桜前線を追え!?アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 呼夢
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 6.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/02〜05/04

●本文

 諸般の事情で一旦は沙汰止みになったアイベックス主催の花見企画ではあったが、どうやら心残りらしい社長の鶴の一声で北上する桜前線を追いかける企画が立てられた。
 そして再び上司からお呼びがかかる本間嬢――。
「そういうことなんで、本間君。まあ、ひとつよろしく頼むよ」
 関東一円はほぼ葉桜の時期に移ってはいるのだが、南北にも長い日本列島だけあって北のほうはこれからが見ごろと言うところも多い。
 更に標高差によっても500mで平地より二週間、1000mなら一ヶ月くらいは平気で遅れると言われてもいる――尤もあまり極端に寒い地域になると品種などが限られてしまうらしいのだが。
「そうですね‥‥確かに開花って言われるのは標準木の花が数輪咲いた状態ですから、満開になるのはさらに一週間くらい後ですし、。関東圏だと群馬にある『さくらの里』あたりはゴールデンウィークにさくら祭りをやるみたいですから‥‥尤も、あそこは元々さくらの種類が50品種くらいあるから花見ができる期間が長いらしいですけど」
 さすがに代表的な品種であるソメイヨシノなどは多少散り始めるかもしれないが、品種による開花時期のズレもそれなりに長いようだ。
 個人的な趣味かもしれないが、どうも桜は地面にもそれなりに花びらが敷き詰められていて、風もないのに間断なく花びらが舞い散っている時期が一番風情があるような気がしないでもない。
 やはりアイベックス主催と言うことで、ちょっとした野外ステージのようなものを借りて路上ならぬ突然のお花見ゲリラライブのようなものを開催したいと言う注文も付いている。
 もちろん事前に宣伝こそしないものの、場所はきちんと正規の手続きをとって借りることになるのだが。
 基本的には初日と最終日は移動になり、中日の昼過ぎに小規模な野外ライブを開催して終了後そのまま花見に雪崩れ込むという腹積もりらしい。
 北上する、もしくは山を登る桜前線を追ってちょっとしたバス旅行になりそうだ。
 近くに温泉でもあればなどという意見も付け加えられ、その他細々とした説明をメモしていたが、確認を終えると会場を探す為その場を後にした。

●今回の参加者

 fa1170 小鳥遊真白(20歳・♀・鴉)
 fa1339 亜真音ひろみ(24歳・♀・狼)
 fa1478 諫早 清見(20歳・♂・狼)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2726 悠奈(18歳・♀・竜)
 fa5538 クロナ(13歳・♂・犬)
 fa5703 茉莉枝(19歳・♀・竜)

