真夏の夜のドラマSPアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 菊池五郎
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/21〜08/25

●本文

 ここは七福神が祀られた神社の境内――ではなく、江ノ電の車両の中。民家に触れるのではないかと初めて乗る者は思うくらい、家々の合間を縫うように走ると、車窓一杯に海岸が広がる。
「うわ〜、海だ〜、ミコちゃん、海だよ〜!」
「由比ヶ浜ですわね。この先に新田義貞の鎌倉攻めで有名な七里ヶ浜があり、江ノ島はもう少し先ですわ」
 車窓の方を向いて、子供のようにはしゃぐ橘・緒登(たちばな・おと)。隣に座る緒登の幼馴染みにして大親友の山都・美琴(やまと・みこと)が、ちょっとした観光案内を加えつつ説明する。
「本当にありがとうございます。弁天さんがいなかったら日帰りの予定でした」
『お姉さんにまっかせなさい。私も海に来たかったし、江ノ島は顔が利くのよ』
「本当ですわ。よくこの時期に江ノ島で宿が取れたものです」
 一頻り海の青さを堪能した緒登はロングシートに座り直すと、隣で真っ昼間から日本酒を飲んでいるカジュアルスーツ姿の美女――弁天――に話し掛けた。
 緒登と美琴、大和・武(だいわ・たける)の3人は、夏休みに海へ行く計画を立てた。当初は日帰りの予定だったが、武が行き付けの七福神が祀られた神社の娘弁天と、その神社に仕える巫女、天埜・探女(あめの・さぐめ)に「この夏はどうします?」という世間話の中で海に行く計画を話すと、弁天が江ノ島に宿を取って武達全員を招待し、急遽、4泊5日の旅行となったのだ。
 美琴が感心するのも無理はない。お盆の真っ直中に急に宿を取ったのだから。
 それもそのはず、弁天とは世を忍ぶ仮の姿。その正体は探女が仕える神社に祀られている七福神の一神、弁財天――サラスヴァティ――だ。弁財天達神様は人間に顕現(=変身)しない限り、普通の人はその姿を見る事の出来ない。
 江ノ島には日本三大弁財天を祀る江島神社があり、いわば弁財天の庭のようなもの。今年も弁財天の降臨の為、ちゃんと宿は確保されていたのだ。
「大和さん、どうされました? 先程からあまり楽しくないようですが」
「い、いや、そんな事はないですよ」
 はしゃぐ緒登や美琴、既に出来上がっている弁財天とは対照的に、武は沈痛な面持ちを浮かべながら車窓をぼーっと眺めている。端から見てとても楽しそうには思えない。探女の記憶が正しければ、鎌倉駅に着く頃からずっとこんな感じだ。

