世界祝祭奇祭探訪録 11ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/28〜08/31

●本文

●何故にトマトは投げられるのか
 バレンシア地方にあるブニョルは、宿泊施設も数えるほどしかない、人口1万人ほどの小さな町である。
 だが、8月最後の水曜日。
 この清閑な町に人口の約4倍にも及ぶ人々が内外から集まる。
 目的は年に1日、しかも昼の12時から13時までの1時間だけ開かれる祭トマティーナに参加する事である。
 この日の為にブニョル市が用意するモノは、トラック6台分のトマト約130トン。
 130トンを越えるトマトが、たった1日の、しかも1時間の間にブニョル市庁舎前のシド通りにある1本の路地で投げ交わされ、人も建物も路地も、何もかもが赤く染め上げられるのだ。
 この壮絶な祭の起源には、諸説ある。
 昔々、ブニョルの広場を楽器を弾きながら歩いていた一人の男がいた。だがその演奏のあまりの下手さに、聞いていた者の1人が近くの八百屋に並んでいたトマトを投げつけたのという説。
 あるいは、1945年の8月。祭のパレード最中に、1人の男がつまずき。起きあがる際、他の者達と掴み合いの喧嘩となり、偶然にも近くにあったトマトを相手に投げつけた−−それをきっかけに、トマトの投げ合いが始まったという説。この説には後日談があり、この時は警官によって事態が収拾したものの、一年後の同じ日に同じメンバーが再び集まり、各々が持参した自分のトマトを投げ合ったという。
 市が認知した祭も、エスカレートする様相に過去二度に渡って祭の禁止令が出された。しかし祭の熱狂的支持者達は、「トマトの葬式を出す」という名目で、トマトを詰め込んだ棺を担いで葬列を作り、猛然と抗議を行ったという。
 市民の熱い要望と運動により、今では正式に祭も認可され、以前は人々が持ち寄ったトマトも、市の予算によって購入されている。

 トマティーナ自体のスケジュールは、次のようなものだ。
 当日は、朝9時から市庁舎前プエブロ広場で希望者に菓子パンを配布される。
 9時〜10時頃には、石鹸で濡らした1本の長い棒に登り、先端に括り付けられた景品(生ハム)を先に取った人が勝ちという競技『パロ・ハボン(石鹸棒)』が行われ。
 11時。トマティーナの『舞台』へ人々が集まり、住民達は窓からバケツで水をかける。
 12時にトマティーナ開始の花火が鳴り、13時に終了の花火が打ち上げられるまで、人々はトマトを投げ合う。
 祭の終了後、人々は近くの川へと身体を洗いに赴き、町のトマトはホースで洗い流される。
 そんな乱痴気騒ぎのようなトマティーナにも、5つの約束事が決められていた。

 1)瓶等の危険物は持ち込まない。
 2)故意に他人のTシャツを掴んで、破ってはいけない。
 3)投げる前にトマトを適度に潰しておく。
 4)トマトを運んでくるトラックに、十分注意する。
 5)開始と終了の合図を厳守し、時間外には1個のトマトも投げない。

 −−そして、今年もトマトが投げられる。

●『トマティーナ(トマト祭)』
「もったいないなーと思うんですけどね。そもそも、ブニョルはトマトの名産地という訳でもなく、わざわざ買ってるそうですから」
 言葉の内容と反比例して淡々と喋りながら、お馴染みのスタッフは番組資料を配る。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『トマティーナ』が第11回となる。
「今回の滞在先は、スペインのブニョルです。滞在期間は8月28日から31日までの4日。トマティーナ自体は30日に行われるそうですが、その前にもパエリヤ祭や、深夜2時に開催される小さな牛追い祭があったり、前夜から屋台や簡易遊園地が立つそうです。まぁ、トマティーニャは言わば『シメ』ですね」
 資料をくりながら、簡単に内容を説明する担当者。
「滞在先のアルバ家ですが、家族構成はご両親と21の息子キケさんに、16の娘パオラさんの四人家族。ご主人が市庁舎に勤めているという、公務員のお宅です。ああ、家の場所はトマティーナの『特等席』だそうですよ」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃え‥‥思い出したように、手を打った。
「参加する方は水中メガネと水着、破れてもいいTシャツを用意した方がいいそうですよ。女性の参加は‥‥服など破られても構わないなら、気合で頑張ってください、と。
 では、どうぞ良い旅を」

