遠くに在りて思う我が家ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや易
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報酬 |
1.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
09/07〜09/11
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●本文
●フィンランド、イナリ近郊
ごぅごぅと、白樺の木を揺らして風が鳴っていた。
全てが木で作られたログハウスの前に立った中年の男は、まだ青い下草を踏んで家の裏手に回る。
ばたんばたんと、何かが激しく打つ音が聞こえた。
家の裏側に出た男は、そのまま呆然と立ち尽くす。
壊された窓や壁は、応急修理として補強材の木板が何枚も打ち付けられていた。
だがそれも、半年の月日と風雨で痛みかかっている。
外れた木の板が、残った釘でぶらぶらとぶら下がり、風が吹けば煩く木の壁を叩いた。
「こりゃあ‥‥」
まずいな。と、男が呟く。
雪が降り始めると、手が付けられなくなる。そして長い冬の間に、家の痛みはもっと激しくなる。
ここからではイナリ村が一番近いが、今は誰も住んでいない家を修復する者はいないのだろう。
「かといって、放って置くのもな‥‥」
修復さえすれば、まだ住める家。
『持ち主』には手放しがたく、それにこれ程に辺鄙な場所では買い手もつかないだろう。
ならば、心の拠り所として。
平穏を保つ『帰る場所』としての家として、何とかできないだろうかと。
イルマタル・アールトが去年まで住んでいた家を前にして、彼女のマネージャーは唸った。
●平々凡々な仕事
「え‥‥家を、修理するんですか!?」
マネージャーから話を聞いたイルマタルは、素っ頓狂な声をあげた。
「そうそう。確かに、あの場所ぁ辛い所かも知れん。だが、だからといって朽ちさせていくのも、家が可哀想じゃあねぇかってな」
「でも‥‥あまり、帰れませんし。イナリまで、遠いですし‥‥お金もそんなに、ありませんし」
ないない尽くしを数え上げるイルマタルの額を、ビシッとマネージャーが指で弾く。
「はぅっ。痛いですよぅ」
「壊れてるのは、窓や壁が何箇所か。補強材は打ってはいるがあくまでも応急処置で、冬が来やがると修理は無理。だから、今の間に何とかしようってな話じゃねぇか」
「わ、判りますけど。でも‥‥」
「壊れた壁板を全部バラして、新しいの組んで、窓枠入れて、窓はめて。簡単じゃねぇか」
「簡単じゃないですよぅ」
ぎろりとマネージャーに睨まれ、慌ててイルマタアルは額を両手で隠す。
「材料費も、人手もかかります。住まない家に、そんな‥‥」
「あそこは、お前がちっせぇ時からじーさんと住んでたんだろ。ずっと」
口をつぐむ少女に、中年男はぽんぽんと頭に手をのせ。
「職人とか材料とかは手配済みで、もう向こうで作業に入ってっから。だから、アレだ。友達でも呼んで、手伝ってもらえ。まぁ、女手だときついが」
「友達‥‥」
ぽそりと漏らす呟きに、マネージャーはやれやれと頭を掻き。
「なんだ。お前、友達いねぇのか」
イルマタルはまた、言葉に詰まった。
●リプレイ本文
●白樺の森へ
下草の茂る白樺の森で、轍を頼りに車やバイクが進む。
先頭はRVのグジェロ。そして軽自動車i−Gと、小型バイクのKDDX250が続いていた。
「あの時も‥‥」
ぽつりと呟く声に、御堂 葵(fa2141)が隣に座ったイルマタル・アールトを見やる。
「どうかしました?」
「いえ。あの時も、同じ車、でしたね」
はにかむ様な小さな笑みを向けるイルマタルの髪を、葵は優しく撫でた。
「辺鄙な場所に、冬は雪で大変そうだが‥‥緑と湖が美しい所だな。フィンランドも、新婚旅行の候補地の一つに入れるか」
助手席の鳥羽京一郎(fa0443)が声をかければ、彼からは見えないながらも少女はこっくりと頷く。
