Limelight:青の風景アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
12人
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サポート |
0人
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期間 |
08/24〜08/26
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●本文
●インドア派とアウトドア派
『なーんか、疲れてないか?』
「ん?」
携帯越しの佐伯 炎(さえき・えん)の声に、川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が逆に問い返した。
『お前だよ。この暑さで、夏バテでもしたか? 調子、上がってねぇみたいだが』
「ああ‥‥いろいろ忙しかったから、その所為じゃないかな?」
苦笑しながら、川沢は髪を掻いた。小さなスピーカーからは、唸る様な返事が聞こえてくる。
『まぁ、二つほどでっかい仕事もあったからな‥‥じゃあ、あれだ』
一旦言葉を切った佐伯が、おもむろに提案をした。
『海へ行くぞ。リフレッシュしに』
「はぁ?」
思わず、気の抜けた返事を返す川沢だが、向こうは本気らしい。。
『はぁ? じゃねーよ。お前も行くんだからな。拒否権ナシ黙秘権もナシ』
「海って‥‥盆、過ぎてるじゃないか。波も、荒くなるだろう?」
『大丈夫だって。もし波が高いならそれで、サーフィンとかできらぁな』
「‥‥それは、炎だけだろう」
低い声でぼそりと呟くも、友人には届いていないらしい。
『デスクワークばっかりしてねぇで、たまには外で遊べってんだ。んじゃ、三日ほど開けとくように。いいな』
一方的に告げた佐伯は、反論を待たずに電話を切り。
デスクに頬杖をついた川沢は、一つ盛大な溜め息をついた。
●リプレイ本文
●用意周到、準備万端
規則正しい振動が、椅子を通じて身体に伝わってくる。
エアコンが十分に効いた列車の車中では、暑さを忘れて賑やかな会話が弾んでいた。
「夏休みのお泊まりって、林海学校みたいでワクワクするね!」
カラーコンタクトと帽子で『変装』した月見里 神楽(fa2122)は、聖 海音(fa1646)お手製のサンドイッチに御機嫌で。
「ええ。思い出に残る、楽しい旅行になるといいですね」
神楽と同様に一般大衆の目を欺くべく、髪を纏めてダテメガネをかけたシド・リンドブルム(fa0186)が頷いた。
「時期を過ぎてしまって、今年は皆さんと海へ行くのは無理かなと思っていたので‥‥凄く楽しみです」
「それは、すまない事をしたね。もう少し早ければ、海で泳げたろう」
苦笑する案内役の川沢一二三に、神楽は首を横に振る。
「ううん。海で泳げない分、プールで泳ぐよ」
小柄な彼女が持ってきた大きな鞄には、水着や浴衣に浮き輪も入っているらしい。
「皆様よければ、デザートも如何ですか? オレンジとグレープフルーツのグラニテを作ってきました」
キャミドレスにデニムパンツというラフな服装に、ウィッグをつけた海音が、三人へ尋ねる。慎ましやかな笑みが印象深い海音だが、今日は一段と笑顔が眩しい。
それもその筈、彼女が座っている席の反対側は恋人の小田切レオン(fa1102)がサンドイッチを頬張っていた。
「海音‥‥俺のは?」
「はい、ちゃんと用意してます。それから、裕貴様や巽様からも預かっていますので」
「そっか。楽しみだぜ」
