【三十六計】借刀殺人アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 呼夢
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 9.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/20〜01/24

●本文

 第二回の放送分も無事完成し、次回作の準備が進められていた。
「千葉ちゃん、そう言えば第一回の座談会で使ったテロップちょっと微妙だったわね」
 打ち合わせが一段楽したところでなにやらおっさんが眉を顰める。
「え〜と‥‥どのあたりっすか?」
「ほら、ドラマに使ったのとは別の有名な例って言うんで『皇帝太宗』の策って出てたでしょう?」
「はぁ‥‥」
「あれだと、まるで『皇帝太宗』が使った策略みたいじゃない。太宗は騙された側なんだから『皇帝太宗』を欺いた策かなんかにしないとまずかったんじゃない?」
「そう言えばそうっすね‥‥ところで、視聴者からクレームでも来たんすか?」
「そんなもの来なくてもあたし達放送事業者は常に高い倫理と価値観を持って仕事をしなきゃいけないのよ」
 どの辺を押すとそんな台詞が吐けるのやら‥‥って言うかおっさんにそんなもんがあったんかいっと突っ込みたいところではあるが、ここは聞かなかったことにして今回の企画書に視線を移す。
「損を以って推演す‥‥ですか‥‥」
「易で言うところの『損』って言う卦を更に広げて解釈しろってことね。元々『下を損して上を益す』という意味らしいけど、それを推演して他人の損を自分の利益に繋げようって」
「易って‥‥結構いやらしくないっすか、友とか言いながら下を損するってなんか見下してるみたいっすけど?」
「だから推演してっていってるでしょ。まあ、いざと言うとき助けてくれないような上辺だけの友好国なら、ほっとくと敵側についたりするかもしれないしね。
 日本の例になるけど、関が原の戦いで寝返る約束をしておきながら中々実行に移さない小早川軍の決断を迫る為に家康が鉄砲を撃ちかけさせて小早川が慌てて行動に出たなんて話もあるし、一口に友と言ってもピンキリってことよね」
「そんなもんっすかねぇ」
「戦国の策略なんて食うか食われるかって状況なんだから、まあそんなもんよ。とりあえず今回も人集めよろしくね」
 あっさりと切り捨てると当然のようにのたまう。

 そして第三回目のキャスト兼スタッフ募集がかけられることになった。


●三十六計
 書かれた時代も作者も不詳とされる兵法書、最も有名なのは『三十六計逃げるに如かず』で、元になったと言われる最も古い出典『南齋書』の記述に見られる檀公の三十六策が、戦いを避けて軍の消耗を避けるものであった事から来ているとも言われる。
 その時点では三十五番目までの策が全て埋まっていたかどうか定かではないのだが、三十六と言う数字自体は、易で言うところの太陰六六を掛けた数字に由来するらしい。
 序文に曰く。

『六六三十六 数中有術 術中有数 陰陽燮理 機在其中 機不可設 設即不中』

 太陰六六を掛けると三十六になる、権謀術策も同様に数は多い、勝機と言うのは陰陽の理の中にこそ潜んでいる、無理遣り作り出すことは出来ないし、作ろうとしてもそれは失敗に終る。

●第三計『借刀殺人』
『敵已明 友未定 引友殺敵 不自出力 以損推演』

 敵が既に明らかに攻めかかろうと言う姿勢を見せていると言うのに、味方が態度を明らかにしないという場合には、これをうまく誘導して敵に当たらせるように仕向けなくてはいけない。自らの力を出さずに済めば、易で言う『損』卦、すなわち下を損して上を益すという理を推演して、他人の損を自分の利益に繋げることが出来る。

●今回の参加者

 fa0179 ケイ・蛇原(56歳・♂・蛇)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa3726 新田・昌斗(22歳・♂・一角獣)
 fa3736 深森風音(22歳・♀・一角獣)
 fa3957 マサイアス・アドゥーベ(48歳・♂・牛)
 fa5149 桐間玲次(17歳・♂・猫)
 fa5272 室賀亜辺流(21歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文

