史劇『相州・小沢城』アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
恋思川幹
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/28〜02/01
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●本文
今から500年と少し昔のこと。
関東管領上杉氏の家臣、長尾景春が相続問題を発端に大規模な反乱を起こしました。
後に言う「景春の乱」は関東一円に波及して、あちこりで戦の火の手が上がりました。
当時、神奈川県愛甲郡愛光町の小沢城の城主であった金子掃部助も、溝呂木城の溝呂木氏、小磯城の越後五郎四郎らとともに、景春に味方して挙兵しました。
ですが、上杉氏の忠臣である太田道灌の強さはまさに鬼神の如し。上杉氏に叛旗を翻した諸将を鎮圧する為に縦横無尽の活躍を見せます。溝呂木城も小磯城もわずか一日で攻め落とされてしまいます。
そんな中で小沢城の金子掃部助とその一党は、太田道灌相手に奮戦し、二ヶ月間にわたって城を守りぬきました。
この金子掃部助なる人物、詳しい資料が手に入りません。「景春の乱」の中のほんの一エピソードに過ぎない扱いなのです。ひょっとしたら、現地の図書館などに行けば、郷土史家などによる詳しい資料があるかもしれません。
しかし、あえてここは金子掃部助の実態を詳らかにせず、「太田道灌相手に二ヶ月も奮戦した」という一事のみからイメージを自由自在に膨らませて、物語を紡いでみたくはありませんか?
と、そんなことを考えた企画者がいた。
太田道灌は江戸城築城でやや知られている武将である。少し詳しい者ならば、足軽戦術の先駆者ということも知っているだろう。
その道灌のライバルとも言える長尾景春になってしまうと完全なマイナー武将である。
その景春に呼応して挙兵した一武将に過ぎない金子掃部助ともなれば、地元の人間でもどれだけ知っているものか。
規模の小さい劇団だからこそ、そういった人物を取り上げるという冒険的なことも出来る。テレビドラマや映画のような巨大資本とは一味違う、小さいが故のフットワークの軽さであろう。
「‥‥という訳で、『金子掃部助を主人公にした舞台公演』を行う。頑張って芝居を作り上げてくれ」
イメージが膨らませろと言っても、ただそれだけでは難しい。
「そうだな。二ヶ月も奮戦したとはいえ、勝ち目の薄い戦いであったことは間違いない。その辺りの極限状況の人間ドラマを作るのも面白いだろう」
「金子掃部助には嫁入り直前の娘がいた、という昔話もある。落城の際に花嫁衣裳をまとって相模川に身を投じて、蛇に化けたという。親子の物語としての切り口もいける」
「他にも長尾景春との友情といった物語作りもありえるだろうし、道灌と対峙させてみるのも面白いだろう。切り口は自由に発想してもらって構わない」
●リプレイ本文
緞帳もないような小さな舞台の始まりは、客席照明のフェードアウトと舞台上の照明のフェードインから始まる。
その僅かな時間の暗闇に役者がスタンバイするのである。
ザ・レーヴェン(fa2681)演じる小沢城主・金子掃部助と、長尾景春役の天城 静真(fa2807)である。
掃部助・レヴは侍烏帽子に黒地に朱金の刺繍を施した鎧直垂、髪は黒く染めて日本史劇でも違和感を与えないようにメイクも併せて配慮している。一方の景春・静真は藍色の地に白と金刺繍の鎧直垂である。
武士の衣装を侍烏帽子と鎧直垂に統一するアイデアはスタイリストの中松百合子(fa2361)のアイデアによるものである。平時と合戦の両方の描写で違和感の少ない衣装に統一することで、着替えの手間や衣装の嵩張りなどを緩和することができた。
「叔父が山内が家の執事職を、この私から奪っていった。‥‥私の夢は遠のいてしまったよ」
景春・静真が寂しげな表情で笑う。
