午後の思いつき〜雛祭りアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
呼夢
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
3.6万円
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参加人数 |
12人
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サポート |
0人
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期間 |
03/01〜03/05
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●本文
とある昼下がり、少し遅い昼食を終えた私達は通りに面したテーブルを挟んでコーヒーを口に運んでいた。
とは言っても、平日の真昼間からデートを楽しんでいたわけではない――都内某大手百貨店の主催する『古今雛人形作品展2006』なる催しに、ネタ探しと称してお供に引っ張り出されたのだが――とりあえず仕事中だ。
そんな事情を周囲の客が知るはずもなく、周囲の大半を占めるらしい背広姿の営業マンの視線は私を素通りして美貌の若い上司に注がれている。いくぶん私への敵意が感じられるのは‥‥たぶん気のせいばかりでもないのだろうが。
「よし、決めた。雛人形つくろう!」
「はいっ?」
だいぶ慣れたつもりなのだが、例によって唐突な発言に間の抜けた合いの手を入れてしまう。
とは言え、朝からの展開を考えればおおよその想像がつかないこともない。からかうような視線を向けられて、カップをソーサーに戻しながら発言を軌道修正する。
「で、いったいどういったものを?」
「そうね、やっぱり15人揃いの7段飾りがいいかしら。小物やお道具なんかも手作りで」
見た目夢見る乙女なのだが‥‥実際は1段を1mとしても7m、2階建ての家ほどの高さになる。
「かなり高いものになりますね。上の方は結構危険のような気もしますが‥‥それにあまり日にちもありませんし」
「大丈夫だと思うけど、確かに3日で作るのは厳しいかしらね‥‥それじゃ、三人仕丁は諦めて段数も5段ってとこで手を打つわ。牛車や籠もそれなりにちゃんとしたものを揃えてよね」
多少省略しても『高い』が費用の方向に行かないのはそれなりに意思の疎通が取れていると言うことか。
「女性4人に男性8人ですか‥‥そんなにうまい組合せで人が集まりますかね?」
「五人囃はお稚児さんだから女の子でもかまわないわよ。それなら女の子4人以上と言うことででOKでしょう。逆の時は三人官女くらいまでは美形なら許すわ」
「桜なんかは今の季節ちょっと手に入りにくいと思いますが」
「ん〜、咲いてる所がないわけじゃないけど、途中で散られても困るわね。そのあたりはまかせるわよ」
そんなわけで人間巨大雛飾りの製作件参加者の募集が出されることになる。
●募集内容
・お雛様・お内裏様・三人官女・五人囃・右大臣・左大臣の計12名
・記念撮影には全員参加ですが小物などの製作も兼ねます(衣装は割と本格的なものが主催者側で準備されます)
・職種は特に問いません
・雛祭りにちなんだ料理なども
・土台自体はほとんど建築物に近いので(高さ5m)、主要な部分は専門家に任せても構いません
●リプレイ本文
都内某デパート、ガラス天井から差込む日差しの中、吹抜けになったプロムナードの一角に奇妙な光景が出現していた
各階の回廊から買物客が見下ろす広場の半分ほどが囲まれた中、巨大な雛壇が築かれつつある。離れた所には華やかな乙女達の一団。
「う〜ん、なんや場違いやな周り女の子ばっかやし‥‥雛祭りの企画やししゃぁないか‥‥」
居心地悪そうに呟く紺屋明後日(fa0521)。極度の揚り性と言うHIKAGE(fa1340)も周囲の雰囲気に多少オロオロしつつも落着こうと必死。
裏方二人と違い、「いつもは洋服だから、衣装が楽しみだなぁ」等と余裕を見せるのは、お内裏様役の明石 丹(fa2837)。