 江ノ島駅で江ノ電を降り、ピンボールや射的といった昔ながらのゲームセンターがある通りを抜けると、眼前に緑に萌える江ノ島が広がる。
『武に荷物を持たせっぱなしも悪いし、先にチェックインするわよ』
「武君、大丈夫?」
「ああ、伊達に剣道で鍛えてないからな」
 宿泊日数が多くなれば、比例して女性の荷物は多くなる。武は4人分のアタッシュケースやボストンバッグを運んでいた。
「‥‥大和‥‥君?」
「え!?」
 東浜海水浴場から、江ノ島へ架かる江ノ島弁天橋を渡ろうと歩き始めてすぐ、不意に武を呼ぶ女性の声が聞こえた。
 声の主は近くの出店で客の応対に当たっていた少女だった。歳は緒登や美琴とそう変わらないだろう。
「櫛名田‥‥さん?」
「やっぱり大和君だぁ!」
 どうやら武の知り合いのようで、出店から駆けてきて武の手を取った。
「武君、その娘は?」
「あ、ああ、俺、去年まで江ノ島の高校にいて、その時友達だった櫛名田・比売(くしなだ・ひめ)さんだ」
「櫛名田比売だよ、よろしくね!」
 怪訝そうな顔で武に訊ねる緒登。武は苦笑いを浮かべながら比売を紹介し、その後緒登達を紹介してゆく。
 比売の家は旅館をやっており、武達がお世話になるのは比売の家のようだ。
「よぉ、大和じゃねぇか。また勝ち逃げに来たのか?」
「八俣‥‥」
 次いで、武より頭半分大きな男性がサーフボードを片手で抱えて現れる。武は緒登達を背中に匿うように、彼の前に立ちはだかる。彼の名は八俣・遠呂智(やまた・おろち)。江ノ島の高校に通っていた際、何かと武に勝負を吹っ掛けてきていた。
『武の感動の再会もいいけど、彼、私達の荷物持ってるのよねぇ。それにまだ日焼け止め塗ってないから、あまり日焼けしたくないのよ。悪いけど、通らせてもらうわよ』
 流石は保護者というべきか。弁財天は臆する事なく手をヒラヒラと振って遠呂智の前を通ってゆく。その後に続く探女と緒登、美琴。
「俺もお前のテリトリーで戦う程バカじゃないさ。爽やかにこれで勝負といこうぜ? 賭けるのは比売の唇だ。何なら“初めて”でもいいぜ?」
「!?」
「おっとやる気になったようだな。4日後の朝、七里ヶ浜で待ってるからな。逃げたらどうなるか‥‥分かってるよな?」
 遠呂智はサーブボードと比売を交互に指差し、下卑た笑いを浮かべると浜へ戻っていった。
「大和君、ごめんね‥‥遊びに来たのに巻き込んじゃって‥‥」
「あいつ‥‥まだ俺の事目の仇にしていたのか」
(「それだけではないと思いますわ」)
 武を見る比売の目と、比売を見る遠呂智の目を見た美琴は、ピンと来たようだ。
「武君、サーフィンやった事あるの?」
「ないけど、この3日間でモノにするしかないだろ。橘さんや山都さんには迷惑は掛けないから、弁天さんや探女さんと海を楽しむといいよ」
 心配そうに自分を見つめる緒登に、にっこりと笑いかける武だった。


■主要登場人物紹介■
・サラスヴァティ(弁財天):外見20代後半。元々は河の神で、そこから音楽神、福徳神、学芸神となる。人間に顕現するとカジュアルスーツ姿の美女になる。神力は楽器による魅了、水を操る攻撃と防御、傷を癒す等。
・天埜・探女:外見20歳前後。弁財天を始めとする、七福神を祀る神社の巫女。おっとりしていて穏和な性格だが、芯は一本通りしっかりしている。禊ぎをする為か水泳はそこそこ得意。

・大和・武:外見17歳前後。高校生。両親の仕事の都合で転校を繰り返し、友達作りが下手な好青年。剣道の達人で前年度の高校生剣道全国大会個人戦優勝者。愛用の竹刀の名前は草薙。
・橘・緒登:外見17歳前後。高校生。美少女で黄金律のスタイルを持つ私立高天原高校のアイドル。本人は気さくな性格で嫌味はない。
・山都・美琴:外見17歳前後。高校生。緒登の幼馴染みで、小中高とずっと同じクラスの間柄の大親友。学級委員長を務めており、愛称は“いいんちょ”または“ミコちゃん”。しっかり者。

・櫛名田・比売:外見17歳前後。高校生。武の数少ない友達。転校する前から武の事が好きで、今でも武の事が忘れられずにいる。家は旅館を経営している。
・八俣・遠呂智:外見18歳前後。武達より一学年上の高校生。櫛名田比売に想いを寄せているが、武に一度敗れている。大のサーフィン好き。
※外見はあくまでイメージであり、配役はこれに沿う必要はありません。
※原則、獣化は出来ませんが、弁財天の神力は獣人の能力で代用しても構いません。


