TIMID−月に唄う兎アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
0.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/16〜11/18
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●本文
●TIMID
少女はお気に入りの場所に座って、足を宙にぷらぷらさせていた。
11月の冷たい風が渡り、ぴこぴこと長い耳が揺れた。
そろそろ、この秘密の習慣も控えなきゃならない。喉を痛めたら、歌えなくなる。
冬の近い夜空には、大きな月が一つ。
「うーさぎうさぎ なーに見てはねるー」
なんとなく、古い童話を口ずさんでみる。月を見て跳ねたくなるのは兎の習性なんだろうか。とか、他愛もない事を考えつつ。
でも満月が近づくたびに、彼女は憂鬱になる。
複雑な思いで太りつつある月を眺めていると、携帯電話が軽快なメロディを奏でた。慌ててポケットを探り、ピンクの携帯電話を取り出す。
『ティミー。打ち合わせの時間よ。いい加減、戻っていらっしゃい』
「はぁい。すぐ行きます」
携帯電話をポケットに捻じ込むと、そろりと用心深くコンクリートの縁から立ち上がる。数十階建てビルの屋上から落ちたら、いくら半獣化していても助からない。
眼下の風景から離れると、ツーテールを弾ませて転落防止用の金網を飛び越え、ティミーはビルの中へ戻った。
●月下の宴
「ポップフェスの話よ。16日の夜に、野外ライブを行うの」
「それって、そろそろ寒くない?」
「飛び跳ねてたら、寒さも吹っ飛ぶわよ」
何となく腕をさするティミーへ、如月マネージャーはぴらりと一枚のコピー用紙を見せた。
「ぅ? ムーンライトポップフェス‥‥うさぎさん、しゅーごー‥‥?」
「そ。貴女にぴったりの仕事でしょ」
「でも、これ‥‥16日って、満月じゃあ」
「そうよ」
「きっ、如月さぁぁぁぁん。私が満月の日は特にダメだって、知ってるじゃあないですかぁぁぁぁ!」
うりゅ。と涙目&上目遣いで、見下ろすマネージャーに訴えてみる。が、如月は動じない。動じないどころか、にんまりと笑っている。
「今更カワイコぶっても、ダ・メ」
びしっと一発、デコピンを喰らう。もしも自分が顔で売っているアイドルならば、決して許されない仕打ちである。
−−まぁ、アイドルではない故にやられるのだが。
「いい機会じゃない。他の『うさぎさん』に会った事がないんでしょう?」
「‥‥はい」
「貴女の言う“症状”を相談できる、いいチャンスじゃない」
「‥‥はい」
だが、考えればやはり気が重い。
ティミーは16歳の兎獣人である。父親はアメリカ兎獣人で、母親が日本兎獣人というハーフで、芸名の「ティミー」は一応ファーストネームだ。だが父も母も何ともないのに、彼女の歌声は満月付近になると微妙に変化した。発声法も同じ、スタジオも同じ。試しに病院で血液検査なんかも受けてみたが、何も変化はなく。
なのに、どうしても「声だけ」が変わるのだ。
音がまっすぐに伸びずに、ビブラートがかかる。まるで満月の力に引っ張られるように。
だからマネージャーは、満月近くのスケジュールをいつも空けてくれた。しかし今回に限っては、どうも彼女の都合を配慮してくれそうにない。
「その逆は、よく聞くのにね‥‥まぁ、私はどっちも気のせいだと思うけど。ともかく、逃げ出してステージに穴を開けたりしないようにね。貴女の歌手生命に関わるんだから
そう釘を刺されると、何も反論できなくなる。
これは脅しだ、横暴だ、兎虐待だ。
(「この、女狐めーっ!」)
口が裂けても言えない言葉の数々を飲み込みながら背中を睨めば、ドアに手をかけたマネージャーは彼女に振り返った。
「‥‥何か言ったかしら?」
狐目の狐獣人がギロと睨み、慌てて首を横に振る兎獣人のティミー。
「そう。じゃあ、車で家まで送るから、駐車場で待ってなさいな」
カクカクと頷くティミーににっこりと微笑んで、如月はドアを閉める。
そして額に手を当てて、マネージャーはひっそりと溜息をつく。
「やれやれ‥‥もっと、自信を持ってほしいものだわ」
●十日夜