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa3846 Rickey(20歳・♂・犬)

●リプレイ本文

●夏の終わりに
 バレンシアから、近郊線で西へ約50分。
 小さな町ブニョルは、祭り前の独特の空気に包まれていた。
「祭や、祭。祭やで〜っ!」
 曲芸師の血か、ゼフィリア(fa2648)がずんずんと先頭を進んでいく。
「張り切って、迷子になるなよーっ!」
 小柄な少女の背中に、小塚透也(fa1797)が声をかけた。
「まぁ‥‥アレだ。いざとなったら、Cardinalのダンナの頭のテッペンに旗でも立てれば、いい目印に‥‥」
 佐渡川ススム(fa3134)が横目でCardinal(fa2010)を見れば、約24cm上から視線が返ってきた。
「ナリマセンカ? ナリマセンヨネ」
「Cardinalさんなら旗を立てなくても、結構目立つと思うわ」
 二人の後ろを歩くエルヴィア(fa0095)が、くすくす笑う。
「自分でも、トマティーナでは的になるだろうと思っている」
 答えるネイティヴ・アメリカンの大男に、難を逃れそうだと一瞬考えたススムだが。
 パキパキと関節を鳴らすゴツい手に、微妙な不安を覚えたりもする。
「お祭だけど、まだ混雑って程でもないね」
 いつもの様にクマのぬいぐるみが顔を出したリュックを背負うセシル・ファーレ(fa3728)は、来た道と行く道を見比べる。
「宿泊施設もあまりない、小さな町ですから‥‥トマティーナ当日に、賑わうのでしょうね」
「そういえば、キミは参加しないんだって? トマティーナに」
 町並みを眺める御堂 葵(fa2141)に、Rickey(fa3846)が首を傾げた。
「はい。その‥‥折角ですから、アルバ家の皆さんと観戦していようかと。汚れて大変そうですし、お風呂の準備でもしています」
「もしかして、三つ指ついて待っててくれるとか!?」
 何故か目を輝かせるススムを、「つきません」と一蹴する葵。
「てか、なんで三つ指なんだよ」
 呆れ顔の透也に、ススムがぐっと拳を握り。
「愚問です、透也君。玄関で三つ指ついて出迎えてくれた女性に、「お帰りなさい。お風呂にしますか?」と微笑まれるのは、日本男児が一生に一度は夢見る夢っ!」
「あー、アルバさん家って、この辺だっけ」
 力説するススムを置いて、先を急ぐ透也。
「ちょ‥‥ツッコミ入れるかボケてくれないと、間がっ、間がぁぁっ!」
 一連のやり取りを眺めていた葵はエルヴィアと顔を見合わせ、笑いながら後に続いた。

●トマティーナの『特等席』
 滞在先のアルバ家は、シド通りの一角にあった。
 シド通りとは、件のトマティーナが行われる『会場』でもある。
「遠いところを、いらっしゃい! 狭い家だけど、我が家と思って寛いでちょうだいね。パオラ、お客さんよっ!」
 一行を出迎えた陽気なアルバ夫人は、彫りの深い顔立ちをした中肉中背の女性で。続いて姿を見せた娘は、母親譲りの緩くウェーブした黒髪が印象的な少女だった。
「お父さんとお兄ちゃん、夜には帰ってくるから、先に部屋へ案内するね」
 パオラは一行の荷物の一つを持つと、先に階段を上がっていった。

