ターニングポイントアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 菊池五郎
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/11〜05/15

●本文

 運命の女神の気紛れか、それとも悪魔の悪戯か。
 決して交わる事のない、歩みの異なる2つの運命が交わる時、そこに新たな出会いが生まれる。

『こちら“フロマージュ”、予定の狙撃ポイントに付いた』
『了解。こちらでターゲットの移動を確認。約5分後にそちらに現れるはずだ』
 インカムで通信を終えた赤毛の女性は、茂みの中に身を伏せ、ライフルを構えた。スコープをターゲットが通過する道路へ合わせる。
 そのままの姿勢で待つ事4分。予定では残り1分でターゲットの乗った車が通過するはずだ。
 赤毛の女性は呼吸を整え、トリガーに手を掛ける。
 と、その時!
「ららららら!?」
「何!?」
 彼女の横から、突然、バイクが躍り出た。彼女はそのまま撥ねられてしまう。
「痛て‥‥俺とした事がハンドルを取られるなんて‥‥猫は轢いてないよな‥‥って、こんなのところに女の人が!? 大丈夫か!?」
 バイクに乗っていた少年は、頻りに背中をさする。飛び出してきた猫を避けようとして、茂みに飛び込んでしまったようだ。
 猫は避けられたが、代わりに赤毛の女性を轢いてしまっていた。
 こんなところに人がいるなんて思いもよらなかったし、前科持ちは確定だ。少年は慌てて赤毛の女性に声を掛ける。意識はないが息はある。不幸中の幸いというべきか、茂みがクッションになったようで、見たところ、それ程大きな怪我は負っていないようだ。
 とはいえ、轢いてしまった以上、少年は赤毛の女性を背負うと、バイクを立て直し、病院へと向かった。
 彼らの横を一台の高級車が通り過ぎてゆく。

『“フロマージュ”、ターゲットは健在だ。狙撃は失敗したのか? “フロマージュ”、応答せよ、“フロマージュ”、応答せよ‥‥』
 その場に残されたインカムから通信が入るが、応える者はいなかった。

「記憶喪失!?」
「はい、全身の怪我は擦り傷や打ち身で軽傷ですから全治1週間ですが、頭を強く打ったようで、自分の名前すら思い出せないようです」
 赤毛の女性の診断結果を看護師より聞いた少年は、素っ頓狂な声を上げる。
「それで、記憶は戻るのか!?」
「それは分かりません。明日戻るかも知れませんし、あるいは一生戻らないかもしれません。身内の方ですよね? 不安そうにしていますから、病室へ行って話し掛けて上げて下さい」
 赤毛の女性を担ぎ込んだ病院では、『一緒にツーリングしていて転けた』としか言っていない。看護師もそれを信じて少年に彼女の元へ行くよう告げた。
 少年が病室へ行くと、赤毛の女性はぼーっと虚空を見つめていた。
(「うわ!? 凄ぇ美人だ」)
 先程までは気が動転していてじっくり見ている暇はなかったが、赤毛の女性はそれこそドラマや映画に出演していてもおかしくないくらいの美女だった。
「‥‥あなたは‥‥?」
「あ、お、俺は隼人、山崎隼人‥‥き、君の、ランの恋人さ(俺は何を言ってるんだ!?)」
 隼人はベッドの横の棚の上に飾ってある、花瓶に生けた鈴蘭の花を見て、咄嗟に口走ってしまう。
「私の恋人‥‥私の名前はランって言うの?」
「あ、ああ」
「そう、私はランって言うのね。隼人こそ大丈夫? バイクで転んだって聞いたけど?」
「いきなり猫が飛び出してきてハンドルを切り損ねちまったんだ。俺の方こそ悪かった、君に怪我をさせてしまって」
「ううん、猫は無事だったのよね? なら、このくらいの怪我、何ともないわ」
 記憶を失っている事も手伝ってか、赤毛の女性は隼人の言葉をそのまま鵜呑みにすると、本当に恋人に話し掛けるような微笑みと口調で、事故の事を聞いてきた。
 残念ながらランは、自分の正体を示すような物は一切持っていなかった。だから隼人はランがどういう人物か全く知らないが、自分より猫を気遣う辺り、優しい女性なのだと分かった。
(「嘘を付いてしまったけど、ランが元気になるまで、それまでは俺が面倒を見よう」)
 ランの微笑みを見ながら、そう決心する隼人だった。


