幻想寓話〜人魚姫ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/13〜08/18

●本文

●それでも仕事は回ってくる
 小さな映像製作会社アメージング・フィルム・ワークス(AFW)所属の監督レオン・ローズは、ぐったりとソファに伸びていた。
「‥‥夏期休暇は、ドコへ逃げた」
「これ終わったら、考えるから」
「え〜〜〜っ!」
 同居人であり、同じくAFWに所属する脚本家フィルゲン・バッハの一言に、足をバタバタさせて抗議するレオン。その様子に、相方はやれやれと肩を竦めた。
「子供か、君は」
「なにーっ!?」
 心外だとばかりにレオンが声を上げ、毎度の事にフィルゲンは涼しい顔でモニターに向かい続ける。
「だから、言ってるだろ。終わったら考えるって」
「そーこーしてる間に、夏は終わるんだぞ、夏はっ! それとも、アレか。最近日本人との付き合いが多いから、ジャパニーズ・ビジネスマンの如き勤勉さにイキナリ目覚めたかっ!?」
「‥‥それだと、今まで僕らは勤勉でなかったみたいじゃないか」
「むむっ!?」
 そんないつもの応酬をしばし続けてから、レオンはソファに座り直し、ガシガシと乱暴に髪を掻いた。
「だが、あれだ。WEAの動向を見るにつけ、何ぞ物騒な動きもあるようだがな」
「うん、あるね。だからこそ、ちゃんと『表仕事』もしないと‥‥ソッチを頑張ってる人がいる分、コッチも頑張らないと」
「‥‥と言いながら、遊んでおるのは誰だ」
「‥‥だって、夏のイベント期間中だし」
 PCのモニターの中では、ファンタジー風な装備のデジタル・キャラクター達が駆け回っていた。

●幻想寓話〜人魚姫
『浜辺に打ち上げられた少女は、見目麗しくも『事故』にあったショックの為か言葉を話す事ができなかった。
 偶然に少女を拾った王子は、彼女の境遇を不憫に思い、城へと連れ帰る。
 彼女が、かつて嵐に遭遇して難破した船から自分の命を救った人魚姫だと気付かずに。
 そして自分に恋焦がれた末に海の魔女と交渉し、美しい声と引き換えにして魚の半身から、人の姿に変わった−−それも王子が自分から心を移せば、海の泡と消える運命を科せられたとも知らずに。

 一方、15歳になって間もなく消えた人魚姫の境遇を知った姉達は、美しく長い髪と引き換えに海の魔女から短剣を受け取った。
 その剣で王子を刺せば、流した血で末の妹が人魚の姿に戻る事ができるという。
 おりしも、王子は命の恩人と勘違いした娘との結婚を発表し−−』

「人魚姫」をテーマとしたファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
 俳優は人種国籍問わず。人魚姫役、王子役、人魚姫の姉役、王子の婚約者役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集。
 展開によっては、更に配役の追加も可能。
 今回は人魚姫の主観ではなく、王子もしくは人魚姫の姉など、別の視点からのアプローチを試みる。
 ロケ地はイギリス南部のワイト島。縦約22km、横約40kmの小さな島全体がリゾート地となっており、東側にはビーチリゾート、西側には石灰岩の奇岩を望む景勝地がある。また、ヴィクトリア女王の別荘であったオズボーン・ハウスや、島の中部、田園風景の中にそびえるカリスブルック城などの名所もある。

●今回の参加者

 fa0356 越野高志(35歳・♂・蛇)
 fa0711 ルナフィア・ハートネス(18歳・♀・竜)
 fa0748 ビスタ・メーベルナッハ(15歳・♀・狐)
 fa1715 小塚さえ(16歳・♀・小鳥)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa3736 深森風音(22歳・♀・一角獣)
 fa4181 南央(17歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

