八百八町異聞〜妖刀桃雨アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
菊池五郎
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
4.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/01〜03/07
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●本文
時は天明、大江戸八百八町に今日も朝日が昇る。
「号外〜、号外ですよ〜」
ったく、清々しい日本晴れなのに、朝っぱらから読売(=瓦版)屋が騒々しいな‥‥ん? あの声は情報屋か。
俺は長屋の前にある井戸で水を汲んで顔を洗うと、早速、読売屋の声がする大通りへ向かった。
そこには人垣が出来ており、その奥に多分、台の上にでも乗ってるんだろう、和紙の束を片手に持ち、読売の内容を説明する読売屋の姿が見えた。
どうやら最近、この辺りを騒がしている辻斬りに関する最新の読売のようだ。
この辻斬り、何故か胸のでかい女しか狙わないそうだ。既に十人以上の女が被害に遭ってるんだが、奇妙な事に皆、峰打ちで命までは取られちゃいない。
回り方同心のとっつぁんと手先の岡っ引が血眼になって犯人を探してるらしいが、効果の程は読売を見ての通り、まだない。
おっと、噂をすれば何とやら、回り方同心のとっつぁんが岡っ引を連れて、人垣を解散させに来たぜ。
辻斬りが捕まえられない八つ当たりだな、ありゃぁ。しゃぁない、とばかりに俺が前へ出ると、回り方同心のとっつぁんが早速目を付ける。
「逐電屋か‥‥おもや貴様が辻斬りをしてはいないだろうな」
「おいおい、俺は侍じゃないから刀持ってないし、どうやって辻斬りをするんだよ?」
「ぐ‥‥夜、貴様の姿を見たら問答無用で捕まえてやるからな! 行くぞ!」
回り方同心のとっつぁんは反論できず、言葉に詰まると捨て台詞を吐いて岡っ引と立ち去ってゆく。
おっと、自己紹介がまだだったな。
俺の名前は平八郎、一応、町民だから苗字はない。
職業は‥‥逐電屋だ。逐電屋ってのは、端的にいえば夜逃げを斡旋する商売だ。
逐電は現行犯じゃないと捕まえられないから、回り方同心のとっつぁんも俺を捕まえたくてうずうずしているけど、捕まえられないって寸法だ。
勿論、俺自身、逐電屋っていう危ない商売をしている以上、相応の腕は持っている。大っぴらにはいえないが、これでも甲賀忍者なんでね。
「兄ぃ、助かったよ」
「回り方同心のとっつぁんに目を付けられるとは災難だったな」
読売屋が俺のそばに走り寄ってくる。さっき情報屋っていったけど、こいつの正体は伊賀流のくノ一だ。
甲賀者と伊賀者が連むのは珍しいんだが、ひょんな事からこいつを助けて以来、惚れられたってところだ。こいつ可愛いから満更でもないし、卓越した情報収集能力は俺も助かってるしな。
「辻斬りの件は先生からの依頼だよ」
「先生からか‥‥で、辻斬りの正体の目星はついてるのか?」
俺は長屋へ帰りながら、何食わぬ顔で聞いた。
先生っていうのは、平賀源内先生の事だ。表向きは三年前に死亡しているが、実はまだ生きていて、隠遁している。こうやって時々、依頼を持ってくる。
「大体はね。辻斬りを行っているのは、さっきの岡っ引の娘、お珠だよ」
「何!?」
「但し、実際には妖刀桃雨(ももさめ)に操られてるんだけどね」
妖刀絡みとは物騒だな。だが、それなら回り方同心のとっつぁんの手に負える相手じゃないな。
「お、兄ぃ、目つきが変わったね。妖刀桃雨なんだけど、持ち主の恨みを晴らすまで、人を斬り続ける妖刀で、鞘から抜くと刀身に桃色の露が浮かぶ事からそう呼ばれているらしいよ」
