月下美人アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 菊池五郎
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 5.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/11〜10/13

●本文

 『月下美人』と呼ばれる石像がある。中世時代、ヨーロッパにあったという小国の王女を模した石像だ。
 その国は、当時の地図にその名すら載っていなかった、とてもとても小さい国だったが、錬金術によって繁栄していたという。
 その高度に発達した錬金術は、鉛などの卑金属を金に変える触媒となる『賢者の石』を生み出した程だったとか。その国では賢者の石は『エリクシル(elixir)』と呼ばれていた。
 しかし、賢者の石に目を付けた大国によって一夜にして滅ぼされ、地図同様、その存在を歴史から消されてしまった。だが、その大国が賢者の石を手に入れたという史実はない。何故なら、賢者の石の効能が非金属を金に変えるのならば、手に入れた王は巨万の富を得られるからだ。
 そして、その小国が確かにあった証拠として、この月下美人と呼ばれる石像が存在している。


 王女の名前はライザといった。緩やかに、優雅に波打つ髪を湛えた女性だ。
 顔立ちも整っていて美しいが‥‥お腹の辺りで手を組み、祈るような姿のその瞳は閉じられ、その表情は深い深い悲しみに彩られていた。
 ライザが賢者の石を創り出したという。
 真相は歴史の闇の中だが、大国に渡さない為に自らの身体を石に変えたとも、大国に捕まっても賢者の石の事を話さなかった為に石に変えられたとも謂われている。


 何故、ライザが月下美人と呼ばれているのか。
 満月の晩に月明かりを浴びると、その間だけ元に戻る‥‥という『曰わく』があるからだ。
 もちろん、噂でしかないが、夜に咲き始め、朝には花がしぼむ儚い月下美人に準えて、何時しか呼ばれるようになったという。


「もちろん、“また”会えると信じているさ」
 台座の上に安置され、展示用の証明に照らされた月下美人を見上げながら、輝城・響(きじょう・ひびき)は石像に優しく語り掛けた。
 美術館はとうに閉館し、今は深夜と呼べる時間帯だ。
 響は警備員のバイトをしている高校生だ。
 先月の満月の晩、たまたまシフトが入っていたのでこの美術館の見回りをしていた時――灰色の冷たい石から、紫色の髪、ロゼ色の服、そして柔らかな本来の肌の色彩を取り戻した石像。否――ライザと出会ったのだ。
 響はその美しさに一目惚れしていた。ライザも自分の置かれた状況や現代の事を頻りに響に尋ね、初めて会った夜は瞬く間に過ぎてしまった。
 そして1ヶ月後。満月を明日に控え、響は再びライザと会えるのを楽しみに、シフトを入れていた。
 月下美人の展示は常設ではなく特別展示なので、明日を逃せば移動する為、もう会える機会はない。
 親友の明乃・駿介(あけの・しゅんすけ)に話したところ、夢じゃないかと笑われた。
「夢なら夢でもいいさ。月下美人が見せてくれる夢ならね」


「お帰り。朝飯作っておいたから、食ってから学校に行きな」
「ありがとう、美保姉」
 午前7時までの夜寒警備のシフトを終えて帰宅した響は、これから出掛けるところだった姉の輝城・美保(きじょう・みほ)に迎えられた。美保は口調は男っぽく、気の強い性格をしているが、看護師をしている。
「あたしが働いてんだから、あんたは無理にバイトしなくてもいいんだよ? 今から学校行くの、大変だろ?」
 響と美保の両親は、数年前に他界している。幸い、保険金は入ったので、姉弟2人で慎ましやかに生活できるだけのお金はあるし、美保が働いている事もあって、響は学業に専念できる状況にはあった。
「遊ぶ金は自分で稼がないと、美保姉に悪いしね。それに‥‥」
「ん?」
「いや、何でもない。日勤、頑張ってな」
 『お姫様に一目惚れした』と言おうとしたが止めた。気の置けない親友に話しても夢だと笑われたのだ。姉に話しても反応は同じだろう。
 出勤する姉を見送ると朝食を採り、眠い眼を擦って高校へ向かう響だった。


