S高校文化特別授業アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
恋思川幹
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
やや難
|
報酬 |
1.5万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
05/03〜05/10
|
●本文
●
「今回の演目は『竹取物語』だ。それ以上でも、それ以下でもない」
今回の公演は、S県立S高校の要請による。学校教育の一環として様々な文化に触れる機会を設けるというお定まりのパターンである。
「もちろん、役者が自分の演じる役を深く掘り下げていくことも重要であるし、演出家が舞台に演出をつけるのも当然だ。公演時間の制約を鑑みて脚本家が書くシナリオも100パーセント原作通りではないだろう。つまり君達の個性が活かされるべき余地は十分にある」
公演責任者がスタッフに対する説明を続ける。
「だが、奇抜さや独創的に過ぎるものは今回は必要されていない。プロとして、その点を踏まえた上で公演に望んで欲しい」
企画名:S県立S高校 文化体験授業
演目:『竹取物語』
公演場所:S県立S高校 体育館アリーナ
公演時間:1時限から4時限まで(校長の話や教室での感想文などを含む)
タイムスケジュール:
公演日前々日まで :別の場所にて準備、稽古等
公演前日の夜に装置:各種装置等、搬入 リハーサル
公演日午後 :各種装置等、搬出
●
「サス、さげまぁーす!!」
「‥‥」
「サス、さげまぁーすっ!! 返事ーーっ!!」
「はあいっ!」
スタッフの一人が下見に来ると、ちょうど体育館のステージでは高校の演劇部員達が稽古の真っ最中であった。
サスとはサスペンションライトのことで、舞台の天井にある照明群を指す。ここで演劇部員達が言っているのは、さらに変則的でそれらの照明を吊り下げるサスペンションバーを指している。
重い照明機材をぶら下げるサスペンションバーは頑丈である分、重量もある。うっかり頭上に落ちてきたりすれば、大怪我は免れない。その為の安全確認にその場にいる全員の意思疎通が大事であるのは、プロもアマチュアも変わることはない。
(「ここに流れている空気は我々の世界と変わるもんじゃないな」)
スタッフは様子を見ながら、そんなことを思う。
「こちらが舞台になります。当日もここを使ってもらうことになりますが、ここの設備を使うのでしたら、一番詳しいのは多分演劇部の生徒達です。プロの方々との交流は彼女達にもよい刺激になると思いますので、お邪魔にならなければ話などしてやっていただけますか?」
案内の教員はそんなことを言う。
「同じような企画で、あちらこちらの学校を回っていますが、ここは比較的、機材や設備が充実しているようですね。その辺りも考慮して実際の公演の計画などを検討したいと思います」
スタッフが調光室兼音響室(照明や音響のコントロールを行う)や各種の設備を見てまわった上での結論は、学校設備の流用と持ち込み機材の使用もどちらでも構わないというものであった。別段、立派な体育館ではない、ごく普通のものである。だが、各種照明を吊り下げる為のバトンや音響スピーカーなど、舞台関係の設備が突出して充実している。何でも歴代演劇部員が「文化祭等の学校行事にも利用できる」と主張して、生徒会予算で少しずつ充実させてきた設備であるとか。
「という訳で、だ。今回の公演は学校内だから準備中も教員が様子を見ているだろうし、生徒の見学もありえる。よって獣化は難しい訳だが‥‥準備なども含めて、プロとして恥ずかしくないものを見せてやろう」
●リプレイ本文
●
「なんともアンバラスな印象ですね。これをあなた達が使っているのですか?」
普通の学校の体育館の放送室が、調光室兼音響室と呼べるだけの機材を取り揃えている様子に巻 長治(fa2021)は少なからず驚いた。部屋の内装に比べて、並んでいる機材が立派すぎる。体育館の放送室など、簡単なレコーダーとマイクが使えれば十分そうなものである。