「持ち主の恨みを晴らす‥‥お珠は胸のでかい女に恨みを持ってるって事か‥‥お前じゃ囮は難しそうだな」
「悪かったね、ひんぬーで」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。
源内先生からの依頼なら受けない訳にはいかないし、妖刀桃雨か‥‥相手にとって不足はないぜ。
■主要登場人物紹介■
・平八郎:29歳。逐電屋を営むが、その正体は甲賀忍者。二枚目で独身。特定の彼女はなし。武器は手裏剣や苦無。
・情報屋:十代後半。表向きは読売(=瓦版)屋だが、その正体は伊賀忍者のくノ一。平八郎を「兄ぃ」と呼んで慕っている。情報収集能力は卓越している。ひんぬー。
・回り方同心のとっつぁん:40〜50代。町奉行の下で市中の見回りを行なっている。権力を振りかざすだけの無能なお役人タイプ。
・岡っ引:40〜50代。回り方同心のとっつぁんの腰巾着。但し、情報収集能力や捕獲能力は高い。ちなみに十手は使わない。
・お珠:20歳前後。岡っ引の娘で美女。胸が小さい事を気にしており、そこを妖刀桃雨に付け込まれ、夜な夜な辻斬り未遂を行っている。辻斬りに至らないのは彼女が妖刀桃雨の力を抑えているからである。
・妖刀桃雨:鞘から抜くと刀身に桃色の露が浮かぶ事から名称が付いたといわれている。持ち主の恨みに付け込み、恨みを晴らすまで人を斬り続ける妖刀。
■技術傾向■
格闘・軽業・芝居
●リプレイ本文
●出演
平八郎:レオナード・レオン(fa2653)
お鈴:月見里 神楽(fa2122)
お珠:森宮 恭香(fa0485)
片山大蔵:四ツ目 一心(fa1508)
千造:真田 雪村(fa3101)
お雷:江人原 雷華(fa0540)
妖刀桃正の声/日向幻之丞:雨堂 零慈(fa0826)
●助けを求める声無き声
「ぐ‥‥夜、貴様の姿を見たら問答無用で捕まえてやるからな! 行くぞ、千造!」
「へぇ」
回り方同心、片山大蔵は甲高い声を上げて岡っ引の千造を連れ、町民の人垣を解散させるかのように肩を怒らせてその場を去ってゆく。千造は寡黙に一言返して彼の後に付いていった。
「あばよ、片山のとっつぁん」
「兄ぃ、助かったよ。お鈴、片山の旦那に目を付けられてるから参っちゃうよ」
「それだけお鈴の読売が同心にとって厄介って証拠さ」
大蔵と千造を見送る平八郎の元へ、読売屋こと情報屋のお鈴が駆け寄ってきた。平八郎はぼやく彼女の黒髪をくしゃくしゃに撫でた。仔猫のように気持ちよさそうに目を細め、平八郎の胸板へ顔を寄せて甘えるお鈴。
「妖刀桃正に操られているなら、お珠から情報は聞き出せないと見た方がいいな。それに俺が千造のとっつぁん家(ち)をうろつけば、片山のとっつぁんがあまりいい顔をしないだろうしな」
「じゃぁ、お鈴が今日書いた読売の被害者のところへ案内してあげるよ!」
長屋へ戻り、お鈴より一通り辻斬りの情報を聞いた平八郎は早速出掛ける準備をする。お鈴は彼の腕に自らの腕を絡めて案内よろしく、長屋を後にした。
おぼつかない足取りで廃屋へと歩を進めるお珠。黒曜石のような瞳は紅く濁り、虚ろだった。
廃屋は人気が無くなってからそう時は経っておらず、空き家といっても差し支えなかった。
「‥‥大きいのが何よ‥‥なんで大きいのがいいのよ!」
お珠が最初にこの廃屋に足を踏み入れたのは偶然だった。歳の割に細身でひんぬーの彼女はそれを気にしてるのに、追い打ちを掛けるように好いた男が巨乳好きで、胸が原因で振られたのだ。
可愛さ剰って憎さ百倍、振られた場所がこの廃屋の前という事もあって、お珠は振られた直後にこの廃屋に入り、男への恨み辛みの言葉を吐いた。
『‥‥胸の大きな女子は嫌いか‥‥なら我を手に取れ‥‥楽になるぞ‥‥さあ、さあ‥‥』