三人の男達が寄集まる中、女の子達は賑やかである。そして‥‥。
「何故人は頂きを目指すのか。そう、それはそこに雛壇があるからだ!」
作りかけの雛壇を前に決意を秘め仁王立ちする少女、阿野次 のもじ(fa3092)――次の瞬間、「さあウィニングロードを駆け上がれ、のもじ!」と猛然とダッシュ。
「あっ、雛壇、まだ骨組みに布かけただけだから‥‥」
作業員の注意も聞かばこそ、一段目に足をかけた途端に渡し板や覆いの布を巻込んでのもじ玉砕――。
『‥‥やるわね‥‥あずさもダッシュよ』
「なんでっ!?」
見物人の反応に芸人魂を刺激されてか掛合いを始めるあずさ&お兄さん(fa2132)。
「けほっ」
やはり雛壇の麓にいた草薙歴(fa0129)は舞上った埃を払いながら救助に集った仲間と合流。
「雛祭りは流し雛から発展した、か。しかし人形から人そのものに変更した発想は容易にその発展を超えると思うぞ、私は。偉大だな」
救出劇に手を貸しながら表情も変えずに呟く。
「大丈夫ですか‥‥え〜と」
「阿野次 のもじだよ。いっちゃんって呼んで」
「‥‥?」
芸名と愛称の関係に首を捻る伊集院・まりあ(fa2711)に、フルネームを繰返すと解ると笑う。
騒ぎが収まると、雛壇と反対側に置かれたホワイトボードに相談で決った役割等が書出された。
「え〜と‥‥あたしは太鼓でしたでしょうか?」
超が付く近眼で文字が読辛いらしいヒカル・マーブル(fa1660)。
「大に点が無いから大鼓(おおかわ)のほうね。やっぱり顔と手は白塗りするのかしら? 舞台メイクなら任せて」
「うちは小鼓やね」
三人官女の瀬名 優月(fa2820)が訂正すると、椎葉・千万里(fa1465)も元気に名乗りを上げる。
「人間雛壇なんて、とても楽しそうなのです。山田は地歌を担当します」
とある武将に因んでか左目の眼帯がトレードマークという山田夏侯惇(fa1780)。
「ホント楽しそう♪ セットを作ったりするのは大変そうだけど、素敵な出し物にできるように頑張りまーす!」
笛を担当するあいり(fa2601)も張切っている。
「そのセットやけど、どっから何処まで俺らがつくらなあかんのやろ? まぁ、ぼんぼりと重箱と屏風はつくらなあかんよな」
「楽器なんかも手作りせなアカンのやろか?」
コンとチマが続けざまに投げかける質問に主催者が応じる。
「そうね。衣装と雛壇以外は手作りのつもりだったんだけど」
「なんや募集見ててもよう解らんかったさかいな。元々大道具やし、頑張りどころやな」
「山田は、家財道具や牛車のような嫁入り道具にチャレンジしたいですねー。でも、雛壇が大きいので、こういった小物も大きなものになっちゃうのでしょうか?」
「箪笥はベニヤと角材で、牛車はリヤカーをベースにすれば行けそうかな」
かことまのあの小学生コンビ、どうやら工作はやる気満々のようだ。
「楽器は見た目だけのもんになるけど、がんばって作ります」
「それらしく見えれば十分だろう。本物を持たされてもまともに音を出すのは難しいと思うぞ、私は」
チマの返事に歴もポツリと付け加える。更にチマの要望に日景も花を長持ちさせる為の策などを提案。
「桜・橘、桃の花なんかも生花で行きたいんやけど、手配してもらえまへんやろか? 間に合わんようなら早咲きの桜とか代わりのものを。花が散らんように、照明とかで花の周辺が暑うならんよう気ぃつけますよってに」
「桜が散るのを遅らせるには、花の周辺の気温が低めのほうがいいかもしれません」
「そうね、桃と桜は生け花用のなら促成栽培が出回ってるけど橘はどうかしら。早咲きと言うことなら河津桜が今満開よね」
そう応じて手配の指示を出す。いつの間にか立直ったのもじも提案を一つ。
「小物作りの合間に、希望者で五人囃子シスターズを結成するっていうのはどうかな? 本番での繋ぎなんかに使う雛祭り定番の歌やナレーションのアフレコを録っとくの」
「良いアイディアだと思うぞ、私は。可能であるならば、雛祭りの歌を皆と共に録音させてもらう」
「私も参加しようかしら」
「バイオリンしかできへんけど、協力させていただきます。『ひなまつり』とか弾いても不自然やない‥‥かな?」
「歌うのは大好きなので、張り切って歌っちゃいますよ〜♪」