「はい。今の時期の森はベリー類が沢山採れて、美味しいですよ‥‥って、恋人さんとか、いるんですか?」
「ああ。日本に置いてきたがな」
「ケーイチローは格好いいですから‥‥恋人さんも綺麗な方なんでしょうね」
「‥‥そうだな」
一直線なイルマタルの想像に、京一郎はくっくと笑う。
「しかし、辺鄙な場所ってのは否定しないのか」
「え‥‥でも実際、辺鄙ですし」
「認めちゃうのね」
楽しげに笑うアイリーン(fa1814)は、ふっと声のトーンを落とす。
「それにしても‥‥イルマ?」
「はい‥‥って、はぅっ」
振り向いたイルマタルの額へ、ビシッとアイリーンがデコピンを放った。
「マネージャーさんから聞いたわよ。友達は居ないのかって聞かれて、答えられなかったらしいじゃない」
「あ‥‥はぃ」
「そりゃあ仕事で会った程度だけど、私たちって仕事以外じゃ知り合うチャンスもなかったんだし‥‥良いんじゃない? 次から、友達なら居ますって答えても‥‥ね?」
「でも、いいんですか? 勝手に「友達です」って言っちゃって」
おずおずと尋ねるイルマは、アイリーンが再び手を上げると身を竦め。
「勝手に言っちゃっていいわよ。友達でなきゃ、こんな辺鄙な場所までこないわよ」
笑顔のアイリーンは、わしゃわしゃとイルマタルの髪を撫でる。
ルームミラー越しにやり取りを見ていたシャノー・アヴェリン(fa1412)は、前方に注意を戻す。
やがて前方に見覚えのある家と、数台の車が見えてきた。
●9ヶ月ぶりの
「着いたーっ!」
軽の後部座席から『這い出した』小塚透也(fa1797)は、車外に出ると大きく伸びをした。
「お疲れさま‥‥でした‥‥」
KDDX250で追走してきた湯ノ花 ゆくる(fa0640)が、運転席へと頭を下げる。窮屈そうに運転席から降りたCardinal(fa2010)は、「大丈夫だ」と返礼した。
「レッドくらい大きいと、車がやけに小さくみえるよな‥‥軽だから特に」
透也の主張に、稲森・梢(fa1435)がくすくすと笑う。それから彼女は、解体中の家を改めて見やった。
「これは‥‥女手だと、逆に邪魔になりそうね。食事や掃除の細かいお手伝いに回った方がいいかしら」
「そうだな。つっても、男手も‥‥アレだが」
呟く梢の隣で苦笑する透也は、高速で接近する物体‥‥もとい、駆け寄ってくる人影に気付き。
「あ‥‥」
声をかける間もなく、ソレは脇を通り過ぎる。
「イルマちゃ〜んっ!!」
「は‥‥ひぁ!?」
どむんっと『激突』されるものの、イルマは何とか相手を受け止め。
「じゃなかった。イルマ、久し振り〜っ。手伝いにきたよ!」
イルマに飛び付いたベスを、駆け寄った梢が慌ててめりめりと引き剥がした。
「こらっ! はしゃいで飛び付いたりしないのっ。ごめんね、妹分が迷惑をかけて」
「いえ‥‥ベスは元気そうで、よかったです」
「一日だけしか居れないのが、残念だけどね。でも、今度は泊まりに来るから!」
「なら、先に記念撮影をしたらどうだ。家が完成してからでは、彼女が帰った後だろう。魂のレフ板もあるから、俺がレフ持ちでも構わない」
Cardinalの提案に、ゆくるも首を縦に振って賛同する。
「材料があるなら‥‥皆さんと一緒に‥‥テーブルや椅子を‥‥作るのも‥‥。不恰好でも‥‥思い出の品になります‥‥でも、今は‥‥」
ドコからともなく、スチャッとゆくるはメロンパンを取り出す。
「ああ。俺、メロンパンはダメなんでな」
勧められる前に断る京一郎を、ゆくるはじーっと凝視し。
「焼きそばパンも‥‥ありますが‥‥」
「‥‥」
微妙な沈黙が、辺りを支配した。
「それでは‥‥いきます‥‥」
露光とピントを確認し、シャノーはシャッターを切る。
短い駆動音の後、アイリーンが『裏方』の二人を手招きした。
「折角だから、Cardinalも一緒に入ろうよ。シャノーも、ほら!」
賑やかに位置が決められ、シャノーはタイマーをセットして。
今度は揃って並ぶ10人を、カメラはフィルムへと焼き付けた。
●日曜大工は楽しく?