●リプレイ本文

● 桜前線を追って‥‥
 連休後半の初日、駐車場には2台のサロンバスとライブに使う機材輸送用の車両が並ぶ。
 今回は中継なしのゲリラライブでもあり、スタッフ達の慰労も兼ねることもあって、負担を減らす為にあまり大掛かりな機材は積み込まれていない。
 ライブ参加者達の荷物もバスの側面に開いた貨物スペースに積み込まれる。
「悪いけど、これ、そっちに積んでもらえるかな?」
 なにやら台車に載せて運んできた重そうな装置を、機材輸送車の方に積んでくれるように頼んでいるのは、諫早 清見(fa1478)だ。
 ステージでの演出に使用するバブルマシンを持参してきたのだが、重量などの関係でバスの貨物スペースではちょっと心もとないらしい。
 持参した琴『花梨』と、それを立弾きするための機材を積み終えた椿(fa2495)も、ヴォクサーX4WDに引き返すと再び得体の知れない大荷物を運び出す。
 貨物スペースではなく車内へと持ち込もうとする椿を見て、これまでにも何度か仕事で一緒になっており、今回もユニットを組むことになった悠奈(fa2726)が笑いをこらえながら声を掛けた。
「それ、もしかして全部食べ物なの?」
「モチロン! 俺は泳ぎ続ける鮪のよーに、ひたすら食べてなきゃダメなのデス!」
 当然と言うようにキッパリと胸を張る――こういうところを見る限り到底世界的に名の売れたモデル兼音楽家とは思えないのだが。
「お花見旅行、どーぞヨロシクお願いしマス」
「初めまして! 悠奈です! 宜しく御願いします〜!」
 折から姿を見せたアイベックス社長の杉原に椿がぺこりと挨拶すると、悠奈も元気よく自己紹介。
「やあ、悠奈君、始めまして、杉原だよ。よろしくね。椿君はチャリティ以来かな‥‥それにしても、なんかすごい荷物だね」
「これ、全部食べ物だそうですよ」
 笑いながら悠奈がネタバラシすると、杉原も得心したように頷いた。
「なるほど、聞きしに勝るというか‥‥それでその体形を維持してるって言うのはある意味奇跡だね」
「‥‥素敵なセレブはいないものかしら!」
 などと小声で呟きつつ辺りを見回していた茉莉枝(fa5703)も、賑やかな声を聞きつけたらしく、盛り上がっている一団に歩み寄りおしとやかに挨拶――どうやら本人それなりに猫を被っているらしいのだが。
「初めまして、茉莉枝と申します。アイベックスさんのお花見に参加できるなんて嬉しいわ」
「初めまして、杉原だよ。楽しんでいってもらえると僕も嬉しいよ」
 昨年新設した事務所によく遊びに来ているクロナ(fa5538)も、杉原の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「おはようございます。お歌の依頼には初めての参加なので、どきどきですよー」
「おはよう、よく来てくれたね。ライブと言っても今回は規模もそんなに大きくないからリラックスしていいよ」
 かわいらしい外見から本人に言われるまで杉原も女の子だとばかり思っていたのだが、実は歴とした男の子である。
 今回の幹事役である本間と話し込みながらバスの陰から姿を現した亜真音ひろみ(fa1339)も、杉原の姿に気付いたらしく、やや改まった様子で挨拶すると更に言葉を継いで。
「それと社長、前回は参加出来ずすみませんでした」
「いやぁ、ちょっと日程の余裕がなくて急に決めてしまったからね、気にすることはないよ。わざわざ、弟さんを代理に立ててくれたみたいで、本間君も言ってたけど若いに似ずけっこう義理堅いんだね」
「いえ、そんなことは‥‥」
 やや赤面しながらもう一度軽く頭を下げて再び本間の元へ、微笑しながら迎える本間に向って照れたように頭を掻いてみせる。
「敬語は使い慣れないけど人によってはやっぱり使わないと、さ」
 ひろみ達とすれ違いに近付いてきた小鳥遊真白(fa1170)の姿を見つけると、杉原の方から声を掛ける――どうやら初対面でもないらしい。
「やあ、小鳥遊君、いつぞやは失礼した‥‥よく来てくれたね」
「今回はせっかくだから花見の風情をたのしもうと思って。よろしくお願いします」
 真白も笑顔で挨拶すると荷物を積み込みに向う。
 今回の司会を務める最年少の美森翡翠(fa1521)も両親と供に姿を見せた。
「歌歌いじゃないですし、所属してませんけど‥‥司会ならできるかなぁ? って」
 ヒスイの話ではどうやら両親も車で同行して近くに宿を取るらしい。
「お花見は明日だから、今からお弁当持って行けないでしょ? でもお母さんのが一番美味しいですから‥‥お父さんお仕事休み出たから旅行プレゼントして、お母さんにワガママ言ってあっちでお弁当作ってもらうことにしたんですの♪」
 所謂目に入れても痛くない愛娘と言ったところか、宿の方もヒスイだけは花見の一行とではなく両親と同宿したいようだ。
 ヒスイの年齢的なものもあって、別に問題はないだろうということに。
 各自の持ち込み荷物やライブに必要な機材の積込みが終ると、一向はバスを連ねて既に都内では終ってしまった桜が満開な場所を求めて一路北上を開始した。

