飛べ! 鯉のぼりアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
菊池五郎
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
10.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/07〜05/15
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●本文
南部主税(―・ちから)は、父親の実家へ帰るのがとても嫌でした。
父親の実家は岩手県にあり、ゴールデンウィークには田植えを手伝いに帰ります。
しかし、東京で生まれ育った主税は、コンビニまで歩いて三十分も掛かり、テレビのチャンネルも少ない、父親の実家が嫌いでした。それに、向こうには同年代のいとこや友達がいないので、行っても独りぼっちなのです。
普段は理由を付けて自宅に残ったり、友達の家へ泊まりに行くのですが、今年ばかりはその両方が出来ず、渋々父親の実家へ付いていく事になりました。
テレビゲームやマンガを持てるだけ持って行きましたが、GWの前半で飽きてしまい、主税は実家の中を探険する事にしました。
父親の実家は古くからある農家で、小さいながら蔵があります。蔵に忍び込んだ主税は、そこでとんでもないものを見付けました。
――女性が横たわっていたのです。しかも、モンシロチョウを思わせる柄の着物ははだけ、半裸に近い状態で。
「あ、ああ‥‥お、お姉さん、こんなところで横になってて大丈夫かよ!?」
「‥‥ふわぁ〜‥‥うにゅ? そなたには紋白(もんしろ)が見えるのか?」
思春期を間近に控えた男の子には目に毒な、艶やかな姿です。目のやり場に困りつつ、まだ着物が掛かっている場所に触れて身体を揺すると、女性は眠たそうに目をこすりながら起きました。どうやら単に寝ていたようです。
女性は紋白と名乗りました。歳は二十歳近いでしょうか? 随分と古風な喋り方ですし、主税はそのような名前のいとこのお姉さんは思い当たりませんでしたが、すぐに仲良くなり、その日一日、一緒に遊びました。
「ほぉ、紋白様にお会いになられたか」
「紋白ちゃん、まだ居てくれたんだ」
その日の夜、主税は祖母が作った夕食を食べながら、蔵で紋白と会い、遊んだ事を父親達に話しました。蔵に入った事を怒られるかと思いましたが、意外にも、祖父も祖母も父親も紋白の事を知っていました。
「紋白さんってどんな女の子なの?」
「座敷童女(ざしきわらし)という妖怪だよ。この辺では珍しくない」
母親が祖父に訊ねると、笑いながら応えました。
座敷童子は住む家を栄えさせるという開運を招く妖怪で、祖母や祖父が子供の頃から、いえ、もっと前からこの家に住んでいるそうです。大人になると見えなくなるようで、父親達にはもう見えませんが、祖母は毎日、蔵に膳を供えています。
膳が出される事もあり、紋白はこの家を気に入ってずっと居るそうです。
主税はその日から紋白と遊ぶようになりました。
主税は持ってきたテレビゲームやマンガを勧めましたが、古い遊びしか知らない紋白はすぐに飽きてしまい、しかも悪戯好きで、主税は完全に振り回されてしまいます。
今まで父親の実家に閉じ篭もっていましたが、外へ出て遊ぶようになり、実家の近くの小学校の生徒を仕切るガキ大将やその取り巻き、マドンナとも、多少の衝突があったものの仲良くなり、日が暮れるまで一緒に遊びました。
しかし、主税が居られるのはGW中だけです。GWが終われば家へ帰らなければなりません。
GWの終わりが近付くにつれ、主税と紋白、ガキ大将達は口数が少なくなっていきます。
いよいよGW最後の日。主税は午後には帰ります。
ガキ大将が主税を呼び出して渡したのは、とても大きな鯉のぼりでした。その鯉のぼりはガキ大将と取り巻きのもので、主税にあげるというのです。
