義経の正室アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 恋思川幹
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/29〜12/03

●本文

 源九郎義経の正室は武蔵国の豪族・河越太郎重頼の娘(扇御前、郷御前、京姫などの異称があるが、はっきりとはしない)である。
 多くの義経ものの物語では定番とも言える白拍子の静御前にヒロインの座を取られてしまい、その影で重頼の娘の存在はあまり広く知られていないようである。
 だが、静御前という定番ヒロインがいるからこそ、奇をてらって重頼の娘を取り上げる面白さもあり、そういったところに注目した著作も少なからずあるようだ。
 一説によれば、重頼の娘は最期まで義経とともにあり、奥州平泉は衣川にて自害して果てたと言う。吉野山の別れの後、義経と再会することの叶わなかった静御前とは面白い対比であろう。
 重頼の娘は22歳、静御前は21歳でこの世を去っていると言い伝えられている。
 同じ男を愛し、同じ年頃の若さで死んだ二人の女性。


 今回、この重頼の娘を主人公にした舞台が企画された。
 テーマは「重頼の娘を中心とする、義経、静御前との三角関係」である。歴史物としての要素が物語を盛り上げるのに役立つであろう。
 舞台演劇ではテレビドラマや映画のような派手で見栄えのする合戦シーンなどを再現するのは難しいが、その分だけ具体的な事象をあえて抽象的に描くのは舞台演劇の得意とするところである。
 そういう舞台演劇の強みも活かしたいところであろう。

●今回の参加者

 fa0073 藤野リラ(21歳・♀・猫)
 fa0079 藤野羽月(21歳・♂・狼)
 fa0584 服部嵐(23歳・♂・狐)
 fa0833 黒澤鉄平(38歳・♂・トカゲ)
 fa1689 白井 木槿(18歳・♀・狸)
 fa1715 小塚さえ(16歳・♀・小鳥)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2037 蓮城久鷹(28歳・♂・鷹)

