼儀じゃよ」
そして彼女は10cmほど背の高い胡都へ、積み上げられた山から薪を取るように頼んだ。
夕暮れ迫る頃には、食事の準備が整っていた。
木造りの大きなテーブルの上には、茶碗蒸しや肉じゃがに、地元の農家から分けてもらった漬物、裕貴の祖母が作ったという梅干、家の前に広がる畑から採った夏野菜のサラダや和え物に、茹でた枝豆が勢揃いする。食卓の一角には、嶺雅がリクエストしたスパゲッティ・ペペロンチーノも並んだ。
更に囲炉裏端では串を打った魚を裕貴が並べ、その中には羽月の『釣果』もある。
「あ、御飯の前に、いいカナ?」
しゅたっと手を挙げた嶺雅は、何事かと一同が見守る中、改まって一つ咳払いをし。
「ちょっと遅いんだけど、胡都の誕生日を祝おうと思いマス!!!」
キラキラの『いい笑顔』で宣言した。
相反して微妙な表情をした弟は、裕貴が持ってきたモノに目を輝かせる。
苺のショートケーキの中央に、砂糖細工の蝙蝠が胸を張って翼を広げていた。そして、チョコレートで出来たメッセージプレートに、白い文字で祝いのメッセージが書かれ。
それを塀のように取り囲んで、外周に突き立てられた細長い蝋燭の数、20本ジャスト。
「はい。limeの名物剣山ケーキ」
「バケツプリンといい‥‥いつの間に、ウチの名物になったんだ」
笑顔の裕貴に、佐伯が苦笑する。
「ロウソクは20本だよ。まだ若くて、良かったネ! あと、これはプレゼント!」
ウィンクして、嶺雅は黄金色の蜂蜜酒オーズレーリルの瓶を差し出す。
「お酒だから大事に飲んでネ」
笑顔全快の兄に、仕方ないという感で胡都は瓶を受け取り。
「じゃあ‥‥一緒に飲んでくれます? 佐伯さん」
「ナンでソコで、おにーちゃんを誘わないぃぃ〜っ!」
佐伯を誘う胡都に、嶺雅の魂の叫びが響いた。
そんなやり取りの間にも、静香が20本の蝋燭に火を点ける。
「早く消さないと、折角のケーキが大変な事になりそうな‥‥」
シドに促された胡都は、居住まいを正してから20個の炎を吹き消した。
「誕生日、おめでとうさん」
笑いながら、佐伯はがしがしと胡都の頭を撫で、他の者達も拍手と共に祝いの言葉をかける。
そして嶺雅は弟の為に、誕生日を祝う歌を独唱した。
曇り空で、月も見えない20時過ぎ。
数本の懐中電灯の光が、ゆらゆらと夜の風景を照らし出した。
古民家のから数分歩けば、せせらぎの音が聞こえてくる。
「暗いな‥‥足元、気をつけて」
昼間に足を運んだ羽月が、注意を促す。
「出るかしら、蛍」
不安そうな浴衣姿の静香の足元から、緑がかった光が一つ、ふわりと漂う。
「あっ‥‥静香さん、そこに」
「そっちも、光ってますよ」
気付いたシドが声を上げ、懐中電灯を手にしたリラが草陰を指差す。
静香の足元に漂い出た一匹が合図であったように、そこここで小さな光が点滅し始めていた。
初めて蛍を目にする裕貴は、飛び交う儚い灯火の中で立ち尽くす。
「綺麗、だね‥‥京一郎にも見せたいな」
「あいつもいたら、お前ら蛍に誘われて暫く帰ってこないだろ」
くっくと笑う佐伯に、何となく口をへの字に曲げる裕貴。
「誘われたりしないよ‥‥嶺雅みたいに」
彼が視線を投げた先では、楽しそうに嶺雅が蛍の光を追いかけている。そんな兄の姿に呆れたか、川縁に座って足を水に浸す胡都は、やれやれと頭を振った。
「おーい。あんま追っかけてると、連れて行かれるぞ」
佐伯が声をかけると、足を止めて嶺雅が振り返った。
「へ? 連れて行く?」
「蛍は人の魂じゃ、とも言うからのう」
緩やかに団扇で扇ぎながら、緑地に桔梗柄の浴衣の冬織が漂う光を目で追う。
「古典では、激しさ故に彷徨い出た恋慕の想いと評されることも多いが。佐伯殿は毎年、此方へ参っておるのかえ?」