ニッカリと笑うレオンに、海音は頬を朱に染めて。
「あ。後で、駅弁も買いたいなぁ‥‥折角の電車旅行だから」
「神楽さん、食べるんですか?」
「まぁ‥‥手に余るようなら、助けるけどね」
ほんわかした空間の隣で、四十男と十代の少年少女は親子のような会話を交わしていた。
都心を離れると、車の外は田園風景に山、トンネルといった同じ風景の繰り返しになってくる。
そんな風景を、飽きもせずセーヴァ・アレクセイ(fa1796)が眺めていた。彼の隣では、『本業』復帰前の気分転換に参加したという椚住要(fa1634)が、持参した珈琲のコップを傾けている。
「要サン、お菓子食べないの?」
「遠慮しておく。欲しかったらいいぞ」
後ろの席から聞く椿(fa2495)に要が返事をすれば、満開の笑顔と共に『譲って貰った』菓子を胃の腑へと収め始めた。
星野・巽(fa1359)は、水羊羹などの和菓子に手製のレモンマカロンを。篠田裕貴(fa0441)が作ったのはココアとバニラのアイスボックスクッキーと、ブランマンジェ。ラリー・タウンゼント(fa3487)はリンゴとダークチェリーのデニッシュと、スコーンにクロテッドクリームとレモンカードを添えて。そして、海音のグラニテである。
「放っておくと、全部ソイツに喰われるぞ」
笑いながらハンドルを握る佐伯 炎に、彼は首を振り。
「甘い物は、あまり‥‥な」
その答えに、助手席の豊城 胡都(fa2778)が抱いたスナック菓子の袋をじっと見下ろした。
「心配すんな。要は取らねぇよ‥‥人の分まで」
「はい」
安心した風に、胡都は再びポリポリとスナック菓子を齧る。
「胡都サン。食べ切れなかったら、言ってね」
「残念ですが、遠慮しておきます」
申し出を丁重に断わられて、肩を落とす椿。ちなみに、テンションは通常の何分の一かに抑えている−−隣席で珈琲を飲む美日郷 司(fa3461)の膝の上では、巽が188cmの身体を窮屈そうに丸めていた。
「ちぃと休憩取るが、巽は起こさずにおくか?」
「そうしてくれ。仕事でヨーロッパやアメリカに飛び回って、時差がきついらしい」
声をかける佐伯に、割と真剣な顔で司が答える。
「時差ボケは、下手に寝た方が長引くんだがな」
ウィンカーを出したワゴン車は、滑らかに左へ分岐した車線へと移る。
スライドドアを開け、開放された空間で大きく伸びをする。
四人の同乗者が降りるのを見送る司に、巽が何事かをボソボソ喋る。
「ぅ‥‥ん‥‥ツカちゃん‥‥あと少しぃ」
「昔を思い出すな‥‥あの頃は甘えん坊だった‥‥」
目を細め、愉悦に浸る司だったが。
「人ン車で、珍妙なコトに及ぶんじゃねぇぞ?」
佐伯から冗談めかした釘を刺され、彼は巽の髪で遊ぶのみに行為を留めた。
運転席を降りた佐伯は、すぐ傍のスペースに止まったスポーティなフォルムをしたバーニングレッドのスポーツカーへと近付く。
「どうだ、調子」
エンジンを止めて車から降りた裕貴は、最近手に入れたばかりの『愛車』を見やった。
「うん、いい感じ。加速もハンドリングも」
「そうか。まぁ、慣らしの間はあまりフカさんこった」
「佐伯さんが、スピード出し過ぎなければね」
「冗談言え、搭載量と馬力を考えろって。七人乗った業務用ワゴンの加速が、ツーシーターのフェアレデZZに勝てるかってんだ」
「だよね〜」
定員二名のうちの一人、ラリーが楽しげに笑う。
「ヒロの運転だと、高速下りて路地に入ったら撒かれる可能性、あるけど」
「佐伯さんは、そんな意地悪はしない人だって信じてるから」
「お前、ちと買いかぶってねぇか?」
そんな冗談を言い合いながら、彼らは他の四人を追った。
●夜遊びの定番?