クレーンで吊られた木材が、ジャッキアップした組み木の間に差し込まれ、木槌で打たれて押し込まれた。一本が終わると、その上に次の木材が積まれ、木材同士はホゾとホゾ穴で互いにがっちりと連結する。
そうして木を積み上げていけば、窓のない木の壁が出来上がった。
「匠に、質問です‥‥壁には‥‥断熱材など、入れないのですか‥‥?」
カメラを回しながら問うシャノーへ、獣人の職人が出来上がった木の壁をばんばんと叩く。
「こうやってカッチリと組んどけば、後は木が自分で呼吸してくれる。極寒でも、中の部屋の暖かさをしっかり保ってくれるのさ」
「さすが‥‥『寒冷住宅のエキスパート』‥‥なかなかやりますね‥‥」
「なんだそりゃあ」
微妙な感心の仕方をするシャノーに続いて、木屑をホウキで集めていた透也が出来上がった壁を見上げた。
「窓は、どうするんだ?」
積んだ木の壁には、窓を取り付ける穴がない。すると、職人は鉄定規とノコギリを取り出した。
「開けるのさ。こいつで」
「うわ。強引」
「‥‥さすがは、『イナリのカリスマリフォーマー』ですね‥‥」
「だから、なんだ。そのカリカリフォーマーってのは」
聞こえる会話に笑いながら、葵は家の壁に手を滑らせる。
「木の家は‥‥ほっとしますね」
「日本も、木で作るんですよね?」
尋ねるイルマタルに、葵は「はい」と頷く。
「木と漆喰と、土で。今は、鉄筋コンクリートの家が多いですけどね」
「そうなんですか。フィンランドの家は‥‥手をかければ、200年は住めますから」
葵と同じように壁に手を当て、イルマタルは目を伏せた。
「なら、家も喜んで帰りを待つだろう。帰る場所が在る‥‥というのは、良いものだぞ? そこに、辛い記憶があってもな。殆ど帰らなくても、それが在るというだけで気持ちが安らぐ‥‥というか、な」
イルマタルが顔を上げれば、傍らに梯子を置いた京一郎が、彼女の頭をわしわしと撫でる。
「もっとも‥‥そんな俺は、帰る場所であるヤツに、何ヶ月も会えていない訳だが」
どこか不機嫌そうな口調に、イルマタルは少し考え込んだ。
「フィンランドでは、バランスを大事にするんです。でも、どうしてもバランスが崩れてしまう時は‥‥人に悩みを聞いてもらったり、音楽に心を委ねたりするんです」
小首を傾げる様にして、イルマタルはじーっと京一郎を見。
「じゃあ、カンテレを聞くのはどうかしら。是非、聞いてみたいのよね」
梢のリクエストに、振り返ったイルマタルが困惑した表情を浮かべた。
「私‥‥そんなに上手くないですよ?」
「いいの。イルマのカンテレが聞きたいのよ。そうね‥‥家が完成した時にでも。ね?」
梢の提案に少女は再び京一郎を見上げ、次に葵が頷くのを見てから遠慮がちに髪を揺らして承諾する。
「さて。少し休憩して、お茶にしませんか? 日本の羊羹を持ってきました。疲れた時には、甘いものがいいんですよ」
にこやかに葵が提案し、梢や京一郎も賛成した。
「イルマさん、甘いの大丈夫ですよね」
「あ、はい。ご馳走になります」
歓談しながら、四人は他のメンバーにも休憩を伝えに向かう。
そんな光景へ、シャノーはずっとカメラを向けていた。
「窓といえば、カーテンよね」
そう言って、アイリーンは古いカーテンとイナリで見繕ってきた布を重ねて、針を動かしていた。釘打ちでもできればと考えていたのだが、組み木式の家では釘を使う機会も少ない。
「器用だな‥‥」
取り付ける窓枠を持ってきたCardinalが、興味深げにアイリーンの手元を眺めていた。
「ふふん、マルチタレントを目指す私は色々な顔を持ってるのよ」
傍らにカーテンレールも用意されている所を見ると、取り付けから頑張るつもりらしい。
「そうか。そろそろ肝心の窓を開けるから、部屋を移動した方がいいぞ。木屑で汚れるだろうしな」
「そうね。気付かなかったわ、ありがとう」
礼を告げて立ち上がり、布を抱えて部屋を出るアイリーンをCardinalはじっと見送っていたが、外からごんごんと壁を叩かれる。
「あの‥‥作業の方は‥‥よろしい‥‥でしょうか‥‥」
まだ空が見える天井から翼を広げて聞くゆくるへ、彼は「やってくれ」と短く答えた。
ノコギリで窓を開け、二重の窓を嵌め込む。
取り付けたカーテンレールへ、出来上がったカーテンを吊るせば、部屋は柔らかい秋の光に包まれた。
