勇者、その後‥‥アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 菊池五郎
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/09〜04/13

●本文

●アニメ『勇者、その後‥‥』オープニング概要
 テーバイ王国は代々の王女に受け継がれる、豊穣をもたらす『恩恵』の力によって人々が平和に暮らす国だった。
 だが、恐怖は突然訪れた。
 “外なる神”シュブ=ニグラスが現れ、王女フェリアを人々の目の前で石像に変えてしまったのだ。
 次に自らの眷属である異次元獣達を王国中へ放った。
 剣や魔法を取り、立ち上がる者達もいた。しかし、異次元獣達は外なる神の眷属であり、人間の武器や魔法は全く歯が立たない。
 フェリア王女が石となってしまった今、恩恵の力は途絶え、わずか一月程の間に国土の大半は荒野と化した。

 異次元獣の猛攻は留まるところを知らず、王国は荒廃の一途を辿るばかり。
 王国の誰もが絶望に打ちひしがれ、テーバイ国王は“テーバイの至宝”と謳われ、王国に住む者全てに愛されていたフェリア王女の、変わり果てた物言わぬ石像を毎日見つめて悲観に暮れていた。

 その時、1人の若者が現れた。
 若者は『輝くトラペゾヘドロン』と呼ばれる、金属製の小箱を携えていた。夢の中に王女フェリアが現れ、若者に渡したのだという。
 輝くトラペゾヘドロンは若者が望んで箱を開ければ、ある時は刃の無い神剣となり、ある時は異次元獣の攻撃を跳ね返す鏡となった。そればかりか、若者が望めば、若者と共に戦う者達に異次元獣を倒す力を与えるのだ。
 次第に輝くトラペゾヘドロンを持つ若者の周りに、異次元獣を倒すべく、人々が集まり始めた。宮廷騎士であったり、宮廷魔導師であったり、神官であったり、王女の親衛隊であった。また、傭兵や剣士、狩人の他に、踊り子や占い師や商人など、戦いとは無縁の者達も若者を支える為に立ち上がった。
 人々は何時しか、若者の事を“勇者”と呼ぶようになった。

 若者と仲間達は異次元獣の猛攻を押し返し、遂にシュブ=ニグラスの居城へと後一歩のところまで迫った。
 だが、同時に若者の中に疑念が生じた。
 仲間は、宮廷騎士も宮廷魔導師も神官も王女の親衛隊もいる。踊り子も占い師も商人もいる。彼らや彼女達はこの戦いが終わった後も、元々の職務や仕事へ戻ればいいだけの事だ。
 しかし、自分はどうだ? たまたまフェリア王女に選ばれて勇者になったに過ぎない。シュブ=ニグラスを倒してしばらくは英雄扱いされるだろうが、それもほんの少しの間だけだ。
 それに、テーバイ王国に平和を取り戻す為に戦ってはいるが、既に自分はシュブ=ニグラスすら倒せる力を手に入れている。この力があればシュブ=ニグラスに取って代わり、テーバイ王国を支配する事も出来るのではないだろうか?
『私と一緒に、テーバイ王国を支配せぬか? お前が望めば世界の半分をやろう』
 そしてシュブ=ニグラスも、若者の持つ輝くトラペゾヘドロンの力に目を付け、揺さぶりを掛けてきた。

 ここ戦いが終わった後、自分はどうなるのか?
 シュブ=ニグラスとの決戦を明日に控え、若者の心の中に生じた小さな疑念は、水面に広がる波紋のように大きくなっていった。