主税の実家にも鯉のぼりはありますが、主税が来るのを嫌がっていたので飾っていなかったのです。
鯉のぼりをもらった主税は、実家の庭に飾ってもらおうとしますが、如何せん時間がありません。
すると、紋白が不思議な力(=妖力)で鯉のぼりを宙に浮かせたではありませんか。
主税と紋白、ガキ大将達は空を泳ぐ鯉のぼりに乗りながら、今まで遊んだ事を振り返り、また夏休みに遊ぶ約束をします。
ガキ大将達に見送られて実家と後にする主税ですが、紋白の姿が見えなくなると、車の中で自然と涙が溢れてきました。
後で知りますが、それは主税の紋白への初恋が終わった事を意味していました。主税はいつの間にか紋白を好きになっていたのです。友達になったガキ大将達と別れるのも辛いですが、何より紋白と別れるのが辛かったのです。
――レモンのように甘酸っぱい初恋を終え、主税は一つ大人になって帰路に付くのでした。
☆★☆★主要登場人物紹介★☆★☆
・南部主税:12歳。テレビゲームとアニメ、マンガ好きの都会っ子。一人っ子なのでちょっとわがままだが、義理堅く友達想い。短距離は早いが持久走は苦手。
・紋白:外見19歳前後。主税の実家、南部家の蔵に住み続ける妖怪、座敷童女。大人達には見えない。外見は19歳前後だが、心は12歳並の悪戯っ子。平気で抱擁してくるので、身体と心のギャップが主税を知らないうちに誘惑してしまう。開運や物を操る妖力を持っている。
・ガキ大将:12歳。主税の実家の近くの小学校を仕切るガキ大将。力が強く運動は得意だが、成績はあまりいい方ではない。普段は威張っているが、面倒見がよく、友達思い。
・取り巻き:12歳。ガキ大将の腰巾着で頭脳的存在。ガキ大将の権威を借りて威張っているが、基本的に悪い奴ではない。運動はそこそこ出来る方。
・マドンナ:12歳。主税の実家の近くの小学校で一番の美少女。全校生徒の憧れの的だが、本人はそういった事は気取らず、主税にも優しく接する。
・主税の父親:30代後半。岩手の出身で、主税同様、子供の頃に紋白を見ているので、紋白と遊んでいる主税を理解している。
・主税の母親:30代後半。妖怪といった類は信じない人で、紋白についても疑問に思っており、主税が悪い女性に拐かされているのではないかと心配している。
☆★☆★技術傾向★☆★☆
体力・芝居・演出
●リプレイ本文
●出会い
「へぇ、いろんな物があるんだな」
南部家は古くからある農家なので、その蔵には耕耘機やトラクター、コンバインに混じって鍬や鋤、鎌や蓑等、昔ながらの農耕具があり、南部主税の興味をそそった。
「こっちは着物置き場か‥‥って、あ、ああ‥‥」
段差がある上に手摺りのない急な階段を上った二階は篭が置かれてあった。その脇には何故かご飯の載ったお膳があり、奥にモンシロチョウを思わせる柄の着物が見えた。
着物はそこに横たわっていた女性が着ていたものだった。しかも着物ははだけ、女性は雪のように白く、絹のようにきめ細やかな柔肌の大半を晒していた。
思わず腰を抜かす主税。
「お、お姉さん、こんなところで横になってて大丈夫かよ!?」
「‥‥ふわぁ〜‥‥うにゅ? そなたには紋白が見えるのか?」
無意識のうちに鼻を押さえ、もう片方の手でまだ着物が掛かっている場所に触れて身体を揺すると、女性は眠たそうに目をこすりながら起きた。
「おお、内蔵助ではないか! また遊びに来てくれたのじゃな? 紋白は嬉しいぞ♪」
「内蔵助は俺のお父さんで、俺は主税って‥‥うっぷ」
紋白という名の女性は主税の顔を見ると、嬉しそうに飛びついて思いっきり抱きしめた。主税の顔は水蜜桃のようなたわわな双房に挟まれ、内蔵助が自分の父親である事を説明する暇もなく、窒息寸前まで抱き締められたのだった。
「あの紋白さん‥‥着物、ちゃんと着た方がいいよ」
「紋白でよい。そうか、そなたは内蔵助の子であったか‥‥」