到着したホテルの部屋はオーシャン・ビューで、部屋に入った者達は荷も解かずに窓を開け放ち、小さなテラスに出て海の香りを楽しむ。
女性の参加者は海音と神楽だけなので、自然と二人一室となり。のんびりぼーっとしたいというセーヴァは、要と同室になった。
シドとレオン、胡都が三人で一部屋を使い、残る裕貴とラリー、巽、司、椿の五人が四人部屋のファミリールームにゲストベットを入れて、五人で収まる事となる。
「日本の海って‥‥落ち着いた色合い、だよね? バルセロナの海は、青くてすっごく美しかったけど」
海好きだという裕貴が、同郷の従兄弟ラリーと窓辺でその印象を語っている。
「この辺りはね〜‥‥沖縄とかならもっと、青が澄んでるんだけど」
椿は手を翳し、波の打ち寄せる浜辺を眺めた。
「夜の『枕投げ』は、やっぱりこの部屋で、でしょうか。罰ゲームもするんですか? たぶん、要さんやセーヴァさんはのんびり過ごしたい‥‥ような気はするんですけど」
巽が心配そうに尋ねるが、司は乗り気らしい。
「一番広いのが、この部屋だからな。それから参加は、自由でいいんじゃないか。声をかけて断られれば、無理強いはしない方向で」
「妙に積極的だな、司」
やっぱり不安げに、巽は呟いた。
友人のハラが下心で黒く染まっている事を、知る由もなく。
夜までの時間を思い思いに過ごした後、一行は宴場で夕食を済ませた。
そして風呂やシャワーで旅の疲れをほぐし、のんびりと寛ぎの時間を過ごす。
遠い波の音と、時折セーヴァが口ずさむメロディを聞きながら、要は本のページをめくっていた。
静かな時間がゆったりと流れる中、不意に浴衣姿のセーヴァが立ち上がる。
「ちょっと、佐伯さん達の所へいってくる」
「ああ」
声をかけるセーヴァに、ちらりと要は視線を上げただけで。
本を読みふける彼の耳に、ドアの閉まる音が届き。
ほどなくして、扉を叩く音が響いた。
一方、部屋を出たセーヴァはまっすぐに川沢と佐伯が泊まる部屋へ向かい、ドアをノックする。
オートロックの扉は大して待たずに開かれ、佐伯が顔を出した。
「よ。どうした?」
「車に便乗させてもらった、お礼をしようと思って。ナイトキャップにでも」
琥珀色の液体で満たされたボトルを差し出すセーヴァに、少し困ったような表情を佐伯は浮かべる。
「そんな気ぃ遣う事、ねぇんだがな。まぁ、ナンだ。それなら一緒に、一杯やってくか?」
「いや、こう‥‥ぼーっと過ごしたい気分だから」
「そうか。じゃあ、有難く頂いておく」
「あ、佐伯サーン、セーヴァサーン」
話をしている二人に、椿がぺたぺたとスリッパを鳴らして歩いてくる。彼の後ろからは、何故か要がついてきていた。
「枕投げしない? 川沢さんも一緒にー」
にこやかに誘う椿に、やれやれと佐伯は嘆息し。
「お前、歳いくつだ」
「んーと、にじゅーろく。くらい」
「位ってナンだよ」
がっくりと肩を落とす。
「俺は‥‥部屋でゆっくりしてる」
「そう言うだろうと思って、部屋の鍵を持ってきた」
答えるセーヴァへ、要がキーを差し出した。
「俺も川沢も、遠慮しとくわ‥‥下手に騒いだり、部屋のモン壊したり、するなよ?」
「ハーイ!」
陽気な返事をした椿は、要と共に自分の部屋へ引き返していく。
「という訳で、参加者は女性陣が海音と神楽、男性陣はシドにレオン、椿、要、巽、司、胡都、ラリーと俺の11人か‥‥対抗戦だと、半端だね」
揃ったメンバーに、裕貴が指折り数える。定員を遥かにオーバーした部屋は、賑やかだ。
「僕は‥‥避難しておくとか隠れるとか、だめですか」
