Gomory―紫陽花と梅雨―ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
菊池五郎
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
2.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
06/15〜06/19
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●本文
イギリスの首都ロンドン、その郊外にパブ『Gomory』がある。
パブとは「パブリック・ハウス」の略で、イギリス国内に数万軒あるといわれ、老若男女問わず庶民のイギリスの庶民にとって自分の家の次に馴染み深い憩いの場所だ。
『Gomory』のこぢんまりとしたそう広くない店内には、椅子席で昼下がりの散歩がてらに訪れ、紅茶を楽しむ夫婦達や、カウンター席でローカルメニュー(地元料理)に舌鼓を打ちながらローカルビール(地酒)を味わう旅人達の姿が見受けられた。
「こんにちは、マスター」
「あら、リュシー、いらっしゃいな」
そこへリュシアン・リティウム(fz0025)が花束を持ってやってきた。『Gomory』の女性マスターは笑顔で彼女を迎える。
リュシアンはイギリスを中心に活動している、ロックのヴォーカルから俳優までこなすマルチタレントだ。彼女がまだ芸能界入りしていなかった大学生の時、『Gomory』でアルバイトをしており、女性マスターと顔馴染みだった。もっとも、『Gomory』の女性マスターは、リュシアンとそう歳は離れていない。先代のマスターである親から店を受け継いだのだ。
代替わりしたとはいえ、『Gomory』のローカルビールは健在だし、ローカルメニューの味も先代に負けてはいないと、評判は悪くないようだ。
「はい、日本の友人から戴いたのでお裾分けですわ」
「あら、鮮やかで綺麗な花ね。何ていう名前かしら?」
「アジサイですわ。日本で梅雨の時期に咲く花ですのよ」
「アジサイにツユ、ねぇ‥‥今度のライブの題材としてどうかしら?」
女性マスターは受け取った紫陽花の花束を手早く花瓶に移し替えると、空いているカウンター席に座るリュシアンへ紅茶を出した。
『Gomory』の店内には小さいながらステージがあり、定期的にロックのライブが開かれていた。
「面白いですわ。イギリスでは滅多に見られない紫陽花と梅雨を歌で表現するのも良いですし、梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばすような歌詞も良いですわね」
リュシアンもロックのライブには暇を見付けて参加しており、今回もやる気になっていた。
パブでのライブなので報酬は高くないが、ライブが終わった後、女性マスターよりローカルビールとローカルメニューが振る舞われる。それらを楽しみながら親睦を深めるのも良いだろう。
●リプレイ本文
●パブというところ
「ヨーロッパでの初仕事になるわね」
「MICHAELも、か。俺も仕事の為に欧州に来たのは初めてだな」
「それに、イギリス料理も凄く楽しみ〜♪」
「ああ、まったくだ。ローカルビール(地酒)にローカルメニュー(地元料理)が味わえると聞いちゃ、来るしかないだろう。もちろん、一番の楽しみはライブだがな!」
「リュシアンさん達といっぱいお話もしたいしね。楽しみなライブだわ♪」
ロンドンのヒースロー空港に降り立ったMICHAEL(fa2073)とUN(fa2870)は、リュシアン・リティウム(fz0025)を待っていた。
「お待たせしましたわ」
「いえ、アルエさんと一緒に空港の中を見て回っていましたから、飽きませんでしたよ」
「初めまして、小桧山秋怜だよ。ロック界の新星、リュシーとお会いできて光栄だよ。こちらはリュティスさん、こちらはアルエさん」
「‥‥‥‥‥よろしくお願いします」