●リゾート・アイランド
 英国海軍の拠点ポーツマスから、高速フェリーで約15分と少々。
 ロンドンの半分程度の広さというワイト島は、リゾート客で賑わっていた。
「人、多いですね」
 玄関口ともいえるライドから、保存鉄道の蒸気機関車で南へ下ったサンダウンの町を眺めながら、少女ながらも王子役に挑む南央(fa4181)が、実に率直な第一印象を述べる。
 ちょうど、夏休暇のど真ん中に当たるこの時期。近隣の町や他国からの観光客など、様々なリゾート客が集まっていた。
「ロンドンからも近いリゾート地だからね‥‥サンダウンは、ビーチもあるし」
 脚本家フィルゲン・バッハは、やれやれと嘆息し。
「だからさー‥‥なんで、サンダウンに宿を取るんだ」
「決まっておろう。勤勉に仕事をし、サクッと余暇を作り出すのだ!」
 恨めしげな相方の視線も気にせず、監督レオン・ローズが胸を張って宣言した。
「余暇‥‥という事は、早く撮影が終われば、ビーチで遊んでいいのね‥‥!」
 その一言を聞いた婚約者役ビスタ・メーベルナッハ(fa0748)が、平静を装いつつも目を輝かせている。
「でも、撮影は大丈夫なんですか? これだけの人がいて」
 長い金髪を揺らして問う海の魔女役ルナフィア・ハートネス(fa0711)へ、フィルゲンは「一応は」と答えた。
「人の少ない時間帯を狙って、撮る事になるよ。シナリオからして、海のシーンは夜か朝方に限られるしね」
 ふと人魚姉妹の長姉役マリーカ・フォルケン(fa2457)が、時計と太陽の位置を見比べる。
「この浜は東に開けているみたいだし、きっと綺麗ね‥‥朝焼け」
「そうだね。日の出の時間が、朝の5時近い事を考えなければ」
「5時‥‥という事は、起床は3時過ぎですか」
 人魚姉妹の三女エルザを演じる深森風音(fa3736)の指摘に、今回唯一の男優で吟遊詩人役の越野高志(fa0356)が、無情な現実を告げた。
「朝‥‥3時ですか‥‥」
「あ、でも、ルナフィアさんなら、そんなに早起きでなくても大丈夫ですよ」
 愕然と繰り返すルナフィアに、同じく人魚姉妹の五女役の小塚さえ(fa1715)が苦笑でフォローする。
「そういえば、気になってたんだけど‥‥この島って、『スペインの淑女たち』という歌に出てくるワイト島なの?」
 人魚姉妹の六女、人魚姫役となった月居ヤエル(fa2680)が尋ねれば、レオンは「うむ」と返事をした。
「アーサー・ランサムの『Peter Duck』であるな」
「そう、それ。『ヤマネコ号の冒険』の。そうなんだ‥‥」
 じみじみと呟くヤエルは、潮の香りが漂う町を感慨深げに見回した。

●波の狭間より
 ランプの炎に照らされて、壁にフードを纏った影が揺れていた。
 すっぽりと目深に被った布の下からは、緑の瞳が鈍く炎を反射する。
「今日は、この『斑鱗の語り部』が‥‥よくある話を一つしましょう」
 低い声で語り、甲に斑の鱗が浮いた手がゆるゆると伸ばされ、うず高く詰まれた巻物の山の一本を取りあげた。
 その姿を映す水鏡の表面が、ざわりと泡立つ。
 水の波紋に姿はかき消され、画面は水面へと近づいていき−−。