「俺も、もっぱら見る方で」
微妙な表情の胡都が早速ドロップアウトを申告し、要もそれに続いた。
「それなら、私も応援に回りますね」
海音も、遠慮がちに辞退をし。
「神楽は頑張るよ!」
パジャマ姿の神楽は、嬉しそうにベットで跳ねている。
「言いだしっぺだからって、無理しなくていいからね」
椿の言葉に、神楽は「うん!」と元気よく頷く。
かくして、罰ゲームのかかった壮絶な(?)枕投げの火蓋が、切って落とされた。
「いきますっ」
両手で掴んだ枕を、シドが勢いをつけて放る。
軽く、くったりした枕は、力いっぱい投げてもなかなか思うスピードと方向に飛ばない。
「甘いね」
ぼふっと枕を受け止めた裕貴は、軽くシドへと投げ返すフェイントをかけて、神楽にそれを向ける。
「女の子でも、今は手加減しないよ!」
そこそこのスピードで投げられた枕を、神楽はさっと身を翻して避ける。
「猫獣人の身のこなしは、伊達じゃないもんっ」
「ナイス、神楽! で、スキありだ!」
標的を失った枕をすかさずレオンがキャッチして、ラリーへとブン投げた。
「レオン様、頑張って下さい!」
海音が、局地的な応援を飛ばす。
だが、回転しながら飛ぶ枕を、ラリーはがっちりと懐で受け止め。
「コレでも、趣味はサッカーでね」
そうして再び、白い物体が宙を舞う。
フリースローをはっしと受け止めた椿が、『標的』を探し。
「巽サン、覚悟ーっ!」
指名された巽は、
「まだまだだですね!」
巽は、投げ返そうと振りかぶり。
「いまだーっ!」
椿の扇動で、複数個の枕が彼を目指して飛ぶ。
「‥‥ふむ」
ナニカを閃いた司は、隣の巽にがっしと抱きつき。
「司‥‥っ!? わぶっ!」
ホールドされて身動きの取れなくなった巽は当然、集中砲火を浴びて二つのベットの間に轟沈する。
「何するんだーっ!」
「すまない‥‥避けさせようと思ったんだが」
「いいから、ちょっとどいて‥‥って」
司から逃れようとした巽が見たものは、防衛線のベッドを乗り越えて枕を振りかざす数名。
「ちょっ、タイムーーーっ!」
彼の叫びも虚しく、枕投げは枕叩きになっていた。
「楽しいね、日本のお泊りの風物詩って」
海音作の赤ワインゼリーを堪能しながら、ラリーは満足そうで。
隣では、裕貴が白ワインゼリーに舌鼓を打っている。
その後も散々枕を投げ合ったものの、椿が空腹を訴えて戦いは休戦と相成った。
「こっちは、ガトーショコラのバニラアイスがけです。甘いのがお嫌いでしたら、バニラアイスなしでどうぞ」
海音は、用意してきたケーキを紙皿に分け、配っている。
椿はと言えば、裕貴が彼専用夜食にと用意した抹茶のロールケーキに夢中だ。
「夜に食べて、太らないかな‥‥」
「いっぱい運動したから、大丈夫ですよ」
ちょっとカロリーを気にかける神楽を、シドが笑ってフォローした。
「そうだね。神楽も食べる!」
決意を固めた神楽は、いつもはできない『夜遊び』を楽しむ事に決める。
「で、結果は?」
漸く落ち着いたのをみて要が問えば、参加者達は顔を見合せ。
「一番ボコられてたのは、巽じゃねぇか?」
首を傾げるレオンに、ラリーも「そうだね」と同意する。
「司に足を引っ張られていたような気もするけど」
「いいです。男らしく、罰ゲームを受けますから」
ガトーショコラを一口食べて、巽が譲歩した。
「それで、何をやるんですか? 明日の買出しで荷物持ちとか、得体の知れない物体を食べろとか‥‥」
「まぁ、それは明日のお楽しみだな」
告げる司は、ご満悦であった。