リュシアンがロビーに姿を現すと、リュティス(fa1518)が手を振って位置を知らせる。彼女が息急き立てて駆けてくると、小桧山・秋怜(fa0371)が『DreamGarden』のメンバーを紹介した。アルエ(fa0646)は元々人見知りの上に、時差惚けでぼーっとしており、秋怜に脇を突っつかれて初めてリュシアンの姿に気付いたくらいだ。
先程リュティスと一緒に空港の中を見て回った時も、やはり見知らぬ土地は落ち着かないもので、リュティスの後を付いて離れなかった。
続いてUNが握手を交わし、MICHAELが熱い抱擁とキスを降らせる。
「これ、俺ら全員から、リュシアンと『Gomory』のマスターへ、ホンの挨拶代わりだ」
「まぁ、朝顔ですの! 日本の梅雨に咲く花ですわよね。ありがとうございますわ」
ジェンド(fa0971)が全員を代表して、リュシアンと『Gomory』のマスターへ朝顔の鉢植えをプレゼントする。今回のライブのテーマから梅雨に咲く花を‥‥と考えたようだ。
「朝顔の花言葉は『はかない恋』‥‥ジェンドさんも、そういう恋をしているのでしょうか?」
「な!? ちょ!? ちげぇよ。梅雨の時期に咲く花はこれしか思い付かなかっただけだぜ!」
「ふふ、そういう事にしておこう」
藤野リラ(fa0073)に朝顔の花言葉を突っ込まれ、狼狽えるジェンド。その様子から他意はないようで、藤野羽月(fa0079)は微笑んで妻――リラ――を後ろから軽く、優しく抱いた。
リュシアンの愛車で一路ロンドン郊外へ。パブ『Gomory』は、閑静な郊外の一角に建っていた。
「初パブです、大人です‥‥! 凄く楽しみですね、羽月さん」
「パブか‥‥確かに初めてだな、こういうところで歌うのは。そして、地元の料理もとても楽しみだ」
「はい、羽月さんと一緒に食べる初ローカルビールとローカルメニューも楽しみです」
「うふふ、そう力む必要はないですわ。イギリスの庶民にとって、パブは第2の我が家も同然、リラさん達も自分の家だと思ってくつろいで下さいな」
「では、お客様との距離もより縮まるのですね。皆様の演奏やお客様の反応から勉強致します!」
「そうだな、色々と勉強をして帰れたらいいな」
パブに期待を寄せるリラと羽月へ、リュシアンは説明を添える。
「いらっしゃい、ようこそ『Gomory』へ」
年季の入った木製の扉を開けると、カウンターの奥から20代半ばの女性マスターが凛とした声で出迎える。
こぢんまりとした店内は、カウンター席とテーブル席があり、2、30人が入れば一杯になってしまうくらいの広さだ。カウンターには地元の雑貨が売られており、テーブル席の間近にはピアノを備えたステージがある。
「よし、じゃぁ、準備に取り掛かるか。本番中に大幅な変更が必要にならねぇように、段取りとチューニングはしっかりとしておかねぇとな」
「その前に喉を潤したらどうかしら?」
ステージ回りを確認したジェンドが、車に積んである愛用のエレキギターを始め、羽月のドラムセットを運び込もうとすると、女性マスターがダージリンの香りと共に止めた。
●紫陽花と梅雨
「‥‥‥‥‥大入りですね」
「確かにステージと客席が近い分、密接感はあるな」
「イギリス人は無類のロック好きなのですわ。アルエさんやUNさんの事を聞いてやって来た常連ですわ」
『Gomory』の店内は2、30人入ればいいところを、既に40人は超えており、満員御礼だった。
控え室から店内を窺うアルエとUNに、リュシアンが嬉しそうに言う。
「『DreamGarden』の、小桧山秋怜とリュティスさん、アルエさんだよ」
代表で秋怜が挨拶する。彼女はエメラルドグリーンのマーメイドドレスを、隣に立つリュティスは薄水色のマーメイドドレスを纏い、後ろに控えるアルエはディープアクアマリンの長袖のパンツルック。アルエが立つステージは海を思わせ、秋怜とリュティスはさながら波打ち際で微笑むマーメイドのようだ。
♪突然に降りだした雨がくれた出会い
二人の運命はその時から動き始めた♪
最初の曲『Rain of love』はしっとりとしたミドルバラード。秋怜は備え付けのピアノを弾き、リュティスの歌声に合わせて、アルエも緩やかにしっとりと舞う。
♪Welcome to heaven いつでもおいでよ
笑顔が待ってるこの場所へ♪