 自己紹介や近頃の活動などの話題がひと段落すると、それぞれユニット内で曲の最終打合せやおやつを囲んでの歓談が続く。
 やがて周囲にチラホラと桜の木が見え始めると窓の外に目をやった椿が小さな溜息を吐いて目を逸らす。
 隣に座っていたがユーナが怪訝そうな目で見ているのに気付き――。
「‥‥桜はネ、本当は苦手なんだケド‥‥今回はリハビリと思って! うん、時期も過ぎたし大丈夫‥‥あ、綺麗だとは思うヨ? 辛いダケで」
 どうやらには椿にとって、桜の花は亡くなった双子の兄へと直結するらしい――事故の原因自体も桜と密接な関係があるらしく‥‥。
「‥‥そっか‥‥この歌は桜に思い出が有るお姉ちゃんが作ったの‥‥死んじゃったお母さんが桜大好きだったから。私は憶えてないから‥‥わからないけどね」
 訳を聞いたユーナも、苦笑しながら先ほどまで打ち合わせていた今回歌う曲の由来を聞かせる――が、一転して。
「よし! こうなったら、花より団子で食べまくるの!」
「そーダネ! 花より団子してればいいんだモンネ! 皆のお弁当も楽しみダナ♪」
「そうだよ、一緒に食べまくろー!」
 椿と二人ガッツポーズで盛り上がる。
「‥‥うきゅ?」
 しんみりしたかと思えばいきなり盛り上がったりと変化の激しい二人の有名人の様子を、やはり今回供にユニットを組む新人のクロはきょとんとした表情で眺めていた。

 途中、会場の下見を済ませてから近くの温泉旅館に到着した一行は、翌日早いこともあって温泉で汗を流して早めに休むことにする。
 杉原やキヨミ、クロなどと供に露天風呂に浸かっていた椿は辺りを見回すと。
「‥‥泳いだら怒られるヨネ?」
 などと誰にともなく真顔で囁く――自然石で縁取られた不定形の露天風呂は、さすがに長身の椿には深さも面積も足りないようなのだが‥‥。
 一方、人の少なそうな時を見計らって少し遅い時間に露天風呂に入ろうとしたひろみは、幹事の雑用でやはり遅くなったらしい本間と鉢合わせ。
「ひろみさんもこれからなの?」
 一瞬回れ右をしようかと思案するひろみに笑いながら声を掛ける。
「いや‥‥筋肉質であまり人に見せられる体じゃないから‥‥」
「あぁ、そう言えばお家が剣術と古流合気柔術の道場って言ってたわね? 気にしない、気にしない」
 照れたように口ごもるひろみを強引に脱衣所に押し込む本間であった。


● 本日のメニューは‥‥
 翌朝、宿の調理場の一角は朝早くから俄か料理人達に占領されていた。
 普通なら宿の調理場などそうそう貸してもらえないのだろうが、やはり手作りのお弁当は花見に欠かせないと言うことで無理に頼み込んだ結果である。
 やはり2日朝に出発して翌日の昼ごろになる花見だけに予め作ったものを持ち込むだけではかなりレパートリーが限られてしまう。