●陽光を浴びて
スライダーからプールへ飛び込めば、青空の下で水飛沫が上がる。
ホテルに併設されたプールでは、水の中に入る、入らないはあれど、誰もが水と戯れていた。
「写真、撮りますよー」
海音の呼びかに、水を跳ねて遊ぶ者達は揃って笑顔をみせる。
デジカメのシャッターを切った海音は、プールサイドで寛いでいるメンバーにもレンズを向けた。
「いい天気だね‥‥日焼け対策をしておいて、よかった」
しみじみと、裕貴が手を翳して空を仰ぐ。
「火ぶくれにでもなったら、後が大変だしね」
意味ありげに、くっくとラリーが笑う。その従兄弟へ、裕貴は思い切り水を弾き飛ばした。
「うわっ。ヒロ、やったなーっ!」
泳いで逃げる裕貴を、ラリーもクロールで追いかける。
笑い声と水飛沫が、また上がった。
「賑やかだね」
デッキチェアへとやってきた川沢に、座っていた胡都が顔を上げて「はい」と笑顔で答える。
「佐伯さん達は?」
「ああ。もうすぐ、買い物が終わるって連絡があったよ」
巽や司、それに椿やシドを連れて、佐伯は車で夕食の具材を買いに行っていた。
「それで、レオンさんは佐伯とサーフィンで勝負するんだって?」
「そうみたいです。ボードも借りてくるって、言ってましたし」
当のレオンは、浮き輪を押したり引いたりして神楽と遊び、その様子を楽しげに海音がデジタルメモリに収める。
残る夏を惜しむように、設置されたスピーカーから流れるラテン系の音楽が、プールサイドを賑わせていた。
日暮れの満潮に向けて、潮が満ちてくる。
「適当に見繕ったんだが、合いそうか? ボード」
サーフボードにワックスを塗るレオンへ、佐伯が確認した。
「ああ。十分だぜ」
答えるレオンは、佐伯へワックスを投げて寄越す。
デッキにワックスを塗布し、十分にストレッチを済ませ、ボードが流れないようにする為のリーシュコードを足首につけた。
「絶対に負けねぇぜ!!」
振り返ったレオンは、海音へ手を振る。
そして波と潮の流れを相談しながら、ウェットスーツを着た二人は小脇にサーフボードを抱えてザブザブと海へ入っていった。
「サーフィンって‥‥どうやるんです?」
見送る海音が、川沢へと素朴な質問を投げる。
「んー‥‥まずボードに腹ばいになり、パドリング‥‥手で漕いで沖へ出て、いい波を待つ。
波がきたら今度は岸へパドリングして、追い付いた波でボードが滑り始めたら、一気にテイクオフ。立ち上がるんだ。
波を掴めたら、ターンして横に滑る。写真なんかで見るのは、ターンを繰り返してライディングするシーンだね」
「なるほど」
よく判らないながらも頷いて、海音は沖の二人へと視線を移す。
「川沢様は、サーフィンは?」
「佐伯に引っ張りまわされたけど、スポーツはあんまり‥‥ね」
「じゃあ、佐伯サンとレオンサンがサーフィンしている間、こっちは砂浜で浜遊びだね!」
話を聞いていた椿が、胸を張って宣言した。
「砂の城に、棒倒し‥‥スイカ割りも外せないヨネ! あとは磯遊びでカニやウミウシを見つけたり!」
「確かに、遠目に見てるだけじゃ、面白くないだろうね」
「うん! でも海は‥‥佐伯サンみたいカモ。川沢サンはネ、何となく滝+滝壷」
「どうせなら‥‥突き落とす方が、いいけど」
椿の例えに、川沢はくつくつと笑う。
「俺は、向こうで海釣りをしてくる」
「はい。気をつけて、いってらっしゃい」
片手に釣竿、もう片方にバケツを持った要は、砂浜の先にある岩場を目指し始めた。
「好きな波がきたら、先に行っていいぞ」