■主要登場人物紹介■
・山崎隼人:外見18歳前後。高校生。勉強はそこそこ、運動もそこそこ、ルックスもそこそこの、普通の高校生。バイクの免許を取り、中古のバイクを買ってツーリング中にランを轢いてしまう。恋人と嘘を言ってしまい、ランとの恋人としての生活が始まるが、次第に本当に彼女に惹かれてゆく。姉妹がおり、頭が上がらない所為か、家事や料理は得意。
・ラン(イリーシュ):外見22歳前後。隼人が轢いてしまった女性。記憶喪失で、隼人の嘘から彼の恋人となるが、次第に本当に惹かれてゆく。本名はイリーシュと言い、実は“フロマージュ”のコードネームで呼ばれる某大国の凄腕の女スナイパー。その所為か家事や料理は苦手。
※外見はあくまでイメージであり、配役はこれに合わせる必要はありません。また、キャラクターに設定を追加し、役を膨らませて下さい。
※原則、獣化は出来ません。


■技術傾向■
射撃・容姿・発声・芝居

●今回の参加者

 fa1338 富垣 美恵利(20歳・♀・狐)
 fa1339 亜真音ひろみ(24歳・♀・狼)
 fa1420 神楽坂 紫翠(25歳・♂・鴉)
 fa2989 稲川ジュンコ(24歳・♀・ハムスター)
 fa3237 志羽・明流(23歳・♂・鷹)
 fa3800 パトリシア(14歳・♀・狼)
 fa3843 神保原和輝(20歳・♀・鴉)
 fa4360 日向翔悟(20歳・♂・狼)

●リプレイ本文


●恋人と偽っていたはずが‥‥
 バイクの事故によるランの外傷はすっかり癒え、退院の日を迎えた。山崎隼人(日向翔悟(fa4360))は大輪の鈴蘭の花束を持って、ラン(富垣 美恵利(fa1338))を迎えに行った。
「ありがとう。わぁ、綺麗なスズランね。私、この花好きよ」
 ランは花束を受け取ると、鈴蘭に顔を近付けて香りを楽しみ、花束に負けないくら いの笑顔を綻ばせた。
「花言葉は確か‥‥『幸福の再来』だったかしら? フランスでは5月1日をスズランの日としていて、幸福が訪れるよう、友達や家族、恋人といった愛する人や親しい人にスズランを贈る習慣があるの」
「へぇ、フランスではそんな風習があるのか」
「ええ、フランスでは‥‥フランス‥‥うう!?」
 鈴蘭の花言葉に始まり、フランスでの習慣まで説明するラン。彼女は急に頭を抱え込み、花束を落とすと、隼人も慌てて駆け付けた。
 ランが失っているのは自身の過去に関する記憶だけで、先程のように一般常識は覚えており、日常生活には支障はと診断されていた。
「し、幸福の再来って訳じゃないけど、しばらく俺んちで養生すると良いよ。人手があった方が何かと便利だろうしさ」
「隼人の家‥‥それって‥‥」
「べ、べべべ、別に疚しい気持ちはこれっぽっちもないぜ!? それにほら、うちには妹もいるから、着替えとかランが1人でするよりずっといいだろうし」
「ぷっ! ふふふ‥‥そうね‥‥隼人の家かぁ‥‥」
 思い切って自分の家に来ないかと誘うと、ランの頭痛は収まったようだが、今度は肉体的に関係を訝し始める。ランがジト目で見てくるので、隼人は両手を振って、疚しい気持ちは全くない事をアピールした。
 ランも隼人の反応を見て、まだそこまで行き着いていないプラトニックな関係だと分かると、思わず吹き出していた。
(「ああ、自分に嘘を付けない真っ直ぐな人だから、私、好きになったのね」)
 自分が何故隼人を好きになったのか、納得していた。