● 撮影開始‥‥
 集まった面々を交えた打合せの結果、今回は戦場ではなく国主の姫君をめぐる婿選びの顛末を取り上げることになった――が、希望配役を取り纏めてみるとどうやら国主役が不在である。
「やはり婿選びには頑固親父が絡んだ方が面白そうであるな」
「そうだね。私も国の為に婿選びは父の裁量に委ねている、と言う方向で演じるつもりだから」
 自ら『なんでも評論家』を標榜する重臣役のマサイアス・アドゥーベ(fa3957)が腕を組むと、当の婿取りをする国主の娘・燈華役の深森風音(fa3736)も演技の方向性を示唆した。
「なるほど‥‥」
 役者達の要望を取り纏めていた演出家の弥栄三十朗(fa1323)がメモを取っていた手を止める。
「『借刀殺人』でございますか。困窮している時こそ他人の手を借りる。まあ、恨まれそうな話ではありますがねえ」
 結局、隣で別のスタッフとそんな話をしていたケイ・蛇原(fa0179)に白羽の矢が立ち、本人の挙げていた花婿候補達の『ダメな上役』から『頑固なおっさん』の役柄はそのままに噂に踊らされる花嫁の父を演じてもらうことに。
 脚本とタイムスケジュールに変更の手直しを入れながら、三十朗は舞台となる宮廷風のセットや役者達の衣装などを美術スタッフとも図って揃えていく。

 日本から連れてきた一行の世話係を勤める千葉が一息ついたところへ姫君の侍女・沙を演じる月見里 神楽(fa2122)が声をかけた。
「また千葉さんと再会出来るとは思いませんでした。あの頃より、ちょっとは成長したとは思うのですが、どうかな?」
 この企画の第一話から出演しているのだがあまり話す機会がなかった為もあってか改めて問いかける――あの頃と言うのはスタジオセットの製作に神楽が参加した折のことで既に一昨年のことになる。
「もちろんっすよ。ドラマの方でも随分活躍してるっすからね」
 元々弦楽器や打楽器を得意とするミュージシャンなのだが、少し前までやはりCETで放送されていた中国ドラマのレギュラーも勤めていた為、中国の撮影現場とも結構馴染んでいるようだ。
「神楽は、今回も関わらせて頂けて嬉しいです♪ 頑張って下さい!」
 衣装合わせの声がかかるとそう言いながらにぱっと笑って駆け出して行った。


● ドラマ『借刀殺人』
 国府の置かれた城塞都市の中、一つの話題がそこかしこで盛り上がっている――主題は何を隠そう国主の娘燈華の婿選びだ。
 幾分の紆余曲折を経て、候補者は三人に絞り込まれていた。
 一人目は宗元(室賀亜辺流(fa5272))。武門の家系に生まれた映え抜きの武人であり、精悍な顔立ちに鍛えられた肉体を持つ六尺豊かな偉丈夫である。
 若いながらも持ち前の膂力と勇猛さにより武勲にも恵まれ、武芸にも秀でた豪放磊落な性格は部下達からも慕われているのだが、反面、やや荒っぽくなんでも力で解決しようとすることで敵を作ることも少なくない。
 二人目は陳怜(新田・昌斗(fa3726))。国主の家系に代々仕えてきた名門貴族の御曹司で、美丈夫として城下にも名高く――裏を返せば家柄と容姿以外はいたって凡庸な人物である――常に幾人かの女性との付き合いが噂されていた。
 二人とも何れ劣らぬ自信家であり、ライバルの存在、殊に第三の人物など歯牙にも掛けない。
 その三人目が五飛(桐間玲次(fa5149))。先の二人に比べると家柄もさほどではなく――とは言っても国主の娘婿として候補に挙がる程度の家系ではあるのだが――禁軍に参謀として仕えていたが、自らの武勇を誇るのとは少し違い、いくつかの戦いで奇策を用いて自軍を勝利に導いている。
 軍務についているため宗元とは当然面識以上のものがあり、表面上は「私は争いは嫌いですよ‥‥貴方と戦ったら負けるに決まってます」などと言いつつ戦友として振舞っていたが内心なにやら含むところもあるらしい。
 一方の陳怜とは同じ宮中に仕える者としての通り一遍の付き合いしかなかったが、もとより姫を譲るつもりは毛頭無く、互いに潰し合わせて漁夫の利を得るべく盛んに策を巡らしていた。

