幻想寓話〜ローレライヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/19〜11/23
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●本文
●ファンタジー映画と郭公の関係
「何故‥‥アメリカばかりに流れていってしまうのか」
ディスプレイを睨みながら、青年はキリキリと爪を噛んだ。
画面のネットニュースによれば、英国作家の幻想小説がアメリカの映画会社によって映画化されるという。古典的幻想文学も、あろう事か欧州の国民的英雄伝説すらも、アメリカによって映像化されている。
「そりゃあ、ハリウッドは大衆娯楽を作る事にも売る事にも長けてるからね。イギリス人だけど、アメリカで映画作ってる人も多いし」
午後のティータイムを楽しむフィルゲン・バッハは、静かにカップを口へ運ぶ。相方レオン・ローズの「発作」は、昨日今日始まったものではない。
「だが、このままでは勇猛なるドラゴンも小憎らしい妖精も偉大な魔術師も、全てアメリカへ移住してしまう!」
まぁ、フィルゲンとしても彼の意見には反対ではない。
だから、この紳士的国民性から外れたイギリス人と一緒に仕事をしている訳だし。
「我々の手で映画を作るのだ、フィルゲン君。今はショートフィルムでも構わない。幸い、欧州連合にはまだ幻想世界の住人が多く生息している。今こそ、彼らを守る時ではないか。日本から、小さくとも後に世界を揺るがす『カイジュー』が誕生したように!」
「だから結局、君は単なるファンタジー・オタ‥‥」
「言うなー!」
小さな映像制作会社の監督レオン・ローズと、脚本家フィルゲン・バッハ。共に28歳。まだまだ若い二人であった。
●幻想寓話〜ローレライ
『ライン河の畔にすまう、妖精ローレライ。彼女の美しい歌声に聞きほれる船乗り達は操船を忘れ、船は岩礁に激突、難破してしまう。
ある時、とある小国の王子がローレライの歌に魅了され、恋焦がれるあまりに川に入って溺死してしまった。父王は怒り狂い、兵を率いてローレライを追い詰める。
ローレライが父なるライン河に助けを求めると、大きな波が押し寄せ、彼女を連れ去ってしまった。
それ以降、妖精ローレライの姿を見る者はいなくなった。しかし、月の明るい夜には、稀にこの世のものとは思えない美しい歌声が聞こえるという』
「ローレライ」をテーマとしたファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
俳優は人種国籍問わず。ローレライ役、王子役、父王役、ドラマを語る吟遊詩人役を募集(但しローレライ役は、それなりに歌が歌える事)。
脚本はアレンジ可能。また、アレンジ如何によっては配役の追加も検討(道化役や王子の婚約者など)。
ロケ地はドイツのザンクト・ゴアルスハウゼン。実際にローレライがいたとされる場所である。
●リプレイ本文
●伝承の地
「あそこが、ローレライが唄った場所ね」
遊覧船の甲板で、王妃役の羽曳野ハツ子(fa1032)は近づく岩山を眺めていた。
広い場所で500m近いラインの川幅が僅か120mに狭まり、急カーブする。川床には岩礁が横たわり、眼前には高さ130mの岩山が突き出す。そこがローレライのいた場所。
「岩礁は十数年前に爆破されたけどね」
観光ガイドな脚本家フィルゲン・バッハは、彼らの反応を伺いつつ続ける。
「で‥‥ここから見える城というと、ねこ城か」
周囲を見ていたラインの父役である龍田羅漢(fa0210)が、川縁の一点−−赤茶より少し濃い色の外観をした城を指差した。
「中での撮影は無理だけどね」
フィルゲンは言うが、『推定居城』に王役の越野高志(fa0356)は目を細めた。
「外壁と二本の尖塔で猫の顔に見えるから、ねこ城か」
「城のメンバーに、猫はいないけどね」
家臣役となる壬 タクト(fa2121)は、陽光に伸びをする。王子役の月.(fa2225)は無言で岩山を見つめていた。