●プランナーとディレクターの、本アニメの制作会議の一部抜粋
「『魔王や邪神を倒した後、勇者をどうするんだろう?』という疑問を元に作成したアニメです」
「外なる神のシュブ=ニグラスを邪神として使うなら、あの神話なら、アザトースとかヨグ=ソトースとか、それこそ邪神クラスの神性がいるんじゃないか?」
「そうなんですが、シュブ=ニグラスって、あの神話だと『豊穣の母神』っていう性格を持つんですよ。王女の持つ『恩恵』と同じ能力なので、王女を封印して自分を信仰させようとしているんです」
「なるほどね。輝くトラペゾヘドロンはいいとして、巨大ロボットとか出てこないよな?」
「私はこの神話が好きなので、邪神や邪神を倒す力として使わせてもらっています。ベースは剣と魔法のオーソドックスな中世ファンタジーなので、巨大ロボットは登場しません」
「それにしても、勇者が目的を果たした後どうするのか、か。大抵はお姫様と結ばれたり、旅に出たりするよな」
「お姫様と結ばれるのは、ヒロイックファンタジーの王道だと思うのです。勇者が平民の場合、お姫様と結婚しないと国王になれませんしね」
「マジ、シュールだ! そんな事、ヒロイックファンタジーで考えちゃいかんよな」
「お約束ですからね。冒頭でお姫様を封印する事で、物語が始まった時点で勇者と面識がない、という設定も作れますし、『お姫様を元に戻す』という目的も作れて、元に戻した後はご褒美もある」
「お姫様が元に戻った後、勇者とのラブロマンスもありえる、と。一石三鳥だな」
「それだけで1話出来そうですよね。その為に、勇者の個人設定はあまり決めてないんですよ」
「平民でも騎士でも構わないと?」
「平民の方がロマンスがありますよね。そうそう、今回は別に国を救わなくてもいいんですよ」
「シュブ=ニグラスを倒して自分がその後釜に座るか、シュブ=ニグラスと手を組むか、か」
「はい。勇者といっても人の子ですから、そのくらいの野心はあってもいいと思うんですよ。それに、邪神を倒してしまうくらいの実力を付けると、おそらく、普通の国の軍隊では勝てないですよ」
「それに俺なら『世界の半分をもらう』という交渉に乗ってしまうかもしれん。闇だけとか海だけとか、そういうのではなく、きちんと交渉してさぁ」
「ゲームでは選択肢や結末がある程度決められてしまいますが、アニメなら自由は利きますしね。声優さんの意見も採り入れたいんですよ」
「そういえば昔、善と悪の知名度があるゲームがあったな。悪の知名度が高くてラスボスを倒すと、ラスボスの後釜に座るあのエンディングは、かなり衝撃だったな。このアニメもそういうインパクトが出ると面白そうだ。よし、いいだろう、やってみろ」
 

●主要登場人物設定
・勇者:主人公。外なる神シュブ=ニグラスに対抗できる唯一の力『輝くトラペゾヘドロン』を持つ。若者という設定以外、性別も年齢も出自も決まっていない。担当声優が自由に設定できる。
・王女フェリア:ヒロイン。テーバイ王国の王女で、国に豊穣をもたらす『恩恵』の力を持つ。現在は邪神シュブ=ニグラスによって生きたまま石化されており、夢の中にのみ現れる事が可能。年齢は10代後半から20代前半が望ましい。性格は担当声優が自由に設定できる。
・シュブ=ニグラス:ラスボス。豊穣を司る外なる母神。テーバイ王国を自分の支配下に置く為、眷属の異次元獣を率いて侵攻している。妖艶な絶世の美女で、その性格は母性的だが尊大。外見年齢は20代から30代が望ましい。
・その他:勇者の仲間やテーバイ国王、異次元獣など。


●成長傾向
発声・芝居・演出

●今回の参加者

 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa1526 フィアリス・クリスト(20歳・♀・狼)
 fa2132 あずさ&お兄さん(14歳・♂・ハムスター)
 fa3072 草壁 蛍(25歳・♀・狐)
 fa3611 敷島ポーレット(18歳・♀・猫)
 fa4764 日向みちる(26歳・♀・豹)
 fa5412 姫川ミュウ(16歳・♀・猫)