●消えたスナイパー
 時は隼人が事故を起こす直前まで遡る――
『ターゲットを確認した。今、移動しているようだ、もう少しでそちらに着くだろう。準備は、いいか?』
『こちら“フロマージュ”、予定の狙撃ポイントで待機中だ』
『こちら“ムスクテール”、こちらも問題ない』
 インカムから上司の斎宮 克巳(さいぐう かつみ/神楽坂 紫翠(fa1420))の連絡が入る。万全を期す為に、イリーシュとムスクテール(神保原和輝(fa3843))、どちらかがしくじっても良いよう、別々の狙撃ポイントにいた。
 だが、5分後、フロマージュからの狙撃は行われず、ターゲットは健在。
『どうした、何があった? 狙撃は、失敗したのか? フロマージュ応答しろ!!』
『こちらムスクテール、ターゲットの狙撃に成功した。直ちに撤収する』
 フロマージュの代わりにムスクテールが仕留め、狙撃ポイントから撤収した。フランス語における“銃士”が示すとおり、ムスクテールは狙撃による暗殺を得意とし、任務に対して忠実且つ機械的にこなしていく。
 狙撃ポイントは割りと早く割り出される事が多い。証拠を極力残さないよう、速やかに撤収する必要があったが、ムスクテールは見付かる危険を冒しても、イリーシュの狙撃ポイントへ向かった。
 そこにはイリーシュが愛用しているライフルとケース、インカムといった狙撃道具一式が丸々放置されていた。
『バイクの轍‥‥?』
 ムスクテールはそれらを回収しながら、道路からその場所まで出来ているバイクのタイヤ痕を見付けていた。

 克巳とムスクテールが帰還したのは、某国の大使館近くの高級ホテルだった。そこにはイリーシュ達が所属する暗殺組織のトップ“コマンダー”(稲川ジュンコ(fa2989))と、イリーシュと同じ女スナイパーの“ウルフ”(亜真音ひろみ(fa1339))の2人が待機していた。
「何! あの暗殺機械が?」
「任務中のフロマージュからの連絡が突然途絶えた? バカな、彼女が失敗するなんて‥‥」
「道具が一式残っていましたから、組織を抜けたというよりは、何らかの事故に巻き込まれた可能性の方が高いでしょう」
 コマンダーは男装の麗人といった、知的な容貌のクールビューティーだ。
 克巳から報告を受けたコマンダーとウルフは驚きを隠せない。イリーシュの狙撃の腕前はコマンダーを始め、ウルフ達組織の誰もが認めるところだ。
「今回の暗殺は成功したが、フロマージュが持っている組織の情報が外部に流れるのは拙い」
「ウルフは直ちにフロマージュの捜索を、ムスクテールは、もしフロマージュが裏切り、組織の事がばれるようなら、処分しろ!!」
「‥‥了解」
 コマンダーと克巳の命に、淡々と応えるムスクテール。しかし、彼女はタイヤ痕については克巳にも報告していなかった。
「フロマージュ‥‥無事でいてくれ」
 一方、ウルフは不承不承といった表情だ。彼女は普段はロックバンドのボーカル朝霧真夜として活躍しており、組織から連絡があればスナイパーや諜報員となる。ただ、情に篤く仲間の面倒見がいい姐御肌の性格が災いして、非情に徹しきれない一面もあった。


●惹かれ合ったのに‥‥
 隼人が妹と暮らす家は、閑静な住宅街の一角に建っている。両親は仕事の都合で遠くへ赴任しており、隼人達は転校するのを嫌がり、この家に2人で残っていた。
「お兄ちゃん、お腹空いたー。何か作ってよー‥‥って、外人さん!?」
 兄の声を聞き付けて、パタパタとスリッパの音を響かせながら、妹の山崎遊奈(ユナ/パトリシア(fa3800))がリビングからやってくる。てっきり、兄1人だけだと思っていた遊奈は、隼人の隣に女優と見紛うばかりの赤毛の美女がいる事に唖然とする。
「こ、こんばんは」
「こいつは俺の妹で遊奈、この人はランさんだ」
「隼人の恋人です。よろしくね」
「こ、こここ、恋人ー!?」
 彼氏の身内に会うのは緊張するのか、ぎこちなく挨拶をするラン。隼人がランに遊奈を、遊奈にランを紹介すると、ランは自分から恋人だと付け加える。突然やってきた兄の恋人に、驚くと共に警戒の色を隠せない遊奈。
「遊奈さん、お腹が空いているみたいだし、私が料理を作るわ」
「作れるのか?」
「‥‥多分」
 ランはその警戒を解こうと、お近づきの印に料理を振る舞おうとする。隼人が耳打ちすると、彼女は自信なく小声で応えた。