ボードに座る佐伯が、レオンに声をかける。一つの波に乗るのは、一人というルールがあるのだ。
「んじゃ、お先に!」
迫ってくる大きなうねりを見つけて、レオンは岸へとパドリングを始めた。
「あ‥‥レオン様が、こちらへ」
手で影を作って沖を見つめていた海音が、声をあげる。
テイクオフしたレオンは、白い波頭に押されるように小さなターンを繰り返す。
だがすぐに崩れる波に追い付かれ、ボードが海から飛び出すように宙に踊って、ワイプアウト−−波に巻き込まれた。
海音は思わず息を呑み、川沢に振り返る。
「大丈夫でしょうか」
「うん。波を越え損なっただけだし、潮の流れも緩いから。すぐに戻ってくるよ」
川沢の言う通り、ボードを抱えたレオンが水が滴る銀髪をかき上げ、砂浜へ上がった。
「あーっ。プルアウトする前に、急にブレイクしやがった」
「うん。崩れるのは早かったね‥‥お陰で、彼女が心配していたよ」
はたと気付いてレオンが視線を下ろせば、彼を見上げていた海音がぱっと頬を赤らめる。
「次は、もっとカッコいいトコ見せるぜ!」
「はい」
にっこりと微笑む海音。川沢が二人から沖へと視線を移せば、ライディングする佐伯のボートが波から完全に抜け切り、それから水柱が立つ。
「まぁ‥‥あれだね。試合に勝って、勝負に負けたようなものかな」
ボードに掴まりながら岸へと泳いでくる友人に、川沢は笑って呟いた。
太陽が、西に傾いた頃。
のんびりと神楽が吹くハーモニカの音色をBGMに、夕食の準備が始まった。
海風の当たらないテント付のバーベキュースペースで、買出し組が調達してきた食材をラリーと裕貴が下ごしらえし、シドと要が借りてきた二台のガスバーナー式レンジ台の火加減を確認している。
波と戯れていたレオンと佐伯も後片付けをし、着替える者は着替えに行き。
「食べられるサイズのものだけ、持って帰ってきた」と、要がそれなりの数のキスを土産に帰ってくる。
「大漁だね。これは、後でフライにしようか」
手際よく裕貴が旬の魚を捌き、下ごしらえをする。
野菜や魚介類、それに肉の焼けるいい匂いが漂い始めると、グリルを囲む者達の間にビールやジュースの缶が行き渡り。
「そんじゃあ、ひと夏の思い出に乾杯!」
「かんぱーい!」
「いっただっきまーす!」
佐伯の音頭に、各々の缶が一斉に掲げられ、打ち合わされた。
●バーベキューと花火と歌と
「そっちは焼けてるよ。こっち、まだだから」
てきぱきと、ラリーが鉄板の上の食材を仕切っている。
その隣では、裕貴が鉄コテを駆使してお好み焼きや焼きソバを焼いていた。
「屋台の出店みたいですね」
コテ捌きを見ながら、シドが漂う香ばしい匂いに目を細めれば。
「お好み焼きは豚肉とイカ、後は餅チーズ、牛スジ、コンニャク、キムチの五種類で、用意しているからね。マヨネーズは、お好みでどうぞ」
額に汗を浮かべる裕貴が、今日の『メニュー』を解説した。
「こういう形で外で食べると、また美味しいな」
ゆっくりと味わいながら、セーヴァも箸をすすめている。
「ラリーさんも、食べて下さいね。焼き係、交代しますから」
「うん。でも、この人数だから、集中してやらないとね。あと、せっかくの浴衣が汚れそうだし」
浴衣を着ながらも気遣う海音に、彼は愛想のいい笑みで答えた。
「食欲旺盛なのがいるから、喰いっぱぐれるぞ。ほら、『本職』に任せとけ」
手伝う佐伯に、ラリーは「どれが本職?」とくすくす笑う。
「裕貴さん、お代わりー!」
早速、椿が次のお好み焼きを要求していた。