脚本・演出を担当する長治は音響や照明の担当者をつれて、直に体育館の設備を下見にきた。演出の幅を決める上での重要な作業である。
「はい。普段の朝会から、文化祭とか諸々の学校行事まで、うちの学校の自慢の設備ですよ」
演劇部はもちろん、校内のアマチュアバンド、ダンス部や吹奏楽部など、ステージ発表を行う団体は概ねお世話になっているという。故にその機材を扱える演劇部の発言力は大きなものであったりするとか。
「‥‥あ、あの、やっぱり、こんな立派なの、普通の体育館にはもったいないですか?」
案内役の演劇部員がおずおずと尋ねる。神経質そうな印象やプロの芸能人ということが相まって、普通の高校生から質問を投げかけるには、長治は少々難しい相手であった。
「そうですね。プロというものは、どのような条件であれ、スポンサーの要望に応えて最高の作品を見せるものだと考えます。乏しい設備しかない場所でも創意工夫で立派な舞台を作ること、最高の設備が整った場所でその設備を使ってこそ辿り着ける高みを目指すこと、どちらも等しくプロのあるべき姿です」
印象からすれば、意外な優しげな対応である。
「もったいないとか、ふさわしくないとか思い悩む前に、目の前にある機材をどうやって使いこなすのか? そのことに腐心するのがよいと思いますよ」
「は、はいっ!」
長治の言葉はその生徒の抱えていた何がしかの屈託を取り除く一助になったようであった。
「へえ、スピーカーも立派なもんだ。けど、やっぱり元が体育館だからなぁ」
ナレーションをつとめるアースハット(fa1881)は音響機材に興味を持っているようだ。自分の使用する設備を自分の目で点検しておきたいと同行したのである。
アースハットが指摘するとおり、建物自体は普通の体育館であり、音響効率を考慮して設計されたものではない。結果、音響スピーカーは立派でも、その高性能を十分に活かしきれてはいないはずだった。
「ん〜、実際どんな感じだろうな?」
アースハットはこの体育館の設備で、客席に聞こえやすい喋り方はなんであるかを考え込んでいる。会場ごと、設備ごとに最大のポテンシャルを引き出すという姿勢はアースハットも同様である。
「今日、マイクとか実際に使わせてもらえるか?」
「は、はいっ! 使えますけど、まだ運動部が‥‥」
「柏木ぃっ、速攻ぉっ!!」
演劇部員の話し声をかき消すような掛け声、弾むボールの音、床を鳴らすバスケットシューズの音。アースハットがスピーカーを見上げている隣でバスケット部が今も活動中である。
「終わるのは大体6時頃とかか。俺は待てるが、学校の都合次第だな」
アースハットは学校側との話をつけ、待たせてもらうことになった。音響担当者もそれに付き合う。
「すみませんが、我々は先に戻りますね。そうそう、待っている間、暇ならこれを読んで置いてください」
そう言って長治がアースハットに差し出したのは『竹取物語』の文庫本であった。
「高校生相手に『昔々、あるところに‥‥』もないでしょう」
「‥‥『今は昔、竹取の翁といふものありけり』ってことか」
アースハットは本文の最初のページを開いて、有名な最初の一節を読み上げた。
●
「じゃあ、今日の稽古はここまでです。皆さん、お疲れ様でした!」
『お疲れ様でしたっ!!』
円陣を組み、その日最後のミーティングを終えると、皆の掛け声で稽古は終了する。
「おつかれさま。チェリーさん、和泉さん、この後開いてるかしら?」
讃岐の造、つまりおじいさん役の小野田有馬(fa1242)は稽古が終わったところで、かぐや姫役のチェリー・ブロッサム(fa3081)とおばあさん役の和泉 姫那(fa3179)に声をかけた。
「む? 私は予定はないが?」
「私もありませんよ? なんですかしら、小野田さん」
問い返す二人に有馬はにっこり笑って答える。
「役作りをする上で、お二人との親睦を深めたいと思ったの。一緒にお食事でもいかが?」
「‥‥あの場面での動きと台詞、ワンテンポ遅いわよ」
「あの場面はかぐや姫の想いがぐっとにじみ出るシーンであろう。すぐに台詞とアクションに移るのはどうかと思うがな?」
有馬が連れてきた居酒屋で姫那とチェリーが舞台のありようについて熱く語っている。炉端のある座敷席で、気分は平安時代といった趣であろうか?