「‥‥まさか、実の弟がライザ様の覚醒に立ち合う事になろうとはねぇ」
 美保は不機嫌そうに癖っ毛を掻いた。
 彼女は来るべきライザの復活の為に転生を繰り返した、ライザの側近の魔法使いだった。
「弟だと情が移る?」
「当然だよアイシャ。今のあたしは輝城美保、あの子の姉だからね」
 美保に話し掛けたのは、それこそ映画の中でしかお目に掛かれないような、鎧を身に纏った赤毛の少女だった。
 彼女の名前はアイシャ・カームブレイカー。美保と同じくライザの側近の女騎士だ。美保が錬金術の副産物たる魔術で転生を繰り返す事を選んだのと異なり、アイシャは自身を錬金術で剣に封じ、今まで生き長らえてきた。今の彼女の姿は仮初めであり、本来はバスタードソードだ。
「ストレリチア達も動き出しているからね。あの子がライザ様の覚醒に立ち合うなら巻き込まれる事になる‥‥その時はアイシャ、あの子を守っておくれよ」


□■主要登場人物紹介■□
・輝城・響:17歳。成績:普通、運動神経:普通、顔:普通、と、どこにでもいる普通の高校生。警備員のバイトをした際、石像から元に戻るライザを目撃し、一目惚れした事から、彼女を取り巻く情勢に巻き込まれてゆく。熱血漢ではないが、惚れたら一途。属性は無し。
・ライザ:外見19歳前後。中世時代の小国の王女。錬金術を修め、エリクシル(=賢者の石)を創り出したが、大国に目を付けられ、守る為に自身と同化させる。その為、石像になってしまった。満月の月明かりでのみ元に戻る。心優しいが、悪には敢然と立ち向かう強い心の持ち主でもある。属性は火・水・風・土。
・輝城・美保:23歳。響の姉で看護師。前世はライザの側近の魔法使いだった。地系の魔法を得意としており、属性は土。
・アイシャ:外見17歳。ライザの側近の女騎士。カームブレイカーという刀身に炎を纏ったバスタードソードだが、一時的に本来の姿へ人化が可能。属性は火。
・ストレリチア:外見20〜30代。エリクシルを手に入れようと、ライザの国を滅ぼした大国の王に仕える魔法使い。王を焚きつけて攻めさせた張本人で、美保同様、転生を繰り返し、エリクシルを手に入れる機会を窺っている。水と魔の属性の魔法を操る。属性は水・魔。


□■成長傾向■□
 発声・芝居・演出

●今回の参加者

 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa3072 草壁 蛍(25歳・♀・狐)
 fa3928 大空 小次郎(18歳・♂・犬)
 fa5112 フォルテ(14歳・♀・狐)
 fa6063 カキン=デキン(21歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文