その時、廃屋の奥から彼女を呼ぶ声が聞こえた。冷静を欠いていたお珠は、それが脳裏に直接響いているとも分からず、声のする方へと近付いてゆく。
廃屋の中に入ったお珠は、そこに一振りの太刀が置かれているのに気付いた。そう、声の主は太刀だった。
気付いた時には既に遅く、お珠の手は彼女の意志とは関係なく太刀に伸び、鞘から桃色に光る刀身を抜き放っていた。
その後の記憶はほとんどないが、身体が人を斬った感覚や感触を朧気に覚えており、それがお珠を恐怖に震わせた。
「‥‥嫌よ‥‥もう、殺したくなんてない‥‥」
『‥‥何故斬らぬ‥‥胸の大きい女子(おなご)を斬らぬ‥‥それでお主の怨み、晴らせるのではないのか? 峰打ちでは気分は晴れぬぞ?』
度重なる辻斬りの失敗を問い詰める妖刀桃正。お珠は一瞬正気に返って自分のした事に恐怖し、震える両手を意志の光の灯った瞳で見つめるが、妖刀桃正に殺せと囁かれ、すぐにその光は消え失せ、濁っていった――。
●衝突する二人
お鈴と腕を組み、被害者の一人の家へやってきた平八郎。
「むかぁっ、また貴様か逐電屋! こんなところで何をしておる。常日頃より怪しい奴め!!」
「何をしてるって、見ての通り逢い引きだけど?」
「お鈴達がどこで逢い引きしようと、片山の旦那には関係ないでしょ?」
そこで運悪く、被害者の家の前にいた大蔵と、丁度出てきた千造と出会してしまう。大蔵一人なら聞き込みなどしなかっただろうが、千造がいれば別である。
同心は四十代で就く事が多いが、大蔵は三十代とまだ若く、経験不足からか丁度良い加減という勝手が分からず、やや力が入り過ぎているようで落ち着きがなかった。
それを補佐しているのが千造だ。彼はこの界隈では有名な縄ひょうの使い手であり、大蔵の為に足を使い、情報収集に励んでいた。大蔵に言われた事は余計な事は言わずこなすのは、処世術というよりもそういう性分のようだ。
「そこが被害者の家かい? 被害者は胸のでかい女ばかりだっていうじゃないか。俺もお近付きになりたいものだね」
「お鈴はまだ成長途中なんだから。今に兄ぃが見惚れる娘になるのさ♪」
「そういって犯人の目星を拙者に付けされるつもりだろうが、そうはいかんぞ。ふん、辻斬りなどを目論むからには武士、うむ、実際に斬られてはおらぬからして、これはよくいう試し斬りの類ではなく、うむ、気の弱い青瓢箪が恨みか憂さを晴らす為にやっておるのだ! そうに違いない!! さては胸の大きな女に振られた腹いせか。そうに違いない!!!」
平八郎は精悍な二枚目で、ただですらもてるので、いちいち焼き餅を焼いていたら切りがない。それにこういう時の平八郎が本気でない事は分かっているので、お鈴は自分自身のひんぬーはそれ程気にしていなかった。
(「その場で考えてねぇか、片山のとっつぁん」)
「その線を洗うぞ、千造!」
「へぇ」
「(やっぱり思い付きだ‥‥)千造のとっつぁんも大変だねぇ。どうだい、逐電するかい?」
「‥‥」
「するか!! 今度誰かを逐電させてみろ、その現場を押さえて貴様を捕まえてやるからな!!」
大蔵はこの場で的外れの推理をまとめ、千造を連れて足早に去ってゆく。千造は刹那、額を押さえる平八郎の方を窺った後、彼の後に付いていった。平八郎が千造に逐電を促すと、わざわざ戻ってきて、彼の眼前で目を丸くひん向いて怒鳴り散らした。
●ひんぬーの辻斬り
「おとっつぁん、熱いから気を付けてね」
「‥‥すまねぇな」
鉄瓶の中から徳利を取り出し、手拭いで熱湯を丁寧に拭って千造へ差し出すお珠。
ここは千造とお珠の家。二人しかおらず、千造の面倒を見るお珠の様子から、母親は既に他界し、二人暮らしが長い事が窺えた。
千造は一杯引っ掛けて身体を温めてから、大蔵に付き合って夜の見回りに出掛けるようだ。