 ゆらゆらと揺れる画像を、三人の女性が覗き込んでいた。
「‥‥ご覧に、なれましたか?」
 少女の姿をした者が問う。
「アレが、わたくし達の可愛い末の妹の姿だと言うの?」
 彼女の言葉に、長姉が眉を顰めた。
 真珠のような丸い水晶に映ったのは、窮屈な衣装に身体を締め付け、長く美しい黒髪を硬く結い上げ、おぼつかぬ足取りで人と同じように陸を『歩く』、可愛い妹。
「その通りです、人魚の王の娘達」
「あの子が、そんなに思い詰めていたなんて‥‥」
 四番目の姉エルザが、哀しげに瞳を伏せる。憤った表情で、長姉は少女へ視線を投げた。
「それで、あの子を戻す為にはどうすればいいの? 答えて、海の魔女」
「汝は妹の願いを知って、それを問うのですか?」
 僅かに首を傾げて、金色の髪から対の角を覗かせた海の魔女は聞き返す。
「何も知らない愚かな娘ですけれど、それでもわたくしにとっては大切な妹なのです」
「姉さん。彼女は彼女なりに、ちゃんと考えたんだと思います‥‥」
 おずおずと、五番目の姉が長姉へ意見した。地上に行ってしまったのは、彼女にとってもたった一人の妹で、歳が近いだけに妹の気持ちもわからなくもない。
「確かに、魔薬を貰って人になっても、愛を得ることが出来なければ‥‥消え去るしかないけれど」
「ええ。その覚悟だけは、認めてあげないとね‥‥それで、魔女さん。あの子が人魚に戻る方法を教えて。私達が願う魔法の代償を求めると言うなら、応じましょう。あの子が、彼に自分の命をかけたように‥‥可愛い妹のためですもの」
 決意を宿した瞳で、エルザは顔を上げ。
「それならば‥‥」
 海の魔女は、魔法とその代償を淡々と告げる。

 そうして、海の底での取引は成立した。

●想いと願い
 夏の日差しが、地上の緑を鮮やかに染め上げている。
 窓辺からその光景を見ていた王子は、不意に深く溜め息を吐いた。
「どうかしましたか?」
 彼の背に彼の婚約者の娘が声をかければ、王子は表情を曇らせて頷く。
「ここ数日‥‥元気がないんです。『彼女』」
 それを聞き、娘も心配そうな顔をする。
「まだ、言葉の方は‥‥?」
「ええ。おそらく、どこかの国の姫とは思いますが‥‥言葉は判っても、こちらの文字は読めないようですし。せめて、筆談でも通じればよいのですが」
 また考えに沈もうとする王子は、自分を見つめる婚約者の視線に気付き、苦笑を浮かべた。
「申し訳ありません。貴女の前で‥‥こんな話を」
「いいえ。王子は、真摯でいらっしゃるのね。生まれも素性も判らない娘を助けて‥‥そこまで気にかけて」
「いいえ。それはきっと、見ず知らずの貴女に助けられたからですよ」
 柔らかく微笑んで、彼は婚約者の髪を撫でる。だが、不意にその手を止めた。
「ああ、君でしたか‥‥どうかしましたか?」
 王子の視線を追えば、廊下の隅で件の話が出来ない少女がいる。目が合った少女は、寂しげな微笑を浮かべると軽く頭を下げ、躊躇いがちに足を進めて来た道を戻っていった。
 −−思えば、二人の姿を見かけると、少女はいつも哀しそうな笑顔をしていたような気がする。
「あの子も、郷里で家族や恋人が待っているでしょうに」
「可哀想ですね‥‥」
 彼女の呟きを聞いた王子は、深く目を閉じた末に再び婚約者へ笑顔を向けた。
「さぁ‥‥そろそろ、式の準備に参りましょうか」