 夜になり、息子のキケに続いて主人のアルバ氏が帰ってくれば、賑やかに夕食が始まった。
 魚介のスープに、ソーセージ「ブティファラ」とレンズ豆の炒め物が添えられた皿。ブティファラにはクルダ(白ソーセージ)とネグラ(黒ソーセージ)があり、ネグラは豚の血が入っている為に黒いのだという。
 スライスしたパンにトマトを擦りつけたパントマッカ、茄子やピーマンなどの野菜を焼いて皮を剥いたエスカリバダに、ジャガイモと玉ねぎを入れた大きなスペインオムレツなど、スペインの家庭料理がずらりと食卓を飾っている。
「たいした物はないけど、お腹いっぱい食べてね」
 スペインオムレツを取り分ける夫人に、透也は会釈をして皿を受け取った。
「トマティーナもすっかり有名になって、毎年テレビの取材もくるんだ。地元のテレビ局はもちろん、海外からも‥‥日本からもね」
 市庁舎勤めのアルバ氏は、スペインワインのグラスを傾けながら明後日のトマティーナについて語る。祭の準備で忙しいという主へ、おもむろにススムが尋ねる。
「トマティーナの舞台裏って、見せてもらう事はできます?」
「ああ、構わないよ。カメラは皆、トマト塗れを面白がって撮るケースが多いけどね」
「その前に、トマティーナに備えた準備を手伝って貰えるかしら。手が多いと、すぐに終わると思うの」
 夫人の頼みに、誰もが「勿論」と首を縦に振った。

 そして、翌日。
「これ、下の方はテープか何かで固定した方がよくないです?」
「梯子を借りて、軒下で一度止めた方がいいかもしれないな」
 大きな透明のビニールシートを手に、一同はああだこうだと相談していた。
 シド通りに面していた二、三階建ての家々では、同じように窓やベランダにビニール製のシートや網が張られている。
「これって、もしかして‥‥?」
 見上げるセシルに、キケが「ああ」と頷く。
「トマト避け。こうしておかないと、窓ガラスが割られる危険があるし、家の中やベランダがトマト塗れになるからな」
「‥‥割れるんだ。窓ガラス」
 嫌な予感がして、建物を見上げるRickey。潰れていないトマトが思い切り投げられれば、そういう事もあるのだろう。
「今年は「お客さん」が来てくれたお陰で、母さんも喜んでるよ。毎年、俺と母さんとパオラでやってたからな」
「そっか。お父はん、仕事でのトマティーナの準備で忙しいんやな‥‥そら、大変やわ」
 ゼフィリアも、ビニールの端を押さえたりして協力しつつ、しみじみと呟いた。
 アルバ家の人々も加えて10人という人手で作業を行えば、さほど時間もかからずビニール張りは終了し。
「それじゃあ、気をつけて行っておいで」
 夫人の笑顔に見送られて、前夜祭に参加するメンバーは広場へと出かけた。

●前夜祭
 広場ではあちこちにテントが張られ、火にかけられた大きなパエリヤ鍋が香ばしい匂いを漂わせていった。
 既に出来上がってパエリヤが配られる鍋もあれば、これから取り掛かるという鍋もある。
 ギターやアコーディオンが陽気な音楽を奏でて、その一角で曲芸を披露する大道芸人を見つけたゼフィリアが、早速飛び込みに走っていく。
 田舎の素朴な風合いの祭に、一行はその空気を楽しんでいた。
「パエリヤって、確か混ぜないんだよな。だから、おこげが出来て美味いって聞いた事があるんだが‥‥」
 パエリヤの鍋に興味津々な透也に、葵がくすりと笑い。
「う‥‥いま笑ったか、葵!?」
「はい。あまりにも、楽しそうなので」
 葵の隣で、ススムがにんまりと笑う。
「この、食いしん坊っ」
「うるせーっ!」
「トーヤと佐渡ちゃんって、何だかいいコンビって感じですね」
「コンビ‥‥確かにね」
 セシルの率直な感想にRickeyも納得した様子を見せて、約一名が猛反発したのは言うまでもない。

