【三十六計】趁火打刧アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 呼夢
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 10.4万円
参加人数 7人
サポート 0人
期間 02/17〜02/21

●本文

 定例の会議が終ると他のスタッフ達が立ち去った部屋に残される。
「今回は『趁火打刧』っすね」
「見たマンマで火事が起きてるのにつけこんでついでになんか盗んじゃおうってこと――要するに火事場泥棒よね。相手の弱みにつけこんで徹底的に叩くのよ」
「なんかムチャクチャ性格悪そうな策っすね‥‥それに卑怯っぽくないっすか?」
「そりゃ当然よ。『宋襄の仁』って言葉があるでしょ。生きるか死ぬかの戦国の世に『いい人』なんて言われてるようじゃ長生きできないわよ」
「それじゃ、三宅さん長生きしそうっすね」
 言ってしまってからしまったと顔色を窺うがなにやらニヤニヤしている。
「とりあえず褒め言葉だと思っておくわ。それじゃよろしくね」
 頭を一つ小突くと踝を返す。

 そしていつものようにキャスト兼スタッフ募集がかけられることになった。


● 三十六計
 書かれた時代も作者も不詳とされる兵法書、最も有名なのは『三十六計逃げるに如かず』で、元になったと言われる最も古い出典『南齋書』の記述に見られる檀公の三十六策が、戦いを避けて軍の消耗を避けるものであった事から来ているとも言われる。
 その時点では三十五番目までの策が全て埋まっていたかどうか定かではないのだが、三十六と言う数字自体は、易で言うところの太陰六六を掛けた数字に由来するらしい。
 序文に曰く。

『六六三十六 数中有術 術中有数 陰陽燮理 機在其中 機不可設 設即不中』

 太陰六六を掛けると三十六になる、権謀術策も同様に数は多い、勝機と言うのは陰陽の理の中にこそ潜んでいる、無理遣り作り出すことは出来ないし、作ろうとしてもそれは失敗に終る。

● 第五計『趁火打刧』
『敵之害大 就勢取利 剛決柔也』

 敵の被害が大きい時こそ勢いに乗って最大の利を取る、これこそが強い側が弱い相手を叩いて勝敗を決する方法である。

●今回の参加者

 fa0179 ケイ・蛇原(56歳・♂・蛇)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa3470 孔雀石(18歳・♀・猫)
 fa4354 沢渡霧江(25歳・♀・狼)
 fa5256 バッカス和木田(52歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

● ドラマ『趁火打刧』
 雨が、降り続いている。
「‥‥先代様の恨みの雨でしょうか‥‥」
 軒先から滴る雫を眺めながら詩を吟じていた奏淵(バッカス和木田(fa5256))がふと呟く。
 山岳地帯に位置する小国『乾』の文官であった奏淵は、かつて下流に位置する大国『粋』に人質として赴いていた先代の国主に随員として従っていた。
 その先代国主も既に亡い――公には不慮の事故と説明されていたが、当然のごとく『粋』による謀殺との憶測が乱れ飛び、その影響もあってかその後人質の要求もないまま両国の休戦状態は続いている。
 日頃水不足に悩まされている『乾』にとっては恵みの雨であるのだが、元々肥沃な穀倉地帯を持つ『粋』にとっては災いをもたらしかねない――それが『先代の恨み』という呟きとなって漏れたものか。
 奏淵自身は先代の死とともに職を退き隠棲していたのだが、このような過去から、現在の国主である趙武(弥栄三十朗(fa1323))も『粋』に深い恨みを抱いており、その恨みを雪ぐ為に元々それほど肥沃ではなかった『乾』国は君臣一体となって富国強兵に励んできた。

 雨は下流にある『粋』国にも等しく降り注いでいる。
 治水にはそれなりに力を注いで来たとは言え、長引く雨は既に幾箇所かで堤を破っていた。
「危険です、おやめください。自らお出ましにならずとも配下の者より間もなく報告が‥‥」
 視察を思いとどまらせようとする黒衣の宰相彩麗(孔雀石(fa3470))だが、粋王(ケイ・蛇原(fa0179))は応じる風もない。供回りを従えると堤防の様子を見るため城門へと向った。