「あ、私達のローレライも現われたわよ」
岩山の上に現れた人影へ、ハツ子は手を振った。
「うわぁ‥‥」
紅葉した木々を抜け、眼下に広がる光景にエレナ役の桜 美鈴(fa0807)は思わず感嘆の声を上げる。美鈴の隣で、セレナ役ニライ・カナイ(fa1565)も眼を奪われている。
岩山の上からは、ラインの流れと豊かな森や田園風景、ザンクト・ゴアルスハウゼンや対岸のザンクト・ゴアールも一望できた。
「おっと。ちょうど、ライン川下りの船が通るよ」
監督レオン・ローズが眼下を指差す先に目をやれば、川面を進む船が一艘。見えるかどうかは判らないが、美鈴は大きく手を振る。
「唄いたくなるのも判る‥‥風景ですね」
語り手の吟遊詩人を演じる小塚さえ(fa1715)は、渡って来た冷たい風を吸い込んだ。
「漕ぎ行く舟人 歌にあこがれ
岩根も見やらず 仰げばやがて
波間に沈むる 人も舟も
怪しき魔歌 歌うローレライ‥‥」
それは彼の歌の一節。船は穏やかに川下へと進み、見えなくなった。
●いざ語るは‥‥
「これは悠久なるラインが秘めるいにしえの物語」
瑠璃色の翼を広げて、闇の中からふわりと『彼』は地上へ降りる。そして居住まいを正すように、マントで細い身体を覆った。
「知りたければ今一度、この『瑠璃の語り手』が語りましょう。妖精ローレライとそれに魅せられし者の悲劇。月夜に映し出される妖精達の幻。今は過ぎ去りしものたちの物語‥‥」
流れてくるのは、重く優しい弦の音。マントの下より取り出したカンテラの炎は、部屋を灯す一本の蝋燭の炎となり‥‥。
「また‥‥シャレン王子は、一人で宮廷楽師の真似事ですか」
王妃イングリトは不満そうに、音の主である継子の部屋の方向を見た。静かに書物を読んでいた王は、やんわりと首を横に振る。
「男なら剣と馬を学び、また書に没するべきだというそなたの言も判らぬではないが、好きにさせてやるが良い」
「でも、この音で坊やが起きてしまいますわ」
揺り籠に微笑みかけ、王妃はゆっくりと手をかけてそれを揺らす。そして、影に控える腹心の男−−フィリップへ、そっと視線を送った。
開け放った窓の傍で弓を引き、チェロの原型であるリラ・ダ・ブラッチョを奏でる。
明るい月夜に響くは、麗しき彼の人の聲。
天上の音楽とも思える歌声が聴こえる夜は、王子シャレンは必ず聲に添うように弦の音を合わせた。
たとえこの音が届かなくとも、今はそれだけで幸福の極み。
しかしふと表情を曇らせ、バルコニーの欄干へ腰掛ける『瑠璃の語り手』へ王子は声をかける。
「この類稀なる歌声の持ち主は如何なる乙女か‥‥お前は見た事があるか、鳥よ」
問いをかけるも小鳥は翼を打ち、月へと舞い上がった。
メキメキと木が軋み、やがて折れた。
船底は岩礁で引き裂かれ、船の中に水が溢れる。
だが船員達は動かない。心酔した表情で天を仰ぎ、歌を聴く。
船は人を乗せたまま傾き、やがて冷たい水の中に飲まれた。
その上を、青い小鳥は羽ばたいていく。
行く手の岩山の上で、ひらりと河の波頭を思わせる色彩が翻った。
頂に立ちて古謡を唄うは、ローレライの一人セレナ。ベールの下から、花飾りをあしらった白い髪が覗く。白い肌に紫をおびた蒼い瞳。そして淡い青から白へのグラデーションが美しいドレスは、ラインの河そのもののよう。
小鳥は彼女の周りを飛んでから、木の枝で羽根を休めた。
「夜だというのに、あなたもセレナ姉さんの歌を聴きにきたのですか?」
小鳥を見上げるのは、もう一人のローレライ。エレナは姉とは対照的に黒い髪と黒い瞳が栄え、さながらこの夜空のよう。額から真っ直ぐに伸びる一本の白い角は、形は違えど煌々と輝く月の如く。
そしてエレナは梢から小鳥が飛来した方向を見た。
風に混ざって、微かに聞き慣れた−−耳に心地よい響きがあった。数日前より彼女達が‥‥特にセレナが唄う時には、いつも耳にする音。
「何の調べは判りませんが‥‥素敵な音ですね」
姉の旋律と風の響きに合わせて、彼女も歌う。
調べの聴衆は、月とラインの流れと『瑠璃の語り手』のみ。
●小休止