 深夜の通りには、家と家の間に渡したささやかな電飾が点っている。
 道の両脇に木の柵が渡された路地では、人々が集まり、奇妙な緊張感に包まれていた。
「それで、牛追いと言うのはやはり‥‥暗がりから、牛を狙って捕まえた者が勝つとかいうものなのか?」
 群集と共に路地で控えるCardinalの問いに、柵に腰掛けたエルヴィアが一瞬驚いたような表情をする。
「残念ながら、違うみたいね‥‥むしろ、『人が牛に追われる』んじゃないかしら」
「追われる方なのか」
 予想外だったのか、真剣な表情で考え込むCardinal。そんな彼に「でも」とエルヴィアは言葉を続けた。
「Cardinalさんなら、逆に牛が怯んで逃げるかもしれないわね」
「それは‥‥牛追いにならないのではないか?」
 そんな会話の間にも、牛が放たれたのか通りの先から歓声が上がり。
 人々に合わせて走り出すCardinalを、エルヴィアは手を振って応援する。
 逃げる集団を追い、現れたのは二頭の雄牛。
 牛は、あっという間にエルヴィアの目の前を通り過ぎ、男達を追っていく。
 さすがに人の姿では牛の速度にかなう筈もなく、Cardinalは身軽に柵に上って牛の突進をやり過ごし。
 見物人は彼の肩や背中を叩いて、牛の前を走った『勇気』を褒め称えた。

●朝からお祭気分
「オラ! オラ!」と囃す声が、通りに響く。
 陽光を示すようにシド通りに突き立った『パロ・ハボン』には、人々が群がっていた。
『石鹸棒』の名の通り、石鹸で濡らした棒は滑りやすく、更にしなる。腕力だけでは、自重でずるずると落ちていくのだ。
 挑戦したメンバーのうち既に、CardinalとRickeyが『パロ・ハボン』の前に惜しくも敗れ去り。
「‥‥猿対決だな」
 ゼフィリアとススムを前に、ぼそりと透也が呟いた。
「猿言うなっ!」
「まぁ‥‥猿やけどな」
 ススムの主張に、ゼフィリアが冷静な一言を放つ。
「二人とも、頑張ってね。『パロ・ハボン』の勝者が決まらないと、『トマティーナ』も始まらないから、ギャラリーもテンションが高いわよ」
 エルヴィアが二人を励まし、そそり立つ棒へと送り出した。

「曲芸師の意地にかけて、負けられへんで」
 軽く呼吸を整えたゼフィリアは、勢いよく助走をつけて棒へと飛びつく。
 順調にするすると登って行く少女に、やんやと喝采が上がり、ギャラリーが水を掛け合う。
 高さは、だいたい4〜5m程度。棒の太さは、一抱え程もない。
 天辺にぶら下がった生ハムを目指して、ひたすら登っていたゼフィリアであったが。
「あかん、滑る〜っ!」
 下の方はかなり石鹸も落ちてきていたが、上部の乾いた石鹸が水気を帯びた手足でまた濡れて滑り。
 体重の軽さも災いして、ほぼ直立の棒を登っていたゼフィリアは、ずるずると滑り落ちた。