 料理はさほど得意ではないと言うキヨミも、自身がそれなりに量を食べるらということでサンドイッチの材料を用意していた。
 食パンには玉子を、ライ麦パンには洗ってよく水を切ったレタスにカリカリベーコンとスライスしたトマト、クロワッサンにはパストラミビーフと中々バラエティに富んでいる。
 次いで、先に調味料に付け込んでおいた肉で鳥の唐揚げに取り掛かった。
 何故かは最近キヨミはついついこれを『ザンギ』――醤油ベースでニンニク、生姜、玉子に酒などを混ぜた調味料に暫く漬け込んだ、北海道などで好まれる通常の唐揚げより濃厚な味のものを指すらしいのだが――と呼んでしまうらしい。
 一方、こちらは定番の唐揚げを揚げるマリー。
 既におにぎり用の五目御飯も仕込んであり、他にもだし巻き玉子、蕗と筍の煮物、蓮根の金平と盛りだくさん――尤もご本人、やや色合いが茶色中心で地味になりがちなのがなんとなく気にかかるらしく、周りで料理に励む仲間達のレシピも自分の物にしようと目を光らせている。
 こちらも蛸の桜煮、、筑前煮、菜の花のおひたし、山菜のごま和えなど和の食材を使ったおかずを中心に盛りだくさんのレシピを披露するひろみ。
「中華以外はなんでも作れるけどやっぱり和食が一番得意なんだ」
 隣で盛り付けの手伝いなどをする本間に笑いながら説明する。
 ひろみはこの場で調理するものの他にも、いっぴん漬けや、桜餅に草餅、味噌まんじゅうなどの菓子類も持参してきているようだ。
 御飯が炊けるまでにばらちらしの具材も準備する。
 やはりちらし寿司を作る真白も具材の準備中。
 蓮根、さやえんどうは下茹でして五ミリ位の大きさに切り、芝エビはすり潰して、調味料と合わせオボロにしておく。
 マキエビは背わたを取り、茹でる。錦糸玉子も出来上がり、あとは炊き上がった御飯を酢飯にして混ぜ込み、上に彩用の具を散らすだけ。
 クロも杏仁豆腐を流し込んだ皿を冷蔵庫に入れると、固まるまでの待ち時間に中華風ドーナツに取り掛かった。
 何れも母親直伝のレシピらしい。

 一方、両親と供に近くにある調理場付きのコテージに泊ったヒスイも、早起きしてお母さんと一緒にお弁当作りに勤しんでいる。
 こちらも中々凝っているようで、主食もグリーンピースご飯と、筍・蕨・蕗・ぜんまい・牛蒡・人参・油揚げを入れた雑穀ご飯の2種類をそれぞれおにぎりにしたほか、食べ易いように一口サイズの量に分けて紙コップ盛り付けたアサリのスパゲティもつくる。
 副菜も、新じゃがと人参とアスパラガスと鶏肉のクリーム煮に始まって、刻んだイタリアンパセリを混ぜ込んだ卵焼き、青じその葉を薬味にした豆あじの素揚げのマリネに玉葱のカレーマリネ、塩茹での空豆、かぶのクレソンソース和え、っとこれまた豪華絢爛である。
 更に飲み物には緑茶を、デザートには、胡桃とパイナップル入りのカッテージチーズを丸めて水気を切ったものを一つずつラップで包んだパイナップルチーズボールまで用意されている。
 料理のレパートリーもさることながら、相当娘に甘い親だからこそできる荒業だろう。

 ステージの準備などは先行したスタッフ達が進める中、曲数があまり多くないこともあって、ライブは午前中に終るように予定を若干繰り上げることになった。
 朝食を挟んで準備万端整った一行は野外ステージのある公園へと向う。
 両親に送られてきたヒスイも合流していよいよ本番も間近、尤も新人のマリーやクロを除けば花見客に囲まれてしまう可能性の高い面々のため、ステージに繋がる控え室までは思い思いの変装も必須である。
 連休後半2日目で好天にも恵まれたとあって既に結構な人が出始めている。
 そんな中でもユーナは変装のまま人目を忍んでクロと一緒にステージで使う桜の花弁を収集に繰り出す。
 ユニットの三人が曲を奏でながら隠し持てる分量なのでさほど大量に必要と言うわけでもない――その代わり踏まれたり萎びたりしていないものを慎重に選っていく。
 始めは紙吹雪と言う案もあったのだが、後始末が大変なのと花弁なら撒いてそのままでも単に元に戻るだけと言うことだ。


● ミニライブ
 事前の宣伝こそしていなかったが、朝からスタッフ達が動き回っていたことや、口コミではあるがとりあえず開始時間だけは伝わっていたことで、野外ステージの周辺には予想以上に大勢の花見客が集まってきている。