「カット、OK!」
監督のOKに、ほっと現場の空気が緩む。
「休憩にして、午後のお茶でもどうだい」
ぐるぐると肩を回しながら、レオンは休憩部屋へ向かう。役者達も顔を見合わせ、苦笑しながら彼の後に続いた。撮影日は中盤を過ぎ、現場も佳境なのだが。
「必ず、午後のお茶を欠かさないんですね」
楽しそうなさえへ、フェルゲンは頷いた。
「紅茶中毒だからね」
主語が明確でない辺り、彼も自覚しているのだろう。更に茶といえば、茶請け。どこで調達するのか、毎日違う菓子類が用意されている。困った事に、どれも美味い。
「いいかね、諸君。紅茶は精神をリフレッシュし、菓子は肉体をリフレッシュするのだよ」
それがレオンの主張だ。確かに撮影には体力が要るが、女性には色々と悩みが多い。女優達にとってはジレンマを抱えた茶会の最中、レオンは急にカーテンを閉じてスクリーンを用意する。
そうして見たのが、物語の冒頭部分のラッシュフィルムであった。
「現場で見れるとは思ってなかったわ‥‥いい出来ねえ」
ハツ子は嬉しそうに目を細める。撮影が終わった後、レオン達でコツコツと編集していたのだろう。CGが使えるとはいえ、それなりの労力は必要だ。フェルゲンは紅茶を啜り、横目で相棒を見た。
「日々の道楽のなせる技だよな」
「言うな!」
「さて‥‥これからの撮影だが」
フィルムが終わり、明るくなった室内で監督は咳払いをした。
「タクト君であるフィリップの甘言によって、ユエ君シャレン王子は船を出すわけだが。残念ながら、増水案は却下だ」
「撮影が難しいかな?」
小首を傾げるタクトに「それだけではないよ」とカップを手にした脚本家。
「水嵩が増せば、暗礁は逆に沈む。従って、船の最後は川岸の崖へ激突だ。木っ端微塵で逆巻く激流に飲まれる」
掌を上に向け、ぼん。と五指で四散する様子を示すフェルゲンの仕種を見て、タクトは問題に気がついた。
「つまり、王子の最期があっけないんだね」
「御明察。という訳で、波穏やかなればこそ船をと進言するのだ、タクト君」
「了解だよ、監督」
「では、残りの撮影も頑張ろうではないか」
茶会が終了して各自が現場に戻る中、レオンは羅漢を呼び止めた。
「なんだ?」
「うむ。僭越ながら、少々物足りなく感じてね」
大股に部屋を横切る青年。足を止めた窓からは、ラインの流れが見える。
「父ラインの大河は何を思う。娘を慈しむ心で共に去ったのか、人間の愚行に怒りを感じて娘を守ったのか。それらが、今の君の立ち居振る舞いから伝わってこない」
踵を支点にぐりんと振り返り、レオンは羅漢へびしっと指を突きつけた。
「日本の名作である放射能で変異したカイジューも、モノは言わねど怒りと悲哀さを物語っていた。そしてかつての君のカイジューにも、愉悦があり憤怒があった。故に私は諸手を挙げて君の『ラインの父』に賛同するのだ」
「知っていたのか」
羅漢は少し意外だった。相手は英国人だし、あのフィルムには彼は完全獣化した姿しか映っていない。
「レオン・ローズを甘く見てもらっては困るな」
何故か胸を張るオタ○青年に、羅漢は苦笑するしかなかった。
●そして終焉へ
「今宵はラインの流れも穏やかです。ローレライに逢いに行くのには、申し分ない。そして父なるラインへ、お二人で愛の誓いを立てられては如何かと」
恭しく頭を下げるフィリップの進言。本当なら、あの若い貴族と王妃が人目を避けて密談を交わしている事に気付くべきだった。だが「ローレライ」の一言に意識が囚われてしまった。
シャレン王子は弦に弓を当て、引く。
艶やかな歌声に、船員達は心奪われる。船底を削る音。振動。逆巻く水。死はそこまで迫っている。だが王子の表情は穏やかだ。
今も聞こえる歌に重ねて、ブラッチョを奏でる。
天を仰げば、無心で唄う麗しき乙女の姿。
「ここでこの身が水の泡と消えたとしても、その膝元でいつまでも弾き続けよう。ローレライよ‥‥」
人の行く末−−船の難破は、妖精達にとっては関わりあいのない事。
しかし、妹エレナは涙を流した。夜毎に耳にしたあの響き。弦の音色が、その紡ぎ手が水に飲まれようとしている。