■技術傾向■
体力・軽業・発声・芝居

●今回の参加者

 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa0658 梁井・繁(40歳・♂・狼)
 fa0684 日宮狐太郎(10歳・♂・狐)
 fa1357 結城 紗那(18歳・♀・兎)
 fa1526 フィアリス・クリスト(20歳・♀・狼)
 fa3938 月影 飛翔(20歳・♂・鴉)
 fa4287 帯刀橘(8歳・♂・蝙蝠)
 fa4360 日向翔悟(20歳・♂・狼)

●リプレイ本文


●交錯する想い
「前はお前のテリトリーで負けたが、今回は俺のテリトリーだ。負けた言い訳は考えなくてすむだろう? せめて勝負に見えるくらいの事はしてくれよ」
「気を付けて。八俣君は、この辺りの浜で開かれているサーフィン大会で、大人に混じって出場して上位入賞する程の腕前だよ」
「く‥‥」
 不敵な笑みを浮かべる八俣・遠呂智。その笑みが顕す自信の程を、大和・武の背中に匿われた櫛名田・比売がそっと耳打ちする。
「‥‥せいぜいこの3日間、無駄な足掻きでもするんだな」
『で、どうするの? 彼、相当出来るみたいよ』
「武君‥‥」
「八俣の言う通り、俺が転校して勝ち逃げしてしまったのは事実ですし、あいつが勝負に白黒付けたがっているなら受けるまでです。出来る出来ないは関係なく、大切な友に迷惑は掛けられません。だから、今はやるしかないです!」
 弁財天は遠呂智の後ろ姿を目で追いながら武に訊ねる。遠呂智の持っていたサーフボードは、上級者向けの短く薄いショート・ボード。加えて、先程比売が武に耳打ちした内容――弁財天は地獄耳‥‥ではなく、順風耳を神力として有している――から、容易ならない相手に間違いない。
 橘・緒登が心配そうに武のパーカーの裾を引っ張る。案の定、彼は『友達である比売を護る』為にやる気になっていた。
(「友達‥‥そう、だよね。わたしと大和君は‥‥」)
 『友達』という言葉に、武が自分に特別な感情を抱いていない事を知ってしまい、俯く比売。
「‥‥わたしは、絶対大和君が勝つって信じてるから。大和君は友達の信頼を裏切らない人だって、わたしは分かってるから、大丈夫」
「そんな事は俺がさせない」
 顔を上げ、真っ直ぐに武を見つめる比売。賞品になってしまった自分の唇を無意識の内に撫でる彼女の姿に、武は力強く頷いた。

「ねえ、ミコちゃん。あたし、どうしたんだろう? 櫛名田さんが武君の話をするたびに胸の奥が何かおかしいんだ」
 楽しそうに話す武と比売を見ていた緒登は、何故か胸の奥にもやもやとした不快感を感じ、幼馴染みで大親友の山都・美琴に告げた。本人はまだ気付いていないようだが、それは『嫉妬』だと美琴には分かっていた。


●特訓開始!
 元々河の神だけあって、弁財天はウォータースポーツに精通し、達人級の腕前を持っている。
 まず、武の利き足からサーフボードの立ち位置を決め、姿勢を確認すると、早速ボードの上に腹這いになり、海の上を移動するパドリングの練習から始める。
「うわ!?」
『小波を逃げちゃダメよ。サーフボードは友達だと思いなさい』
 度々、小波が崩れた後に出来るスープに押し戻され、沖へ進めない武に、スルーの方法を叩き込む。
「がは!?」
『ワイプ・アウトは重要よ。ケガをしたくなければとにかく覚えなさい』
 何とか沖に来られるようになると、今度は転け方を教える。サーフィンで一番危険なのは、転けた後の自分のサーブボードなのだ。
「げぼ!?」
『少しくらい水を飲んでも死なないから突っ込みなさい!』
 武が失敗するたびに、弁財天の叱咤激励が飛ぶ。だが、何度失敗しても果敢に挑んでゆき、前よりも着実にほんの少しずつだが上達してゆく武。