●月下の宿命
「み〜ほさん!」
「ん‥‥ああ、葵ちゃん。今帰り?」
 輝城・美保(CV:ブリッツ・アスカ(fa2321))は落ち着いた彩りのカジュアルスーツを着て歩いていた。
 彼女へ声を掛けたのは、淡いブルーのセーラー服に身を包んだ少女だった。手に革の鞄を持ち、背中に斜めに布を巻き付けた棒状の物を背負っている。普通に見れば、竹刀か何かに見えるだろう。
 少女の名前は剣野・葵(CV:美森翡翠(fa1521))といった。彼女が名を呼んだように、美保の愚弟、輝城・響(CV:大空 小次郎(fa3928))と同じ高校に通う同級生だ。
「はい。美保さんもお仕事の帰りですか? 大分お疲れのようですけど‥‥」
「夜勤明けだよ。もうすぐシフトが終わるって時に急患が入っちゃって、引き継ぎを済ませたらこんな時間でね」
 美保は住んでいるアパートから数駅離れた総合病院に、看護師として勤めている。
「お疲れさまです。良かったら喫茶店で一息付きませんか? 奢りますよ?」
「こらこら、それはおねーさんの台詞だよ」
 葵が悪戯っぽく笑いながら指差すそこは美術館だった。美保は社会人が高校生に奢らせる訳にはいかないと、大きくのびをして美術館に併設されている喫茶店へ向かった。
「混んでないですね」
「平日の夕方って事もあるだろうし、『月下美人』は国宝級の美術品、という程じゃないからねぇ。話題にならない方が、ライザ様の御身を護り、眠りを邪魔しなくていいんだけどね」
 この喫茶店から美術館内が一望できた。
 中世時代のヨーロッパにあったという亡国の王女を模した石像の特別展示を開催しているが、館内の人影はまばらだ。
 無理もない。月下美人の造られた国は、当時の地図にその名すら載っていない、とてもとても小さい国だからだ。しかし、月下美人は美術品としての価値は高い。
 波打つ髪の1筋1筋、整っていて線は柔らかく美しくも深い悲しみに彩られた表情、腹部で祈るように組まれた手。そのどれもが彫られた作り物とは思えない、緻密で豊かな質感と躍動感を持って、確かにそこに存在していた。
 今にも動き出しそうな完璧な造形――そう、月下美人は、王女ライザ(CV:楊・玲花(fa0642))は生きている。
 美保は、かつてライザの側近の魔法使いであり、ライザが生み出し、同化して護っている賢者の石こと『エリクシル』を護る為、秘術により転生を繰り返し、どの時代においても常にライザを守る存在として、その生を受け、記憶と魔法を継承してきた。
「私は美保さんやアイシャと違って、前世の記憶を持ち合わせていません。でも、あの月下美人を見ると、何故か胸が痛いくらいに締め付けられます」
 葵は、背負っている棒状の物――両刃の真紅の直刀――を守り、転生を繰り返す美保と共に、密かにライザを守ってきたカームブレイカー家の末裔だ。
 真紅のバスタードソードは、ライザの親衛隊の女騎士アイシャ・カームブレイカー(CV:フォルテ(fa5112))が自身を刀身へ封じ込めた代物だ。
「そうだね、葵ちゃん、アイシャそっくりだもの」
 まじまじと葵の顔を見つめ、どこか懐かしむように目を細めて微笑む美保。
「あ、響君」
 くすぐったい気持ちになった葵が美保から先に視線を外すと、そこには美術館へ入ってゆく響の姿があった。

「その石像に興味があるの?」
 日課になりつつある、『月下美人』との対面中、響は女性に声を掛けられた。
 パリッと糊の利いたビジネススーツを纏った、サングラスを掛けた女性(CV:草壁 蛍(fa3072))がいた。傍らには護衛と思しき、黒服を着た巨漢(CV:モヒカン(fa2944))が控えている。
「失礼。あまりに熱心に見つめていたものだから、つい、ね‥‥ふふふ、この石像に恋でもしてしまったのかしら?」
 紅いルージュを引いた唇に蠱惑的な笑みを浮かべる。
「何者かによって石に変えられた姫君‥‥って、ファンタジー小説じゃ王道じゃない? それって本当に無かった事なのかしらね? 残されている歴史書に書かれていないだけで、本当はあった事なんじゃないかしら?」
 響の応えを待たずに話し続ける女性に、黒服の男が耳打ちする。
「ふふふ、初対面の人に熱っぽく語ってしまってごめんなさい。この石像に恋をしてしまったのは私の方かも知れないわね」
「いえ」
 響がばつが悪そうに頬を掻くと、女性は唇だけで笑うと、黒服と共にその場を後にした。


●月下の再会
『今日は満月ね。ライザ様が月光を浴びて唯一、元の御身に戻れる日‥‥転生したストレリチアがライザ様の持つエリクシルを狙うとしたら、今日しかないわ』
 ――剣野邸。その庭で、アイシャは人化し、満月を眺めている。
 蒼い生地に金糸で装飾の施されたミニスカートのワンピースの上に、白銀を下地に金で意匠が付けられたプレストプレートとショルダーガード、二の腕まで覆うガントレットと膝下のロングブーツを着けた、防御より機敏さを重視した軽戦士の出で立ちだ。
『しかし、500年近くライザ様の復活を待って、復活の鍵となったのが美保の弟とはね‥‥』
「響君のように、ライザさんへの純粋な想いが必要って事よね」
 葵がお盆に紅茶を載せて、アイシャの傍らへやってくる。
 ライザが月光の元で、必ず生身に戻れる訳ではない。故に満月の晩に月明かりを浴びると、その間だけ元に戻る‥‥という『曰わく』が付くようになったのだ。
 美保が「アイシャそっくり」だと言っていたように、葵とアイシャは良く似ていた。緑の黒髪のストレートと、蜂蜜色のポニーテールの差はあれど、月光を受けて方や艶やかに、方や煌びやかに輝いている。
『この時に生まれたあなたには済まないと思っているけど』
「いいえ、それが私の生まれた役目なのでしょうから」
 アイシャが頭を下げると、葵は彼女の手を取って、寂しそうな微笑みと共に首を左右に振った。