続く『Welcome to heaven』は番組のエンディングソングになった曲で、アップテンポなポップチューン。秋怜は愛用のキーボードへ持ち替え、リュティスの歌声も早くなり、無表情だったアルエも時折笑顔を浮かべながら踊る。
♪私は夏を待ちきれない
今年の夏は彼と一緒に海に行こう
新しく買った水着を着て
彼と一緒にアイスを食べよう
今年は夏を待ちきれない♪
最後の『Cannot wait summer』はアップテンポなビートチューンだ。高度な鍵盤テクニックを要する曲だが、秋怜はそれを見事に弾ききる。リュティスの彼を想う軽やかで温かい歌声にアルエもステージを飛び出し、近くのテーブルの上で軽快にステップを刻んだ。
「アットホームな感じの所為でしょうか。安心して気持ちよく唄えました」
リュティスが感想を述べると、観客から拍手喝采が湧いた。
「『aeien』の藤野リラと羽月さんです。よろしくお願いします」
膝下丈の黒のシックなドレスに身を包み、お揃いの色の大きなベレー帽を被ったリラと、彼女に合わせて黒いシングルスーツを纏い、キャスケット帽を被った羽月が手を取り合ってステージへ上がる。
先ず、ドラムセットにリラが座り、ギターを持った羽月が中央に立つ。
♪高台から見下ろしてみても
雨の街は灰色にぼやけてた
僕の家が見えない
ぼんやり昼を過ごす公園も
初めて出逢ったカフェも
君の姿が見えない
この雨と霧は 君守るうてな
静かに巧妙に君を隠して
これ見よがしに世界を覆う♪
「紫陽花は萼(がく)の方が花のような面白い花です。萼の事を日本語で『うてな』と言います。それを高い場所を意味する『うてな』と掛けて‥‥」
♪だけど やがて雨は止むだろう
光の中ではっきり存在を訴える
君を僕は見つけるよ
ここは地上を見渡せる場所
僕は君を見つけるよ♪
雨雲を吹き飛ばす風のように清々しく、ハイペースな羽月のギターの旋律をメインに、リラが手拍子を誘えるノリの良いドラムを添える。
歌の変わり目に、『うてな』という歌のタイトルの由来を説明するリラ。その際、スティックを回転させ、早弾のパフォーマンスを魅せるなど、見ても楽しい音楽を披露する。
余韻を残す中、羽月が妻へステージの中央を譲り、リラは夫へキーボードを渡す。
♪移り気なその色
赤かと思えば 次の日ピンク 薄紫
色とりどりに 染まってく
あんたにとっちゃ 単純で
こちらにとっては 一大事
ひらひら ひらひら 移り気に
足し算・掛け算・割に合わん
だからすぐさま 戻って こう言うんだ
ごめんね 貴方が一番よ
あんたにとっちゃ その位
こちらにとっては 一大事
いらいら いらいら 葉を叩く露の様に
俺の心に 降り注ぐ事など気付きもしない
なのに 時に 俺の好きな色を映すから
困ったもんだ あんたから 決して離れられやしないんだ
こんな俺を笑うかい?♪
『うてな』とは打って代わり、『紫』はキーボードとエレキギターを使った、語りのバラード調。そのシンプルさと急激に上がったり、しんみりしたりと、音の上がり下がりの妙に、先程の余韻を残す観客達は度肝を抜かれる。
「紫陽花は土壌によって様々な色に変わり染まるんだ。そんな紫陽花を人に喩えてみた」
拍手が鳴る中、曲を説明する羽月だった。
「さぁて、『DreamGarden』と『aeien』がこれだけ湧かしたんだ。俺達で完全燃焼させなくてどうする」
取りを務めるのは、リュシアンを擁するUN達だ。
UNは白シャツに黒のカジュアルスーツをノータイで着、シルバーのバングルとウォレットチェーンが映える。
クラシカルなスーツに身を包み、ボディの端に髑髏の絵が白でペイントして黒いストラトタイプの愛用のエレキギターを持つのはジェンド。そしてもう1人のギター、MICHAELはリュシアンに合わせて、ドレスを着ていた。とはいえ、ギターを弾くので、邪魔にならないノースリーブの上に褐色のエキゾチックな脚線美を魅せるスリットが入り、なかなかにセクシーだ。そしてドレスの色は彼女が好きな燃えるような紅蓮。
「肌や髪の色といい、服装といい、あたしとリュシアンさんって対極な感じよね〜。性格も、かな?」
「ふふふ、そうですわね」