 数時間後――『粋』の城内は騒然としていた。
 突然の呼び出しを受けた粋王の長子然(スモーキー巻(fa3211))は侍従に促されながら父王の元へと宮中を急いでいる。が、急なお召しの理由は聞かされていない。
 謁見の間ではなく寝所へと案内され訝しげに思いながらも一歩足を踏み入れる――と、いきなり柔らかな感触が抱きついてきた。
「‥‥兄上‥‥父上が‥‥父上が‥‥」
 泣きじゃくりながら然を見上げたのは、まだ幼い異母妹の咲(月見里 神楽(fa2122))――粋王の第二子である。
 咲の言葉に寝台を見やると数名の侍医達が忙しげに立ち働く中心にはピクリとも動かぬ父王の姿、その顔面は紙のように白い。
「彩麗! これはいったい何事だ!?」
 寝台の周囲に集まる重臣達の中に黒衣の女宰相を見つけると、しがみついたまましゃくりあげる咲を押しのけるようにして彩麗に問い質す。
 詰問調になるのには事態の深刻さ意外にも理由があった。
 ここ暫く宰相の座にあって国政をさして事もなく治めている彩麗ではあるが、宰相となる前のことは一切話さないこともあり、「粋王に取り入って宰相の座を寝盗った」との噂も囁かれている。
 加えて、日頃の彩麗の行動から、まだ幼い咲を甘言を弄して巧みに手懐け、国主亡き後は然を廃して傀儡として国政を壟断しようとしているのではないかとの猜疑心を抱きつつあった事も否めない。
 同行した兵士達の報告なども交えて事の次第を説明し終えた彩麗は、然に突き放されて父王の枕元で泣き続ける咲に近付くと背をさすりながら言葉をかける。
「公主様、大丈夫です。お父上はすぐに良くなります。それまで私たちが力を合わせて国を治めていきましょう」
 続いて然にも同意を求める。
 素直に頷く咲とは逆に、表面上は承諾したものの、
(こやつ‥‥私たちとは誰と誰のことか‥‥)
 と、更なる猜疑の目を向ける然であった。
「‥‥このまま何もなければいいのだけど」
 国主の後継者二人を送り出しながら、尚も降り続く雨を眺めて呟く彩麗だったが、数日を出でずして粋王は意識を取り戻さぬまま世を去る。
 再び呼び集められ、国主が倒れたことを内外に伏せ、咲とも協力して国を治めようという彩麗の提案に一旦は同意した然ではあったが、秘密裏に行われた父王の葬儀以後、病と称して籠ってしまう。
 尤も病とは単なる口実、実際には彩麗が自分を暗殺もしくは失脚させて咲を即位させようとしているものと考えたらしい。
「女狐め! 父上を誑かしたばかりか、ついにはこの国を乗っ取りに動いたか! 賢しげに兄妹力を合わせての、後継者として平等に見ているのと――まだ年端も行かぬ咲とこの私を同列に扱うとは」
 自邸に反宰相派の家臣を集めては彩麗を激しく糾弾し行動を起こそうと謀り事を巡らす然。
 一方で咲を表に立てて内政の掌握に乗り出そうとする彩麗ではあったが、長雨による被害は更に各地に広まる一方であり、洪水に見舞われた一部の地方では疫病の兆しすら芽生えつつあった。

 いかに隠して見たところで、粋王不予の情報やそれに続く王の死や後継者争いの激化に到るまで、遅かれ早かれ『乾』の間者を通じてかの国にも順次知らせがもたらされていた。
 これらを聞いた『乾』王趙武は好機とばかりに密かに出兵の準備を進め介入の機会を窺っている。
 同じ知らせは風聞によって隠遁していた奏淵の元へも届く――意を決した奏淵は何年かぶりに草堂を出ると趙武の元へと推参していた。
「先代様の恨みの上に、かの国は成り立ち栄えておりました。永き休戦の代償に、『乾』の血は『粋』に吸い取られておりました。先代様は、はかりごとに倒れ、そして今、『粋』はその身を自ら蝕みつつあります」
 やや旧聞に属するとは言え、前『乾』王と供に『粋』にあった折に聞き知ることになった『粋』の宮廷事情などの一端を趙武に伝える――前王より更に以前からの長きにわたる歴史の中で、和睦という名の下に実質は人質となる政略結婚や愛妾召し上げなどで、両国間の王族にはなんらかの血縁関係があるらしい。
 ところへ、密かに宮廷に忍ばせていた間諜を通じて『粋』の国での新たな事件勃発の知らせがもたらされた。
 『粋』国の後継者の一人、長子然からの助力の要請であった。
 事は数日前に遡る。
 彩麗の専横ぶり――と然達は考えたらしいが――に業を煮やした然は、賛同する家臣を操って折りしも領内の水害の視察に赴いていた彩麗の暗殺を謀ったようなのだが。
 事が果たせなかったばかりか、捕らえられた者達から然が黒幕であることも露見してしまい、窮した然は自らを糾弾する場でやむなく「彩麗が国を乗っ取ろうとしている」と全てをぶちまけるという暴挙に出た。
 為に朝議は紛糾し、然もとりあえず処断は免れたのだが、国内的にも文人としての名声が高いとは言え、将器や政治家としての資質にはやや欠けるところがあると評されていただけに必ずしも旗色は良くない。
 時に利あらずと見た然は、それが間諜とも知らず『乾』に顔が効くと言う臣下の一人を通じて援助の依頼を申し入れてきたのであった。
「かの長子、『乾』の血を引くゆえに虐げられているとの噂。今こそ、今こそ、蚕食すべきとき! 自ら貪欲に飲み込んだ血で、『粋』はおぼれるときでございます! 主上! 主上! ご決断を!」
 事の顛末を聞いた奏淵はこのときとばかりに声を励ます。
 神経質そうに玉座の肘掛を弄びながら報告を聞いていた趙武とて無論否やはない。
「先王の恨み、雪ぐ時は今ぞ!」
 直ちに準備を整えていた全軍に向かって『粋』侵攻の檄を飛ばす。
 参軍した将軍呉藍(沢渡霧江(fa4354))もまた、『粋』には深い恨みを抱いていた――尤も、どさくさに紛れて父の後を継いだと言う経歴を持つこの女将軍の与えられた『粋』に関する知識はかなり偏った話を聞かされ続けた結果のようだが――女であることの批判は実力をもって排除しようと言う反面、最前線に出て他に抜きん出ようと言うほどの野心はない。
 かくして『乾』の大軍は一路『粋』の都を目指すことになる。
 打ち続く自然災害に疲弊し、更に後継者争いの内紛で分裂状態にあった『粋』に抗う術のあろうはずもなく、ここに『粋』の王室は終わりを告げた。
 仇敵を呼び込んで『粋』の滅亡を後押しすることになってしまった長子然は、『乾』室との血縁に免じて命こそ永らえたものの、名ばかりの閑職を与えられ不遇のうちに生涯を終えた。
 一方、政治の狭間に翻弄されて泣き暮らしていた咲は、落城の混乱のさなか彩麗に伴われて何処かへ姿を消し、その後の消息は杳として知れない。
 他方、完全な勝利を得た『乾』の将軍呉藍は破れた敵国の惨状に意外の感を深めていた。
 勝利の果てに見たものは水害に苦しむ『粋』の人々――自国の民と変わらない普通の人間の集団――聞かされていた悪行の数々と現実が結びつかない。
 単純に支配者層が悪かったとも思えず‥‥元よりさほど根の複雑ではない呉藍はあっさりと将軍の職を辞し、『粋』に残って剣を農具に持ち替え、治水工事を指揮や手伝いなど復興事業に携わる道を選んだ。