「景春殿はよほど顕定様に煙たがられているようだ。応仁の乱の後、都の将軍家は血で血を洗う争いばかり。関東までもが、その悪習にあてられ、鎌倉公方に関東管領も合い争っている。為政者が真に顧みるべき民草を蔑ろにしたままだ」
掃部助・レヴは憤りを隠さない。
「ははは、私の口癖はすっかりおぬしに伝染ってしまったようだ。上杉家執事として政に携われたならば、民草の為にそれを為したい‥‥それが私の夢ではあったが‥‥」
「景春殿、諦めるのはまだ早い! 古き権威が民草を苦しめるならば、新しき秩序を作ればよい!」
「私に謀反人の汚名を着せたいのか!?」
「汚名を恐れて、世を変えようという大願を果たせようか!」
「うむ‥‥」
「たとえ磐石の汚名を着ようとも、‥‥この掃部助、おぬしが民草の為に政を為す姿を見てみたい」
「‥‥掃部助殿‥‥その言葉、しかと‥‥」
言い残して景春・静真が舞台をはける。
残された掃部助・レヴがその場に座り込むと、彼を照らす単サスを残して他の照明もフェイドアウトしていった。
掃部助・レヴが懐から書状を取り出す。
「‥‥‥‥太田道灌殿の引き込みに失敗したか。たとえ暗君であろうとも忠節を尽くす。かの者もまた武人の鑑よ」
忠臣である道灌を誉める掃部助・レヴ。だが、その表情はすぐに曇る。
「だが、これで一つ状況は苦しくなった。道灌ほどの戦上手を敵に回して、果たして‥‥」
「あなたが今からそんなでは、皆もいざとなった時、不安になってしまいますよ」
照明が再び舞台全体を照らす。
「おまえ‥‥」
照らされた舞台に立っていた声の主は掃部助の妻役である都路帆乃香(fa1013)である。女性は小袖袿に統一されている。帆乃香の衣装は、色は落ち着いた紫系の色。袿は小袖よりはっきりとした色になっている。地方武士の妻とはいえ、人の上に立つ気品を感じさせる。百合子が衣装の手配に全力を注いだ為、着物を着ての稽古も十分であり、帆乃香は小袖袿を使った細やかな仕草まで演じて見せている。
「御大将たる者、軽々しく弱音を見せてはなりません」
帆乃香はそっと掃部助・レヴに近寄ると耳元と囁くように、それでいて芝居の台詞としてしっかりと客席に届く声で言う。
「弱音は‥‥睦言のように‥‥私にだけ‥‥小さな声で‥‥」
「‥‥すまんな、いつもおまえには助けられてばかりだ」
掃部助・レヴは帆乃香をそっと抱き寄せる。
「‥‥有鹿を嫁に出そうと思っている。海老名によい男がいるのだ」
掃部助・レヴが言う。
「わかりました。有鹿には私から話しておきます。奥向きのことはお任せ下さい。あなたは後顧を憂うことなく、前へお進みくださいませ」
「このしばらく後のことでございます。駿河の国の今川様のお家にても跡目争いの騒乱が起こります。太田道灌様はその調停の為に江戸城を留守になさいました。この時、今川家の騒動をいち早く鎮めて歴史の表舞台に出てまいりましたのが伊勢新九郎様。後の世で北条早雲様と呼ばれるお方であったことには奇しき縁を感じます。景春様はこの道灌様の留守を見計らい、お味方の諸将は関東一円でいっせいに蜂起されたのでございます」
ナレーションは有鹿姫の侍女の「なぎ」の語りで、その役をつとめるのは小塚さえ(fa1715)である。
「しかし‥‥」
「殿! 溝呂木、小磯の両城、陥落したとの由にございます! 寄せ手の将は太田道灌めとのこと!」
景春役との兼任で出演する静真。藍色で無地の鎧直垂に身を包んで、今は掃部助の家臣・天城静馬役である。史料に名を残す人物が見つからなかった為、静真自身の名前を一字だけ捩った役名である。
「来たか。想像以上に早かったな。さすがは道灌」
「なんの! 我らが城は三方を急峻な谷に囲まれた要害。兵糧の蓄えも十分なれば、いずれ長尾殿の援軍も参りましょう」
「よし、太田の者どもに我らが戦のしよう、見せてくれよう!」
「応っ!」
舞台が暗転する。
舞台が暗い間、蓮城久鷹(fa2037)の編集した効果音が会場を満たす。
擦れあう甲冑の音、剣撃、馬の嘶き、人々の怒声、罵声を幾重にも重ねて重厚な奥行きのある戦場を思い巡らせるのには十分な迫力であった。