●リプレイ本文

 客席の照明が落ちていくと、嵐のSE(効果音)に加えて、ケーナ(竹笛)の音色がフェイドインしてくる。藤野羽月(fa0079)と藤野リラ(fa0073)の夫妻により作曲された扇御前のテーマ曲である。
 嵐のSEに合わせたアレンジはやや物悲しげな印象を与える。そこへさらに琵琶の音が重なることで時代劇のテイストがより強調される。
 緞帳がゆっくりと上がっていく。
「義経様‥‥いっそ心の通わぬ間柄であったならば、いかほど楽であったかと‥‥」
 京風の公家屋敷をイメージするセット、単サスに照らされたその真ん中で、華やかな衣装を身にまとった扇御前=白井 木槿(fa1689)が我が身の境遇を嘆いている。
 イメージするというのは、セットの作りが写実的なものではなく、記号性を求めるものであったからだ。公家屋敷を御簾や格子を使い再現するアイデアは黒澤鉄平(fa0833)のものである。
「鎌倉より兵がくると大物の浜より船出したものの、嵐によって皆、散り散りになってしまいました‥‥。心通わぬ間柄であれば、これ幸いにと河越に帰ればよいものを‥‥」
 いつの間にか藤野夫妻によるBGMがフェイドアウトしていく。
「けれど、あのお方はお優しい。鎌倉殿の間者ではないかと疑われ、家中の白い目に囲まれるわたくしにあの方だけは‥‥」
 上袖、客席から見て右側の舞台袖から義経=服部嵐(fa0584)が現れる。シーリングにより舞台全体が明るくなる。
「者ども! 控えよ! 扇はわしの正室ぞ! 扇を辱めるのはわしを辱めるものと心得よ! ‥‥しかしも何もない! 三郎、それ以上はいかにお前とて許さぬぞ?」
 欄干と衝立の置いてある下手に向かって義経=嵐は舞台を横断しながら、虚空に向かって叱責を放つ。だが、舞台上のリアルにおいては扇のいる部屋の奥から出てきた義経が部屋の面する廊下にいる伊勢三郎を叱責しているのである。欄干や衝立は部屋と内外、廊下の存在などを表現している。
 いつしか舞台上の時間は扇=木槿の輿入れの頃に遡っている。
「扇、すまなかった。たとえ、周りがどのように言おうと縁あって夫婦となったのだ。共に人生を歩んでもらえるか? 山吹よ」
 そう言って義経=嵐は扇=木槿に山吹の花を手渡す。
「山吹‥‥そなたに相応しい可憐な名前だ‥‥」
 義経がゆっくりと立ち上がり上袖にはけると、入れ替わりにちがや=小塚さえ(fa1715)が下袖から現れる。
「義経様だって夫婦となった縁を大切にしたいとおっしゃられたのでしょう? 姫様は義経様のご正室なんですから、もっとどーんと構えていればいいんです!」
「いいえ、義経様は夫婦となった縁を大切にしたいとおっしゃっては下さりました。けれど、わたくしを愛しているのでは‥‥なぜならば」
「義経様!」
 声がして上手側舞台装置の影から静御前=アイリーン(fa1814)が現れる。
「義経様が愛しておられるのは静御前なのですもの」
 扇=木槿を照らす単サスが消え、舞台の焦点が静=アイリーンに移る。
 フルートと琴を中心とした曲が流れ出す。扇御前の曲も美しい旋律であるが、こちらはより一層華やかな曲調に仕上がっている。フルートの音色は素朴なケーナよりも華やかな印象が際立つ。もちろん、リラと羽月の作曲、音響演出によるもので、演奏も夫婦で演奏したものが使われている。相思相愛の男女に自分達を重ね合わせたのか、より気持ちが篭もったものになっていく。
「義経様。扇御前様がいらっしゃったとの事ですが‥‥」
 すると義経=嵐が舞台に登場する。
「静‥‥案ずるな。わしが何よりも愛しているのはそなただ」
 静・アイリーンを抱き寄せる義経。静もその腕の中で義経の袂をぎゅっと握り締める。
 大切な人を奪われてしまうことへの不安。袂を掴む拳の強さがそれをありありと示している。
 だが、静=アイリーンは苦悶の表情を浮かべつつも、ある決意を固めていた。「表情を無理に作る」演技の難しさ。
「ありがたいお言葉、静は幸せでございます。けれども、扇御前様を大切になさってくださいませ」
 静=アイリーンは笑顔で義経=嵐にそう言った。だが、袂を掴む強さは強くなっている。
「扇御前様は義経様と鎌倉殿の絆でございます。扇御前様は鎌倉殿の縁の深い比企氏の血筋でもあり、なればこそ鎌倉殿は義経様との兄弟の絆をより強くしたかったに違いありません」
 と静はふっと一息つく。
「これは殿方の事情であり、義経様の為の助言でございます
 けれども、なにより遠く東国より輿入れされてきた扇御前様は如何にか心細いことでございましょう? 同じ女としてその扇御前様の心中を察しますと慙愧に耐えませぬ‥‥。どうか扇御前様を安心させて下さいまし」
 顔は笑顔の静=アイリーンであるが、袂を掴む手が震えている程に、不安が隠しきれない様子が客席にも伝わってくる。
「静‥‥そなたがそのように言える女子であればこそ、何よりもそなたを愛しく思うのだ」
 静=アイリーンの震える手を優しく握り締める義経=嵐。
「物心つく前に父を亡くし、幼き時分に母と引き離され、鞍馬に閉じ込められたこの身に‥‥そなたの優しさはよく染み渡る‥‥」