岡っ引は町奉行所等の非公認の協力者であり、収入は決して多くない。男手一つでお珠を育ててきていた千造にとって、この一杯はささやかな贅沢であった。
「‥‥お母ちゃん、胸、大きかったのかな?」
仏壇に手を合わせていると、お珠がそんな事を呟いた。あの読売屋のお陰で、この界隈では辻斬りの噂で持ちきりだった。お珠の耳に入っていてもおかしくない。
「夜道、出歩くんじゃねぇぞ‥‥まぁ、その胸じゃ、絶対狙われないだろうけどな」
「何よ! どうせ私は狙われるような胸はないですよーだ!」
怒ったお珠から手拭いが飛んできた。千造はそれを持ち前の反射神経で受け止め、受け取りやすいように投げ返した。
「おとっつぁん‥‥私‥‥」
「どうした?」
「‥‥ううん‥‥なんでもない。気をつけて」
一度呼び止めて、躊躇いがちに千造を見送るお珠。娘の後ろ手に妖刀桃雨が握られているとは、父は知る由もなかった――。
「よぉ、お雷、今帰りか?」
「おやおや、平八郎殿、こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
被害者の女性達の聞き込みを終えた平八郎は、辻斬りが行われている現場近くを見張っていた。そこへ見知った顔が現れた。
彼女の名前はお雷、平八郎の長屋の近くにある酒場で働く看板娘だ。美しく、器量も気立てもよく、酒場の常連の町人のみならず、侍からも口説かれているようだが、本人は身持ちが堅いのか靡いたという話を聞かない。
「まあ、辻斬りが? 胸の大きな女性ばかりを狙うなどとは恐ろしいですわね。わたくしも夜道は気をつけるといたしましょう」
(「お雷、すまねぇ。必ず護るからな」)
お雷は酒場の主人の頼まれものの帰りだった。平八郎は辻斬りの事を話しながら心の中で謝った。お雷はきっちり襟を詰めて着物を着ているものの、着物は体型が出にくいにも関わらず、その上から豊満な身体付きが分かる程、胸が大きいのだ。平八郎にとって格好の囮である。
「‥‥あら? お珠殿。このような夜更けに、刀など持ってどういたしましたの? 今宵は随分とまた美しい夜空ですから、散歩でもされて――」
『斬れ、今度こそ斬り殺すのだ』
「そうよね、巨乳なんて‥‥いなくなっちゃえばいいんだぁ♪」
「お珠‥‥殿!?」
平八郎と別れたお雷は、そのすぐ後、抜き身の刀を持ったお珠が廃屋の門の影から出てきたのに気付いた。
お珠はお雷の勤める酒場へ酒を買いに行っており、二人は顔見知りだった。
人影がお珠だと分かったお雷は、提灯を前に翳し、やや猫背になっていた背を伸ばすと、自然と少々胸が強調され、ただですら大きい胸が一層大きく見えた。
お珠の持つ抜き身の刀が桃色の朧気な光に包まれると、彼女は粘着いた妖しい微笑みを浮かべてお雷に斬り掛かってきた。
次の瞬間、お珠とお雷の間に煙玉が投げ込まれ、お雷は煙の中からお鈴が抱き留めて出てきた。妖刀桃正は割って入った平八郎の苦無が受け止めていた。
「‥‥妖刀に乗っ取られつつあるか。こんな姿をお雷に見られるのは忍びないだろう」
「‥‥だーれ? どうして邪魔するの? ‥‥邪魔するんだったら‥‥斬っちゃうよぉ?」
煙が晴れると、半ば猫のように獣化し、着物の裾を始め、ところどころが破れたお珠の姿があった。妖刀桃雨に囁かれ、日々抑え続けた事で精神的に疲弊しており、最早限界なのだ。
「兄ぃ、お雷は大丈夫だよ」
樹の上からお鈴の声が聞こえた。彼女はお雷を抱きかかえて樹の上へ避難していた。
お鈴はお珠の家の天井裏に潜んで見張っており、彼女が妖刀桃雨を持って出掛けるのを確認した後、辻斬りの現場を下見していた平八郎と合流したのだ。