「沈黙で語るってことかしら? けれど、高校生にそういう演出って効果あるかしら? ただ、間延びしていると思われるだけなら、もっとわかりやすいテンポを重視すべきよ」
「かぐや姫は受けの芝居が多い役だ。貴族の優雅さや品のよさを出すには細やかな仕草こそが肝要であろう?」
さて、困ったのは有馬である。親睦を深めるつもりが、二人の口論が途切れようとしない。もちろん、それは二人それぞれの舞台に対する真摯さゆえのことである。尚のこと、これが原因で二人の関係を損なわれるようなことはあってはないならい。
有馬は一計を案じると、店員に注文を出した。
「ほら、二人ともとりあえず、これでも飲んで落ち着きなさい」
有馬は注文した日本酒が届くと、二人に差し出した。
「ほう、これはまるでフルーツの香りのようだな?」
「味もすごくフルーティだわ。これ、果汁入り‥‥かなにか?」
「いいえ、これは純米酒だから、水とお米だけで作られたお酒よ」
有馬は薄く微笑んでそう答える。
「このフルーツのような華やかな香りと味が水と米だけでか?」
チェリーと姫那は驚き隠さなかった。
「今回の公演はね、このお酒みたいなものじゃないかしら? 用意される素材は最低限のもの。それをあっと驚かせるものにしなくてはいけないの。お米と水だけであなた達を驚かせたみたいにね」
有馬は食べ終わった天麩羅を盛っていた竹篭を手にとって眺めながら言った。竹取の翁が作っていた竹細工はこのようなものだろうかと想いを馳せて。
「竹取物語は誰もが知っているお話で、今さらそのお話を高校生に見てもらうって意味があるかしら? じゃあ、私達が見せるべきものは何か? 『演劇』という表現手段そのものなのよ」
「素材が周知のものだから、演技そのものがくっきりと浮かび上がってしまうのね。私達にできるかしら? 高校生活‥‥あの熱しやすく冷めやすく‥‥‥‥そんな彼らに演劇というものを伝えることは」
姫那が自分の高校時代を振り返りながら、少し弱気なことを言う。
「それをやるのが私達の仕事であろう。きっちりと作り上げて、高校生に演劇というものの手本を見せてやらねばな」
チェリーが言う。主役をやる上での矜持がそれを言わせるのか。
「それじゃあ、ま、あらためて乾杯しましょ。舞台の成功を祈って」
有馬が乾杯の音頭をとった。
●
舞台装置を乗せたトラックと役者やスタッフを乗せたマイクロバスは、ちょうど部活帰りの高校生達の下校に鉢合わせてしまい、校門前で立ち往生してしまった。
「懐かしいわね。この活気」
バスの窓からすれ違う高校生達を見ながら姫那が言う。
「俺もつい最近までこの中にいたんですけど、なんだかもう懐かしい気分ですよ」
3月に高校を卒業したばかりの玖條 響(fa1276)も校門から流れ出てくる高校生達を見つめている。今まで「学生兼舞台俳優」を名乗っていたのを、最近になって「舞台俳優」と名乗るようになったのを見ると大学へは進学せずに、いよいよ芸能活動に専念し始めたのであろう。芸能界は今までも出入りしていたが、きっちりと社会人として向き合いはじめれば、学校や学生という立場に守られていた時とは見えてくるものが変り始めるものだ。
「ほんと、楽しそう! こういう生徒さん達をお客さんにした公演に参加したいってずっと思ってたんです」
春雨サラダ(fa3516)は高校生達を見ながら、さも楽しそうに言う。
「ああ、もう、どこでも踊っちゃいたい気分〜☆」
などと言いながら、実際身体が小刻みにリズムを刻んでいる。それはまるで、高校生達の雑踏と喧騒をBGMにしているかのようであった。
やがて、下校する生徒の数もまばらになり、バスが進み始める。
「玖條くんっ! 悪いけど、このコードを舞台の屋根裏まで運んで!」
照明スタッフが指さした舞台袖に梯子がある。舞台の屋根裏に移動する為の据え付けの梯子である。
「はいっ! その後はどうします?」
「その都度、指示するからよろしく。ちょっと埃っぽいから咽喉、気をつけてな」
「わかりました。えっと‥‥タオルを使おう」
響は口にタオルを巻き、輪っか状に束ねられたコードの束を肩にかけると梯子を身軽に登っていく。
「はい、上につきました! 指示をお願いします」
屋根裏から声をかける響に、舞台上の照明スタッフから指示が飛ぶ。
「電源プラグの雄のほうを調光室の京塚さんに持っていく。雌のほうは舞台に垂らすか」
いくつものコードが並び、むき出しになったボルトや柱などで足場の悪く、しかも足場には隙間があり、そこから数m下の舞台が見えている。
少しばかり足の竦むような場所であるが、響は持ち前の身の軽さでさほど、気にすることもなく、無事に仕事を終える。
「よおしっ! サスバトン上げるよぉ! 頭上に注意っ! ハルサさん、単サスの明かりを見るんで、舞台までお願いします!」
照明スタッフがハルサに声をかける。単サスというのは独立したサスペンションライトを一つ、または数個だけ使って特定の役者や装置を照らすものである。響が運んだのはこの単サス用に追加されることになったコードであった。
「‥‥‥‥‥‥ぇ‥‥あっ、はぁいっ!」
アリーナの端でブツブツと自分の台詞を確認していたハルサに声がかけられる。明日の本番を前に実際の会場でのイメージ作りであろう。それで反応するのは遅れたが、きびきびと舞台上に向かう。
「月からの使者の出にあわせて、使うからね。じゃあ、合図したら登場シーンの動きを軽くお願い!」
「はいっ! ‥‥足の運び、手先の伸ばし‥‥舞台の広さ、客席の距離‥‥うん‥‥」
踊り子であるハルサの着眼点は舞台の入り方や立ち居振る舞いである。俳優が本業でない分、自分の得意な部分を最大限に活かすことが舞台を底上げできると考えた。
「‥‥この舞台が成功したら、嬉しくてまた踊っちゃうんだろうな、私」
ハルサはくすりと笑った。
「じゃあ、ハルサさん、お願いしまぁす!」
舞台の準備の喧騒は今しばらく続くのである。