 そう言って義経=嵐は静=アイリーンを強く抱き締めた。包み込む強さではなく、母に甘えるような優しさを求める抱擁であった。
 扇御前=木槿を照らす単サスが再び点灯し、舞台の注目が扇御前=木槿に戻る。
「わたくしはしょせん政略の道具‥‥。どうして、義経様を愛していると言えましょう。どうして、わたくしにさえ優しい言葉をかけてくださる静御前を邪険に出来ましょう? どうして、あの愛し合う二人の間に割り込めましょう?」
 苦悶する扇御前=木槿。
「義経様は正室であるわたくしを大切にして下さる。けれど、愛しておられるのは静御前‥‥」
 ふっとその手から山吹の花が零れ落ちる。それを見て扇=木槿は言う。
「‥‥そっとわたくしの名を呼んでくださる。山吹‥‥と。それはわたくしを見ていて下さるのでございますか?」
 そっと山吹の花を拾い上げる。
「わたくしは山吹‥‥実をつけぬ花‥‥。義経様をどう思おうと実をつけないのかも知れませぬ‥‥」
 山吹の花を手に嘆く扇=木槿。
「姫様、義経様が京都に戻っておられます!」
 ちがや=さえが下手より現れる。
「今は公家や寺院を転々として、反鎌倉の戦力を整えているそうでございます」
 ちがや=さえは、扇=木槿のもとにそっと近づくと、声を潜めたような声音でそう言った。
「姫様、ご決断をなさるべき時がきております」
 ちがや=さえがそう扇=木槿に語りかけている最中に、舞台装置の転換が行われる。
 指揮をとっているのは鉄平である。舞台袖にて184cmの長身で身振り手振りで他の裏方達に指示を出している。もっとも、それは音頭をとっているようなもので、事前のリハーサルで裏方達はしっかりと自分達の仕事は把握している。それも鉄平であればこそであるが。
「姫様は決断を下さねばなりません。義経様についていかれるのか、それともお父君の下へ帰られるのか」
 舞台装置の転換が終わり、寺院風の舞台装置になっている。舞台上の注目点がさえと木槿を離れる。
「誰も彼も、口では我らに同情する風を見せながら、その実鎌倉を恐れている」
 代わりに舞台の注目点となったのは義経=嵐である。
 曲が流れ出す。義経の為に用意された曲は和太鼓をイメージ楽器に据えた勇壮な曲である。
「ここにいられるのも、そろそろ潮時であろうな。いつ鎌倉の兵に知らされることであろうか‥‥。山吹よ、そなたは無事に実家に帰りついたであろうか? そなたは有力御家人の娘。わしから離れて実家に戻れば悪い扱いはあるまい」
 義経=嵐は扇御前を気にかける。
「‥‥わしは平家を追討し、源氏積年の恨みを雪いだ!」
 義経=嵐は刀を抜き放つと、まるで舞い踊るように振り始める。
「京で狼藉を働いた義仲を討ち、一のでは谷兵力で劣る源氏軍を逆落としの戦術で勝利に導いた!」
 蓮城久鷹(fa2037)の仕込んだ義経=嵐の優雅な剣舞を思わせる殺陣は観客を魅了する。同時に久鷹が演出したホリゾントの赤い明かり、馬のいななきや走る音、鎧の擦れあう音が義経=嵐の剣舞を合戦の様子に昇華していく。
「ついには屋島、壇ノ浦に平家を討ち滅ぼした! だが、兄の態度はなんだ!? わしが‥‥それほどまで憎まれる何をしたというのだ!!」
 台詞の最後には何か悲痛な色合いが含まれていた。
「静! 静っ! わしに教えてくれ! 愛とは? 情とは? 吉野山で別れた時の約束‥‥もう一度必ず会おうと‥‥」
 義経の悲しい慟哭が客席の隅々にまで響き渡る。
 と、舞台の注目点が再び、扇=木槿とちがや=さえに戻される。曲はピッコロを主旋律にした明るく、けれど芯の通った強さのある曲である。
「義経様が愛しておられるのは静御前です。わたくしなどがいてもご迷惑をおかけするだけです‥‥」
「もう、姫様は本当に大人しい方なんだから。ちがやのことを甘葛のように甘く見てもらっては困りますよ? 乳母の子として生まれた時から姫様とご一緒してきたのです。姫様が本当は義経様が好きで好きで堪らないことなんか、お見通しなんですからね!」
 ちがや=さえが啖呵をきる。
「ちがや‥‥」
「そりゃ、静様は確かにお綺麗で、義経様のお気に入りかもしれませんけど。でも、姫様のほうがずうぅぅぅっとお綺麗です! 第一、妻が夫を愛していけないはずがないじゃないですか!!」
「ちがや‥‥」
「姫様、行きましょう。義経様のところへ。もう我慢なさらずともよいのですから」
 ちがや=さえが、扇=木槿の背中を押した。
 同時に曲が再び扇御前のテーマ曲に切り替わる。
「義経様っ!」
 だっと駆け出し、舞台を横切って義経=嵐に強く強く抱きついた。
「山吹‥‥どうして、わしの元などに戻ってきた?」
「わたくしは義経様の正室でございます。妻が夫と共にあることに何の不都合がございましょうか?」
 序盤の感情を押さえ込むような演技に比べて、はるかに能動的で募らせていた想いと情熱の深さが伝わってくるシーンであった。
「山吹‥‥わしはそなたを不幸にするしか出来ぬ夫かもしれぬぞ」
「構いませぬ! わたくしは義経様を愛しているのですから!」
 舞台が暗転する。