十二歳のお子様には刺激的すぎる抱擁から開放された主税は、自分と父親の事を話した。すると紋白は、外見とは不釣り合いな、子供が涙を我慢する寸前の、とても哀しい表情を浮かべた。外見は二十歳のお姉さんだが、その心は主税と変わらない十二歳。主税と同い年だった内蔵助と会って以降、主税と会うこの瞬間まで誰も自分が見える人が来ず、座敷童女とはいえ独りぼっちは寂しいのだ。
「お父さんもお爺さんも田んぼへ出てるから、俺と一緒に遊ばないか?」
「真か!? 紋白も遊ぶのじゃ♪ 何して遊ぶ? 鬼ごっこか、それともかくれんぼか?」
男の子として、年上でも女性の哀しむ姿を見ていられない事に変わりはない。主税が遊びに誘うと、紋白は蕾が綻び、大輪の花を咲かせるように笑顔を取り戻した。
「そこはボタンを同時押しして」
「ぼ、ぼたん!? どこの牡丹を同時に押すのじゃ!? 牡丹などないぞ!?」
「え!? ボタンってこのコントローラーのボタンの事で‥‥」
主税が勧めたテレビゲームやマンガは、古い遊びしか知らない紋白には理解できず、1日と経たず飽きてしまった。
「これが今時の肌着か」
「あー、俺のトランクス! か、返せよ!」
「い・や・じゃ♪ これは見付けた紋白のも・の・じゃ♪」
すると主税の持ち物を漁り始め、見付けたトランクスを棒に付けて旗のように持って走り回る。その後を追う主税。主税は運動会の徒競走では、今までずっと一着だった。短距離の足の速さなら紋白より上だが、彼女は南部家の事を知り尽くしており、遮蔽物を巧く使って身を隠し、主税をやり過ごした後、逆にその後ろから追いかけた。
「捕まえたのじゃ♪」
「うっぷ‥‥(かく)」
「今度は主税が鬼じゃ♪ ‥‥って、ど、どうしたのじゃ!?」
いきなりぴたっとくっついて胸の中に抱き締めると、息が上がっていた主税はかつてない柔らかなマシュマロに包まれたまま気を失ってしまった。
「あの子ったら、何一人で遊んでいるのかしら?」
「主税も紋白ちゃんと会ったようだね」
田植えから帰ってきた主税の母、南部久美と父、南部内蔵助が息子の様子を見ていた。二人とも紋白の姿を見る事は出来ず、主税の一人遊びにしか見えなかった。
「何言ってるんですか‥‥そんな座敷童女とか妖怪だなんて、馬鹿馬鹿しい」
久美の言葉に、遠くを見つめる内蔵助。彼はかつて紋白に恋し、そしてその恋は儚く散っていた。
「紋白ちゃん、どうか主税をお願いします。あの子には私の時のような想いはさせたくはないからね」
『おお、そなたが内蔵助か! 立派になった‥‥紋白はこっちじゃよ‥‥』
内蔵助の姿を認めた紋白だが、彼は紋白の姿を認識出来ず、明後日の方向を向き、紋白に語り掛けていた。
●邂逅
南部家の近くを流れる清流は、近隣の田畑へ水の恵みを届けている。
「何? 見慣れない奴がいるだと?」
「綺麗な女の人と追い駆けっこをしていた奴をこの目で見たよ」
釣り橋の架かっている川岸には大岩がゴロゴロしており、その一つに腕組みをして偉そうに座る藤田強志と、彼へ主税の事を報告する東条晃彦の姿があった。強志はこの辺一帯の生徒が通う小学校のガキ大将、晃彦は強志の取り巻きで彼の頭脳(ブレイン)的存在だった。
「南部さんのところの子じゃない? 『孫が来る』ってお婆ちゃん言ってたわよ? 名前は確か‥‥主税さんだったかしら。綺麗な女の人は、南部さんのところの座敷童子じゃないかな?」
主税の実家の隣家の娘、泉香が説明した。香の家にも座敷童子がいるのに加え、彼女自身読書家なので、紋白の事はすぐに分かったようだ。
ちなみに、この界隈では座敷童子はさほど珍しくない。
「(ぬぬぬ〜、香ちゃんに名前を覚えてもらうとは生意気な奴め!)晃彦、そいつの顔を見に行くぞ!!」
「というか、すぐ近くにいるよ」
香は小学校のマドンナ的存在で、憧れる子も少なくない。強志もその一人で、香に良い風に見られたいのに、新参者の主税が彼女に名前を呼ばれた事を快く思わなかった。