「‥‥ちぃ」
 武と弁財天の様子を物陰から窺っていた遠呂智は、苛立ちを顕すように舌打ちする。武の腕前は、到底今の自分には及ばない。しかし、確実に上手くなっているのは確かだ。
 遠呂智が比売を賭けて武に勝負を挑んだのは、去年の体育祭だ。武が剣道の団体戦に出場するという話を聞き、自分も選手として登録し、決勝で相見えた。遠呂智も剣道の腕前はそれなりにあったが、相手は全国優勝者、手も足も出ず、ストレート負けしてしまった。
 体育祭に参加する為、ギリギリまで転校を遅らせていた武は、体育祭の後、転校してしまったので、彼も比売から告白は受けていないはずだ。
「嫌な事思い出しちまったぜ‥‥だが、今度は俺が勝つ。そして比売に‥‥ちぃ」
 遠呂智は思い出した記憶を振り払うように頭を振ると、比売の実家の旅館が経営する海の家の店頭で働く彼女へ視線を移すと、比売は手がお留守になりながら武の練習する姿を熱心に目で追っていた。
 益々苛立った遠呂智は、愛用のサーフボードを持って波打ち際へ駆けていった。

 武に「海を楽しむといいよ」と言われたものの、緒登の性格からして武が頑張っているのに遊ぶのは忍びなく、美琴と2人で比売の海の家で働く事にした。
 Tシャツにハーフパンツ、店のロゴの入ったエプロンという健康的な色気を感じさせる格好の比売。一方、緒登と美琴はお揃いワンピース、加えて美琴はパレオ付きという水着の上にパーカーを羽織り、店のロゴの入ったエプロンを付け、こちらは楚々として且つ、どことなく艶っぽさを漂わせている。
 3人の美少女が店員をしているという噂は噂を呼んで、海の家は千客万来。
 とはいえ、元々来店の理由が比売や美琴狙いなので、ナンパも多い訳で。馴れ馴れしく声を掛けたり、品物を受け取る際手を握ったり、デートに誘う輩も出てきた。
「親の前でうちの娘を口説かないで欲しいものだね」
 美琴に詰め寄る男性の腕を掴む者がいた。美琴達のクラスの副担任、酒田繁雄だ。
「よぉ! こんなところで働いているとは思わなかったよ」
「酒田先生、ありがとうございます。本当、奇遇ですよね。江ノ島にはお酒を求められてですか?」
「ははは、山都君はお見通しか。鎌倉には大吟醸を始め、美味しい地酒が多くてね。それを飲みに来た、今は休み中のしがないおじさんだよ」
 美琴は繁雄が休みのたびに名酒を求めて全国各地をふらりふらりと旅しているのは知っており、繁雄は苦笑いを浮かべる。
「あの、大和君と緒登ちゃんって、どういう関係なの?」
「どういう関係って‥‥クラスメイトだし、大事なお友達よ」
 美琴が繁雄と話している時、比売は思いきって緒登と武の関係を聞いていた。
 女の子同士の気安さもあって、緒登と比売はバイトを通じて仲良しになり、お互いちゃん付けで呼ぶようになっていた。
「なんだ、ただの仲の良い友達なんですね」
(「あ、まただ‥‥どうしたのかな、あたし?」)
 答えを聞いてあからさまに安堵してみせる比売。彼女の安心したような顔を見ると、またあのもやもやした感じが心の奥底に鬱積し始める。
「でも、大和君って変わってないなぁ」
「去年まで比売ちゃんの高校にいたんだよね?」
「うん、ほんの数ヶ月だったけど、楽しかったよ」
 比売の学校での武のエピソードを、緒登の知らない武の一面を、思い出しながら楽しそうに話す比売。もやもやした感じは、いつしか少しずつ胸をちくちく刺すようになっていた。