 裏方に回っている久鷹や鉄平は、この暗闇の中ですばやく作業をこなさなくてはいけない。
(「この装置は、あのバミテの位置だな。これを置いたら、次は‥‥」)
 舞台上、ところどころにぼんやりと光る者がいくつもある。蓄光テープを使った「場所を見るテープ」、通称バミテである。久鷹はそれを目印に舞台装置を並べていく。
 扇御前のテーマ曲がフェイドアウトする。その時には作業は終了している。
(「予定通りだな。いい仕事をしている」)
 鉄平も納得の仕事ぶりであった。

 舞台上の明かりがフェイドインすると、鎌倉の鶴岡八幡宮のセットが出来上がっている。
「義経様の行方は私も知りません。吉野山で別れたきりでございます。もし、知っていたならば、今すぐにでも義経様のもとへ飛んでいきたいと望んでおります」
 静=アイリーンはその舞台中の舞台の真ん中で毅然とした様子で前を見透けている。
「御台所様のご所望にて、この八幡宮で舞を披露させていただくことになりました。この静の心よりの舞をご覧いただきましょう」
 静=アイリーンが立ち上がる。烏帽子と袴の中には獣の耳と尻尾が押し込められていた。
 リラと羽月の伴奏が流れ出す。
「吉野山峰の白雪踏み分けて、入りにし人の跡ぞ恋しき」
 このあまりに有名な歌を、アイリーンはありったけの情感を込めて歌い、舞う。
「しづやしづ、しづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな」
 歌い舞い終わると、静=アイリーンの頬を涙が零れ落ちていった。
 舞台装置の転換と共に舞台中舞台ごと袖にはける静=アイリーン。
 そして、代わりに扇=木槿と義経=嵐の楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「ほら、こっちだ、こっち」
「ほらほら、そんなにされては転んでしまいます」
 夫婦二人で幼児と戯れている様子である。ただし子役はいない。
 直前の静御前の舞のシーンの切なさに引き比べて、なんと幸せそうな親子三人の様子であろうか。
 だが、そこに影がさす。
 馬のいななき、鎧の擦れあう音、赤く色づけされた照明は、誰の目にも幸せに深い深い影を落とすものであった。
「来たな、泰衡めが」
 義経=嵐は別段あわてた様子もなく、そう言った。
「弁慶っ! 親子の今生の別れ‥‥しばしの時を稼いでくれ! あの世で再会しようぞ」
 そう叫ぶと義経=嵐、扇=木槿は持仏堂に篭もる。
 持仏堂の舞台装置は極めて簡略化されている。その代わりに照明を使った炎の表現が最期の時を暗示していた。
「わたくしはとても幸せです。あなたの妻になることが、わたくしがこの世に生を受けた理由でございます」
 扇=木槿の笑顔はとても死地にある人間の者ではなかった。
「山吹‥‥そなたがくれた愛がわしを救ってくれた。感謝している」
 義経=嵐もそれは同じであった。
「わたくしは源九郎義経の正室、山吹でございます」
 前面の照明が落ち、二人の姿がホリゾントにシルエットとなって映る。
 義経=嵐の手にした刀が扇=木槿の体を貫いた。
 ゆっくりと崩れ落ちる扇=木槿を義経=嵐が抱きとめる。
「‥‥静‥‥」
 最期の最期で最愛の女性の名を呟いた義経=嵐。
 炎の音と藤野夫妻の奏でる切ない曲が劇場内を満たし、緞帳が静かに下りていった。