八百八町異聞〜反魂香アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
菊池五郎
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
8.6万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/25〜10/29
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●本文
お珠が目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。すっきりしない頭のまま辺りを見回すと、畳敷きの部屋に寝かされていた。
そこで、自分が安倍逅明に飛び付いて一緒に消えた事を思い出し、身体を起こそうとする――が、何故か身体が動かない。そればかりか、着物を脱がされ、ほぼ全裸で横たわっていた。身体の下にある布団のような感触は自分の着物らしい。
辛うじて自由の利く顔を動かすと、自分の身体を触る逅明の姿があった。
「へ、変な事したら、即、舌を噛み切るよ!!」
「それは困るな‥‥お前に死なれるのは哀しい」
「え‥‥」
お珠が目覚めた事には気付いていたようで、第一声の怒声に動じる事のなかった逅明だが、意外な応えに逆に彼女の方が驚いてしまう。
逅明の指がお珠の身体中を這ったが、特に卑猥な事をされた訳ではない。どちらかというと触診に近かった。
「まさか、そんな‥‥そんな事が‥‥」
触診を終えた逅明は、酷く驚いていた。身体の自由が利くようになったお珠は、すぐに着物を掛け、取り敢えず身体を隠すのだった。
お珠と逅明のいるここは、どうやら逐電屋平八郎の住む長屋の近くにある旅籠屋の離れらしい。らしい、というのは、結界が張ってあるのか、この離れから出る事が出来ず、見える風景から推測する事しかできないからだ。
風呂や厠は離れにあり、食事も三食運ばれてくる――しかも、町民のお珠が普段食べている物より数段豪華なお膳――ので、離れから出られない以外、逅明はお珠を自由にさせていた。
また、逅明は至って紳士的にお珠に接した。触診は最初の一回だけだったし、特にいかがわしい事をされる事もなかった。
身の危険が和らいだ事で、お珠にも精神的な余裕が生まれた。すると彼女は、今まで『敵』としてしか見てこなかった逅明の、別の一面が見えるようになった。時々、自分を見る瞳が憂いでいるのだ。
逅明の優しさは平八郎の優しさとは違う、兄が妹に向けるような優しさだった。
「あなた、あやかしを倒したり、封印してるんでしょ? 何で? 瑠璃や華乃は悪いあやかしじゃないわよ?」
お珠は思い切って聞いた。すると逅明は懐から一枚の紙を取り出し、彼女に渡した。
「‥‥これは、あたし!?」
そこにはお珠の浮世絵(=似顔絵)が描かれてあった。勿論、お珠にはこんな浮世絵を描かれた覚えはない。
「俺の妹の鋼玉だ」
「妹‥‥」
「瓜二つ」という言葉があるが、まさにこの事だろう。
なるほど。彼のお珠への視線の意味がようやく分かった。逅明は彼女に妹の面影を重ねていたのだ。
「それだけではない。お前の身体は、鋼玉と何から何まで酷似していた‥‥生き写しと言っても過言ではない」
先の触診はお珠の身体の寸法等を測っていたようだ。
「生き写しって‥‥まさか」
「ああ、殺された、もう二十年も前の事だ‥‥」
「二十年前って‥‥」
「陰陽術には、加齢を抑える術もある」
お珠の視線に逅明は苦笑し、肩を竦める。こんな表情や仕草を見たのは初めてではないだろうか。
「お前やあの逐電屋と同じだ。鋼玉も妖怪共を『友達』と抜かしていた! だが、鋼玉はその妖怪共に殺された! 俺が駆け付けた時には、既に身体の半分以上を食われていた! なのに、最期に言った言葉はなんだと思う!? 『この子達は悪くないよ』だ! 鋼玉を喰らう妖怪共のどこが悪くないと言うんだ!!」
妖怪の事となると、烈火の如く言葉を荒げる逅明。彼が妖怪退治を生業としているのは、妹の敵討ちの為だった。