 開始の時刻になると、司会を務めるヒスイがステージに姿を現す。
 この後登場する出演者は、花見を兼ねたミニライブと言うことで、皆カジュアルな服装でステージに上がるのだが、ヒスイだけは世話をしてくれる両親がついてきていることもあっていかにも華やかなドレスを纏っての登場。
 以前オーディション用に誂えたらしいレースやフリルを盛大にあしらったドレスは、上はヒラヒラのカチューシャから下は靴に至るまで全身桜色。
 襟元と背中には特に大き目のリボンが配されチャームポイントになっている。
 子供向けからファミリー向けまで色々なドラマに出演している癒し系子役だけに、ヒスイの知名度は世代を問わないらしく会場から拍手と供にあちこちから名前を呼ぶ声も上がった。
 マイクを手に一応の自己紹介と今回のライブの説明を終えると、さっそく最初の出演者を紹介する。
「最初の曲を歌ってくれるのは、小鳥遊真白さん、諫早 清見さん、茉莉枝さんの三人です。では、どうぞこちらへ」
 ヒスイの紹介でショルダーキーボードを抱えた真白とそれぞれマイクを手にしたキヨミ、マリーが会場に手を振りながら登場。
 真白とキヨミは普段着の延長で動きやすさを重視したジーンズ、キヨミはパーカーを軽く羽織って構えずに楽しもうと言うスタイル。
 マリーはハイウエストの萌黄色のワンピースを一着に及んでいる。
 三人の簡単な自己紹介も終り、
「それでは『春風の中で』です。よろしく♪」
 ヒスイは曲を紹介するとステージの袖へともどった。
 拍手が止み、静かになった会場にキヨミとマリーのアカペラがゆっくりと広がっていく。

「「待ちわびてた春に
  貴方の笑顔重なる」」

 丁寧に歌い上げる二人のユニゾンにじっと耳を傾けていた真白が、言葉の余韻が消えかける所へキーボードから春らしい優しいフレーズを注ぎ込む。

「「昨日より少し強い日差し
  夏へ向かってく
  この時共に歩いてゆきたい」」

 柔らかな春の陽光をイメージした包み込むようなキーボードのメロディに載って流れるユニゾンから、明るく爽やかにテンポアップした曲はマリーのソロへと移り、春風のように流れる。

「 なにげなく踏み出した足元
  風に運ばれて 」

 答えるようにキヨミのソロが続く。

「 どこからか舞い降りた桜の花びら
  いつもと同じじゃない今を告げてる 」

「「青さを増した空に
 コントラスト 光る雲と競い咲く花
 誇らしげに風に揺れる」」

 歌声に寄り添うように、支えるように、優しく流れるメロディに載って、再び二人のハーモニーからへマリーのソロへ。

「 舞い散る きらめく
 同じ景色は二度とないから 」

 更にキヨミへとクレッシェンドで伸びやかに盛り上げ、

「 この時間を一緒にいられたら
  それだけで素敵だよね 」

 キヨミの持参したバブルマシンが起動し、風に乗ったシャボン玉がフワフワと舞い上がる中、曲は最後のフレーズへと続いていく。

「「待ちわびてた春に
  貴方の笑顔重なる
  昨日より少し強い日差し
  夏へ向かってく
  この時共に歩いてゆきたい」」

 真白の弾くキーボードが春の日差しのようにキラキラしたメロディを奏で――。
 最後まで勢いを落とさず歌い上げた曲は、前向きな印象を与えつつ演奏を終えた。

 音が消え、三人が客席に向って一礼すると、湧き上がる拍手の中再びヒスイがステージに姿を現す。
 三人が客席に手を振りながらステージの袖に引込むと。
「続いて歌ってくれるのは亜真音ひろみさんです」
 紹介されたひろみがショルダーキーボードを抱えてステージ中央に進み出た。
 普段の『青空POPs』などアイベックス系のステージではボーカルだけを担当しているひろみだが、今回ソロ出演と言うことでキーボードも初披露となる。