「お菓子とデザートなら、椿さんに負けないくらい食べれそうなんですけどね」
少し残念そうに、胡都がトウモロコシを齧る。
「そういえば、司と巽は?」
姿が見えないのに気付いて、レオンが辺りを見回した。乾杯の時はいたのだが、二人揃って姿が見えない。
「罰ゲームの準備だって。浴衣で盆踊り、なのかな?」
新鮮なキスのフライに顔が綻んでいた浴衣姿の神楽−−着付けは海音である−−が、はてと首を傾げる。
その疑問は、五分もしないうちに明らかとなった。
「だから、これ! 女物じゃないか!」
艶やかな柄の浴衣を着た巽が、司を横目で見ながら現れ。
「可愛いぞ‥‥? 昔のままだな‥‥」
幼い頃の思い出を走馬灯の如く脳裏に駆け巡らせつつ、司は満足そうに笑う。
「よく、丈があったな」
要が感心したように呟き。
「とっても、お似合いですわ」
海音に純粋な賛辞を述べられて、巽は反射的にしゃなりとしなを作ってみせるが。
「古傷が痛むよ‥‥」
数秒後には、見事に凹んでいた。
「それじゃあ、余興に一曲」
一部に酒も入り、興がのってきた所で、『演奏会』が始まった。
まずは胡都と椿、司の三人が、クラシック・トリオを結成する。
司と椿はバイオリンで、胡都がフルートを担当して、バッハ「G線上のアリア」を演奏する。
緩やかに広がる旋律に、やっと食べる側に回った裕貴とラリーも食事の手を止めて、しばし聞き入っていた。
「は〜い。次は、『Etherea』再結成です♪」
少し酔ったのか楽しげに手を挙げて、海音が椿と司の間に進み出る。
代わりに胡都が席を外し、残る二人は明るい二重奏を奏で始めた。
すっと潮の香りの空気を吸い、伸びやかに優しい声で海音は唄う。
「 広い海の胸へ 太陽はそっといだかれて
互いに溶け合い 夜に落ちていく
零れた想いのかけらは星となり
闇のカーテンを美しく飾る
その星に願いを ひそやかに願いを
肩越しに伝わるあなたのぬくもりと
どうか海と太陽のように
このままそっと ひとつになれますように 」
「海音さんの歌、素敵ですよね」
熱心に耳を傾けるシドの隣で、「だな」とレオンも賛同する。
次は、食事を一端中断した裕貴とラリーが、揃ってギターをチューニングしていた。
軽くトップをノックして拍子を取り、息を合わせてミドルテンポのバラードを弾き、唄う。
親戚だというだけあって、二人の声質は比較的似ていて。
歌の合間にはフラメンコギター風に弦を操りながら、晩夏らしい一曲を披露した。
「そういえば、セーヴァさんは弾かないの?」
尋ねる神楽に、セーヴァはこくりと首を縦に振って答えた。
「たまには、離れた方が募るだろう‥‥恋心が。身近に当たり前にあり過ぎると見失う事もあるから、時には距離を置いたほうが良いんだ‥‥音楽の話だよ?」
「ふぅん‥‥そうなんだ‥‥?」
神楽にはまだ少し、難しかったかもしれない。
二人の後には、要が『way to go』という以前『Limelight』のマスカレード・ライブで演奏した曲を、ギター一本のアコースティックで演奏する。
「 遥かに続くこの道を僕は歩き続けた
一度も止まらず 後ろも見ずに
不安な事など何も無かった
迷う事も無かったし きっとこれからもそうだろう
だから僕は歌い続ける
風を掴み 虹を越え 心のままに
僕が僕である限り 僕のためのこの歌を
そして僕らは歌い続ける
僕のために 君のために そして未だ見ぬ明日のために
例え世界が壊れても 途切れる事のないこの歌を 」
コードを零れるようなアルペジオで落としながら、去り行く夏を惜しむような歌声が、夕焼けの消えた空へと吸い込まれていった。