●神様達も夏休み?
「はい、本日の特訓終了。午後からは武も遊ぶんだよ。ずっと特訓ばっかりじゃ精神保たないからね。ちゃんと息抜きはしないといけないわよ」
 そう厳命する弁財天は既に、黒の大人っぽいビキニ姿で臨戦態勢完了。
「やれやれ、相変わらずだね」
「げ!? ディオニュソス」
 武と別れた弁財天に声を掛ける繁雄。彼の正体はギリシア神話に登場する、豊穣とブドウ酒と酩酊の神ディオニュソスだ。
「げ、はないだろう、げ、は。ご挨拶だなぁ。相変わらず彼に肩入れしてるようだけど、僕は君と違って深く関与しないつもりだよ。こういうのは中立の立場で見るのが楽しいからね‥‥それに、いるのは僕だけじゃないし」
 愉しそうに顎を撫でる繁雄の視線の先には、海の家の軒下に若い女性達の人垣があった。
「まさかまさかまさかまさか」
「やぁ、サラスヴァティ達も来てたんだ? まぁ、のんびりしていってよ」
 人垣の中には、手にした宇治金時のカキ氷を美味しそうに頬張る小学生くらいの男の子が1人。白の半袖パーカーに紺色の膝上丈パンツを着て、白い生足を無防備に晒すその姿は、まさに“お姉さんキラー”だ。
「のんびりしていってよって、ここ、あんたの海の家じゃないでしょうに!」
「僕は何処でも顔パスさ☆ あ、僕? 夏休み中〜」
「はぁ‥‥あんたねぇ、神様の休みは神無月って決まってるでしょ!」
 弁財天の質問をのらりくらりとかし、ウインクする大黒天。すっかり毒気を抜かれた弁財天は額を押さえる。
 神無月(10月)には全国の神様が出雲の出雲大社へ集まり、1年の事を話し合う為、出雲以外には神様が居なくなる月の意味として一般的に神無月と呼ばれている。逆に出雲の方では神在月と呼ぶのだ。

「海といったらやっぱりこれだよな! それそれ!」
「きゃぁ、武君冷た〜い!」
「なったなぁ、お返しだよ! えいえい!」
「うわ、冷てぇ!」
 波打ち際で水のかけっこをする武と緒登、比売。美琴はビーチパラソルの下で読書をしている。
「はぁはぁ、喉乾いたね、ジュース買ってくるよ。大和君はアクエリアンでいいよね? 緒登ちゃんは?」
「‥‥わたしは午前の紅茶のレモンティーでお願い」
 武の飲みたいものは聞かなくても分かっているようだ。緒登の飲みたいものだけ聞くと、比売は自分の海の家へ駆けてゆく。
「武君、何であそこまで一生懸命に練習できるの?」
「何でって‥‥橘さんだって、自分のせいで山都さんに迷惑が掛かるかもしれないと思ったら、どんな事だって頑張れるんじゃないのかな? 多分、同じだよ。櫛名田さんには色々と世話になったし、転校したからといっても友達じゃなくなった訳じゃないからね」
 緒登に聞かれ、そう応える武。それは緒登の求めていた本当の応えではなかったが、『友達』という単語に、胸の奥に燻っているあのもやもやちくちくが少し薄らいだ気がした。


●勝負は時の運
 4日後の早朝。武は遠呂智に指定された場所へやってきた。
「怖じ気づかずに来たようだな。それは褒めてやるよ」
「ご託はいい、さっさと始めるぞ。俺が勝ったら約束は守ってもらうからな」
「俺が勝ったら比売の唇はもらう事も忘れるなよ?」
 2人はしばし視線をぶつけ合わせた後、サーフボードで沖へと出て行く。