「それでは亜真音ひろみさん『春霞』です。どうぞ〜♪」
 ヒスイが曲を紹介しなつつステージから下がると、のキーボードがポップなメロディを奏で。

「 髪を弄ぶ初夏の風に遅咲きの桜を眺めつつ酌み交わす帰り道のささやかな宴

  夢までの道程はまだ遠く
  春霞が掛かったように見通せなくて
  深い霧の中をさ迷うように足踏みしてばかり 」

 緩やかに優しく始まった曲調が徐々に盛り上りを見せる。

「 だけど一人でどうにもならない悩みは皆で笑い飛ばせばいい
  そう教えてくれた桜吹雪 」

「 晴れ渡る春の空に笑顔見せて
  暖かい日差しの中駆け出そう
  春霞を風が吹き飛ばした後にはしっかり道が見えている 」

 最後は力強く、聞く人の背中を押すように締めくくった。

 ひろみが観客席に応えながら袖に引込むと、代って立弾き用にセットされた琴が運び込まれ、再びステージに現れたヒスイは最後のメンバーを紹介する。
「続いては最後のユニット『喜遊』のみなさんです」
 呼ばれてステージに姿を現した三人に会場がざわめく。
 トリを務めるだけあってゲリラライブにしては豪華な顔ぶれ――世界的なモデル兼音楽家が入ったユニットの登場だけに、普段コンサートなどに縁のない世代の花見客にもそれなりに顔や名前は知れ渡っているらしい。
 普段はショートカットに眼鏡の椿だが、LIVEの際には付け毛とコンタクトを使用して髪を切る前のイメージを維持している。
 薄緑のカットソーとブルージーンズの組合わせに生成のジップアップ麻ブルゾンを重ねた出で立ち。
 一方、音楽番組よりドラマ関係のアイドルとして有名なユーナは白のハーフパンツに、ふんわりとした空色のチュニック、足元は白いレースアップサンダル。
 マイクと一緒に鈴蘭の花束を持った手を客席に向って振る。
 歌の仕事でステージに立つのは始めてと言うクロは、膝丈のズボンとカットソーの組合わせに春用の短い丈のコートを羽織り、会場の反応にちょっと緊張の面持ち。

 会場のざわめきが少し落ち着いたところで、ヒスイが三人と曲名を紹介する。
「椿さん悠奈さんクロナさんで曲は『コノハナサクヤ』。それではどうぞ〜♪」

 静かになった会場に椿の弾く『花梨』の音色が軽やかに流れるような前奏を奏で。
 花弁が風に舞う様なミドルテンポのメロディにユーナの声が重なる。

「 足音並んで通った道も
  今日が最後と春風が吹く
  言い出せなかった言葉と想い 」

 の声に続いて三人のハーモニーが響き。

『 降り積もって視界を染めた 』

 一転して今度は椿のソロ。曲の随所にクロの鳴らす鈴の音が優しくアクセントを添え。

「 明日からは僕の居ない世界を歩く
  きっと君は気にもしないけど
  一緒に見上げた満開の花 」

『 忘れずいよう 幸せ祈って 』

 再び三人のハーモニーが響き、そのまま三人は囁くように声を潜める。

『 Cherry blossoms 』
「「此花咲夜(コノハナサクヤ)いつか満開」」
「 薄紅染まる虚空見上げて
『 Cherry blossoms 』
「「この手離れて見送る人に」」
「 どうか忘れず今この時を‥‥」

 囁くようなハモリからユニゾンを経てユーナのソロへ、更に同じ繰り返しで椿へと繋ぎ。

「「君の未来の片隅に」」

 転調しゆったりとテンポを落としたユニゾンを伸ばし、椿がグリッサンドで一泊おいて、

『僕からの祝福が降りますように』

 楽器と声のハーモニーが十分に余韻をたなびかせ、声が消えたところで、三人三様に隠し持っていた桜の花弁を一斉にふわっと舞い散らせ――短く爪弾く琴とシャランと響く鈴の音が優しいポップバラードを締めくくった。
 会場からの拍手が鳴り響く中、ユーナは二人のパートナーに手にしていた鈴蘭の花束をそれぞれ手渡す。
 幸せになりますように‥‥との願いを込めて。