●リプレイ本文


●シュブ=ニグラス
 ダカル島はテーバイ王国の南西に位置する、やや歪な菱形をした小さな島だ。荒涼とした不毛の土地で、人は住んでいないはずだが、今は一面に広がる豊かな緑のカーテンが風に揺られて波打っている。
 大地に豊かな実りをもたらす『恩恵』の力を宿したフェリア王女が石像に変えられ、その力が途絶えたとはいえ、1ヶ月やそこらで急に大地が荒野と化す事はない。外なる神の眷属である異次元獣達が荒らし、シュブ=ニグラスが持つ豊穣の力を逆転させた結果だ。
 荒涼たる大地では、実りは期待できない。しかも、シュブ=ニグラスの力を止める術は彼女を倒すしかない。外なる神との戦いが続いており、勝利の見えない戦いに、誰もが疲れ切っていた。戦いが長期化すれば、飢える者も出てくる。その時、もしかしたら人々はシュブ=ニグラスを信仰してしまうかも知れない。
「シュブ=ニグラスを倒さなきゃ、お姫さんは元に戻らないし、緑も戻らない。それは分かるぜ。でもなぁ、それにフェリルが巻き込まれるのは、な」
「ううん、いいのよアンディ。私は今まで通り、アンディ達と静かで幸せな、平凡な暮らしに戻れれば」
 アンディ・グラント(日向みちる(fa4764))が肩を竦めると、フェリル(姫乃 舞(fa0634))の自慢の艶やかな黄金色の髪を撫でた。フェリルが不安がっている時、幼馴染みの青年はいつもこうして髪を撫でて慰めてくれる。
『ふっふっふ、あなたは本当にそれでいいの?』
 舌っ足らずな女性の嘲笑が聞こえると、フランシス・ハート(フィアリス・クリスト(fa1526))はリュートを構えた。吟遊詩人である彼女は呪歌を武器に戦う。
 現れた異次元獣はナイトゴーント(姫川ミュウ(fa5412))。青白い肌をし、背中に蝙蝠の翼を生やし、頭部に捻じれた角を持つ、美貌の女悪魔だ。
「シャイニング・トラペゾヘドロン!」
 フェリルが叫ぶと、彼女を“勇者”たらしめる金属製の小箱『輝くトラペゾヘドロン』より閃光が迸り、金属製の帯がアンディ達に伸びる。この帯を纏った者は、異次元獣を倒せる力を得る。しかも帯は無限に伸び、動きを束縛する事はない。
 またフェリルの手には、スパークする光で作られた七支刀が握られている。
 裂帛の気合いと共に、ルー・エーギル(草壁 蛍(fa3072))がエストックから鋭い突きを繰り出す! 彼女の父はテーバイ王国の兵士訓練所の教官であり、幼少の頃から接近戦闘術を学んでいた。中でも剣を得意とし、エストックで鎧の継ぎ目を狙って一撃で倒す技は彼女の十八番だ。
 得物の切っ先から閃光が放たれ、ナイトゴーントの片翼と足を吹き飛ばす!
『痛いなぁ、もう。シュブ=ニグラス様から伝言だよ! “私と一緒に、テーバイ王国を支配せぬか? お前が望めば世界の半分をやろう”‥‥だってさ。よかったねー』
「戯れ言を! フェリア王女様なくして、テーバイ王国に安泰はない!!」
 宮廷魔導師サディラ・ディストール(敷島ポーレット(fa3611))が火炎の弾を飛ばし、呪歌の霧ごとナイトゴーントを爆散させてしまう。
『おお〜恐。じゃぁね、伝えたからね〜』
 ナイトゴーントは声だけ残してその場から消えていた。

 フェリル達が上陸した場所を下の頂点とすれば、シュブ=ニグラスの居城があるのは上の頂点だ。シュブ=ニグラスがこのテーバイ王国へ降り立った際、異次元より持ち込み、具現化したものだ。
(「このまま、みんなに言われるがままにシュブ=ニグラスを倒してしまって、本当に良いのかしら‥‥」)
 ルー達の志気が否応にも高まる中、フェリルだけはただ1人、迷いを抱えていた。アンディに背中を叩かれ、ようやく一歩を踏み出す。
 シュブ=ニグラスの居城だけあり、中に入った途端、異次元獣がダース単位で襲い掛かってくる。
 フェリルが輝くトラペゾヘドロンを発動させると、ルーとアンディを先頭に異次元獣達に突っ込んでゆく。彼女達をフランシスが呪歌で勇気付け、サディラが魔法で援護する。