学校が終わってからの、いつも通りのボイストレーニング。
「あーあーー。あ、あ、あ〜〜?」
ティミーの敏感な耳が、微妙な声の変化を捉えた。
うぅと唸って、恨めしそうに窓の月を見る。
半月を過ぎた月は、徐々に丸みを帯びていた。
●リプレイ本文
●開演前のひと時
「おはようございますー」
楽屋の扉を開ければ、少女達の視線が一斉に紅 勇花(fa0034)へ集まった。たまにある事だと、勇花は肩を竦める。
「心配しなくても、女だよ。オンナノコ」
確かによく見れば、服は男物だが胸元が若干‥‥いや、かなり窮屈そうだ。
「紅さん、ごめんね。一瞬、男の人かと思って」
申し訳なさそうに謝る槇島色(fa0868)に、「気にしないで」と勇花は笑う。
「ええ。だって、勇花は格好いいですし」
「ですですー」
更にフォローするアカネ・コトミヤ(fa0525)に、ミント・シルフィール(fa0608)がこくこくと首を縦に振る。以前に同じステージの仕事をしたせいか、二人は既に打ち解けた様子だ。
「皆さん。準備できたら、舞台裏の方へ来て下さいね」
呼びにきた女性スタッフへ彼女達は「はい」と明るく答えた。
簡単な音合わせと進行確認の為に、ミュージシャン達は舞台袖に集まった。司会進行役でもある兎獣人なスタッフが、メンバー達を見回す。
「バックバンドですが、不足のパートは手配しましたので‥‥あと、皆さんに通しで演奏をお願いしたい件ですが」
「可愛いお嬢さん達を困らせる訳にもいかないしな。もっとも、お嬢さん以外のナニカも混ざっているようだが」
軽く肩を竦める鹿堂 威(fa0768)。その後ろで「誰がナニカだーっ」と抗議する御剣緋色(fa2025)を、ノクターン(fa0021)がなだめる。
「緋色さんも威さんも、楽しく演りましょう。こういった場所こそ、自分の腕を証明するチャンスです」
ぐっと拳を握るノクターン。高まる鼓動を抑えるように、百瀬 悠理(fa1386)は胸の前で細い指を組んだ。
「もうすぐなんですね。とても緊張します」
「‥‥悠理さん悠理さん」
肩を突付かれた悠理が首を傾げて振り返れば、声をかけたティミーがオロオロしている。
「悠理さんも『兎さん』なんですよね。その‥‥『満月』の時って、声がこう、おかしいっぽくなったり‥‥しません?」
「どうでしょう。あまり気にした事はありません‥‥私が気付いていないだけかもしれませんが」
「どうしたんだよ」
ティミーの狼狽ぶりに、もう一人の『兎さん』の勇花が声をかける。
「いえ、あのですね‥‥」
同じ兎仲間だという事に安心したのか、ティミーは「満月付近には声が歪む」という自分の悩みを打ち明けた。
「何か、満月にトラウマがあるとか‥‥思い当たる事ってあります?」
ノクターンの問いに、ティミーは首を横に振る。そして、皆が周りに集まっているのに気付き「いつの間にー!」と驚愕した。ひらりと手を振る緋色。
「そんな所で話してたら、聞こえるってw」
「兎獣人ではないから本当の所は解らないが、似たような事なら経験した事がある」
ティミーだけでなく、その場の全員が威を注視し、続きを待つ。「大した事ではないが」と断って、彼は言葉を続けた。
「声変わりだよ。だからティミーお嬢さんの声帯も、一時的に変化しているのかもしれない」
誰ともなく、「ほー」と納得の声が上がったりする。
「あとは、問題は自分にあるのかもしれません。貴女は自分の声に、歌に、自信を持っていますか‥‥?」
「そうだな。不安は誰でもある」腕組みをした緋色が、ノクターンに同意する。「だから獣人とか満月とかを気にするんじゃなく、このフェス自体を楽しんでみたらどうだ♪」
「ええ。もしよろしいなら、ティミーさんの時も演奏しますよ。私は、貴女の声を間近で聞いてみたいです」
にっこりと微笑むノクターン。少年達の声援を受けて戸惑うティミーの肩を、勇花が軽く叩いた。
「もし僕らも気になる程のビブラートがかかるなら、演奏の音を少し上げて誤魔化してあげるよ」
「勇花さん‥‥」
「誰にも話さないよりも、悩みは多くの人に知ってもらった方が楽になると思うです。だからいま話をしたティミーさんの心も、きっと楽になっていると思うですよ」