「だが、俺はお前という、鋼玉の生き写しを見付けた。名は体を表すと言うが、お前の名前、珠は貴石の俗称、つまり鋼玉の身体を生まれ継いだのだ」
「身体を生まれ継いだって、生まれ変わりとかじゃなく?」
『輪廻転生』は決して珍しい考えではない。だが、逅明はわざわざ「生まれ変わり」ではなく、「生まれ継いだ」と言った。
「鋼玉が生まれ変わる事はない。鋼玉の魂は私の中にあるのだからな」
逅明が白を基調とした狩衣の前を開くと、彼の胸にうっすらとお珠――否、鋼玉の顔が浮き彫りの如くあった。逅明は消えゆく鋼玉の魂を自分の中に取り込んだのだ。
「そして鋼玉を生き返らせる身体も見付かった。一つの身体の中に二つの魂が存在し続ける事は無理がある。俺とてそう長くはこの術を続ける事は出来ない」
「まさか‥‥」
逅明の言わんとする事を察し、後退るお珠。だが、この離れには結界が張ってあり、出る事は叶わない。がたがたと襖の揺れる音が虚しく響く。
「そう、お前の身体に鋼玉の魂を宿し、生き返らせる。“反魂の術”は安倍一族の中でも、晴明しか成功させた事はないと伝え聞くが、奪った妖怪共の妖力を篭めたこの反魂香があれば、俺でも反魂の術を成功させる事が出来る」
「嫌! 助けて、平八郎さん‥‥」
躙り寄る逅明。反魂の術で鋼玉の魂がお珠の身体に宿れば、反魂香の力で彼女の魂は消滅してしまうという。
お珠は自然と平八郎に助けを求めていた。
時は天明元年(1781年)。長きに渡る平八郎と逅明の決着の日は、そう遠くはなかった。
■主要登場人物紹介■
・平八郎:29歳。逐電屋(=夜逃げ屋)を営むが、その正体は甲賀忍者。武器は手裏剣や苦無。
・お珠:20歳前後。岡っ引千造の娘で美女だが、ひんぬーを気にしている。平八郎に助けられて以降、押し掛け女房同然に通い妻中。奉行所の情報に精通している。
・安倍逅明:20〜30代。冷酷非情で好戦的な陰陽師。攻撃系の陰陽術を好んで使う。妖怪を絶対悪と決め付けて憎んでいる。
・安倍鋼玉:20歳前後。逅明の妹で、陰陽師ではないが妖怪と心を通わす力を持っていた。しかし、友達だった妖怪に殺されてしまう。その魂は逅明の身体の中にあり、肉体はお珠として転生している。
・お鈴:十代後半。表向きは読売(=瓦版)屋だが、その正体は伊賀忍者のくノ一で裏社会の情報に精通している。但し、今は抜け忍の身なので、伊賀忍者から追われている。平八郎を「兄ぃ」と呼んで慕っている。ひんぬー。
・お琳:十代後半。普段は辻で竹細工の売り子をしているが、その正体は伊賀流のくノ一でお鈴の親友。お鈴同様抜け忍の身で同居している。忍者刀の扱いはお珠に及ばないものの、忍術の腕前は上。胸は普通。
・瑠璃:10歳前後。越前の海の沖に住む人魚族の末妹。姉を助けた平八郎に懐いて、強引に居候をしている。水を操る妖術(主に回復系)を使うが成功率は三割にも満たない。もちろん、ひんぬー。
・華乃:20代前半〜30代前半。奥多摩に住む雪女郎(=雪女)。平八郎に助けられ、居候を決め込んでいる。惚れたら一途で嫉妬深い性格。口や手から吹雪を出すなど、雪に関連した妖術を使う。平八郎を慕う女性にしては珍しく、胸は大きい。
■技術傾向■
体力・軽業・芝居
●リプレイ本文
●通し稽古
「この作品は2度目になるわね。今回は結構重めの話になりそうだけど‥‥ふふ、でも楽しんで演りましょうか♪」
「後2、3回で終わるのは寂しいものだ‥‥時代劇の需要はないのだろうか‥‥?」
伊賀忍者のくノ一お悠役のビスタ・メーベルナッハ(fa0748)が、2回目となる屋外撮影所に再現された江戸時代の街並みを眺める。主人公の逐電屋平八郎役の雨堂 零慈(fa0826)は逆手に構えた苦無を下ろし、彼女の隣で感慨深くセットを見つめた。
「俺がディレクターから聞いた話では、妖怪を扱った話が残り2、3回で終わるそうだ」
『八百八町異聞』シリーズは残り2、3回で終わりとなるが、そこで一度仕切り直し、新春から平八郎を主人公とした新たな時代劇を予定していると、陰陽師の服装で脚本をめくり、台詞を確認していた安倍逅明役の橘・月兎(fa0470)が零慈に説明する。