「いや、別にここが特別どうって訳じゃあねぇよ。ただ、こういう光景が拝める環境と、こういうのを見て綺麗だって受け取れる事が‥‥大事じゃねぇかなってな」
不意に手を伸ばして、佐伯は冬織の肩にとまった光を摘み上げる。
「英語じゃ、蛍を『Firefly』って言うらしいが、可愛げがねぇと思わん?」
ぽとんと掌に落とされた蛍は、六本の足をもがいて体勢を立て直し、慌てて羽を広げて飛び去って行った。
「デザートに、桃ゼリーはどうかな? あ、シドと冬織には、リクエストのコーヒーゼリーと梅ゼリーね。ゼリーが苦手な人がいたら水羊羹もあるし、貰い物の枇杷と西瓜もあるよ」
台所から、裕貴がグラスを並べた盆を持ってくる。
蛍見物から帰ってきた者達は、静香の提案で『句会』を開いていた。
裕貴お手製のデザートを堪能しながら、句会に参加する五人が囲炉裏を囲んで座る。
「みんな、書き上がったかしら? 良かったら、言い出した私からいくね」
短冊を手にした静香が、筆ペンに蓋をして傍らに置いた。
「『川辺咲く 蛍の群れが 身に沁みて』、見たままだけどね」
少し照れる彼女に、シドが続く。
「えーっと、俺もそんな感じで『光撒き せせらぎ掠め ゆく螢』。どうでしょう」
「二人とも、いい情景じゃな。わしは、『梅昆布茶 蛍狩りにも ばっちぐー』‥‥冗談じゃよ」
持参の梅昆布茶を啜り、冬織は改めて咳払いをした。
「わしらも己の想いを標として歩んで行きたいと思ってな‥‥『舞蛍 おのが光を しるべにて』」
「みなさん、素敵ですね」とリラは微笑み、やや恥ずかしそうに短冊へ視線を落とす。
「私の句は『儚きを 知らぬがこその 螢かな』です。寿命を知る私達から見ると儚さを感じるのだけど、蛍自身は知らないからこそ、光が美しいという気がしますから‥‥」
妻に続いて、羽月が自分の短冊を読み上げた。
「『夏の夜に 羽ばたく蛍 何処へ往く』。夏にしか見れないからな‥‥過ぎ行くだろう季節を思って、詠んでみた」
「どちらも、儚い感じがしていいわね」
そんな風流なやり取りを聞きながら、縁側では嶺雅と胡都、裕貴、佐伯の四人が、蜂蜜酒をちびちびと傾けていた。
「甘くて、美味しいです」
両手をグラスに添えて胡都は蜂蜜の甘さを楽しみ、弟の様子に嶺雅はこっそりと嬉しそうな表情を浮かべている。
「‥‥二日酔いになったら、その時はその時。かな」
裕貴はグラスを掲げて、淡い金色を透かし見る。
どこか気だるげな男達の場に、冬織が声をかけた。
「さて、胡都殿。『仕事』に戻るとするかのう」
「そんな時間ですか‥‥あれ、佐伯さん?」
慌てて立ち上がった胡都は、続いて腰を上げた佐伯へ首をかしげる。
「初めて酒飲んだのを放って、ふらふらされても困るだろう」
「ついでに、背でも流そうかえ?」
悪戯っぽい笑みの冬織に、佐伯はひらひらと手を振った。
三人を見送ると、嶺雅は裕貴へと向き直り。
「篠田サン、今日はありがとう!」
「いいよ。お祝いなら、俺もしたかったし」
にっこり笑って、裕貴は再びグラスを傾けた。
●帰路の前に
翌日は、朝から小雨が降っていた。
だが朝早くから起き出した藤野夫妻や冬織は、朝の散策や日課に勤しむ。
朝食には静香がオーソドックスな和食、裕貴はパン食のメニューを作り、賑やかな朝が始まった。
食休みを挟み、シドと静香が中心となって一晩使った家を掃除して、帰宅準備を整える。
その合間に、佐伯が嶺雅を呼んだ。
「なに、佐伯サン?」
「いや、昨日出しそびれたから、お前に渡しておこうと思ってな」
佐伯は金色の液体で満たされた瓶を投げて寄越し、受け取った嶺雅が眼を瞬かせる。
「‥‥えっ!?」
「今度は、兄弟で仲良くサシで飲め。俺からだって言やぁ、少しは聞くだろう?」
それだけ告げると、佐伯は車に荷物を運ぶために、縁側へと向かう。
オーズレーリルを手に、嶺雅はその背中を見送った。