「私も協力するね〜♪」
歴を始めとして、優月、チマ、あいり、あずさが参加を表明。見物客が集まった所を見計って踊りなどのパフォーマンスも披露しつつ録音も進めることに。更に賑やか好きの日景も加わる。
『アタシも参加したいんだけど』
「‥‥無理っぽいよっ?」
お兄さんが参加しようにも、あずさと二人同時には声が出せない。
すんなりOKが出たのもじは口三味線を交えながら雛祭りの唄を歌いだす。
「私の赤毛って目立っちゃいますよね。黒く染めたほうがいいかな?」
「あたしの金髪も駄目でしょうね‥‥鬘を使ったほうがいいでしょうか?」
あいりとヒカルが訊ね。黒髪なのは歴とのもじだけ――結局全員の鬘が用意されることになった。
「うわぁ、ホントですか?」
どうやら黒髪に憧れていたらしいまのあもうれしそう。
優月が提案した雛祭りにまつわるパネル製作や、撮影本番当日の来場者への雛あられプレゼントなども実行に移されることに。
不足していた材料も次々に搬入され、小物作り――それなりに大物も――が始まる。
チマの「1段1mじゃ袴のうちらでもちょっと危ないですね」と言う懸念もあって、土台制作の作業者達が中央部分が階段になる仕掛けを作ってくれることに。
主役のお雛様は「花嫁さんみたいに、官女さんたちに介添えしてもらいながら登ったら見た目にキレイちゃうかな」との提案もあり、中央の幅3mほどが段の中ほどを支点にして180度回転する階段に。
大物の牛車や箪笥などは本職のコンが指揮。工作は得意だというかこ等も加わって賑やかに作業が進む。
「雛人形は早く片付けないと、結婚するのが遅くなっちゃうと聞いたことがあります。山田はまだ小さいのでよく分かりませんが、女の子にとっては一大事らしいですよ?」
作業の合間に出た話題に、休憩中日本文化の本を読み耽っていたらしい歴が淡々と薀蓄を披露。
「すぐしまえない場合は後ろを向かせておけば眠っていることになるので大丈夫だそうだ。呪術的な要素もあるのかも知れんが、実は後片付けができない娘は嫁の貰い手が無いという戒めらしい」
まのあは、市販されている材料や画用紙などを利用して、屏風や丸餅・菱餅などを載せる台を製作中。
あいりも笛を作ろうと、丸い棒を適当な長さに切ってせっせと穴あけ中。細い丸棒だけに貫通してしまったりずれたりと中々難しそうである。
「完成〜っ♪」
っと嬉しそうに声を上げるあずさ。見れば太鼓――らしきものからはお兄さんの頭や手足が突き出している。
『‥‥太鼓というか、亀よね?』
余計なことを言うお兄さんの頭上にバチの一撃。
『なにすんのよ〜』
ネットやローカルニュースなどでも街の話題的に取り上げられているせいか、平日にもかかわらず見物人も次第に増えてくる。
簡略化した衣装をつけた五人囃子シスターズのパフォーマンスも買物客などに上々の反応である。
女雛と男雛の左右に関する関東風と関西風の違いの由来やら、菱餅の色重ねの由来等、見物人向けに優月の作成した解説パネルなども完成早々に展示される。
更に出没し始めた一部その方面のお兄さん達からはヒカルとのツーショット等の要望も――メイド服にメガネ、更に巨乳という萌え3点セットに加えて、ほんわか天然の要素がマニアにはたまらないようである。
完成した大物小物は次々と雛壇に運び上げられていく。
日景は、なぜか折り紙で作った雛人形を盆に貼ったものをこそこそと持ち込んで隅の方に飾る。
2日目の夕方が近付くと小物などもほぼ完成し、翌日に備えて料理の仕込みも始まる。とは言え、ほとんどの料理は各自の持ち込みになるようで、会場ではほとんど最後の仕上げだけになる模様。
「飲み物は〜、白酒だと子どもさんは飲めないかもですから、酒粕とお砂糖持って行って甘酒を作ろうと思います」
というあいりの案で甘酒を作ることに。そこへ歴からも薀蓄を一言。
「確かに白酒を子供に飲ませるのはまずいと思うぞ。本来、蒸した米と米麹を、焼酎の中で一月ほど熟成させ て擂潰したものだそうだからな」
明けて3月3日、雛祭り本番。
着替用のスペースは男女別に紅白の幕で囲われている。もちろん上階からの覗き防止に天蓋付。