「良かったね。私も平八郎さんサイドと安倍サイド、どっちも目立たす為頑張らないと♪ 」
「‥‥とにかく最後まで一生懸命、平八郎を演じたいと思う‥‥」
お珠役の森宮 恭香(fa0485)が薄い笑みを向けながら近付いてくると、彼は慌てて殺陣の段取りの確認に戻ろうとする。
今回、お珠は反魂の術を掛けられるので、撮影の半分がほぼ全裸――といっても要所は隠すが――で行われる。今の恭香は着物を羽織っただけだった。
「‥‥これ以上、邪魔はさせないよ?」
「逅明の弟子なら、間違った道に進んでる師匠を止めなきゃ!」
「お珠さんは返してもらうよ! ‥‥――嗚呼ぁ、ごめんなさい〜」
「はい、カット!」
逅明との決戦場所のセットで、サラサラの黒髪からちょこんと黒いネコミミを覗かせ、日本刀を構える逅明の弟子、琴役の桃音(fa4619)。
彼女が瞬速縮地を使用して一瞬で距離を詰め、対峙するくノ一お琳役の風間由姫(fa2057)の忍者刀と斬り結ぶ。由姫はワイヤーアクション装置を使い、くノ一ならではの超跳躍で桃音の頭上へ離脱する。
間髪入れずお琳の親友してくノ一お鈴役の硯 円(fa3386)が瞬速縮地で頭上から飛来し、忍者刀の下突きを繰り出す。鋭敏視覚で軌道を読んで避け、円の次の台詞を待ったが、彼女は胸の前に手を合わせて謝った。
ワイヤーアクション装置を操作していた逅明の式神役の犬神 一子(fa4044)が殺陣を中止させる。
「お鈴役は久し振りですし、アクションにも参加するのであがっているのかもしれません‥‥こんな事なら、くノ一、出ておけばよかった‥‥あ、今のはオフレコでお願いしますね」
本番さながらの通し稽古とはいえ、台詞をど忘れしてNGを出してしまい、脚本を取りに戻る円へ、冷たいジュースを差し出してフォローする桃音。思わず本音が出てしまい、両手を振ってこちらもNGにする円。
「今回で3回目ですし、ようやく身体に馴染んできたところですよ。まだまだです。今回はワイヤーアクションを使った戦闘もやってみたいと思っていましたが、楽しいですね〜」
裏方の一子が見ても、由姫はワイヤーアクション装置を使いこなし始めている。装置を動かして由姫を降ろしながらそう感想を述べるが、彼女はそれをお世辞と受け取ったのだろう。素直に感じたままを告げ、もっと数をこなして上手くなりたいと話した。
●八百八町異聞〜反魂香
安倍逅明の逗留する旅籠屋を訪れたのは、逅明も思いもしなかった珍客だった。
徳川幕府に仕える伊賀忍者達を束ねる第十代服部半蔵の密命を受けているくノ一お悠だ。
応対に出た逅明の弟子、琴に伊賀者の家紋を見せ、ようやく取り次いでもらう。それでも琴はお悠の側を離れようとしない。少しでも逅明に危害を加える素振りを見せれば、日本刀で即座に斬るつもりなのだろう。
「あの男が、そこの女を血眼になって探すという隙、私が求めているのはそれだけだ」
「平八郎さん‥‥皆っ‥‥」
お悠は粘っこい笑みを浮かべ、離れの隅に蹲るお珠を見遣る。震えは止まらなくても、口を噛み締め、気丈にも涙だけは見せないお珠。
「お前が何をしようと自由だが、約束通り術の施行の間は。きっちりと仕事をやってもらうぞ?」
逅明が召喚した式神がお珠を抱える
露わになった筋骨粒々の逞しい上半身には陰陽術の術式や記号が紋様のように書き込まれ、顔は歌舞伎役者のように目の縁に赤で隈取りがされ、犬の耳を生やしていた。
「妹さんの為、あやかしの命を奪って、奪って‥‥今度は私のも奪う! 愛する人の命を奪われる痛みを誰より知ってるくせに、犠牲になった人達の家族にも同じ思いをさせて、自分と同じ人間を山程作って、胸は痛まない訳!? あなたが時々胸を押さえて苦しんでいるのは、鋼玉さんがあなたを止めようとしている現れでしょ!? 鋼玉さんも兄さんの愚行を止め‥‥あ、あう!」
「黙れ! のうのうと生きているお前に、俺の、鋼玉の何が分かるというのだ!!」
平八郎が助けに来る事を頑なに信じ、今の自分に出来る事――逅明に、彼の中に宿る鋼玉の魂に想いを伝えるかの如く叫ぶ。その叫びが届いたのか、胸元を押さえて蹲る逅明。だが、彼は苦しみながらもお珠を一喝すると、符を取り出し、印を切る。