照明が再びフェードインすると、舞台にいるのは西村・千佳(fa0329)が演じる有鹿姫である。朱色地に赤と山吹の刺繍された小袖、袿はやや淡い色をあわせている。落ち着いた感じの帆乃香に比べると若い女性の華やかさが感じられる衣装だ。千佳は中学一年生であるが、この時期の少年少女の成長は個人差は大きい。小学生にも見える千佳を、しかしもう少し年上の年頃の女性に見せているのは、やはり百合子のメイクアップがあればこそである。
「申し訳ござません。わらわは行かねばなりません。父を、母を、生まれ育った故郷の皆を見捨てることはできません」
有鹿・千佳は誰に向かって語りかけているのか。
「姫様、‥‥そろそろ」
有鹿姫のもう一人の侍女役のパイロ・シルヴァン(fa1772)が声をかける。千佳よりも一歳年下の少年だが、問題なく女の子に見える。
「わかっている、なぎ。別れの言葉はもう済ませた」
「許婚となられた方に、きちんと挨拶もせずに行かれるのは‥‥」
パイロと一緒に出てきたなぎ・さえは意見を述べる。だが、有鹿・千佳は首を左右に振る。
「優しいお方だ。わらわが行くと申せば、止められるのは目に見えておる」
気品に満ちた有鹿・千佳。もしかしたらルビースターのネックレスの効果なのかもしれない。
「明け方に敵の包囲網を突破いたします。黎明は人の緊張がもっとも緩む時間であるそうです」
パイロがこの先の予定を説明する。
「うむ。父上、今参ります!」
「ちょうどこの頃、姫様は婚約者に会う為に海老名にやってきておりました。しかし、お城の危急を知ると、すぐさま引き返すことを決意したのでございます。わたくし達は夜陰に紛れてお城を目指しました」
舞台上のなぎ・さえとは別に、オープンリールに録音されたナレーションの声が流れる。オープンリールには、その直後に効果音が入っている。
「ビイイイィィ!!」
鏑矢の鳴る音であった。
「敵兵だぁっ!」
敵兵役の数人が舞台上に躍り出て、三人を囲う。
「ええい、わらわの邪魔をするな!」
有鹿・千佳が懐剣を抜くと、残りの二人もそれに習い、殺陣が始まる。
ここで大いに活躍するのはパイロである。アクションスター志望の彼は、またナイトウォーカー戦にも備えているのであろうか、実戦でも通用する戦闘技術の所作に裏打ちされた迫力のある殺陣を披露する。その迫力を引き出したのは、殺陣師の久鷹である。
有鹿・千佳に向かって振り下ろされる槍を、さっと前に立ちはだかって受け止めるパイロ。その槍の柄をとり、合気道のように捻り飛ばす。敵兵役の軽業であるが、パイロとの息があっていればこそ、観客にはパイロの妙技として映えるアクションである。こうした考察まで含めて久鷹の活躍がある。
舞台上手、一段高くなった舞台装置の上に掃部助・レヴと静真が現れる。
「いったい何事か?」
「やや、殿! あれは姫様であらせますぞ!」
遠くを眺める仕草の二人。
「なんということだ。なぜ、戻ってきたのだ!?」
「城門を開けぃっ! 打って出て姫様をお救いするのだぁっ!」
その間、殺陣は一人二人と有鹿・千佳とパイロが敵兵を打ち倒していく。すべての敵を舞台上から追いやった時、
「父上ぇっ!」
遠く城に父の姿を認めて、大きな声で呼びかけたのである。
「姫様の華々しいご帰還は、お城の将兵を大いに奮い立たせました。しかし‥‥」
久鷹の編集した合戦の効果音、舞台上では掃部助・レヴと静真が敵兵を相手に殺陣を披露している。縦横無尽に活躍する二人ではあったが、敵も負けじと奮戦する。
「太田道灌様の軍勢の強いことは、まるで鬼神の如しでございました。二月余りの戦いの間にお城の門は一つ、また一つと破られていきます‥‥」
舞台上に帆乃香となぎ・さえがあらわれる。
「着物などは捨て置きなさい! 必要なものだけをもって、次の郭へ速やかに移るのです!」
「奥方様‥‥っ! けれど、ここにはっ!」
帆乃香の指示に、なぎ・さえは食い下がる。
『わあああっ!』
鬨の声が響き渡る。驚いた二人はさっと体を伏せる。
「‥‥大丈夫よ、なぎ。あなたが心配している物はちゃんと安全なところに移してあるわ」