『んふふ〜、全てはあたしの思惑どーり♪』
 これでフェリルはシュブ=ニグラスと一騎打ちをしなければならない。
 面白いように事が運び、ほくそ笑むナイトゴーント。

「あ、あなたがシュブ=ニグラスね」
『如何にも、妾がそなた達が外なる神と侮蔑する、豊穣の母神シュブ=ニグラスだ』
 フェリルは目前にいる、居城の最深部の玉座に座す異次元獣の姿に、思わず息を呑んだ。
 細くくびれた腰、大きく張り出した水蜜桃のようなバスト、堂々として立派なヒップライン、それらを包む透けるような薄い絹を纏った、まさに豊穣の母神と呼ぶに相応しい妖艶な美女。
 フェリルは顔を振って集中すると、七支刀を構える。
『そなた程の力があれば、何も王国等に縛られる必要など無いのではないのか? 妾とともに来るがよい。さすれば、王国の主としてやっても良いのだぞ』
(「彼女を倒しても、もう今までのような暮らしには戻れない。いっそ彼女と手を組んでしまえば、私の望む生活が手に入るかも‥‥」)
 シュブ=ニグラス(楊・玲花(fa0642))は玉座に座したまま、フェリルに言の葉を放ってくる。それは彼女の心を激しく揺さぶった。
『そなたはまだ、権力を持つ者の醜さを知らぬのだ。自らの障害としかならぬそなたの存在を、きゃつらが留め置くと思って居るのか? どこまで行っても甘い奴よの』
(「俺、平和になったらパン屋を開きたいんだ。フェリルの家の畑で採れた小麦を使って、美味しいパンを作って売るんだ! その時はお前、さ、俺の店、手伝わないか?」)
「サディラ、フランシス、ルー‥‥アンディ。そうよ、みんながこれ以上苦しむ姿なんて見たくない。私の力で平和が取り戻せるなら‥‥!」
 フェリルの脳裏に仲間達の言葉が思い返される。
『‥‥そなたの力は惜しいが、妾に与せぬ以上、此処で消えてもらう他あるまい』
「消えるのはあなたの方よ、シュブ=ニグラス! シャイニング・トラペゾヘドロン!!」
 交渉が決裂すると同時に、シュブ=ニグラスは豊穣の力を逆転させた腐敗の魔法を振るうが、輝くトラペゾヘドロンが鏡へ変化し、それを防ぐ。そして再び七支刀へ変化すると、返す刃でシュブ=ニグラスを袈裟懸けに切り裂いた。
『‥‥妾を倒したその力‥‥その力故にそなたは権力を持つ者達から忌み嫌われるであろう。そなたが男であったなら、王女と娶せ、王家に取り込む事も出来たであろうが、女の身ではそれも叶わぬ。そなたはそなたを讃える同じ口で、化け物呼ばわりされ、迫害を受けるだろう。その時になって悔いて、もう遅いのだ。それを楽しみとさせてもらう事にしよう』
 シュブ=ニグラスの四肢がフェリルに覆い被さってくると、呪詛の言葉を吐きながら黒い光の粒子となって消えていった。
「これで、テーバイ王国にも平和が戻るのよね」
「誰かの屍の上に成り立つ平和、か。本当に倒すしか方法は無かったのかしら‥‥」
 玉座の間に駆け込んでくる仲間達。アンディとルーはフェリルをぽかぽかと殴り、フランシスはその光景を微笑ましく見守っている。
 だが、サディラは1人、離れた場所で冷静に見つめていた。フェリルがふと漏らした呟きをしっかりと耳にして。


●裏切りの晩餐
 フェリル達が輝くトラペゾヘドロンを携えてテーバイ王国の王都へ凱旋すると、王都中の人々が街頭へ出て、拍手で彼女達を出迎えた。
 フェリル達はその足で王宮へ向かうと、テラスに安置された、王女フェリアの石像の前までやってくる。
 輝くトラペゾヘドロンが掲げられると、眩い光の奔流が溢れ出して石像の周囲に漂う。灰色の冷たく固い肌は、光が当たった場所から瑞々しい本来の色を取り戻してゆく。閉じられていた口から吐息が漏れ、恐怖に彩られていた石の塊だった瞳は、瞬きをすると焦点が戻った。
「‥‥ありがとう、勇者フェリル、そしてサディラ達‥‥」
 フェリア(あずさ&お兄さん(fa2132))が労いの言葉を掛けると、周りの人々から歓声が上がった。

 フェリアは1ヶ月以上石化していたので、その後遺症からか本調子とはいえなかったが、病み上がりの身体を押して恩恵の力を使い、荒廃したテーバイ王国に再び豊穣の恵みをもたらした。
 フェリル達はシュブ=ニグラスとの激戦の疲れがドッと出たのか、その日は王宮に宛われた部屋で泥のように眠っていた。

『サディラ、勇者フェリルによってシュブ=ニグラスが倒されたというのに、何を悩んでいるのです?』
『フェリア王女様!? 輝くトラペゾヘドロン‥‥外なる神をも倒す勇者の力は今や強大、野放しにしておくのは危険と感じています。それに、かの勇者は外なる神に拐かされている節も‥‥』
 その日の夜、フェリアはサディラの夢の中に現れた。シュブ=ニグラスが討伐されたにも関わらず、サディラは何故か浮かない様子だったからだ。
 サディラはシュブ=ニグラスとフェリルとのやり取りの一部始終を王女に話した。
『‥‥私は、勇者を信じています』
(『お優しいフェリア王女様の為にも、私が心を鬼にし、危険の芽を摘み取らねば』)
 サディラの口からとある計画が語られると、フェリアは悲しそうな顔をする。その表情を見たサディラは決意を新たにするのだった。