● 花の宴
 ステージの片付けが済むと、予め場所取り部隊が確保しておいたスペースへと全員が集まる。
 着替えの為に中座していたヒスイもそれぞれ両手にお重を抱えた両親に付き添われて合流。
 せっかくだからと言うことでヒスイの両親も花見に参加することに。
 有名人達を目がけて一般の花見客が殺到しても困ると言うことで杉原以下ライブ出演者達を会社関係者やスタッフが取巻く形になった。
 杉原の短い挨拶があって乾杯が終ると後は無礼講と言うことになる。

 新設したアイベックス事務所の所員でもあり、頻繁に出入りしているひろみは、まずは杉原にお酌してかねて資金援助を依頼している自主制作映画の話などをいくらかしたあと、少し離れた場所でかねてからの旧友である本間とのんびり酒を酌み交わす。
「また本間さんと花見が出来たね」
「去年はもうちょっと早い時期だったわよね。移動してそのままライブだったから結構強行軍だったけど」
 本間ものんびりと思い出話に花を咲かせる。
 やはり新設事務所の所員であるキヨミも、付き合いは大事、と言うことで杉原を皮切りに杯の応酬を重ねている――普段より多少陽気にはなっているようだが、つぶれる気配はまったくなさそうだ。
 とは言え音楽関係者が大勢集まっていることもあり、意識がしっかりしているうちにということで目下特訓中のピアノ演奏についてレクチャーしてもらったりする姿も。
「畑違いなのに参加させていただいてありがとうございました♪」
 大きな重箱を幾つも並べながらヒスイが杉原に改まって挨拶をする。
「お花見と言う事もあって、クロ、オカーサン直伝の中華風ドーナツと杏仁豆腐お持ちしました。良かったら食べて下さいです」
 歳の近いクロも運び込んだ料理を回りに勧める。
「お花見といえばお弁当。花より団子はお約束ですよね。私もお持ちしました」
 などとマリーもお重を並べる。褒め言葉を掛けられると。
「おいしいとは言われるんです。でも見た目が地味になるのはどうしてかしら? 他の人のをいただくのも楽しみ」
 言いつつ、プロの(?)主婦が作ったレシピの数々にキラリと目を光らせる。
「私のは買ってきたものばかりですけど、柏餅に桜饅頭! 特に、桜ロールケーキは絶品だよ! あー! ちらし寿司! 有り難う〜!」
 目をキラキラさせながら賑やかに盛り上がるユーナは最初から出力全開。
 ひろみや真白が作った散し寿司などを真白が持って来た紙皿に取り分けてもらう。
 ひたすら花より団子と言う椿もずらりと並べられた料理や菓子に次々と手を伸ばす。
 時折ふと上を見上げては、
(「綺麗だケド、綺麗だカラ哀しいんダヨネ‥‥」)
 と一瞬遠い目になるのだが――次の瞬間には杉原を皮切りに、運転手など飲酒できない面々を除いてお酌しまくり、返杯も次々と飲み干す――どうやら食べ物だけでなくアルコールの方もザルのようだ。
 宴が進むと、出番の前からステージ袖で他のメンバーの歌や演奏を真剣に聞いていたクロなどは緊張疲れと折からの陽気に転寝を始める。
 場所の空いた杉原の隣の席に腰を下ろしたマリーは、
「桜の下で、こうして皆で楽しむのもいいものですね。お酒もいただいちゃおうかしら。こう見えても結構強いんですよ。社長もよろしければ一杯お飲みになりません? お酌させてくださいな」
 などと酒を勧めている。
 一方、敢えてアルコールの持込を避けた真白は、賑やかな酒席を離れ心行くまで花見の風情を楽しんでいた。

 やがて、日が陰り始めると騒いでいた面々も一斉に後片付けを始める――が、この後旅館の宴会場での第二部が一堂を待ち構えているのであった。