「皆さん、刷毛の準備はいいかしら? では、始めるわよ!」
梢の合図で、職人達も集まった者達も一斉に刷毛で塗料を木に塗り始めた。
鮮明な赤ではなく、ワインレッドに近いスカンジナビアレッドで、外観を仕上げていく。
屋根は黒に近いグレー。建具まわりは白−−それが、フィンランドによくある家のカラーだった。
「ペンキ、飛ばさないようにね」
「乾いてないうちから、触らないようにな」
「‥‥上の方‥‥飛んで、塗りましょうか‥‥?」
賑やかに騒ぐメンバーの中には、もちろんイルマタルも混ざっている。
器用不器用を問わず、彼ら彼女らは素朴な木の肌を鮮やかに塗り変えていく。
さながら、辛い思い出へ楽しい新たな思い出を、塗り重ねるように。
やがて木の風合いと鮮やかな色は、数年を経て味わいのある家となるのだ。
「これは、お祝いに。魔除けみたいな感じでね」
最後の仕上げだと笑って、梢は玄関へ『獣の石像』を置いた。
●完成祝い
「‥‥なんということでしょう‥‥手作りのカーテンが‥‥風を演出して、結構キレイです‥‥。匠達の手で‥‥家は、蘇ったのです‥‥」
微妙に誇張した語りで締め括ったシャノーは、ビデオを止めるとデータをイルマへ差し出した。
「あの?」
「記念‥‥です‥‥。では‥‥完成記念写真を‥‥撮りますので‥‥」
修復を終えた家を背にして、再び彼女はカメラのシャッターを切った。
「さぁて。出来たわよ〜! イルマ、キッチンを貸してくれて、ありがとう」
「いえ‥‥古くて、使い辛くありませんでした?」
「イルマが手伝ってくれたから、大丈夫だったわよ。さぁ、冷めないうちに、どうぞ」
新しく作られた二つのテーブル−−片方は、一行が初日に作った物である−−へ、皿や鍋が次々と並べられる。
メインは、アイリーンが作ったサーモンのシチューに、ライ麦パンを使ったサーモンサンド。ニシンの酢漬けに、デザートのベリーのキーセリなど。
「俺が料理をすると、大変な事になるからな。代わりに、ウィスキーを持ってきた」
京一郎が琥珀色のボトルを取り出し、飲まない者達には透也が紅茶を淹れる。
「コッチの方で、ナツメグやカルダモンと一緒に淹れる紅茶があるだろ。あれを、濃い目のミルクティーにして飲むのが好きなんだ、俺」
「‥‥では‥‥私は‥‥メロンパンを‥‥」
「幾つ持ってきたんだ‥‥あんた」
料理が並び、グラスやカップが行き渡ると、イナリと家を往復する日々を終えた職人達も招いた、家の完成祝いのパーティが始まった。
「フィンランドの酒にも、興味があるんだが」
ウィスキーを勧めながら京一郎が問えば、地元の職人達は楽しげに酒談義を始める。
「葡萄のワインってのはないんだが、ベリーワインも負けないくらい美味いな」
「あとは、サウナの後のロングジン。アレを一本、カーッと飲むんだ。グレープフルーツ風味、甘いカクテルみたいなモンなんだが、コレが美味くてなぁ」
盛り上がる会話に、笑い声。
「また、オーロラを見に来たいわね‥‥今度は、この家に泊まりでね♪」
ウィンクするアイリーンに、イルマは微笑んだ。
「そうですね。何にもない所ですから、よく見えますから‥‥」
「いいじゃない。素敵なロケーションで」
「‥‥モノは‥‥言いよう‥‥なのです‥‥」
少女達は、美味しい料理を挟んで談笑している。
「あの‥‥悲しい事件から、数ヶ月‥‥イルマの表情は、大分‥‥変わりましたね‥‥」
カメラを止めたシャノーが、不意に呟いた。
「‥‥そうだな」
深く息を吐いて、透也が答える。
見回す部屋は、12月の暗く冷たい死の闇とは見違えるような、柔らかい光と雰囲気に包まれていた。
「せめて‥‥見守りたい‥‥です」
彼女はまだ若いし、何よりも心配してくれる者達がいる。哀しい記憶から、NWへの恨みだけを頼りに生きる事とならないよう−−楽しいこと、夢中になれるものを見つけてくれますようにと。
シャノーは、胸の内でそう願う。
「‥‥俺も口が悪いし、かける言葉を思いつかないけど。とりあえず、少しづつやってく事だよな‥‥少しづつ、少しづつ」
透也の言葉に、彼女は小さく頷いた。
「イルマ。約束のカンテレを、聞かせてもらえるかしら」
「あ‥‥はい!」
緊張した‥‥しかし明るい返事で梢に応え、イルマタルは素朴な楽器を手にする。
穏やかな木漏れ日のような音が、広がっていった。