 翌日、ようやく目を覚ました勇者達と、恩恵の力を使った王女を労う晩餐が王宮で開かれた。大地が荒れ果て、先日まで戦いをしていた為、メニューはささやかではあったが、それでもフェリル達にとっては久しぶりのご馳走だ。
 勇者であるフェリルは引っ張りだこだ。貴族や王家の者達に武勇伝を聞かせて欲しいとせがまれている。その点、サディラやフランシスは手慣れたもので、自分の周りに人垣を作っている。
 アンディは1人、壁際に佇んでいた。彼も平民だが、勇者ではないし、彼にはこの晩餐が終わった後、やらなければならない事があった。
 ――フェリルに自分の想いを伝える事。シュブ=ニグラスを倒す前から、倒した後、告白しようと考えていた。前に一度、想いを暗に臭わせていたが、今度ははっきりと伝えるつもりだった。
「しっかりしろ、アンディ。俺は勇者の仲間じゃないか」
 しかし、告白には多大な勇気が要るもの。なかなか勇気が出ないので、気を大きくする為に、サディラに「これはフェリルがかえって来たら渡して下さい」と言われていた杯を煽った。
 すると、喉が焼けるような痛みが彼を襲い、それは瞬く間全身へと広がってゆく。
「アンディ? どうしたの!?」
 突然倒れた幼馴染みに混乱しながらも、フェリルは身の危険を感じ、アンディに肩を貸して外へ逃げる。
「大丈夫だ‥‥これしき‥‥俺達は外なる神の猛攻すら耐えてきたんだ。だから‥‥そんな心配そうな顔をするな。お前には笑顔の方が良く似合う。太陽のように眩しい笑顔が‥‥俺はそれが好きだった。だけどまだ、俺はお前に想いを伝えてない。そう‥‥これからなんだ、一緒にパン屋をやるのは。だから俺はまだ‥‥」
「アンディ、アンディ! 嫌ぁっ!」
『あらら、毒を盛られちゃったみたいね。あなたの代わりに♪』
 朦朧とする意識の中、アンディは幼馴染みから恋人へ変わるべき思いを吐露しようとするが、全てを言い切る前にフェリルの胸の中で息絶えてしまう。
 そこへナイトゴーントが現ると、アンディが毒を盛られた杯を飲んだ事を告げる。
「あなたがいたからここまで来られたのに、こんな‥‥! そう、私は用済みだって事なのね。今まで散々利用しておいて、終われば捨てるなんて‥‥許さない! 王家の者など、滅びてしまうがいい!」
『んふふ〜、あなたこそ第2のシュブ=ニグラス、あたし達異次元獣の長だよ』
 美しい金髪が漆黒へ染まってゆく。その姿はまさにシュブ=ニグラス、彼女の残した呪詛だった。
 迎えに来たナイトゴーントは、楽しそうに礼を取る。

 サディラは『勇者は外なる神の甘言に乗った裏切り者』として情報を捻じ曲げた。

 ルーもまた、アンディと同様に悶々とした想いを抱き、晩餐には参加せず、城下町の酒場で1人、酒を飲んでいた。
 彼女はフェリルを1人の女性として愛していた。しかし、テーバイ王国では禁断の愛であり、明かす事は禁忌だった。
 そこへ勇者が王家に造反したという情報が飛び込んでくる。
「フェリルが!? あの娘がそんな事をする訳がない!」
 ルーは真意を確かめる為にフェリルの元へ向かった。

「なんでこんな事になってしまったのかしら。ただ、普通に幸せな世界を望んだだけなのに‥‥」
 晩餐で一部始終を見ていたフランシスは、リュートを爪弾きながら深い溜息を付いた。
「あなた達とは一緒に行けない‥‥王家のやり方が正しいとは思わないけど‥‥あなたが正しいとも思えないよ」


●第2の邪神
 斯くして、一度は平和を取り戻したテーバイ王国だが、第2の邪神の出現により、再び戦いの世となってしまった。
 第2のシュブ=ニグラスには、ナイトゴーントを始めとする異次元獣達が仕え、彼女の傍らにはエストックを使う女剣士が愛おしげに侍っているという。

『王女様‥‥?』
『あなたに、これを授けます‥‥』
『これを、僕に?』
『どうか‥‥この国を覆う闇を‥‥払って下さい‥‥』
『わかりました‥‥やってみます』
 フェリアはサディラを責める事はせず、新たな勇者を見出すと夢の中に現れ、輝くトラペゾヘドロンに対抗できる『ニトクリスの鏡』を託した。

「私はこの戦いの真実を‥‥後世に伝えて行こう。何が起こったか‥‥全てを」
 繰り返される過ちの中、1人の吟遊詩人がテーバイ王国中を歩き、第2のシュブ=ニグラスに纏わる真実を歌い続けているという。