「今こそ、日々のプロレス(ごっこ)で鍛え上げた、この体力を披露する時!」
 目の前でライバルの脱落を眼にしたススムは、晴れの舞台に燃えていた。
「あ〜、適当に気張ってや〜」
 やる気のないゼフィリアの応援にもメゲず、彼は素手と裸足になり。
「とーぅっ!」
 ワシワシと、『パロ・ハボン』を登る。
 頂上に迫るほどに体重でしなる棒にも、ぶら下がるようにして果敢に前進を続け。
 石鹸まみれの手で生ハムを掴むと、歓声が上がる。
「やっぱり‥‥『餌』のかかったお猿さんは、凄いですね‥‥」
 アルバ家の窓から見物していたセシルが、どこぞの動物番組でも見たような褒め言葉を口にした。
「あの、いいんですか?」
「勿論。葵も遠慮なく、バシャーッとやっちゃって!」
 満面の笑顔で夫人が差し出すのは、水を満たしたバケツ。
 それを受け取った葵は、おもむろにビニールで覆っていない三階の窓から外へと水を撒く。
 通りにひしめき合う群集は水を浴びた途端、謎のテンションの高さで雄叫びを上げた。
『パロ・ハボン』の勝者を得た群衆は、「トマテ! トマテ!」と叫びながら噴水の水を掛け合い、町の人々は葵の様に窓からバケツで水を群集にぶちまけている。
 トマトを待ちかねた者達は濡れたTシャツを脱いで結んで、互いに投げ合い始め。
 異様な熱気に包まれて、時間は正午を迎えようとしていた。

●『トマティーナ』
 腹に響くような花火の音が、12時を告げた。
 やがてシド通りの奥から、二台のトラックがやってくる。
 荷台に乗った人々が積んだ赤い山−−トマトを掴み、路地へと放り投げる。
 ある程度進むと、トラックは荷台を傾けた。
 路地一面に転がり出る赤いトマトを、人々は我先にと拾い。
 そして、次々とぶつけ始める。
 トラックが通り過ぎた後には、壮絶な赤い世界が広がっていた。

 参戦したメンバーの中では、集中砲火を浴びているのは二人程いた。
 一人は言わずもがな、長躯で目立つCardinal。
 もう一人は、美味しい所を持っていったススムだ。
「『パロ・ハボン』、優勝おめでとうやで!」
 祝いの言葉と共に、ゼフィリアがトマトを力いっぱい投げ放つ−−ススムの顔面に向けて。
「ぶぁっ‥‥!」
「ススムの祝賀会だね」
 笑いながら、Rickeyが次々とトマトを潰しては勝者へ投げた。
「思いっきり投げないで下さいっ、潰れてても痛いっ!!」
「やぁ、おめでとう。佐渡ちゃん」
 トマト塗れの手で、ぐりぐりとススムの髪を撫でる透也。
「気持ちわるっ! つーか、青くさっ!」
「髪のトマト染めかしら。斬新ね」
 笑うエルヴィアは、油断していると麦わら帽子を掴む者が絶えないため、群集の中心を避けていた。
「おねーさんも、一つどうですかーっ!」
 負けじと両手にトマトを掴んだススムが、エルヴィアへと突進すれば。
 横合いから二連三連と投げられた剛速球トマトに、ぶっ飛んだ。
「ああ‥‥すまない。手が滑った」
 申し訳なさそうに謝罪するCardinalは、両手に二個ずつトマトを拾うと、握り潰しては適当に群集へと投げている。
 どうやら、ススムが射線に飛び出したのだろう。
 そのうち、標的は『目の前の相手』から『とにかく誰でも』に変化して。
 何も知らずにカメラを手にした観光客や、まだ『赤く染まっていない者』が狙われる。
 −−途中で乱入したセシルも例に漏れず、トマトシャワーの洗礼を受け。
 濡れて掴み合ったシャツはボロボロに破れて、終盤には用を成さなくなり。
 踝まで浸かりそうな赤い川が出来上がった頃、二度目の花火が狂乱の祭の終焉を告げた。

「身体中が、トマト臭い‥‥」
 見事に全身、赤く染まったセシルがぼやく。
 苦笑しながら葵がホースで頭から水を掛けると、トマトの皮やタネがズルズルと流れ落ちた。
「怪奇、トマト人間ってとこだな」
 やはり赤い顔でキケがげらげらと笑い、Rickeyとバケツの水を掛け合っている。
 通りには消防車が出て、壁や路面にこびり付いたトマトを洗い流す。
 そして約2時間後、町は祭などなかったような顔をしていた。