 30分後――
「コレハナンデスカ?」
「トマトスープのパスタと海の幸のマリネ‥‥なんだけど‥‥」
 食卓に並んだのは、元食材が見え隠れする黒焦げが乗った皿だった。目を丸くする遊奈。唯一食べられるのは、箸休めのチーズくらいだろう。
「ランさんって、もしかして家事苦手?」
「‥‥自信はあったんだけど‥‥隼人の妹に美味しいものを食べてもらいたかったし‥‥」
「ううん、その気持ちだけで嬉しいよ。それに、私も家事は苦手だしね、お兄ちゃんお願いね」
「へいへい」
 すっかり萎縮してしまったランに、遊奈は笑い掛ける。彼女も家事が苦手で、ラン程の美女でも家事が苦手な事に共感を覚えていた。
 ランからバトンタッチした隼人は、手慣れた手付きで夕食を作ってゆく。遊奈の「お兄ちゃんお願い」が、隼人が家事や料理が得意になった原因の1つだ。
「‥‥美味しい! こんな美味しい夕食は久しぶり‥‥かも」
「お兄ちゃんが捕まえたにしては、素敵すぎる女の人だね」
 冗談を言いながらランに懐く遊奈だった。

 それから1ヶ月近く、隼人とランのラブラブな生活は続いた。
「それでランさんとはいつ結婚するの? 私、ランさんならお姉ちゃんになってもらいたいな」
(「俺はランや遊奈を騙している。彼女に記憶がない事をいい事に‥‥なんて、卑怯なんだ」)
 隼人自身、いつの間にか本当にランの事が好きになっていた。恋人らしい恋人もいなかった彼にとって、ランとの生活は楽しく、ずっとこのままでいたいとさえ思い始めている。
 だが、それ故に記憶がない事を利用して恋人として彼女を騙し続けている事に、罪悪感を覚えるようになっていた。

「咄嗟に口走った事とはいえ、ちゃーんと責任を取らないとなぁ?」
「くそ、相談する相手を間違えたぜ!」
 隼人は友達の的場鷹雄(志羽・明流(fa3237))に本当の事を洗いざらい話し、相談を持ち掛けたが、彼は茶化した。
 鷹雄は2つ年上という事もあり、兄貴風を吹かすのだが、腹を割って話せる親友でもあった。
「まぁ、待て。いいか? 女の子には優しく、紳士的な態度で接するんだ。あんまし乱暴なのはダメな。ビビっちゃうから」
 帰ろうとする隼人を押し留め、アドバイスする鷹雄。バイクと女の子の扱いに長けている彼の影響で、隼人もバイクに乗っているようなものだ。
「恋人として振る舞うんなら、それくらいは当然! それと、隼人も苦しいかも知れないが、記憶の無いランさんの方がもっと苦しんでいるはずだ。自分の事ばかり悲観的に考えてないで、もっと彼女を労るんだな」
 鷹雄は隼人にライブのチケットを渡した。息抜きに行ってこいという事なのだろう。
 それは鷹雄がファンの、朝霧真夜のライブのチケットだった。隼人はツーリングがてら、ランを誘って真夜のライブを見に行った。

 だが、ライブ後、『さようなら』という置き手紙を残し、ランは隼人達の前から姿を消した。


●再会、そして‥‥
「こいつが‥‥こいつがあの、フロマージュだとでも言うのか‥‥!?」
 ウルフこと真夜のライブの客席で、隼人と楽しそうにお喋りをするフロマージュの様相の変わりように、ムスクテールは驚きを隠せなかった。
 真夜の姿を見て、ランはイリーシュとしての記憶を取り戻した。ライブ後、真夜の楽屋を訪れて記憶喪失になっていた事を伝え、隼人に別れの書き置きだけして組織へ帰ってきたのだ。
「いいのか? フロマージュ、いやラン。あたしには、あの男に向けていた笑顔が本物に思えた。今ならまだ戻れる」
「‥‥」
「事情は聞いたよ。たとえ偽りの幸せだとしても、今まで見せていた笑顔は本物だと思うから」
 ウルフはイリーシュにフロマージュではなくランに戻るよう説得した。
「今まで、何をしていた? 仕事が溜まっているから、忙しいぞ!」
 しかし、組織は非情にもそれを許さない。イリーシュは克巳より、新たな暗殺の司令を命じられた。