 ――深夜の美術館。
 響は今日も警備のバイトのシフトを入れていた。月下美人の特別展示は今月一杯。月下美人の曰わくを鑑みると、ライザと会えるのは今日を於いて他無いからだ。
 館内の照明は落とされ、スポットライトが月下美人を照らしている。
 やがて、日光を取り込むよう設計されたガラスの天井に満月が差し掛かり、月光が館内へ、月下美人へと差し込み始めると‥‥月光に照らされた部分から、月下美人の灰色の冷たく固い石から、ライザの柔らかい肌と色彩を取り戻してゆく。
 足が、腰が、手が真珠色に彩られる。
 胸元まで戻ると、豊かな胸が上下し始める。
 仄かなピンク色の唇から吐息が漏れ、館内の照明を受けて鈍い光を放つ石の塊だった瞳に、数回の瞬きと共に紫の色彩と意思の光が宿り、誰かを探すように動いた。
「‥‥ヒビキ‥‥」
「‥‥ライザ‥‥」
 紫色の波打つ髪が柔らかさを取り戻すと、ライザは台座から降り、響の姿を見付けて微笑んだ。響も照れ臭いのか、頬を掻きながらぎこちなく微笑み返した。

「やはりあなたがライザの石化を解く鍵だったのね」
 響とライザの頭上から、突然、先端が鋭く尖った氷柱が降り注ぐ。響はらいざを抱き抱えながら横に飛び、辛うじてかわすと、腰に提げた警棒を抜いて構える。
 闇夜の中から現れたのは、昼間会ったスーツ姿の女性と黒服の巨漢だった。
「‥‥ストレリチア‥‥」
「思い出してくれて嬉しいわ、ライザ王女。あなたが石像として眠っていた500年間、私も転生を繰り返し、ようやく元に戻ったあなたと、こうして会えたのだからね」
 響に背中に庇われ、彼の肩越しに美しい顔に怒りを露わにし睨め付けるライザ。だが、ストレリチアは冷笑を浮かべて平然と受け止めた。
「せっかくの逢瀬のところ悪いけど、エリクシルを渡してもらえないかしら? そうすればあなたもその子も、金輪際、襲わないわよ?」
 ストレリチアはご丁寧に氷柱を薔薇の氷細工へと変化させて自身を彩り、響へ黒服をけしかけてきた。エリクシルの引き渡しを要求しつつも、選択肢は力尽くしかない。
「ベアズ、やっておしまい!」
「クマ!」
 拳に攻撃力を高める魔法を付与すると、黒服が破れ、数個の傷を持った胸が露わになる。
 響は警棒で拳を受け流すが、アルミ合金製のそれは一撃で折れ曲がり、吹き飛ばされてしまう。
「クマ!」
「響君、ライザさんと一緒に美保さんのところへ行って!」
 止めの蹴りが繰り出されたところへ、ガラス窓を叩き切って葵と人化したアイシャが飛び込んでくる。
 アイシャはガントレットで蹴りを受け止めた。
「葵!?」
「私は味方です。説明は後、ぐずぐずしないで、早く!」
 全身を強く打っている響に回復魔法を掛け、応急処置を施すと、今破った窓の外を指差す。そこには美保の姿があった。
「ベア!」
「アイシャ! 火の魔法に集中して下さい、剣は私が振るいます」
 響がライザを連れて窓を越えようとすると、当然、ベアズも追い掛けようとするが、焔を吹き上げる真紅のバスタードソードの姿を取ったアイシャを構えた葵が立ち塞がった。