 花婿候補が絞られてきたことで三人が宮中に出向くことも多くなったせいか、互いに顔を合わせる事も少なくはない。
 折りしもばったり行き会った陳怜に向って宗元が豪快な笑いと供に言い放っていた。
「よう、色男。まだ姫様を諦めんのか? 俺はお前ごとき潰される男ではない!」
 五飛が巧妙に流した噂話の類は宗元の耳にも入っている――陳怜が密かにライバル潰しに動いているらしいと言うものだが――尤も、当の本人達は自信過剰の故かさほど注意を払っていないようだ。
「はて、なんのことでしょうか?」
 一方の陳怜も宗元が何かと言うと力に訴える性格だと言う噂――だけでもないのだが――は聞き及んでおり、あえて事を構えるつもりも無く軽く受け流す。
 身の回りの世話をする使用人などを相手には、
「姫君のお相手は僕に決ってるさ。だって、俺はこんなにも恵まれていて、こんなにも人から好かれているだから。国主の娘にだって好かれているに違いないさ」
 などと臆面も無く言い放つ陳怜ではあるが、さすがに当の宗元を前にそんな放言するほど愚かではない。
「まあいい。お望みとあらばいつでも相手になってやる」
 再び高笑いを残して立ち去っていく宗元を肩をすくめて見送る。
 入れ替るように背後から姿を現した五飛が声をかけた。
「やれやれ、宗元殿にも相変わらず困ったものですな。まぁ、良いではないですか。貴方があの男に負けるはずがありますまい」
 元より五飛などライバルとして眼中にない陳怜は、調子付かせる為の策とも気付かずに追従をすんなり受け入れるとひとしきり宗元への不満を漏らし別れを告げる。
 にこやかに見送った五飛は陳怜の姿が見えなくなると一人呟いた。
「たわいもない、いずれ劣らぬ御しやすい方々だ」

 立て続けに二人の求婚者達の訪問を受け居室に戻った燈華はお気に入りの侍女の名を呼ぶ。
「姫様、お呼びでしょうか?」
 まだあどけなさの残る侍女の沙がひょこっと姿を現す。
 宮中に仕えて間もない少女だが、歳に似ず仕事をこなす手際のよさと物怖じしない素直で快活な言動が甚く燈華の気に入ったらしく話し相手としても重用されていた。
「先ほど陳怜様と宗元様がいらしてました‥‥沙はお二人をどう思います」
 仕事の合間にはおしゃべり好きな侍女仲間と世間の噂などの交換に余念のない沙は、なかなかの情報通でもある。どこから聞きつけて来た知識の一端を披露し始める。
 中には五飛が意図的に流した宗元の暴力沙汰についての風聞や、陳怜の新たな女性関係の噂、更には先ほど起きたばかりの二人の間の確執などまで含めて微に入り細に入り報告する。
「そう‥‥困った事ね」
 あまり芳しくない噂も多く――無論その大半は五飛が裏で糸を引いているのだが燈華や沙に判ろうはずもない――聞きながら燈華は眉を顰める。
「姫君にとっては一生の大事でございます。今一度、吟味してみては如何です?」
 沙が勧める通り、燈華としても陳怜のいかにも自惚れたキザな物言いや、宗元のあまりに馴れ馴れしい態度には幾分不快を感じないでもないのだが、全ては国の安定の為にと言うことで婿選びは父である国主の裁量に委ねていた。
 ひとしきり宗元や陳怜が話題に上った後、思い出したように話題はもう一人の花婿候補、五飛に移る。
 沙の仕入れて来た情報も取り立てて華やかな面こそない皆無であるが一見して非の打ち所がない。
 互いに争う候補者達とは対照的に、常に穏やかな様子の五飛の噂――無論本人が密かに流しているのだが――を聞くにつけ。
「五飛様はお優しいんですね」
 と裏での駆け引きなど知る由も無く、どこか惹き付けられるものを感じていく燈華であった。

 同じころ、花婿選びを娘に委ねられた国主もまた重臣の一人と巷に流れる風聞について話題にしていた。
 尤も、この相談相手、忠臣ではあるが武骨者であまり頭の回転は速くない、花婿候補達の父親とほぼ同世代なこともあって家を上げての付き合いもあり、候補者三人とも子供のころから面識がある。
「近頃聞く宗元と陳怜の確執だが、宮中と言う場所柄もわきまえず諍いなどと誠にけしからん!」
 風評を聞きつけて渋い顔で唸る国主に向って首を捻りながら奏上する。
「少なくとも臣の見る限り、二人ともそのような問題があるようには思えませぬ。この手の流言飛語はよくあること故、今しばし静観されるがよろしいかと」
 二人を良く知る身としては確かにありえない話ではないと思いつつも、やや噂だけが先行しているようにも思えなくはない。