無邪気な笑みでミントも励まし、アカネと「頑張ろうね」と顔を見合わせる。優しい言葉に数々に「ありがとうございます」と礼を言うティミーは、ちょっと涙目だ。
「ま。うまくいったら、報酬として頬にキスで♪」
威にウィンクされて真っ赤になった兎少女は、文字通り脱兎の如く逃走した。
●First Star
野外音楽堂は、椅子席1000人程のうち八割方が客で埋まっていた。
「お嬢さん、眠くないか?」
先にステージへ向かう威が、ミントに冗談めかして聞いた。一番手の彼女は、まだ小学生なのだ。黒猫耳のあどけない少女は、笑顔とガッツポーズで「大丈夫です!」と答える。
ぴっと指を振って応え、黒翼の威、薄茶の翼のノクターン、兎耳の勇花達が颯爽とステージに現れると、歓声が上がった。
司会である『白タキシード姿のウサギさん』がステージへ飛び出して、更に観客を煽る。
「さぁ、月は出てるかーい! それじゃあ満月の宴ムーンライトポップスフェスティバル、開幕です! トップを飾ってくれるのは、プリティでキュートな子猫ちゃん。『メロディライン』のしるふぃー!」
新人シンガー達のプロモーションも兼ねているのか、兎司会は事務所の名前付きで名前をコールした。
勇花達が奏でる軽快な明るいメロディーに合わせて、ミントはツーテールを揺らしてステージへ足を踏み出した。
「まだまだ未熟ですけど、一生懸命にやるので楽しんで行ってくださいです」
ステップを踏んで、ミントは『楽しもう』を唄う。
「 空は晴れて澄み渡り
風は優しく流れてる 」
最初は小さな子供が出てきた為か戸惑ったような観客達だが、テンポに合わせてミントの歌を聴いてくれている。だから、ミントは唄う。歌のタイトルの「楽しもう」の通り、ライブを楽しもうと。
「 楽しい時はまたくるよ
それまで頑張ろう
辛い事も乗り越えて
頑張る事も悪くない
生きてる事とはそういう事でしょう?
繰り返しの日々を送る
日常に楽しみを 」
唄い終われば、包み込むような暖かい拍手の音。
拍手に応えて、ミントは頭を下げた。
「ありがとうございますですー」
●Second Star
「お待たせ、次は可愛い子ウサギちゃんだ。優しく応援してあげてくれ。『ずゅーす☆からめる』、百瀬 悠理!」
「思いっきり、唄ってきます。ようやく、自由に歌える機会に巡り合えたので♪」
舞台袖の仲間に手を振って、名前をコールされた悠理は嬉しそうにステージへと駆け出した。ロップイヤー種の薄茶の垂れウサ耳が、髪と一緒にふわふわ揺れる。リボンやレースをあしらったゴシック系の衣装に、ドイツ人と日本人のハーフという彼女の出自も相まって、まるで愛らしい人形のような印象だ。
マイクを手にした悠理は、目を閉じ、イントロにあわせて踵でリズムを取る。
彼女が唄うのは、以前の仕事で声を演じたアニメ『掃除戦隊マジカルメイド』で唄った曲らしい。なんだか『ご主人様〜★』なエッセンスが散りばめられた歌だ。
‥‥ちょっと路線が違う気もするが。
●Third Star
「さて、ここで今日の素敵なバンドメンバーを紹介しよう。
こっちもみんな、期待のルーキーだ。今からチェックしても遅くなーい!
まず『SweetChord』から、チョット危険な空気が漂うギター、鹿堂 威ー!
次は『adagio』所属、ファンタスティックなベース、ノクターン!
キーボードは『LunatiX』からきてくれたイカす姉さん、紅 勇花ー!
やさぐれドラマーは‥‥」
司会と紹介されたバンドメンバーの短いアドリブ演奏で、更に場を盛り上げていく。そろそろ緋色の出番だ。
(「あの二人の後だと、チョットやりにくいが‥‥俺も、楽しく頑張るぜ♪」)
「それでは次は『DESTORYER』の刺客、褐色のアオい弾丸。御剣 緋色だー!」
心の底で司会兎に蹴りをかましつつ、少しライトの光を落としたステージへと緋色は走り出る。
メロディアスな「この空の下で」のイントロが流れ、会場は静かになる。
少し斜めに構え、声を抑えて緋色は唄う。
「 心地よい夜風を受けて 夜空を見上げた
キミも今どこかで 同じものを見てるのかな?
大丈夫 僕はココにいて ココで生きてる
キミが旅立った頃と 変わることのないこの街で
大丈夫? キミはそこにいて どう暮らしてる?