●『趁火打刧』とは‥‥
 いつものようにカメラがスタジオを映し出す。
「おはようございます! 劇団クリカラドラゴンの、ケイ・蛇原と申します! この名乗りも三度目になりますが」
 いつものにこやかな笑顔で年嵩のケイさんから順繰りに挨拶が始まる。
「嗚呼、そうしてかの国は、大切なものを守り忘れ、自分の身を滅ぼしたのでございます‥‥」
 カメラが向けられると、べべん、と三味線を鳴らしながらドラマの顛末を一節唸ってみせたのは二度目の登場となる楽奏漫談師の和木――中華な衣装と三味線の取り合わせが笑いを誘う。
「トホホな演目が身上の漫談師、和木田です。今回もトホホで行きますよ。はい」
 と、こちらもにこやかに挨拶。
 挨拶の最後は最年少で常連の神楽がいつものように元気に締めくくった。
 まずは『粋』国の長子然を演じたスモーキーがお題の策に話題を振る。
「火事場泥棒というとイメージが悪いけど、要は『好機を逃すな』ということだね」
「何事もタイミングということですなあ。火事場泥棒と言ってしまえばそれまでですが、何事にも、事を起こすに相応しい潮時というのがございます。日本人としては、弱っているところには見舞いをしてあげたく思ってはしまうのですが、代わりに拳をお見舞いするのが戦国流、と言ったところなのでしょうか」
 っとケイさんが引き取る。いわゆる日本人独特の判官びいきというところか。
「泣きっ面に蜂、だな」
 キリエはボソリとそう一言呟くと何を思ったかやおら立ち上がり席を離れる。
「今回、『粋』の国はまさに『泣きっ面にハチ』状態でしたね。そこを狙った『乾』がこの計略を上手く活かした形になったかと思います。日本語だと火事場泥棒の呼び方は悪いですが‥‥。好機を自分の味方に上手くつければ、大きな事も成し遂げれるのかもしれないですね」
 残ったメンバーは、一瞬唖然とするものの機転を利かせた神楽がキリエの言葉を引き取ってその場を繋ぐ。
「兵を動かすのは国の大事です。戦争は何も生み出さない以上被害は最小限に抑えるべきでしょう。例え地力で勝っていようと、正面からぶつかり合えば、それなりの被害を受けます。今回のように相手が弱って居り、勝算がかなり高い時にこそ本来兵を動かす時なのです。某国のようにそれも見極めず、力ずくで解決しようとするのは兵法からすれば下策以外の何物でもないと言う事になりますね」
 やはり年長組の三十朗は昨今の国際情勢などを揶揄しながら、現代でもこの策の本質はなんら変わっていないことを示す。
 その後も残ったメンバーのやり取りによる解説は続き、やがて番組はエンディングを迎えた。