「ちょっとは否定してよー」
MICHAELの言葉を笑って肯定するリュシアン。思わず頬を膨らませると観客から笑いが起こり、続いてMICHAELも笑う。
♪俺たちゃ気ままなエンジェル 君の笑顔が見たければ雨雲だって吹き飛ばす♪
UNの歌は梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばすような爽快感溢れる曲だ。
リュシアンがバックコーラスを担当し、ジェンドとMICHAELは軽く歪ませ、重過ぎないような音色を心掛ける。UNの声質に合わせ、低音、高音域を使い分けながら和音を刻む。
途中でジェンドのソロ弾きが入る。
速弾きに始まり、MICHAELと中央で向かい合い、スピード感のあるメロディを絡め合わせて弾いたり、交互に短いフレーズを弾く。
ステージの先端に立ち、「もっとノッて来いよ!」と身振り手振りで客を煽ると、彼らのノリも最高潮に達する。
♪雨の街に咲く虹色のパラソルは紫陽花のようで 雨を受けて輝く♪
そこでリュシアンの登場だ。『紫陽花を表現したメロディアスな曲』を唄う。今度はUNがバックコーラスとして華を添える。
ジェンドは大きく音を歪ませた重い音と、軽く繊細な透明感のある音を事前に作ってあり、足元のスイッチを踏んで巧みに変える。それは和音を刻むというよりも、和音をバラして一音づつ弾くアルペジオ。まるで静かな音の響きが、雨音のようにぽたりぽたりと聞こえてくるかのようだ。
半獣化し、帽子を取るリラと羽月がステージへ上がる。
ラストはUN達ユニットと『DreamGarden』、『aeien』とで全く違う歌を同時に歌う、重唱(クォドリベット)だ。
♪泣いてないで 鳴いてないで 何が悲しいの? 空♪
♪雨夜の月が あらわれたら 笑顔がそこに〜♪
♪色を変えながらも また咲くだろう 鮮やかに♪
リラの歌に合わせて梅雨空からあける空の蒼さを思い、明るく軽快な旋律を弾く羽月。
『DreamGarden』は梅雨明けをイメージした明るい歌だ。
そしてUNとリュシアンは、羽月の前奏の明るい音から、最後には皆の音が重なる追走曲へと繋がる旋律に合わせて高らかに低音と高音を唄った。
歌い終わった後、惜しみない拍手が店内に鳴り響き続けたのだった。
●ローカルビールとローカルメニュー
リラと羽月の前にイギリス料理の代名詞、タラのフライと大きめに切ったポテトフライ『フィッシュ&チップス』が置かれた。続いて牛肉とニシンの切り身を煮込んだシチューをパイで包んだ『エールパイ』も出てくる。
「このシチュー、絶品です。ビールともよく合います」
「これが地元ならではの味付けか」
パイから溢れたシチューをタラのフライやポテトフライに掛け、はふはふ言いながら食べる夫婦。
「パブごとに味付けが違うというからな。『Gomory』のエールパイのレシピ、教えてくれないか?」
次はいつ食べに来られるか分からないUNは、羽月同様レシピの研究に余念がない。
「こんな素敵なお店でリュシアンさんとご一緒できて光栄です」
「ロック好きのイギリス人をあそこまで湧かしたんだから、お前の美声はかなりのモンだぜ」
「今度はリュティスちゃん達と組むのもいいなぁ。機会があったらあたしも誘ってね」
ジンジャーエールやローカルビールを酌み交わしながら、ライブの感想を語り合うリュティスとジェンド、MICHAEL。
「いつかリュシーに作曲を提供したいな。僕達の歌の入ったCDなんだ。良ければ聞いてもらえると嬉しいな」
「楽しみにしていますわ。これはCDのお返しですの」
『DreamGarden』のサイン入りCDをリュシアンへプレゼントする秋怜。彼女はお返しにレインボーパラソルを全員へ贈った。
「この炭酸、美味ひいれふ〜、るひはんはん、もっとくらはい〜」
「これって‥‥ビールですわよ!?」
秋怜がリュシアンとの話に興じて目を離した隙に、ぼーっとしながら炭酸飲料と間違えてビールをぐびっといっちゃったアルエは、顔が真っ赤になり灰銀色の毛並みのいい猫の耳と尻尾が現れた。
それから15分程店内を混乱の渦に巻き込んだ後、パタリと水直下爆睡してしまうのだった。