 ランがいなくなった隼人の家は、彼女が来る前の生活を送っていた。
「ランさん、どうしていなくなったのかな? せっかく本当のお姉さんになってくれると思ったのに‥‥」
 意気消沈する遊奈。彼女以上に隼人もショックを受けていた。
 そこへ鷹雄から連絡が入った。
「ランは‥‥凄腕のスナイパーだそうだ。彼女は狙撃の仕事の途中で、キミに轢かれてしまったようだ」
「!? どうしてそんな事を‥‥」
「事情は聞かないでくれ。彼女は今、新たな要人の狙撃の任に付いているそうだ。場所も分かっている‥‥彼女の事、最後までちゃんと守れよ?」
「ああ! ランがスナイパーだろうと暗殺者だろうと構わない、俺にとってのランには変わりないからな!!」
 鷹雄からランの素性を聞かされた隼人だったが、さほどショックは受けていないようだった。
 ランの居場所を聞いた彼は、居ても立ってもいられないといった様子で愛車に跨った。

 イリーシュの覗くスコープが要人を乗せた自動車を捉える。そこへ一台のバイクが割り込んできた。
「ラン!!」
「隼人!?」
 イリーシュはまたも狙撃を失敗してしまう。
「私は隼人の知っているランじゃないのよ! 私は‥‥私はフロマージュ、隼人の‥‥あなたの知らない世界のスナイパー。もうあなたの恋人のランはいないのよ。だから‥‥お願いだから私に関わらないで!」
「ランが何者でも俺は構わない。俺にとって君は掛け替えのない人で、ただ1人好きな女だ。ただ、俺の側にいて欲しい。愛しているんだ!」
 ランにライフルの銃口を向けられても尚、隼人は動じず、それどころか愛の言葉を口に上らせた。
「やはりな。一度、一般人に成り下がったお前では頼りにならない。恋だの愛だのと、下らない、昼メロの主人公にでもなったつもりかしら!!」
 そこへ密かにイリーシュの監視をしていたコマンダーが姿を現した。手に持った拳銃の銃口はランに向けられている。
「その女は坊やが思ってるような女じゃないのよ!」
「もう一度云う。ずっと俺の側にいてくれ、ラン!!」
 コマンダーの言葉には耳を貸さず、ランを真っ正面から見つめる隼人。
 コマンダーの指が引き金を引こうとした瞬間、彼女は倒れた。
「私もまだまだ甘い、という事か。こちらムスクテール、ターゲット及び裏切り者の始末に成功した。直ちに帰還する」
『了解した。裏切り者の死体は追ってこちらで回収する』
 コマンダーを撃ったのはムスクテールだった。
「良い腕だったのに、しょうがないな? 今まで、よくやったからな。これは、自分からのせめてもの餞別だ」
 ムスクテールの言う『裏切り者』が誰か、薄々勘付いていた克巳は微苦笑しつつ、組織内にあるフロマージュに関する全ての情報を消去したのだった。

「隼人、それでこそ漢だ! 彼女の事は、綺麗さっぱり忘れるか‥‥」
「自棄酒なら付き合うよ?」
 一部始終を見ていた鷹雄は、その場から立ち去った。彼もまたランに一目惚れしていたのだ。
 彼の横には真夜の姿があった。ファンという彼にイリーシュの情報を流したのは真夜だった。

「お帰りなさい、お兄ちゃん、ランさん」
「私はランじゃないの。本当の名前はね‥‥」
 帰ってきた隼人とランを笑顔で出迎える遊奈。ランは隼人に抱きつきながら、悪戯っぽく言うのだった。