三人官女の衣装を身に纏いつつ、日頃無表情な歴もこの時ばかりは幾分頬が緩み気味。着付けの本読んで自力で頑張ろうとしたらしいが、普通の着物と違い、元々一人で着られるような装束ではない。
「正直、こういう着物を着るのは初めてなので、上手く着て動けるかが分からないですね‥‥」
動くと着崩れするのではと不安そうなヒカル――女性用の衣装に比べれば幾分動きやすくはできているのだが、なにせ元々が元服前の男の子が着る装束である――当然のことながらヒカルのような胸は想定していない。
更に記念撮影の為慣れないコンタクトをしてみたのだが、視力を矯正し切れていないらしく足元も怪しげである。
「山田はあまりこういう和服は着たことがないので、ちょっとどきどきかも知れません」
こちらはお雛様のかわいい衣装にも多少の興味はあるものの、五人囃の衣装もお気に入りの様子。トレードマークの眼帯も撮影時はお休み。
賑やかな女性陣と離れて隅の方でこっそりと着替えているあずさ。精神的にはすっかり女性に溶込んでいるものの、さすがにこの状況はちょっとした危機。
最低限の着替えだけは誰にも気付かれないうちに一人で済ませてしまわなければ色々とまずいことになる。下手に手間取ってお節介を焼かれるのも困るのだ。
やがて着替えが終るといよいよお披露目である。
「キレイやわ〜雅やわ〜! お雛様みたい〜‥‥って、そらそやね」
自分で突っ込みつつチマが賑やかな声を上げる。一人づつ記念撮影をした後、いよいよ雛壇に登ることに。
まずはお内裏様役のマコトが階段を登って定位置に付き、黒子が付添って下襲などを整える。
続いて三人官女役の歴とまのあが両側からのもじの手を取り、更に優月が裳を手繰って静々と階段を登っていく。どうやらのもじの頭の中にはウェディングマーチが鳴り響いているようだが。
最上段に登ったのもじが檜扇を手に取り、衣装や調度を調え終ると黒子たちも降りてきて階段が元に戻される。三人官女も夫々「長柄の銚子」「三宝」「加えの提子」を手に取り定位置に。
更に五人囃子のかこ、あいり、チマ、ヒカル、あずさが段に登り、付け髭を付けた左大臣役のコン、右大臣の日景が揃うと記念撮影が始まった。
日頃裏方のコンはさすがに緊張しているようだが、「座っとくだけやったら何とかなるやろ」と腹を据える。
やや恥ずかしくなったのかかこやあずさはちょっとお澄まし顔。
主催者側の撮影が済むと、一般の見物人にも開放され、携帯やデジカメを構えた客が雛壇の前の広場で思い思いにシャッターを切る。
30分ほどの撮影タイムに頂上ののもじ以下正座組は軒並み痺れを切らした模様。途中雛あられを配るなどのイベントも挟みながら、2時間ほどの間隔で、夕方までに数回の撮影タイムを経てお開きとなる。
作る時は大変だった飾りも片付けるとなればあっけない。さしもの巨大な雛壇も専門家の手によって跡形もなく解体された。
場所を移し、七段飾りを前に持寄った雛祭り料理での宴が始まる。
あいりが持って来たのは切口が雛祭りに因んだ模様になるように具材を配置した太巻きと、甘酒の材料。
まのあは家で作ってきた雛あられやよもぎ餅、紅白の饅頭など専らお菓子類を。歴も雛あられを買ってきたのだが、重複したのを恥じてか懐に隠してしまう。
日景は、鯵の身を解して桃の花びらと共に混ぜ込んだ自作の鯵御飯を桶に入れて持参。市販の白酒や雛あられも。
雛祭りの料理は得意だから任せてと言っていたマコト持参の具材と、その場で炊いた御飯で散し寿司や手毬寿司、蛤の吸い物なども作られる。
一見金髪のメイドさんながら、中身は日本文化大好きと称するヒカルや、「お料理も大好きなので、こっちも張り切っちゃいます♪」というあいりも加わりワイワイと賑やかに作業が進む。
他の面々も盛付けなどを手伝い、マコトがクーラーボックスで持参した菱形三色ゼリーなども並べられる。
今まで雛祭りを経験したことが無いらしい日景は「こんなちゃんとした雛祭り初めてですよー♪」などと浮かれ気分。やがて料理が全て完成すると打上が始まる。
のもじが散し寿司などをてんこ盛りにして美味そうにがががっと掻きこんだり、歴がゼリーにまで持参した醤油をかけようとして周囲から唖然とされる一幕もあったが、和やかな雰囲気のうちに宴を終えたのであった。