帆乃香が優しい声で、なぎ・さえに語りかける。使用人と女主人という二人の関係を超えて、帆乃香が演じる掃部助の妻の慈愛がその声音に含まれていた。
「奥方様‥‥」
「さっ、はやく‥‥」
帆乃香はなぎ・さえを助け起こして舞台を横断した。
「掃部助様達も奮戦されましたが‥‥ついに運命の日はやって参りました」
舞台上は煌々と赤いゼラ(色付の半透明物質。照明の明かりに色をつける演劇道具の通称)の入った照明が照らしあげる。
「いよいよ、最期の時が押し迫ってきたようだ。ここまで付き合わせてしまった皆には、誠に申し訳なく思うと共に、この掃部助、心から感謝する!」
舞台下手のセットの上に立った掃部助・レヴが家臣達に感謝の念を込めて頭を下げた。
「なに、かの道灌相手にこれだけ戦い抜いたのです。殿がいればこそ、我らの武名は後々の世にも語り継がれましょうぞ!」
静真が掃部助・レヴに答える。
「ああ、地獄の閻魔にも、語り草であるぞ」
「‥‥殿、ここは我らが防ぎ申す。一兵たりとも近づけはいたしませぬ! どうか、お心残りなきよう‥‥ぐ」
こみ上げてくるものを必死に堪える静真。
「頼む!」
掃部助・レヴは下手のセットから上手のセットに向かう。それを見届けて、静真は槍を構えた。
「我こそはぁっ! 金子掃部助様が家臣、天城静馬なるぞ! ここから先は一兵たりとも通さぬぞ! 死にたい奴からかかって来るがいい!!」
「名のある武将とお見受けする! その首級、頂戴いたす!」
舞台に上がってきたのは敵兵役の衣装に身を包んだパイロである。
「ちょこざいな小僧め! よかろう、少しの間遊んでやる!」
「やああぁっ!!」
二人の殺陣は師匠が弟子に手ほどきをするような、そんな殺陣であった。これを演出した久鷹は、極限状況の中で自分の生きた証を何らかの形で残したいと言う静馬の心情を表現してみせたのである。
そのまま照明が変わり、舞台のピントが上手側のセットの上に移る。
「有鹿、なぎ、あなた達は城を落ち延びなさい」
帆乃香が優しく有鹿・千佳となぎ・さえに語りかけた。
「母上っ! 何を申されます! わらわも、とうに覚悟は出来ております!」
「奥方様っ!」
二人は抗議の声をあげる。
「‥‥覚悟は出来ている‥‥か。不器用な生き方ばかりが、似てしまったな」
掃部助・レヴはため息混じりに言う。
「有鹿、わしは親として何一つお前にはしてやれなんだ。だが、どうか生きてくれ」
「父上までっ!」
帆乃香がセットの影から花嫁衣裳を取り出した。
「有鹿、あなたには立派な許婚がいるではありませんか。運命をともにすべき相手を間違えてはなりません」
花嫁衣裳をなぎ・さえに渡すと、帆乃香は言った。
「有鹿のこと、頼みましたよ、なぎ」
「奥方様‥‥かしこまりました。姫様っ! このなぎの目が黒いうちは決して死なせはいたしません! 姫様はこれから海老名に嫁ぐのです。参りましょう!」
なぎ・さえは有鹿・千佳をしっかりと捕まえて舞台下手へ向けて歩き出す。
「いや、離せ、離さぬか、なぎ! 父上っ、母上っ!」
引きずられるように下手へ移動していく有鹿・千佳。
「‥‥これで、二人きりでございますね」
「そうだな」
残った帆乃香と掃部助・レヴがしんみりと言った。
「やはり‥‥娘を嫁に出すのは‥‥寂しいものだな」
「うふふ、後悔されておりますか?」
帆乃香が悪戯っぽい微笑を浮かべる。
「いや‥‥」
掃部助・レヴの表情が父親から武将の顔に変わった。
「義に感じ、義に生き、義の為に死す。人生、何の後悔があろうか!」
義に生きた一徹な武将の顔であった。
ゴオオオオオオオオオ!!
目一杯のボリュームで炎の音が舞台に満ちていく。
ホリゾントの背景を赤く染める照明だけを残して、シーリングやサスの明かりが消され、舞台上の人物がシルエットだけが浮かび上がり‥‥その明かりも音響とともに徐々にフェードアウトしていった。
「今はもう、どなたもおいでになりません。愛らしい有鹿姫様も、義に篤く優しい掃部助様も‥‥唯相州に吹く風だけが時折、昔を偲んで泣くだけでございます」