 欠け行く月が、淡く照らす夜。
 華やかな楽が城を満たして、二人の婚姻の祝いの宴が催される。
 明るく窓から外へと差し込むランプの光を避けながら、二人の人魚の姉妹は末妹を探していた。
 楽や人の声を避けるように静かな庭へと辿り着くと、そこに月の光を受けて一人佇む、青いドレスの少女の姿を見つける。
「間に合ったわね‥‥」
 ほっと胸を撫で下ろしながら姉の一人エルザが声をかければ、少女は驚いた様に身を竦めた。姉達が現れると思っていなかったのか、それとも姉の美しく長い髪が短く切られ、残った髪で顔の半分を隠している風貌に驚いたからなのか。
「言葉を出さなくても、判るわよ。貴方の姉だもの」
 哀しげな表情の妹を宥める様に、左の目を隠したエルザが微笑む。一方、右の目を隠した長姉は、不機嫌そうに辺りを見やり。
「お父様の事は、残る姉妹に任せてきました」
 そして、叱責する様な険しい表情で妹を一瞥した。
「所詮、わたくし達と地上に住む者達は相容れない存在なのです。馬鹿な夢から早く覚めて、さっさと帰っていらっしゃい」
「皆、あなたが居なくなってとても悲しんでいるわ。今なら、まだ間に合うのだから‥‥」
 だが15になって間もない妹は、ぎゅっとエルザの手を握るものの、可憐に微笑んで首を横に振る。
 そんな妹へ、長姉は取り出した短剣を渡した。
「これで、王子を刺しなさい。王子の血を浴びればお前の足は元に戻り、海の泡となって消える事もなくなるわ」
 彼女の言葉で戸惑う妹の手に、姉は強く短剣を握らせる。
「姉さん‥‥時間がないわ」
 空を見上げて、エルザが刻限を告げる。
「浜で待っているわ。必ず、帰っていらっしゃい」
 庭を後にする二人の姉の背を、人魚姫はじっと見送っていた。
 その手に、硬く短剣を握り締めて。

●選んだ結末
 暗闇の中、魔女から渡された『ひと時、人の形を成す薬』の効力が切れた姉達は、人魚の姿でじりじりと妹を待つ。
 やがて東の空が黎明の鮮やかな青紫に染め上げられた頃、末の妹は一歩一歩を辛そうしながら、海辺へと歩いてきた。
 −−その海の如く青いドレスには、一滴の赤い雫もなく。
「‥‥馬鹿な子」
 苦々しげに、長姉が言葉を吐き。
「本当に‥‥ほんとうに、しょうがない子ね」
 エルザは、招くように手を差し伸べ。
「それが、あなたの決めた事なのね」
 二人の姉と同様に髪を短く切られた五番目の姉は、ただ一人の妹の為に一つ二つと涙を落とす。
 そんな姉達に微笑む人魚姫の笑顔は、朝日に照らされて、とてもとても晴れやかで穏やかな‥‥。

「王子と、王子を助けた娘の婚姻の翌日。
 身の上の知れない一人の少女が、ふっつりと姿を消した。
 ただ、海を思わせる青に染め上げられたドレスが、砂浜に打ち上げられたという‥‥」
 壁に浮かんだローブ姿が揺らめくと、ランプの炎は一筋の煙を残して燃え尽きた。

●夏の浜辺で
 最後のカット−−浜辺での夜明けのシーンを撮り終えると、残りの時間はフリーとなった。
 思わぬ短い『休暇』に、女性達は声をあげて浜辺で波と戯れる。
「みんな、遊び過ぎて帰りの時間を忘れないようにね」
 フィルゲンが気遣いの言葉を投げれば、女性達は『は〜い!』と声を揃えて返事をした。
「レオン監督と、フィルゲンさんは?」
 首を傾げるさえに、レオンは大仰に頭を振った。
「帰り支度もあれば、編集作業などにも取り掛からねばならんからな‥‥遊びたいのは山々だがっ」
「目を離すと、帰ってこなくなるからな。コレは」
 やれやれと肩を竦めるフィルゲンに、「コレとか言うなっ!」などと監督が反論し。
「そういえば、気になったんですけど。フィルゲンさんが役から戻ってきにくいの、結構トラウマですか? 脚本を書いてる時も、夢中なったら行ったきりになっちゃいますか?」
「や。それは、聞かぬが花というものであろう」
 レオンが珍しくフォローし、フィルゲンは微妙に引きつった表情を見せ。
「その根本は、『現実逃避』であるが故にな」
「言うなっ」
 バラす相棒の向こう脛を、脚本家が蹴飛ばす。
「ぬぉっ! 暴力に訴えての口封じは、厳禁であるぞーっ!」
「君が言えた義理かっ!」
「無論、言えた義理だ!」
「‥‥嘘付けっ」
 言い合いながら、機材を担いでホテルへ向かう二人を、さえは突っ込む事も出来ずに見送り。
「‥‥トラウマ、なんですね‥‥」
 ぽそりと、呟いた。