「美保姉!?」
「どうやら、ストレリチアやアイシャ、ベアズや葵の魔法の副次作用で、機械的な防犯装置は全て無力化されてるようだねぇ」
 ライザを伴った響がやってくると、美保は実の弟にすら見せた事のない真摯な表情で頭を垂れ、主を迎えた。
「あいつらは、ライザ様の持つ賢者の石を手に入れようと転生を繰り返してきた悪の魔法使いストレリチアとその手下だ。ライザ様が月下美人と呼ばれる石像と化していたのも、あいつらの所為なんだよ。あたしは元々ライザ様に仕えいた魔法使いの生まれ変わりなんだ。まさか響が巻き込まれるとは思っていなかったから、話してなかったけど」
 響に掻い摘んで事情の説明している最中、再度、氷柱が降り注ぐ。美保が掌を開いて掲げると、円形の岩の壁が響達の頭上に現れ、氷柱を防いだ。
「ライザが魔法が使えない今、あなた1人でいつまで保つかしらね?」
「くそ!」
 闇夜の中から姿を現すストレリチア。ライザはエリクシルと同化し、体内に留めておく事に全魔力を集中させているので、彼女の言うように美保を援護できない。
 ストレリチアは丸鋸状の刃を高圧水流で創り出し、大量の雹礫で弾幕を展開しながら岩の壁を愉しそうに着実に切り刻んでゆく。
 美保は悔しさで顔を歪める。ストレリチアの言うように、魔力では明らかに一歩二歩どころか、十歩も二十歩も劣る。長期戦になれば負けるのは目に見えている。
「ライザ、もう一度だけ言うわ。エリクシルを渡してもらえないかしら? そうすればあなたにもその子にも、配下の勝ち気な魔法使いにも、金輪際、手を出さないわよ?」

「ベア!」
 カームブレイカーの切っ先を腕に付与した魔力で受け流すベアズ。
「クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ! クマ!」
 必殺のラッシュを繰り出す。
「――しつこい男は嫌いです」
 葵は敢えてカームブレイカーを受け流させ、体勢を崩した振りをしていた。壁を蹴って3段飛びでラッシュをかわし、壁に拳がめり込んだベアズを、カームブレイカーで斬り捨てた。
「‥‥どうして、この人はクマとベアしか言わなかったのでしょう?」
『確か、ストレリチアは隻眼の熊を飼っていたと思ったけど‥‥』

 ウォーターカッターはなぶるように岩の壁を裁断し続けている。完全に破壊されるのは時間の問題だった。
「分かりましたわ。エリクシルを渡しますわ」
「ライザ様!?」
「ライザ!?」
 ライザの思い掛けない言葉に、美保と響は驚きの声を上げる。しかし、ライザの胸元には既に透過度の極めて高い、ほとんど向こうが透けて見える宝石が現れていた。エリクシルだ。
 それを見せると、ストレリチアもウォーターカッターと雹礫を打ち消した。
 ライザがストレリチアの元へ、単身、エリクシルを持って歩いてゆく。彼女がエリクシルに手を伸ばした瞬間、ライザはストレリチアの胸元へ宝石を押し当てた。
「祈りなさい、姫の勝利を。属性のない者の祈りは他者の魔法の力を増幅させるそうです。その想いが一途なほど効力は増すそうですよ」
「‥‥か、身体が‥‥石に‥‥!?」
「お望み通り、エリクシルは差し上げますわ。今日からあなたが宿主となり、わたくし同様、悠久の刻を石像として過ごすといいですわ。わたくしのように、エリクシルではなく、わたくし自身を想い必要としてくれる方があなたにも現れるといいですわね」
 ストレリチアの身体はエリクシルが入っていった胸元から、たちまち灰色く色を濁していった。
 これはライザの賭だった。ストレリチアがエリクシルを手に入れた一瞬の隙を衝いたのだ。駆け付けた葵の言葉に、響が祈り、ライザは見事賭に勝った。
 主の意を汲み、美保が石化魔法を上掛けした。そして月下美人が無くなり後で騒ぎにならないよう、ストレリチアの石像をライザそっくりの造形へと変えた。

「これでエリクシルが二度と世に出る事はないでしょう。錬金術は過去の遺物であり、今の世の中に必要ないのですから‥‥」
 ライザは美保や葵、アイシャに掛けられていた転生の秘術を解いた。
「これでずっと持ち越してきた使命も終わったからね。これからは、ただの看護師で、あんたの姉の輝城美保さ」
「アイシャ! 人間に戻ったのですね」
「今日から葵のお姉さんになるかな?」
 500年の永きに渡る使命から開放された美保と葵、愛紗は、この時代で新たな人生を歩み始める。
 そして、エリクシルから開放されたライザもまた、この時代で響と共に歩む事となった。