苦無を逆手に構え、お珠の妖刀桃正と斬り結ぶ平八郎。お珠は流石は千造の娘というべきか、そこそこの動きはするものの、そこは剣技の心得のない町娘、平八郎はその切っ先を見切れない程ではなかった。
『そうか‥‥お前が人を斬らせぬ枷となっておるな‥‥ならばお前を‥‥斬る!』
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「お、お珠‥‥お前が妖刀桃正の正体か」
妖刀桃正から男の声が響くと、妖刀桃正の刀身にまとわりついていた桃色の朧気な光がお珠の身体に絡み付き、絹を裂き尾を引く悲鳴が轟く。すると、お珠の身体は侍の姿へと変わった。完全に身体を乗っ取られてしまったのだ。
『我は桃雨の持ち主、日向幻之丞なり‥‥お主を斬れば女子も簡単に斬れよう‥‥』
「簡単に言ってくれるなよ!」
幻之丞の剣技は正統派の侍のそれであり、縦横無尽の軌道と妖刀桃正の間合いが相まって、お珠を追い詰めていた平八郎は逆に廃屋の壁際へ追い詰められてしまう。
「兄ぃ!!」
「駄目! こんな事したくない! ‥‥今のうちに、こいつを‥‥斬って下さい! ‥‥お願い!」
「女は斬らないのが俺の主義でね! 臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!!」
お鈴が再び煙玉を投げ入れると、今度は爆炎が上がる。すると、お珠の意識が幻之丞の霊を押し遣って身体の主導権を取り戻し、平八郎に自分を斬って欲しいと懇願した。
平八郎はその一瞬の隙を衝いて、破魔の力を秘める九種の印を即座に結び、最後に刀印を妖刀桃正の刀身目掛けて結んだ。
『口惜しや‥‥我が怨み、未だ晴れぬというのに‥‥口惜しや‥‥』
すると、妖刀桃正の刀身に亀裂が入り、それは瞬く間に広がり、最後には砕け散った。破片と共に幻之丞の怨念の篭もった声が廃屋の方へ消えていった。
「その廃屋、妖刀桃正の持ち主だった、日向幻之丞の屋敷跡なんだって」
お鈴が調べた情報を平八郎に話した。
日向幻之丞は貧乏旗本の一人息子だった。許嫁がいたのだが、貧乏を理由に愛想を尽かされ、許嫁は金持ちの旗本へ嫁いでしまった。幻之丞は祝言を行っている最中へ躍り込み、許嫁と旗本を斬り、自分も自刃した。自刃した幻之丞の血を吸った刀が妖刀桃雨となったのだ。
「まぁ、これだけ証拠があれば、後は片山のとっつぁんがお得意のでっち上げを披露してくれるさ」
「兄ぃの手柄が持っていかれるのは癪だけど」
「それが忍者ってもんさ‥‥じゃぁな、幻之丞、成仏しろよ」
平八郎は廃屋の前に気を失ったお雷とお珠を横たわらせ、妖刀桃正の柄と刀身を廃屋の中へ入れると、火を放ったのだった。
「お珠!?」
「千造の娘と、こっちは町娘のようだな。この傷から、うむ、辻斬りはこっちの町娘を襲おうとして千造の娘の抵抗に遭い、うむ、顔を見られたので観念して廃屋に火を放って自害した。そうに違いない!!」
千造と大蔵は、大蔵の推理した男性の逆恨み、怨恨の線で見当はずれの調査を行っていたところ、爆炎を聞き現場へ駆け付けたのだ。
そこで大蔵の再び的外れな推理と、お雷とお珠に辻斬りを目撃した記憶が残っていない事もあり、この辻斬り事件は一応の解決を見たのだった。
●逐電するか、俺!?
「どうしてあなたがここにいるのよ!? ちょっと、兄ぃから離れなさいよ!」
「助けてもらった恩を返したいし、岡っ引の娘だから、きっと役に立つわよ」
辻斬りの事件以来、お珠が平八郎の長屋に押し掛け女房よろしく居座り始めた。これにはお鈴も危機感を覚え、怒鳴って平八郎とお珠の間に分け入る毎日。
千造は千造で、大蔵との見回り中に平八郎の姿を見掛けると、「娘に手ぇ出すんじゃねーぞ」と不機嫌な顔を見せる始末。
「逐電するか、俺‥‥」
逐電屋平八郎自身の平穏は、まだまだ当分先のようだ。
【八百八町異聞〜妖刀桃雨・完】