ココとは全く違う 日々移り行くあの街で 」
後半からアップテンポになると、わっと会場が沸いた。前半に抑えた分を放つように、彼は熱唱する。手拍子と歓声と、ライトの熱さが心地いい。
「 さぁ歩き出そう それぞれの未来へ
今は離れていても いつかは僕らの道は一つになる そう信じている
さぁ踏み出して 君の選んだ道へ
今は途惑っても 僕の好きなキミだから きっとやれるさ
もし立ち止まりそうな時が来たら
二人で見た綺麗な空 思い出して 」
黒髪に褐色の肌に、つけ耳の黒いウサ耳という緋色。メリハリのあるステージへの声援とは別に、女性客から「可愛い〜」の声が飛んだとか飛ばないとか。
●Fourth Star
「みんな、そろそろ色気もほしいよな。紹介しよう。『エターナル』から槇島“セクシー”色!」
付けウサ耳でステージへ飛び出した色。身体のラインを強調したバニーガールさながらな彼女の姿に、歓声と、ヒューッと口笛が混じる。
「皆さんノッてる? ライブは中盤、まだまだ飛ばすよ〜!」
アップテンポなリズムが、会場のノリを煽る。
「あのー‥‥やっぱり、一番最後なんですか?」
色の歌が流れる中、ちょっと恨めしそうにティミーはアカネを見た。そんな彼女に、アカネはにっこりと微笑む。
「うん。大丈夫、頑張って。私も次、頑張ってくるから」
●Fifth Star
「すっかり夜も更けてきたね。もう終わりか? いいや、まだまだ終わらないぞ。次の歌声を聞かせてくれるのは、『エリシュオン』のアカネ・コトミヤ!」
青灰色の猫耳のアカネがステージへ飛び出し、声援に手を振りながら準備されたキーボードへと向かう。次の曲は彼女の弾き語りなので、バンドのメンバー達は一休みだ。
静かなステージで一つ深呼吸をすると、キーボードに指を滑らせ、彼女は電気仕掛けの旋律を奏で始めた。
「 いつもは教室の窓から見ている憧れの先輩
今日こそはこの思いを伝えたい
だけどライバル多くて伝えられず終い
そんな毎日
気が付くと鏡の中もう一人の自分が言う
本当にそれでいいの? 」
ステージに響くのは、アカネの歌声と彼女のキーボードの演奏だけ。自分を照らすライト以外も光を絞っているので、観客の顔は見えない。それでも空を仰げば、丸い月が見える。
「 Go for it! やってみなっくちゃ始まらない
夢も何も手に入らない
さぁ歩き始めよう
その思いは必ず叶うから
たとえ今は叶わなくても
ぜったい後で後悔するよりはマシだから
さぁ行こう 」
最後まで歌いきり、メロディの最後の和音のキーを静かに押すと、観客から拍手が起きた。
●Last Star
「楽しい時ほど、時間が経つのは早いよね。残念だけど、今宵の宴は次の兎ちゃんでラストだ。カモン、ティミー!」
「今日は素敵なメンバーと一緒にステージに立てて、嬉しくて緊張してます! だからミステイクも、笑って知らんぷりよろしくー!」
軽快なミドルテンポにあわせ、頭上で手をクラップさせたり右や左に飛び跳ねながら、ティミーは唄う。
その姿に、舞台袖へ様子を見にきたマネージャーの如月が満足そうに頷く。
曲のラストには先に歌ったメンバーがもう一度ステージに出て、手を打ち鳴らしながら一緒に歌う。最後にはバンドのメンバー達も、楽器から手を放し、頭上で手を打つ。
全員が打つリズムと共に最後のワンフレーズを唄いきると、打つ手は拍手となって、会場に響いた。
「名残惜しいけど、今宵の月の宴はコレで終了だ! みんな、今夜の空を飾った初々しいスター達に、もう一度、拍手をーっ!」
陽気に司会がぐるぐると腕を回し、ワーッと観客席から歓声と拍手が巻き起こる。
●宴の終わり
「ネコ耳ウサ耳はさておき、確かポップフェスだよな? 新人アイドル売り込みとかのコンサートだっけ?」
「ちょっと、空気違ってたよねー」
そんな会話を交わしながら、客達はぞろぞろと引き上げていった。
「ティミー。ちゃんと、歌えていたよ」
「ホントですか!?」
勇花に言われて、ティミーは目を丸くする。
「なんかもう「なるようになれ!」て思っちゃって、頭の中が真っ白で、私よく覚えてなくって‥‥」
仕方ないなぁという風に、勇花はぐりぐりとティミーの頭を撫でた。
「VTR撮ってただろうから、あとでマネージャーに見せてもらいなよ」
「はい。皆さん、ありがとうございましたー!」
「お疲れ様でしたー」
男性用の楽屋の扉を開ければ、緋色と威が一瞬驚いてノクターンを振り返った。よくある事だが、やはり言っておかねばならない。
「ぎょっとしなくても、私は男ですってばーっ!」
ノクターンの叫びが、満月の夜空に響いた。