「基本は出来てるようだけど、実力は及ばないよ」
「後は、サラスヴァティがどう出るか、かな」
 七里ヶ浜が見渡せる小動岬(こゆるぎみさき)から、勝負の行方を見守る大黒様と繁雄。
 もちろん、人間の視力で見える距離ではない。2人は神力の1つ、千里眼で見ているのだ。
 大黒様はブルーハワイのかき氷を突っつき、繁雄は昨日買ったばかりの鎌倉の地ビールを一杯やりながら。
 大黒様の傍らには、一般的な大黒様の像が持っている打出の小槌が置かれていた。この打出の小槌、人間の魂を入れ替えたり、憑依させる事の出来る神器だった。大黒天はこの打出の小槌を使い、武にプロのサーファーの魂を憑依させようとしたのだが、弁財天に断られてしまった。

「さて、と。あんまり妨害工作とか得意じゃないけど、縁結びの為になんとかしないとね。武もこの数日で上手くなったけど、あのままじゃ、多分、勝つ事は無理だろうし‥‥と、言う訳だから、ヴァルダもちょっとだけ手伝って、ね?」
「やれやれ、神様使いの荒い女神様だ事」
 弁財天は十二天の一神、ヴァルダこと水天を呼んでいた。
 彼女は河の神であり、影響を及ぼせるのは河までだ。海は西の守護神であり、水を操る水天に頼るしかない。
 水天の目から見ても今日はサーフィン日和とはいえず、おそらく良い波は来ないだろう。素人に毛が生えた程度の武の敗北は目に見えていた。
 水天が手を翳すと、本来起こり得ない波が、武と遠呂智の背後に生まれた。
 サーフィンはワンマン・ワンウェーブが原則であり、1つの波に1人しか乗る事が出来ないが、水天の起こした波はピークを境に左右に割れた。時々起こるこの波には2人乗る事が出来るので、武と遠呂智は同時に上手く波に乗った。
 だが、遠呂智は途中で波に煽られ、転倒してしまう。
「大和君!」
「やってられるか‥‥運だろうが負けは負けだ。でもな、これで終わったと思うなよ。次来る時は先に俺に連絡を寄越せ。盛大にやってやるからな!!」
 緒登達に先んじて浜辺に着いた武を出迎え、抱き付く比売。
 そう捨て台詞を残し、去ってゆく遠呂智。武と比売のキスシーンは見たくないのだろう。
「‥‥約束だから、いいよ」
 顎を軽く持ち上げ、目を瞑る比売。
「ちょ、ちょっと待って! 武君がする必要はないでしょ!」
「そりゃ、そうだ。俺より櫛名田さんに好きな人が出来たらしてあげるといい」
 緒登が割って入ると、武も納得する。
「‥‥わたしは大和君でも良かったんだけどな」
「え?」
「何でもな〜い。今日の午後には帰るんでしょ? 残りの午前中、目一杯遊ぼうよ!」
「じゃぁ、花火やろうよ、花火。武君が勝ったらやろうって取っておいたの!」
 緒登が用意してきた花火を見せる。呟きを聞き取ってもらえなかった比売は少しだけ意地悪く武の背中を押し、緒登の元へ連れて行くのだった。


♪〜
 懐かしい想い出 思い出している
 優しい海に抱かれながら

 ここで出合った友達
 一緒に笑いあったあの時

 過ぎていく時間の波に
 消されそうな記憶 抱きしめ
 遠い道を歩いているけど

 きっと忘れないから‥‥
 きっと‥‥ずっと‥‥
〜♪


●出演
 大和・武:日向翔悟(fa4360)
 橘緒・登/山都・美琴(二役):結城 紗那(fa1357)

 櫛名田・比売:楊・玲花(fa0642)

 ディオニュソス(酒田繁雄):梁井・繁(fa0658)
 シヴァ(大黒天):日宮狐太郎(fa0684)
 ヴァルダ(水天):帯刀橘(fa4287)

 八俣・遠呂智/エンディングテーマ(ギター伴奏):月影 飛翔(fa3938)
 サラスヴァティ(弁財天)/エンディングテーマ:フィアリス・クリスト(fa1526)