 そんな国主や重臣達の配慮を他所に宗元と陳怜の確執は留まる所を知らず、城の内外の噂も日を追って話が大きくなる一方であった。
 結局の所姫の意向も最終的には五飛に傾き、二人の争いを影で煽りたてながら争いには加わらずに堅実に点を稼いだ五飛が婿に選ばれることとなった。
 一方で敗れた挙句散々悪い噂の流れた宗元は辺境の警備へと左遷され、日頃の自信と大言にも拘らず姫君に振られることとなった陳怜は、これまでの取巻きの女性達にも愛想をつかされ、
「なぜ、どうして? 僕はなにも悪いことなんてしていないのに、何故みんな僕から離れていくんだ!?」
 と嘆くことになったと言う。


● 『借刀殺人』とは‥‥
 画面に『終劇』の文字が浮かぶと、カメラは役柄のままの衣装に身を包んだ出演者達を映し出す。
 今回は演出家として参加した三十朗も座談会に加わっていた。
「おはようございます! 劇団クリカラドラゴン座長、不肖ケイ・蛇原と申します」
 例によって長老格のケイさんが深夜番組にもかかわらず業界風の挨拶で冒頭から場を和ませる。他の面々も次々と挨拶と自己紹介を続け、最年少の神楽が、
「今日も元気良く行ってみよう! 解説コーナー、『座談会』♪」
 と元気良く冒頭挨拶を締めくくった。
 続いて出演者達からひとしきりドラマパートの解説が行われ、ケイさんが、
「今回は変化球と言うことで、誰も死なないお話になりましたがいかがでしたでしょうか?」
 とカメラに向って問いかけると、神楽も、
「ほんとにこれ、漢字だけ見ると怖いですよね‥‥」
 などと相槌を打つ。
「この計略は、自らの手を汚さずに他者の手によって邪魔者を排除する、という意味合いが強いですから、いろいろな場面、現代に置いてももっとも使われている計略の一つなのかもしれませんね」
 三十朗が話を振ると、
「この計のキモは、『策だとわかっていても戦わざるを得ない』というところにある気がしますね。この場合ですと、噂を否定しても信じてもらえる可能性は低い。そんなもんです。そしたら、ハメラレタとわかっていても、戦うしかない。信頼は勝ち取るしかない。噂って怖いですねー」
 ケイさんが受けると、三十朗も更に応じる。
「確かに、使われた方が策に気付く頃にはすでに手遅れになっている場合もありますし」
「要するに他者を利用して自分の益にしようって話だよね。例えに出される韓非子の君臣離間策の故事みたいに『友』なんて言っても敵の勢力中に虚の『偽友』を作って内部分裂させたりと、友の捉えた方も様々で一方的に利用できる便利な道具ぐらいの認識みたいだね」
 風音も、敵の君主に裏切りの偽情報を流して自らの手で臣下を粛清させると言う、良く引き合いに出される韓非子の故事などを牽いて解説する。
 更にマシーも良く用いられる三国志を引き合いに出して、
「劉備が、態度を決めかねていた孫権をうまく煽って曹操に立ち向かわせた『赤壁の戦い』なども、この策の範疇と言えるのではあるまいか? 実際、劉備はほとんど軍勢を消耗させずに曹操を食い止めることに成功しておるからな」
 と言えば、風音も、
「確かに三国志の時代なんか特に顕著で魏が蜀を攻めれば呉を利用して防いだり、逆に蜀が魏を攻めると魏が呉を利用してみたり、友がその時々で変わって利用しあってるし。だからこその三国だったんだろうけど」
 などと応じる。
 蜀が呉を利用して魏を大いに破った『赤壁の戦い』や、魏が呉を利用して蜀の宿将関羽を倒した策などは当に『借刀殺人』の好例と言えよう。
 その後も各自の薀蓄が続々と披露され、座談会は談笑裏に幕を閉じた。


 収録終了後、後始末を始めたスタッフの一人が見覚えのない箱を見つけて周囲に声をかける。
 使った衣装の片付けなどにかかっていた一同が集まってくるがどうやらだれも心当たりは無さそう――訝りながらも意を決して開けてみると、中には花束が幾つも詰められ、それぞれに「ありがとうこざいます」や「お疲れ様です」などと書かれたカードが添えられていた。
 どうやら労基法の年少者に引っかかる為、いつも早めに帰らなければならない神楽のちょっとした心尽くしらしい――集まった一同は和気に包まれたのだった。