「それじゃ、一番最後まで落とさなかった人が勝ちで! 線香花火生き残り競争だよ!」
微妙に地味な競技を、椿が提案する。
「じゃあ、勝者には椿用に用意していた、ブルーベリーとバニラのマーブルマフィンで」
「えぇ〜っ!」
椿は抗議するも、ラリーは聞き届けず、胡都は俄然燃えている。
「ホラホラ、皆一本ずつ持て。せーの。で、火を点けるんだぜ!」
レオンが手伝って川沢や佐伯にも線香花火を配り、蝋燭を囲んで火を点ける準備をする。
「じゃあ、せーの!」
椿の『号令』で、14本の線香花火が一斉に火を噴いた。
シュッと音を立てた後、チリチリと小さな火花を飛ばす赤く丸い玉が出来上がり。
「‥‥あ」
真っ先に、浴衣の袂を押さえて花火の様子を見ていた巽が、脱落した。
「何故落ちる‥‥」
愕然とぼやく巽に、思わず司が笑い出し。
「あ、しまった‥‥」
ぽとりと、赤い火の玉が地面に落ちた。
「線香花火を落とす名人の俺ならともかく、司が落とすとは」
「笑わせるからだ」
ふっと、溜め息をつく司。他のメンバーの花火は、まだ文字通り火花を散らしている。
それも短い間で、一つ二つと脱落し始めて。
最後に、海音の線香花火が落ちた。
「海音さんですか‥‥」
残念そうに、胡都が呟き。
「あの‥‥数があるなら、皆様で分けましょう」
海音は、彼女らしい解決策を提案した。
その後も様々な手持ち花火を楽しんで、バーベキューはお開きとなった。
「綺麗でしたね、花火」
「うん。またやりたいな」
巽とラリーがそんな会話をしながら、鉄板の後始末をしている。
二人だけでなく、全員で分担して使った紙皿や缶に、ゴミの集めなどをしていた。
「あ、佐伯さん」
ビニール袋を片手に、屈んでゴミを拾っていた佐伯を裕貴が呼び止めれば、彼は立ち上がって腰を軽く叩く。
「どうした?」
「この間のライブでの川沢さんの司会を、佐伯さんに報告しようと思って。ちょっとぎこちない感じが良かったよ」
声のトーンを落とし、こっそりとCD−ROMを差し出す裕貴に、佐伯はにんまりと笑い。
「あいつ、セールストークが下手なんだよなぁ‥‥ありがとさん。楽しく聞かせてもらうとするよ」
影でそんなやり取りがあったと知らぬ川沢は、一つクシャミをした。
●波の音へ思いを馳せて
静かになった海辺を、セーヴァはテラスから眺めていた。
時間が過ぎるのは早いもので、明日の午前中にはもうホテルを出なければならない。
針の様な月は西の水平線に沈みかけていて、波が寄せては返す音だけが繰り返されていた。
その風景を眺めながら、セーヴァは少し物悲しげなメロディを口ずさむ。
夜の空気には、僅かに秋の気配が漂っていた。
「綺麗な星空だな‥‥」
砂浜を歩きながら、レオンが天を仰ぐ。
「そうですね」
繋いだ手の暖かさに幸せを感じながら、海音は彼に続いて空を見上げる。
「‥‥でもさ。お前の方がもっと‥‥」
歩みを止め、顔を上げたまま言葉を切るレオン。人目を忍んで何度も練習したのだが、肝心な『本番』で次の言葉が出てこない。
そんな恋人の様子に微笑んで、彼女はそっと彼に寄り添った。
「レオン様。これからも、お傍に居させて下さいね」
「あ‥‥勿論だ!」
赤くなりながら、こくこくと何度も首を縦に振ると、レオンはニカッといつもの笑顔を見せ。
「こうやって、皆で遊びに行くのも楽しいけどさ。今度は海音と2人だけで、どっか行きたいぜ!」
「はい。連れて行って下さい」
柔らかな優しい笑顔で、海音は彼の誘いに答えた。