お珠の想いの丈は苦悶の叫びへと変わり、彼女はその姿のまま石と化した。
「今回の反魂の術、琴にも手伝ってもらうぞ」
「分かりました、仰せのままに」
声を荒げる事があまり無い琴だが、逅明に言われ心なしか嬉しそうだ。弟子となっているが、実際には逅明から指導を受ける事はほとんど無く、便利な小間使い状態であり、陰陽師としての力はあまりない。
それでも今回は術に参加させてくれるというのだ。嬉しくないはずがない。
「‥‥だが、もう一働きしてもらおうか」
誰にも聞こえないように独りごちるお悠だった。
「お珠の奴、先走りやがって!」
逅明の空間転移の術の発動間際に彼にしがみつき、共に消えたお珠。
平八郎は彼女を探して大江戸八百八町の中をひた走る。
しかし、八百八町と呼ばれるように、江戸は百万の人が住む大都市だ。この中から人一人を探し出すのは容易な事ではない。断片的な情報は入ってくるものの、いずれの情報も決定打に掛けていた。
「兄ぃ‥‥ごめん、お鈴も行き詰まってるよ」
抜け忍になった今、伊賀者の情報網は使えないが、読売(=瓦版)屋の情報網は生きている。お鈴は知り合いの読売屋に片っ端から当たったが、お珠の事は疎か、逅明の事はほとんどの者が知らなかった。
「逅明の事だ、お珠はあやかしではないから手に掛ける事はないと思うが‥‥く! 何が裏家業に名を轟かせる逐電屋だ!」
一向にお珠を見付けられないまま刻一刻と流れゆく時に苛立ち、逐電屋として自信を持っていた自分の不甲斐なさに、長屋の柱を殴りつける平八郎。
「兄ぃ‥‥そう自分を責めないでよ。今まで逅明とやり合ってきたけど、あやかしを利用して自分の足跡を残さなかったり、狡猾だったじゃない。今は逅明が襤褸(ぼろ)を出すのを待つしかないよ」
平八郎の拳を受け止め、お鈴はそっと自分の両手で包み込む。彼女の両手から伝わる温もりが平八郎の苛立ちや呵責を和らげてゆく。
「ねぇ、琳ちゃんの辻の売り子の情報網はどうかな?」
「その事なんですけど」
今まで成り行きを見守っていたお鈴が、親友のお鈴に言われてようやく口を開く。お琳はお珠とそれほど面識がある訳ではないので、お鈴や平八郎程必死になれないのが正直なところだ。
とはいえ、足繁く情報収集をしている親友を手助けしようと、独自に情報は集めていた。それによると、平八郎の住む長屋の界隈にある大名御用達の旅籠屋の離れを、長い間貸し切っている人物がいるという情報を得ていた。
罠ではないかと訝しむお鈴だが、こういう時、明るく前向きなお琳が行動を後押しした。
平八郎達が旅籠屋の離れに踏み込むと、そこは蛻(もぬけ)の殻だった。
旅籠屋の主人に聞いてもどこへ行ったかは知らないという。
「‥‥残念だが、小娘も逅明もここにはおらぬ。内藤新宿へ行っている」
離れを出ると、平八郎達の前にお悠が姿を現した。平八郎は苦無を、お鈴とお琳はそれぞれ忍者刀を構えるが、お悠は得物は抜かず手で軽く制した。
「信じるか信じぬかは貴様の勝手だ‥‥だが、早くせねば手遅れになるぞ?」
逅明の企みを掻い摘んで話すお悠。それが事実なら急がなければ、お珠の魂は鋼玉の魂に上書きされ、この世から消されてしまう。
内藤新宿は青梅街道と甲州街道の分岐点である追分(おいわけ)のある宿場町として整備され、品川、板橋、千住と併せて四宿(ししゅく)と呼ばれる、江戸の中でも新しい宿場町として栄えている。
その神社は甲州街道の整備に伴い、内藤新宿の郊外にある事から打ち捨てられていた。
その本堂で、舞うように印を切り、謡うように呪文を唱える逅明。
彼の足下には全裸のお珠が横たわっている。石化は解かれているが意識はない。お珠の胸元には、もう一人のお珠の顔――鋼玉の魂――がうっすらと浮かんでいた。逅明が舞を踏み、印を切る度に鋼玉の顔ははっきりと浮かび上がり、お珠は苦悶の表情を浮かべる。
琴はその傍らで反魂香を炊いている。この香の煙に誘われ、逅明の身体の中にあった鋼玉の魂は、既にお珠の身体の中へと入っていた。逅明の舞が終わった時、反魂の術が終わった事を意味する。