強志と晃彦、香は、少し離れた場所で小石で水切りをして遊んでいた主税と紋白の元へやってきた。
座敷童子は家移りしなければ、常に家の中にいなくともその力を振るう事は出来るので、近くを出歩く事はあった。
「おい! お前が南部さん家(ち)の主税か?」
「主税か?」
「そ、そうだけど?」
突然ドスの利いた声を掛けられ、主税は一瞬怯んでしまう。
「俺様は藤田強志、あの小学校のガキ大将だ!」
「ガキ大将だぞ!」
「が、ガキ大将‥‥?」
東京では久しく聞かなかった言葉を、主税は思わず反芻した。
「(ふっふっふ、早くも俺様を恐れているな)ここに来たら先ず、俺様に挨拶をするのが筋じゃないのか?」
「筋じゃないのか?」
「いや、俺、ガキ大将の事知らなかったし」
晃彦は強志の一歩後ろに立ち、彼の台詞の一部を復唱する。だが、自分の事を恐れたと思った主税が意外にも平然と返してくるので、晃彦の方へ視線を泳がせる強志。
(「あのお姉さんの簪(かんざし)を取って逃げたらどう? 都会の子は体力がないっていうから、すぐにへばると思うよ」)
「都会モンは、お姉ちゃんと一緒じゃないと出かけられねーのか?」
「強志君、ケンカはダメよ」
晃彦の入れ知恵を受けた強志は香の制止も聞かず、紋白が髪に挿していた簪を取り、そのまま走り去ってしまう。
「ここまでおいでー!」
「はぁはぁ‥‥くっそーっ、徒競走なら絶対負けないのに! ‥‥ぜぃぜぃ‥‥」
「この勝負、なかなかの見物じゃのぉ。紋白の簪を必ず取り返すのじゃ♪」
追い掛ける主税だが、如何せん体力に差がありすぎ、晃彦の予想通り、早くもへばってしまう。
紋白は面白がり、妖力で近道を見付けると、主税はガキ大将のすぐ傍に出た。
「何!?」
「追いついた! 紋白の簪を返せえええ!!」
驚くガキ大将目掛けて、タックルする主税。二人はそのままもつれ合いながら川岸へと転がっていった。
「強志!?」
「主税さん!?」
「やったぞ、どうだ見たか!」
「‥‥なかなかやるじゃねーか。まぁ、手加減してやったんだけどな」
晃彦と香が駆け付けると、主税は簪を取り返しており、強志は減らず口を叩きながらも主税の事を認めていた。
「強志、一言多いよ」
晃彦が吹き出すと、その場は笑いの渦に包まれたのだった。
「二人とも怪我だらけじゃない! ちょっと待ってて‥‥」
「この程度の怪我、紋白の妖力で‥‥」
「いいからいいから(せっかく、香ちゃん直々に手当てしてもらえるんだからね)」
泥だらけの上に擦り傷だらけの主税と強志を見て、香はハンカチを濡らしに川へ走った。紋白が妖力で治そうとすると晃彦が止めた。
香が戻ってきて、缶の代わりに竹筒に汲んできた水で強志の方から泥を洗い流し、摘んできた蓬の汁を付けた。
「強志君が簪持ってきちゃってごめんなさい」
「よいのじゃ。紋白にも主税にも友達が出来たしのぉ」
主税から簪を預かり、代わりに紋白へ返す香。
「紋白さんも座敷童女ですよね? うちにも揚羽(あげは)っていう童子様いますから分かります」
「おお、揚羽は元気か!?」
香の家は農家ではないが、揚羽という座敷童子がいた。
「「「主税くーん、紋白さーん、あーそーぼー」」」
次の日から、南部家の前で主税と紋白の名前を呼ぶ強志と晃彦、香の姿があった。
「あれ、お母さん、紋白の分がないよ?」
「何言ってるの、ちゃんと人数分あるでしょう?」
「久美、もう一つやっておいて」
「もう、紋白だか揚羽だか知りませんけど、そうやって甘やかすんですから‥‥」
久美は主税に人数分、お菓子を持たせるが、未だに紋白の事を信じていない母親は紋白の分まで用意してなかった。内蔵助にお菓子を出すように言われ、仕方なく紋白の分も用意した。
強志は岩場を早く走るコツや釣りのポイント、釣り針に上手く餌を付ける方法を実践した。
晃彦は鬼ごっこやかくれんぼ、缶蹴りで鬼にならなかったり、長い間見つからない隠れ方を伝授した。
香は揚羽から教えてもらった裏山の花畑や山菜取りの場所、鳥が巣を作っている所等を主税に教えた。