「あぁ‥‥沈んでしまうっ!」
岩山の縁で思わず手を差し伸べるも、届く筈もなく。念願の相手を目にするも、時は既に遅く。
穏やかな微笑で−−そして己の意思で沈み逝く青年の姿を彼女は瞳に焼き付ける。
そして、弦の音は水底に絶えた。
「エレナ‥‥何を泣いているのです?」
いつもと変わらぬ表情のセレナが、そっと肩に手を置く。ぽろぽろと涙を零しながら、エレナは頭を振った。
「何でもありません、姉さん。ただ、哀しくて‥‥」
あの音色はもう聞けない、弦の引き手には逢えない事が哀しくて、エレナは涙を流した。
「王子‥‥シャレン王子、なんという事だ!」
報せを聞いた王は、がくりと玉座へ腰を落とした。行かせるべきではなかったと、悔いばかりが胸を打つ。王の悲嘆を変わらぬ表情で見下ろすは、後添えの王妃イングリッド。
「王よ。ローレライをこのままにしておいてはなりません。多くの民を惑わしただけでなく、シャレン王子まで奪ったのです」
その言葉に頷くは、王妃の陰の腹心フィリップ。
「王妃の仰る通り。シャレン王子の仇を討つ為ならば、兵も喜んで向かうでしょう」
怒りに立った優しき王の表情は一変する。瞳孔が細く収縮してぎらぎらと光り、固く結ばれた口は裂け、遂には蛇頭を現す。
「我が息子シャレンの弔いに、魔女ローレライを討伐せん!」
低く重く、王命は放たれた。
ここ数日は妹の歌に輝きがないと、セレナは密かに胸を痛めていた。
その思いを乱すように、音声が響く。
魔ヶ歌に心捕らわれぬよう太鼓や鐘を打ち鳴らし、仰々しく兵達が進む。河の娘達は、不安げに顔を見合わせた。見れば岩山を囲むように軍旗が立ち、じりじりと人間達が包囲を狭める。戦う術を持たぬ妖精達は、瞬く間に頂へと追いやられた。
騎乗した王は、馬を進めて包囲の前に進み出る。
「魔女ローレライ、今こそ討ち取る時!」
鬨の声が上がり、冷たい蛇の王が怒りの眼で姉妹を射る。
「何故に私達が。私達に、何の咎がありましょう」
それすらも唄うようなセレナの言葉。
ただ歌を愛していた‥それだけなのに。歌こそが、ローレライの在り様なのに。
「姉さん‥‥!」
怯える瞳でエレナが姉を見る。その手をセレナは握った。姉の瞳にある決意を見取り、妹もその手をしっかりと握り返す。
−−もうこの地には居られない。
「父よ、大いなるラインよ。私達を救い給え‥‥!」
−−この世界へ、別れの歌を。
胸を抉られる様な切ない歌を、王は初めて耳にした。
「待て‥‥待ってくれ!」
止めようと、王は馬の腹を蹴る。だが馬は何かに怯えて動かず、娘達はふわりと宙へ身を躍らせる。
よもや身投げと息をのめば、突然に巨大な水柱が立った。
呆然とする人々の前で、黒灰の翼が水を切って広がる。
馬は恐慌に陥って足を踏み鳴らし、兵達は我を先にと逃げ出した。
何者をも圧する威厳を放つ竜は、娘達を掌に受け止める。
轟と咆哮して大気を震わせ、王に一瞥を投げた竜は水中へ戻っていく。
ローレライ達は、ただ唄っていた。
そして竜も妖精も水に没しようとした、その時。
彼女達を迎える様に、深い弦の音が旋律が一節響いた。
人の姿に返った王は、茫然と見送るしかなかった。
全ては消え、静寂が満ちる。聞こえるのは別れを惜しむような小鳥の歌だけ。
そして、王は気付いた。
彼女らに罪はなく。ただ、囀る青い小鳥の如く歌いたかっただけだと。
その後、月夜に聞こえるという歌を求めて、王は岩山へ現れた。
月夜に照らされる姿は、さながら幽鬼のようであったという。
王がローレライ達へ謝罪をしたかったのかどうかは判らない。
何故なら、彼女達は二度と姿を見せなかったのだから。
今も水面に響くは、『瑠璃の語り手』の唄のみ。
●撮影終了
バスタオルが投げられ、竜の姿の羅漢は反射的に受け取る。
冷たい水に濡れた身体を拭く羅漢は、にんまり笑うレオンと目が合った。そして、若い監督は両手を上げて振り回す。
「クランク・アップです。皆さん、お疲れ様でした!」
お疲れ様でしたーと、青空に合唱が響いた。