次の瞬間、風を切る鋭い音と共に苦無が投げつけられ、琴の持つ反魂香の器が割れる。煙だったそれは、今まで逅明が奪ってきた妖怪達の妖力で、風に乗って本体へと戻ってゆく。
逅明の命を受け、琴と式神が平八郎達の前に立ち塞がる。
「喝っー!!」
式神は口を開くと、無数の闇の弾を吐く。散開してかわす平八郎達。
「憤っ!?」
平八郎の前には式神が立ちはだかり、その巨体と豪腕に物を言わせ力任せに殴り掛かってくる。
だが、平八郎の手には鋼糸があり、式神の身体を縦横無尽に捕らえていた。鋼糸を引くと式神の身体を無数に切り裂き、式神は符となって消える。
お琳が手裏剣で援護射撃をし、お鈴が忍者刀で斬り掛かる。また、交互に一撃離脱で斬り掛かるなど、連係攻撃で琴一人と戦っていた。間合いを取れば刀で、近付けば長く伸ばした爪で攻撃され、間合いを一気に詰める跳躍力を持つ琴の実力は半端ではない。
「私は逅明様のご意思に添って行動しているだけだ」
支援をするお琳が琴を説得するが、彼女は聞く耳を持たない。琴も妖怪によって家族を失い復讐を誓っていた。妖怪に身内を奪われた過去を持つという同じ境遇・痛みを分かち合える琴に、逅明は昔の自分と重ねてしまい傍には置いていた。琴も文句一つ無く従っている。
それを肌で実感したお鈴が、忍者刀から鈴に持ち替え、お琳も忍術用の香へと得物を変える。お琳の鈴の音に合わせてお琳が香を漂わせる。それはくノ一に伝わる幻術だった。
(『お珠さん‥‥お兄ちゃんの事、許してあげて』)
(『あなたは‥‥鋼玉さん!?』)
意識が深く暗い穴の中へ落ちていく感覚の中、お珠は泣き濡れる自分と同じ顔――鋼玉――と出会っていた。
(『鋼玉さんは生き返りたいの?』)
(『ううん、そんな事望んでないよ。だからお兄ちゃんに思い留まってくれるよう、お珠さんからも言って欲しいの』)
式神を倒し、琴が幻術に掛かった今、逅明を護るものはない。
「逅明‥‥お前が妖怪を憎む理由は解った‥‥しかし、お珠を使って鋼玉を蘇らせたとしても、俺は勿論、お珠の父親もお前を憎み、同じ事が繰り返される‥‥それに妖怪の妖力を使って蘇られせた鋼玉は、人ではなく、お前が憎む妖怪だと俺は思う‥‥」
平八郎は怒りを拳に込め逅明の頬を殴り飛ばした。後一踏みで反魂の術は完成するところだったが、寸前で阻止したのだ。
「もう、お珠は考えも無しに飛び出すんだから!」
「怖かった‥‥もう、皆に会えないかと思った」
反魂の術が解かれ、意識を取り戻したお珠を真っ先に怒るお鈴。お珠はまず彼女を抱きしめ、次いで平八郎に痛いぐらい飛び付き、彼にだけ聞こえるように小さく呟いた。
しかし、すぐに離れ、足早に逅明の前に行き、思い切り頬を張った。
「あんたは大うつけよ。怨嗟は怨嗟しか呼ばない。鋼玉さんが『悪くない』って言ったのは、あやかし達を擁護しただけじゃなく、あんたが恨みにまみれた人生を送って欲しくなかったからじゃない!」
だが、お珠の瞳からは、どれだけ恐ろしくても我慢したはずの涙が止めどなく溢れてくる。そして、自分の意志とは関係なく逅明を抱きしめていた。
「どうして? ‥‥ああ、まだ鋼玉さんの魂が残っているのね‥‥」
「‥‥鋼玉‥‥!?」
お珠の言葉に、思わず彼女を抱きしめる逅明。
「ふん、不甲斐ない‥‥この程度ならば、始めから散っていたところを一人一人始末するべきだったな」
「よくも逅明様を!!」
そこへお悠が現れると、仕込んだ無数の短刀や苦無を、一斉に平八郎達と遁明達に向けて放つ。平八郎達は元より、用済みになった遁明達をも始末する為だ。
遁明はお珠を庇って身体に無数の短刀や苦無を受ける。琴が即座に反撃に出るが、手負いの今の彼女はお悠に返り討ちにされてしまう。
「私からの謝礼だ。師匠と二人、仲良く冥土へ逝くがいい」
お悠の言葉は虚空へと消える。
「判っていた‥‥本当は理解もしてやる事もできた‥‥鋼玉やお前達の気持ちもな‥‥もし叶うなら、俺の亡骸は鋼玉の眠る地へ一緒に埋めてくれ‥‥」
それが遁明の最期の言葉となった。琴もまた、遁明と共に眠りたいと言い残し、この世を去った。
平八郎と遁明の決着は、意外な幕引きとなったのだった。