「こんなの全然知らなかったよ!」
毎日のように夜遅くまで泥んこになって遊んだ主税と紋白は、数日経てば強志達と同じように遊べるようになっていた。
●別れ
出会いがあれば、その分、別れがある。
「そっか、明日には帰るのか‥‥」
「寂しくなるね」
主税から、別れ際に明日帰る事を打ち明けられた強志と香は、落胆の色を隠せなかった。
晃彦は一人、何かを考えているようだった。
翌日。内蔵助と久美と一緒に主税が帰り支度をしていると、強志と晃彦、香がやってきた。
「お前にやる、何も言わずに受け取れ」
「これは‥‥鯉のぼり!?」
「そう、俺と強志のな‥‥お前には色々と悪い事をしたと思っているよ」
強志が渡した大きな箱の中には真新しい鯉のぼりが入っていた。晃彦が両親に買ってもらったばかりの物だ。
晃彦は、この町でもそれなりにお金持ちの家の子で、真新しい物好きだった。連休には両親と都会へ遊びにいく事もあるので、都会育ちの主税の気持ちが分からない訳でもない。しかし、今住んでいるここが気に入っている事もあり、主税をあまり庇わなかった事を謝っているのだ。
「そんな事気にしてないよ。俺達、友達だろ?」
「そうか、そうだな。だけど、上げてる時間がないのが悔しいよな」
笑顔で返す主税。晃彦も笑顔になると、主税の腕の中の鯉のぼりを悔しそうに見つめた。南部家には昔は鯉のぼりを上げるポールがあったが、今は立てていなかった。
「じゃぁ、紋白が上げるのじゃ♪ みんな乗ると良いのじゃ♪」
紋白が人差し指を一振りすると、鯉のぼりはまるで風を受けているかのように宙に舞った。黒鯉に主税と紋白が、赤鯉に香が、青鯉に強志と晃彦が乗る。
「あら、鯉のぼり上げたのねぇ、みんなで上げたの?」
下の方から久美の声が聞こえた。
「また来いよ!」
「次は夏休みだな」
「また一杯遊びましょうね」
「紋白もいつまでも待っておるのじゃ♪ 紋白は古風な女子(おなご)じゃから、尽くすぞ♪」
「さよなら、みんな、さよなら、紋白‥‥え‥‥」
強志に、晃彦に、香に、そして紋白に別れの言葉を告げられた主税は、そこで初めて心の底から打ち解けた満面の笑顔を見せたのだった。そこへ紋白からキスが贈られ、主税の顔は桜のように真っ赤になっていた。
「あら、主税、どうしたの?」
「え‥‥お、俺、なんで泣いてるんだろ‥‥お父さん‥‥?」
「お前も、好きだったんだな」
強志と晃彦、香、そして紋白の姿が完全に見えなくなり、駅が見えてくる頃になって、久美に言われ、初めて泣いている事に気付いた主税。
その想いを知っている内蔵助が静かに告げると、主税は紋白への想いが自分の初恋だと意識し、無意識にうちに胸を抑えたのだった。
●そして、歴史は繰り返す
「パパ! ママ! 早く!!」
「今行きますよー! あなたも早く」
息子と妻が南部主税を急かした。
見えてきた実家には、蔵の傍らに鯉のぼりが飾ってあった。
主税が帰ってくる事を見越して、父、内蔵助が飾っておいたのだろう。くすみ、色褪せた鯉のぼりは、周りのそれと比べるととても綺麗とはいえないが、春の風を受けて大空を気持ちよさそうに泳いでいる。
あの鯉のぼりは、遠い遠い昔、まだ主税が小学生だった頃に交わした、親友達との友情の証。
そして、今でもまぶたを閉じれば鮮明に思い浮かぶ、あの娘の笑顔、姿。あの娘と過ごした短い短い思い出と、決して結ばれる事のなかった座敷童女――紋白――との初恋を、今度は息子が‥‥。
●出演
南部主税(前半)・南部主税(成人)の息子:七瀬七海(fa3599)
南部主税(後半):小鳥遊 日明(fa1726)
紋白:富垣 美恵利(fa1338)
藤田強志:月岡優斗(fa0984)
東条晃彦:日宮狐太郎(fa0684)
泉香:美森翡翠(fa1521)
南部久美・南部主税(成人)の妻:都路帆乃香(fa1013)
南部内蔵助・南部主税(成人)/演出:弥栄三十朗(fa1323)